漢方学習ノート

漢方医学の魅力に取りつかれた小児科医です.学会やネットで得た情報や、最近読んだ本の感想を書き留めました(本棚3)。

COVID-19に対する漢方治療の考え方

2024年10月04日 10時43分51秒 | 漢方
風邪に使う漢方薬の勉強をしていると、
新型コロナ感染症の成り立ちと変遷が理解できます。

漢方医学では、風邪ウイルスが侵入してきたとき、
まず体表が免疫との闘いの場と考え、これを「表証」と捉えます。
そして経過が長引き、体の奥深く(裏)まで侵入されてしまった状態を「裏証」と捉えます。
その中間を「半表半裏」と設定しています。
ウイルスに負けて対抗する熱を作り出せなくなり体が冷えた状態は「裏」です。

パンデミック発生の際、
新型ウイルスは勢いが強いため、免疫との闘いの場が「表」をたやすく突破し、
「半表半裏」まで侵入されてしまいます。
その場合、表+半表半裏を守る方剤(柴葛解肌湯)が選択され、
これはスペイン風邪(1918-1919年)の際に使用されて活躍しました。

数年後にはウイルスの勢いが減少するため、
表証で終わるふつうの風邪と同じような経過になり、
これが季節性インフルエンザです。

新型コロナはどうでしょう。
発生当初の武漢株の時期は、肺炎で亡くなる人が相次ぎました。
これは表証とほぼ同時に半表半裏まで侵入し、さらに裏証に達すると捉えます。
漢方家はスペイン風邪同様、柴葛解肌湯を使用し一定の効果がありました。
数年経った今、新型コロナはふつうの風邪に近くなってきました(同じとは言えませんが)。
つまり表証で終わることが多くなったのですね。

スペイン風邪 → 季節性インフルエンザと同じ経過です。
上記のことを漢方的に解説した記事が目に留まりましたので紹介します。


▢ 「総合COVID-19漢方薬」はどうコロナと闘うか
竹田 貴雄(北九州総合病院麻酔科部長)
2020/05/13:日経メディカル)より抜粋(下線は私が引きました);
・・・
▶ 重症化の徴候があれば=総合COVID-19漢方薬

患者さんの状態を病位(びょうい)で診断する

 漢方では、病原体は身体の表面から入って、次第に身体の中心部に侵入すると考えます。細菌やウイルスが身体のどの部位に侵入しているかにより病位(ステージ分類)を診断します。
 通常の感染症では、
 太陽病(身体の表面)→ 少陽病(身体の中間地点)→ 陽明病(身体の中心部)
と病期が進行していくと考えられていますが、新型インフルエンザやCOVID-19のような強力なウイルスは、体の表から裏に進んでいくスピードが速く、初期から一気に身体の中心部まで炎症を起こすと考えられています。時に強力なウイルスを排除しようとして、あまりにも強い炎症が急激に起こり、サイトカインストームが起こります。陽明病とは、酸素化が数時間以内に低下して急変するような状況です。

※1 太陽病(たいようびょう)
表裏:表
症状:頭痛、関節痛、悪寒、発熱
免疫系:Tリンパ球によるウイルス貪食
神経内分泌系:交感神経系亢進、ノルアドレナリン分泌
治療法:解表(げひょう:汗をかかせる)
漢方薬:麻黄剤

 樹状細胞は病原体の断片を見つけると、抗原提示能を発揮してナイーブT細胞に情報を伝えます。ナイーブT細胞はヘルパーT細胞に変化し、全身に警告信号を発します。これにより免疫システムが立ち上がり、病原体への総攻撃が始まります。ヘルパーT細胞から放出されるサイトカインにより指令を受けたキラーT細胞が、ウイルスに侵された細胞を丸ごと破壊します。マクロファージもヘルパーT細胞による刺激を受けて活性化し、キラーT細胞によって攻撃された細胞やウイルスを貪食します。

