私は診療に漢方を取り入れている小児科医です。
日々の診療で、受診された思春期の患者さんが、
捉えどころのない体調不良(医学的には“不定愁訴”と呼びます)を訴えると、
1〜2週間試して手応えがなければ、
総合病院へ紹介して基礎疾患がかくれていないか検査をしてもらっています。
先日(2024.7.7)、日本小児漢方懇話会をWEBで視聴しました。
今回のメインテーマは「小児の起立性調節障害と睡眠に対する漢方薬」。
何人かの医師が、様々な視点から起立性調節障害について語りました。
が、聞き終わっても、全体像が見えないほど内容がバラバラ…。
これは、起立性調節障害という病名がつけられる患者さんの病態が、
単一ではなく多岐にわたっていることも理由の一つと思われます。
参考になるポイントを、備忘録としてメモに残しておきます。
▢ 惠紙 英昭Dr.の講演
■ フクロウ型(山本巌Dr.提唱)
・体がしんどい、疲れやすい、体力がない、頭が痛む、肩がこる、胃が痞える、重ぐるしい、吐き気がある、胃が痛む、めまいがする、手足が冷える。
・体力がなく、粘りがきかず、力仕事に向かない。
・「朝寝の宵っ張り」で寝ていたい。日曜日は昼まで寝ている。
・朝はボーッとしているが、夕方から夜にかけて最も元気。
・朝食は欲しくない。夕食が美味しいし、よく食べられる。
・早く寝ても頭がさえて眠れない。
・階段や山登りで、一番に行くが、すぐに息切れ、ハアハアいって先にへばる。
・女性は結婚して最初の子どもを出産した後に多い。
・30歳代が最もつらく、40歳を過ぎるとだんだん訴えが少なくなり、60歳を過ぎればほとんど元気、70-80歳も元気で長生きをする。
・スロースターター。
・世の中に2-3割いる。
・器質的疾患なし&不定愁訴だらけ・・・怠け?気分障害と診断されかねない。
■ 現代のフクロウ型体質(症候群)
・西洋医学的病名:起立性調節障害、Meniere症候群、不登校、睡眠障害(睡眠相後退症候群)、自律神経失調症・不定愁訴、気分障害・適応障害、頸椎・脊椎異常
■ フクロウ型の漢方治療
・基本処方:
→ 苓桂朮甘湯(39)、あるいは五苓散(17)、あるいは39+17
…効果が少ないときは増量、桂皮末追加
・倦怠感(気虚)が強い、軽度無気力:
→ 補中益気湯(41)、十全大補湯(48)、人参養栄湯(108)、加味帰脾湯(137)、コウジン末追加
・不安が強い
→ 半夏厚朴湯(16)、茯苓飲合半夏厚朴湯(116)、柴胡桂枝湯(10)、柴胡桂枝乾姜湯(11)、柴胡加竜骨牡蛎湯(12)、加味逍遥散(24)、柴朴湯(96)、桂枝加竜骨牡蛎湯(26)、等
・抑うつ気分
→ 香蘇散(70)、半夏厚朴湯(16)、茯苓飲合半夏厚朴湯(116)
・過敏性腸症候群
→ 小建中湯(99)、桂枝加芍薬湯(60)、柴胡桂枝湯(10)、加味逍遥散(24)など
・打撲の既往
→ 治打撲一方(89)、葛根加朮附湯(141)など
・瘀血・打撲(便秘)
→ 駆於血剤:桂枝茯苓丸(25)、桂枝茯苓丸加薏苡仁(125)、桃核承気湯(61)、通導散(105)などを併用。61と105は少量でよい。
・一貫堂解毒症体質
→ 柴胡清肝湯(80)、荊芥連翹湯(50)、竜胆瀉肝湯(76)
