漢方学習ノート

漢方医学の魅力に取りつかれた小児科医です.学会やネットで得た情報や、最近読んだ本の感想を書き留めました(本棚3)。

漢方薬を子どもに飲ませる方法、アップデート2021

2021年05月09日 07時07分56秒 | 漢方
先日、坂崎ひろみDr.が YouTube で「子ども漢方服薬指導」を1時間にわたりレクチャーしている動画を発見し、頷きながら視聴させていただきました(こちらにはそのスライド原稿があります)。

坂崎ひろみDr.は小児科医で漢方使い、私も顔見知りです。
近年はマニュアル本を書いたり、講演会をしたりでご活躍。
著書「フローチャート子ども漢方薬」の中では当院が作成した「子どもに漢方を飲ませる方法一覧表」を引用していただきました。

参考になる箇所は多々ありますが、錠剤が用意されている漢方薬一覧表を提示していただいたので抜粋;


当院で採用しているのは、
②葛根湯加川芎辛夷
⑨小柴胡湯
⑩柴胡桂枝湯
⑮五苓散
⑯半夏厚朴湯
⑲小青竜湯
(95)五虎湯
それにヨクイニンエキス錠です。

粉がどうしても苦手、という患者さんで小学生以上の場合に提案します。大きさは1cm弱と結構大きいのです。
中学生には「粉なら一袋、錠剤なら一回6錠、さあどっちにする?」と聞くと、8割方「錠剤!」と答えますね。
ずいぶん嫌われている・・・。

参考になった記事をもう一つ。

薬剤師さんによる記事ですが、ここで紹介されているのは、珈琲豆を挽くミルでエキス剤の顆粒をさらに細かい粉にするという方法です。
確かに「エキス剤のザラザラ感が苦手で・・・」と訴えるお母さんがときどきいますので、ひとつの選択肢になると思いました。

ただ、これをやるのは家庭ではなく薬局です。
1回量は少ないので、それをミルにいれて加工糸回収するのは至難の業です。

同じ薬剤師さんによる「乳幼児に飲ませやすいお薬団子の作り方」という記事もありました。粉薬を少量の水分で溶いて団子状にして子どもの上顎になすりつける方法です。

小児科でも日常的に指導している方法ですが、記事に「お薬団子は、乳幼児の頬の内側や上顎に指で塗って飲ませます」とあるところに?と感じました。

上顎に塗るとそこに張り付いて飲み込みにくい経験があり、さらに舌に接すると味がわかって嫌がることもありますので、当院では団子ではなく「ペースト状にしてほっぺの内側になすりつけてください」と指導しています。

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起立性調節障害(OD)は漢方薬で治療可能か

2021年05月06日 20時33分43秒 | 漢方
中学生くらいになると、朝起きるのがつらい、立ちくらみやめまいがつらい、頭痛がつらい、学校へ行くのがつらい・・・という訴えで受診される子どもがときどきいます。
そんなとき小児科医が疑う病気が起立性調節障害(以下ODと略)です。

その診断基準は、以下の通り(こちらのHPより引用);


(1)の症状があるかどうか、問診で確認すれば簡単に診断できる・・・と思いきや、そう単純ではありません。
(2)のサブタイプのどれに当てはまるかが決まってはじめてODと診断できるのです。そしてそのサブタイプを決定するためには、以下のフローチャートによると「新起立試験」が必須です。


フローチャートの中央付近に「新起立試験」という単語があります。その具体的内容は以下の通り(こちらより引用);


大まかに言うと「仰向けに寝ている状態を10分間続け、その後立ち上がり1分ごとに10分間血圧測定をする」という検査方法。

「1分ごとに10分間血圧測定?」

・・・これ、無理です。この試験を行うためには高価な自動連続血圧計が必要になります。
開業医ではそのような器機を購入できませんので、結論としてODは病院でしか診断できない病気になってしまいました。
なってしまいました・・・と過去形で書いたのは、以前の診断基準にも起立試験がありましたが、(旧)起立試験は必須ではなく、1分ごとの血圧測定を義務づけていませんでした。

