小説家、反ワク医師、空手家、浅野浩二のブログ

小説家、反ワク医師、空手家の浅野浩二が小説、医療、病気、文学論、日常の雑感について書きます。

マネーの虎 (小説)

2020-07-09 12:50:25 | 小説
マネーの虎

ある時の、「マネーの虎」である。

番組に出た社長たちは、今回は、堀之内九一郎、貞廣一鑑、加藤和也、高橋がなり、南原竜樹、の5人だった。

一人の女が入ってきて、社長たちと、向かい合った。

吉田栄作「いくらを希望しますか?」

女「はい。一千万円を、希望します」

吉田栄作「そのお金の使い道は?」

女「NYスタイルのハウスウェアショップを開きたいと思っています」

女「実は、私は、1991から1999までの8年間、NYの金融業界で、ファイナンシャル・プランナーをしていました。その時、日本に無い分野があることに気がついたんです。それは、Bed&Bath&Beyond。といって、Beyondは、周辺の、という意味です」

高橋がなり「具体的には、どんな事なんですか?」

女「バスローブ。バスマット。ピロケース。などで。特に私は、タオル地を用いたリネン用品を売るハウスウェアショップを開店したいと思っています」

堀之内九一郎「あなたがやるようなものは、今の日本には無いのですか?」

女「確かに、海外のラルフローレンなどは、あります。しかし現状では、ニーズに合ったものはないというのが、現状です。特に私は、20代から30代の、丸の内近辺の、エグゼリーナと呼ばれるOLを対象にしたいと思っています。かつて、芦屋ジェンヌ。シロガネーゼ。セレブ。などが、流行の牽引になったように、エグゼリーナの間で広まれば、それが、主婦たちにも、飛び火して、広まってくれるのではないか、と思っています」

南原竜樹「ブランドは、決まっているんですか?」

女「ありません。日本のオリジナルでやります。ですから、プライベートブランドということになります」

堀之内九一郎「日本人は海外のブランド嗜好だから、買うのであって。はたして、売れるんでしょうかね?」

女「アメリカやフランスのタオルは、日本の気候に合わないんです。日本は、湿度が高いですし、乾きにくいですから」

高橋がなり「僕、一度、ゴルフショップ、やったことがあるんですよ。それは、かなり、いい所で、やって。でも、オリジナルでやってしまって、売れなくて。あの時、仕入れていれば、それなりに売れていたんではないか、と、今だに後悔しているんです。石川さんは、オリジナルでやる、難しさは、知っていますか?」

女「私は、四国のタオル・メーカーを見学したりして、生地。特性などを、勉強したつもりです」

南原竜樹「日本で作るとコストが高いですよね?」

女「日本のタオル・メーカーは、世界一の品質といっても過言ではないんです。去年、四国タオル工業組合が、バスカテゴリーで、NYテキスタイル賞をとりました。これは、グッドデザイン賞にも匹敵するものなんです」

貞廣一鑑「石川さん。あなたは、サファディーは、どう思いますか?」

女「サファデーは、英国のブランドで、ロマンチックで色が豊富です。しかし、NYは世界の中心で、皆、意識していると思うんです」

加藤和也「かなり、ハイソな人を対象にしているようですね」

南原竜樹「でも、それは、趣味の物ですよね。それに、高級パジャマとか、エステティックサロンとか、そういう方向に、女性が、お金を使う傾向は、間違いなく、右肩上がりになっていますよね」

南原竜樹「商品の大体の単価、を教えて下さい」

女「バスタオル一枚、2500円です」

南原竜樹「高いですね」

女「そんなに高くはないと思います。品質から言うと。ブランド物の高級タオルでは、一枚、6000円のもあります」

堀之内九一郎「サンプルとか、ないんですか?」

女「これは、まだ試作段階なんですけど・・・」

(と言って女、は、上着を脱いで、持参した、自作の、バスローブを着た。それは、バスローブに、大きなバスタオルのフードのついた物だった)

女「これは、バスローブに、バスタオルくらいの大きさのフードをつけてみたものです。こうすると、体を拭くという作業と、髪を乾かす作業が、一つで済みます。また、女の人は、濡れた髪のままで、ベッドに横になると、ベッドが濡れるのが嫌だという人が多くて、回りの女性たちに大変、好評でした」

高橋がなり「仕入れ原価は、いくらですか?」

女「2500円です。それを8000円で売りますから、30%です。」

南原竜樹「ちょっと、質問があります。あなたは、今、何をしているのですか?」
女「はい。今、この事業の準備をしています」

南原竜樹「では、ファイナンシャル・プランナーの時の、年収はいくらでしたか?」
女「はい。7万ドルです」

南原竜樹「NYで、一千万円ほどの年収があったんですね。素晴らしいですね。ちなみな、石川さんは、新聞は、何を読んでいますか?」

女「はい。日本経済新聞です」

南原竜樹「あなたは、非常に優れています。今まで出てきた志願者の中で、一番、能力があり、優秀だと思います。私は、高く評価します」

高橋がなり「アイテム一覧は、ありますか?」

(女は、店の売り上げの計画書を皆に渡した。社長たちは、みな、すぐに、それを見た)

堀之内九一郎「これを見ると、大変な利益の出る会社ですね。4期で、五億八千万円?。経常利益、三億?。これは、たいへん御無礼ですが、完全な絵空事だと思います。まあ、この計画の二割もいけば、いいところだと私は、思っています」

南原竜樹「会社を株式で、公開することは、考えていますか?」

女「はい」

堀之内九一郎「サラ金で、借りても、儲かるじゃないですか」

南原竜樹「それも、眼中に入れていると・・・」

女「はい」

南原竜樹「こういう計数計画がしっかり、出来ている。というのは、素晴らしいですね。ですから、これは完璧だと私は思います」

堀之内九一郎「ちょっと待って下さい。タオルを売って、こんなに、儲かるなら、私は、自分でやる」

南原竜樹「でも。彼女は、それで、儲かる仕組みを考えているのですから・・・」

堀之内九一郎「私は、今までに、250人くらい、創業させたことがあるんですよ。その中で、一番、失敗するタイプなんですよね。頭がいい。理屈が上手い。過去に給料が良かった。いい会社に勤めていた。計算が上手い。海外経験が長い。すべて、失敗する、要素なんですよ」

南原竜樹「それは、堀之内社長と、反対の人だから、じゃないですか?」

高橋がなり「石川さん。部下、持ったこと、ありますか?」

女「はい。ファイナンシャル・プランナーの時には、アシスタントはいました」

高橋がなり「たとえば、5人の部下、を持って、その成績の責任を、自分が取るような経験はありますか?」

女「そういうのは、ないです」

高橋がなり「この人が、部下のデキの悪い社員を教育できるか。といったら、自分が出来た、という場合、余計、難しい場合があるんですよ。あなたは、何事においても、全部、いい方ばかり、見ているんですよ。それを、雰囲気で感じるんですよ。この人、失敗するなって」

女「でも、数値の達成の方は、体張ってでも達成したいと思っています」

南原竜樹「高橋さん。論破されていますよ」

高橋がなり「いや、私。ぜんぜん論破されていないですよ。この人に何、言っても無駄だと思っているだけですよ」

貞廣一鑑「絶対、という言葉を使ったら、いけない、と云われていますが。僕、使いますよ。絶対、無理です。たとえば、一千万円、借りて事業が失敗したら、どうしますか・・・。死ねます?」

女「(小さな声で)は、はい」

貞廣一鑑「実は、私の伯父が、300万の借金で自殺したんですよ。ホントに机上の空論ですよ。商売なんて、1ポイント失敗したら、アウトですから」

南原竜樹「いや。彼女の悧巧さは、我々が思っている以上に、悧巧だと私は思っています」

堀之内九一郎「南原社長。彼女は、確かに悧巧だけれど。経営者としての悧巧さ、は無いですね」

高橋がなり「僕も、彼女は、マニュアルで覚えることは、上手いけど、未知の世界での能力は、どうかと思いますね」

堀之内九一郎「優秀なコンピューター、という感じがしますね」

高橋がなり「人をだまして、儲けたいという顔もしていない、ですし・・・」

女「確かに、頭でっかちで、現場を知らない、というのは、私の欠点だと思います。ですから、失敗するタイプにならないように、自分を変えていきたい、と思っています」

南原竜樹「こうやって、テレビに出たのは、テレビで宣伝して、番組を、うまく使おうと考えたからですか?」

女「(泣きだす)いえ。そんな気は全然、ありません。私。タオル・メーカーとか、金融機関で動くことを、考えていたほどですから・・・。本当はテレビには、出たくなかったんです」

高橋がなり「南原さん。資本を出して。って、ことは、要するに採用する、ということじゃないですか。じゃあ、南原さんが出資して、彼女にやらせてみたら、どうですか?」

南原竜樹「ええ。それは、本気で考えていますよ。事業に失敗した時、我が社に就職する気はないのか、と。優秀な人材は高い、お金を払って採用する。というのは、当たり前ですから。その採用のコストだと考えれば、十分、価値があると思っています」

高橋がなり「石川さん。もし、会社つくって、倒産させたとしたら。どうしますか。南原さんの会社の、ある部門で働いてくれって、言われたら、働きますか。それとも、あなたは、自分が経営者になることにこだわりますか?どっちですか」

女「(しばし迷ってから)就職することは、考えていません。もちろん、失敗しないように、努力しますが、仮に、失敗したとしても、私は、事業を、あきらめません。大袈裟な言い方かもしれませんが、私は、自分の人生の情熱を事業というものに、注ぎたいと思っています」

南原竜樹「でも、その答えも、素晴らしい。あなたは、私の力を借りなくても、乗り越えられる能力があると思います」

吉田栄作「では。社長たちの合計額が、あなたの希望金額に達しなかったので、今回は、ノーマネーでフィニッシュ・・・」

と言おうとした時。である。

高橋がなり、が、
「吉田さん。ちょっと待って下さい」
と言った。
「どうしたんですか?」
吉田栄作が聞き返した。
「ちょっと、考えが、変わりました。私が全額、出します」
と、高橋がなり、が言った。
皆は、目を白黒させて、高橋がなり、を、見た。
「高橋社長。一体、どうした気の変わりよう、なのですか?」
堀之内九一郎が聞いた。
もちろん、否定派の、貞廣一鑑、加藤和也、そして、唯一の肯定派の、南原竜樹も、驚きの目で、高橋がなり、を見た。
「こんな事業、絶対、失敗しますよ。それは、あなただって、認めていたではないですか?」
堀之内九一郎が、唾を飛ばしながら、勢い込んで言った。
女も、高橋がなり、の気の変わりように、目を白黒させて、動揺している。
「まあ。いいじゃないですか。ともかく、ちょっと、ある思う所があって。僕が、一千万円、全額、出します」
と、高橋がなり、が、皆をなだめるように言った。
司会の吉田栄作も、驚いて、しばし、戸惑った。
しかし、ともかく、契約が成立したので、司会の吉田栄作は、気を取り直して、
「では、あなたの、希望金額が達しましたので、契約成立です」
と言った。
女は、訳が分からない、といった顔つきで、ともかく、立ち上がって、高橋がなり、の前に行った。
「石川さん。頑張って下さい。どうか、事業を成功させて下さい」
と、高橋がなり、は、笑顔で、一千万円の札束を、女に手渡した。
女は、ともかく、
「あ、ありがとうございます。事業は、必ず、成功させます」
と、言って、一千万円の札束を、受け取って、高橋がなり、と、硬い握手をした。
皆は、高橋がなり、の気の変わりように、訳が分からないので、拍手は起こらなかった。
しかし、ともかく、女は、NYスタイルのハウスウェアショップの開店資金、一千万円を手にしたのである。
こうして、番組は終わった。
社長たちは、ゾロゾロと、帰っていった。

楽屋で、女は、高橋がなり、に、再度、礼を言った。
「高橋さん。ありがとうございます。でも、どうして、急に、出資してくれる気になったんですか?」
女が聞いた。
「まあ、いいじゃないですか。理由なんて。それより、石川さん。自信のほどは、どうですか?」
高橋がなり、が聞いた。
「もちろん。絶対の自信があります。必ず、成功させます」
女は、自信に満ちた口調で言った。
「そうですか。僕は、あなたの、その自信を買ったんです。では、出資した、一千万円は、返してくれるんですか?」
高橋がなり、が聞いた。
「ええ。もちろん、事業が軌道に乗ったら、売り上げの中から、貸していただいた、一千万円は、利息をつけて、お返しします」
と、女は、自信に満ちた口調で言った。
「いえ。利息は、要りません。その代り、貸した、一千万円は、返して頂きたい。では。一応、念のために、契約書にサインして頂けないでしょうか?」
そう言って、高橋がなり、は、紙を出した。
女は、自信満々だったので、
「わかりました」
と言って、紙切れに、
「私。石川かおり、は、高橋がなり様に一千万円、お借りいたしました。事業が、軌道に乗ったら、全額、お返しします」
と書いて、母印を押した。
「ありがとうございます。私も、あなたの事業を応援します」
高橋がなり、は、嬉しそうに女に言った。
そして、二人は、別れた。

女は、さっそく、翌日から、NYスタイルのハウスウェアショップの開店の準備にかかった。
銀座の一等地にある、ビルの一室を、不動産屋に頼んで、獲得した。
内装をNYスタイルにした。
試作段階だった、フードつきのバスローブも完成させた。
ネットでも、広告を出した。四国のタオル・メーカーに、頼んで、オリジナルの、フードつきのバスローブを大量に作ってもらった。
準備は、万端に整った。

そして、彼女は、店をオープンした。
自己資金と、高橋がなり、から貸してもらった、一千万円の資金を、すへて、店の費用に使ったので、もう、あともどりは、出来ない。
しかし、彼女は、絶対の自信があった。
彼女の計画では、一日、200人は、来店する予定だった。
そして、一日の売り上げは、300万円くらいに、なるはずだった。
確かに、オープンした日には、客の入りは良かった。
「いらっしゃいませー」
女は、愛想よく挨拶した。
客は、予想した通り、金持ちそうな女が多かった。
しかし、客は、店の中を、珍しそうに見るだけで、結局、何も買わずに出ていった。
(これは、新しい店が出来たから、興味本位で、銀座に来たついでに見ているだけだわ)
女は、それを知った。
女は、自分の作った、フードつきのバスローブは、一度、着てみれば、絶対、気に入って、買ってくれるという、絶対の自信があった。
それで、もっと、積極的に、商品をアピールするようにした。
客が来ると、「いらっしゃいませー」と、挨拶すると、同時に、すぐに、商品の説明をした。
女は、フードつきのバスローブを、自ら着て、
「こうやって、風呂から出た後に、着て、髪をふくと、ベッドに横になっても、ベッドが、濡れることは、ありません」
「ちょっと、値段は高いかもしれませんが、これは、吸湿性が良く、とても、快適です」
等々。
そして、客にも、頼んで着てもらった。
「どうですか?」
女が聞くと、客は、
「これって、ブランドは、どこですか?サファデー?それとも、ラルフローレン?」
と、聞き返してきた。
女は、返答に窮したが、自信を持って、
「ブランドはありません。でも、とても、着心地はいいです」
と、懸命に説得した。
しかし、客は、不機嫌な顔をして、
「ブランド物じゃないんじゃね」
とか、
「実用的には、いいかもしれないけれど、こんな、大きなフード、がついていたら、格好が悪いわ。彼氏も見ているし」
とか、
「無料で試して着てみるなら、いいけれど、8000円も出してまで、買う気にはならないわ」
とか、みな、否定的な返事ばかりで、買う客はいなかった。
女は、あせった。
(こんなはずでは、なかったはずなのに。なぜ売れないのかしら)
宣伝が足りないからだわ。
そう思って、女は、多くの、女性週刊誌に、大金を払って、広告を載せてもらった。
しかし、客はやって来ない。
やって来ても、買わない。
女は、あせった。
二ヶ月過ぎ、三ヶ月過ぎても、全く、売れなかった。
かろうじて、中学、高校の同級生や、親戚に知らせたら、友達や、親族のよしみで、買ってくれたが、一般の客は買ってくれなかった。
女は、あせった。
そして、ふと、あることを、思い出した。
それは、ファイナンシャル・プランナー時に、アシスタントの、筒井順子が、女が、作った、フードつきのバスローブを、「グッド・アイデア」と、満面の笑顔で、誉めてくれたことである。
その誉め言葉が嬉しくて、女は、NYスタイルのハウスウェアショップを日本で開店させようと、決断したのである。
それで、女は、アメリカの、筒井順子に電話してみた。
電話をすると、すぐに、元アシスタントだった、筒井順子が電話に出た。
「順子。あなた、私のフードつきのバスローブ、とっても良いって言ってくれたわよね」
「ええ」
「でも、売れないの。どうしてかしら?」
「石川さん。正直に言うわ。私。本心では、あれ。ダサいと思っていたの。でも、それを、言うと、あなたが傷つくから、本心は言えなくって。良いって言ったの」
「ええっ。そうなの?」
「ええ。まさか、本当に、あれで事業をするなんて、思ってもいなかったの。ごめんなさい」
そう言って、筒井順子が電話を切った。
女の頭は、真っ白になった。
アシスタントの褒め言葉は、本当だと、女は信じていたからである。
女は、がっくり、と、肩を落とした。
その時、女に、また、ふと一人の人物が頭に浮かんだ。
「マネーの虎」の番組の時、彼女を徹底的に、コケにした、堀之内九一郎、貞廣一鑑、加藤和也、高橋がなり、に対し、一人だけ、自分を認めてくれた、南原竜樹の存在である。
女は、藁にもすがる思いで、南原竜樹の意見を聞いてみようと、電話してみた。
そうしたら、南原竜樹は、こう言った。
「石川さん。僕は、あなたのNYでの、経歴を聞いて、あなたを敬愛するようになってしまったのです。僕には、あなたのような、素晴らしい経歴がないものですから。それで、皆が、あまりにも、あなたを、ひどく言うものだから、つい、せめて、僕一人くらい、あなたを、認めてあげたいと思ってしまったんです。本心を言うと、事業は、僕も成功するとは思っていませんでした」
女は、頭をハンマーで殴られたような気になった。
ここに至って、女は、やっと、自分の事業が失敗だったことに気がついた。
なんせ、三ヶ月、必死に、売り込みしても、買ってくれる客は一人もいなかったからである。
堀之内九一郎、や、貞廣一鑑の、「絵空事」だの「机上の空論」だのの言葉が、ただでさえ、焦っている彼女の頭をよぎっていった。
ついに、彼女は、店を閉じる決断をした。

彼女は、店を閉じた。
売れないことは、もう、確実なのだ。
ならば、銀座の一等地のビルなどという、目玉が飛び出るほどの、テナント料は、即刻、中止した方がいい。
しかも、資金を全て、使ってしまった上、多くの、女性週刊誌に、大金を払って、広告を載せてしまったのである。
彼女には、一文無しになり、銀行に、必死で、お願いして融資してもらった、多くの女性週刊誌への広告料の、債務だけが残った。

しかし、彼女に一つの疑問が残った。
なぜ、「マネーの虎」の、番組中では、否定的だった、高橋がなり、が、最後に、突然、態度を変え、出資したのか、ということである。
これは、どう考えても、わからなかった。

都内のマンションに住んでいた彼女は、埼玉県の、家賃3万円の、安アパートに引っ越した。
彼女は、高橋がなり、に、おびえていた。
大見栄をきって、自信満々なことを言ってしまったからだ。
そして、それが失敗してしまったからだ。
失意で無為の日が続いた。
彼女の、毎日の、食事は、コンビニで、値段の割に、カロリーのあるものになっていた。
一日の食費は、500円、以内に抑えた。
彼女は、高橋がなり、に、おそれると、同時に、彼に会ってみたいという気持ちも、起こってきた。
理由は、全くわからないが、高橋がなり、は、彼女に、一千万円、投資してくれたのである。
しかも、笑顔で、「頑張って下さい」と言って、握手まで、してくれたのである。

無為の日を続けていても仕方がない。
彼女は、勇気を出して、高橋がなり、に、電話してみた。
トルルルルッ。
「はい。高橋がなり、です」
高橋がなり、が電話に出た。
「あ、あの。い、石川です。マネーの虎で、NYスタイルのハウスウェアショップの開店資金、一千万円を、出資していただいた・・・」
女は、高橋がなり、が、どう出るか、わからず、おそるおそる聞いた。
「やあ。石川さんですか。久しぶりですね。店は繁盛していますか?」
高橋がなり、が聞いた。
「あ、あの。誠に申し訳なく、言いにくいのですが、事業は、失敗してしまいました」
彼女は、勇気を出して言った。
「ええ。それは、知っています。この前、銀座に行った時、あなたの店が閉店して、テナント募集、の広告が貼ってありましたから」
高橋がなり、の、口調は、落ち着いていた。
そのことに、彼女は、ちょっと安心した。
「今、何をしているんですか?」
高橋がなり、が聞いた。
「埼玉県の、安アパートに引っ越して、これから、どうしようかと、迷っています」
女が言った。
「そうですか。もし、よろしかったら、一度、お会いしませんか?」
高橋がなり、が、聞いた。
「は、はい」
「明日で、よろしいですか?」
「は、はい」
女は、これから、どうしようかと、毎日、悩んでいる日々なので、都合などなかった。
ともかく、早く会いたかった。
「では場所は、私の会社の事務所で構いませんか?」
「は、はい。では、明日、お伺い致します」
そう言って、彼女は電話を切った。

翌日になった。
彼女は、久しぶりに、スーツを着た。
そして、JR高崎線に乗って、東京へ出た。
そして、高橋がなり、の会社である、ソフト・オン・デマンドに行った。
ソフト・オン・デマンドは、東京都中野区本町に、あった。

女は、「社長と今日、お会いすることになっています」と言った。
それで、通された。
社員たちが、忙しく、立ち働いている。
女は、社長室に通された。
「やあ。石川さん。久しぶり」
高橋がなり、は、女を見ると、笑顔で挨拶した。
「も、申し訳ありません。高橋さま。期待を裏切ってしまって」
女は、土下座して、頭を深く下げて謝った。
「いえ。いいんです。事業は、カケですから」
がなり、の口調は、冷静だった。
高橋がなり、も、二回ほど、事業に失敗しているので、こういう場合も自分が、経験しているので、冷静なのだろう。
「実は、僕は、あなたの事業は、必ず失敗すると、確信していたんです」
と、高橋がなり、が言った。
「で、では。どうして、出資して下さったんですか?」
女は、びっくりして、聞き返した。
「まあ。いいじゃないですか。それより、貸したお金は、返して頂けるんでしょうか?」
高橋がなり、が、聞いた。
「申し訳ありません。私は、今、銀行の、取り立てに追われていて、逃げているような状況なのです。とてもじゃないですが、今、お支払いすることは、出来ません」
女は、冷や汗を流しながら言った。
「しかし、お金を返す約束は、したじゃないですか?」
高橋がなり、の口調が、少し、ビジネスライクに、冷たくなった。
「も、申し訳ありません。そう言われましても・・・」
女は、それ以上、何も言えなかった。
「じゃあ、ある、お金を稼ぐ方法が、あります。それは、あなたにしか、出来ません。どうですか。やりますか。もし、やる、というのなら、貸した、一千万円は、チャラにしてあげます。さらに、もしかすると、あなたも、かなりの収入を得られるかもしれません。僕は、それを、あなたに、ぜひ、お願いしたいんです」
高橋がなり、が、突然、そんなことを言い出した。
「一体、何なんでしょうか。その、私にしか出来ない、お金を稼ぐ方法というのは?」
女は、がなりの考えていることが、さっぱり、わからなかった。
「あなたは、僕のしているアダルトビデオ会社を、どう思いますか?」
高橋がなり、が、聞いた。
「それは、もちろん、アダルトビデオ会社も、立派な、事業だと、思います。詳しくは知りませんが、アダルトビデオ業界も、競争が激しくて、たいへんだ、ということは、聞いています」
女が答えた。
「そうなんですよ。我が社、ソフト・オン・デマンドも、今一つ、ヒット作が出なくて、経営が苦しい状態なんです」
高橋がなり、が、言った。
「そうなんですか」
「それで。単刀直入に言いますが。私の、お願いとは、あなたに、AV女優を演じてもらいたい、ということなんですよ。一作品で、構いません。どうですか。やって頂けるのなら、一千万円は、チャラにしてあげます。あなたのギャラも、はずみますよ」
と、高橋がなり、は、言った。
女は、さすがに顔を真っ赤にした。
「で、ても。私。女優なんて、したこと、一度もありませんし。それに、私。そんなに、綺麗でも、ないし・・・」
女は、突然の、がなり、の申し出に、動揺した。
もちろん、いきなり、そんなことを、言われれば、女なら、誰だって動揺する。
「ははは。AV女優なんて、みんな、たいして演技など、上手くありませんよ。それと、あなたは、謙遜しているけれど、とても、綺麗ですよ。それと、セリフも、覚える必要もありません。あなたが思っていることを、そのまま、言ったり、やったり、してくれれば、それで、いいのです。下手に、お芝居するより、地、でやった方が、素人っぽかったり、リアル感が出で、いい、ヒット作が出来ることも、多いのです。そこは、私は、この仕事のプロですから、そこらへんの事情は、よく知っています」
と、高橋がなり、は、余裕の口調で言った。
しばし、女は、ためらっていた。
人前で、裸になったことなど、一度も無く、そんなことは、とても恥ずかしくて、出来にくく、しかも、いきなり、そんなことを、言われて、女は、激しく、動揺し、困惑していた。
しかし、たった一作だけで、借りた、一千万円を、チャラにしてもらえるのなら、こんな簡単で、いい話はない。
しばし、迷ったあげく、女は、
「わかりました。やります」
と、顔を赤くして、答えた。
それしか、一千万円を返済する方法が無かった。からだ。
しかし、自分のような、素人で、しかも、顔も、普通ていどの女なのに、その一作が、ヒットするとは、とても思えなかった。
「ありがとうごさいます。では、早速、始めましょう。このビルの地下で、撮影します」
高橋がなり、は、そう言って、立ち上がった。
女も立ち上がった。
高橋がなり、のあとについて、女は、地下室に降りていった。

地下室は、電気が点いてなく、真っ暗だった。
高橋がなり、が、部屋の明かりのスイッチを、押すと、パッと、一気に、部屋は明るくなった。
「ああっ」
女は、思わず、悲鳴をあげた。
なぜなら、部屋には、椅子が、横一列に並んでおり、それに、堀之内九一郎、貞廣一鑑、加藤和也、が、座っていたからである。
「やあ。石川さん。久しぶり」
と、堀之内九一郎が、ニヒルな、そして、意地悪な顔つきで、挨拶した。
女は、戸惑った。
一体、どういうことなのか、さっぱり、わからなかったからである。
地下室には、カメラを持ったカメラマンもいて、撮影の用意は、整っている様子だった。
「高橋さん。これは、一体、どういうことなんですか?」
女が聞いた。
「ふふふ。私が電話したんですよ。あなたが、主役のAV作品を、作るから、出演しませんかって。皆、二つ返事で、出演を引き受けてくれたんです」
と、高橋がなり、が、説明した。
「ひどいわ。高橋さん。ただでさえ、みじめなのに、こんな、落ちぶれた女を、見せ物にしようなんて」
女は、高橋がなり、の袖を引っ張って言った。
「石川さん。あなたは、全然、わかっていませんね。単なる、ありきたりの、AV作品を、作っても、売れません。あなたが、マネーの虎、に出演した時から、もうすでに、ストーリーは、始まっているんです。この作品は、作り物ではなく、実話だからこそ、売れる、と私は確信したんです。もちろん、マネーの虎、の、映像も、作品の一部として使います」
と、高橋がなり、が言った。
「で、でも。あんまりですわ」
女は、今にも泣き出しそうだった。
「石川さん。僕は、ソフト・オン・デマンドで、成功するまで、会社を二つ、潰してしまいました。しかし、それが、いい勉強になったのです。人間は、一度、徹底的に、落ち切った方が、その後、強くなれるんです」
そう、高橋がなり、が説諭した。
「もう、作品のタイトルも、決まっているんです。「美人女社長。借金まみれ。地獄落ち」というタイトルです」
と、高橋がなり、が言った。
「ひ、ひどいわ」
女は、今にも泣き出しそうだった。
「さあ。石川さん。着ている物を、全部、脱いで下さい」
と、高橋がなり、が言った。
女は、佇立したまま、石膏のように、体か、ガチガチに固まってしまった。
無理もない。
かつて、「マネーの虎」で、自分の事業計画を、ボロボロに、言われた、社長たちが、目の前にいるのである。
しかし、彼女は、番組に出た時には、どんなに、貶されても、絶対、事業を成功させる自信をもっていた。
なにせ、念には念を入れて、徹底的に、調べ上げたからである。
それを、ボロボロに否定した、社長たちを、事業を成功させて、見返してやる、という気持ちが、負けず嫌いの彼女には、強くあったのである。
しかし、結果は、社長たちの言った通りの、大失敗におわったのである。
顔を合わせることさえ、恥ずかしいのに、社長たちの前で、裸になることなど、屈辱の極致だった。
そんな感情が、彼女の、頭を、グルグル駆け巡って、彼女は、立ち往生してしまったのである。
現に、今、脱がないまでも、社長たちに、見られていることに、死にたいほどの、屈辱と、みじめさ、を、彼女は、感じていた。
「さあ。石川さん。着ている物を、全部、脱いで下さい」
迷って、佇立している女に、高橋がなり、が、声をかけた。
しかし、彼女は、どうしても、服をぬぐことは出来なかった。
「石川さん。やっぱり、やりたくない、というのなら、それでもいいですよ。その代り、一千万円は、必ず、払って下さいよ」
高橋がなり、が言った。
彼女は、はっと、目を覚まされた思いがした。
社長たちの前で、裸になるのは、死にたいほど恥ずかしいが、一千万円を、返すには、それしか、方法が無いのだ。
「わ、わかりました」
そう言って、彼女は、灰色の、上下そろいの、スーツを脱ぎ出した。
ジャケットを脱ぎ、そして、スカートも、脱いだ。
そして、ブラウスも脱いだ。
彼女は、ブラジャーと、パンティーだけ、という格好になった。
しかし、それ以上は、どうしても、脱ぐことが出来なかった。
「ほー。石川さん。番組に出ていた時より、かなり、スレンダーになりましたね」
堀之内九一郎が、嫌味っぽい口調で言った。
それは、そうである。
店を閉めてから、彼女の食費は、一日、500円、以下におさえてきたのだから。
いやらしい目で、見られている、という実感が、瞬時に、刺すように彼女を襲い、彼女の顔は、羞恥心で、真っ赤になった。
彼女は、少しでも、体を隠そうと、胸と股間の辺りに、手を当てた。
一千万円を、返すためには、身につけている、ブラジャーと、パンティーも、脱がなくては、ならないとは、わかっているのだが、どうしても、それが出来なかった。
そもそも、社長たちは、大学も出ていない、成り上がり者ばかりだが、自分は、アメリカの大学を優秀な成績で出て、アメリカで、ファイナンシャル・プランナーとして、7万ドルの年収があった、エリートだというプライドが、彼女の心には、番組に出た時から、根強くあった。
自分ほど、頭が良く、能力のある人間はいない、と彼女は、自信をもっていた。
それなら、会社の一社員として、給料をもらっているより、自分が、事業者となって、もっと、自分の能力をフルに発揮して、大きな仕事をしたいと思うようになったのである。
そのプライドを、彼女は今でも、もっているのである。
佇立したままの彼女を見かねて、
「仕方がないですね。それじゃあ・・・」
と、高橋がなり、が言って、胸ポケットから、携帯電話を取り出した。
「もしもし。AV男優を、二人ほど、地下室に来させて」
と、高橋がなり、が言った。
すぐに、二人の、AV男優が、地下室にやって来た。
いかにも、スケベそうな顔つきである。
「彼女は、恥ずかしくて、どうしても、脱げないんだ。仕方がないから、お前達が、脱がせてやれ」
高橋がなり、が、そう、二人のAV男優に言った。
「へへへ。わかりました」
二人のAV男優は、舌舐めずりしながら、女に近づいて、獣のように、サッと、彼女に襲いかかった。
一人が、彼女の背後から、羽交い絞めにした。
そして、もう一人が、彼女の前に立って、女の、ブラジャーのフロント・ホックを外した。
ブラジャーに覆われていた、大きな乳房が弾け出た。
「や、やめてー」
彼女は、悲鳴をあげた。
しかし、前の男は、聞く耳など、持とうとする様子など、全く無く、女の、パンティーの、ゴム縁を、つかむと、サッと、パンティーを引き下げてしまった。
そして、パンティーを足から抜きとった。
これで、女は、一糸まとわぬ、丸裸にされてしまった。
二人のAV男優は、彼女の手首を、重ねて、縛ると、その縄尻を、天上の梁にひっかけた。
そして、その縄尻を、グイグイ引っ張っていった。
それにつれて、どんどん、女の手首は、頭の上に引っ張られていき、女は、梁から、吊るされる格好になった。
女の、全裸姿が丸見えとなった。
「ああー」
女は、激しい羞恥で、叫び声を上げた。
無理もない。
テレビでは、社長たちに、どんなに、コケにされても、事業を成功させる自信を持っていて、その自信の発言を貫き通したのに、その事業が、物の見事に失敗した上、に、その社長たちの前で、丸裸を晒しているのである。
女にとっては、いっそ、死んでしまいたいほどの、屈辱だった。
「どうですか。石川さん。今の気持ちは?」
高橋がなり、が聞いた。
「みじめです。恥ずかしいです。いっそ、死んでしまいたいほど」
女は、嗚咽しながら、言った。
「社長。これから、どうしますか?」
AV男優が聞いた。
「それじゃあ。まず、鞭打ってやれ。手加減は、いらないぞ。思い切りやれ」
高橋がなり、が言った。
「わかりました」
AV男優は、ニヤリと、笑って、彼女の、後ろに立ち、ムチを構えた。
そして、思い切り、ムチを振り下ろした。
ビシーン。
ムチが女の、ムッチリした、豊満な尻に命中した。
「ああー」
女は、苦しげな顔で、悲鳴をあげた。
全身が、プルプル震えている。
「もっと、続けろ」
高橋がなり、が冷たい口調で言った。
AV男優は、ニヤリと、笑って、女の、尻や、背中、太腿、などを、力の限り、続けざまに鞭打った。
ビシーン。
ビシーン。
ビシーン。
大きな炸裂音が、地下室に鳴り響いた。
「ああー。ひいー。痛いー」
女は、髪を振り乱し、泣きながら、叫び続けた。
体を激しく、くねらせながら。
女は、さかんに、モジモジと、足を交互に、踏んだ。
それは、耐えられない苦痛を受けている人が、無意識のうちに、とってしまう、やりきれなさ、から何とか逃げようとする、苦し紛れの、無意味な、動作だった。
その動作の激しさ、からして、女の、受けている苦痛の程度が、察された。
「よし。ちょっと、鞭打ちを、やめろ」
高橋がなり、が言った。
言われて、AV男優は、鞭打ちを止めた。
「石川さん。どうですか。今の気持ちは?」
高橋がなり、が聞いた。
「も、もう、許して下さい」
女は、美しい黒目がちの瞳から、涙をポロポロ流しながら言った。
もう、女には、元、ファイナンシャル・プランナー、のエリート社員のプライドなど、無かった。
ただただ、この、地獄の、鞭打ちの、苦痛から、解放されたい、という思いだけが、女の心を占めていた。
「よし。じゃあ。彼女も、立ちっぱなしで、疲れただろうから、縄を緩めてやれ」
そう、高橋がなり、が言った。
AV男優は、女を吊るしている、縄尻を緩めた。
ピンと張って、女を吊るしていた、縄が、緩んでいった。
それにともなって、女は、力尽きたように、クナクナと、地下室の床に座り込んだ。
座った位置で、女の、手首が、頭の上に残されている程度で、AV男優は、縄を固定した。
女は、シクシク泣きながら、横座りしている。
高橋がなり、は、女の手首の縛めを解いた。
女は自由になったが、もう抵抗しようとする気力は無かった。
「石川さん。あなたは、もう、全てのプライドを捨て切れたでしょう?」
高橋がなり、が聞いた。
「はい」
女は、シクシク泣きながら、言った。
「人間、落ちきる所まで、落ちきった方が、成長するんです。僕も、会社を二つ、潰したことが、たいへん貴重な経験となり、今の事業で成功したんです。堀之内九一郎さんも、30回も、事業に失敗して、ホームレスにまで、なったために、その経験のおかげで、今の事業で成功しているんです」
と、高橋がなり、が言った。
「はい」
と、女は素直に返事した。
「あなたは、もう、人間ではなく、メス犬になりなさい」
そう言って、高橋がなり、は、彼女の首に、犬の首輪を、つけた。
首輪には、ロープが、ついていた。
彼女は、精神も肉体も、力尽きていて、逃げようとも、抵抗しようとも、しなかった。
「さあ。あなたは、メス犬です。四つん這いになって、この部屋の中を、壁に沿って、這いなさい」
と、高橋がなり、が、言って、首輪についている、ロープをグイと、引っ張った。
女は、シクシク泣きながら、四つん這いになって、犬のように、地下室の中を、壁に沿って、のそり、のそり、と、這って歩き出した。
高橋がなり、は、ニヒルな笑いを、浮かべながら、丸裸で這って歩いている女の首輪についている、ロープを握りながら、女と共に、歩いた。
それは、まさしく、犬の散歩のように見えた。
しかし、それは、あまりにも、美しすぎた。
ムッチリ閉じ合わさった大きな尻は、歩くにつれ、左右に揺れた。
豊満な二つの、乳房は、熟れた果実のように、仲良く、並んで、実った果実の重さによって、下垂したまま、歩くにつれて、小さく揺れた。
美しい、長い黒髪は、自然に垂れて、髪の先は床に触れた。
地下室の、角に来た時。
「さあ。犬は、自分の、なわばり、の印をつけるために、散歩の時には、オシッコをします。あなたも、犬のように、片足を上げて、オシッコをしなさい」
そう、高橋がなり、が、命じた。
「は、はい」
女は、高橋に命じられたように、犬のように、四つん這いのまま、片足を上げた。
それは、この上ない、みじめな、姿だった。
しばしして。
シャー、と、女の陰部から、小水が、勢いよく放出された。
それは、まさに、犬の放尿の姿であった。
小水を、全部、出し切ると、女は、上げていた片足をもどして、四つん這いになり、また、高橋がなり、に、ロープをとられたまま、四つん這いで、壁に沿って、歩き出した。
地下室を一周すると、そこには、何かの物が入った、小皿が置いてあった。
「ふふふ。石川さん。これは、ドッグフードです。さあ、食べなさい」
高橋がなり、が、言った。
「は、はい」
女は、四つん這いのまま、シクシクと、泣きながら、皿に顔を入れて、ドッグフードの塊を、一粒づつ咥えて、食べた。
「石川さん。どうですか。今の気持ちは?」
高橋がなり、が、聞いた。
「み、みじめです。いっそ、死んでしまいたいほど」
女は、シクシク泣きながら、言った。
「では、社員たちのうちで、彼女に何か、したい人はいますか?」
高橋がなり、が聞いた。
「では、私が・・・」
そう言って、堀之内九一郎が、椅子から立ち上がって、ツカツカと女の前に来た。
「石川さん。やっぱり、私の言った通り、あなたの事業計画は、絵空事だったでしょう」
堀之内九一郎が、言った。
「はい。そうでした」
女は、素直に返事した。
「あなたは、せっかく、我々のような、事業の経験がある人間が、経験から、親身になって、アドバイスしたのに、あなたは、それに、全く聞く耳をもとうとしなかった。あなたは、性格が傲慢なのです。それが、事業が失敗した、原因の一つです。あなたが、聞く耳をもっていれば、こんなことには、ならなかったのですよ」
毎回、金は出さないが、やたら説教して、偉がってばかりいる、堀之内九一郎が、言った。
「はい。おっしゃる通りです」
女には、もう、プライドも、羞恥心も無くなっていた。
「では、私のアドバイスを聞かなかった罰として、私のマラをなめなさい」
そう言って、堀之内九一郎は、ズボンを降ろし、パンツも脱いだ。
そして、露出した、マラを、女の顔に突き出した。
「さあ。しゃぶりなさい」
言われて、女は、堀之内九一郎のマラを口に含んだ。
女は、もう、自暴自棄になっていて、激しい自己嫌悪から、一心に、堀之内九一郎のマラを、貪るように、しゃぶった。
だんだん、堀之内九一郎のマラが、怒張しだし、クチャクチャと音をたて始めた。
堀之内九一郎は、うっ、と、顔を歪め、
「ああー。出るー」
と叫んだ。
堀之内九一郎のマラの先から、精液が、ドクドクと放出された。
女は、それを、咽喉をゴクゴク鳴らしながら、全部、飲み込んだ。
「はあ。気持ちが良かった」
堀之内九一郎は、満足げに言った。
堀之内九一郎は、学歴も無く、30回も事業を起こして失敗し、ホームレスになったほどなので、彼女のような、インテリの、エリートには、激しい劣等感を持っているのである。