※ 以上の方剤に西洋薬(低血圧治療薬)、向精神病薬なども少量併用
■ 重症度(こじれ具合)による使い分け
(軽症)
苓桂朮甘湯(39)、五苓散(17)など
(中等症)
苓桂朮甘湯(39)、五苓散(17)、真武湯(30)など
+
半夏厚朴湯(16)、補中益気湯(41)、十全大補湯(48)など
(重症・こじれた例)
苓桂朮甘湯(39)、葛根加朮附湯、柴胡剤など
+
駆於血剤:治打撲一方(89)、一貫堂医学
西洋薬、眠剤、抗うつ薬、抗精神病薬(アリピプラゾールなど)
<方剤解説>
【苓桂朮甘湯】
(構成)
茯苓・蒼朮・桂皮・・・利水
桂皮・・・血行をよくする、軽度強心作用、抗不安作用
茯苓・桂皮・甘草・・・心悸亢進(動悸)を鎮める
(ポイント)
・朝起きが苦手、浮腫(体が重い)、めまい、頭痛、立ちくらみ、倦怠感、冷え、神経質など。
(適応)…山本巌Dr.による
・めまい、眼前暗黒、立ちくらみ
・頭痛、肩こり
・心悸亢進
✓ 立ちくらみと同時に心悸亢進
✓ 不安・驚きなどの精神的原因による心悸亢進
・倦怠感および疲労感
・フクロウ型
・腹診で振水音
【柴胡清肝湯】
(構成)
黄連・黄岑・黄柏・山梔子(=黄連解毒湯)・・・消炎解熱作用、止血作用
当帰・川芎・芍薬・地黄(=四物湯)・・・補血作用、止血作用
桔梗・括楼根・甘草・・・去痰、排膿作用
括楼根・地黄・甘草・・・滋潤、清熱作用
薄荷・柴胡・牛蒡子・・・辛涼解表作用
(ポイント)
・小児の解毒症体質改善(扁桃炎、扁桃周囲炎、咽頭炎、中耳炎など)
・慢性炎症、再発性炎症、腎炎の予防、神経過敏、湿疹
▢ 網谷真理恵Dr.の講演
■ 起立性調節障害は身体症状&不安&生活の乱れ
・身体症状だけに着目するのではなく、生活・行動に着目してゴールを設定する
← 症状だけに着目していると、終日ふとんの上から出られない。
・問診は必ず本人から丁寧に(親に内緒の夜の行動)
・子どもたちは自分の「不安」に気づいていない(失感情症傾向)
・親の焦燥感をコントロール(親と子どもは見ている視点が違う…親は“将来”、子どもは“今”)
■ 体位性頻脈症候群(Postural tachycardia syndrome, POTS)
・起立性調節障害のサブタイプの一つ。
・起立時の血圧低下はなく、起立時頻脈とふらつき、倦怠感、頭痛などの症状
・起立時の心拍数115以上、または起立10分以内の平均心拍増加が30以上
(30以上と定義している論文もある)
・不安障害、パニック障害と併存することが多く、診断がつきにくい。
・慢性疲労症候群の40%がPOTSに罹患している。
・米国人口の0.2-1.0%、中央値17歳、最頻値発症年齢は14歳(2019年の調査)
■ POTS臨床症状を漢方的にとらえると…
・交感神経過剰型(Hyperadrenergic):不安、冷え、四肢の自汗、震え、頻尿
→ 気逆 → 柴胡加竜骨牡蛎湯(12)、抑肝散(54)
・神経性(Neuropathic):脱力、起立時の足色の変化、神経因性疼痛、頭痛、不眠
→ 気虚 → 補中益気湯(41)、加味帰脾湯(137)
・低血液循環量性(Hypovolemic):疲労、運動不足、めまい、集中困難・思考困難(ブレインフォグ)
→ 水滞 → 五苓散(17)
・その他;
気うつ → 半夏厚朴湯(16)
