現代医学で推理する徳川将軍達の死因を扱った番組を見ました。
■ BS-TBS「にっぽん!歴史鑑定」『現代医学でみる!徳川将軍たちのカルテ』
(2016年10月31日放送)
およそ260年続いた江戸時代。
その泰平の世を治めてきたのが15人の徳川将軍たちです。
永きにわたり政権を保ち続けるには、政治手腕だけではなく健康であることも大切でした。
初代将軍、徳川家康の死因は、食中毒でも、胃がんでもなかった!
謎を解く鍵は、やっぱり、天ぷら?
2代将軍・秀忠を襲った体内を移動する世にも恐ろしい奇病とは?
11代将軍・家斉の将軍在職期間は、歴代最長50年!設けた子供は50人以上!
精力旺盛、その健康の秘訣とは?
14代将軍・家茂の遺骨から虫歯が発覚!
将軍の死因と虫歯の甘〜い関係とは!
現代医学で歴代将軍たちの健康法と病、そして死因までを徹底検証します。
江戸時代は幕末に西洋医学が入ってくるまで漢方医学です(というか西洋医学を「蘭方」と呼び、それと区別するために日本の医学を「漢方」と呼ぶようになったのでした)。
その診察方法も再現され、将軍の顔を直視するのは恐れ多いということで、主治医はうつむいたまま脈を取る程度だったらしい。それだけで診断しろと言われても、無理無理・・・(^^;)。
よくならないとき、最後に辿り着くのは「神頼み」となり、巷でも占いや祈祷が盛んだった様子。
さて、各将軍の病気や死因を資料から類推すると・・・
(初代)家康:75歳:膵臓がん
当時は珍しい鯛の天ぷらをたらふく食べた後に腹痛を起こし、その後腹部にしこりができて3ヶ月後に死亡。食中毒あるいは胃がんという説もあるが、経過が急性ではなく、脂っこいものを食べた後の腹痛・腹部のしこりから膵臓がんが疑わしい。
家康は健康オタクで、医学の知識もあり薬も自分で調合していたとのこと。しかしメタボ体型(身長159cm、体重70kg)でもあり、それがガンの遠因になったのではないかと解説していました。
(2代)秀忠:54歳:マンソン孤虫症
胸部下部にしこりができてそれが移動したとの記録より、マンソン裂頭条虫によるマンソン孤虫症(寄生虫が皮下を移動する病気)が疑わしい。サナダ虫という説もあるが、サナダ虫は皮下移動はしないので外から見てわからない。
(3代)家光:48歳:脳卒中または消化器癌
(4代)家綱:40歳:不詳
(5代)綱吉:64歳:麻疹
現在は予防接種が普及して患者さんは減りましたが、当時は「命定めの麻疹」として恐れられていました。
当時の医学レベルでは重症者を救命できなかったのですね。
400年経った今も撲滅されたわけではなく、2016年夏にジャスティン・ビーバーのコンサートをきっかけに小流行が発生したのは記憶に新しいところ。
(6代)家宣:51歳:インフルエンザ
(7代)家継:8歳:急性肺炎
(8代)吉宗:68歳:脳梗塞
(9代)家重:51歳:尿毒症
肖像画と「発語が不明瞭」との記録から、小児期から続いた「脳性麻痺」が疑われるそうです。排尿障害がありたくさん厠をつくらせたという記録もあり、最期はそれによる尿毒症が死因になったそうです。
(10代)家治:50歳:衝心脚気
(11代)家斉:69歳:急性腹症
50年という在職最長記録保持者。家治の2人の男児は死亡したため、「はとこ」の家斉に白羽の矢が当たった。いたって健康体であり、もうけた子どもの数はなんと57人。跡継ぎがいなくて悲嘆に暮れた家治を反面教師に下という説あり。
健康の秘訣は食事で「白牛酪」というチーズに似た食べ物とショウガ(はじかみ)らしい。
(12代)家慶:61歳:熱中症
徳川将軍15人のうち3人が脚気(ビタミンB1欠乏症)で亡くなっています。
精米して米ぬか(ここにビタミンB1がある!)を取った白米食になったことが誘因の一つと考えられています。
(13代)家定:35歳:衝心脚気
(14代)家茂:21歳:衝心脚気
増上寺の遺骨を調べたところ、32本中30本が虫歯でした。料理が好きな将軍で、甘い物(カステイラ、羊羹)などが好物だったようです。
甘い物はビタミンB1の消費を助長すると説明されていました。
死の間際には精神障害を起こして錯乱状態になり、Wernicke脳症を発症したと考えられます。
大阪城での出来事なので「豊臣家の呪い」とまことしやかに囁かれたとか。
(15代)慶喜:77歳:急性肺炎
■ BS-TBS「にっぽん!歴史鑑定」『現代医学でみる!徳川将軍たちのカルテ』
(2016年10月31日放送)
およそ260年続いた江戸時代。
その泰平の世を治めてきたのが15人の徳川将軍たちです。
永きにわたり政権を保ち続けるには、政治手腕だけではなく健康であることも大切でした。
初代将軍、徳川家康の死因は、食中毒でも、胃がんでもなかった!