※2 少陽病(しょうようびょう)
表裏:半表半裏
症状:弛張熱(1日の中で、高熱と平熱が交互に表れる状態)、味覚障害、嗅覚障害、胃腸障害、咳が止まらない
免疫系:Bリンパ球による抗体産生
神経内分泌系:コルチゾール分泌
治療法:和解(身体のバランスを整える、過剰な炎症を抑える)
漢方薬:柴胡剤(小柴胡湯、柴陥湯)

 ヘルパーT細胞から放出されるサイトカインにより指令を受けたB細胞が、抗体を作ってウイルスに侵された細胞を攻撃します。病原体の侵入から数日経ってインターフェロンが作られ、ウイルスに侵された細胞を攻撃します。

※3 陽明病(ようめいびょう)
表裏:裏
症状:高熱、肺炎、便秘、意識混濁
免疫系:過剰な生体防御反応(サイトカインストーム
神経・内分泌系:ストレス反応破綻
治療法:清熱、瀉下
漢方薬:清熱剤、承氣湯類(下剤)

▶ 表も裏もいっぺんにやられるCOVID-19
 上気道粘膜(半表半裏)にレセプターを有するインフルエンザと異なり、レセプター(アンジオテンシン変換酵素2[ACE2])が肺や腸(裏)に発現しているCOVID-19は症状に乏しく、気が付かないうちに重症化して治療時期を逸する可能性があります。気が付いた時には肺や腸でひどい炎症を起こしています(裏熱)ので、発熱を認めた時点で、麻黄湯や葛根湯では治療が追い付かなくなります。この場合、表も裏もいっぺんに治療する総合COVID-19漢方薬である柴葛解肌湯(さいかつげきとう)や清肺排毒湯(せいはいはいどくとう)が適応になります。

日本版総合COVID-19漢方薬:柴葛解肌湯
表から裏まで広くカバーする日本版総合COVID-19漢方薬
柴葛解肌湯(さいかつげきとう)=葛根湯(かっこんとう)+小柴胡湯加桔梗石膏(しょうさいことうかききょうせっこう)
もしくは柴葛解肌湯=葛根湯(かっこんとう)+小柴胡湯(しょうさいことう)+桔梗石膏(ききょうせっこう)
方意:温める麻黄剤+小柴胡湯+清熱剤

 柴葛解肌湯は、1918~1920年にスペイン風邪(インフルエンザ・パンデミック)が流行した際、初期から高熱を出す患者に処方して多くの人命を助けたと言われている漢方薬です。
 エキス剤では葛根湯(太陽病:かぜの初期の薬)、⼩柴胡湯(少陽病:かぜの亜急性期の薬)、桔梗⽯膏(陽明病:清熱剤)を組み合わせて一緒に服用します。もしくは、葛根湯と⼩柴胡湯加桔梗⽯膏(少陽病と陽明病にまたがった病態に有効な⽅剤)を組み合わせて一緒に服用するのもいいでしょう。
 柴葛解肌湯は初期から一気に身体の中まで炎症を起こすような強いウイルスに有効とされています。発熱の勢いが強く、麻黄湯や葛根湯では解熱しない場合、小柴胡湯加桔梗石膏を追加した柴葛解肌湯(さいかつげきとう)が適応となります。

柴葛解肌湯
構成⽣薬:葛根(かっこん)・⿇⻩(まおう)・桂枝(けいし)・⽣姜(しょうきょう)・⼤棗(たいそう)・芍薬(しゃくやく)・⽢草(かんぞう)・柴胡(さいこ)・黄芩(おうごん)・人参(にんじん)・半夏(はんげ)・桔梗(ききょう)・石膏(せっこう)
 麻黄と桂枝で身体を温めながら悪寒を改善し、葛根で頭痛、関節痛を改善する葛根湯(かっこんとう)と、和解剤としての気道の炎症を取りながら、過剰な免疫反応を抑える効果と、清熱剤としての身体を冷やす効果がある小柴胡湯加桔梗石膏(しょうさいことうかききょうせっこう)を合わせた構成生薬となります。