「貞廣さんは、彼女に何かしますか?」
高橋がなり、が聞いた。
貞廣一鑑は、手を振った。
「いえ。僕は、いいです。彼女も、本心から、自分の、非を認めていますから」
そう、貞廣一鑑は、言った。
「では、加藤和也さんは、彼女に何かしますか?」
高橋がなり、が聞いた。
「オレ。もう、イイっすよ。そんなに、発言していないし・・・オレ、そろそろ帰ります」
美空ひばりの息子で、ひばりプロダクションの社長の、加藤和也は、そう言って、椅子から、立ち上がろうとした。
「いや。加藤さん。あなたも、否定派だったじゃないですか。あの番組の時、否定した社長が、そろっている、ということが、大切なんですよ」
と、言って、高橋がなり、が、とどめた。
加藤和也は、
「そうですか」
と言って、椅子に腰を降ろした。

高橋がなり、は、自分の、腕時計を見た。
時計の針は、夜の9時を指していた。
地下室には、大きな、檻があった。
「彼女を檻に入れろ」
高橋がなり、が言った。
「はい。社長」
AV男優は、彼女の腕をつかんで、立ち上がらせた。
「さあ。歩け」
二人のAV男優は、彼女の、二の腕を、つかんで、檻の方へ、彼女を連れて行った。
「な、何をするのですか?」
女は、不安から聞いた。
「しれたことよ。お前を、檻の中に、入れて、飼うんだ」
AV男優が言った。
女は、真っ青になった。
「嫌―。やめてー。そんなことー」
女は、叫んだが、両側から、力のある男に、腕を、つかまれているので、抵抗することが出来なかった。
一人の男が、檻を開けると、もう一人の男が、ドンと女の背中を押して、女を檻の中に入れた。
「出して。お願い。ここから、出して」
女は、鉄柵を揺すって、訴えた。
しかし、二人のAV男優は、ニヤニヤ笑っているだけである。
「高橋さん。いつ、出してくれるんですか?」
女は、高橋がなり、に、視線を向けて、聞いた。
「ふふふ。さあ。それは、わかりません。まあ、あなたのアダルトビデオによって、一千万円の儲けが出るまでですね」
高橋がなり、は、薄ら笑いを浮かべて言った。
女は、いつ、この檻から、出してもらえるのか、わからない恐怖におののいた。
もしかすると、永久に、この檻の中に、入れられたままになるのではないか、という不安が、激しく、女を襲った。
「出して。お願い。ここから、出して」
女は、鉄柵を激しく、揺すって、訴えた。
「石川さん。あなたは、事業に失敗したら、死ねますか、と、私が、聞いたのに対して、あなたは、はい、と答えたじゃないですか。あれは、ウソだったんですか?」
と、貞廣一鑑が言った。
女は、答えられず、うわーん、うわーん、と泣き出した。
その時。
ガチャリと、地下室の戸が開いた。
「やあ」
と言って、豚骨ラーメン会社の、川原ひろし、が入ってきた。
「やあ。川原さん」
と、高橋がなり、が、挨拶した。
川原は、豚骨ラーメン、なんでんかんでん、の社長である。
しかし、南原竜樹は、彼を、ラーメン屋、と呼んで、バカにしていた。
南原は、川原を、事業者、社長とは、見なしていなかった、のである。
川原は、出前用の倹飩箱を持っていた。
川原は、檻の前に来ると、倹飩箱を開けた。
その中には、豚骨ラーメン、が、入っていた。
それは、温かそうな湯気を出していた。
「さあ。腹が減ったでしょう。うまい豚骨ラーメンですよ。食べなさい」
そう言って、川原やすし、は、豚骨ラーメン、を、檻の中に入れた。
女は、どういう意図なのか、わからなくて、高橋がなり、を見た。
もしかすると、豚骨ラーメン、の中に、青酸カリが入っているのではないか、という猜疑心まで、起こっていたのである。
「ははは。石川さん。毒など、入っていませんよ。あなたは、我が社の、大切な、AV女優なのですから。さあ。食べなさい」
と、高橋がなり、が、女の心配を先回りして、安心させるよう、言った。
女は、高橋がなり、の言葉を信じた。
すると、途端に、腹が減ってきて、女は、貪るように、豚骨ラーメン、を、食べ出した。
無理もない。
女は、ハウスウェアショップを閉じてから、毎日、食事代は、500円以下で、生活してきたのである。
裸で、檻の中、という状況ではあったが、豚骨ラーメン、は、この上なく、うまかった。
「石川さん。僕は、あなたが、出演した時には、出席しませんでしたが、テレビで観ていましたよ。あなたの事業は、絶対、失敗すると、確信していましたよ。南原竜樹は、いつも、私を、ラーメン屋、と呼んで、バカにしていましたが、あの男の予想は、見事に外れましたね。私は、それが、痛快でならないのです。敵の敵は、味方ですから、高橋さんに、来ないか、と、呼ばれた時、二つ返事で、行く、と言ったのです」
と、川原やすし、は、言った。
「さあ。皆さん。もう、今日は、遅いですから、お帰り下さい」
高橋がなり、が言った。
「彼女は、これから、どうするのですか?」
川原やすし、が、聞いた。
「さあ。まだ。決まっていません。ともかく、しばらくは、檻の中で、過ごすことになるでしょうね。一千万円、我が社が儲かるまで・・・」
と、高橋がなり、が言った。
「それでは、帰るとするか」
と、堀之内九一郎が言って、立ち上がった。
貞廣一鑑、加藤和也、そして、高橋がなり、も、立ち上がって、地下室を出ていった。
撮影していたカメラマンも、地下室を出ていった。

一人になると、今度は、耐えられない、孤独と、寂寞感が、襲ってきて、彼女は、わーん、と、号泣した。

かなりの時間が経過した、ように女には感じられた。
女は、激しい不安に駆られた。
せめて時計があけば、今、いつで、何時が、わかって、少しは安心できるが、ガランとした地下室には、何も無く、その空虚さが、女を、余計、不安にさせた。
明日は、一体、どんな責めをされるのかと、思うと、女は、耐えきれなくなって、泣いた。
一体、いつまで、この地下室に、入れられ続けられるのだろう。
せめて、それを、言ってくれれば、かえって、安心できるのだが、何をされるか、わからない、というのは、気の小さい、人間の不安を余計、あおって、不安をかきたててしまう。
未知の不安というものは、人間に、最悪な妄想をかきたててしまう。
女は、チラッと壁を見た。
すると。壁にある三つの点が、人間の目と口に見えてきて、それが、やがて、人間の顔に、そして、さらに、悪魔の顔に見えてきて、女は、怖くなって、壁を見ることも出来なくなってしまった。
女の脳裡に、ニューヨークで、ファイナンシャル・プランナーとして、バリバリ働いていた、充実した日々が思い出されてきた。
アシスタントに命令し、テキパキ仕事をこなしていた、自分が思い出された。
そして、日本で、NYスタイルの、ハウスウェアショップを展開して、バリバリ稼ぐ、女社長を、想像の内に、夢見ていた、幸福だった頃の自分も、思い出されてきた。
それが、現実には、事業に完全に失敗し、丸裸で、檻の中に入れられている自分を思うと、女は、天国から地獄へ落ちてしまった、その落差に、泣いた。

かなりの時間が経過した。
その時である。

ギイー、っと、静かに、地下室の戸が開いた。
南原竜樹が、立っていた。
女は、びっくりした。
丸裸を見られる恥ずかしさ、より、南原が、はたして、他の社長と同じように、高橋がなり、に頼まれて来たのか、それとも、そうではないのか、ということが、今の、彼女の最大の、関心事だった。
南原竜樹は、檻の前にやって来た。
「南原さん。どうして、ここに来たんですか?」
女は、南原竜樹に聞いた。
南原竜樹は、話し出した。
「石川さん。あなたが、銀座に、ハウスウェアショップを出したことは、当然、知っていました。その後の動向も。しかし、店は、儲からず、閉店してしまいましたよね。僕は、高橋がなり、が、突然、気が変わりして、あなたに、投資する、と言った、理由が、番組の時には、どうしても、わからなかったんです。僕は、その理由を考え続けました。しかし、どうしても、その理由が、わからなかったんです。しかし、堀之内九一郎、や、川原ひろし、が、さっき、私に、電話してきたんです。南原さん。あなたの判断は、見事に、間違いましたね。と、言ってきたんです。思わせ振りに、得意そうに。それで、もしかすると、こういうことになっているのでは、ないのか、と、思ったんです。案の定でしたね。僕は、忍んで来たので、高橋がなり、や、他の社長たちに、見つかると、やっかいです。さあ。逃げましょう」
と、南原竜樹は言った。
「ああ。南原さん。あなたは、私の救い主です。私の命の恩人です。何と、お礼を言ったらいいのか、わかりません。一体、いつまで、ここに、閉じ込められるのか、わかりません。もしかすると、死ぬまで、閉じ込められるのかもしれないと思うと、こわくて、こわくて。さらには、アダルトビデオを撮った後に殺されてしまうのではないかとも思えてきて。発狂する寸前でした」
女は、号泣しながら、言った。
「では、すぐに、逃げましょう。今、夜中の3時です。ここの会社には、今、誰もいません」
と、南原竜樹は言った。
「でも、檻には鍵がかかっています」
女が言った。
「社長の机の引き出し、の中に、キーホルダーがあって、いくつもの、鍵が、まとまって、いるのを、見つけました。まず、この中に、この檻の鍵も、あるはずです」
そう言って、南原竜樹は、鍵が、5つほど、ついている、キーホルダーを出した。
「この檻の鍵は、たぶん、これでしょう」
南原竜樹は、そう言って、鍵穴に、小さめの鍵を差し込んだ。
そして、鍵を回した。
ガチャリ。
鍵が開いた。
南原竜樹は、檻の戸を開けた。
「ああ。南原さん。あなたは、命の恩人です」
女は、檻の中から、出てくるなり、号泣して言った。
「・・・話は、あとにして、ともかく、はやく逃げましょう。この会社の外に、僕の車がとめてあります」
南原竜樹が言った。
「はい」
女は、素直に返事した。
地下室の隅には、女の着ていた、下着や、スーツが、散らかっていた。
女は、パンティーを履き、ブラジャーを、つけた。
そして、灰色の、スーツの上下を着た。
「さあ。ここを出ましょう」
「はい」
二人は、地下室を出た。
そして、ソフト・オン・デマンドの事務所も出た。
外には、南原竜樹の、BMWが置いてあった。
南原は、助手席を開け、彼女を乗せ、自分は、運転席についた。
南原は、エンジンを駆けた。
車は、勢いよく、走り出した。

時刻は、夜中の3時で、外は、真っ暗である。
24時間、営業の、コンビニや、ファミリーレストランだけが、その中で、ひっそりと、明かりを灯していた。
南原は、すぐに首都高速の入り口に入り、首都高速を、飛ばした。
車好きだけあって、南原の運転は、女に、格好良く、見えた。
しかも、自分を救出してくれたのである。
女には、南原竜樹が、とても、格好のいい、頼もしい、男に見えた。
女は、助手席で、うっとりしていた。
「石川さん。とりあえず、僕のマンションへ、行く、ということで、よろしいでしょうか?」
南原竜樹が聞いた。
「はい」
女は、うっとりした、表情で言った。
「あ、あの。南原さん」
「はい。何ですか?」
「あ、あの。肩に、頭を乗せても、よろしいでしょうか?」
女が聞いた。
「どうぞ」
南原竜樹が答えた。
女は、運転している南原の、肩に、頭を乗せた。
女は、何だか、南原と、ドライブしているような、ロマンチックな気分になった。
(ああ。南原さん)
と、女は、心の中で、呟いた。
やがて、車は、首都高速の出口から出た。
そして、六本木の高層マンションの、地下パーキング場に入った。
南原は、駐車場に車をとめた。
「さあ。石川さん。着きました。ここが私の住んでいるマンションです」
そう言って、南原は、サイドブレーキを引き、ドアロックを解除した。
南原と、女は、車を降りた。
そして、二人は、マンションのエレベーターに乗った。
南原の部屋は、15階だった。
「さあ。どうぞ。お入りください」
南原が言った。
「はい」
女は、南原の部屋に入った。
部屋は、3LDKのデラックスな部屋だった。
リビング・ルームには、テーブルを挟んで、ソファーが向かい合うように、配置されていた。
「さあ。石川さん。座って下さい」
南原に言われて、女は、ソファーに座った。
南原は、女と、向き合うように、向かいのソファーに座った。
「たいへんでしたね」
南原竜樹が、女を見て言った。
女は、わっ、と泣き出した。
「南原さん。ありがとうございました。南原さんのおかげで、私は、救われました。南原さんは、私の命の恩人です」
と、女は、嗚咽しながら言った。
「いえ。堀之内九一郎と、川原ひろし、が、わざわざ、自慢げな電話をしてきたからですよ。あの電話の、おかげて、僕は、やっと、気づいたんです」
と、南原は謙遜した。
「監禁中は、寒かったでしょう。さあ、これを飲んで下さい」
そう言って、南原は、テーブルの上に置いてあった、ワインをグラスに注いで、女にグラスを渡した。
「ありがとうございます」
女は、礼を言って、ワインをゴクゴク呑んだ。
「ああ。美味しい」
女の顔に生気がもどった。
「地下室では、つらい目にあわされたでしょう。風呂に湯が満たしてあります。どうぞ風呂に入って、疲れをとって下さい」
と、南原竜樹が言った。
「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて、お風呂に入らせて頂きます」
と、女は、言った。
女は、風呂に入った。
温かい湯船に浸かっていると、肉体と精神の、疲れが、一気に、癒されていくような思いになった。
女は、しばし、湯に浸かった後、風呂から出た。
風呂から、あがると、脱衣場には、自分の作った、フードつきのバスローブが置いてあった。
「どうか、これを着て下さい」
と書かれた、小さいメモが置いてあった。
女は、それに従って、自分の、制作した、フードつきのバスローブを着て、リビング・ルームにもどってきた。
「ははは。石川さん。風呂あがりに、また、スーツを着るというのは、不自然ですし、くつろげないでしょう。僕は、あなたの、フードつきのバスローブは、以前に、二着ほど、注文して、買わせてもらいました。男が風呂あがりに着ても、なかなか、着心地がいいですよ」
と、南原は、言った。
女は、顔を赤らめて、南原と、向かいのソファーに座った。
「南原さん。本当に、色々と、ありがとうございました。何とお礼をいっていいのか、わからないほどです」
女は、言った。
「いえ。私の方こそ、あなたに謝らなくてはなりません。私が、番組で、あなたを、認めたのは、他の社長たちが、あまりにも、あなたのことを、酷く言うものだから、彼らに対して、反抗したくなって、あなたを、全面的に認める発言をしたのです。金は出さずに、好き勝手な、説教をしている、彼らを、私は、最初から嫌っていました。もちろん、あなたの、細部にまで、しっかりと計画を練る、優秀な頭脳と、誠実さ、と、やり抜こうとする決断力の強さにも、感激しました。そのため、本心では、事業は、失敗するとは思っていましたが、つい、そのことは、言わずに、あなたを、全面的に、賛辞してしまったのです。ですから、こうなったことには、私にも責任があります」
と、南原竜樹は言った。
「ところで。石川さん。これから、どうしますか?」
南原竜樹が聞いた。
「・・・そうですね。やはり、高橋がなり、さんには、一千万円、の負債が、私には、あります。それは、返さなくてはなりません。高橋さんが、私をどうするつもりだったのか、その本心は、わかりません。檻に入れられた時には、このまま、一生、檻に入れられ続けられるのだろうか、とか、最後には、用無しになったら、殺されるのか、とまで、思ってしまいました。しかし、冷静に考えてみれば、高橋がなり、さんも、アダルトビデオ会社の社長で、そんなことを、するはずは、ありません。私の妄想です。私を、本気で、こわがらせるために、私を檻の中に入れたのだと思います。ましてや、高橋がなり、さんは、社長さんの中でも、優しい性格だと思います。私の、AV作品が、ヒットするとは、私には、思えませんが、ともかく、高橋さんとの約束は、守って、AV作品は、完成するまで、続けようと思っています。これからは、南原さん、が、私のことを、知っていてくれますから、また檻に入れられることになっても、安心です」
と、女は、言った。
「石川さん。あなたは、とても、誠実な人ですね。そういう、あなたの誠実さにも、私は、感激したんです」
と、南原竜樹が言った。
「石川さん。もし、あなたが、よろしければ、私の会社、オートトレーディング・ルフト・ジヤパン、に就職してみませんか。私は、あなたのような、優秀な人材は、ぜひ、欲しい。給料も、はずみますよ」
と、南原竜樹が言った。
「わかりました。高橋さんの、私のAV作品が、完成したら、ぜひ、就職させて下さい。やはり、私には、事業者の能力は無いのかもしれません」
と、女は、言った。
「あなたは、本当に誠実な人だ。私は、番組で、あなたの、プレゼンテーションを聞いているうちに、あなたを、素晴らしく、魅力のある、女の人、と、思ってしまっていたのです」
と、南原竜樹が言った。
「私も、南原さんが、好きです。愛しています」
女は、堂々と、告白した。
二人は、お互いに、相手の目を直視した。
二人の心はもうすでに、一体になっていた。
「石川さん」
「南原さん」
二人は、同時にソファーから立ち上がった。
そして、ガッシリと抱きしめあった。
二人は、お互いの目を見つめ合った。
二人は顔を近づけた。
二人の唇が触れ合った。
南原は、貪るように、女の唾液を吸った。
女も、貪るように、南原の唾液を吸った。
二人は、貪るように、相手の唾液を吸い合った。
「石川さん。寝室に行きましょう」
南原が言った。
「ええ」
女が答えた。
二人は、ベッドルームに、向かって、歩き出した。
男女の愛の営みをするために。
寝室に入ろうとした時だった。
「あっ」
女は、寝室の敷居に、足を引っかけて、前のめりに、倒れた。
「大丈夫ですか。石川さん?」
南原が、急いで女に近づいて聞いた。
「え、ええ」
そう女は、答えたが、右足の足首をおさえている。
南原は、女の足首の辺りを、そっと、押してみたり、伸ばしたり、曲げたりして、具合を確かめた。
「痛いっ」
南原が、女の足首を曲げた時、女は、思わず、声を出し、眉をしかめた。
「骨折は、していませんが、どうやら、足首を、捻挫してしまった、みたいですね」
南原が、言った。
「冷却スプレーと、湿布がありますから、持ってきます」
そう言って、南原は、冷却スプレーと、湿布を持ってきた。
そして、女の右の、足首に、冷却スプレーを、噴きつけた。

その時である。
ピンポーン。
チャイムが鳴った。
「ちょっと、待っていて下さい。今時分、一体、誰でしょう?」
南原は、そう言って、玄関に行って、戸を開けた。
そこには、高橋がなり、が、立っていた。
「あっ。高橋さん。どうして、あなたが、ここにいるんですか?」
南原竜樹が聞いた。
「ははは。南原竜樹さん。実は、あなたが、ここに、来ることは、予想していました。地下室には、隠しカメラを設置しておいたので、あなたが、彼女を救出する場面は、録画させてもらいました。堀之内九一郎と、川原ひろし、の電話で、頭のいい、あなたなら、気づくだろうと、思っていました。あなたが、ソフト・オン・デマンドに来て、そして、彼女を救い出して、ここに連れてくること、は、私は、予測してました。だから、この部屋には、いくつも、あらかじめ、隠しカメラを設置しておいたんです。あなたと、彼女の会話は、全て録画させて、もらいました。彼女は、役者の経験などありませんから、台本で、セリフを覚えさせて、演じさせることは、出来ないだろうと、私は、思っていました。だから、地のままの、彼女の行動を、撮るのが、一番、いいと、思っていたんです。予想通り、いい、撮影が出来ました。本当は、あなたと、彼女のベッドシーンも、撮るつもり、だったんですが、彼女が、捻挫してしまったので、出来なくなって、しまったので、ここで、撮影を中止することに、変更したんです」
そう、高橋がなり、が、言った。
「そうだったんですか。私は、見事に、あなたの計画に、はまってしまいましたね。まあ、ともかく、部屋に入って下さい」
南原に言われて、高橋がなり、は、部屋に入ってきた。
高橋がなり、は、捻挫して、座っている、女を見た。
「ははは。石川さん。南原竜樹さんとの、会話。よく出来ていましたよ。あれを、あなたに、台本で、セリフを覚えさせて、演じさせても、リアル感など、出やしません。下手な三文芝居になるだけです。あなたは、私の予想通り、誠実な人だ。もう、撮影すべきシーンは、ほとんど、撮れていますから、もう、ほとんど、完成です。ただ、南原さんとの、ベッドシーンが撮れなかったことは、残念ですが」
と、高橋がなり、が言った。
「高橋がなり、さん。撮影を放棄して、地下室から、逃げてしまって、申し訳ありません。でも私、本当に、こわかったんです。いつまで、監禁されるのか、と不安になってしまって・・・」
と、女が、言った。
「ははは。石川さん。いいんです。ラストは、あなたが、南原竜樹さんに、助けられる、というのが、私が、構想していた、ストーリーですから。もちろん、私は、あなたが、本当に、怖がるよう、わざと、冷酷な態度を、演じてはいましたけれど」
そう、高橋がなり、は、言った。

女の足首の捻挫は、軽いもので、翌日、整形外科に行って、電子針治療をしたら、すぐに治った。

高橋がなり、は、女に、「作品を完成させるためは、もう少し、撮影しなくては、ならない、シーンが、ありますが、足首の捻挫が、治ってからでいいですよ」と、言ったが、女は、真面目なので、「いえ。大丈夫です」と言った。
こうして、残りのシーンを撮影して、編集して、二週間で、AVビデオ、「女社長。借金まみれ。色地獄落ち」は、完成した。

高橋がなり、の、予測は、当たった。
「マネーの虎」で、女は、すでに、世間に、知られている上に、ノンフィクションの実話、ということで、ソフト・オン・デマンドのAVビデオ、「美人女社長。借金まみれ。色地獄落ち」は、大ヒットした。
もちろん、最初のシーンは、女の出演した、「マネーの虎」である。
今一つ、ヒット作が出なくて、困っていた、ソフト・オン・デマンドは、これによって、大儲けした。
女の、高橋がなり、への、一千万円、の借金は、約束通り、チャラになった。
女は、南原竜樹の、会社、オートトレーディング・ルフト・ジヤパン、に就職した。
だが、世間の、エグゼリーナ達が、興味本位から、ぜひ、女の製作した、フードつきのバスローブを欲しい、という注文が、殺到した。
銀座に出した、店は閉じてしまったが、女は、フードつきのバスローブを、発送して、かなりの利益を得た。
そして、半年後、女は、南原竜樹と、結婚した。
女は、南原と、幸せに暮らしている。
めでたし。めでたし。



平成27年12月10日(木)擱筆

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王女と道化師 (小説)