気虚+水滞 → 半夏白朮天麻湯(37)
気逆+水滞 → 苓桂朮甘湯(39)
■ 起立性調節障害の漢方治療(講師案)
・・・五苓散を基本に“気”に作用する方剤を併用
苓桂朮甘湯 ← 窮迫しためまい(突き上げられる、引っ張られる)、動悸
苓桂朮甘湯 + 十全大補湯 ← 疲労とめまい(気虚・血虚・めまい)
半夏白朮天麻湯 ← 冷えて気力がなく頭痛を伴うめまい
五苓散 + 補中益気湯 ← 朝方の疲労感
五苓散 + 柴胡加竜骨牡蛎湯 ← 外や場所に不安(不安障害・パニック障害、教室に入れない)、手が震える、過呼吸を伴う
茯苓飲合半夏厚朴湯 ← 悩みが多く吐き気を伴う
五苓散 + 半夏厚朴湯 ← 友人関係に悩む(自分より友人の心配事を優先)、胸のモヤモヤ、咽喉頭閉塞感
五苓散 + 加味帰脾湯 ← ブレインフォグ、集中力低下を伴うとき、Long-COVID
五苓散 + 柴胡桂枝湯 ← 頭痛、腹痛など痛みがあるとき
五苓散 + 抑肝散 ← 朝の癇癪 …対人関係ストレスによる怒り、けんかっ早い
小建中湯 ← 骨格が細く、自己主張苦手、腹直筋緊張緊張・不安 …感受性豊かでIQ高い、予期不安にとらわれる。
▢ 小川恵子Dr.の講演
■ 起立性調節障害診断基準を再確認
(11項目中3つ以上が当てはまる場合、起立性調節障害を疑う)
1.立ちくらみ、あるいはめまいを起こしやすい …水滞
2.立っていると気分が悪くなる。ひどくなると倒れる …水滞
3.入浴時あるいは嫌なことを見聞きすると気持ちが悪くなる …水滞、肝・心の異常
4.少し動くと動悸あるいは息切れがする …水滞
5.朝なかなか起きられず午前中調子が悪い …水滞
6.顔色が青白い
7.食欲不振 …脾虚
8.臍疝痛をときどき訴える …脾虚?
9.倦怠あるいは疲れやすい …気虚
10.頭痛 …水滞
11.乗り物に酔いやすい …水滞
■ 主体となる症状で方剤を決めると…
1-5・10・11(水滞)→ 五苓散、苓桂朮甘湯、半夏白朮天麻湯
9(倦怠感)→ 補中益気湯、黄耆建中湯
7(食欲不振)→ 半夏白朮天麻湯、六君子湯、四君子湯、二陳湯
8(腹痛) → 建中湯類(小建中湯、黄耆建中湯)、柴胡桂枝湯(心腹卒中痛)、腹痛が強い場合は芍薬甘草湯の頓服
3(心身症の要素)→ 柴胡桂枝湯、四逆散、抑肝散(加陳皮半夏)、甘麦大棗湯、加味逍遥散
■ 江部経方理論の気血津液の定義
・広義の血:拍動する、温かく、流れる水と血
=狭義の気+狭義の津液+狭義の血
・広義の気:狭義の気+狭義の津液
温かく流れる水
・狭義の津液
液体という素材
■ 経方医学における胃と胃気
・気の最大の産生場所として胃が重要
・『傷寒論』における邪正闘争を担う
・「正気」は胃気である。
・脾・肌はいつでも利用可能な形で胃気を蓄えるところである。
■ 「水」の仮想モデル上の分類
・湿:陰液とほとんど性質が同じ
(生薬)白朮、蒼朮、茯苓、沢瀉
(方剤)五苓散(17)、苓桂朮甘湯(39)
・飲:湿より粘稠
(生薬)半夏、陳皮
(方剤)二陳湯、半夏厚朴湯
・痰:陰より粘稠で固形化したもの
(生薬)栝呂仁、括楼根、乾姜
(方剤)柴陥湯(73)、柴胡桂枝乾姜湯(11)、猪苓湯(40)
■ 湿を去る生薬
茯苓(作用部位:全身)