中国版総合COVID-19漢方薬:清肺排毒湯
軽症から重症を広くカバーする中国版総合COVID-19漢方薬
清肺排毒湯(せいはいはいどくとう)=麻杏甘石湯(まきょうかんせきとう)+小柴胡湯加桔梗石膏(しょうさいことうかききょうせっこう)+胃苓湯(いれいとう)
方意:冷やす麻黄剤+小柴胡湯+清熱剤+胃薬+利水剤

 清肺排毒湯は、COVID-19に対する中医薬として創薬されました。

構成⽣薬:⿇⻩(まおう)9g、炙⽢草(しゃかんぞう)6g、杏仁(きょうにん)9g、⽣⽯膏(しょうせっこう)15〜30g、桂枝(けいし)9g、沢瀉(たくしゃ)9g、猪苓(ちょれい)9g、⽩朮(びゃくじゅつ)9g、茯苓(ぶくりょう)15g、柴胡(さいこ)16g、⻩芩(おうごん)6g、姜半夏(きょうはんげ)9g、⽣姜(しょうきょう)9g、紫菀(しおん)9g、冬花(とうか)9g、射⼲(やかん)9g、細⾟(さいしん)6g、⼭薬(さんやく)12g、枳実(きじつ)6g、陳⽪(ちんぴ)6g、藿⾹(かっこう)9g

 石膏を15gにしたとしても、合計196gもの生薬を煎じて内服します。日本人が内服するとしたら、3分の1くらいの量でよいのではないでしょうか。
 小川恵子氏によると、清肺排毒湯(せいはいはいどくとう)を日本で処方が可能なエキス剤で作ると、

清肺排毒湯(せいはいはいどくとう)=麻杏甘石湯(まきょうかんせきとう)+小柴胡湯加桔梗石膏(しょうさいことうかききょうせっこう)+胃苓湯(いれいとう)

となります。全身の熱を下げ、サイトカインストームと臓器障害を予防しながら炎症を抑え、肺で大量に発生する分泌液を痰や尿として排出させる処方と考えられます。ちなみに、胃苓湯(いれいとう)は平胃散(へいいさん)と五苓散(ごれいさん)の合剤です。

【麻杏甘石湯(まきょうかんせきとう)】
構成⽣薬:⿇⻩(まおう)・杏仁(きょうにん)・⽢草(かんぞう)・石膏(せっこう)
昔から喘息の治療薬として有名な方剤です。麻黄は身体を温める生薬ですが、身体を強烈に冷やす石膏と合わせると、身体を冷やし、気道の炎症と浮腫を取る効果が出ます。また、麻黄は杏仁と合わせると、痰を取り除いて鎮咳作用を示すようになります。

【小柴胡湯加桔梗石膏(しょうさいことうかききょうせっこう)】
構成⽣薬:柴胡(さいこ)・黄芩(おうごん)・人参(にんじん)・半夏(はんげ)・生姜(しょうきょう)・大棗(たいそう)・⽢草(かんぞう)・桔梗(ききょう)・石膏(せっこう)
少陽病と陽明病にまたがった病態に有効な方剤です。気道の炎症を取りながら過剰な免疫反応を抑える和解剤としての効果と、身体を冷やす清熱剤としての効果があります。

【平胃散(へいいさん)】
構成⽣薬:朮(じゅつ)・厚朴(こうぼく)・陳皮(ちんぴ)・生姜(しょうきょう)・大棗(たいそう)・⽢草(かんぞう)
いわゆる漢方胃腸薬です。胃もたれを改善します。

【五苓散(ごれいさん)】
構成⽣薬:沢瀉(たくしゃ)・朮(じゅつ)・猪苓(ちょれい)・茯苓(ぶくりょう)・桂皮(けいひ)
利水剤の代表薬です。水分の分布異常(水滞:すいたい)に対して、余った場所から不足した場所に水を移動させます。アクアポリン(水輸送蛋白)を介して循環血漿量を保つ効果があります。

