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いつか素晴らしい世界になって、誰でもが望む旅を楽しめる、そんな世の中になりますように祈りつづけます。

残酷な歳月 11 (小説)

2015-12-03 13:56:09 | 小説、残酷な歳月(1話~15話話)


残酷な歳月
 (十一)

知らず、知らずに、ジュノはこのご婦人と自分の心情を重ね合わせていたのかもしれない!
もう、十数年、うつの病に苦しみながらも、前向きに生きる事に、一生懸命に頑張るのだが、時として、あまりにも、美しい物に、憧れが強すぎて、自分の精神状態が壊れてしまう事の怖さに怯え、又、極端に嫌いな人間には、近づく事さえ出来ず、その事で心が乱れて言葉さえ、失い、忘れてしまう!

簡単な、挨拶の言葉さえ、確信が持てない不安が、極端に他人を避けて暮らす日常がつづき、だが、心のどこかで、家族に迷惑をかけている事の負担や苦しさに耐えかねて、自分を見失う悲しみ!

やがて、生きる事さえ虚しく思えて、死に場所を捜す!
だが、自ら命を絶つことの勇気がない事に混乱して!
このような状態の繰り返しが、ある、症状になって、現われる!

この、ご婦人の何歳ごろの事か分からないが、幼児体験としてある、夢なのか、現実の事なのか!

ジュノの前で、その話が始まると、決まって、幼児のように泣きじゃくりながら、この女性の訴える言葉だ!

「かずちゃんが死んじゃう!」
「かずちゃんがいなくなっちゃう!」
「かずちゃんが泣いてる!」

そう、言いながら、もう、五十歳を過ぎた女性が時には号泣して、ジュノに訴えるのだ、まるで、哀願するように!

「かずちゃんは、六年生の遠足の日に出かけたまま!」
「いなくなっちゃったでしょう!」

みんなで一生懸命に、かずちゃんを、さがして、さがして、やっと、見つけたら、お城の崖下にいたんだよね。
もう、私に笑いかけて、悪戯っぽく、私の背中におんぶする真似をして、甘えて来る事が出来ない!

「よ~ちゃん、ね~ちゃん!」
「かずちゃんはね、お腹痛いんだよ!」
と言いながら、私の食べかけの、とうもろこしを取って食べていた、かずちゃんの姿ではなかったんだよね!

親戚のみんなが私を、かずちゃんにあわせてはくれなかったから、かずちゃんのおばさんが、わざと、私に意地悪してるのだとばかり思ってたんだよ!

このご婦人の幼時体験はおそらく、狂おしいまでに悲しい出来事だったのかもしれない、消し去る事のできない情景が浮かぶような気がした。
『ジュノは、この女性の話が好きだった。』

だからと言って、心療内科医としての、カウンセリングをいい加減な事として、おろそかにしたり、患者さんを選り好みしたり、誰かをひいき眼で診たりは、決してしないけれど、どうしても気に留めてしまう、もうひとりの患者がいた!

その女性はまだ、女性と呼ぶには幼すぎる十五歳の無就学の、普通に成長していれば、中学三年生になっていたはずだった。

この子をジュノの診療している「ヒマラヤ杉医院」に連れてきたのは、母方の祖母に当たる人だった。

この子の母親は、二十三歳の時、近所に住む男に乱暴されて、その男の家がある程度、資産家で田舎での事、地主の立場を利用して、強引にふたりを結婚させたが、女の子がお腹にいる事を知りながら、夫は幾人も愛人を作り遊び歩く、そんな男に、少女の母親は、必死でつくして、夫である人の、家の仕事を手伝い、義理の父と母に尽して、突然帰ってくる夫に殴られ続けて、ある日、少女が七歳になった時、少女の目の前から、消えてしまった。

いまだに、生死さえも、祖母も、この少女も分からず!
時折、この少女の父親が現われては、狂乱したような、この子へ仕打ち!

それはまるで、この子の母を追い求めるように、叫び、わめき、暴れて、祖母と少女を恐怖のどん底に追いやっていた。

十五歳になる今も、少女は母を失った悲しみと父の暴力が元で、心の成長が七歳で止まってしまった!

孫の生きて行く、この先の不安から、やつれ果て、心労がつのり、老いた体に無理させて、働くこの老婆の姿!

老婆の嘆き、苦しみを聞きながら、ジュノはいつしか、わが身におきた事のような錯覚に囚われた。
どこか、ジュノの母の最期の姿を思い出させて、切なく、辛い診療になっていた。

このふたりの女性の心の奥にある、苦しみや悲しみを、どう、アドバイスすれば、心を楽にしてあげられるのか・・・

この平和だと思える現代の日本で、これほどの残酷な事が起きている事に、改めて、辛く悲しい思いにさせられる。

ジュノは自身の心の苦しみの答えが、このご婦人と共通したものがあるようにおもえた。
そんな時、又しても、アメリカの友人、マークからの電話!

加奈子の新しい恋人、ロイが、ジュノと何処か雰囲気の似た、少年のような面差しで、実際に、加奈子とは十歳も違う、年下の男でロック・クライミングしか頭の中に無い、頼りない人間なのだと言いマークはいかにも、ロイに嫉妬心をむき出しに話す。

加奈子はジュノを忘れられずに、子供みたいな男を求めて、まるで、年若いロイを、同じおもちゃのすきな者同士で愛玩しあうような、生活をしてるのだと訴える。

マークはジュノが、聞きたくもない事を、得意げと嫉妬のいり混じった感情で伝えてくる。
毎週のように、ふたりは、ヨセミテに通う生活!

だが、加奈子の様子が、冷静なはずの加奈子の姿ではない事が不安なのだとマークは言った。
どこか、生きる事に投げやりな、緊張感が足りない!

精神の統一が出来ていない事が、とても、気になると、マークは付け加えた。
あれほど、深く、愛し合っていた、ジュノと加奈子の長い歳月を知っていればこそ、マークは、ふたりの心のすれ違いが気になる複雑さが、マークに不安をつのらせているのだろう。

あれいは、ジュノの一方的な、冷たさから、うまれた事なのかもしれないが、今のジュノには、加奈子を思いやるゆとりがない事も事実だった。

だが、心が痛む思いと、どこか投げやりにしたい思いとが、ジュノの中で攻めぎあっている事が、仕事から解放された時のジュノのやすらぎを奪って行く。
人は誰でもが裏側にある人生をみつめる事を避けたい!

ジュノは加奈子を愛していても何かが足りなくて、心の隙間をうずめる努力を捨ててしまったのだろうか。

過ちと煩悩の狭間に
遥かに遠い君を思う
官能的な幻影
美しき人はもがき苦しむ
生きるための力を
僕の為に無駄にしないで
青空の中の君と
涙さえつめたい僕の
気づかない背信
気づかない嫉妬


    つづく




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