2020-07-09 12:39:18 | 小説
王女と道化師

それはヨーロッパの中心に位置する王国である。人々が羨ましがるほど立派な宮殿の中で王様の一人娘のアンは美しい大きな王女の椅子に腰掛けてあくびをかみ殺していた。
「何か面白いことはないかしら」
アンは一日中そんなことを考えていた。すると戸が開いて一人の少年が入ってきた。少年は孤児で、掃除夫として宮殿に住まわせてもらっていた。餓えと寒さで、宮殿の前で倒れている所を衛兵に見つけられた。王様に報告すると、掃除夫兼道化師として宮殿に住まわせることとなったのである。少年は、ぼろをまとっていたが、美しい金髪とやさしい瞳をもっていた。少年は、毎日決まった時刻に宮殿の各部屋を掃除に来るのだった。少年は黙って入って来ては、床や椅子を磨いては帰っていくのだった。アンは少年が力なく働くのをちょっと意地悪ないたずらっぽい気持ちで見るのだった。そして部屋がアンと少年だけとなった時、アンは王女の椅子に腰掛けて少年を呼び寄せるのだった。
「ニールス。こっちへおいで」
そういってアンは少年を呼び寄せた。
「私の靴をお磨き」
アンにそう言われると少年は伏せ目がちにオドオドとアンの足元にひざまずいて靴を磨いた。弱々しく脅えながら、手を震わせて一心に磨いていた。それをみているとアンの心に意地悪な気持ちが起こるのであった。アンは少年をつきとばした。
「ふふふ。何をそんなにおびえてるの」
少年は黙ってうずくまった。
「ゴメンなさい」
アンは少年を見るとますます笑った。
「つまらないわ。お前は将来、私の道化師となるのよ。私を退屈させたらひどい目にあわすわよ」
アンは意地悪な目を少年に向けた。少年はオドオドしている。
「連続バク転10回しなさい」
「で、出来ません」
「じゃあ、何か手品をしなさい」
「で、出来ません」
「じゃあ、一体、何が出来るの?」
「な、何も出来ません」
「しょうのない道化師ね」
「ゴメンなさい」
「つまらないわ。何かおもしろい話をしなさい」
アンは少年の鼻をつまんで言った。少年は、おどおどと話し出した。
「むかし、むかし、ある森に白いキツネがいました」
「うんうん。それで・・・」
アンは身を乗り出して聞き耳を立てた。
「そのキツネは、顔が真っ白でした」
「うんうん。それで・・・」
アンは話の続きを求めた。
「そのキツネは、腹も真っ白でした」
「うんうん。それで・・・」
アンは好奇心いっぱいの顔つきだった。
「そして、そのキツネは尾も白いのでした」
「うんうん。それで・・・」
アンは話の続きをワクワクした表情で求めた。
「で、ですから、おもしろい話です」
少年はオドオドと答えた。
アンの顔が怒りに変わった。
「あんた。私をバカにしてるの」
アンは少年の頬をピシャンと叩いた。
「一分以内に、面白い話を考えなさい。出来なかったら、ひどい目に合わすわよ」
そう言って、アンは一分はかる砂時計をさかさまに立てた。
容器の上の部分の砂は、細いくびれを通って、どんどん容器の下に落ちていく。少年は焦った。
「し、します。します」
そういった時、丁度、砂が落ちきった。
「ぎりぎりセーフにしてあげるわ。さあ、面白い話をしなさい」
アンが言った。少年はオドオドと話し出した。
「昔々、ある国のお城に、わがままなお姫様と、やさしい道化師がいました」
「うんうん」
「王家の一族は、国民に重い税金をかけて、自分達は、豪勢な広い宮殿に住み、国民は貧乏に苦しんでいました」
「うん。うん。それで・・・」
「国民は、怒って革命を起こしました。王と王后は隣国に逃げのびましたが、一人娘のお姫様は捕らえられてしまいました」
「うんうん。それで・・・」
「国民は、お姫様をギロチンにかけろ、と主張しましたが、やさしい道化師が、革命軍に命乞いをしたので、お姫様は助かりました。めでたし。めでたし」
少年はおそるおそるアンを見上げた。
「見え透いたイヤミね。しょうちしないわよ」
「ご、ごめんなさい。で、でも、お姫様は助かったのですよ。よかったじゃないですか」
「何が、わがままなお姫様と、やさしい道化師よ。私はね、王権神授説によって、神から選ばれた人間なのよ。イヤミを言った罰として、お前をギロチンにかけてやるわ」
そう言って、アンは呼び鈴を鳴らした。すぐに侍従が来た。
「はい。なんでございましょうか。王女様?」
侍従は直立したまま、恭しく聞いた。
「ギロチンを持ってきなさい」
「はい」
侍従は、キリッと返事すると、すぐに部屋を出て行った。しばしして、二人の侍従がギロチンを押してやって来た。アンはニヤッと笑った。
「もういいわ。返って」
「はい」
アンに言われて、二人の侍従は、深々と頭を下げ、去っていった。部屋には、アンと少年だけである。黒金の重そうな不気味な刃がギロチンの上で縄で固定されている。その縄が解き放たれると、その重みによって、刃は一気に加速して落下し、首枷に固定された、罪人の首をスパッと切断する。処刑される人間にとっては、一瞬で死ねる安楽な処刑法と、物理的には言える。しかし、首枷に首を固定されるまでの恐怖感。重い刃が解き放たれて、自分の首めがけて落下していく、空恐ろしい恐怖。そして、刃がスパッと首を切り落とし、切断され、血を大量に流した首が、前方に転げ落ちていく光景。その光景をありありと、処刑される罪人の意識に写し出すという点では、これほど身の毛もよだつ恐怖を罪人にかきたてる残酷な処刑法はない。ほとんどの人は、誰しもギロチンを見ただけで震え上がるだろう。アンは意地悪な目を少年に向けた。
「さあ。ニールス。首枷の上に首を乗せなさい」
アンが命じた。
「王女様。ど、どうか、それだけはお許し下さい」
少年は、王女の前に土下座して、ペコペコ額を床に擦りつけて哀願した。
「ダメよ。いくら謝ったって。さあ、早く乗せなさい」
アンは急かすように言った。だが少年は蹲ってしまって、ペコペコ頭を下げるだけで動こうとしない。
「さあ。早くお乗り。どうしても乗らないのなら、侍従を呼んで、無理矢理、乗せるわよ」
そう言ってアンは、呼び鈴を手にとった。
「わ、わかりました。の、乗ります」
侍従達に無理矢理、捕まえられて、手足を押さえられて、断頭台にのせられるのを見られる醜態を少年は恐れた。いずれにしても、断頭台には乗らなくてはならないのだ。少年は、気力なく、ブルブル震えながら断頭台に近づいて、腹這いになり、開いている首枷の下半分に首を乗せた。アンは、王女の椅子からサッと降りて、楽しそうに首枷の上半分を降ろし、首枷をくっつけて、カチリと鍵をかけて、首枷を固定した。
「ああっ」
少年は、思わず、声を出した。恐怖から、首を動かそうとしたが、鍵のかかった首枷からは、もはや逃れることは出来なかった。
ギロチンの上の桟には、滑車が取りつけられていた。刃に取り付けられている太い縄が、その滑車を通って、断頭台に取り付けられてある取っ手に、しっかりと結び付けられている。縄が取っ手に、結びつけられているため、刃は落ちないのである。取っ手に結びつけられている縄がはずされると刃は瞬時に落ちてしまう。アンは、取っ手に結び付けられた縄をはずした。
「さあ。これを持ちなさい。放すと刃が落ちちゃうわよ」
そう言って、アンは、少年の右手に縄を握らせた。
「ああー」
少年は思わず叫んだ。鋼の刃のかなりの重さのかかった縄を、少年は力の限りギュッと握りしめた。それは少年にとって命綱だった。手を放したら重い刃が落ちて、少年の首は、切断されてしまう。そんなこと、おかまいない、といった様子でアンは、ふふふ、と笑った。アンは、化粧用の等身大の姿見の鏡を持ってきて、少年の前に立てた。
「さあ。前を見なさい」
アンが言った。少年はおそるおそる顔を上げて前を見た。
目の前には、首枷をされて、ギロチンの命綱を必死で握りしめている自分の姿が鏡に写っていた。少年は、恐怖で真っ青になって、
「ああー」
と叫んだ。何とアンの残酷なことか。少年に、恐ろしい自分の姿を見せつけて、少年の恐怖感をことさら煽ろうという魂胆である。鋼の刃の縄は間違いなく、滑車を通して少年の手に握られている。縄を握っている手の高さが微かに動くと、刃もそれにともなって、微かに動いた。それは少年に、死の恐怖を、恐ろしい実感として知らしめた。
アンは、ふふふ、と笑って、フカフカの安楽椅子に座った。そして、面白い見世物を見るように楽しそうに、少年を見た。
「アン王女さま。こ、こんなことだけは許して下さい」
少年は真っ青になって訴えた。
「こんなこと、とはなによ。お前が面白い話を思いつけないから、私が面白い遊びを考えてあげたんじゃないの。スリルがあって楽しいでしょ」
「ぼ、僕は面白くないです。死ぬほどこわいです」
「お前は私を楽しますのが仕事なんだから、いいじゃない。嬉しがりなさい」
「誰がこんなことされて嬉しがりますか。い、いつまで、こんなこと続けるつもりですか?」
「さあね。私の気のむくまでよ。それまで我慢しなさい」
何を訴えても聞き入れてもらえないとさとった少年は、アンに訴えるのをあきらめた。少年は恐怖に慄いて、必死で縄を握りしめた。もし縄を放してしまったら、少年の命はないのである。
「ふふふ」
アンは、フカフカの王女の椅子にゆったりと座って、フルーツジュースを手にとって飲みながら、ゆとりの表情で、楽しそうに、地獄の恐怖に慄いている少年を楽しそうに眺めた。しばしの時間が経った。だんだん手が疲れてきて、少年は、ハアハアと息を荒くするようになった。額は汗でびっしょりである。
「王女さま。も、もう限界です。許して下さい」
少年は涙に潤んだ瞳をアンに向けて訴えた。だがアンは、フカフカの王女の椅子にゆったりと座って、フルーツジュースを飲みながら、ゆとりの表情で、楽しそうに、地獄の恐怖に慄いている少年を楽しそうに眺めている。
「わかったわ」
そう言って、アンは、フルーツジュースをサイドテーブルに置き、ソファーから降りて、少年の方にやって来た。
「か、感謝します」
少年は、泣き濡れた目をアンに向けて、弱々しげな顔つきで、ペコペコ頭を下げた。少年は、てっきり断頭台から降ろしてもらえるものだと思って、涙のうちに感謝を込めてアンを見つめた。だがアンは黙って少年を、見つめた。
「ふふふ」
とアンは笑った。その笑い方には、何か底意地の悪いものがあるように見えた。
アンは、必死で命綱を握りしめている少年の脇腹をコチョコチョとくすぐりだした。
「ああー。王女さま。何をするんですか」
少年は真っ青になって叫んだ。命綱を握っている左腕は、ただでさえ力の限界で、珠の汗にまみれて、プルプル震えていた。その脇腹をくすぐろうというのである。少年は、アンの残酷さに芯から戦慄した。
「や、やめて下さい。王女さま」
少年は、はり叫ぶような悲鳴を上げた。だが、アンはやめない。少年が苦しめば、苦しむほど、アンは、嬉しがっているように見えた。アンは、少年の首筋をくすぐったり、耳を引っ張ったり、鼻をつまんだり、と散々、動けない少年の顔を散々悪戯した。
「ああー」
少年は、アンに弄ばれて、苦しそうに眉を寄せて叫んだ。だが、アンは楽しそうに笑っている。アンは、ふふふ、と笑った。アンは、ティッシュペーパーを一枚、取り出すと、先を丸めて、紙縒りをつくった。そして少年の鼻の穴に紙縒りを入れた。紙縒りに刺激されて鼻がムズムズし出した。
「ああー。やめて下さい。王女さま」
これほど辛い責めはなかった。ただでさえ、重い命綱を握りつづける少年の力は限界に達している。そんな少年をさらに、苦しめようというのだ。アンは、執拗に少年の鼻を紙縒りで刺激しつづけた。少年は、鼻腔を刺激されるもどかしさに、ついに、
「はっくしょん」
と、大きなくしゃみをした。少年の鼻からは鼻水が垂れた。アンは、ふふふ、と笑い、少年の鼻をティシュペーパーで、挟んだ。
「さあ、チーンしなさい」
言われるまま少年は、勢いよくチーンした。
「王女に鼻をかませるなんて、ずいぶん無礼な道化師ね」
「アン王女さま。もう許して下さい。くしゃみする時に、命綱を放してしまいそうになってしまいました。もう限界です」
少年は、泣きながら目の前のアンに訴えた。
「しょうがないわね。じゃあ、情けをかけてあげるわ」
そう言うと、アンは、立ち上がって、少年の顔の前から、命綱を握っている少年の右側に位置を変えて座った。アンは、ブルブル震わせている少年から、命綱を両手でつかんだ。
「さあ。もう疲れたでしょ。私が綱を持ってあげるから、手から縄を放しなさい」
そう言ってアンは、ギロチンの命綱を両手でしっかりと持った。縄の引っ張る力がなくなって、少年は、生き返ったように、ほっとした。
「ありがとうございます。アン王女さま。感謝します」
そう言って少年は、縄を放した。少年は、長い時間、縄を握らせていた疲れから開放されて、グッタリと右腕を床に落とした。少年は、慈悲をかけてくれたアンに感謝の目を向けた。だが、何だか様子が変である。アンは少年を、意地悪な目つきで見て、ふふふ、と笑った。少年はおびえながらアンを見た。アンは、いきなりパッと持っていた命綱を放した。ギロチンの刃がサーと落ちてきた。
「ああー」
少年は真っ青になって悲鳴を上げた。あわや、少年の首が、という時に、アンは、ギュッと縄をつかんだ。ギロチンの刃は、少年の首のすぐ上で、止められた。アンは、ふふふ、と笑っている。アンは、またゆっくりと命綱を引っ張って、黒金の刃を上に引き上げた。少年は目の前の鏡で、恐ろしそうに刃とアンを見た。刃が上に上がるとアンは、また、パッと持っていた命綱を放した。ギロチンの刃がまた、サーと落ちてきた。
「ああー」
少年は真っ青になって悲鳴を上げた。アンは、また少年の首の上のギリギリの所で、命綱をギュッとつかんだ。ギロチンの刃は、少年の首のすぐ上で、ギリギリに止められた。アンは、ふふふ、と笑い、また命綱を引っ張って、黒金の刃を上に引き上げ出した。
「お、王女さま。やめて下さい。こんな恐ろしいこと」
少年は、縄を持っているアンに訴えた。
「こんなこと、とはなによ。お前の手が疲れて、可哀相だと思ったから、私が持ってあげてやっているのよ。感謝しなさい」
「で、でも、こんな恐ろしい事をするなんて思ってもいなかったんです」
「スリルがあって、面白いじゃない」
「僕は死ぬほど怖いです」
「じゃあ、縄はお前が持つ?」
少年は迷った。アンが縄を持ったら、アンは、また腋をくすぐったり、鼻に紙縒りをいれたりするだろう。それも耐え切れない。少年は決められずに、弱々しい顔でアンを見つめていた。
「さあ。どっちにするのよ?くすぐったりしないわよ。その代わり、明日の朝まで、ずっと持ち続けているのよ」
アンが、イライラして聞いた。
「ゆ、許して下さい。王女さま」
少年は弱々しい顔で、ペコペコと頭を下げてアンに哀願した。
「しょうがないわね。じゃあ、特別に情けをかけてやるわ。その代わり、お前は私の奴隷になって、私のいう事は何でも聞くのよ」
「は、はい。何でも聞きます。アン王女さま」
少年は目から涙をポロポロ流しながらペコペコと頭を下げた。
アンは、やれやれ、といった顔つきで、命綱をギロチンの桟に取り付けてある取っ手に、グルグルと巻きつけて、しっかりと固定した。
「か、感謝します。王女さま」
少年は目から涙をポロポロ流しながらペコペコと頭を下げた。
「さあ。足をお舐め」
アンは、ふふふ、と笑いながら、少年の顔の前に素足を差し出した。
「はい。アン王女さま」
少年はむしゃぶるように、アンの足指を犬のようにペロペロ舐めた。少年には、もう恥も外聞もなかった。アンのご機嫌をとることが、殺されないことなのだから無理もない。
「首枷をはずして欲しい?」
アンが聞いた。
「はい。お願いします。王女さま」
少年は、目に涙を浮かべながらペコペコ頭を下げて哀願した。無理もない。ギロチンの命綱は固定されてるとはいえ、絶対、落ちてこないという保障はない。縄が千切れるということだって、あり得なくはない。こんな首枷をされたままでいては、神経が参ってしまう。もう、ただでさえ少年の神経は参っていた。
「しょうがないわね。じゃあ、特別に情けをかけてやるわ」
アンは、そう言って首枷を固定している鍵を外した。そして、ソファーにゆったりと座った。少年は、首枷の上半分をそっと持ち上げて、首枷から頭を引き抜いた。これでやっと、完全に安全な身になった。少年はハアと大きなため息をついた。だが、ほっとしたのも束の間。少年は急いで、アンの元に行くと、四つん這いになった。
「アン王女さま。お慈悲を感謝いたします」
少年はそう言って、アンの足指を犬のように一心にペロペロ舐めた。
「ふふ。犬みたい」
アンは、一心に自分の足指を舐めている少年を見て笑った。
「お前も、疲れてお腹が減っているでしょ。美味しい物をあげるわ」
そう言ってアンは、皿に、パンを千切って乗せた。
「ちょっと後ろを向いてなさい」
「はい」
少年は言われるまま後ろを向いた。
「絶対、振り向いちゃダメよ」
「はい」
少年の背後で服の擦れる音がした。次に、シャーという水が物に当たる音がした。そしてまた、服の擦れる音がした。
「さあ。いいわよ。前を向きなさい」
アンに言われて少年は、振り返った。少年の前には、床に皿が置いてあり、それには千切られたパンの断片が5~6個、乗っていた。しかし、そのパンは濡れていて、皿も水で一杯に満たされていた。その水は少し、黄色く、湯気が立っていた。それがアンの小水であることは、明らかだった。
「さあ。犬のように四つん這いになって、それを食べなさい。私の特製の味付けのご馳走よ」
少年は、四つん這いになって、犬のように舌だけで、濡れたビスケットを食べ出した。
「どう。味は?」
アンが聞いた。
「お、美味しいです」
そう少年は答えたものの、それは、少し、しょっぱかった。しかし、殺されなくてすんだことを思うと、本当に美味しく感じられた。少年は濡れたパンを一心に食べた。
「皿にある液体も全部、飲むのよ」
アンが命令した。少年は、パンを全部、食べると、舌でペロペロと皿の液体をチューチュー啜って飲んだ。そしてペロペロと皿を舐めた。
「どうだった。味は?」
アンが聞いた。
「お、美味しかったです」
少年は、頬を赤くして答えた。
「そう。それはよかったわ。それなら、これからは、お前の食事は全部、私の特製の味付けにしてやるわ」
アンは言った。
「あーあ。疲れちゃった。でも楽しかったわ」
そう言って、アンはベッドにゴロンと横になった。

   ☆   ☆   ☆

その日から、アンは、毎日、少年を、色々な拷問にかけるようになった。鉄の処女。引き伸ばし。逆さ吊り。水責め。虫責め。ファラリスの雄牛。など。少年をありとあらゆる拷問にかけた。少年は精神も肉体もボロボロに参ってしまった。

   ☆   ☆   ☆

そんなある日のこと。
アンは少年を呼び寄せて腕をもませていた。
「鼻が痒いわ。かいて」
少年は震える手でアンの鼻をかいた。
「ふふふ。何をそんなにおびえているの」
「ゴメンなさい。ゴメンなさい」
「お前はゴメンなさいしか言えないの。だめね。罰として私の椅子におなり」
「はい」
少年は王女の前で四つん這いになった。アンはその背中に腰掛けた。
「ふふふ。らくちん。らくちん」
アンは腰をゆすった。少年は黙ったまま首をうなだれていた。アンは悪戯っぽく笑って言った。
「つまらないわ。何か面白い遊びはない」
少年は黙っている。力なく頭を項垂れていた。
「ねえ。何かお言いってば」
少年は黙っていた。少年が黙っているので、アンはイライラして立ち上がり、少年を蹴った。少年はしばらくじっとうずくまっていた。が、しばしののち顔を上げた。少年の顔にアンは今まで一度もみたことのない謎の微笑があった。少年は立ち上がってアンに近づいた。そしてアンに囁くように言った。
「アン王女様。とっても面白い遊びがあるんですよ」
「何よ。それ。教えてよ」
アンは好奇心でワクワクしたした顔で聞いた。
「ふふふ」
少年は思わせ振りな顔でアンを見つめて笑った。少年がアンに対して笑ったのはこれがはじめてだった。
「はやくおいいってば」
アンの心は急いた。少年はしばし無言で微笑んでいたが、何度かアンが急いて求めたので、おちついた口調で言った。
「面白いことはまず間違いないんです。でもこんなことしたら僕はきっと死刑にされるだろうな」
少年はアンから目をそらし、半ば独り言のように言った。
「死刑になんかさせないわ。本当に面白い遊びなら何でもいいわ」
アンはすぐに言った。少年は、また微笑んだ。
「でも王女様が許してくれても他の人は許してくれないだろうな」
少年はアンから目をそらし、半ば独り言のように言った。
「パパだって平気よ。パパは私の言うことなら何だって聞くんだから。だからはやくお言い。さもないと死刑にするわよ」
少年はまた笑った。少年の瞳の奥には安心感があった。
「誰にもいわないでくれますか?」
少年はアンに尋ねた。
「いわないわよ。だからはやくその面白い遊びをお教え」
アンの心は急いた。
「じゃ、ちょっと待ってて下さい。遊びに使う道具を持ってきますから」
と言って少年はアンの部屋をうれしそうな顔つきで出て行った。
『道具ってどんな道具なのかしら』
 一人になったアンは好奇心でそわそわしながら少年がもどってくるのを待った。数分もかからず少年は戻ってきた。少年は右手に何か持っているらしく、それをアンに気づかれないよう右手を背中に回したまま、左手でドアを開け、アンの部屋に入り、左手でドアノブをロックした。カチッというロックの音が静まり返ったアンの部屋に響いた。
「どうしてロックするの」
アンは少し不安を感じつつ、両手を後ろにして部屋に入って立っている少年に聞いた。アンが不安を感じたのは、少年には部屋に鍵をかける権限がなく、今はじめて、なんのためらいもなく、ロックした越権行為と、もう一つはことさらにアンに見えないようにして少年が背後に持っている何物かに対してだった。
「それは面白い遊びに邪魔が入らないようにするためですよ」
少年は余裕の含み笑いをしながら両手を後ろにまわしたまま、アンの前に立った。
「な、何を後ろに持っているの?」
アンの声は少し震えていた。
「何だと思います」
少年は余裕たっぷりといった感じで逆にアンに聞き返した。
「わ、わからないわ。早くお見せ」
アンの気は急いた。
「これだよ」
少年は無造作に背中に隠していたものをパッとアンの前に投げ出した。それを見た瞬間、アンは戦慄して、
「あっ」
と叫んだ。アンの目の前に投げ出されたもの、それは幾本もの荒縄のだった。アンは自分の心の中に、ほの暗い恐怖感が足早に高まってくるのを感じた。
「そ、それをどうするっていうの」
アンは声を震わせて少年に聞いた。
「どうすると思います?」
少年は泰然とした口調で聞き返した。
「わ、わからないわ」
アンは、不安を打ち消すように言った。
「こうするんですよ」
と言うや否や、少年は縄の1本を手にとって、素早くアンの背後に回り、アンの両腕を力強くとって背中にねじ上げた。
「な、何をするの?」
アンは声を震わせていった。
「楽しい遊びだよ」
少年は含み笑いをしながら言って、背中に捩じ上げたアンの両手首を縄で縛り上げた。そしてその余った縄の部分で一気にアンのふっくらした胸の上下を二巻き三巻き、厳重に縛り上げた。アンのまだ完熟していない小ぶりな乳房は、その上下を荒縄でくくられて、その輪郭をくっきりとあらわにした。
「こ、これの何が楽しい遊びなの。こ、こわいわ。縄を解いて」
アンは全身を小刻みに震わせながら、震えた声で言った。だが少年はアンの訴えに少しも頓着する気配もみせず含み笑いしながら強気な口調でアンに、
「さあ。その床に座るんだ」
と命令した。だがアンは少年のいつもと違う強気な態度に恐れを感じて両脚をピッタリと閉じてイヤイヤと頭を強く振った。
「さあ。座って。聞き分けのないことを言っちゃだめだよ。マリーアントワネットも往生際はよかったんだよ。王女は往生際をよくしなくっちゃ」
少年がそう言ってもアンは全身を小刻みに震わせながら、膝をピッタリ閉めていつまでたってもガンとして座ろうとはしない。
「さあ。座るんだ」
とうとう少年は業を煮やして、アンの後ろ手に縛られているアンの両手首と肩を掴んで強引にアンを床に座らせた。床は一面美しい色模様のあるペルシャ絨毯が部屋の隅々まで敷き詰められている。座らせられたアンは、これから何をされるのかという恐怖のため、美しい切れ長の瞳を閉じて、両腿をピッタリ閉じて全身を小刻みに震わせている。アンは縄を解こうと腕をゆすってみた。だがその頑丈な縛めは、か弱い少女の膂力に余った。アンは無駄な抵抗を諦めた。アンは少年から顔をそらすように顔を横に向けた。部屋に差し込む西日がアンの頬をほてらせた。そして、その頬のほてり、が、そして手首と胸の縛めが、そして自分が惨めな格好にされているという自意識が、アンに生まれてはじめて羞恥というものを、そしてその羞恥がもたらす妖しい快感をアンにもたらし始めていた。アンは瞑目したまま自分の惨めな姿を想像した。するとその想像の行為は瞬時にアンに妖しい甘美な快感をもたらした。と同時にアンはもう一つの当然の事に気がついた。それは瞑目していても、はっきりアンの脳裏に、まず間違いない正確さをもって映し出された。その事とは言うまでもなく、勝ち誇った笑みを浮かべ、ブザマなアンを見下している少年の目だった。その目の存在はアンに起こっている妖しい快感の奔馬に拍車をかけた。何度もアンは自分の惨めな姿を、瞑目したまま想像した。すると、その都度、それはアンに妖しい甘美な快感をもたらした。アンは自分に酔った。そして思った。できることならば時間が止まって、いつまでもこうしていたいと・・・。
ここにいたってはじめてアンは少年の言った「面白い遊び」の意味を理解し始めた。いつしかアンのバルトリン氏腺は乳白色の粘稠な液体を分泌し始めていた。ポンとアンの肩に手の触れる感触が伝わったため、アンの意識は甘美な想像のナルシズムの世界から現実に引き戻された。アンは咄嗟に手のかかった方に顔を向け、ゆっくり目を開いた。そこには少年が、アンの心を見透かすかのような慧眼な目つきで、満面に笑みをたたえて、じっとアンを見ていた。
「御気分はどうです。アン王女様」
少年は皮肉っぽく敬語を使って聞いた。強烈な羞恥心がアンを襲った。アンは再び固く目を閉じて激しくイヤイヤと首を振った。羞恥心。それは今までおそらくずっとアンの惨めな格好を観ていたであろう少年の存在に気づいたことによってもたらされた。だがそれ以上にアンの羞恥心に火をつけたのは、アンの心まで見透かしたような少年の慧眼な目つきと笑みだった。アンは再び目を閉じた。アンはもうこれで少年の言った「遊び」は終わりだろうと思った。その時。
「あっ」
アンはとつぜん片方の足首を掴まれた感触によって目を開いた。少年が立膝で座って片手でアンの足首を掴んで笑みを浮かべている。そしてもう一方の手には長い荒縄が握られている。アンは再びほの暗い恐怖感が足早に攻め上ってくるのを感じた。
「そ、それをどうするっていうの?」
アンは声を震わせて聞いた。だが少年はアンの質問に少しも頓着する気配も見せず、いきなり今まで閉じられていたアンの膝を無造作に大きく開き、アンに胡座をかかせた。そして交差されたアンの両足首を縄でギュッと縛り上げた。
「な、何をするの?まだ何かするの?」
アンは再び全身を小刻みに震わせながら声を震わせて言った。だが少年はアンの問いかけに少しも頓着せず、足首を縛った余りの縄尻をアンの首の後ろに回し、そしてアンの顔が足首に近づくほど縄をひいて、その縄を足首の縄に結びつけた。いわゆる胡座縛りである。アンは、
「ああー」
と叫び声を出した。背中の窮屈さもあったが、それ以上に、これほど惨めな格好はなかった。アンはもうこれで何をすることも出来なくなったのである。
「御気分はどうです。アン王女様?」
少年はいたずらっぽく聞いた。
「こ、怖いわ。縄を解いて。お願い」
アンは身を震わせて言った。腕だけの縛めだけならば、まだそこには情緒的な美があった。いやむしろ自然体以上の美があったかもしれない。だが、胡座縛りはぶざま以外の何物でもなかった。花恥らう乙女が大きく脚を開き、胡座を組み、傴僂のように背を丸めているのである。だがぶざまさ以上にアンの心にあったものは恐怖感であった。もうこうなってはアンは何も出来ない。少年が首を絞めようがナイフで心臓を刺そうが、アンは何も抵抗できないのである。アンの生殺与奪の権は今や完全に少年の胸先三寸にある。ましてやその少年はアンがいつも気まぐれで奴隷のように扱い、いじめてきた少年である。アンは生まれてはじめて死の恐怖を感じた。
「お願い。縄を解いて。お願い」
アンは今にも涙が出るかと思うほどの弱々しい口調で哀切的な瞳を少年に向け、声を震わせて言った。洞察力に富んだ少年にとって今のアンの心境を見抜くことなど何でもないことだった。少年はやさしい笑顔で、アンの鼻の頭を人差し指でチョコンと触って、
「大丈夫だよ。殺したりなんかしないよ」
と言った。そしてアンの背後に素早く回るや両手でそっとアンの両乳房を触った。
「あっ。な、何をするの?」
アンが聞くや少年は含み笑いし、
「楽しいことさ。すぐに気持ちよくなるよ」
と言った。少年はアンの服の上からアンの胸をゆっくりと、優しく揉み始めた。わざとアンをじらすように、くすぐるように、満遍なく。窓の外には宮殿の中庭に設けられた大きな人造の池の中央で、汲み上げられた水が止むことなく噴水器によって八方に、さまざまな角度で水の飛沫を元の池へ放ち続けている。沈みかかった夕日の光線はその水滴の一滴一滴に反射して美しく光り輝いている。そして池の中の幾羽もの少しも食に困らぬ水鳥達は噴水によって起こる小さな波に優雅に身をまかせ、時折身繕いをしたり、頭を水に突っ込んだりしている。少年がアンの胸を揉み始めてからかなりの時間がたっていた。それは物理的には短い時間であったが、アンにとっては精神的には非常に長い時間のように感じられた。時折少年がアンの乳房をつまんだ。アンは反射的に、
「ああー」
と苦しげな声をもらした。いつしかアンの心にはさっきまであった恐怖感はなくなっていた。それと入れ替わるように、少年の巧みな胸の愛撫が、そして手足の自由を奪われている拘束感が、いつしかアンに少年のこの不埒な行為に身を任せたいという、陶酔の感情をもたらしていた。アンのバルトリン氏腺は、再び乳白色の粘稠な液体を分泌し始めた。乳首はerectioを起こしている。アンは自分がとても素直になっていくのを感じた。
「どう?気持ちいい?」
少年はアンの耳元に口を近づけて聞いた。アンは耳たぶまで真っ赤にして首を振った。
「歳のわりには大きい胸だね。栄養がいいもんね。バストはいくつ?」
「し、知らないわ」
少年の意地悪な質問にまたもアンは首を振った。
「気持ちいいの?どうなの?」
少年は再び聞いた。だがアンは答えられない。黙って俯いたままである。何を聞いてもなにも答えないアンにいささか少年はしびれをきらせ、
「気持ちいいのかどうなのか言ってくれなくっちゃわかんないよ。答えて」
と、ちょっと強気の口調で言った。だがアンは黙ったまま答えない。
「そっ。答えられないってことはまだあんまり気持ちがよくないんだね。じゃ、もっと気持ちのいいことをしてあげるよ」
と少年は言って、右手を胸から離してアンのスカートの中に入れた。少年の手がアンの右の太腿に触れた。その瞬間、アンは咄嗟に、
「あっ」
と声を出し体を硬直させた。
「な、何をするの?」
アンは声を震わせて言った。少年は含み笑いをして、
「だからもっと気持ちのいいことさ」
と言ってゆっくりとじらすように、太腿の上の手をアンの脚の付け根の方へ這わせていった。
「や、やめて」
アンは硬直した体を震わせて、震える声で言った。だが少年はアンの必死の哀願など少しも聞くそぶりも見せない。ついに少年の手はその目的地であるアンのパンティーに触れた。アンは反射的に
「ああー」
と苦しげな声を洩らした。アンは、はじめて少年の方に顔を向け、今にも泣きそうな目で少年を見て、
「やめて。おねがい」
と言った。だが少年は笑窪がくっきり浮き出るほど、やさしい笑顔をアンに返しただけで、アンの必死の哀願など聞く耳を持たなかった。
とうとう少年はアンのパンティーの上に手をのせた。その瞬間アンは反射的に、
「ああー」
と苦しげな声を洩らした。
「おねがい。ニールス。お願いだからやめて」
アンはもう一度、少年に哀願した。だが少年はアンの哀願を無視し、ゆっくりとパンティーの上からアンの女の子の部分をやさしく揉みはじめた。左手はあいかわらず胸の愛撫を続けている。アンは首をのけぞらして、
「ああー」
と苦しげな声を洩らした。アンの体は硬直したまま小刻みに震えている。
「王女様。体の力を抜かなくっちゃだめですよ」
と少年はアンにやさしく言った。アンは自分の哀願は絶対受け入れられないと覚った。少年はアンの女の部分をやさしく揉み続けている。そして時折パンティーの上からrima pudendiをなぞってみたり、外側の花弁をつまんでみたりした。自分の哀願が受け入れられないと覚ったアンは一切を観念した。もう少年に身をまかすより他はないのだと覚った。すると徐々に体の力も抜けはじめた。
「女の子はね、ここを揉まれると、とっても気持ちがよくなるんだよ」
少年はアンの耳元に口を近づけてやさしい口調で言った。アンは耳たぶまで朱に染めて少年から顔をそむけた。どのくらいの時間がたったろう。それはアンにとっては物理的には短い時間であったが精神的には非常に長く感じられた時間であった。徐々にアンは少年の行為から、やめてほしいけれど、でも、もっとやってほしいという逆説的な興奮を感じ始めていた。アンの呼吸と心拍数は徐々に高まっていった。アンはついに耐えられず、
「ああー」
と叫び声をあげた。それは今までの辛いだけのとは違う、辛さを逃れたいという一方、もっと辛さを受けたい、という逆説的な情動から出たうめき声だった。少年の愛撫の技巧は実に巧みだった。アンの心の動きを観察しながら、じわじわと責め、そしてアンが求めたがっているのを察知するや否や、その手を休めた。いつしかアンのバルトリン氏腺からは乳白色の粘稠な液がとめどなく、溢れ出していた。Bulbus vestibuli も、女の子の一番敏感な真珠も強度のerectio を起こしていた。粘稠な液体はパンティーから沁み出して、それが少年の指にくっついた。少年はいったんスカートの中から手を戻して粘稠な液体がべったりついた手をアンの目の前の鼻先のところへもっていった。そうして、
「ほら。みてごらん。べちゃべちゃだよ。女の子はね、気持ちがよくなるとこの白っぽいネバネバした液体がたくさん出て来るんだよ。王女様だって強がり言ってても所詮、女の子なんだね」
とやさしく言った。
「い、嫌っ」
アンは羞恥心から顔を真っ赤にし、耳たぶまで朱に染めて、咄嗟に目を閉じて顔をそむけた。少年は立ち上がってティッシュペーパーをもってきて、再びアンの背後に座り、少年の手についた液体をぬぐった。そしてまた左手をアンの左の胸にあて、右手をアンのスカートの中へ入れ、再びアンの愛撫をはじめた。こんどは少年はアンのパンティーの中へ手を入れ、アンの女の子の部分を直接さわった。その瞬間アンはビクっと一瞬全身を硬直させた。少年は左手でやさしくアンの胸を揉みながら、右手で直接、じかにアンの女の子の部分を愛撫した。こんどは内側の花弁をつまんでみたりvestibulum vaginaeを念入りにさわった。アンの女の子の部分は粘稠な液体でべチョベチョである。少年はアンのhymenをさわったり、ostium urethrae externumをさわって、そのつどアンに
「これがhymenだよ」
とか、
「これがおしっこの出る穴だよ」
とアンの耳元に口を近づけて説明し、アンの羞恥心を刺激した。アンはそのつど耳たぶまで朱に染めて、少年から顔をそむけた。少年はついにアンの女の子の一番敏感な真珠をつまんだ。それは強いerectioを起こしていた。少年がそれにさわった瞬間アンは大きく
「ああー」
と苦しげな声を出した。少年はアンの耳元に口を近づけて、
「ふふふ。大きく尖ってるよ。これは女の子の一番敏感なところだよ。女の子は気持ちがよくなると、これが大きく尖ってくるんだよ。王女様だって言って強がっていてもしょせん女の子だね」
と、コトバでアンの羞恥心を刺激した。アンは顔を真っ赤にして少年から顔をそむけた。少年はアンの真珠の愛撫をはじめた。Corpusをやさしくしごいてみたり、皮をむいてcrusをむき出しにして、撫でたり、優しくしごいたりした。アンの呼吸はだんだん荒くなっていった。アンはとうとう耐えきれず、
「ああー」
と苦しげな声を出した。
「ふふふ。気持ちいいでしょ」
そう少年が言葉でアンの羞恥心をいじめるたびにアンは顔面を紅潮させた。だんだんアンの興奮は最初のオルガズムをむかえ始めていた。アンのmusculi perineiとmusculi vaginaeは律動的収縮を起こし始め、ロルドーシスも現れ始めた。少年の愛撫は実に巧みで意地悪だった。動けないアンをもてあそぶようにじわじわと責め、アンにオルガズムが起こりそうになるとすぐにその手を休めた。アンにとってそれは非常に苦しいことだった。三回目のロルドーシスが起こりそうになった時、それを察知した少年が、その手を休めようとした時、アンはとうとう耐えきれず少年の軍門に下った。アンは少年に哀切的な目を向け、
「おねがい。とちゅうでやめないで」
と言った。少年はやさしい笑顔でアンをみつめてからアンから手を離して立ち上がり窓の方へ向かった。
「どこへいくの?」
とアンが聞いたので、少年は、
「カーテンを閉めにさ。もう暗くなってきたからね。それと部屋の電気をつけにね」
と答えた。少年は窓に手をかけて外の景色を見た。夕日はその半分近くを水平線の下へ隠していた。美しい夕焼け空には一番星が見えている。その空を雁の群がV字型の編隊をつくってねぐらに飛んでいっている。少年は部屋のカーテンを閉めてから、部屋のドアの方へ行き、電気のスイッチを入れた。部屋の中央の大きなシャンゼリアがパッと点灯し、部屋は昼間のごとく明るくなった。そして少年は再びアンの前に座って、アンの顔をみた。アンは少年に哀切的な目を向けた。アンの羞恥心はもう尽きていた。そこにはただ願望、非常に強い、願望、だけがあった。だがそれを口にすることはできなかった。洞察力に長けた少年に今のアンの心境を見抜くことなど何でもないことだった。少年は哀れな顔をしているアンの鼻の頭を人差し指でチョコンと触って、
 「さあ。じゃ。続けようか」
と笑顔で言った。そしてまたアンの背後に回って左手を胸におき、右手をパンティーの中へ入れ、女の子の部分を愛撫し始めた。まず真珠を満遍なく、やさしくしごいたり、その皮をむいてcrusをむき出しにして、優しくしごいた。その間、胸の愛撫も続けていたことは言うまでもない。アンの真珠はすぐに再びerectioを起こした。バルトリン氏腺からの分泌液もあとをたたない。少年はアンの女の子の部分を満遍なく愛撫した。真珠がerectioを起こすや次は内側の花弁をつまみながら、中指をvestibulum vaginaeにのせ、真珠の付け根からcommissura labiorum posteriorまで満遍なく往復させ、その途中にあるostium urethraeやhymenは特に念入りにやさしく揉んだ。その次はcomissura labiorum posteriorを越えてanus近くまでperineal rapheをなぞってみたり、アンのまだはえそろわないpubesを撫でたり、ちょっぴりひっぱってみたりした。そしてそれが終わるとパンティーから手を出し、mons pubisを揉んでみたり、パンティーの上から女の子の部分全体を優しく揉んだ。さらに次はovariumのあたりのお腹を揉んでみたり、指ておしてovariumを刺激してみたり、アンのかわいいお臍をくすぐってみたりした。そんなことをじっくりとアンをじらすように何回も繰り返すうちに、アンの呼吸は再びだんだん荒くなっていった。とうとうアンは、
「ああー」
と苦しげな声を洩らした。アンのmusculi perineiとmusculi vaginaeは再び律動的収縮を起こしはじめた。それに気づくや少年は愛撫の手を休めた。そんなことが何回か続いた。四回目の律動的収縮が起こり始めたとき、少年が手を休めようとしたので、アンはとうとう耐えきれず、少年の方に顔を向け、
「おねがい。とちゅうでやめないで」
と、叫ぶように言った。少年はアンを陥落させたよろこびから、笑窪がくっきり浮き出るほどの笑顔でアンをみて、アンの鼻の頭をチョコンとさわって、
「いかせてあげてもいいけど・・・」
と言って少年は少し間をおいて、愛撫の手を休めると、思わせぶりな口調で、
「条件があるんだ」
と言った。
「な、何?条件って?」
アンは、羞恥心から少し顔を赤らめて小声で聞き返した。少年は余裕のある口調で、
「僕の言うことをきいてくれたらさ」
と言った。
「何?あなたの言うことって?」
アンは聞き返した。少年はアンの一番敏感な真珠をさわった。アンは反射的に、
「あっ」
と言って体を硬直させた。
「き、聞くわ。何でも。だからもうこれ以上いじめないで」
とアンは哀願的な口調で言った。アンにとってこんな状態を続けられることはどうしようもないほどつらいことだった。少年は右手をアンのスカートから出して、手についている分泌液をティッシュでふいた。そして左手で後ろからアンを抱いて、右手でアンの髪を優しく撫でながら、子供にものを教えるような口調で言った。
「王女様。この国の人達はとっても苦しい生活をしているんですよ。重い税金をかけられているため、みんなぼろをまとっているんです。食べ物も生きているのがやっと、というくらいしか買うことができないんです。それに貧民街では上、下水道もなく、伝染病で死ぬ人も後を絶たないんです。僕も貧民街で育ちました。僕のお母さんは、過労と、伝染病のため、僕が7才の時死んでしまったんです。それで行くあてのない僕は、掃除夫としてお城で住むようになったんです。王女様。そういう人達ってかわいそうだと思いませんか?」
少年はアンに聞いた。アンはしばらく考えた後、
「うん」
と言って小さくうなづいた。いうまでもなく、本心からそうだと思って首肯したのではない。世間知らずのアンに、この国の下層の人々の生活など知るよしもなく、また関心もなかった。ただ少年が賛同を求める形で聞いてきたので、わからないけど首肯したのである。
「君のお父様は君のいうことなら何でも聞いてくれるんでしょ?」
少年はアンに聞いた。アンはまた、
「ウン」
と言って小さく肯いた。少年はここぞとばかり真顔になって真剣な口調で言った。
「だったら君からお父様に頼んで、この国の貧しい人たちを救ってくれない。税金ももっと軽くして、貧民街の人たちも救ってくれるよう、頼んでくれない。僕のお願いっていうのはそれなんだ」
少年は言いたいことをいいきってしまった安堵感を感じた。そしてアンの返事を待った。アンはしばらくの間、少年の難解な要求に当惑した。だがアンは何と言っていいかわからない。少年はアンの髪を撫でながらアンの返事をまっている。それでアンは仕方なく、
「わ、わからないわ。私にはわからないわ」
と首を振って言った。少年はアンのこの返事を予想していたかのごとく、おちつきはらって髪を撫でていた手を再びアンのスカートに入れ、敏感な真珠をやさしくしごき始めた。そして再びまえと同じような手順でアンのじらし責めをはじめた。再びアンの呼吸は早くなっていった。そしてふたたび律動的収縮が起こりそうになったので少年は手を休めようとした。とうとうアンは耐えきれず、喘ぎながら、
「わ、わかったわ。パパに言うわ。だからお願いだから途中でやめないで」
と言った。
「本当?」
少年は愛撫を続けながら聞いた。
「本当よ。本当に言うわ。だから・・・おねがい・・・」
アンは苦しみから逃れたい一心で少年の頼みを受け入れた。少年はやっと肩の荷が降りたうれしさから、優しい口調で、
「じゃ、もう意地悪はしないよ。気持ちよくしてあげるよ」
と言ってアンの愛撫の手を早めた。アンの呼吸は一層早くなった。バルトリン氏腺からの分泌はあとをたたない。アンのbulbus vestibuliも、一番敏感な真珠も強度のerectioを起こしている。そしてmusculi perineiが律動的収縮を起こしはじめたのを知るや少年は、アンの強度のエレクチオを起こしている一番敏感な真珠をしごき始めた。今度は途中で手を休めるということはしなかった。かわりに逆に一層激しくしごきつづけた。律動的収縮は指数関数的に高まっていった。呼吸もそれにともなって荒くなっていった。
「ああー」
ついにアンは部屋の隅々にまでひびくほどの声をあげ、アンはオルガズムをむかえた。今までじらされていた分も加わって、その苦しみからの開放は天にも上るほどの快感をアンにもたらした。少年はアンのスカートから手を出してティッシュで分泌液を拭いた。アンのmusculi perineiとmusculi vaginaeはオルガズム後もしばし律動的収縮を続けた後、それは徐々に消失し、数分後、ついにその運動は消失した。アンはぐったりうなだれていた。アンの心はまだ快感の余韻の中にあった。しばらくたった後、少年はアンの両肩を掴んで嬉しそうな口調でアンに、
「どう。気持ちよかった?」
と聞いた。そのためアンの心は現実に引き戻された。アンはさっきのオルガズムの時の自分のあられもない声と姿を思い出し、アンの顔は一瞬真っ赤になった。アンには少年の質問に答えることなど出来なかった。しばしの後、アンの顔の赤みがひいた。アンは少年に、
「おねがい。縄を解いて」
と言った。少年は思い出したように
「ゴメンね。苦しかったでしょ。すぐ解くよ」
と言ってアンの縛めを解きはじめた。まず首にかかっている縄を解き、アンを傴僂のような格好から開放させた。アンの首の後ろには縄の跡がクッキリとついていた。ついで少年はアンの胡座縛りにされていた足首の縄も解いた。ここにも縄の跡がクッキリとついている。アンは極度の拘束状態から開放されてほっとした様子だった。あとは後ろ手の手首の縛めと胸の上下の縛めだけだった。少年がアンの後ろ手の縛めを解こうとして、その手が触れた時、アンは咄嗟に
「まって」
と言って、少年を制止した。
「どうして?」
と少年が聞くと、アンはうつむいたまま、顔を紅くして小声で、
「もう少しこのままでいたいの」
と消え入るほど小さな声で言った。
(アンはもう少しの間、快感の余韻を味わいたいのだ)
と少年はすぐに理解した。
アンの後ろ手と胸の上下の小さな縛めがアンに今まで一度も感じたことのない、妖しい快感、手の自由を奪われているという拘束感。それがアンに妖しい被虐の快感をもたらしていた。アンは自分の心がとても素直になっていくのを感じた。慧眼な少年にはアンのそんな心の動きを見抜くことなど何でもないことだった。少年は後ろから左手でアンを抱いて、右手でアンの髪の毛を優しく撫でながら、
「ごめんね。つらい思いをさせちゃって」
と言った。アンはすぐに、
「私の方こそごめんなさい。今まであなたを奴隷みたいに扱ったりして」
「ううん。いいさ。それが僕の役割だもん」
少年は極めておちついた口調で言った。アンは咄嗟に目頭が熱くなる思いがした。今まで奴隷のように扱ってきた少年が、何のためらいもなく、それを許すどころか、受け入れていることが、今日はじめて逆の立場になったアンにしみじみと感じられたからだ。アンの目尻に真珠のような涙がキラリと光った。同時にアンの鼻から鼻水がちょっぴり頭を出した。それを見た少年はティッシュを二枚重ね、アンの目尻を拭いて、
「王女様は泣かないんだよ」
と言った。そしてティッシュで鼻をかるくつまんで、
「はい。チーして」
と言った。アンは少年の言うままチーして少年に鼻をかんでもらった。少年はアンの鼻をきれいに拭いた。そして今までとはうって変わって真顔になって真剣な口調で、
「さっきのお願いだけど、本当にお父様に言ってくれる?」
と聞いた。アンも真面目な顔つきで、
「ウン。パパに言ってみるわ。でも・・・聞いてくれるかどうか」
「いいよ。言ってくれるだけで・・・。王様は一人娘の君を目の中に入れても痛くないほどかわいがっているんだ。もしかしたら聞いてくれるかもしれないよ」
少年は一縷ののぞみに命をかけるほどの気持ちで言った。そして再びアンを後ろから抱いて、髪を優しく撫でた。アンはうっとりした顔つきで少年に身をまかせている。アンは思った。出来ることならいつまでもこのままの状態でいたいと・・・。
しばしの時間が経った。
「もう、そろそろ縄を解いてもいいでしょ」
と少年はアンに聞いた。
「ウン」
アンは小さく首肯した。少年はアンの後ろ手の縄を解いて、胸の上下の縄も解いた。これでアンの拘束はすべて解かれた。少年は後ろからアンの両手をとって、
「ごめんね。つらい思いをさせちゃって。手痛くない?」
と聞いた。
「ううん。それほど」
とアンは答えたが、アンの両手首には縄の跡がくっきりと見えた。アンは拘束が解かれた後も、うっとりした顔つきで少年に身をまかせている。少年はアンを後ろから抱いて右手で髪を優しく撫でた。
「ねえ。ニールス」
アンは言った。
「なに?」
と少年は聞き返した。アンは耳たぶまで真っ赤にしてモジモジして、なかなか言い出せない。少年は痺れを切らして、慇懃に、
「なんですか。王女様」
と聞いた。
「お願いがあるの」
アンは消え入るくらいの小さな声で言った。
「なんですか?女王様」
少年は再び慇懃な口調で聞いた。アンは顔を真っ赤にして、しばらくの間もじもじしていたが、ついに覚悟をきめ、少し声を震わせて、
「また私を縛って。そして、やさしくいじめて」
と言った。少年は満面に笑みを浮かべ、優しい口調で、
「いいですよ。王女様」
と言った。
「でもあんまりいじめないでね」
とアンが言ったので少年はすぐに、
「うん」
と言った。