話は変わりますが、ODは不登校・引きこもりとの関連が指摘されています。
どちらが先なのか、いろんな意見がありますが、現場で診療している私の印象は精神的要因が大きいと感じています。

また、成人版ODは起立性低血圧と呼ばれています。
つまり、自律神経の交感神経(on)と副交感神経(off)のバランスが off に傾いている状態です。

しかし一方で、不登校・引きこもりの子どもは off 状態ではなく、ベッドに横になっていても緊張していると耳にしたことがあります。
家にいて部屋に閉じこもってリラックスしているのではなく、常に緊張しているのがその実体らしいのです。

すると、off 状態のODと、on 状態の不登校・引きこもりは交感神経の緊張状態が評価できれば鑑別できることになります。
誰か研究してくれないかなあ・・・と思っていたタイミングで、ODの漢方治療というテーマで池野一秀Dr.がYoutubeでレクチャーを配信している動画に出会いました。
まさに、OD患者を自律神経のバランスで評価し、「交感神経過緊張」の患者さんが多いと解説されています。

ODの治療は交感神経刺激薬ですから、交感神経過緊張の患者さんに交感神経刺激薬を投与したら何が起こるか・・・症状が悪化しますよね。

というわけで、私は現在のOD診断基準を半信半疑で眺めています。
治療法にも「塩分を1日10〜12g摂取すべし」と高血圧気味の私には恐ろしいことが書いてありますし。

前述の池野Dr.のレクチャーは漢方関連であり、彼は
「OD症状を漢方的に分析すると“水毒”病態である」
「OD症状は“フクロウ型体質”(夜型体質)で説明可能」
と解説しています。

具体的には、

【水毒】
・頭重感、拍動性の頭痛
・身体が重い
・めまい、立ちくらみ、車酔い
・悪心、おう吐

【フクロウ型体質】
・朝寝坊の宵っ張り
・朝は起きられず夜はなかなか眠れない
・学校や仕事に遅れそうになり、親は何度も起こしに来る
・朝は何時までもベッドに痛い。休みの日は昼近くまで寝ている
・夜は何時までも起きているが朝なかなか起きられないタイプ
・フクロウのように夜行性なので“フクロウ型”と言う

水毒はOD症状そのもの、フクロウ型体質は+不登校パターンに当てはまりますね。
水毒に適応する漢方薬に五苓散、苓桂朮甘湯、半夏白朮天麻湯などがあります。

五苓散は水毒治療の代表的製剤で、私は腹部振水音(=胃内停水、上腹部を軽くたたくとぽちゃぽちゃ音がする)がある患者さんによく使っていますが、十分な手応えがあります。振水音のある方は大抵“車酔い”するため、頓服使用してもらうとこちらも十分な手応えがあります。
五苓散は“天気痛”“気象病”の特効薬でもあり、低気圧が近づくと頭痛や関節痛が出る人にも合います。

苓桂朮甘湯は“水毒”に“気逆”(“気”の異常)が加わったときの処方で、動悸が目立つときに使用します。そのような患者さんは、腹部に手を当てると拍動が触れる(臍上悸)ことがほとんどで、逆に臍上悸があると苓桂朮甘湯が百発百中効くとも言われています。