【胃苓湯(いれいとう)】
構成⽣薬:朮(じゅつ)・厚朴(こうぼく)・陳皮(ちんぴ)・生姜(しょうきょう)・大棗(たいそう)・⽢草(かんぞう)・沢瀉(たくしゃ)・朮(じゅつ)・猪苓(ちょれい)・茯苓(ぶくりょう)・桂皮(けいひ)
平胃散(へいいさん)と五苓散(ごれいさん)の合剤です。

▶ ショック状態になった場合=茯苓四逆湯(ぶくりょうしぎゃくとう)
 人工呼吸やECMOなどの治療の甲斐なく、全身状態が悪化していく臨死期を、漢方では厥陰病(けっちんびょう)と言います。四肢が冷たくなり、脈が沈んでとても弱くなった状態、Aラインなどとても入れることのできない状態が、厥陰病です。西洋薬ではカテコラミンを使用する時期ですが、漢方薬にも「カテコラミン」的な働きをする茯苓四逆湯(ぶくりょうしぎゃくとう)というお薬があります。茯苓四逆湯はエキス剤にはないので、

 茯苓四逆湯=人参湯(にんじんとう)+真武湯(しんぶとう)

で代用します。「寒い、寒い」と言いながら急変し、挿管管理となっている患者さんには、経鼻胃管や経管栄養チューブから人参湯(にんじんとう)+真武湯(しんぶとう)を投与することで延命効果が得られる場合があります。

▶ COVID-19に対する漢方治療 まとめ
1. 予防が原則
罹患したらいち早く免疫システムが立ち上がる準備状態を、補剤で作っておく。

【補剤(ほざい:エネルギー補給)】
・補中益氣湯(ほちゅうえっきとう)
・十全大補湯(じゅうぜんだいほとう)
・人参養栄湯(にんじんようえいとう)
・加味帰脾湯(かみきひとう)

2. 軽症患者(肺炎症状なし)の重症化予防
患者さんの状態を八綱(はっこう)で診断する。ただし、発病したときには既に肺炎が始まっていることがあるので、要注意。

・悪寒があれば=麻黄剤(麻黄湯[まおうとう]、葛根湯[かっこんとう]、麻黄附子細辛湯[まおうぶしさいしんとう]、香蘇散[こうそさん])
・胃腸の不調があれば=胃薬(香蘇散[こうそさん]+平胃散[へいいさん])
・倦怠感が主な症状で悪寒を伴わない発熱があれば=清熱剤(黄連解毒湯[おうれんげどくとう]、清上防風湯[せいじょうぼうふうとう]、荊芥連翹湯[けいがいれんぎょうとう])

3. 罹患したら総合COVID-19漢方薬
発熱を認めた時点で、麻黄湯や葛根湯などの解表剤ではウイルスの増殖に間に合わないことがある。総合COVID-19漢方薬で免疫システムを立ち上げ、炎症の役目が終わったら、過剰な炎症を素早く鎮め、荒廃した組織を修復する。

・日本版総合COVID-19漢方薬
柴葛解肌湯(さいかつげきとう)=葛根湯(かっこんとう)+小柴胡湯加桔梗石膏(しょうさいことうかききょうせっこう)=葛根湯(かっこんとう)+小柴胡湯(しょうさいことう)+桔梗石膏(ききょうせっこう)
・中国版総合COVID-19漢方薬
清肺排毒湯(せいはいはいどくとう)=麻杏甘石湯(まきょうかんせきとう)+小柴胡湯加桔梗石膏(しょうさいことうかききょうせっこう)+胃苓湯(いれいとう)・・・

<参考>
・小川恵子. COVID-19感染症に対する漢方治療の考え方(改訂第2版). 日本感染症学会特別寄稿.
・有田龍太郎ほか. 中国におけるCOVID-19に対する清肺排毒湯の報告. 日本感染症学会寄稿.
・渡辺賢治ほか. 【緊急寄稿】新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対する漢方の役割. 日本医事新報. 2020;5008:44

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