平成23年10月25日(火)擱筆

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父となりて (小説)

2020-07-09 12:32:59 | 小説
父となりて

ある町である。純はいつもコンビニ弁当だった。純は父親との二人暮らしで、母親がいないからである。母親は純が幼い時、死んでしまったからである。そのため、純の食事は、ずっと、コンビニ弁当だった。「あーあ。さびしいな。お母さんが欲しいな。それと、かわいい妹も」純はいつも、そんな事を呟いていた。「コンビニ弁当はもう厭きちゃった」と純が言っても、父親は、「贅沢を言うな。世の中にはもっと辛い人もいるんだぞ」と説教した。確かに尤もなことではあるが、純の父親は、スボラで、まかりまちがっても、料理の作り方を努力して身につけようとするような男ではなかった。当然、掃除もしないから、家の中は汚い。
純の父親は、ある病院に勤める医者である。が、彼は医者という仕事が嫌いで、SM作家になりたくて、SM小説を書いていた。変な話だが、世の中にはそういう変人もいるものである。純の父親はいい歳なのに、いまだに内気で、人付き合いが苦手で、そういう点でも、一人でコツコツ出来る作家に憧れていた。なぜSM小説かというと、当然、先天的に性倒錯者だったからである。だが彼の書く官能小説は、どぎつさはなく、プロ作家になるには厳しかった。プロになるにはもっと自分を殺して読者におもねらねばならないが、父親はそれが嫌だったのである。それでホームページをつくって、書いてはアップしていた。父親の性癖は父子二人暮らしでは、隠そうにも隠せない。そもそも、押入れには大量のSM写真集があり、隠そうにも隠せない。それが純に見つかってしまった。父親は別に世の父親と違って、自分の性癖を知られても何とも思っていなかった。ホームページにアップした小説を純が読むと、どうだ、と感想を聞いた。純は、まあまあだね、と率直に感想を言った。幸い、純には内向的な性格までは遺伝せず、純は父親のように人見知りはしなかった。父親は純に小説家になってほしいと思っていた。自分はプロ作家にはなれなかった、という夢を息子にたくそうという魂胆である。ともかく多量に書いて世の中にその作品と名前を残すほどになってほしい、と思っていたのである。純はそんな父親が別に嫌いではなかった。普通、親の価値観を子供に押しつけた場合、子供は反発するという話が多いのだが、純はそうではなかった。父親は押しつけまではしなかったし、人生の最終選択は純に任せていたし、また純は親父の深い思考力に誤りを感じられなかった。

そんなある日、純の家の隣に、一人の女性と、女の子が越してきた。それが親子であることは、顔が似ていることから、容易に推測された。その女性の美しいことといったら、楊貴妃やクレオパトラ以上だった。

その週の日曜、隣に越してきた女性が挨拶回りにやってきた。ピンポーンとチャイムが鳴った。こういう時、出るのは純の方だった。
「はじめまして。隣に越してきました田中静子と申します。よろしくお願い致します」
「山本純です。こちらこそ、よろしく」
「あの。お父様は」
聞かれて、純は、おーい、おやじー、と大きな声で二階に叫んだ。だが返事がない。純は急いで階段を登った。
そしてすぐに降りてきた。
「父は今、外出しているそうです」
「そうですか。ではまた、お伺いさせていただきます」
「いえ。また来ていただいていても、多分、いない確率の方が大きいと思いますので、気を使わないで下さい。わざわざ来て下さった事を伝えておきます」
「お忙しいのですね」
「いやあ。いい歳して人見知りが強くって、御迷惑をおかけしてしまうかもしれませんが、勘弁してやって下さい」
その時、父親があわてて二階から降りてきた。
スーツを着てネクタイを締めて。
「あ、これは、これは、失礼しました。山本真と申します。よろしくお願い致します」
と言って頭を下げた。
夫人はニコッと笑って、「ほんのつまらない物ですが」と言って鳩サブレーを差し出した。
「これはこれは、どうも有難うございます」
と真はお礼を言って鳩サブレーを受けとった。

夫人が去ると、「バカ。変なこと言うなよ」と言って父親は純の頭をコツンと叩いた。
「すごい、きれいな人だな」
「そうだな」
「淑やかそうな人だな。親父の好みだろう」
「ま、まあな」
父親は顔を赤くした。
純か紅茶を淹れて、二人は、さっそく、もらった鳩サブレーを二人で食卓で食べた。


翌日の月曜。
ガヤガヤ生徒が話している教室に担任の先生が来た。見知らぬ女生徒を連れている。
「転校生が来たので紹介する」
そう言って女生徒を見て壇上に上がるよう目で合図した。女生徒は壇上にあがった。
「田中久美です。よろしくお願い致します」
そう言って女生徒は深く頭を下げた。
「あそこが空いているから、あそに座りたまえ」
そう言って教師は奥の方の席を指差した。教室の席は窓側が男子の席で、廊下側が女子の席になっていた。ちょうどそこは純の隣の席だった。少女は、
「はい」
と言ってその席についた。純と目が合うと少女はニコッと微笑した。
一時間目は数学だった。
数学教師が黒板に白墨で問題を書いた。そして生徒を見回した。
「誰かこの問題の解ける者はいないか」
教師に言われても生徒は黙っている。
「仕方がない。純。お前、解答を書け」
言われて純は教壇に上がり、チョークを走らせた。回答が黒板に書かれた。純は席に戻った。
「そうだ。正解だ」
そう言って教師は純が書いた解答で説明した。
二時間目は理科だった。

キーン・コーン・カーン・コーン
午前の授業が終わるチャイムが鳴った。教師が去ると生徒達は、やっと自由になったようにガヤガヤお喋りしだした。
転校してきた少女が純の方に顔を向けた。
「純君ですね。となりに越してきた田中久美です。よろしく」
そう言って少女はニコッと笑った。
「よろしく。昨日は父が失礼してすみませんでした」
「いえ。純君のお父さんてお医者さんなんですね。すごいですね」
「全然すごくなんかないですよ。ヤブもヤブ。あんな医者にかかった患者は、とてもかわいそうですね」
少女はまたニコッと笑った。
「君のお父さんは?」
純が聞いた。
「父はいません」
「あっ。これは失礼」
「いえ。私が小さい頃、飛行機事故で死んだんです」
「それじゃあ、僕と同じだ。僕の母親も飛行機事故で死んだんです」
純は好奇心に満ちた目になった。
「もしかして、それは平成×年の墜落事故ですか?」
「ええ」
「じゃあ、君のお父さんと僕の母親は同じ日に死んだことになりますね」
「そうですね」
久美は言ってニコッと笑った。
その時、一人の生徒が純の所にやってきた。
「おい。純。さっきの問題、わからないんだ。教えてくれ」
言われて純は、その生徒に問題を説明した。生徒は、うんうん、と聞いていたが、なるほど、わかった、さすが秀才、と言った。そしてチラと横の久美を見た。そして純に言った。
「おい。もう彼女か」
「ちがうよ」
生徒は首を傾げた。
「まあ、よくわかんないけど、秀才はうらやましいな」
そう言って生徒は久美を見た。
「こいつはクラス一の秀才なんだ。わからない事があったら、何でも聞きな」
そう言って生徒は自分の席に戻っていった。
今日の給食はカレーライスだった。
食事がおわると純は久美に声をかけた。
「久美ちゃん。ちょっと外に出ない」
「はい」
二人は校庭に出てベンチに座った。しばし校庭で二人が話していると上級生が四人やってきた。彼らは札つきのワルだった。
「おい。純。どきな」
「なんで」
「いいから、どけよ」
純は無視した。
「おい。純。お前、生意気なんだよ」
「ああ。生でいきてるよ」
「野郎にゃ用はねえんだよ」
「なんだ。ナンパか。それとも婦女暴行か」
「てめえ。命が惜しくねえのか」
「それはこっちのセリフよ」
純はボキボキと指の関節を鳴らした。
久美がギュッと純の手を掴んだ。
「やめて。純君」
だが純は無視して立ち上がった。
「あっち行ってな」
言われて久美は走って、近くの桜の木の裏に身を隠した。
そして木の裏から、そっと顔を出して見た。
「やっちまえ」
四人は純を取り囲んで、じりじりと詰め寄ってきた。一人が飛びかかった。
「キエー」
純はジャンプした。ブルース・リャン顔負けの飛び後ろ回し蹴りが炸裂して、相手は一撃で倒れた。純はすぐに後ろを振り返って、後ろの一人を連続回し蹴りで倒し、残りの二人も横蹴りで倒した。倒れた四人は、頭を振って起き上がると、
「おぼえてろ」
と捨てセリフを言って逃げ去っていった。それは、ちょうど「帰ってきたドラゴン」のオープニングのブルース・リャンの格闘シーンに似ていた。
「純君ステキ。純君って強いのね」
久美が純に駆け寄ってきて、純の腕をヒシッと掴んだ。
「はは。別に。そんなに強くはないよ。牛や熊には勝てないから」
そう言って純は照れ笑いした。

その時、午後の始業ベルが鳴った。
「久美ちゃん。教室にもどろう」
「はい」
二人は教室にもどった。三時間目は英語で四時間目は理科だった。

その日の帰り道。
純は久美と話しながら一緒に帰った。公園にさしかかった所で、四人の生徒が一人の女性を取り囲んでいるのが見えた。何やら生徒達は女性に文句を言っているようである。
「あっ。お母さんだ」
久美が言った。四人は今日の昼休み、純と久美にからんだ不良である。
「久美ちゃん。どっかに隠れて」
「はい」
純に言われて久美は物陰に身を潜めた。四人は女性を押して、近くの廃屋に女性を連れ込んだ。純は彼らに気づかれないよう、そっと廃屋の外から中を覗き込んだ。心配になった久美も純の所に来た。廃屋の中で四人は女性を取り囲んだ。
「おう。おばさん。このオトシマエどうつけてくれるんた」
一人がドスのきいた口調で言った。
「わ、悪い事を注意してはいけないんですか」
女性はワナワナ震えながら言った。
「おう。大いにいけねえな。相手を見て注意しな」
別の一人が言った。
「ともかくオトシマエはつけてもらうぜ」
そう言って一人が折り畳みナイフをポケットから取り出した。
「な、何をするんですか」
女性は立ち竦んでワナワナ声を震わせて言った。
「まず手始めに服を脱ぎな。嫌なら、こいつで引き裂くまでよ」
そう言って一人がナイフを女性に向けた。
「わ、わかりました」
観念したのだろう。女性はワナワナとブラウスのボタンに手をかけて脱いでいった。豊満な胸を包んで二つの大きな膨らみをなしているブラジャーが顕わになった。四人はゴクリと唾を呑み込んで目を皿のようにして眺めている。
「ほれ。次はスカートだ」
言われて静子はスカートのチャックをはずし、スカートを降ろした。ムッチリした腰部を覆うピッチリしたパンティーが顕わになった。
「お願い。もうこれ以上は許して」
静子は、もうそれ以上は出来ないといった風にブラジャーとパンティーだけのムッチリした体を手で覆った。
「ダメだ。全部脱ぐんた」
その時、純が飛び出した。
「おい。お前らどうしたんた」
純が声をかけると四人は、ハッと振り向いた。
「また、てめえか」
「あっ。純さん」
下着姿の静子は勇敢な少年が純であることに気がつくと咄嗟に声をかけた。
「何だ。知り合いか」
「そんなことはどうでもいいだろ。それより、どうしたかって聞いているんだよ」
純はドスの効いた声で言った。
「おれ達がスーパーで万引きしようとしてたらな、このおばはんが、やめなさいっ、て注意してきやがったんだよ」
「ほー。そりゃーおめえ達の方が悪いな。むしろ、その人はお前達が万引きで捕まるのを心配してくれたんじゃねえのか。そんな親切な人に婦女暴行か」
純は腕組みして余裕の口調で言った。
「うるせー。俺たちに理屈は通じねえぜ」
「おう。純。てめえにゃ、いいかげんムカついてんだよ。エエカッコばかりしやがって」
「やっちまえ」
一人がポケットからナイフを取り出して、残りの二人は廃屋にあった角材を拾って、ジリジリと純に詰め寄った。
「やれやれ。こりないやつらだ」
純は口笛を吹いて腕組みをした。
「やっちまえ」
一人が掛け声をかけて、わっと純に飛びかかった。一人が角材を振り下ろした。
「キエー」
純は足刀で角材に蹴り出した。ポキリと角材か折れた。ナイフを持った二人がジリジリと詰め寄った。二人は顔を見合わせて、それっ、と純に飛びかかった。その瞬間。
「チエー」
目にも止まらぬ電光石火の連続蹴りで、二人はあっという間もなく倒された。もう一人、角材を持ったヤツは、タジタジとして震えていた。純は相手に向かって走り出した。
「チェストー」
純はジャンプした。飛び足刀蹴りがきまって、相手は倒れた。倒された四人はしばしの脳震盪から目覚めると、頭を振ってヨロヨロと立ち上がった。
「ちくしょう。覚えてろ」
四人は立ち上がると大急ぎで小屋から逃げ出した。
静子は急いでスカートを履き、ブラウスを着た。静子は急いで純に駆け寄った。
「純君。ありがとうございました。助かりました。何とお礼を言っていいことか思いつかないほどです」
「いやあ。別にたいした事じゃないですよ」
純は照れて頭を掻いた。見ていた久美が、お母さーん、と言って飛び出してきた。
「まあ。久美ちゃん。どうしてここがわかったの」
「純君と一緒に帰る途中だったの。そしたらお母さんが四人にからまれているのが見えたの」
「そうだったの」
「あのね。純君は強いんだよ。転校した日も、私、あの四人にからまれたんだけど、純君が助けてくれたの」
「まあ。そうなの」
そう言って静子は純に振り返った。
「純君。よろしかったら家に寄っていただけないでしょうか。腕によりをかけて食事をつくりますので、どうか食べていって下さい」
「ええ。じゃあ、おじゃまします」
三人は廃屋から出て、静子の家に向かった。

三人は静子の家についた。
「純君。ありがとうございました。助かりました。何とお礼を言っていいことか思いつかないほどです」
「いやあ。別にたいした事じゃないですよ」
純は照れて頭を掻いた。
「何かお礼をさせて下さい」
「いいですよ。そんな」
「でも、私の気持ちがすまないんです」
「じゃあ、僕はいいですけど、父親が静子さんに一目見た時から惚れてしまって、手がつけられないんです。何とかしてやってもらえないでしょうか」
「ま、まあ」
静子夫人は真っ赤になった。
「あ、あの。どんな事をすればいいんでしょうか」
「親父は静子さんのビキニ姿の写真が欲しい、欲しい、と子供のようにダダをこねて仕方がないんです。何とかしてやってもらえないでしょうか」
「わかりました」
静子夫人は赤面しつつも、パソコンにフラッシュメモリを取り付けて操作して、フラッシュメモリを外して、それを純に渡した。
「あ、あの。以前、海水浴に行った時、撮った写真がありますので、こんなものでよければ」
そう言ってフラッシュメモリを純に渡した。そして、静子はその画像をパソコンで純に見せた。
「うわー。すごいセクシーだ」
そこにはビキニ姿の静子の様々なセクシーなポーズの画像があった。
「ふふ。お母さんは、海の女王コンテストで優勝しちゃったのよ」
久美は自慢げに言った。
「へー。すごいですね」
「い、いえ。友達と海水浴に行ったら、たまたまコンテストをやっていて、友達に、出ろ出ろ、としきりに言われて、出たら選ばれてしまったんです。そして写真家の人に写真を撮らせて下さい、と言われて・・・」
「親父、喜びますよ。どうもありがとうございます」
純はフラッシュメモリを貰って静子の家を出た。


その日の夕食の時。
純は静子から貰ったフラッシュメモリを父親の前に出した。
「なんだ。それは」
「静子さんのビキニ姿の写真」
「な、何で、そんな物を持ってるんだ」
「くれませんかって言ったら、くれたんだ」
「ば、ばか。何て事するんだ」
父親は顔を赤くして言った。
「なぜ、そんな事、言ったんだ」
「親父、欲しがってただろ」
「ばか。そんな恥さらしな事。我が家の恥だ。オレが明日、返しがてら謝ってくるから、よこせ」
そう言って父親はフラッシュメモリをひったくるように取った。

その夜、父親の寝室から、「ああ。静子さん。好きだ。好きだ」という声とオナニーのマラを扱くクチャクチャいう音のため、純はなかなか寝つけなかった。

翌日の朝。
ジリジリジリ。
目覚まし時計の大きな音で父と純は起きた。
二人はすぐにランニングウェアに着替えた。
「さあ。行くぞ。純」
二人はランニングシューズを履いて、早朝の街中を走った。
これは父親が決めた日課だった。
「頭がどんなに良くても知識がどんなにあっても、それだけではダメだ。何事をするにも、健康な体とタフな体力があってこそ出来る。それには子供のうちから体を鍛えておかなくてはダメだ」
というのが、父親の口癖で信念だった。

ランニングがおわって、デニーズに入ると父親はモーニングセットを注文した。父親は純に純の将来について何度も細々と注意した。純はおやじを嫌っていなかったので、黙って聞いていた。内容は大体、同じだった。
どんな事を父親が言っていたかを少し書いてみよう。

「お前は三島由紀夫以上の作家になるんだ」
「・・・・」
「お前は勉強が出来るからいいが、あまり無理しすぎるな。何も東大医学部でなくてもいい。お前なら国立の医学部なら十分、入れるからな。無理して頑張って勉強がストレスになってはよくない。一番大切なのは丈夫な体だ。無理して万一、過敏性腸症候群になったら大変だ。お前はハンサムだし性格が明るいから、女の友達には不自由しないだろう。しかし、決して女を愛そうと思ったりするな。現実の本気の恋愛ほど無意味なものは無い。この世で価値あるのはあくまで芸術だけだ」
「その点は大丈夫。俺もおやじと同じようにニヒリストだからね」
「それと思想的な本はあまり読まなくてもいい。小説をつくる上で大切な事は、くだらない事でも世の中の事は何でも知っているという事だ。ファミコンだの流行りの漫画だのも一応やったり読んでおけ。思想書を読むより花や木の名前を覚えろ。花や木にも理論があるんだ。お前ほど頭がよければ小説のストーリーは十分つくれる」
純は父親のおかしな説教を黙って聞いていた。
「お前は数学が出来るが、面白いからといって、あまり数学にのめり込むな。数学の知識は小説には全く役にたたないからな。そんな時間は社会科系の勉強にまわせ。物理も化学もそうだ。しかし生物学はしっかり勉強しろ。生物学は小説を書く上で少しは役立つし、何より医学部に入ってから大切だからな。日本史、世界史、政治、経済、地理、全部、大切だ。それと古文、漢文も満点でなくてはだめだ。特に古文は小説をつくる上で大切だ。できたら全てを読みつくす位のつもりでやれ。解らない事は全てオレが教えてやる」
「・・・・」
「学歴は小説と関係ないが、世間の人間は小説を読む時、作者のプロフィールを知りたがるものだ。国立を出ていれば、頭のいい人間と思われる。そうすると小説も、文学的に価値のあるものと思われるから読まれる可能性が強くなって有利だ。しかし、あまり家に閉じこもりきりで、勉強だけというのもよくない。友達を適度につくり、おおいに遊び、ケンカもしろ。子供の頃、色々な事を体験しておくと大人になって小説を書く上で確実に役に立つからな」
「・・・・」
「たまに小説を書きたくなったら、気を入れて書いてみろ。10枚くらいの短編がいい。10枚できちっとまとめてみろ。しかし、書く事が面白くなっても、勉強をおろそかにしてはならない。まあ、お前ならその心配もないと思うが。中学一年では、後世に残るほどの小説など書けっこない。中学、高校時代は、ともかく知識のストックの時代だ。若い時に勉強せず、小説を書く事にふけって、芥川賞をとる若者もいる。しかし、そういのはほとんど一作作家だ。時代の先端を先鋭な感性で描いているから、時代が変われば見向きもされなくなる。大切な事は死ぬまで書きつづけ、文学全集を出し、百科事典にお前の名前がのる、という事だからな。ともかく量をたくさん書くことだ。いったん、作家として認められれば、つまらない作品でも作家研究ということで、全集の中に保存されるんだ」
「・・・・」
「医学部に入ったら、もうちょっと気合を入れて50枚くらいの小説も書いてみろ。中学、高校で十分、知識のストックをつくっておけば、大学生になれば読むに耐える小説は書けるだろう。その時、お前は中学、高校でしっかり勉強しておいた事の有利さに気づくだろう。医学の勉強や知識は小説を書くのに全く役には立たない。それは極めて残念なことだ。しかも医者という肩書きは、作家になる上で非常に有利だし、医師免許を持っていれば、食うには困らないからな。まあ、作家になるための試練としてガマンすることだ。お前は根性があるから、どんな試練にも耐えられるだろう。解らない事や、どの医学書がいいか、合理的な勉強法は何か、全てオレが教えてやる」
「・・・・」
「何事にも興味を持つことだ。海外旅行も、好きな所へ行け。金は出す。オレは海外に行ったことが一度も無い。オレが学生の時は、世界中を旅行したと自慢してたヤツもいた。しかし、あいつらは自分が楽しむために、旅行するのであって、自分の思い出だけでおわってしまう。そんな旅行は無意味だ。教科書や写真で、読んだり見たりするのでは、強い実感にはならない。実物を見ることで世界を実感できる。つまらない事でも貪欲によく見ることだ。ともかく体験が大切だ。今は小説にならないと思うような事でも将来、小説に出来る材料に変わることは、いくらでもあるからな」
「・・・・」
「友達をつくることは大切だが、好きな女の子とは、決して親しくなるな。現実の女というものがわかってしまうと、幻滅して小説のモデルとならなくなる危険がある。小説家になるには、あくまで研究者のように、さめた観照者の立場で人間を観察することだ。現実の世の中には、あまり手を触れてはいけない。しかし、TPOによっては少し、触れた方がいい場合もある。お前は頭がいいから、そこらへんの判断はしっかり出来るだろう」
「・・・・」
「もし、何かお前が非常に興味をもってとりつかれた事柄があったら、それを徹底的につきつめて、その事に関しては辞書になるくらいになれ。小説家として大切な事は、世の中の事を広く知っている事も大切だが、一つの精通した分野がある方がもっと有利というのもまた事実なんだ」
「・・・・」
純の父親はだいたい、いつもそんな事を純に言い聞かせていた。
純はおやじを嫌っていなかったので、親父のこんな説教を黙って聞いていた。

モーニングセットを食べおわると二人はデニースを出て家にもどった。
服を着替え制服を着て純は家を出た。
「おい。純。今日もしっかり勉強するんだぞ」
と言って父親も純と一緒に家を出た。
あー、医者はウザってーな、この世に医者ほどウザってー仕事が他にあるだろうか、と小言を言いながら。
隣の久美の家の前を通って少し行くと、すぐに背後から、
「純君―」
という元気のいい声が聞こえた。
純が振り向くと、セーラー服姿の久美が手を振りながら笑顔で走ってきた。
純に追いつくと久美は、
「純君。一緒に行かない」
と聞いた。
「うん。行こう」
純は淡白に答えた。二人は話しながら学校に向かった。
学校に近づくにつれ生徒が増えてきた。
「よー。よー。イチャイチャくっつきやがって。もうAはやったのか」
背後から例の四人が囃し立てた。
「純君」
久美はひしっと純の腕にしがみついた。
「いや。Aだけじゃねーだろ。もうBもCいってるだろ」
一人が言うと、四人は腹を抱えて笑った。
「うるせーな。耳障りだぜ。一人にすると、お前らみたいなダニが襲いかかるだろ。うせろ」
純は振り向きもせず、うるさい蠅を追い払うように怒鳴った。
近くにいた数人の女生徒がクスクス笑った。
四人は茹で蛸のように額に青筋を立てた。
「ダニだと。純。てめえ。覚えてろよ」
四人は捨てセリフを吐いて、逃げさるように二人を追い抜いて駆け出した。

ジリジリジリ。
一時間目の始業のベルがなった。ガラリと戸が開いた。一時間目は国語だった。
「起立」
「礼」
「着席」
国語教師は教壇に立つと、おもむろに教室の生徒達を一瞥した。
「よし。今日は作文にしよう。題は、『父について』だ。何を書いてもいい。思う事を素直に書いてみろ」
原稿用紙が配られ、生徒達はカリカリと書きはじめた。
30分くらいで皆、書きおえて教室は静かになった。
教師はおもむろに教室の生徒達を見回した。
純と目がバチンと合った。
「よし。純。読んでみろ」
指名されて純は立ち上がって読み始めた。
「父について。僕の父はすごく劣等感が強い性格です。まあ、よく言えば負けん気が強いともいえるかもしれません。父は空手が出来て、硬派のように装っていますが、本当はすごく気が弱く、大人のクセに、まだ甘えが抜けきれていないのです。その証拠に父は、趣味で小説を書いていますが、小説の中で、甘えられる女性ばかり書いて、小説の中で自分の書いた女性に甘えているのです。父は少しでも自分が傷つくことを怖れて、生きた現実の女性と付き合う事が出来ないのです。大人になるには、そのハードルを越さなければならないのですが、父はそのハードルを越せない、というか、越したくないのです。つまりパンドラの箱を開けたくないのです。まあ空想的理想主義者といえるかもしれません。しかし物事には程度というものがあって、父は病的な空想的理想主義者なのです。そんな父の理想に合うような女性など、この世にいるはずがありません。しかし自分に誠実であり、世間の多くの大人のように、僕や人を欺こうとはしません。スレッカラされてもいません。良くも悪くも子供なのです。そういう点は評価しています。点数をつけるとすれば60点でギリギリ合格としています。父は自分の叶わなかった夢として僕を小説家にしようとしていますが、かわいそうな父のために僕は挑戦しようと思っています。さてはて、どうなることやら」
教師をはじめ生徒達は、この変な作文を聞いてポカンとしていたが、しばしして教師は、
「ははは。なかなか純は父親思いなんだな」
と笑って言った。

午後は音楽の授業だった。
当然のことながら、音楽は美人の女教師だった。彼女はさっそうとピアノについた。ふと顔を上げて、その中に見知らぬ転校生の久美を見つけると彼女はじっと久美を見つめた。
「あら。あなた。どこかで見たことがあるわ。えーと、どこだったかしら」
美人音楽教師は小首を傾げた。
久美は照れくさそうにしている。
「そうだわ。思い出したわ。去年、小学生ピアノコンクールで優勝した子ね。そうでしょ」
「は、はい」
久美は照れくさそうに小声で答えた。
「名前は」
「田中久美です」
教師は微笑した。
「じゃあ、今日は久美ちゃんに何か演奏してもらいましょうか」
「はい」
久美はピアノの前に座った。鍵盤の上に手を乗せたが何を演奏していいのか、迷っているといった顔つきだった。
「何を演奏してもいいわよ」
教師は躊躇している久美を気遣って言った。久美は純をチラッと一瞥してから、ピアノを演奏しだした。曲はアルビノーニのアダージオ。実に寂しく哀調的である。あたかも十字架を背負ったキリストがゴルゴタの丘に向かう光景を彷彿させる暗く重厚なメロディーが教室に重く垂れ籠めた。
パチパチパチパチ。
生徒達が拍手すると久美は照れくさそうにお辞儀して、そそくさと自分の椅子に戻った。
あとは美人音楽教師の演奏するピアノに合わせて生徒達は唱和した。