謎を解く鍵は、やっぱり、天ぷら?
2代将軍・秀忠を襲った体内を移動する世にも恐ろしい奇病とは?
11代将軍・家斉の将軍在職期間は、歴代最長50年!設けた子供は50人以上!
精力旺盛、その健康の秘訣とは?
14代将軍・家茂の遺骨から虫歯が発覚!
将軍の死因と虫歯の甘〜い関係とは!
現代医学で歴代将軍たちの健康法と病、そして死因までを徹底検証します。
江戸時代は幕末に西洋医学が入ってくるまで漢方医学です(というか西洋医学を「蘭方」と呼び、それと区別するために日本の医学を「漢方」と呼ぶようになったのでした)。
その診察方法も再現され、将軍の顔を直視するのは恐れ多いということで、主治医はうつむいたまま脈を取る程度だったらしい。それだけで診断しろと言われても、無理無理・・・(^^;)。
よくならないとき、最後に辿り着くのは「神頼み」となり、巷でも占いや祈祷が盛んだった様子。
さて、各将軍の病気や死因を資料から類推すると・・・
(初代)家康:75歳:膵臓がん
当時は珍しい鯛の天ぷらをたらふく食べた後に腹痛を起こし、その後腹部にしこりができて3ヶ月後に死亡。食中毒あるいは胃がんという説もあるが、経過が急性ではなく、脂っこいものを食べた後の腹痛・腹部のしこりから膵臓がんが疑わしい。
家康は健康オタクで、医学の知識もあり薬も自分で調合していたとのこと。しかしメタボ体型(身長159cm、体重70kg)でもあり、それがガンの遠因になったのではないかと解説していました。
(2代)秀忠:54歳:マンソン孤虫症
胸部下部にしこりができてそれが移動したとの記録より、マンソン裂頭条虫によるマンソン孤虫症(寄生虫が皮下を移動する病気)が疑わしい。サナダ虫という説もあるが、サナダ虫は皮下移動はしないので外から見てわからない。
(3代)家光:48歳:脳卒中または消化器癌
(4代)家綱:40歳:不詳
(5代)綱吉:64歳:麻疹
現在は予防接種が普及して患者さんは減りましたが、当時は「命定めの麻疹」として恐れられていました。
当時の医学レベルでは重症者を救命できなかったのですね。
400年経った今も撲滅されたわけではなく、2016年夏にジャスティン・ビーバーのコンサートをきっかけに小流行が発生したのは記憶に新しいところ。
(6代)家宣:51歳:インフルエンザ
(7代)家継:8歳:急性肺炎
(8代)吉宗:68歳:脳梗塞
(9代)家重:51歳:尿毒症
肖像画と「発語が不明瞭」との記録から、小児期から続いた「脳性麻痺」が疑われるそうです。排尿障害がありたくさん厠をつくらせたという記録もあり、最期はそれによる尿毒症が死因になったそうです。
(10代)家治:50歳:衝心脚気
(11代)家斉:69歳:急性腹症
50年という在職最長記録保持者。家治の2人の男児は死亡したため、「はとこ」の家斉に白羽の矢が当たった。いたって健康体であり、もうけた子どもの数はなんと57人。跡継ぎがいなくて悲嘆に暮れた家治を反面教師に下という説あり。
健康の秘訣は食事で「白牛酪」というチーズに似た食べ物とショウガ(はじかみ)らしい。
(12代)家慶:61歳:熱中症
徳川将軍15人のうち3人が脚気(ビタミンB1欠乏症)で亡くなっています。
精米して米ぬか(ここにビタミンB1がある!)を取った白米食になったことが誘因の一つと考えられています。
(13代)家定:35歳:衝心脚気
(14代)家茂:21歳:衝心脚気
増上寺の遺骨を調べたところ、32本中30本が虫歯でした。料理が好きな将軍で、甘い物(カステイラ、羊羹)などが好物だったようです。
甘い物はビタミンB1の消費を助長すると説明されていました。
死の間際には精神障害を起こして錯乱状態になり、Wernicke脳症を発症したと考えられます。
大阪城での出来事なので「豊臣家の呪い」とまことしやかに囁かれたとか。
(15代)慶喜:77歳:急性肺炎