ODの基本病態は、
1.脾胃気虚
2.心気虚
であるとして岡佳恵Dr.が方剤の使い分けをまとめています。

1.脾胃気虚

1)水毒合併タイプ:
四肢や身体がだるく重い、頭重感、むくみ/浮腫、しびれ感、けいれん、水様便/下痢、浸出液(鼻汁、喀痰、耳漏)が多い、口渇、尿量減少、水分は欲しくない、めまい、動悸、乗り物酔い、腸障害(悪心、おう吐、腹部膨満感)
半夏白朮天麻湯:めまい、立ちくらみ、頭痛、頭重感、嘔気、胃腸症状著明
苓桂朮甘湯:めまい、立ちくらみ、動悸、頭痛、息切れ、尿量減少
五苓散:口渇、尿量減少、嘔気
柴苓湯:おう吐、水様下痢、浮腫
六君子湯食欲不振胃痛、消化不良、悪心・おう吐、腹部膨満、うつ症状

2)中気下陥タイプ(アトニー)
補中益気湯:手足の倦怠、疲れやすい、朝調子が悪い、元気がない、消耗して意欲が出ない

3)虚弱児タイプ
小建中湯:過敏性腸症候群、腹痛、夜尿症
芍薬甘草湯:筋肉のけいれんを伴う疼痛

2.心気虚(神経症状)主体・・・過敏症状
実:柴胡加竜骨牡蛎湯:神経症状とストレスによる自律神経の乱れ(肝気欝滞)
虚:桂枝加龍骨牡蛎湯:イライラしやすい、動悸、不眠、不安、抑うつ、興奮しやすい、夜驚症、精神神経症状と腎虚の症状、驚きやすい

これ、とても参考になります。ぜひ、私の外来でも応用させていただきます。
またODに対する漢方治療の報告をまとめた一覧表も紹介されました(⇩)。



これらの報告は10例以上のものを集めたものですが、証を考慮していない割には有効率が結構高いことに驚かされます。
この元の論文(金田悠子Dr.)では、証と適応する漢方に関する記載もあります。

精神神経型(頭痛・腹痛を主症状とし、胸脇苦満、心下支結を認めるタイプ)に柴胡桂枝湯が有効
循環虚弱型(めまい、脳貧血、動悸など)に半夏白朮天麻湯
消化器症状(食欲不振、腹痛)が著明であれば小建中湯が有効

さらに池野先生はスマホによる睡眠への影響を指摘されています。

「スマホと睡眠障害」
・現代の子ども達は、学校生活だけでなく、部活、学習塾など多忙を極める
・唯一の息抜きと思って接するスマホが、交感神経を刺激し、かえってストレスを煽っている
・交感神経の緊張は深夜に及び、ただでさえ少ない睡眠時間を圧迫している
・頭痛、朝起き不良などの不定愁訴の陰で、しばしばスマホ依存が子ども達の心と体を蝕んでいる

さらにパソコン画面を見つめ続けると問題にされる「ブルーライト」、実はスマホやゲームの方が強いらしいのです。
スマホを見続けるとメラトニン分泌が減って体内時計が狂い(ピークが後ろにずれる)、ブルーライト暴露による眠気の減少は3時間持続するというデータも紹介されていました。
最近、タブレットで読書をする方が増えてきましたが、こちらも当然、睡眠前は控えた方がよいことになりますね。
そして新型コロナ禍では、スマホを見つめる時間が増えていますので、より睡眠障害のリスクが高くなっているといえるでしょう。

話を戻しますが、ガイドラインによるとODは「心身症を除外する」ことにより診断されます。
つまり、心身症が関与しているODは、純粋な(狭義の)ODと見なされず、治療薬も別に考えることになります。そして「ODと診断されている子どもの70〜80%は心身症である」のが現実のようです。
「心身症としてのOD」の診断基準と、その子ども達の素因も紹介されました。

「心身症としてのOD」(日本小児心身医学会)
・学校を休むと症状が軽減する
・身体症状が再発・再燃を繰り返す
・気にかかっていることを言われたりすると症状が悪化する
・一日の内でも身体症状の程度が変化する
・身体的訴えが2つ以上にわたる
・日によって身体症状が次から次へと変化する
⇒ 以上の内4項目以上がときどき(週1〜2回)以上見られる場合、心理・社会的関与ありと判定して「心身症としてのOD」と診断する