その放課後。
音楽部の女子生徒達がやってきた。
「田中さん。ぜひ音楽部に入って」
久美は照れくさそうに微笑みながら、純の方をチラッと見た。
「純君は何部?」
「僕は空手部だよ」
「じゃあ、私も・・・」
「久美ちゃんには無理だよ。音楽部に入りなよ」
純は否定して、促すような仕草で手を振った。
「わかったわ。私、音楽部に入る」
「ヤッター。じゃあ、さっそく部室に来て」
音楽部の女生徒達は小躍りして喜んだ。
手を曳かれるようにして久美は音楽部の部室に行った。

久美の姿が見えなくなると、純も教室を出た。
グラウンドでは野球部の生徒達が意気のいい掛け声を出して練習していた。
校庭の隅にあるバラックが空手部の部室だった。
純は一年だが空手部主将だった。戸を開けると部員のラオがいた。
「押忍」
拳を握りしめラオは挨拶した。
「押忍」
純も同様に軽く頭を下げた。
純は空手着に着替えた。
「よーし。ラオ。じゃあ、練習を始めるぞ」
「はい」
純はラオの前で構えた。
「蹴る。蹴るんだ」
重い厳かな口調で純は言った。言われてラオは勢いよくシュパッと横蹴りを放ってピタリと宙で止めた。ラオは得意げな顔つきである。だが純は黙って得意げな顔のラオに近づいた。
「何だ。それは。蹴る真似か。大切な事はここを使うことなのだ」
そう言って純は自分の頭を指差した。誉められると思っていたラオは厳しく叱られて、真剣な顔つきになって構えた。
シュパッ。
ラオの足刀が空を切った。純は黙って再び、おもむろにラオに近づいた。無言のうちにも、また小莫迦にされそうな気配を感じてラオはしり込みした。
「頭を使え、と言ったはずだぞ。カーとなれとは言っていない。ちゃんと狙って蹴ろ」
二度も厳しく叱られてラオは真剣な顔つきになった。
シュパッ。シュパッ。
ラオは横蹴りをつづけて蹴り出した。今度の蹴りは無駄な力みの無い軽やかな蹴りだった。今度は純はにこやかに笑って近づいた。
「よーし。ラオ。それでいい。どうだった」
純は嬉しそうな顔で誉めた。
「えっとー」
ラオは今の感触が、どうだったか言葉で説明しようと眉を寄せた。すると途端に純はラオの頭をペシッと叩いた。
「考えるな。感じるんだ。言わば指で月を指差すようなものなのだ」
そう言って純は人差し指で虚空を指差した。
ラオは純の指先を凝視した。
すると純は、また小莫迦にしたようにペシッとラオの頭を叩いた。そして説教した。
「指にこだわっていては、その先にある美しい物を見ることは出来ない」
純は力説した。
「じゃあ、今日の練習はこれでおわりだ」
ラオは礼儀正しく深々と頭を下げた。するとまたまたラオは純にペシッと頭を叩かれた。
「相手から目をそらすな。たとえ挨拶をする時でもだ」
ラオは言われたように上目がちに純を見ながら軽く頭を下げた。
これで部活の練習はおわりだった。何が何だかわけがわからないといった顔つきのラオを残して純は部室を去って行った。練習時間は五分もない。ひどく一方的で生意気で短時間の指導である。勿論、純は、自分なりの深遠な武道哲学に基づいて指導しているのだが、相手にわかるように教えようという配慮がないとしか言いようがない。
部員は他に、エスクリマというフィリピン武術を身につけているダニー・イノサントという生徒と、バスケットボール部と兼部しているカリーム・アブドゥル・ジャバールという、ものすごい長身の生徒がいた。
数日前にアメリカンスクールの空手部と初めて対抗試合をした。アメリカンスクールの空手部の主将はチャック・ノリスというものすごい強豪だった。純は苦戦の末、最終的には倒したのだが、敵の胸毛をむしる、というとんでもないルール違反をしたため、審判に厳しく注意され、反則負けとなってしまったのである。純は戦いとなると性格が豹変してしまって、野獣のような奇声を発し勝つためには手段を選ばなくなってしまうという致命的な性格的欠点があるのである。

バラックを出た純はあとは部室で一人、父親に言われた日本史の年代丸暗記のつづきをはじめた。純は父親に、子供の時に覚えた事は一生、忘れないから、大変でも、日本史、世界史は、教科書を全部、丸暗記しろ、と言われていたのである。純は、父親に言われたからではなく、自分の判断で、父親の言った事が正しいと思ったので、一心に勉強しているのである。

その日も純は久美の家に寄った。
久美が弾いている美しいピアノの旋律が聞こえてきた。
ピンポーン。
チャイムを押すと、静子が出てきた。
「あっ。純君。いらっしゃい。どうぞ、お上がりになって」
静子は純を見るとニコッと笑って挨拶した。
「お邪魔します」
純は一礼して靴を脱いで家に上がった。
「静子さん。写真、ありがとうございました。親父、すごく喜んでました」
「そ、そうですか。それは、よかったですね」
静子は顔を赤らめて小声で言った。
「あっ。純君」
ピアノを弾いていた久美は純を見つけると、鍵盤を走らせていた手を止めた。
「純君。久美ちゃん。おやつにしましょう」
静子に言われて二人はテーブルについて、静子の手作りのクッキーを食べた。
「久美ちゃん。ピアノひいてよ」
食べおわると純が言った。
「何がいい」
「美女と野獣」
「わかったわ」
久美はピアノについて、鍵盤に手を載せて、繊細な指を鍵盤の上で軽やかに走らせた。
美女と野獣の、少し哀調のある情感的なメロディーが、部屋の中に流れた。
その後、少し雑談してから純は、静子の家を出た。

その日の夕方。
トントンと戸が叩かれる音がした。純が戸を開けると静子が立っていた。大きな盆を持っていた。
「こんばんは。純さん」
「こんばんは。静子さん」
「あ、あの。今日の夕御飯はビーフシチューにしたんですけど、たくさん作りすぎてしまって。よろしかったら召し上がって下さらないでしょうか」
「うわー。ありがとうございます。静子さんの手作りのビーフシチューなんて夢のようです。もうカップラーメンが五日もつづいていましたから、いいかげん、ウンザリしてたんです」
純は飛び上がって喜んだ。静子は照れくさそうにニコッと微笑んだ。
純は食卓に盆を持っていくとハフハフ言いながら父親と食べた。
美味い、美味い、と言いながら。
「おい。純。お礼にこれを渡せ」
そう言って父親は純に一万円冊を渡した。
食べおわって、食器を丁寧に洗って、静子の家に食器を返しにいった。
「すごく、おいしかったでした。ありがとうございました」
そう言って純はペコリと頭を下げて、食器を返した。
「あの。これ」
と言って純は父親から渡された一万円札を静子に渡した。
「こ、こんなに頂けません」
静子は驚いて手を振った。
「でも、親父が渡すように言ったんです。あいつは、こうと決めた事は絶対、ゆずりませんから」
「そうですか。有難うございます」
静子はペコリと頭を下げ申し訳なさそうに札を受けとった。
「あ、あの。純さん」
「はい」
「喜んでいただけると、私もとても嬉しいです。同じ物をつくるなら、二人分より、四人分の方が作りがいがあります。よろしかったら、これからも、作らせていただいて、よろしいでしょうか」
「大歓迎です」
こうして、純の家の夕御飯は時々、静子の作る料理にかわった。


父親が早く帰った時は、父子は、静子の家に行って静子と久美と四人で食べるようにもなった。
その光景はこんな具合である。
父子と母娘が向き合って食卓についている。
真の前が静子で、純の前が久美である。
「でもお医者様って大変なお仕事なんですね」
「いえ」
「当直とかもあるんですか」
「ええ」
「当直の翌日は休めるんでしょうか」
「いえ。翌日も勤務です」
「それは大変ですね」
「いえ。人の命を与っている仕事ですから、当たり前の事です」
と医師の当直に、いつもさんざんグチを言っている父親は、謹厳に答えた。
「大学の医療界って、どういう所なんですか。私、そういう事、全然しらないんです。テレビの白い巨頭のような事は本当にあるんですか」
「そうですね。確かに日本の医学界の制度は遅れていて、教授をトップとした封建社会という面があります。二年目からは教授の命令で僻地に行くことになります」
「真さんも、どこか僻地に行かれたんですか」
「ええ。私は小笠原諸島に二年、行きました」
「小笠原諸島ですか。それは、さぞ不便だったでしょう」
「いえ。医師不足で困っている僻地の人々に尽くす事は医師として当然の事です」
と僻地に行く事が死ぬほど嫌で、そのため医局に入らなかった真は堂々と謹厳に答えた。
「本当にご立派な志のお方ですわ」
と静子は目を潤ませて感動したように真を仰ぎ見た。
とまあ、だいたいそんな会話だった。


その週の日曜日。
突然、久美が純の家に駆け込んできた。
「じゅ、純君。助けて」
久美は泣き出しそうな顔だった。
「どうしたの。久美ちゃん」
「こんなメールが来たの」
そう言って久美は携帯を純に渡した。それにはこう書かれてあった。
「お前の母親が万引きしたんだ。警察には言わないでやるから、今すぐキャッシュカードかクレジットカードを持って、一人で三丁目のコンビニに来い」
メールには静子が丸裸で胸と秘部を手で覆っている写真が添付されていた。
「純君。お願い。助けて」
「よし。久美ちゃん。行こう」
純と久美は急いで三丁目のコンビニに向かった。
コンビニに着いた。
「久美ちゃん。一人で入って。僕もすくに行くから」
「はい」
久美は恐る恐るコンビニに入った。コンビニに客はいなかった。
久美を見つけると店長はニヤリと笑った。店長は街でも評判の悪い男だった。以前、詐欺で捕まったこともある。
「お、お母さんは」
「よく来たな。キャッシュカードは持ってきたか」
「はい」
「よし。じゃあ、会わせてやる」
そう言って店長は久美を店の奥の倉庫に連れて行った。二人が見えなくなると純はマスクをして、野球帽をかぶり、すぐに店に入った。

純は店長に気づかれないよう久美が入っていった倉庫の戸の隙間から中を覗いた。
そこには一糸纏わぬ裸の静子が後ろ手に縛られていた。そしてその縄尻は柱に縛りつけられていた。その回りを例の四人がニヤニヤ笑いながら、取り巻いていた。
「お母さん」
「久美ちゃん」
母娘は目が合うと咄嗟に呼び合った。
「ど、どうしてこんな、酷いことをするんですか」
久美は震えながら聞いた。
「メールに書いたろ。お前の母親がチョコレートを万引きしたんだ」
「ち、違います」
静子は冤罪を訴えた。
「ほー。どう違う」
静子は唇を噛んで恨めしそうに四人を見た。何か言いたそうだが言えないといった様子だった。四人はニヤニヤ笑っている。
「わ、わかったわ。あなた達が、お母さんの手提げに、そっとチョコレートを入れたんでしょ」
「おい。久美。何の証拠があって、俺達にそんな、とんでもない、いいがかりをつけるんだ」
その時、おもむろに純が入ってきた。
「あっ。純。また、てめえか」
「ほー。聞かせてもらったぜ。その人が万引きしたのか。証拠はあるのか」
「ああ。あるぜ。ちゃんと目撃者もいるし、何より物的証拠もある」
店長は居丈高に言った。
「どんな証拠だ」
「この四人が、この女が万引きする所をちゃんと見てて、知らせてくれたんだ。それで手提げを開けてみたらチョコレートが出てきたんだ。これほど確実な証拠はないだろ」
「防犯カメラは」
「防犯カメラはスイッチを入れるのを忘れていたそうだ」
四人の一人が言った。
「ほー。そうか。それは確かに確実な証拠だな。なら、なぜ警察に連絡しないんだ」
「それは警察沙汰にしては可哀相だと思ったから情けをかけてやったんだ。なんせ、四人の友達の母親だからな」
店長は居丈高に言った。
「ほー。思いやりがあるんだな。それにしちゃ、裸にして縛って写真を撮るってのは、どうしてだ」
純はジロリと四人をにらんだ。
「もしかすると久美ちゃんの言うように、そいつらの一人が彼女に気づかれないよう彼女の手提げに入れたのかもしれないぜ」
「おい。純。言いがかりもいいかげんにしろ」
四人の一人が言った。
「まだ本当に万引きしたかどうか、わからないぜ。万引きしたんなら、警察で調べれば、確実にその人の指紋が出てくるだろう。しかし指紋が出てこなく、逆にそいつらの誰かの指紋が出てきたら、そいつらが彼女を罠にはめたって事も完全に証明されるぜ」
四人は、うぐっと口をつぐんだ。
黙っていた静子は堰を切ったようにわっと泣き出して叫んだ。
「そ、そうなんです。警察に連絡して下さい、って何度も頼んだんです。でも聞いてくれなかったんです」
「てめえら。罠にはめたな」
そう言って純はポケットから携帯を取り出して警察に電話した。
「もしもし、万引き疑いの事件です。ここは三丁目のコンビニです」
「ちくしょう。ズラカレ」
と言って四人は店を飛び出した。
四人がいなくなると店長は急いで静子の縄を解いた。
自由になった静子は、恥ずかしさから、急いで床に散らかっているパンティーを履き、ブラジャー着け、スカートを履いてブラウスを着た。
警察はすぐにやって来た。
「万引きですね。万引き犯はどこですか」
警官が聞いた。
「な、何でもありません。誰かの悪戯でしょう」
店長は苦しげな顔つきで手を振った。
こうなっては立件は難しい。
「そうですか」
警官はさも残念といった顔つきでパトカーに戻って行った。
純は店長をにらみつけた。
「このチンカス野郎」
パトカーが去ると純は店長を思いきりぶん殴った。
店長は殴られて吹っ飛んだ。
純は静子と久美を見た。
「行こう。久美ちゃん。静子さん」
店長が頭を振ってフラフラと起き上がると純は、店長をにらみつけ、握りしめた拳を突き出した。
「二度と手を出すな。このハンチク野郎」
「は、はい」
店長は慄いた顔つきでヘコヘコ頭を下げた。
純と久美と静子は店を出た。

ちょうど空車のタクシーが向かってきたので純は手を上げた。
三人はタクシーに乗り込んで、静子の家にもどった。

家につくと静子は低頭平身して純に頭を下げた。
「純君。ありがとうございました。助かりました。何とお礼を言っていいことか思いつかないほどです」
「いやあ。別にたいした事じゃないですよ」
純は照れて頭を掻いた。
「何かお礼をさせて下さい」
「いいですよ。そんな」
「でも、私の気持ちがすまないんです」
「じゃあ、僕はいいですけど、父親が静子さんに一目見た時から惚れてしまって、手がつけられないんです。何とかしてやってもらえないでしょうか」
「はい。何でもします」
「親父。静子さんのパンティーとブラジャーが欲しい、欲しいと言ってきかないんです。よろしかったら、もらえないでしょうか」
静子は真っ赤になった。
「は、はい。わかりました」
静子は箪笥を開けてパンティーとブラジャーを持ってきた。
「あ、あの。こんな物でよろしければ」
と言って静子夫人は顔を真っ赤にして、箪笥から持ってきた下着を差し出した。
「ありがとうございます」
純は礼を言って、それを受けとった。
あ、あの、と純は、口を開いたが躊躇して言いためらった。
「はい。なんでしょうか」
静子は即座に聞いた。
「あのー。申し訳ありませんが、出来たら、今、静子さんが履いている下着の方が、親父、喜ぶと思うんです」
「はい。わかりました」
そう言って静子は、その場でスカートの中に手を入れてパンティーを降ろして足から抜きとり、ブラウスのボタンを外して、ブラジャーを取り外した。
そしてパンティーとブラジャーを純に差し出した。
「ありがとうございます。親父、飛び上がって喜びますよ」
そう言って純は静子の下着を受けとった。

その日の夕食の時。
純は父親に下着を差し出した。
「なんだ。それは」
「静子さんのパンティーとブラジャーさ」
「な、何で、そんな物を持ってるんだ」
父親は目を丸くして言った。
「パンティーとブラジャーくれませんかって言ったら、くれたんだ」
「ば、ばか。なぜ、そんな事したんだ」
「親父、欲しがってただろ」
「ばか。また、そんな恥さらしな事したのか。我が家の恥だ。オレが明日、返しがてら謝ってくるから、よこせ」
そう言って父親はパンティーとブラジャーを、あわてて奪い取った。

その夜は父親の寝室から、「ああ。静子さん。好きだ。好きだ」という声とオナニーのマラを扱くクチャクチャする音がうるさくて、純はなかなか寝つけなかった。

翌日の放課後。
純は静子の家のチャイムを鳴らした。
「いらっしやい。純君。どうぞお上がりになって」
だが純は手を振った。
「下着ありがとうございました。おやじ、すごく喜んでました。そのお礼を言いに来ただけです」
途端に静子は赤面した。
「い、いえ。どういたしまして」
静子は赤面して言った。
純は深々と一礼して踵を返した。

数日後の学校の放課後。いつものように純は久美と一緒に帰り、純は静子の家に寄った。
「ただいま。お母さん」
「おかえりなさい」
「お邪魔します」
「いらっしゃい。純君」
「純君。久美ちゃん。ちょうどチーズケーキが焼けたところなの。おやつにしましょう」
「はい」
久美と純はテーブルについた。
静子は、ニコッと笑って、作っておいたチーズケーキを出した。
「お味は、いかがですか」
「すごく美味しいです」
純は笑顔で答えた。
静子もテーブルについた。
「純君のお父さんと私のお母さんが結婚してくれたら、いいのにね。そしたら、私、純君の妹になれるのにね」
久美が言うと静子はニコッと笑った。
「おやじ。いい歳して、照れ屋だからね。静子さんを好きなのに言えないんだよ」
「どうして?」
「あいつは自分からは大切な事は何も言えないんだよ。そのくせ、人一倍、静子さんに憧れてて。毎晩、静子さんのパンティーに鼻を当てながら、『ああっ。静子さん。好きです』って言いながらオナニーしてるんだ」
「どうして言わないの」
「あいつは臆病者で自分が可愛すぎるんだよ。まだ自己愛から抜けきれてなくて、自分の心が少しでも傷つくのが怖いんだよ」
純はつづけて言った。
「あいつの方から、結婚して下さい、って、言えないんだよ。女性に好きです、って、言わせる事が、残酷だって事がわからないんだよ」
久美は微笑んで黙って聞いていた。
「結婚したら静子さんに自分のパンツを洗わせることになるだろ。それが恥ずかしいんだよ。あいつは、病的なフェミニストだからね。自分のパンツを静子さん程の美人に洗わせる事が出来ないんだよ。鼾を聞かれることも怖がってるんだ」
純はつづけて言った。
「家を掃除させる事も悪いと思ってるんだよ」
「すごくデリケートな方なのね」
「まあ、よく言えば、そうかな」
「それと、おやじにはSM趣味があるからね。静子さんを縛りたいとも思っているんだ。結婚したら、性生活でそういう事もガマンできないだろうからね。そんな事して、変態だと思われる事にも、親父には耐えられないんだ」
黙って聞いていた静子の頬がほんのり紅潮した。
純はつづけて言った。
「それにあいつはロリコンもあるからね。結婚したら君に悪戯するかもしれないよ。しかしあいつは自制心が強いからね。君に苦悩するのが嫌なんだ」
「そうは思えないわ」
久美は訝しがるように眉を寄せて言った。
「人は見かけによらないよ。おやじは女には年齢に関係なく狼のように飢えてるんだよ」
純は一息入れるように、ズズーと紅茶をすすった。
そして話しつづけた。
「それと、もう一つ別の理由があるんだ。おやじは、自分はやさしい母親の愛を受けなかったから小説が書けるんだ。やさしい親の愛を受けたやつには小説は書けない。お前もやさしい母親がいないから小説家になれる可能性がある。ハングリーなやつでないと小説は書けない、って言ってるんだ。まあ確かにそれは当たってる面があると思う」
「それで純君は小説家になりたいの?」
久美が聞いた。
「まあ、そうも考えたりするね。どんな職業も十年一日の同じことの繰り返しだからね。その点、小説家は新しい物を創造する仕事だからね。しかし筆一本で生きていく自信もないからね。おやじの言うように、まず医学部にいって、医師免許をとろうと思っているんだ。僕もおやじと同じように世の中にしゃしゃり出て世の中を変えたいとも思わないし、学者なんてのもまっぴらだしね」
そんな二人の会話を静子は黙って聞いていた。

その後も父子は隣の静子の家に呼ばれて夕食を共にしたが、父親は謹厳な態度を崩そうとしない。どんなに静子が明るく振舞っても。これほど依怙地な性格もめずらしい。肝心な所から情報は洩れているというのに。だが純は無考えに喋っているのではないのである。何とか親父の内気な性格を治してやろうという動機から喋っているのであって、純はとても父親思いの孝行息子なのである。


それから数日後。
純と父親は、久々に静子の家に招かれて夕食を共にした。
「あ、あの」
「はい。何でしょうか」
「私、いびき、なんて何ともないです」
「は?」
父親は何の事だかわけが解らないといったような顔つきになった。
だが静子は一心に話し続けた。
「山本様。差し出がましい事を言うようで申し訳ありませんか、やさしい親の愛を受けた人にも小説は書けると思います」
「は?」
父親は、また小首を傾げた。
「私、山本さんになら鞭打たれても、縛られても何をされても何ともありません」
静子は泣き出した。
「あ、あの。私、マゾなんです。真さんのような優しい人に虐められたいんです」
「な、何のことでしょうか」
父親はこの突拍子もない発言に、たじろいで身を引いた。
「真さん。私でよろしければ結婚していただけないでしょうか」
静子は、とうとう衝撃的な告白の言葉を言った。
その告白は青天の霹靂のように父親の胸に突き刺さった。
父親はショックを受けて真っ青になって箸を落とした。
だが静子は訴えるようにつづけて言った。
「私、真さんをはじめて見た時から、真さんと再婚できたら、どんなに素晴らしいかしら、と思っていたんです」
父親は咄嗟に横に座っている純を見た。純はニコリと笑った。父親は、意を解して真顔になった。そして前にいる静子を見た。
「あ、ありがとうございます。失礼致しました」
父親は謹厳な口調で言った。
しばし父親は眉間に皺を寄せて黙って考え込んだ。
しばしの時間が経った。
食卓はしんと静まり返った。
ようやく父親は重い口を開いた。
「あの。静子さん」
「はい」
静子は即座に答えた。
「今のあなた様の発言は無かったことにしていただけないでしょうか」
「は、はい」
静子は穏やかに答えた。
「ありがとうございます」
父親は落ち着いた口調で言った。
父親は前にいる美しい女性の潤んだ瞳を初めて真顔で直視した。
そしてあらたまった口調で慎ましく言った。
「静子さん。ご迷惑をかけるかもしれませんか、私のようなつまらない男でよろしければ結婚していただけないでしょうか」
「はい。よろこんで」
静子は即座に答えた。
静子の目には涙が光っていた。
「やったな。おやじ」
純は親父の背中をドンと叩いた。
「やったー。これからは純君が私のお兄さんになるのね」
久美は前にいる純を見てニコッと笑った。



平成21年6月23日(火)擱筆

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精神科医物語 (小説)

2020-07-09 12:27:09 | 小説
精神科医物語

 丈太郎は精神科医である。医師国家試験に通った後、ある国立病院で二年研修した。彼が大学の医局に入らなかったのは、いろいろ理由がある。彼は学問好きではあったが、ひとコトで言ってしまえば、彼は文学、芸術に価値を感じていて、学問には、はるかに低い価値しか感じられなかったためである。

 ガリレオ・ガリレイは地動説を唱えたため、宗教裁判にかけられ、地動説を否定することをせまられた。ガリレオはやむなく、「それでも地球は動く」と小声で言って、表面上は地動説を否定した。ガリレオと同時期にジョルダーノ・ブルーノという哲学者がいた。彼は天文学者でもあった。彼もガリレオと同じく地動説を主張した。そのためガリレオと同じく宗教裁判にかけられた。だが、ブルーノは地動説を最後まで否定しなかった。そのためブルーノは火あぶりにされた。どんなに時の権力者が力づくで、ある科学の説を否定しても、科学の真理そのものが変わることはない。時がたち、社会体制が変われば、いずれ科学の真理は認められる時が来るのである。だからガリレオは地動説を表面上、否定できたのである。しかしブルーノにとって地動説は彼の思想であった。科学は万人のものであるが、思想は、かけがえのない個人のものである。思想を否定する事は自分を否定する事になる。そのため、ブルーノは、火あぶりにされる、とわかっていても自分の思想を捨てる事は出来なかったのである。
また、アインシュタインの相対性理論にしても、アインシュタインがいなくても、彼の死後、50年以内に、誰か、別の科学者が相対性理論を発見できた事は間違いない、という事はもう物理学者の間では常識である。
科学でも医学でも、新しい法則や病気を発見すると、それらには第一発見者の名前がつけられる。ビルロート、ブラウン=セカール、バセドウ、ハーバーボッシュ。
しかし、それらは、第一発見者が見つけなくても、時間の問題で、いずれは別の科学者によって発見されるものである。そうなると科学者というものは代替がきくものなのである。一生かけて、何かの素晴らしい発見をして医学書の中に自分の名前を一文字入れる事だけに自分の生涯をかけるなど、丈太郎には、極めて虚しく思われて仕方がなかった。それに比べると、思想や芸術というものは、どんなに稚拙なものであっても、自分以外の人間では、つくり出せない代替のきかない、まさに自分のかけがえのない生きた証なのだ。

 こう書くと芸術にだけ価値があって、科学者を卑しめているようにとらえられかねない。しかし、もちろん、そんな単純な見方は間違いである。真の科学者は、研究する事が面白くて面白くてしかたがない人達である。名誉などは二の次に過ぎない。そもそも時代とともに生活が豊かに、便利になっていくのは、科学者のおかげ以外の何物でもない。そもそも芸術家は人間の生活に必要な物資など何一つ生産しない。農業従事者は世の中にかかせない職業だが、芸術家などいなくても世の中は何も困りはしない。芸術家は、先生、などと呼ばれているが、この明白な事実をいつも肝に銘じておかなくてはならない。だからといって、やたら卑下する必要もない。芸術家はその作品によって、世人を楽しませたり、勇気を与えたりする。要は各人が自分の職業に励んでいるから世の中は成り立っているという事である。

 大学の医局に入る人間は、好むと好まざるとにかかわらず、医学で身を立て、名をなしたいと思っている人間が行くところである。大学の医局とは、教授を頂点とする封建社会である。医学の知識や技術を教えてやるから奴隷になれ、である。もちろん給料など出ない。あと、何年もかけて博士号とやらである。博士号というのは、武道の世界で言うなら、段位のようなものであり、ハクのような面もあり、じっさい実力がある証明書であることもあるが、そうでないこともある。少なくとも臨床の能力とは、あまり関係がない。文学、芸術方面に価値をおいていて、医学に価値を感じられない彼のような人間には、そういうものを汲々と求める必要がなかったのは、当然である。加えて、教授に気に入られなかった人間はヘンピなイナカの病院へ売りとばされ、教授は紹介料として、その病院から謝礼をうけとり、ふところに入れる。文学、芸術に命をかけている彼にとっては、芸術の世界でなら、そういう奴隷的苦難、修業、しがらみ、をもよろこんで忍従するが、関心のない、学問世界に涙を流して奴隷化し、医学の実力とやらを身につける気はさらさらなかった。ただ医学は、経験を有した上級医のコトバによって伝承されていくものであり、技術や理解を向上させるには、上級医や仲間との、コトバによる伝授がどうしても必要なのである。実際、大学の臨床実習では上級医のひとコトは、宝石ほどの価値があった。ひとコトひとコトによって目からウロコがおち、己のゴカイや無知に気づかされ、又、理解が向上するよろこびを、丈太郎は臨床実習で、ひしひしと感じた。医学の修得には独学は困難なのである。不可能とはいえないが、上司や仲間とのコトバによる教授がないと100倍くらいの遠まわり、をすることになる。100読は1聞にしかず、である。
だから医学を身につけたい人間は奴隷制であっても医局に入るのである。しかし、医学に、そもそも価値観を感じていない彼にとっては、奴隷化して実力をつけるよりも、100倍遠まわりをしても、文芸を創作する自由な時間をもつことの方が大切だった。医学に興味をもっていない、などといっても、6年、医学をつめこまされ、国家試験まで通る理解力をもっている人間である。いやがうえでも医学に興味をもてるのは教育の当然の結果である。彼は音楽理論はチンプンカンプンでも、医学はチンプンカンプンではなく、医学書なら読みこなすことが出来るのである。それでともかく、彼は国家試験に通ると、ある国立病院に入って、研修した。国立病院は大学病院とくらべると全然教育体制などなく、実力はつきにくいが、逆にいうなら、大学病院のように実力を身につけなくても、しかられることもない。ので文学創作の時間を持ちたい彼には向いていた。しかし、彼は一分たりとも文学創作に打ち込みたかった。彼には、発作のように、書きたい衝動が起こると、所と場所をわきまえず、筆を走らすのだった。今かける、今しか書けない、と感じた時は、キンム時間であっても、医局の自分の机か、図書室で、3時間も4時間も一人、筆を走らせるのだった。そのため彼は、小説を書いていて病棟に行かないこともあって、医学修得に、やる気がないと、思われたのか、最低の二年の初期研修は、おえたが、レジデントにはなれず、ものの見事にリストラされた。しかし彼は小説を書いていてリストラされたことは、むしろ誇り、とさえ感じていた。文学創作のためなら命をもおしくない、との信念の証明であった。ただ困ったことはリストラされたため、生活の資を失ったことである。彼はリストラを宣告された時、筆で食べていけるか、さすがにあせって今まで書いてきた小説のうち、完成した自信作を、ある出版社に送った。しかし出版社の返事は、自費出版なら可、だが、企画ではダメというものだった。そのため彼は自費出版の費用をためるため、不本意な医学医療で働くことによって生活の資と出版費をためようと、ある小規模病院に再就職した。今は医者の斡旋業者がたくさんいて、これがまた、儲かるのである。丈太郎も、ある斡旋業者に頼んで再就職したのである。130床の精神病院である。CTもなければエコーもない。あるのはレントゲンくらい。医学に価値をおいているほとんどの人なら最新機器もない、最新情報も入らない、このような病院にはきたがらない。しかし彼にとっては医学はどうでもいいことだったので、最新機器、CTスキャンも、エコーも無い、ことは別に何とも思わなかった。むしろ最新機器があれば、最新機器にたよって、それなしには、診断できない医師になりうる可能性もある。教育は不便なるがよし、ではないが、CTを使わなくても症状から診断できる医者の方が能力が上であることはいうまでもない。そういう心理も彼にはあった。おそらく自分のような変わった人間でなくては、このような条件のわるい病院に来てくれる医師はいないのではなかろうか。そのためか、金銭的な待遇は、わりとよかった。入って間もない頃、彼ははやく病院になれようと、入院患者の名前と病気と、その薬を憶えようと夜おそくまで勉強していた。
その日は水曜だった。
夜になると夜勤のドクターが来る。どういう、つてで、この病院を知ったのか、人とあまり話をしない彼にはわからない。だが当直医というのは、たいていどっかの大学病院に勤める医局員で、研修医かそれよりもうちょっと経験年数が上か、それは知らない。が、ともかく大学の知識、技術を学んでいるという身分であり、給料は信じられないほど低く、無給というところさえある。大学病院にいて出世をのぞむ人間にとっては給料がでるようになるには何年もかかる。そこで生活の資は、アルバイトで捻出するというのが医道人の経済である。しかし出世だの技術、知識の修得だの、などにはクソクラエと眼中にない人間は民間の病院に常勤医として就職すればいい。給料だけはしっかりでる。自費出版の金もためられる。今まで彼は、教育熱心でない、国立病院で月曜から金曜まで、勤め、というか、研修し、週一回県のはずれの当直病院で当直のバイトをしていた。何と月曜から金曜、の労働の給料と、週一回、つまり月4回の当直病院のアルバイトの給料は同額なのである。何とバイトの方が割がいいことか。そんなわけで彼は、常勤医になったので、立ち場が逆転してしまった。常勤医になると、さすがに責任感というものもでてくる。
ある夜、彼が夜おそくまで医局で勉強していると当直医が来た。ふつう常勤医は5時で帰り、当直医は6時くらいに来て、顔をあわせることがあまりない。別に気まずい理由というのもないのだが、当直医も自由にくつろぎたい、という気持ちを尊重して、そんな習慣が何となくあるのである。ある日きたのは、名前は苗字だけ、だったから、バイト医なんて、みんな男の研修医だと思っていたのだが、女の人がきた。あとできいたのだが、この病院の当直にくる大学の医局もわりときまっていて、三つか四つある。その中の一つはレベルの高い公立大学だった。実をいうと彼は、地元のこの大学に入りたくて受験したのだが見事に落ち、やむなく、もう一つうけた関西の公立大学に入った。それで彼は関西で医学を学び、大学生活を送った。関西に行ったことのない彼には関西はカルチャーショックだった。第一に女子学生達が駅で関西弁でまくしたてているのにおどろいた。日本では地方では方言がのこっていることは知っていたがテレビによって標準語は普及しているはずだし、関西にいる人間は標準語で話をしているものだと思っていた。まるで異国へきたようなカンジ。しかし第二志望で入っても母校は母校。母校に対する誇りと思いはもっている。それでも関東へ卒業と同時にUターンしたのは、やっぱ関東がこいしくて、関西にはなじめきれへんかったのである。やはり関東の人間が関東をこいしがる気持ちは強く、居残る者も半分くらいはいるが、半分近くはUターンし、卒業と同時に関東のどこかの大学の医局に入るのである。丈太郎もそれと同じだった。ただ彼は大学というヒエラルヒーのある権威の象徴に入らず、研修指定の国立病院に入ったのである。彼が入れなかった地元の公立大学というのは、東大、医科歯科ほどべラボーに偏差値が高くはないが、やはりレベルはやや高く、それもあってか病院も付属の図書館も、きれいで、エレガントで、加えて、学生はみな知的そうで上品である。かえりみてみるに彼の母校の学生はやや下品で頭のわるい人儀礼智忠信孝悌にかけるところの者もいた。それで彼は、この大学出身者にコンプレックスを持っているのである。
ある夜のことである。彼が一人で医局で勉強していると女の当直医が入ってきた。彼は内心びっくりした。彼女は、
「はやく来すぎてしまってすみません。お仕事中のところをおじゃましてしまって」
と言った。いとやんごとなき、めでたき人である。これは、あやまるに価しないことである。むしろ丈太郎が謝るべきなのである。当直医がおそく来すぎることは、あやまってもおかしくはないが、早く来てわるいはずはない。ひきつぎも口頭でできる。丈太郎が勉強している、ところで、テレビをみるわけにもいかず、最も彼女が何をしたがっているのかは、わからないが、たいていは当直病院に来た人は、まずテレビのスイッチを入れる。一度、部屋に入った以上、部屋を出ていくわけにもいかず、彼女はソファーに座ってテーブルに置いてある雑誌を読むともなくパラパラみていた。彼の方が本当は悪いのである。当直医は病院にとって大切な存在なのだから気をきかせて、出会わないよう早めに去るべきなのである。彼女はジーパンをはいていたが、座った姿が少し男っぽくみえる。彼は医局に属せず、独学で医学を100倍の遠まわりして学んだ。わからないことがまだ山ほどある。一方、彼女は大学の医局で、もち前の頭のよさ、のみこみのよさ、に加えて縦と横の豊富なつながりから、どんな事態にも的確な指示をだせる実力ある医者だろう。それなのにさらに大学の医局にのこって医学を深めているのである。彼は彼女のうしろに、みえざる大学の権威をみた。大学の権威の後ろ盾がなく、学会にも入らぬ彼にとって大学の権威の象徴である彼女は内心、タジタジであった。しかし、それとは別にもう一つ想像力過多の彼を悩ましているものがあった。それは彼女のジーパンの下にはかれている肉づきのいい太ももにフィットしているパンティーがどんなのか、ということだった。彼女もセクシーな水着をきて海に行くんだろうか、とか、彼女にはかれて、洗濯され、ほされているパンティーが頭に浮かんできたりする。そんなことばかりに興味が行くから丈太郎の医学の実力はなかなか身につかないのである。彼女が来たからあわてて帰るというのも間がわるく、少ししてから、
「では、よろしくおねがいします」
と言って、あたかも彼女に関心がないような態度で部屋を出て行った。彼女は、
「おつかれさまでした」
とつつましく、挨拶した。
翌日、丈太郎が病院に行くと、つつましい彼女が、寝たベットが気にかかってしかたがなかった。彼は、田山花袋ほど、むさぼりかぐようなことは絶対しなかったが、彼女の香を含んだフトンを前に一人悩み、あんな知的できれいな人が週一回、当直にきてくれると思うとうれしい思いになるのだった。
ここの病院は130床くらいの病院なので、常勤の医者は彼がくる前は院長だけだった。あとは夜勤の当直医と、土日の日当直のバイト医で、やりくりしていた。院長は高齢で、体力的衰えから、一人での診療は少しきつくなっていた。以前、それを補佐するように院長と同じ大学の女医が常勤で勤めていたのである。病院の求人というのは、在籍医局との、しがらみがあるため少し、ややこしい。ほとんど100%大学病院の医局と民間病院の院長に何らかのつながり、があって、たとえば院長が、その医局出身というのであれば、最高のつながり、であるが別の大学の医局に友人がいる、というのでもいい。ともかくコネクションが必要なのである。それで、民間病院の院長が人手がほしいと思ったら、大学の医局にたのむのである。すると最終的には、人事権をもっている教授が、「○○君、ちょっとあそこの病院へ行ってくれないか」というのである。大学の医局もヒエラルヒーある一般の会社と同じようなもんで上司の命令にはさからえない。医者不足で困っている病院としては、医者を派遣してくれる大学教授は、涙、涙、でうれしい、ので教授に紹介料としていくばくかの謝礼をわたす。この額はかなりのものである。しかし、これは派遣される医師にとっては人身売買である。「二年、行ってきてくれないか」と言って、行って二年我慢しても、戻ってこれるか、どうかは、教授の胸三寸である。この病院の院長は関西の大学出身で、近くに、つて、のある大学の医局がない。近くにも大学病院は、あるが、近いからといって、あまり話しをしていない、ご近所さんに、きやすく、ものは頼みにくい。それより遠くても、気軽に頼めて、いざ、という時に頼りになるのは何といっても出身母校である。母校は他人ではなく、もはや身内、我が家みたいなものである。いざ困ったことになって泣きつけるところは母校である。それで院長が出身医局に頼んで、女医が来てくれたというところである。この女医を彼は知らない。だが、この女医は半年くらい前から休んでしまっている。それで人手がなくなってしまって、また院長一人になってしまったので、丈太郎がそのあとがま、として来たということになる。エコーもなければCTもない。やる気をもたねば、どんどん最新知識からはなれてしまう。このような病院にきてくれる人はめったにいないだろう。そもそも彼はババッちいニオイのするオンボロ病院が嫌いではないのだから変わっている。院長室は、別にあり、広い医局室を一人で使える。静かにものを書くにはすごくよい環境である。彼も、かえりみてみるに、はたして常勤で、この病院にきてくれる医者は自分以外にみつかるだろうか、と思ったが、たぶん医学的向上、出世を考えている医者のほとんどは、よほど変わり者でなければ、来ないんじゃないかと思われた。そのためか、待遇がよく、医者をひきつけておこうという意識が感じられる。冷蔵庫には、いつもかかさずジュースをきらさないで入れといてくれるし、クーラーはきいてるし、クッキーはおいてあるし。さらには、何と休職中の女医さんの持ち物が入ったダンボールが医局の部屋の隅に置いてあるのである。その中に何と、パンティーが入ってる。しかもTバックのかなりセクシーなのである。つい彼はそれが気になってしまう。彼女は常勤医だったのだから当直もあり、かえ、の下着をもってくることは、おかしくない。しかし休職中に病院に置いたままにしてある、ということはどういうことか。何となく、医師を病院につなげておくための意図的なものなのでは、という妄想が起こってくる。じっさい、それは彼を病院につなげておくために非常に有効に働いていた。
彼は、いけないと思いつつも、ついフラフラとダンボールの方へ行き、彼女のセクシーなパンティーを前に想像の翼をめぐらし、心地よい快感に心を乗せるのだった。医局には彼しかいないものだから、つい箱の中のパンティーが気になってしかたがない。患者の診療中の時まで、その雑念が入ってくる。診療がおわると彼は耐えきれず、急いで医局室にもどり、パンティーを前に、酩酊にふけるのだった。
ある日、彼がパンティーの前に座して夢うつつな気分でいると、ガチャリと戸が開いて、女の人が入ってきた。彼は、あせってパンティーをかくそうとポケットにつっこもうとした。
「あなた、いったい何をしているの。それ私の下着よ」
と言う。丈太郎は心臓が止まるかと思うほどあせった。おこっているがストレートヘアーのかぐや姫のような、うるわしい、いとやんごとないお方である。
「い、いえ。あ、あの・・・」
彼が困っているところを彼女はつづけざまに言った。
「人がいない時に人の下着をあさるなんて、あなたそれでも医者なの」
彼は答えられない。ぬすみを現行犯でみつかった犯罪者で弁明の余地がない。
「あ、あの岡田玲子先生ですか」
彼がおそるおそる聞くと、
「そうよ。ちょっと体調をくずして休んでいたけど、また来月から勤めることになったの。で、病院に電話したら常勤医が一人きたというから、どんな人かと思って、久しぶりに来てみたら、人の下着を無断であさる人だったなんて・・・」
と言って彼女はおこっている。
「ご、ごめんなさい。ゆるしてください」
と丈太郎はひれふしてあやまった。彼女は、しばし丈太郎を細目で見ていたが、黙って去って行った。
水曜日がきた。水曜日になると彼はうれしくなるのだった。というのは水曜日に、当直に、あのお方が来てくれるからだった。前日、新しいクッキーのつめあわせがさし入れされていた。前のクッキーのつめあわせは、ほとんど彼が食ってなくなってしまった。からだ。彼は土日の日当直に、来る当直医にクッキーを食われてしまうことが何となく腹だたしかった。こうなったら当直者用のクッキーと常勤医用のクッキーをわけておくべきだと思った。彼はセサミストリートのクッキーモンスターではなかったが、精神科の仕事は精神的なストレスがかかるので、ついつかれるとクッキーに走ってしまうのだった。これは性格が未成熟なためにおこる神経性過食症というものなのかもしれない。水曜日には、あの方がこられて、医局のベットにおやすみになってくださると思うと彼はうれしいのだった。土日は男の当直医で、部屋をどっちゃらけにして帰るのだが、女の方はつつましく、何もなかったかのようにモクレンのような残り香をのこし医局をさられるのだった。あのお方が横たえられたフトンの、のこり香をつい彼は、ねて、あの方が寝たフトンにねて、あの方と一時的にでも一体化できるような夢心地になってうれしいのだった。彼は二ヶ月でたべられるところのクッキーのひと缶を一週間でカラにしてしまっていた。そこで新しいクッキーがさしいれされた。翌日、クッキーのカンをあけると、一枚だけへっていた。あの方がお召し上がりになられたのだ。ああ、何とつつましいことか。クッキーはたくさんあるから、10枚でも20枚でも食べていいのに、一枚だけお召し上がりになられるなんて。そのお心に彼は大和なでしこのつつましさに心うたれるのであった。彼は腹は減ってなかったが、クッキーを食べようと思った。クッキーには5種類あった。白系、黒系(コーヒー系 )に、クリームつき、のやら、チョコつきのやらだった。あのお方が召されたのは白系の、中心部にチョコレートがのっているものだった。選び方にもつつましい品行方正なお人柄がにじみでている。彼もそれと同じ種類のクッキーを一枚とってたべた。何か、あのお方と一体化できたような、うれしさがおこるのだった。

