太郎は、そろそろ髪が伸びきてたので床屋に行った。だが、太郎は床屋が嫌いだった。それは太郎は髪が短くなると格好悪くなる顔型だったからである。自分で床屋に行った後で鏡を見てもそう思ったし、学校でも友達に、髪を切った後は、「あーあ。格好悪くなっちゃったな」とからかわれた。だからこれは主観的な思い込みではない。太郎は以前は、中目黒にある女だけの理容店にわざわざ、一時間半かけて行っていた。しかし、だんだん面倒くさくなってきて、最近では、ほとんど家の近くの床屋で切っていた。一年前から、最寄の駅の地下モールに一律1000円の床屋が出来た。太郎はそこに行くようになっていた。髭剃りもシャンプーもない。経費を最大限切り詰めた理容店である。カットも時間が短く、10分以内でテキパキと済ましてしまう。二人の客が男の理容師と女の理容師の整髪をうけていた。てるてる坊主のようである。客は二人とも男で老人である。太郎は自動販売機で1000円の領収書を買って座って待っていた。太郎はドキンとした。太郎は密かに思った。
「あの女の人に切ってもらいたいなあ」
それは太郎にとって熱烈な思いだった。二人の客の内、早く終わった方の理容師に切ってもらうことになる。二人の客の内、どっちが先に来たのだろう、と太郎は様子をうかがった。だが、よくわからない。
「女の理容師の方の客、早くおわれ」
と、太郎は祈るように願った。しかし、女の理容師の方の客は早く終わりそうな感じだった。
「あーあ。男の理容師になっちゃうのか。さびしいなー」
と太郎はガッカリした。
「さあ。出来ました」
と男の理容師が客に声を掛けて背後で鏡を開いて後ろの刈り具合を確認させた。男の客はちょっと、神経質そうに後を見ていたが、
「もうちょっと、切ってくれないかね」
と男の理容師に言った。
「どこら辺ですか?」
「横をもうちょっと切ってくれ。私は横が伸びるのが速いんだ」
「わかりました」
そう言って、男の理容師は、側頭部の髪を切り出した。太郎の心に、もしかすると女の理容師に切ってもらえるのではないかという一抹の希望が起こってきた。女の理容師が客の髪を切り終わって、
「さあ。出来ました。どうですか?」
と客に声を掛けた。そして背後で鏡を開いて後ろの刈り具合を確認させた。男は、
「ああ。いいよ。ありがとう」
と答えた。彼女は、吸引器を男の頭に当て、ズーと頭全体を吸引した。それがシャンプーのかわりだった。男は立ち上がって去って行った。太郎はドキンとした。
「さあ。次の方どうぞ」
彼女はそっけない口調で言った。
『やった』
太郎は思わず狂喜した。太郎は椅子に座った。これでもう、だれはばかることなく女の理容師に切ってもらえるのだ。わずか15分程度の時間ではあるが、太郎は女の優しさに餓えているのである。
「どのくらいにしますか?」
女の理容師が聞いた。
「全体的に2センチほど切って下さい」
「耳は出しますか?」
「耳は出さないで少しかかる程度にして下さい。それと揉み上げは切っちゃって下さい」
「後ろは刈り上げますか?」
「いえ。刈り上げないで下さい」
「はい。わかりました」
そう言って女の理容師は太郎の髪を切り出した。チラッと前の鏡で彼女を見ると、物凄い美人だった。
その時、隣の男の客が終わった。吸引器でズーと頭を吸引した。
「使った櫛いりますか?」
男の理容師が聞いた。
「いや。いらん」
客は無愛想に答えて立ち上がって去って行った。
男の理容師は床に散らばった髪を掃除機でズーと吸いとった。
「じゃあ、オレは、返るから。30分くらいしたらD君が来るから」
「わかったわ」
そう言って男の理容師は店を出て行った。時間で交代制でやっているのである。
店には女の理容師と太郎だけになった。
女の理容師はチョキ、チョキと手際よく髪を切っていった。
「あ、あの・・・」
太郎は勇気を出して声をかけた。
「はい。なんでしょうか?」
彼女は、カットする手を止めずに聞き返した。
「理容師って、専門学校とか資格とかあるんですか?」
「ありますわ。2年、専門学校に通って、年一回の国家試験に通らなくてはならないんです」
つづく
この物語はノンフィクションであり、実在の人物と団体とは大いに関係があります。
「あの女の人に切ってもらいたいなあ」
それは太郎にとって熱烈な思いだった。二人の客の内、早く終わった方の理容師に切ってもらうことになる。二人の客の内、どっちが先に来たのだろう、と太郎は様子をうかがった。だが、よくわからない。
「女の理容師の方の客、早くおわれ」
と、太郎は祈るように願った。しかし、女の理容師の方の客は早く終わりそうな感じだった。
「あーあ。男の理容師になっちゃうのか。さびしいなー」
と太郎はガッカリした。
「さあ。出来ました」
と男の理容師が客に声を掛けて背後で鏡を開いて後ろの刈り具合を確認させた。男の客はちょっと、神経質そうに後を見ていたが、
「もうちょっと、切ってくれないかね」
と男の理容師に言った。
「どこら辺ですか?」
「横をもうちょっと切ってくれ。私は横が伸びるのが速いんだ」
「わかりました」
そう言って、男の理容師は、側頭部の髪を切り出した。太郎の心に、もしかすると女の理容師に切ってもらえるのではないかという一抹の希望が起こってきた。女の理容師が客の髪を切り終わって、
「さあ。出来ました。どうですか?」
と客に声を掛けた。そして背後で鏡を開いて後ろの刈り具合を確認させた。男は、
「ああ。いいよ。ありがとう」
と答えた。彼女は、吸引器を男の頭に当て、ズーと頭全体を吸引した。それがシャンプーのかわりだった。男は立ち上がって去って行った。太郎はドキンとした。
「さあ。次の方どうぞ」
彼女はそっけない口調で言った。
『やった』
太郎は思わず狂喜した。太郎は椅子に座った。これでもう、だれはばかることなく女の理容師に切ってもらえるのだ。わずか15分程度の時間ではあるが、太郎は女の優しさに餓えているのである。
「どのくらいにしますか?」
女の理容師が聞いた。
「全体的に2センチほど切って下さい」
「耳は出しますか?」
「耳は出さないで少しかかる程度にして下さい。それと揉み上げは切っちゃって下さい」
「後ろは刈り上げますか?」
「いえ。刈り上げないで下さい」
「はい。わかりました」
そう言って女の理容師は太郎の髪を切り出した。チラッと前の鏡で彼女を見ると、物凄い美人だった。
その時、隣の男の客が終わった。吸引器でズーと頭を吸引した。
「使った櫛いりますか?」
男の理容師が聞いた。
「いや。いらん」
客は無愛想に答えて立ち上がって去って行った。
男の理容師は床に散らばった髪を掃除機でズーと吸いとった。
「じゃあ、オレは、返るから。30分くらいしたらD君が来るから」
「わかったわ」
そう言って男の理容師は店を出て行った。時間で交代制でやっているのである。
店には女の理容師と太郎だけになった。
女の理容師はチョキ、チョキと手際よく髪を切っていった。
「あ、あの・・・」
太郎は勇気を出して声をかけた。
「はい。なんでしょうか?」
彼女は、カットする手を止めずに聞き返した。
「理容師って、専門学校とか資格とかあるんですか?」
「ありますわ。2年、専門学校に通って、年一回の国家試験に通らなくてはならないんです」
つづく
この物語はノンフィクションであり、実在の人物と団体とは大いに関係があります。