「心身症としてのOD」になりやすい子どもの特徴
・一般的に過剰適応で気を遣う人柄
・幼少時期から親を手こずらすことが少なく従順な性格傾向
・自己の意思表示が少なく感情を抑圧しやすい
・学校での集団生活において自我を抑制し、友達の意向に合わせて周囲の期待に応えようとする傾向が強い(NO!と表現するのが苦手)
・日常の中で慢性的なストレスを感じながらもそれを発散することが困難であり、無意識下にため込んでいる
・発達障害を伴うケースは学校不適応を起こしやすく心理的ストレスによって症状悪化

・・・以上を読んでいると「正直者が馬鹿を見る」という悲しい現実を突きつけられているような気がしました。
真面目で正直者は、現代社会では生きづらいのですねえ。我慢していても一線を越えると耐えきれなくなって発症してしまうのがOD、と捉えることもできそうです。
同じ仲間の病名として、緊張性頭痛、偏頭痛、過敏性腸症候群、過換気症候群、摂食障害などがあげられていました。
興味深いのは、低年齢での表現型として、憤怒けいれん、夜泣き/夜驚症、指しゃぶり、周期性嘔吐、反復性腹痛、チック、抜毛などもあげられていたことです。乳幼児期にこれらの症状で悩まされた子どもは、将来OD他の病名が付く可能性があるということですね。

最後に、池野Dr.のODに対する治療方針が紹介されました。

「私のOD?治療の基本」
1.朝、起こすことより夜にしっかり眠ることが大切
2.交感神経を刺激しない
3.朝食と朝日が一番の薬
4.学校へ行って苦しい思いをするよりは、家で楽しい時間を過ごそう

従来、「夜何時に寝ても、朝起きる時間を一定に保つことが大切」とされてきたので、“眠る”ことに焦点を当てたことは斬新です。池野Dr.の意図するところは、「まず眠れない原因を考えよう」だと感じました。
それが2の「交感神経を刺激しない」ことにつながり、具体化しています。
現代社会は交感神経をひたすら刺激し続けるアイテムが多すぎるのでしょう。その影響を排除しつつ、3の「朝食と朝日が一番の薬」につながります。動物としての人間本来の生活リズムに戻ろう・戻そうという意味と捉えました。

<追加>(2022.9.8)

耳鼻科医で漢方使いの境修平先生は、
起立性調節障害診断基準の項目を漢方の証に当てはめることを試みています;

★ OD身体症状項目(項目が3つ以上当てはまるか、あるいは2つであってもODが強く疑われる場合には、アルゴリズムに沿って診療する)

1.立ち眩み、あるいはめまいを起こしやすい
2.立っていると気分が悪くなる。ひどくなると倒れる
3.入浴時あるいは嫌なことを見聞きすると気持ちが悪くなる
4.少し動くと動機あるいは息切れがする
5.朝なかなか起きられず午前中調子が悪い
6.顔色が青白い
7.食欲不振
8.臍疝痛をときどき訴える
9.倦怠あるいは疲れやすい
10.頭痛
11.乗り物に酔いやすい

気虚と捉えられるもの:5、6、7、8、9
気逆と捉えられるもの:1、2
水滞と捉えられるもの:10


また、小川恵子先生著の『女性の漢方』(中外医学社)によれば起立性調節障害に対しての漢方薬を以下のように対応させています;

1、2、11に対して:五苓散、苓桂朮甘湯、半夏白朮天麻湯
4、5、9に対して:補中益気湯
3、9、10に対して:柴胡桂枝湯、四逆散、小建中湯
反復性腹痛(8)に対して:小建中湯、黄耆建中湯、当帰建中湯、柴胡桂枝湯、安中散


漢方の専門家でも、微妙に捉え方が異なるのが興味深いですね。
ちなみに、私の臨床経験からの捉え方は小川恵子先生に近いです。

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