が、幸福というものは、おうおうにして、長続きするものではない。人生には必ず別れがくる。しかも予告無しに。
ある木曜日の朝、丈太郎は、上気した気分で病院に行った。
彼は、朝一番に、当直日誌を見るのだった。その日は大凶だった。当直日誌には、こう書かれてあった。
「昨夜は、特に何もありませんでした。医局の人事で、当直は昨日までとなりました。長い間、お世話になりました」
丈太郎は号泣した。何度も読み返した。もう彼女は、この病院に当直に来ないのだ。それは、最愛の恋人を失った男が感じる悲しみの百倍の悲しみだった。数日、虚無の日々がつづいた。しかし、丈太郎は、子供の頃から苦難の人生を送ってきて、逆境には強かった。彼は悲哀を忘れようと本腰を入れて、精神保健指定医の勉強を始めた。精神保健指定医というのは国によって認定された精神科医の資格である。これは精神科を選んだ医師は必ず取らなくてはならない資格である。医学の世界では、各科ごとに、色々な専門医の資格がある。内科ならば、内科専門医というように。眼科ならば眼科専門医というように。しかしこれらは、学会がつくった資格であって、国が認めた国家資格ではない。しかし、たいていの専門医の資格は、それぞれの学会が、かなり厳しいテストをつくっていて、やはり、それなりの経験と実力がなければ、取れるものではない。そのため、専門医の資格を持っている医者はそれなりの実力があると見てさしつかえない。
しかし精神科の専門医はちょっと他科と違うのである。精神科の専門医は、精神保健指定医といって、国が決める国家資格なのである。これは、当然といえば当然である。精神科医は、あばれる患者や、自殺の可能性のある患者を個室に隔離したり、拘束したりしなくてはならない。治療の必要があれば、入院をいやがる患者を入院させたり、退院を求めても許可しない権限があるのである。つまり、患者の人権を制限する権限を持っているのである。他人の人権を制限できるのは、警察官と精神科医くらいである。このような、たいへんな権限を持つ資格なので、それは学会のレベルではなく、国が決める国家資格なのである。年に二度、夏と冬に行われる。これはペーパーテストではなく、8症例の患者のレポートを厚生省に提出して、合否が決められるのである。このレポートは、いわゆる医学の研究目的のためのレポートとは違い、精神保健福祉法を理解しているかどうかの、レポートで、医学のレポートというより、法律の条文を重視したレポートである。この審査はけっこう厳しく、落ちる人も多い。しかし精神科を選んだ以上、この審査には、どうしても通らなくてはならないのである。精神科医のほとんどは精神保健指定医の資格を持っている。もちろん、精神保健指定医の資格を持っていない精神科医もいる。しかし、精神保健指定医の資格を持っていない精神科医は、精神科において、人間以下と言われるほど、みじめな立場なのである。精神科医である以上、精神保健指定医の資格は持っていて当然の資格なのである。
なので、丈太郎も指定医の資格を取ろうと、精神保健福祉法の勉強に取り組んだ。

元のように単調な状態にもどった。医局と病棟は離れていて何か用があると、ナースコールがして、病棟に行くのである。ここの病院は、どう見ても赤字経営である事は間違いなかった。そもそも民間の精神病院は赤字経営の所の方が多いのである。そのため、病院は何とか収益を上げようと色々な手を打つ。ボロ病院のわりには、結構、高齢の患者が外来で来るのである。それは、病気の治療というより、孤独な老人が話し相手を求めて来るのである。院長は、そこらへんの、あしらいが上手く、患者を、よもやま話で、病院にひきつけておくのが上手いのである。
受け付けの事務の女性もピンクの事務服である。色っぽい。丈太郎は、初めて彼女らを見た時、思わず、うっ、と声を洩らしてしまった。しかし、患者を集めるには、彼女らの、色っぽい服は、たいして効果は無いだろう。しかし、彼を病院につなぎとめておくには、確実に効果があった。しかし、丈太郎はウブで純粋で、奥手で、スレッカラされていないので、女と話をすることが出来ないのである。
ある日の昼休み、事務の女性が、いつものようにクッキーの缶を持って医局にやってきた。
彼女は、クッキーの缶を冷蔵庫の上に置いた。
「先生。来週から、体調をくずして休職していた岡田玲子先生が復職することになりました。よろしくお願い致します」
そう言って彼女は去って行った。
丈太郎はドキンとした。当直の女医の事ばかり懸想していたので、彼女の事は忘れていたのである。丈太郎はあせった。彼女には弱みがある。彼女のパンティーを手にしている所をもろに見られてしまっているのである。これから、ここで彼女と二人きりで、過ごさなければならないのである。彼女は何と言うだろう。丈太郎は意味もなくグルグル医局の中を歩き回った。

その週末の休日、丈太郎は何と言って弁解しようかと、頭を絞った。そして、ある苦しい、一つのいいのがれを思いついた。

月曜になった。病院についた彼は緊張して、医局のドアを開けた。いつものように、日曜の当直医が、部屋をどっちゃらけにして帰っていったので、彼は丁寧に部屋をかたづけた。病棟に行って、一回りした。ナース詰め所で、隔離患者の患者の状態をカルテに記載し、定時処方の薬の処方箋を書いた。そしてまた、医局にもどってきた。
昼近くになった。ガチャリとドアが開いた。岡田玲子先生である。彼女はチラリと丈太郎を見た。丈太郎はこちこちに緊張して直立して深々と頭を下げて挨拶した。
「岡田玲子先生。はじめまして。山本丈太郎と申します。これから、よろしくお願い致します」
彼女は、黙ったまま、ロッカーから白衣を出して着て、デスクについた。彼と向かい合わせである。彼女の胸には精神保健指定医の金バッジが燦然と輝いている。指定医なのだ。
彼女が黙っているので、彼は小さな声で言った。
「あ、あの。よろしく」
「よろしく。変態さん」
彼は真っ青になった。彼女は上を向いて独り言のように呟いた。
「あーあ。ついてないなあ。これから変態と二人きりなんて。恐くてしょうがないわ」
彼は、急いで彼女の発言を打ち消すように力を込めて言った。
「ち、違います。僕は変態なんかではありません」
「なんで。だって女の下着をあさって、履くじゃない」
「ち、ちがいます」
「どう違うの」
彼はゴクリと唾を飲んだ。そして、昨日、考え抜いた事を堂々とした口調で言った。
「か、患者の半分は女です。ぼ、僕は女の患者の心理を理解するためには、男の視点からではなく、女の視点から理解しなくては本当に女の心を理解する事ができない、と思ったからなんです。あくまで人間の心理の理解の一環だったんです」
「へー。学術熱心なのね。そんな高邁な理由だとは知らなかったわ」
丈太郎はほっとした。
「それなら私もあなたの研究に協力してあげるわ」
彼女はコンパクトを取り出すと、彼など見ずに、ルージュの口紅をつけた。
「あなたに女の心理というものを教えてあげるわ」
「わ、わかってくれたんですね。ありがとう」
彼は最大の難関を無事に通過できた事に感激して随喜の涙を流した。
その時、ナースコールがした。
「あなた、行ってきなさい。私、ちょっと疲れてるから休むわ」
そう言って玲子はベッドに横になった。
「はい」
彼は、元気に返事して病棟へ向かった。
そんな風にして二人の病院勤めが、はじまった。

ある日の昼食後、丈太郎は彼女にお茶を入れて出した。お茶を入れる事は、彼の役目だった。その他、全て、雑用は彼の仕事になった。精神科では、指定医の権限は絶大なのである。丈太郎も何としても、指定医になろうと思っていた。指定医を取るためのレポートには、指定医のサインが必要なのである。院長も指定医だが高齢で腎臓が悪く休みの日が多い。どんなに立派なレポートを書いても、指定医のサインがなければ、厚生省に提出することは出来ない。そのため、丈太郎は指定医になるためには玲子にゴマをするしかないのだ。
玲子は、彼の出したお茶を飲みながら、目の前のヤカンをじっと見ていた。
「ねえ、このヤカンかわいいと思わない」
「えっ。このヤカンが、ですか」
丈太郎はどうしても、わからなかった。ただのヤカンである。かわいさなんて、あるのだろうか。
「わ、わかりません。ぬいぐるみとかペットとかなら、わかりますが。ヤカンに、可愛さなんてあるんですか」
「もちろんよ」
「どこがかわいいんですか」
「全体の感じがよ」
彼は首をかしげた。
「あなた、女の心が全然わかってないわね。女は世の中の全てのものを、可愛いか、可愛くないか、という視点でみているものなのよ」
「はー。そうですか」
丈太郎は、なるほど、そんなもんかと思った。
「僕なんか、全然かわいくないですよね」
丈太郎は憐れみを求めるような弱気な口調でボソッと言った。
「そんなことないわ。あんた、けっこう、可愛いわよ」
「心にも無い、お世辞は言ってくれなくてもいいです」
丈太郎は決然とした口調で言った。
「お世辞じゃないわよ」
「どうしてですか。僕は今まで、ずっと、顔をけなされてきました。鏡を見ても、自分でも不細工だなーと思っています。これはもう、客観的に証明された事実なんです」
玲子はやれやれといった顔をしている。
「あなた、全然、女の心が解ってないわね。あなたは男の視点で女の心を考えているわ」
「どうしてです」
丈太郎は食い下がった。
「女は美の主体よ。特に私のような美しい女はね。自分が美を持っているんだから、女は外見の美しい物をムキになって求める気持ちはあまりおこらないの。女にとっては外見の美というものが、可愛さの判断基準じゃないの。その人の性格とか、ちょっとした仕草の中に可愛さを見出した時に、可愛いって思うものなのよ」
「なあるほど」
丈太郎は感心した。また、女が顔より性格に価値を置くのなら、自分もひょっとすると女と関わりを持てるかもしれない、と一縷の望みが起こって、嬉しくなった。

ある日の昼食後。その日は、デザートに苺のショートケーキがついていた。玲子は、それをムシャムシャ食べた。その姿は、ちょうど減量中の力石徹が白木邸で一個のリンゴをむしゃぶりつく姿に似ていた。食べた後、玲子は腹をポンと叩いて言った。
「あーあ。ケーキ食べちゃった」
「おいしくなかったんですか」
「違うわよ」
「じゃあ、なんで後悔じみたことを言うんです」
「あなた、わからない」
「え、ええ」
「本当にわからないの」
「え、ええ。どうしてですか」
玲子のケーキ皿が飛んできた。
「このバカ。トウヘンボク。太りたくないからに決まっているでしょ」
「じゃ、食べなきゃいいじゃないですか」
玲子のフォークが飛んできた。
「あなた、何て無神経な人なの。女はね、人一倍、食いしん坊なのよ。特に甘いものには目がないのよ。食べたい。けど太りたくない。女はいつも、この悩みに苦しみ、もがいているのよ。女はいつもプロボクサーなみの減量地獄と戦って生きているのよ。あなた、そんな事も知らなかったの」
玲子はつづけて言った。
「あなた。それでも精神科医。今まで神経性食思不振症の患者に何て言ってきたの」
「は、はあ。あんまり気にしないようにと・・・」
玲子のナイフが飛んできた。
「このバカ。ウスラトンカチ。それが精神科医のするアドバイス」
玲子は立ち上がって、鬼面人を驚かす形相で丈太郎の前に仁王立ちした。
「今の発言は許せないわ。あなたは、食べる事に対する女の涙ぐましい、けな気な気持ちを踏みにじったのよ。さあ、立ちなさい」
「立ってどうするのですか」
「つべこべ言わず立つのよ」
丈太郎は恐る恐る立ち上がった。玲子は乗馬ムチを握りしめている。
「さあ。手を壁につけて尻を突き出しなさい」
丈太郎は言われるまま、恐る恐る玲子に言われたように壁に手をつけて尻を突き出した。
「さあ。歯を食いしばりなさい」
丈太郎は歯を食いしばった。玲子はムチを振り上げて構えている。
「これは私、個人の怒りじゃないわ。日本の全女性の怒りの代弁よ」
玲子はムチを振り下ろした。
ビシー。
ビシー。
ビシー。
「ああー。痛―い。ゆ、許して下さい。玲子様」
丈太郎は泣き叫んだ。が、玲子は鞭打ちを止めない。百発くらい叩いた。
「ふー。つかれちゃった。でも、まだ、物足りないわ」
玲子は拷問用の算盤板の上に丈太郎を座らせた。そして20キロの御影石を二枚、膝の上に載せた。
「ああー」
向こう脛が算盤板の突端にゴリッと食いいった。
「い、痛―い」
玲子は、丈太郎の苦しみなど、どこ吹く風と石の上に、
「よっこらしょ」
と腰掛けた。
「ぎゃー」
丈太郎のけたたましい悲鳴が部屋に鳴り響いた。が、玲子は薄ら笑いで、尻をゆすった。
「ふふ。痛いでしょ。でもこれは愛の仕置きなのよ。あなたのような鈍感男は、こうして痛い思いをしない限り自覚できないわ。これからはどんどんスパルタ教育でいくからね」
玲子は笑いながら尻をゆすった。
「れ、玲子様。ゆ、許して下さい」
丈太郎は涙を流しながら訴えた。が、玲子は聞く耳を持たない。
「どう。痛いでしょ」
「は、はい。死にたいほど」
「オーバーね。女の生理の時の痛さは、こんなものの比じゃないわよ。この痛みの百倍の痛みなのよ。女の生理の辛さがわかった」
「は、はい。とくと」
玲子は余裕綽々でおもむろにタバコを一服して、吸いかけの火のついたタバコを悲鳴を上げている丈太郎の口の中に放り込んだ。
「ぎゃー」
丈太郎の悲鳴が上がる。もはや脚の感覚も頭の意識も麻痺して、丈太郎は死人のように、グッタリ項垂れた。玲子は、「あーあ」と大あくびをして、遊び疲れた子供のように立ち上がって席に戻った。丈太郎はノックアウトされたボクサーのようにグッタリと床に倒れ伏した。

ある日の事。
昼食後、丈太郎はレポートを書こうと思って、書棚から、精神保健福祉法の分厚い本を持ってきて、読み出した。
「あなた。何をしてるの」
「はい。レポートを書くため精神保健福祉法の勉強をするんです」
すると玲子が物差しでピシャンと丈太郎の手を叩いた。
「な、何をするんです」
「だめよ。そんな真面目に勉強なんかしちゃ」
この言葉の意味はどうしてもわからなかった。丈太郎は怒鳴るような大きな声で聞いた。
「ど、どうしてです」
「あなた、女の心理が知りたいんでしょ」
「・・・え、ええ」
「だったら、そんな真面目に勉強なんかしちゃだめよ」
「ど、どうしてです」
丈太郎はわけがわからず、また大きな声で聞いた。
「あなた、通るレポートを書きたいんでしょ」
「え、ええ。そうです。だから勉強するんです」
「だったら、そんな真面目に勉強なんかしちゃだめよ」
「ど、どうしてです。あなたの言ってる事は目茶苦茶な事のように思えます。あなただって、しっかりしたレポートを書いたから指定医の審査に通ったんでしょう」
「そうよ」
玲子はあっさり言った。
「じゃあ、なんで勉強しちゃいけないんですか」
丈太郎は大声で言った。
「あなた、指定医の審査に通りたいんでしょ」
「ええ。そうです。だから勉強するんです」
「だったら、そんな真面目に勉強なんかしちゃだめよ」
「なぜです。わけがわかりません。その理由をちゃんと説明してください」
丈太郎は強気の口調で言った。が、玲子は、やれやれ、といった顔をしている。
「カンが鈍るからよ」
「えっ」
丈太郎は耳に手を当てた。
「女はね、世の中の全ての事をカンでこなしているのよ。真面目に勉強なんかしちゃカンが鈍っちゃうわ」
「うぐっ」
丈太郎は反論できなかった。玲子はちゃんとレポートを書いて指定医の審査に通っているのである。確かに大学時代も女はやたらカンがよかった。真面目に勉強しなくてもカンがいいのか、丈太郎が一生懸命、勉強しても、なかなか通らない難しい試験も女は一回で通る事がよくあったのである。丈太郎はさびしそうな表情で玲子に言われた通り本を閉じた。もう大好きな勉強も出来なくなるのかと思うと丈太郎は泣きだしたくなる思いだった。
丈太郎はしかたなく本を書棚にもどし、かわりに机の上の新聞を手にした。
「××内閣。支持率90パーセントか。しかし靖国神社強行参拝なんかしたら、中国の反感を買うぞ」
彼はボソッと呟いた。
すると彼女は新聞を取り上げた。そして代わりに女性週刊誌をポンと投げ与えた。
「な、なにをするんですか」
「女は新聞なんか読まないものなのよ。女は政治や経済なんて全く関心を持っていないのよ」
「女はあくまで、女性週刊誌しか、読まないの」
「あなた、芸能人の○○と××は、離婚するかどうか、わかる」
「だ、誰ですか。その○○と××という人は」
「あなた、○○と××も知らないの。そんなの女にとって常識よ」
「じゃあ、△△が、所属事務所をやめて、独立したがってるって事は」
「し、知りません」
「あなた、何にも知らないのね。女は芸能人の動向やスキャンダルを血眼になって気にしているものなのよ。一週間後に、質問を出すからね。ちゃんと答えられるように勉強しておきなさい」

その翌日。玲子は朝から機嫌が悪かった。
「あー。むかつく。むかつく」
「何がむかつくんですか」
丈太郎はおそるおそる聞いた。
「生理よ。女は生理が近づくと、むかついてくるものなのよ。知ってる」
「し、知ってますよ。それくらい。月経前緊張ですよね。学生時代、産婦人科学で習いましたから」
「それは頭だけの知識よ。実際の辛さは、どんなものだか経験しなければ、わからないわ」
「ど、どんな痛さなんですか」
「それはもう想像を絶する痛みよ。生き地獄と言ってもいいくらいなものよ。女は顔では笑っているけど、心の中ではこの生き地獄に黙って耐えているのよ。あなたも生理前の苦しみをあじわってみる」
「い、いえ。いいです」
丈太郎は断わった。どうせ玲子のこと。何かひどい事をするに決まっている。
「あっ。痛い」
玲子は腹を押さえて椅子から落ちて、断末魔の人間のように、海老のように縮こまりながら、震える手を虚空に差し延べている。
「あなた、なにボケッとしているのよ。人が生き地獄に苦しんでいるというのに」
「救急車呼びましょうか」
「ばか。あなたは医者でしょ」
「ど、どうすればいいのですか」
「ベッドに運んで」
丈太郎は玲子をベッドに運んだ。
「なに、ボケッとしているのよ。助けようって気持ちはないの。女はデリカシーの無い男が大嫌いなのよ」
「鎮痛薬だしましょうか」
「そんなのとっくに飲んでるわ」
「じゃあ、どうすればいいんですか」
「物まねをしなさい。女は、お笑い、が好きなのよ」
丈太郎は顎を突き出してアントニオ猪木の物まねをした。すぐに玲子のスリッパが飛んできた。
「面白くないわ。よけい生理痛がひどくなったわ」
「ど、どうすればいいのですか」
「ストリップショーしなさい。それなら、きっと痛みも少しは軽減すると思うわ」
「そ、そんな事だけは許して下さい。は、恥ずかしいです」
彼がモジモジしていると、玲子は、つづけて言った。
「あなた男でしょ。私なんか、医局旅行の時、教授をはじめスケベな医局員みんなが、脱げ、脱げ、と言うもんだから、男達の目を楽しませるために、やむなく皆の前で、裸になったのよ。スケベな男の視線に耐えながら。女はつつましいから男に何か要求されると嫌とは言えないものなのよ」
丈太郎は、その光景を想像して、思わず下腹部があつくなった。
が、丈太郎は、本当かな、と眉間に皺を寄せた。
「なによ。その目は。女は疑い深い男が嫌いなのよ。女は正直者なのよ」
「ほれ。お盆」
そう言って玲子は盆をとって、丈太郎の方へ転がした。
玲子の命令に逆らっては指定医のレポートにサインしてもらえない。これも、指定医をとるための煉獄なのだ、と思って、丈太郎は服を脱ぎだした。ワイシャツを脱ぎ、ズボンを脱ぎ、Tシャツも脱いだ。丈太郎はパンツ一枚になった。丈太郎がモジモジしていると玲子は、
「はやく、それも脱ぎなさい」
と促した。丈太郎は、急いでパンツを脱いで、そこを盆で隠した。丈太郎は丸裸になって盆で、そこを隠しているという、みじめ極まりない格好である。玲子はみじめな丈太郎の姿を見てクスクス笑った。
「ボサッと立っているだけじゃ面白くないわ。歌でも歌いなさい」
玲子に言われて、丈太郎は浜崎あゆみの「SEASONS」を熱唱した。
「ほら。もっと腰をくねらせなさい」
玲子に言われて、丈太郎は腰をくねらせて歌った。
玲子はクスクス笑っている。
「じゃあ、今度は床に寝て、喘ぎなさい」
言われて丈太郎は床に寝て、盆でそこを隠しながら、胸を揉んで喘ぎ声を出した。丈太郎は何だか自分が本当に女になったような気がしてきた。
玲子はクスクス笑いながら、
「うまいじゃない。生理痛が、少しは軽減されたわ。もういいわ。服を着なさい。そこまでやった努力に免じて指定医のレポートには、サインしてあげるわ」
「本当ですね。本当にレポートにサインしてくれますね」
丈太郎は泣きながら訴えた。
「ええ。ちゃんと、レポートも指導してあげるし、サインもしてあげるわ。女は約束した事は、ちゃんと守るのよ」
丈太郎は後ろを向いてコソコソとパンツを履き、服を着た。
その時、病棟からのナースコールが来たので、丈太郎は、急いで医局を出て、病棟へ向かった。

その日、勤務がおわった後、丈太郎と玲子は横浜のロイヤルホテルへ行った。製薬会社の主催する新薬の説明会のためである。薬は、その値段を国が決めていて、それを公定薬価という。薬の値段は全国一律なのである。しかし、薬の値段から、製薬会社が薬をつくる費用を引いた金額、つまり製薬会社の利益はかなり、あるのである。そのため、製薬会社は病院に安い値段で販売契約をとろうとやっきになる。できるだけ安い値段で売っても、その値段から薬をつくる純費用を引いた金額、つまり製薬会社の利益は、十分出るため、製薬会社は何としても病院と契約をとりたがる。そして病院は安い値段で製薬会社から薬を仕入れる。そして、患者には公定薬価で処方するから、その金額の差が病院の利益となる。それが、薬価差益である。
そのため、製薬会社のMR(製薬会社のセールスマンみたいなもの)は、足しげく病院にくる。そして自社の薬の宣伝を腰を低くして、医者にするのである。ホテルで薬の説明会などもしょっちゅうするのである。外国から呼んだ高名な医者の講演をしたり、スライドを使って、自社の薬が、他社の薬より優れている客観的な統計を示したりする。その後は会食会があって、ホテルのゴージャスな料理が食べ放題なのである。
彼はどこの大学の医局にも、学会にも入っていないため、この講演会は、とても勉強になるので、よく出ていた。
勉強嫌いな玲子が、めずらしく、今日はこの会に出る、と言ったので、丈太郎と一緒に横浜に行ったのである。もちろん丈太郎は勉強のためだったが、食い意地のはった玲子は、説明会の後の料理のためである事は間違いない。
説明会は8時からなので、二時間待たねばならなかった。
玲子は高島屋へ入っていった。
丈太郎は、こういう高級店に入った事が無いので、タジタジとして玲子のあとについて行った。シャネルだの、エルメスだの、ルイ・ヴィトンだの、丈太郎には、さっぱり分からない。やたら高級そうである。
「あなた。シャネルとエルメスの違いがわかる」
「い、いえ。全然わかりません」
玲子は、やれやれ、といった顔つきである。
「あなた。女では、そんな事、常識よ」
丈太郎が黙っていると玲子はつづけて言った。
「あなた。女はブランドにこだわるのよ。ブランドものを買う時こそ、女の微妙なデリケートな心理が、最高超に達するのよ。あなたにブランドものを買う時の女のデリケートな心理を教えてあげるわ」
そう言って、玲子はルイ・ヴィトンと書かれた店に入って行った。玲子はさかんに店の中を回って、商品を物色している。丈太郎もあとをついて回った。
運動靴が、テーブルの上に厳かに置かれている。
値札を見て丈太郎はびっくりした。我が目を疑った。8万と書いてある。
「な、なんだ。こ、この値段は。どう見ても単なる運動靴が8万円。こんなの靴屋で三千円で買えるぞ」
さらに行くとゴムサンダルがあった。
丈太郎は値札を見て仰天した。5万と書いてある。
「な、なんだ。こ、これは。たんなるゴムサンダルじゃないか。これが5万円だと。こんなのはスーパーでは千円で買えるぞ」
玲子は、そして小さな赤いバッグの前で立ち止まった。値札に8万と書いてある。どう見ても五千円で買える代物である。
同じバッグで色の違う、二つをさかんに玲子は見比べている。
「レッドとフューチャーピンクと、どっちがいいかしら。迷うわー。ねえ、あんた、どっちがいいと思う」
「れ、玲子先生になら、どちらでもお似合いだと思います」
玲子は、10分近く迷っていたが、
「よし。決めた」
と言って、レッドの方を手にした。そして、それを丈太郎に渡した。
「さあ。レジに行って買ってらっしゃい」
丈太郎は、レジに行って財布から8万だして、バッグを受け取った。
そして、すぐに玲子の元に戻ってきた。
玲子はサッとそれを丈太郎から奪いとった。
「どう。ブランドものを買うデリケートな心理がわかったでしょう」
そう言って玲子は、クルリと踵を返して店を出た。丈太郎は一抹の不安を感じ出して、後ろから小声で玲子に声をかけた。
「あ、あの。お金・・・」
玲子はピタリと足を止めて、クルリと振り返ってキッと丈太郎をにらみつけた。
「あなた。女に支払わせようというの」
そう言って玲子はスタスタ歩いていった。
丈太郎は見栄も外聞もなく、子供のように泣き出したくなった。
玲子は、今度はランジェリーショップの前で立ち止まった。
「さあ。ブラジャーを買ってきなさい」
「な、なんでそんな事をしなくてはならないんですか」
「あなた、女の心理を理解したいんでしょ。下着を選ぶ時こそ、女の奥の深い微妙な心理が理解できるのよ」
「で、でも・・・」
「でも、も、へちまもないわ。ブラは試着して買うものなのよ。ちゃんと店員にサイズを測ってもらって買いなさい。パンティーも買うのよ」
丈太郎は真っ赤になって、ランジェリーショップに入った。ブラジャーの前で、モジモジしていると、女の店員がやってきた。ニコニコ笑いながら、
「彼女へのプレゼントですか。サイズはいくつですか」
「い、いえ。あ、あの。そ、その。サ、サイズをは、測って下さい」
途端に店員の顔が引きつった。
店員はメジャーを取り出すと、手を震わせながら丈太郎の脇を通してサイズを測った。
「あ、あの。お客様。トップが88で、アンダーが87ですので、サイズはAAAです。あ、あの、パッドをご使用になりますか」
丈太郎は真っ赤になって肯いた。
店員は、だんだん面白くなってきたらしく、ホクホクして丈太郎を試着ボックスに連れて行った。
上半身裸になった丈太郎に店員は、ストラップを手に通し肩にかけ、ベルトを後ろに回して、ホックをはめ、カップにパッドを入れて、アジャスターを調節した。
「お似合いですわよ」
と言って店員はクスクス笑った。
丈太郎は、
「か、買います」
と言って、急いでブラジャーを外してもらった。丈太郎は急いで服を着て試着室を出た。そして、そろいのパンティーも一枚、とって、レジで金を払い、急いで店を出た。
「どう。下着を買う女の微妙な心理がわかったでしょ」
丈太郎は真っ赤になって、急いで下着をカバンに入れた。
時計を見ると7時50分だった。
二人はデパートをでて、ロイヤルホテルに向かった。
ちょうど、薬の説明会が始まったところだった。
丈太郎は、目を輝かせて一心に講演を聞いたが、玲子は、ちょうど小学生が嫌いな授業を嫌々聞いているような様子だった。
講演は一時間でおわった。
その後の会食での玲子の食べっぷりは、凄まじいものだった。
そして、食べたあと、
「あーあ。食べちゃった」
と、後悔じみた口調で言った。
二人は、帰途に着いた。帰りの電車は、仕事帰りのサラリーマンでいっぱいだった。
やっと駅について、吐き出されるように降りた。
「あしたは、ちゃんと今日買った下着を履いてくるか、持ってくるのよ」
「は、はい」
そう言って、二人はわかれた。