…尿や発汗をすることで悪い水を去り、よい津液を運ぶ。
…精神を落ち着ける作用がある。
猪苓(作用部位:膀胱)
…直接膀胱に作用し、利尿する。
沢瀉(作用部位:肌、心下、小腸、膀胱)
…湿を小腸、膀胱から尿として排泄させる。
朮(作用部位:胃、小腸、心下、肌、腹、肉)
…蒼朮:燥湿中に入り込んだ湿を排出する。
…白朮:気を補う作用が強い。発汗を抑制する。
薏苡仁(作用部位:皮肌肉骨節、血中、肺、胸、腸)
…湿を去る。排膿作用。
滑石(作用部位:皮、肌、肉、小腸、大腸、膀胱)
…尿や発汗をすることで熱を冷ます。
…尿排出を促進し、下痢を止める。
■ 五苓散を頭痛に使うようになったのは江戸時代から
・村井琴山(1733-1815)…「五苓散の煩は頭痛である」
・大塚敬節(1900-1980)… 三叉神経痛に効果のあった症例を報告
・矢数道明(1905-2002)… 頭痛、片頭痛に用いて多くの著効例を報告した。天候変化に伴う頭痛に著効することを報告。
<方剤解説>(江部経方理論)
【小建中湯】
…一般的には「脾を補う」とされているが、経方理論では「腎を補う」方剤として位置づけられている。
① 生気の不足(特に腎気)
・大棗、生姜、甘草で生じた胃の気津を、桂皮、芍薬にて全身に供給
・2倍の芍薬が主に腎に気を供給
② 気のベクトルの異常
・守胃機能失調 → 腎を養えず腎の気陰は不足する。
・第102条 胃気が守られず、過剰に上衡
③ 血絡の不通
・虚労による全身的な気血津液不足
→ 血絡の不通し、絡の多い腹部で「腹中痛」を起こす。
①②③に対して…
↓↓↓
大棗、生姜、甘草で気津を産生
桂皮<芍薬の配合により、腎に気を供給
気血津液を正しく流す
※ 桂枝(上、外側)
胃気 → 脈外の衛気、脈中の営血の推進
胃気 → 肌
※ 芍薬(下、内側)
脈中の営血を絡 → 肝、心、心下 → 小腸、膀胱
胃気・熱の過剰な上昇を降ろす
気津を腎に供給
【五苓散】(江部経方理論)
肌 → 心下 → 小腸 → 膀胱 → 尿
という環流路、三焦の機能を回復させ、
多量の温かい湯で胃津を補う。
・構成生薬の薬効:
朮、沢瀉ー肌水
茯苓ー皮水
白朮、沢瀉ー心下の飲
猪苓、茯苓、沢瀉ー膀胱の水飲
猪苓ー直接膀胱に作用し、排尿
桂枝ー全身の三焦気化作用を高め、残存する表邪を外散
【補中益気湯】
・構成生薬の薬効
人参、黄耆・・・気を補う
升麻、柴胡・・・気を持ち上げる
陳皮、朮 ・・・痰飲を去る
甘草、大棗、生姜・・・消化管機能を改善
※ 升麻
・清熱解毒消腫
・発表透疹 …肌の風邪を散じる
・昇虚陽気 …人参・黄耆・柴胡と組み合わせる
・作用する場所:口、咽喉、胃、皮、肌
【苓桂朮甘湯】
・胃の守胃機能の失調、もしくは胃気の不足による胃飲が胃から心下に至り「心下逆満」する。
・さらに心下の飲のため、胃気は心下から上に昇りにくく、下方の腎に多く注ぎ込み、腎の気化の限界を超える。
・そのために腎気は心下の飲を伴って「胸に上衡」したり、頭に上り「頭眩」となる。
【柴胡桂枝湯】
・『金匱要略』第22条『外台』柴胡桂枝湯方治心腹卒中痛者
・痛み=絡不通
・膈の昇降出入が不利
→ 胆の疏泄失調、肝の疏泄不利
→ 心下・腹部の絡の不通
・心下の不利のため心下には飲を生じる可能性もある。