翌日、丈太郎は玲子に言われたように、買った下着を持って出かけた。
その日、玲子は昼食を食べずに、蒟蒻ゼリーを一つだけ食べた。
丈太郎が食べるのを、羨ましそうに眺めながら、
「あーあ。お腹へっちゃったなー」
と呟いた。丈太郎が、
「どうして食べないのですか」
と聞くと、玲子は、
「女は少し食べ過ぎた日の翌日は蒟蒻だけで我慢するものなのよ」
と言った。
食事がおわって二時間くらいすると玲子の腹がグーと鳴った。玲子は空腹の不機嫌のためか、玲子は丈太郎を顎でしゃくって呼び寄せた。
「さあ、椅子になりなさい」
「な、なぜです」
「女はしとやかなのよ。男に命令されると、イヤとはいえないものなのよ」
丈太郎は、しぶしぶ玲子の前で四つん這いになった。玲子は、
「どっこいしょ」
と言って、丈太郎の背中に腰掛けた。
その時、焼き芋屋のマイクが聞こえた。
「やーきいもー。いーしやーきいもー。おいしい、おいしい、おいもだよ」
玲子は彼の尻をピシャリと叩いた。
「あ、焼きイモ屋だ。買ってきなさい」
「女は焼きイモが大好物なのよ」
丈太郎は、急いで、焼き芋を買ってきた。
「ほれ。また椅子になりなさい」
言われて丈太郎は再び、彼女の前で四つん這いになった。
玲子は、丈太郎の背中にドッカと尻を乗せて、焼きイモをホクホクいわせながら食べた。
「あー。食った。食った。ゲップ」
「ぶっ」
「あーあ。おならしちゃった」
「そ、それがしとやかな態度なのですか」
丈太郎は背中の上の玲子に問い糾すように言った。
「わかってないわね。女は一人でいる時には、かなりくだけるものなのよ」
そう言って玲子は丈太郎の背中から降りて椅子に胡坐をかいて座った。
「あなたは女を理想化し過ぎて見ているわ。女の心理が根本的に理解できていないわ」
「さあ。昨日、買ったセクシーなパンティーとブラを身につけて、鏡の前で悶えなさい」
「な、なぜ、そんな事をしなくてはならないんですか」
「わかってないわね。女はあなたが思っている以上に淫乱になりたくなくなる時があるのよ。特に下着を買った時にはね。鏡の前で自分の下着姿を見てナルシズムに浸って、激しく悶えるものなのよ」
丈太郎はコソコソと服を脱ぎ、パンティーとブラジャーを履いて鏡の前に立った。
「さあ、激しく悶えなさい」
そう言われても丈太郎は顔を真っ赤にしてモジモジしている。
「だめよ。そんな、突っ立っているだけじゃ。そっと胸とパンティーに手を当てて、ゆっくり揉むのよ」
丈太郎は、言われたように胸とパンティーに手を当てて、ゆっくり揉みだした。
「そう。だんだん感じてきたでしょ。もっと口を半開きにして、切ない声で喘ぐのよ」
「ああっ」
丈太郎はだんだん興奮してきた。
「そう。いいわよ。そのまま、もどかしそうにブラジャーとパンティーを脱いでいくのよ」
丈太郎の頭はもう混乱していた。本当に自分が女になっていくような気がしてきた。
「さあ、ブラジャーをとって、胸を揉むのよ」
丈太郎はブラジャーとパンティーを脱いで、片手で恥部を隠し、片手で、ゆっくり胸を揉みだした。
「ああっ。いいっ」
「さあ。私を男だと思いなさい。女はいつもは貞淑だけど、いったん、性欲が燃え出すと、徹底的に男に征服されたいと思うのよ。その極地は死よ。女はみな、性欲においては多かれ少なかれマゾヒストなのよ」
「は、はい」
「さあ、床に寝なさい」
玲子は丸裸で床に寝た丈太郎の顔をヒールでグイと踏みつけた。丈太郎の顔が歪んだ。
「ああっ。いいっ」
「ふふっ」
「ああっ。玲子様。好きです」
「ふふ。とうとう本心を吐いたわね」
「本当は女の心理の研究なんかじゃないでしょ。あなたは変態なマゾ男なだけでしょ」
「は、はい。そうです」
「こうやって女にいじめられる事がうれしいんでしょ」
「は、はい。そうです」
「いいわ。たっぷりいじめてあげるわ」
「さあ。犬のように四つん這いになりなさい」
言われて丈太郎は四つん這いになった。
「さあ。舌を出してヒールを丁寧に舐めなさい」
「はい」
丈太郎は四つん這いで、犬のようにペロペロと玲子のヒールを舐めた。
「ふふ」
玲子はヒールでグイと丈太郎の顔を踏みつけ、体重をかけてグリグリと揺さぶった。
「ああっ。幸せです。玲子様」
玲子は足をどけた。丈太郎は思わず彼女の太腿にしがみついた。
「ああっ。玲子様。好きです」
「ふふ」
彼女は白衣を脱いだ。白衣の下はTバックのパンティーとブラジャーだけだった。玲子はその姿のまま、ベッドにうつ伏せになった。
「さあ。奴隷君。体に触れさせてあげるわ。全身をマッサージしなさい」
「はい」
丈太郎は一心にマッサージした。
「玲子様。足を舐めていいですか」
「ふふ。いいわよ。しっかり丁寧に舐めるのよ」
「はい」
「ああっ。幸せです。玲子様」
この日から丈太郎は彼女の奴隷になって、彼女に身も心もつくすようになった。玲子も丈太郎を奴隷として好いている。二人はソフトなSとMの関係を持ったまま、それなりに楽しくこの精神病院で働いている。

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医者の心 (小説)

2020-07-09 10:43:51 | 小説
医者の心

 ある冬の日のことだった。その患者にはニ、三回問診をしたことがあり、というより私は病棟の患者は全員、ノートに気をつけるべきチェックはしており、話してない患者というのはいなかった。あるNs(その患者の担当なのだろう)が、その患者がころんで、額をぶつけて、腫れているので、湿布顔にすると目にしみませんか…と聞くのでみにいった。患者が危篤状態になると記録室に一番近い部屋に移されるのだが、その患者は七八才の老人で数日前から、一番近い部屋にうつっていた。私はその患者が一週間前から右歩行失調で、右片マヒぎみだった、ことを知らなかった。精神科の医者も診断という点では内科医であり、いつもは幻聴と体調をきいてるが、内科の勉強は、いわば釣り糸をたれて、魚がかかるのを待っている釣り人なのだが、湿布がうんぬん、どころではない。数日前から右片マヒぎみで、車椅子…と聞かされた。ベッドの上で手をふるわせて、口をアワアワふるわせている。数日前から尿失禁もあるという。脳梗塞が疑われるので、数日前にCTをとったが患者が動いてしまうため、いいCTがとれなかった。担当のNsは、この患者の名前は××で、会話はどの程度…などと説明しだした。こっちが患者のことを全く知らないと思ってる。私は内心、言った。
「バカヤロー湿布うんぬんの問題じゃねえよ」
そのNsはこぎれいなウサギのような顔で、少々うぬぼれが強く、アクドイ性格ではないが、軟膏処置したり、入浴などを介護して患者の笑顔をみて、自分が処置してあげると患者はよろこぶんだ、という程度の認識しかなく、医者も男であり、老人になど興味はもっておらず、自分に気があるんじゃ…との程度でしか私をみていなかった。自分が患者から離れたら、私も患者から離れるだろうと思っていたのであろう。ちがう。この機会こそが、待っていたものなのである。魚がひっかかったのである。私の中で医者の思考が動きだした。いわずもがな、今の病態の診断である。
 医者の頭脳が動きだした。その思考をコトバにしてみるとこんな具合である。
 右片マヒ。右片マヒ…。
 心室性期外収縮の不整脈もある。
 ということは、左の脳の血管のどこかがつまったんだ。どこだろう。内頚動脈の方か。それとも椎骨動脈の方か。解剖学で学んだ脳血管の走行が頭の中にイメージされる。内頚動脈か、椎骨動脈のどっちだ。他の所見は? ペンライトをとりに、記録室にもどった。他の所見から、つまった血管の部位がわかるのである。ペンライトで対光反射を調べる。対光反射はちゃんとあり、左右差はない。(医者は上の医者のすることをみて学んでいく。ある時、意識消失になった患者の対光反射を必死でみていた、ある夜の結核病棟のオーベンの姿がうかんできた)嚥下困難があって、歩行失調になった時から流動食にしているとのこと。嚥下困難があるってことは椎骨動脈の方がつまったってことか。片マヒと嚥下困難ならワーレンベルグ症候群。いや、もっと柔軟に考えろ。単純に考えるな。患者は入れ歯の老人だ。それにもうひとつ、精神科の患者で、口アワアワで、手がふるえてるとなれば悪性症候群も考えなくてはならない。悪性症候群なら、熱は? 額をさわってみるが熱はない。検温でも熱の記載はない。筋拘縮は? 悪性症候群なら、腕をのばしてみれば、リードパイプ現象、コグホィール現象がみられるはずだ。やってみると、ややその感じがする。しかし老人の加歳による筋拘縮も考えなくてはならない。
 ともかく脳梗塞なら腱反射が亢進するはずだ。記録室にハンマーをとりにいき、腱反射を調べる。たたいてみるが、あまりはっきりしない。発症が突発的なので、どうしても脳血栓か脳塞栓という先入観で、どこの血管がつまったのか、ということに全関心が集まってしまう。だが悪性症候郡もきりすててはならない。口と手は震えている。錐体外路症状だ。脳のどの血管がつまったかは、他にもっと顔や体のマヒや、痛覚を調べればわかる。いったいどこの血管が…。と考えているところへオーベンのDrが来てくれた。(超ベテランで雲上人なのだが、患者の悩みの対応のしかたにあたたかみがあって、又、なるほど、こういう時は、こういう説明をすればいいのか、と学んでいたのだが)…が看護人達ときた。先生が足の裏を鍵でさわっているので、私は、
「これ、バビンスキー反射の検査っていうんです」
といったらDrは、
「ちがうよ。くすぐってるんだよ」
と言った。Drは救急医療センターに電話をかけ、
「あー。××病院の××だけどね。数日前から片マヒぎみになって、脳梗塞の疑いが強いんだが、CTもとったんだけど、こっちのCTはうつりがちょっと悪い上に、患者がうごいちゃってね。どうかそちらさんできれいなCTをとって、かたがた治療もおねがいできないかと思ってね」
救急医療センターのDrと顔みしりらしく、対等に話してる。さっそく救急車がよばれた。
「先生行ってくれる」
というので、私はこんな勉強の機会はめったにないから二つ返事で答えた。先生は紹介状を書く。私も患者のカルテは全員よく読んでいたので、紹介状くらい書こうと思えば書けた。が、私は何につけ、のろいので、また紹介状は緊張してきれいに書こうとするので、きれいな紹介状ができて「できた」とよろこんだ時には患者はすでに死んでいた…なんてほど、のろくはないが、また脳梗塞といっても一刻をあらそうほどでもない患者だったので、のろくさ紹介状かいてるうちに救急隊員帰ってしまった…というほどでもないだろうが、先生が紹介状かいて、
「封筒ない。封筒」
ときくので、せめて封筒に、
「××県救急医療センター××先生御侍史」
と書いて、カルテと今年の二月にとったCTと三年前にとったCTとを脇にかかえて、担当のNsといざ出陣。あまりひどいいやみは言われなかったのでよかった。Nsはちょっと私と二人になることにためらいを感じているのは確かだった。二人になって、親しく話すのをキッカケに自分に親交を求めてきたらイヤだなと思っていたのだろう。私は心の中で、まわりの人間、そして自分自身に対してどなった。
「バカヤロー。人の命を何だと思ってやがるんだ」
ストレチャーに患者をうつし玄関へ運ぶ。医者であるという自覚がおこる。私の靴音がカッカッカッと床にひびく。私は胸をはって威風堂々と歩いた。救急隊員におれいをいって、患者をのせ、二人チョコンととなりあわせに座った。けたたましいサイレンの音とともに救急車が出発する。まわりの車はサーとよけ、停止する。私はNsに、
「カルテを」
といってカルテと、前とったCTをみた。むこうのDrに申しおくるには患者の病状が正しく把握できていなければならない。私は、完全どころかぜんぜん十分に患者の病状を把握できていなかった。Nsは医者が何を考えているのか、わかっていないのだろう。答えておこう。今の段階の私では、頭の中に患者の脳のウイリス動脈輪がイメージされ、いったい、脳動脈のどこがつまったのか、に今の自分の関心のすべてがそれにひっぱられてしまうのである。正しい診断、正しい病態把握、が、関心のすべてなのである。もっとも私はどうも性格的に神経質なので、つい診断の方に関心が向かってしまうのだが、医師として大切なのは、今なすべき適切な処置なのであって、診断などはあとからでもいいのである。以下自問自答。看護記録はきれいな字でしっかり書いてある。前のDrの字はみみずののたくり字で読めない。尿失禁は今回がはじめてか。前にはなかったのか。歩行失調も同様。もしあるとすればTIA(一過性脳虚血発作、脳梗塞の一歩手前)いったいこの患者はどういう病態なのだ。布団をめくって手をさわってみるとさっきまでのふるえ、はとまっている。口のふるえも同様。生化学検査でBUN(尿素窒素)がちょっと高い。腎機能は大丈夫か。心室性期外収縮は前からあったが、その原因は? 薬の副作用か。加齢のためか。あるいはさほど害のないものか。今回の片マヒの原因となってはいないか? 心筋梗塞の既往は? ギモンが次々と頭の中でおこってくる。もっともベテランの医者からみれば今の私の思考などこっけいなものにすぎない。ベテラン医はカルテをサッと一瞥し、患者をちょっとみただけで、患者の病態把握ができる。CTで脳室の拡大がみられる。失禁、歩行失調、痴呆に脳室の拡大の所見ときたら、正常圧水頭症、も教科書的に考えてしまう。
 救急病院につく。
 だいたい医者というからには患者の病態把握が完全にできていなくてはならないのである。何をきかれても答えられなくてはならないのである。護送中は、カルテを読んでいて、ひたすら病態把握の努力におわった。救急病院は、私が今行っている病院とは違って、きれいで立派な病院で、精神科とはぜんぜん様子が違う。ここでこそ、まさにこの病院でこそ、日々、生きるか死ぬかの戦いがおこなわれているのである。が、救急病院のNsの対応はおちついている。気が動顛しているのはこっちである。Nsにも畏敬の念がおこり、腰の低い言い方になる。紹介状をNsにわたす。てきぱきとバイタルチェックや点滴がおこなわれはじめる。こちらのNsは私のような要領の悪い新前医者は何もわかっていない、と思ってるから彼女が救急病院のNsの質問に答えた。彼女は、この患者の介護度は、入浴は自分で可、食事はかゆで、トイレも自分で可、意志疎通は、名前や簡単な受け答え程度は可、といった。患者の日常生活をみて知っている点ではNsの方が上である。カルテには幸い、私の問診もかいてあった。生年月日は正しく答えられ、幻聴の有無の問いには、ない、と答え、他患やNsとの交流もないが、名前をよばれると「はい」と答える、など少しだが書いてあった。
「合併症はありますか?」
ときかれたので、
「心室性期外収縮があります」
と答えた。
「心室性期外収縮はいつからですか?」
ときくので、あわててカルテの前をめくると、カルテはニ年前までであり、約一年前に検査してわかっているので、そのとおり、
「一年前、検査した時点で心室性期外収縮がわかっていますが、いつからおこったかは、もっと古いカルテをみないとわかりません」
とやや申し訳なく正直に答えた。ひかえ室でまっていてください、といわれたので、Nsと二人でひかえ室に行った。余人は知らず、私は医師として患者の病態把握が不十分なのに、もつべき責任がもてていないことに申し訳なく、又、私は救急科のDrを神様のように思っているので、カルテをひたすら読み直し、過去に数回とったCTをすかしてみて、何とか、より患者に対する認識を上げねば、と思っていた。Drに何かを聞かれたら、私は正確に答えられなくてはならない義務がある。その上、私の個人的な感じ方として、救急科や外科のDrを神様のように思っている。自分じゃ脳手術はできないのだから、おねがい申し上げるしかない。尿失禁は以前にないか。看護キロクをよみ直す。そんなことを私が考えているとは余も知らずNsは、となりにチョコンと座っていたものの、親しく話しかけられたらイヤだな、と思ってる様子だった。私のカルテあらい直しのせわしい行為も、興味ないのにムリしてるんじゃとか、私が何を知りたがってるかわかってなかっただろう。私がCTをみているとNsが、
「何か分りますか?」
と聞いた。私はNsの気持ちを察していたから、ずっとNsに話しかけなかった。が、患者の病態で医学的カンテンから、聞きたいことはあった。が、ゴカイされるとイヤなので、何もきかなかった。が、彼女が聞いたので、CT上の異常所見を説明した。
「この患者は××の治療をうけていて、ここのところに××の治療をうけた跡があります。ちょっと黒っぽくみえるところがそうです」
と言った。いったら、私の説明欲とでも言おうか、人に説明して、認識させたい、という欲求が、私には、誰かれおこるので、その感情は私の口をかってに動かしだした。こっちも相手がどの程度まで知っているのかわからないので、
「この黒いのが脳室といって、脳脊髄液が入っているんです」
と説明した。また、彼女が話すきっかけをつくってくれたので、以前、患者が尿失禁したことはないか、片マヒぎみになったことはないか聞いた。尿失禁はトイレまでまにあわずに、もらすことはあるが、失禁はないとのこと。歩行失調は今回がはじめてとのこと。Nsはどう思っているかは知らんが、医者は、探偵、なのである。一度話し出すと堰を切ったように私の説明欲が無口きわまりない私をおしゃべりにした。なぜなら私の説明欲は人に認識させたい、という気持ち以上に、自分自身に対する説明なのである。大学の臨床実習の時でも、教科書を読んでも、なかなかオボエづらく、人から生の声で聞いたことの方がずっと理解や記憶によく、さらに、自分が人に言ったことというのが、一番よく記憶、理解にいい。もちろん中途半端な理解でしゃべるのだから、間違いのあることを言ってしまう。しかし、言った後で、はたして自分の言ったことは正しかったのだろうか、とギモンがおこる。自分の言ったことの中にある、誤りを知らぬうちにさがしだす。知らなかった、という気づき、は一瞬ののちに、知りたい、という欲求をうみだす。そしてまた、知らなかったんだ、という気づきも理解にほかならず、理解の向上、あいまいさ、からの脱却がおこる。また、ふと、自分がなにげなく言ったコトバから、問題意識がおこってくるのである。CTを前に私は、
「ころんで頭をぶつけると、硬膜下血腫がおこり、血のかたまりがCTで半月状にみえるんですよ」
と言った。この時、思いつきで言った硬膜下血腫が逆に私をガッチリつかまえてしまった。私は自分の考え方に大きな誤算があるのではないかということに気がついた。脳梗塞をおこしたから片マヒになって転んだのだ、と私は思っていた。患者が脳梗塞をおこしておかしくない年齢だからそう考えて疑っていなかった。しかしもしかすると原因と結果が逆なのかもしれない。頭をぶつけたために脳出血を起こしたのかもしれない。
硬膜下血腫、硬膜下血腫…。
医者の心が動きだした。
「歩行がふらつくようになったのはいつからですか」
「一週間前からです」
「その頃、患者はころんで頭をぶつけたということはありませんか?」
「その時は私は夜勤だったのでわかりません」
「以前にころんで、タンコブできて今日みたいに湿布したことはありませんか?」
「おぼえてません」
私の心で医者の診断のための情報聴取の目がうごきだした。だが彼女は、ことの重大さ、を理解していない。私は心の中で言った。
(会話を楽しんでいるんじゃないんだ。診断のための情報収集なんだ。もっと真剣に思い出そうとしてみてくれ。人の命がかかっているんだ)
「以前にも歩行が困難になったことはありますか?(TIAとのカンベツ)」
「いえ。ありません。今回がはじめててです」
(よーし。いい子だ。今回が初発だな)
「以前に尿失禁したことは?」
(カルテ過去二年分に尿失禁と歩行マヒの記載はない)
「トイレにまにあわずもらしてしまうことはありましたが、しびんで自分で排尿できてて、失禁することはありませんでした」
(となると今回の尿失禁は、片マヒ出現時とも一致しているし、脳の器質性障害のものだな)
私は彼女に硬膜下血腫の説明をした。
「硬膜下血腫というのは老人がころんだり、頭をぶつけたりした時、まず考えなくてはならないものなんです。硬膜下血腫というのは…脳の架橋静脈というのがやぶれておこるんですが、強い力でなくても、頭の緊張がゆるんでいる時に頭をぶつけるとおこるんです。CTをとると三日月状に血腫がはっきりとわかるんですが…」
その時、救急科のDrがCTをとりおえて、もってきた。
Drは言った。
「慢性硬膜下血腫です」
言ってCTをみせてくれた。左にはっきりとイソorロー・デンシティーの三日月状の血腫がみえる。血腫のため脳が右に偏位し、血腫のある方の左の脳室はおしつぶされ、大脳縦隔も右におしやられている。教科書通りの典型的なCT写真である。
(慢性ってことは、もっと以前に頭をうったことがあるのかな。いや、慢性硬膜下血腫は頭をぶっつけなくてもおこることもある。精神科だから他患にぶたれたことがあるのかもしれない。いや、ぶたれて硬膜下血腫ということは…。ボクサーじゃあるまいし。いや、バタード・チャイルド・シンドロームでは母親になぐられても架橋静脈がきれて、硬膜下血腫になるじゃないか。いや、子供と老人の血管は別だ)さまざまな思考が頭をかけめぐった。
「めい子さんか、おい子さんかに連絡できますか?」
Drがきいた。
「はい。できます。××にいます。電話番号はここです」
Nsは言って、カルテのめい子、おい子の電話番号をしめした。約一週間の入院で血腫除去手術をすることになった。これは非常に頻度の高い、かつ典型的な症例である。血腫をとれば、片マヒや尿失禁はかなりなおるだろう。百パーセントまでもとにもどるかどうかははわからない。無事、役目がおわりかえることになった。ちなみに医療に関係のないことでは、彼女は、
「ここの土地の人ですか?」
ときいたので、
「いいえ」
とだけ答えた。救急隊員におれいをいって、病院におくってもらった。もちろん患者はいないからサイレンはならしていない。役目がおわってほっとする。心疾患があって、高齢で頭部打撲の処置は片マヒのための結果のものだと思っていたので、硬膜下血腫は頭に入れていなかった。心疾患があったから、脳血栓か脳塞栓だとばかり思っていた。あまりにも典型的な写真だったので、救急車の中で、とりたてのCTをみていると、後部座席の救急隊員が、
「こういう写真あんまりみたことがないんですよ。何かわかりますか」
と聞いてきたので、CTの血腫を示して、
「左側に、はっきりした血腫がありますよね。これが脳を右におしつけているんですよ。だから血腫をとるんですよ。非常にわかりやすい、単純な理屈ですよ」
と説明し、CTで血腫の圧迫によって、左の脳室がおしつぶされ、脳全体が右におしやられていることを、大脳縦隔の右への偏位によって説明した。理解することができたと思う。が、彼ら三人は自分達の話に入って行った。彼らの会話は面白い。というより人間の会話はおもしろい。会話は、目的地のない旅行とでもいおうか、かつぎ手の足のきまぐれで、さまよう御輿とでもいおうか、よくあんな次から次へとおもしろいことを笑わずにいえるもんだと思う。話題が運転免許のことにきた。
「筆記試験では、毎回、一番やさしい問題をだしますから、おちついて解いてくだい…っていうんだよなー」
私が免許うけた時は、そのコトバはきかなかった。そんな明白なウソを信じる人は、まずいない。だがユーモアが緊張した受験生をおちつける効果はある。私なら笑ってしまうだろう。ほとんどの人は笑わずにギャグマンガを読む。笑いながらギャグマンガを読んでる人をみかけたことはあまりない。
救急車の中で、行きと同じように、となりあわせにNsとチョコンと座っていたが、私はいろいろCT所見や医学的なことを説明したい欲求にかられたが、何か誤解されるとイヤだったので何も言わなかった。
病院に救急車がついて、
「ありがとうございました」
と救急隊員に言って、病棟へもどる。オーベンに救急病院で撮ったCTをわたす。CTをシャーカステンにかけ、蛍光灯のスイッチをいれる。
「イソ・デンシティーですね」
と聞くと、オーベンは考えて、
「んー。イソ・デンシティーときいたけど、ロー・デンシティーじゃないの」
という。いわれてみると確かに、脳皮質に比べロー・デンシティーのようにみえてきた。ロー・デンシティーということは、ある程度時間がたった血腫ということだ。血腫は発症後、イソ→ロー、デンシティーになっていく。行ったNsは別のNsに、
「救急病院のNsにいじめられなかった」
と聞かれて、
「ううん。別に。いじめられなかったよ」
と言った。事実いじめられてはいない。いじめ、というといったいどんないじめ、があるのだろう。やはり患者の病状把握が正確かどうかの質問だろう。しかし、合併症とか、発症のいきさつ、とか、その他、患者に関して知っておくべき情報である。責任感からきくのであって、それは、いじめとはいわない。勤務時間のおわりのチャイムが鳴った。図書室にのこって、硬膜下血腫および患者の病態を深く知りたい欲求が非常に強くおこった。だがそれ以上に、ある強い欲求が起こった。それは今回のことを記憶が新しいうちに小説にしておきたい、という欲求である。で、その晩から書きだして、翌日は休みだったので、一日中かいて、今は三日目。で、とりあえず、何とか、書きたかったことが書けてうれしい。が、あながち勉強しなかったとはいえない。行動が認識の最良の手段である、というのがカント哲学だが、私にとって書くことは行動の一つである。

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女生徒、カチカチ山と十六の短編 (小説)(1)

2020-07-08 03:44:51 | 小説
忍とボッコ

 私は小学校5年のとき静岡県伊東市のある小学校の分校に転入した。初夏の頃だった。東には海、西には山があった。温和な気候の土地だった。学校の近くに寮があり生徒は全員寮で共同生活をしていた。私はすぐにそこの生活に慣れ、友達も多くできた。
 しばらくして一人のものすごくかわいい女の子がわたしより一つ下の学年に転入してきた。名前はおぼえていないがあだ名はボッコということはおぼえている。
 ボッコは病弱なおとなしい子だった。だが内気な性格というのではなく、すぐに多くの女の子と親しくなった。笑うとエクボがくっきり浮き出た。岡田有希子にちょっと似ていた。友達とおしゃべりするのが好きで、友達と笑っている時のボッコが一番輝いていた。頭もよくクラスで一番の成績だった。
 私と同級に中田忍という男の子がいた。彼は活発な子だった。そして意地っ張りでどんな権力にも頭を下げないような子だった。ケンカしても絶対負けない子だった。
 だが根はいい奴だった。
 そんな彼がいつからかボッコをいじめだしたのである。
 ある時、病み上がりでパジャマ姿のボッコを忍が蹴っているところを見た。
 忍は「ライダーキック」と言って、笑いながら何度も何度もボッコを蹴っていた。
 ボッコはつらそうな顔をして黙って忍のいじめに耐えていた。
 それは十字架を担いで刑場へ向かうイエスを刑吏がムチ打つ場面にも似ていた。
 そんなことが連日のように続いた。
 ボッコは忍のいじめがとてもつらそうだった。ボッコはだんだん元気のない子になっていった。誰かがそれを忍に注意した。だが忍は聞かなかった。「何でいじめるの」と人がきいても、「だっておもしろいじゃん。」と言うだけだった。
 私には中田の心がわかった。
 彼はボッコが好きだったのだ。
 男は女に恋するとどうしようもない照れがおこり、自分の気持ちとは正反対の行動をとってしまうものだ。
 忍にとってボッコは忍の要求のすべてを満たしていた女性だったのだ。
 ボッコを見るたびに忍の心には何とも言えない複雑な感情が起こってしまうのだ。
 ボッコを自分だけのものにしたいような・・・。
 だがいじめに出るとは余りにも屈折している。だがそれには必然性があった。
 それは彼が強い男だったということだ。
 強い男には自分の方から女性を愛することなど許されない。唯一恋愛が成立するための条件は女性の方から男を愛する場合しかない。
 だが忍の心はボッコにひかれてしまったのだが、ボッコは忍に対して特別な感情は持っていなかった。そんなことが忍の心に劣等感をもたらした。
 彼はボッコを愛している自分を認めることが出来なかった。ボッコへの自分の気持ちを認めれば彼らしさは壊れてしまう。
 彼はボッコへ素直な気持ちになった時、人の目が自分を軽蔑するのが恐かった。
 実際は誰も軽蔑なんかしないのに。
 それは彼の一人よがりの思い込みに過ぎなかったのだが。
 いや、明らかに一人彼を軽蔑するものがあった。それは彼自身だった。
 彼は少しでも自分がボッコを好きであるということを人に悟られたくなかった。
 そんな様々な気持ちが忍のボッコに対する感情を歪んだものにしてしまっていた。
 忍の心はボッコに対する愛と自分の人格の保守という相反する要求に悩まされた。どちらかを取れば他の一つは捨てなければならなかった。だが忍にとってはそのどちらも捨てることの出来ないものであった。
 中田のコンプレックスが爆発した。彼はボッコをいじめだした。連日、彼はボッコをみる度にいじめた。私には中田の気持ちがわかった。
 彼の心はボッコも自分もどちらも捨てられなかったのだ。ボッコをいじめることはボッコへの愛の表現だった。普通、こういう場合、女性への愛と自尊心の維持とは両立可能なものである。つまり、ボッコへの気持ちを認めることは決して彼の自尊心までも壊してしまうものではないのだ。しかし、小5の男の子にそんなコンプレックスをうまく解決することは出来なかった。ボッコには中田のそんな複雑な気持ちは分からなかった。ボッコはつらそうな顔をして黙って忍のいじめに耐えていた。
 ボッコの心と体は段々弱っていった。
 だがそんなボッコの苦しみもやがて時間が解決してくれた。
 月日は流れ、やがて忍は卒業した。ボッコは再び明るい子になった。そして一年後にボッコもそこを卒業した。
 だが忍は卒業後もボッコのことが忘れられなかった。そしてボッコと別れてはじめて自分がボッコを愛していることに気がついた。忍は卒業後多くの女性と知り合った。だが彼の頭の中にはボッコしかいなかった。ボッコは忍にとってこの世における唯一の生きた女神だったのだ。
 忍の心に変化が起こった。それは、ボッコにあやまりたい、そして自分の気持ちを打ち明けたいという気持ちだった。
 忍が卒業してから五年の歳月が流れていた。忍は高校二年、ボッコは高校一年だった。
 彼の心はボッコに愛を告白しても壊れないほどに成長していた。乱暴でつむじ曲がりな少年は逞しい包容力ある青年になっていた。
 彼はボッコに会いにいった。そしてボッコに昔のことを謝り彼女を愛していることを告白した。ボッコは嬉しかった。ボッコは弱くおとなしい子だった。もし他の女の子がボッコの立場だったとしたら中田を憎んだであろう。だがボッコは人を憎むことができない子だった。ボッコは中田を憎んでいなかった。
 中田はもともと悪い男ではなかった。いやむしろ根は本当にいい男であった。
 ボッコは人のたのみをことわることができない子だった。たとえそれが自分の人生を決定してしまうようなことでも。
 ボッコは中田の求愛を受け入れた。
 こうして二人は結ばれた。





スニーカー

信一は桃子を見るたびに思うのであった。桃子はクラスの人気者で、女とも男とも明るく話す。男友達もいるが、深いつきあいではない。
 その中の一人にハンサムで頭もよく、スポーツもできる三拍子そろったヤツKもいた。桃子は彼ともごくふつうに友達としてつきあっていたが、彼は少しマジだった。
 信一は内心、桃子を思い、苦しい想いでねるのだったが、自分はとてもKにはまける。Kとさえ友達以上の関係にはなろうとしないのだから、自分ではとてもかなわない。自分は彼女の笑顔をかげからみていられるだけで、彼女とめぐり会える機会をつくってくれた神様に感謝しなければと思うのだった。
 ある日のこと、信一は朝の通学電車の中で少し離れた所に桃子がいるのをみつけた。信一は気づかれないよう、うつむいた。彼女が気づいて、「おはよう。」などと、くったくのない笑顔で言われようものなら、きまりがわるくてしようがない。だが目を床におとしても、桃子の存在が気になってしまう。一瞬でも、特に今は、誰とも話していない自由な状態の桃子が、どんな表情でいるのか、気になってしかたがない。うつむいていると、そんな心が作用して、信一の目に彼女のくつがとまった。それは、白いクツ下を身につけた清楚な足をおおい守るような、かわいらしい、テニスにでもふさわしい、丈夫な白いスニーカーだった。
 信一は思った。あのスニーカーはいつも彼女の全体重をささえ、守り、彼女とともに行動しているのだ。夜はスニーカーも休み、朝、桃子がでかける時、彼女にふまれる重さで、目をさまし、よし、今日も彼女をころばないように、たのしく歩けるようにと、ほがらかな気持ちになり、彼女をささえる友達のような心をもっているかもしれない。彼女が走る時、彼女のパタパタする脚を守り、たえずだまって彼女にふみつけられながら、うれしく耐え、やがてすてられ・・・・と思うと何か彼女に履かれている白いスニーカーが生きもののように感じられ、うらやましく、何か自分があのスニーカーになれたら、などと想像していた。
 教室で信一は、彼女のななめうしろにすわっていたのだが、それ以来、たいくつなつまらない数学の時間などつい、自分がスニーカーになって彼女の重みをささえているような、想像をするようになって、想像が強まって、本当に自分がスニーカーになりきると、我を忘れて、夢心地になって、恍惚としている自分にハッと気づくのだった。
 そんなある日のこと、桃子はクラスで、さえない目立たない、存在感がうすい信一の視線が自分の靴の方にあるのに何度か気づいて、信一の方へパッと目をやった。すると信一は、反射的にサッと目をそらすので、桃子は何かうれしく思い、ある日の放課後のこと、信一が一人で帰りじたくをしているところへガラリとしずかに戸をあけ、教室にはいってくると信一のとなりにこしかけて、
「よかったら今度の日曜、映画にいかない。」
などと言って、信一の手をはじめてにぎる。と、たちまち彼女のぬくもりが伝わってきて、でも自分にはとても不似合いだ・・・と思って困って返答に窮していると彼女は手をはなさなく、信一は目をつむり、顔を赤くして顔を少しそむけ、すまなそうに首をたれていると、彼女は
「行こうよ。」
とおいうちをかける。信一が手をひこうとすると、反射的に彼女はキュッとそれをひきとめようとするのが伝わる。
「私のくつ、何かおかしい。私の思いちがいいかもしれないけど・・・。」
と言うので、信一は申しわけなさそうに、頭を下げ、背をひくくして、コソコソと帰った。彼女はそれをあたたかく見守っていた。それ以来、桃子は、時々、信一の視線に気づくと笑顔をみせるようになった。学年があらたになり、桃子は勉強ができたので、信一とは別のクラスとなった。同じクラスだった時の最後の終業式の日、信一は罪をおかした。彼女のくつ箱から、彼女のくつをとって、かわりに、同じサイズの新しいスニーカーを、「ゴメンナサイ」とワープロでかいた紙切れとともに入れた。信一は彼女のクツをそのままの状態で大切に、へやの戸棚の一角にお守りのようにおいて、彼女を想い、一生の大切なお守りができたと思うと無上の幸せを感じた。
 新しい学期がはじまった時、信一は桃子と校門でであった時、彼女は信一の入れた新しいスニーカーをはいていた。つい信一は、ハッとさとられたのでは、と思い、彼女のくつに目がいき、すると彼女はそれに気づいて、信一にかわらぬ笑顔をかけると信一は、はっと、自分の犯した罪がわかってしまったのでは・・・・と思い、顔をそむけようとしたが、その時こぼれみえた彼女の笑顔の中には、信一がしたことを知っていて、それをゆるした、少しきゅうくつそうな感情を彼女の顔の中にみた。信一は大学をでて、小さな出版社で校正の朱筆を走らせているが、彼のアパートにはかわらぬ桃子のくつのお守りが、高校の時とかわらぬ想いでおかれている。





パソコン物語

A子は、家が貧しかったため、また彼女は文学好きで、メカに弱く、よろず要領悪く、パソコンやワープロの使い方がわからなかった。彼女は高校を卒業して、ある会社に就職した。が、もちろんシンデレラのように、というか、さとう珠緒の走れ公務員のように、孤独な純真さをきらわれ、先輩にこき使われた。
 その会社には一台のパソコンがおいてあった。みんな時々、手慣れた様子で、パチパチと軽快なリズムでつかっている。A子はパソコンがぜんぜんわからなかった。ので、お茶くみと、そうじにあけくれていた。と、あと、灰皿のかたずけ、と雑用だけだった。A子もパソコンを使えるようにならなくては、と思った。それである日の昼休み、みんながいない時、そっとパソコンのスイッチをいれてみた。カチカチとそっとやってみたら一つの画面がバっとでてきた。A子は心配になった。ああ、どうやっておわらせたらいいのかしら。そう思っているうちにみんながドヤドヤと帰ってきた。ちょうどアラジンとまほうのランプ、でひらけゴマの、あいことば、を忘れてしまったところに盗賊の一団がもどってきたようだった。いじわるな先輩のBさんがいった。
「あなた、いったいなにをしているの?」
A子は、現行犯を逮捕された犯罪者のように、
「は、はい。パソコンをつかっていました。」と言った。
Bさんは、ひややかに言った。
「あなたパソコンの使い方、知っているの?」
A子は、うつむいて涙まじりに答えた。
「い、いえ。知りません。」
Bさんはさらにおいつめた。
「知りもしないくせに、無断でかってにいじって、こわれたらどうするの?パソコンは高いし、使い方はむつかしいのよ。」
A子は涙をポロポロ流し、
「ゴメンなさい。でも私もはやく仕事になれようと思って、パソコンの使い方をオボエなくては、と思っていました。」
Bさんはフンと鼻でせせら笑って、パソコンの使い方はむつかしいのよ。パソコンをつかおうなんて10年はやいわよ。あなたは当分、お茶くみと便所そうじ、と雑用よ。と言って、Bさんは、ことさら、みんなー、気をつけましょう。新人の子は、人がいない時に人のものに手をつけるかもしれないわよー、と言う。みなは、わー、いやだわ、といって、自分の引き出しをカタカタあけて、何か盗まれていないか調べだした。A子は、子供のようになきじゃくっている。Bさんは、フン。ゆだんもスキもあったもんじゃないわ。といって、パソコンのイスにすわろうとすると、ふん、このイスは、ちょっと具合が悪いから修理しなくちゃならないわ。つかえないからイスにおなり。といってA子をひざまずかせた。A子が四つんばいでイスになっている上に、Bさんが、どっしりとおしりをのせてすわり、パソコンをパチパチはじめた。A子はみじめこのうえなかった。パソコンはね、むつかしいけど、また同時に、サルでもできるという一面も、もっているものなのよ。トロイ人間が一番ダメなのよ。あなたなんてサル以下よ。Bさんは、仲間に目くばせして、ネコのたべのこした残飯に、のみのこした、牛乳をかけてA子の前においた。さあ、おたべ、といわれて、A子はなきじゃくりながらたべた。
 一ヵ月してやっとA子に給料がでた。そのなかから、二万五千円をだして、A子は、パソコン教室にかよった。ウィンドウ98と、ローマ字入力のしかた、ワード、表計算のし方、ファイルの移動などをおぼえた。そして次の給料で、ワープロを買った。会社がおわると、すぐアパートへもどって、ローマ字入力のしかたを練習した。もともと、何かをはじめると一心にとことんやってしまうA子のこと。一ヵ月くらいでタッチタイピングをおぼえてしまった。そして超図解のパソコンの本をよんで勉強して、パソコンの使い方をおぼえてしまった。
 ある日の昼休みのこと、A子は、前と同じように、みんながいない時、パソコンのスイッチを入れ、ワードに入力していた。この前と同じように、みんながドヤドヤともどってきた。が、みんなはシンデレラをみるように目をみはった。なぜならそこには、ほとんど音がしないほどのすばやさで、ピアニストのような神技の手さばきで完全なブラインドタッチで入力しているA子がいたからである。その手さばきは達人の域だった。みんながアゼンとしている中を、A子はサッと立ちあがって、自分の席にスッともどった。(便所そうじと雑用のA子だったが、一応自分の席はもっていた。)そのあと、その場は気まずいフンイキだった。いったいいつの間に、あんなに身につけてしまったのかしら。そのあとBさんがいつものようにパソコンに入力をはじめた。A子はモップで床をふきながら思った。フン。入力速度がぜんぜんおそいわ。これみよがしにパチパチはでな音をたててみっともないわ。ふふ。サル以下なのはあなたの方じゃない。Bさんはだんだん恥ずかしくなってきた。Bさんはブラインドタッチでは入力できず、キーボードをみながらでないと入力できなかった。パソコンが使えるようになったA子は、上司から仕事をたのまれるようになり、会社の有力な戦士の一人となり、トイレそうじはみんなで順番ですることになった。A子は、電子メールで知りあったステキな彼氏とつきあうようになり、結婚してしあわせになりました。とさ。めでたし。めでたし。





三人の夏

ある夏のイメージが思い出されるのであるが、その年は私にとって最も暗い年であり、一日中家にこもりきりだった。8月がおわってから、ある海岸へ行った。海には、一人の中学か、高校の女の子と、二人の男の子、きっと学校の友達だろう、が、いたが、その光景がすごくエロティックで、美しい。水をかけあったり、追い駆けっこをして、つかまえたり、もぐって水中からクラゲのようにチョッカイをかけたりしている。水着姿をみられることは、女にとって大変、恥ずかしい。同級生の男の子は、彼女に、海に行こう、と、ごく自然に、数学の時間のあと、言ったりして、彼女も、ごく自然に、うん、いいよ、なんぞと、言って、三人で海へ行ったのだが、彼女も男の子もうわべは、自然をよそおっていたが、彼女は、みられることに、刺されるような、恥ずかしい、ほのあまい、高校生くらいの年頃の子にとって、一番恥ずかしい、つらい快感を、そして、男は、近づきたいが、近づきすぎては、焼かれてしまう、イカルスのような切ない悩み、と、脳裏にやきついて、永遠に、死ぬまで、忘れない、いつもは、制服に、スカートの鎧で守っているのに、裸同然の姿を、みて、みられ三人は、たのしげに、夕風にふかれて、トロピカルジュースをのんだり、しているが、二人の男は、家に帰って、彼女の水着の輪郭を、思い出し、苦しく、何度も、はげしく自らを汚す。三人が二学期、学校で、あった時、彼女は、もう自分は、安全だとか、みせたのは、一度だけで、もうみせない、とか、二人が、あのあと、悩んだだろう、ことだとかを、優越感をもって、授業をうける。自分が女であることのよろこびを残暑に感じて。つまらない数学の授業だが、最高の夏だったと思いながら。






地獄変

かくて私は地獄におちた。閻魔大王の前にひきだされて、(もちろん両脇には地獄の鬼が仁王立ちしてギロリと私のことをみている。)通りいっぺんのことを聞かされた後、私は極楽ではなく、地獄行き、と決まった。観念はしていたがやはりショックだった。二匹の毛むくじゃらの虎のパンツをはいた鬼にこづかれ、こづかれ私は地獄へ向った。薄暗い、森閑としたところだった。時々、地獄へおちた亡者達のうめき声や、かすれ声がきこえる。
「生きていた時も地獄だったが、死んでもやはり地獄なのだな。」
こんどは本当の地獄で永遠の業苦に耐えなくてはならないかと思うとやはりため息がでた。気づくと私はゆげの中にいた。対岸がかろうじてみわたせるほどの大きな沼がある。そこからはブクブクあわがでている。私は鬼につきとばされて、その中に放り込まれた。
「あつつ。」
にぶい私にもこれが血の池地獄であることは瞬時にわかった。私はあわてて、とび出ようとしたが、例の二匹の鬼が、私を金棒で突き飛ばす。私はあきらめて、鬼に背を向けて湯(?)の方へ向いた。気づくと誰もいないのかと思っていた池の中に、あちらにちらほら、こちらにちらほら人影(というか首影)がみえる。
「オイっ。若えの。」
と私は呼ばれた。すぐ近く、私のとなりほどの所に、あつさにおこり耐えているかのごとき白髪の爺さんが私をひとニラミしている。じいさんは自分のとなりへくるようにうながした。おずおずと私はじいさんのとなりへ行った。ゆっくり動かないととびあがるほどあつい。私が「あちちち。」と叫ぶとじいさんは
「何だ。若えのにだらしないやつだ。」と笑う。
「おめえは何をしてここへきたんだ。」
と言うので、私は「はあ。」といってピンとしない返事をした。あなたはいったい何で・・・・と問い返すと、じいさんはこう答えた。
「おれはおめェのようなみみっちいことじゃねえ。おれは山賊の頭だった。殺すわ、ぬすむわ、でやりたい放題のことをして生きてきた。最後はつかまってかまゆでにされた。まあ自業自得だ。だが最後までネをあげなかった。」
といってカカカと笑った。自慢めいた口調である。
「と、するともう何年もこうしているんでか。よく耐えられますね。」
と私は言った。するとじいさんは
「何年なんてもんじゃねえ。200年になる。」
私は将来に不安を感じだしてきいた。
「よく耐えられますね。どうしてそんなに耐えられるのですか。」
と私がおそるおそる聞くと、じいさんはカカカと笑い、
「おれは悪党でも意気地のねえ悪党じゃねえ。どんなことにもネをあげねえのがおれの誇りだ。おれはいままで一度たりともネをあげたことがねえ。それに、いつか、この血の池の見張りをしている鬼が足をすべらせて池におちたことがあるが、ひめいをあげてにげ上がった。ヤツらは見た目にゃおそろしく、強そうにみえるが、それは金棒と閻魔大王の虎の威よ。正体は弱いものいじめしかできねえ弱ぞうどもよ。」
と言ってカカカと笑った。
「それにオレみてえに長ェこと地獄の責め苦に耐えてネをあげねえでいるとそれが誇りみたいなものになってくる。それにな・・・。長いことこうしてヌシみたいになるとお前みたいなよわっちろい新入りがはいってくる。そいつらにおれのド性骨をみせてやるのが何とも気分がいい。」
といって、じいさんは又カカカと笑った。
「極楽でヌクヌクしてる骨なしにオレの200年耐え、未来永劫耐える、絶対ネをあげねえ、オレのド性骨をみせつけてやりてえぜ。」
といって、じいさんは一層高らかにカカカと笑った。いやはや何ともすごい豪傑がいるものだと、おそれいった。この人にとっては地獄は本当に極楽以上の住みかなのだろう。と同時に私はこんなじいさんがいるのなら、地獄も何とか耐えられるんじゃないかというかすかな勇気が心の中におこった。






孤独な少年

その少年は無口でおとなしそうな少年だった。
ひるやすみ、みんながガヤガヤとはなしながら食べてるのに、いつも一人でおとなしそうに食べるのだった。一人の明るい少女は、そんな少年がかわいそうで何とかして友達になりたいと思った。少女は何より少年の澄んだ瞳が好きだった。友達がいなくても少年は少しもさびしそうではなかった。いったい彼は何を考えているのか、どんなことをするのが好きなのか、少女は知りたくなった。それで少女は少年のとなりにきて、えんりょがちに少年にはなしかけてみた。すると少年は、はじらいがちにこたえた。別に人と話をするのがきらいというようでもなさそうだった。少女は何ども少年に話しかけた。そのたび少年はちゃんとこたえてくれる。でも少年の方から話をするということはない。とうとう少女はつらくなって、自分がわからなくなりそうな不安がつのってしまって、ある日、少年のくつ入れに手紙を入れた。それには、こう書かれてあった。
「佐木君。今度の日曜、もしおひまでしたら、きてください。おねがいです。」
手紙には、もよりの駅からの地図がかかれてあった。
 さて、問題の日曜であった。その日、少女の両親は外出していたので家には少女だけだった。少女は、めいっぱいきれいにみせようと化粧をして、おかしもつくって、まっていた。約束の時間が近づくにつれ心臓の鼓動が早くなってくる。チャイムがなった。少女が、もうしわけなさそうに戸を開けると、少年が立っていた。少女は内心よろこんだ。少女は、少年に自分がつくったのだといって、おかしをだした。少年は
「おいしいよ。」
といってたべた。でもやはり少年は心を開いてくれない。時間が重苦しく感じられだした。うつむいて、だまっている少年をみた時、少女の心に一つの、もう自分をすててしまおうかと思う行為が思いついた。それはDeliriumでもあった。少女は自分の部屋をみて、といって少年を少女の部屋へ誘った。少年はあいかわらずだまっている。とうとう少女は耐えられなくなって、少年の手をにぎって、
「私のこときらい?」
とたずねた。その瞳には涙がうかんでいた。少年はふせ目がちに、少し口唇をふるわせている。少年も悩んでいた。とうとう少女は服をぬぎだした。上着をぬいだ。でも少年はだまっている。だが、膝頭をつよくギュッとにぎっている。少女はスカートも脱いだ。これでもだめなのかと思って少女がパンティーに手をかけた、その時、少年は、すばやく立ちあがって、それをとめた。少年ははじめて少女の目をみた。少女は泣いていた。少年は少女を力強くだきしめて、はじめて心のこもった声で言った。
「ごめんね。京子ちゃん。僕京子ちゃんのこと好きだよ。とっても好きだよ。」
京子はうれしくなって泣いた。いつまでもこうしていたいと京子は思った。



高校教師

設定 Situasion

 東京郊外のある私立の女子高校で、
一学期の半ば頃、英語担当の女教師が結婚して、他県の高校へ、転任することになったので、今春大学をでて、ある男子校で教鞭をとっていた山武に、彼女から後任のたのみがもちかけられました。彼は彼女と同じ大学で、クラブの後輩でした。山武はこれをひきうけました。山武は女子高の近くのアパートに引っ越して、さっそく女子高で教鞭をとることになりました。山武は英語の担当の他に、二年B組の担当もすることになりました。山武は内気な性格でしたが、熱心なため、生徒達の評判もよかったのですが、でも担任の二年B組の一生徒、根木玲子はなぜか山武が自分にだけはよそよそしい態度のように感じられてなりませんでした。一学期が無事終わり、夏休みも過ぎ、二学期も半ばにさしかかったある秋の日のこと…・。

 三日つづけて山武が学校を休んだ日の昼休み、玲子はそのわけを教員室にたずねにいった。すると何でも山武はどこかの男子校に転任するらしいとのことだった。
 その日の放課後、玲子は山武のアパートをたずねた。
 玲子は山武が自分をさけているような気がしてならなかったのだ。その疑問がわからないまま山武が転任してしまうのはなんともあとくされが悪い。さらに玲子はなんだか山武が転任するのは自分のせいであるような気さえしていた。山武のアパートは学校の最寄の駅から二駅目で、駅から歩いて十分くらいの静かなところにある四階建てのワンルームマンションだった。
周りは一面大根畑だった。このあたりの土壌は、深くてやわらかい黒つちなので、大根、にんじん、ごぼうなどの根菜類に適していた。山武の先任の女教師もそこに住んでいた。以前、玲子は数人の友達と、その女教師のアパートをたずねたことがあったので、場所は知っていたのだ。
 先任の女教師が転任して部屋をでるのと入れ替わるように、山武が同じ部屋に入居したのである。玲子は駅前の不二家でマロンケーキとモンブランを買っていった。途中、玲子は通行止めにあった。
 小学校低学年くらいのい子供達が四、五人、道にしゃがみ込んで、チョークで絵を書いている。玲子はしゃがみこんで、馬の絵を書いた。
 子供達は、
 「うまーい。」
 と言って拍手した。その中の一人の子は自分達の言ったことばが、しゃれになっていることに気がついて笑った。一人の子が、
「もっとかいて」
と催促した。が、玲子は立ち上がり、
「ちょっと用事があるから、また今度ね。」
と言って手を振って歩き出した。
 それから数分もしないうちに山武の住んでいるアパートが見えてきた。
 山武の部屋は3階だった。玲子が戸をノックすると鈍い返事がして、足音が聞こえ、戸が開いた。そして中から山武が眠そうな目をこすりながら、ものぐさな様子でぬっと顔を出した。
それをみて玲子はクスッと笑った。山武は予期しない訪問者にたいそう驚いた様子で、へどもどして、さかんに髪をかいて、「やあ。」と返事した、が当惑して
「すまないがちょっとまって。」
と言って戸を閉めた。中でどたばた音がする。5分位して戸はまた開いた。出てきた山武をみて玲子は再びクスッと笑った。山武は、いつも学校へ着てくるスーツを着ている。さすがにネクタイまではしていなかったが。
 「よくきてくれたね。まあ、とにかく入って。」
 山武は言った。玲子は山武の口調に、かすかに社交辞令ではない真意があるような気がしてうれしくなった。通された部屋は応急手当したあとらしく、多少きれいにかたづいていた。
 「あんまりきれじゃなくてすまないけど…・。」
 と言って山武は玲子に座布団を差し出した。それはぺしゃんこで生地が光っていた。
 玲子はカバンを置いて、座って部屋をみまわした。
 さすがに教師の部屋だけあって書物が多い。
 まさに汗牛充棟である。山武は英文学が専攻だった。
 心理学や哲学の本が多かった。
 「先生。ケーキを買ってきました。」
といって玲子はそれを机の上に置いた。
 「やあ。それはどうもありがとう。じゃ今、お茶を入れるよ。紅茶でいいかな。」
 と山武が聞くと、玲子は「はい。いいです。」と答えた。
 山武は台所にポットと紅茶ととティーポットと紅茶茶わんをとりに行った。
 紅茶ちゃわんは一つしかなかったのいで、自分は湯のみにすることにした。
幸いポットはいっぱいだった。それをやかんにうつしてあたためなおしたが一分もかからずお湯はわいた。
 キッチンからもどって山武は玲子と向かい合わせに座った。
 「先生。モンブランとマロンケーキのどっちが好きですか。」
 「君はどっちがいい。」
 「私はどっちでもいいです。先生のために買ってきたんです。先生が好きなほうをとってください。」
 「そう。じゃ、マロンケーキをもらうよ。」
 山武はあっさり答えた。もし、モンブランがなかったら、レストランに入るとすくなくても3分はメニューとむきあう、優柔不断度の偏差値が少なくみても65はある山武に、この選択に最低でも一分は費やさせたであろう。山武があっさり答えられたのはモンブランがあったからである。アルコール分解酵素の少ない山武は以前モンブランを食べて、それに含まれている少量のブランデーで顔が赤くなって恥ずかしい思いをした経験があるからである。山武は紅茶を入れた。二人は紅茶が出るのを少しの時間、待った。
 「あっ。そうそう。ケーキはいくらした?」
山武はあわてて財布をだした。
 「いいです。私のおごりです。」
 「いや、そういうわけにもいかないよ。僕が払うよ。」
 「先生。」
玲子は少し強い口調で言った。
 「人の好意は素直にうけるものですよ。ショートケーキ二つなんて五百円しかしません
。」
「…・わかったよ。ごめん。」
確かにそのとうりだと思って山武は財布を内ポケットに戻した。二人は食べ始めた。山武はなんだか、照れくさくて、うつむき加減に食べた。
玲子はそんな山武がちょっと面白くて、じっと山武をみつめながら食べた。普通こういう時、女同士だったらしゃべられずにはいられない。
だが山武は内気な性格なので、こんな時、何を話したらいいのかわからないのである。
(何か話さなくてはならない。でも何を話したらいいのかわからない。)と山武は困っている。
玲子はそんな山武の心を見ぬいている。
 山武は玲子から目をそらすようにして紅茶を飲んだ。重苦しい沈黙を玲子がやぶった。
 「先生。どうして転任なさるんですか?」
山武は、たいそう驚いた様子で、口の中に含んでいた紅茶をあわてて飲み込んだ。
 「いや、それは、つまり、その…・。」
山武はさかんに髪をかきあげながら、あやふやな返事をした。山武が当惑して口篭もるのを玲子はじっとみつめていた。玲子は何かやさしいことばをかけようかと思った。が、やっぱりそれはやめた。山武の本心をききだすには、こうしてだまってじっとみているのがいちばんいい。玲子は眉を微動だにせず、じっと山武をみつめつづけた。数分その状態が続いた。物理的には短い時間だったっが、精神的には山武にとって長い時間だった。山武はとうとう沈黙に耐えられなくなって、観念して言った。
 「僕個人のちょっとした事情のためさ。」
 「事情って何です?」
 玲子はすぐに聞き返した。
 「だからそれはいえない事情だよ。」
山武は湯呑に茶をつぎたした。山武は少しほっとして眉をひらいた。玲子もそれ以上問い詰める気にはならなかった。
 「わかりました。それならばもうそのことは聞きません。そのかわり…。」
と言って、玲子は声を少し強めた。
 「そのかわり、一つ教えて下さい。」
 「ああ、いいよ。」
 山武は肩の荷がおりた安堵感でおちついた口調で言った。
 「どうして私を無視するんですか?」
 (うっ。)
 山武は驚きで一瞬のどをつまらせた。
 「無視なんかしてないよ。」
山武はあわてて否定した。
 「ウソ。先生は授業の時もホームルームの時も一度だって私をみたことがないわ。先生はわざと私から目をそむけるようにしていたわ。」
 「そんなことはないよ。もしそうみえたんだとしたらあやまるよ。…ごめん。」
 「あやまってもらわくてもいいんです。どうして私を無視するのか、そのわけを教えてください。」
玲子の口調は真剣だった。
山武は大きなため息をついた後、目をつむり、額に手を当てて再び黙ってしまった。重苦しい沈黙が再び起こった。山武は額にしわを寄せ、唇をかんだ。その沈黙を玲子はおちついた口調で破った。
 「先生。何か悩んでいらっしゃるんじゃないでしょうか?」
 山武の瞼がピクっと動いた。
 「なやんでなんかいないよ。」
 山武はすぐに否定したが、その声は少しふるえていた。それがはっきりわかったので玲子は少しうれしくなった。
 「うそだわ。顔にあらわれてるもん。」
 山武は答えない。
 「先生。悩み事があるんでしたら教えてください。私でお役に立てることがありましたら何でもします。」
 「ありがとう。でもいいよ。これは僕の問題だから…・。」
 「ひきょうだわ。先生。」
 玲子は間髪を入れずピシャリと強い語調で言った。山武は玲子の発言に驚いた。
 「ひきょうってなぜ?」
 「だって先生、ホームルームの時おっしゃったじゃないですか。悩み事があったら、どんな事でもいいから一人で悩んでいないで話しにきなさいって…・。」
 「それとこれとはわけがちがうよ。」
 「どうちがうんですか?」
 「それは…・僕は教師で、君達は生徒という立場の違いだよ。」
 「そんなのわからないわ。人にいってることを自分はしないなんて、やっぱりずるいわ。それに先生が学校をやめるんなら先生と生徒という関係もなくなるんじゃなくて?」
 (うぐっ。)
 山武は再びのどをつまらせた。
 再び沈黙に入りそうな気配をおそれた玲子は勇気をふるって言った。
 「先生。やめないでください。これは私の気持ちであると同時にみんなの気持ちでもあると思います。だって先生はとってもやさしいんですもの。でも私だけは別みたい。私、今日先生が学校をやめると聞いて、それは何だか私のせいのような気がしてしようがないんです。いいえ、きっとそうにちがいないわ。私、先生にやめられたらつらくてしかたがないわ。私のせいで先生がやめるなんて…・。これは私の思い込みでしょうか?」
 玲子の目にキラリと一粒涙がひかった。
 「教えてください…・。先生。」
 玲子は涙にうるんだ瞳をに向けた。
 玲子はつかれていた。山武も同じだった。山武はうつむいたまま両手で顔をおおった。再び沈黙がおとづれた。静まり返った部屋の中で置き時計の音だけがだんだん大きくなって聞こえてくる。たまに聞こえるのは夕焼け空をわたる烏の鳴き声くらい…・。
 二人はともに悩み、そしてつかれていた。山武はうつむいていたが玲子の気持ちは手にとるように伝わってきた。
 (これ以上、彼女を苦しめるのは教師として失格だ。)
 山武は決断した。
 「じゃ、話すよ。」
 その口調にはやや諦念の感があった。
 「でもいったらきっとけいべつされるだろうな。」
 山武は上目づかいに半ば独り言のように言った。
 「そんなことぜったいしません。」
 玲子はきっぱり言った。
 「いや、するよ。」
 「しません。」
 山武は大きくため息をついた。
 「だれにもいわないでくれる。」
 「いいません。」
 「ほんとう?」
 「私は敬虔なクリスチャンです。神に誓います。」
 山武は再び大きくため息をついた。それは以前の悩みのため息とは違う諦念のため息だった。
 「実は…・。」
 「ええ。」
 玲子は少し身をのり出した。
 高校生は好奇心のかたまりである。そして教師を説得させたという思いが彼女を少し陽気にさせていた。
 玲子は好奇心満々の表情だった。目は、かっと大きくみひらかれ、その照準は寸分たがわず山武の口唇に定められ、そして全神経を耳に集中しているかのごとくだった。まさに満を辞して山武の返答を待っているといった様子である。
そんな玲子をみて山武の言葉はまたとぎれてしまった。玲子の心に少しいらだちが起こった。
 「先生。男でしょ。」
 この言葉はいかに気の小さい男にでも行動を起こさずにはおかないものである。山武のためらいは完全に消え去った。
 「じゃ、言うよ。けいべつされても、もういいよ。実は…・・夜、床につくとなぜか必ず君の顔がうかんでくるんだ。そして…・」
 と言って山武一瞬はためらった。が、
 「そしてどうなんです。」
 と玲子が非常に強い語調で言ったので、山武は(もうどうとでもなれ)という捨て鉢な気持ちになってきっぱり言った。
 「そして君がいろんな拷問にかかって、泣き叫んでいる姿が浮かんでくるんだ。」
 言って山武は強く目をつむってうつむいた。あと彼女が自分をどう思うか、それはもうすべて彼女に任せてしまったのだ。そう思って山武は恐る恐る顔を上げた。玲子はにこにこしている。山武はおそるおそる聞いた。
 「どう。けいべつした。」
 「ううん。けいべつなんかしてないわ。ほんとうよ。でもちょっとおどろいたわ。」
 玲子の目には確かに軽蔑の念は感じられなかった。山武はほっとした。玲子は無邪気に笑っている。
 「でもどんな拷問なの。」
 「いえないよ。そんなこと。」
 「ずるいわ。たとえ想像でも私を拷問にかけといて…・私知る権利あるわ。」
 彼女は子供っぽい口調で言う。山武の心に瞬時に彼女に秘密を話してしまったことに対して後悔の念が起こった。いわなければよかったと思った。玲子の心変わりのあまりもの速さに、さっきの玲子の真剣な表情や、涙の訴えなどは実は多少芝居がかっていたのではないかと、鈍感な山武は今になってはじめて思った。そういえば玲子は演劇部でもある。だがもうおそい。覆水盆に返らず…・である。一度聞かれてしまった言葉は一生忘れられないのである。
 「どんな変質的な拷問なんですか。」
 玲子はじっと山武を見据えながら聞いた。
 「言えないよ。そんなこと。かんべんしてくれ。」
 山武は紅潮した顔を下げて哀願した。
 「だめです。言ってください。」
 玲子は眉を微動だにせず真剣な表情で山武の哀願を却下した。玲子はまるで宇宙人でも見るかのような目つきで黙ったままじっと山武を見つめつづけた。数分そのままの状態が続いた。
 山武は何だか自分が刑事の尋問をうけている犯罪者のような気がしてきた。玲子の固定した視線が山武を苦しめた。(もちろんこれは玲子の芝居である。こうすることが山武を最も苦しめるということを玲子は知っている。だが小心な山武にはそれがわからないのである。)いつまでたっても玲子は黙ったまま山武をじっと見つめている。このままでは自分が言わないかぎり玲子はいつまでもこの状態を続けるだろうと山武は思った。また玲子もそのつもりだった。それで、とうとう山武は玲子のこの沈黙ぜめに耐えきれなくなって、尿意は起こっていないが、
 「ちょっとトイレにいかせてくれ。」
 と言って立ち上がろうとした。だが玲子はすぐさま「だめです。」といって山武の腕をつかんで引きとどめた。この玲子の強引な行為に山武はおそれを感じて、トイレに行くのをあきらめて腰を下ろした。玲子は相変わらず黙然とした表情で炯々と山武をみつめている。ついに山武は玲子の黙視責めに耐えられなくなって
 「わかったよ。はなすよ。話すからどうかその宇宙人をみるような目はやめてくれ。」と言った。
 「そうです。言ってください。」
 「ええと。何についてだったかな。そうそう。今度の文化祭で、何をやるかについてだったね。」
 といって山武は手を打った。だがそんな子供だましが通用するはずがない。玲子はあいかわらず真顔で山武をみつめながら即座に、
 「ちがいます。想像で私をどんな拷問にかけて楽しんでいたかについてです。」
 おそれを感じてすぐさま、
 「別にたのしんでなんかいないよ。僕の意思とは無関係におこるんだよ。」あわてて弁明する。山武の頭の中は混乱していた。やっぱりいわなければよかった、とつくづく後悔した。
 だがもうおそい。のってしまった船である。山武はうつむいてため息をついた。
 しばしの時間がたった。山武の頭は混乱から疲弊状態へと移っていった。
 「実家で父親と母親が病気で寝ているんです。」
 などとありもしないことを目に涙を浮かべて言いたくなった。
 窮鳥もふところにはいれば…・。
 それで山武はチラッと玲子をみた。するとそこにはさっきと少しも違わない氷のような無表情の玲子のまなざしがあった。そしてそのきびしい女刑事のような表情は無言のうちにこう語っているように思われた。
 「君はもうすでに完全に包囲されてる。いかなる抵抗も無駄である。」
 山武はついにこの女刑事に自首する覚悟をきめた。
 「わかったよ。いうよ。」
 だがそれは彼女に軽蔑の念が全くなかったとしても最悪の羞恥の念なしには言えるものではなかった。言いながら声が震えてきた。
 「雪の日に木に縛りつけたり、算盤板の上に正座させて石を膝の上にのせたり、木につるして火あぶりにしたり、体がやっと入るくらいの頑丈なガラスの箱に入れてヘビを入れたり…・。」
 「ひどいわ。私ヘビなんていれられたらとてもじやないけど耐えられない。」
 言いながら玲子はクスクス笑い出した。
 それをみてはじめて、鈍感な山武は玲子の芝居に一杯くわされたことを知って地獄におとされた罪人のようにくやしがった。
 「でもどうしてそんなことするの。私がそんなに憎いの。」
 「にくくなんかないよ。むしろ…・。」
 と言ってあわてて口篭もった。
 「じゃ何で私を拷問にかけるの。」
 「わからないよ。自分でも自分がいやでたまらないよ。」
 「学校やめるのもそのため。」
 「ああ。そうさ。こんな性格の教師、失格だよ。」
 玲子は今度はさっきとはうってかわったうれしそうな顔である。
 「先生。やめないで下さい。私なら別にかまいません。」
 「ありがとう。本当なら僕のほうから言うべきなのに。まったくなさけない話しだ。」
 「転任するのもそのため。」
 「ああ。そうだよ。」
 「先生。やめないで下さい。私なら本当にかまわないんです。」
 彼女の口調は真剣になった。
 「ありがとう。でも君かよくても僕がだめなんだ。こんな性格で女子校の教師をするべきではないよ。」
 「そんなこと絶対にありません。先生ほどいい先生めったにいません。授業は誰がきいてもわかるように丁寧に教えてくださるし。とってもやさしいし。」
 「ありがとう。僕だってできることならこの学校でつづけたいさ。でもやっぱりやめるべきだ。僕自身苦しいしね。僕のこの変な癖は昔っからだった。たぶん一生なおらないと思う。ここにいれば悩みつづけるだけにきまっている。だから転任すると決めたんだ。」
精神浄化作用が心の重荷を解いた。
 玲子はうつむいて考え込んだ。今度は自分が何か言う番だと思った。
 窓からさしこむ西日か玲子の頬を照らした。が、しばしの後、行雲によって遮られた。
 時計の音は以前のように大きくなってこなかった。むしろ二人の間で時間が止まっているかのようだった。突然、玲子はパッと顔を上げた。
 「先生。もしよければ私を拷問してください。そうすればきっと先生の気持ちもはれるわ。でもヘビだけはゆるしてくださいね。」
 山武は驚きのあまりしばし呆然と玲子をみつめた。山武が玲子の顔をはっきり見たのはこれがはじめてだった。その目はとても澄んでいた。一瞬山武は我を忘れて玲子の目を見た。だが次の瞬間、頬のあたりから起こってきた羞恥の念が山武の意識を現実に戻した。
 「できないよ。そんなこと。絶対に。それに現実に君を拷問にかけたいと言う気持ちはないような気がするんだ。」
 「それって空想サディズムね。」
 「ああ、そうだね。」
 ちょっぴり投げやりな口調で言う。山武が心のすべてを語ってくれたことが玲子に安心感をもたらした。同時に玲子の心にちょっぴり、(いや、かなり)いたずらな気持ちが起こった。
 「先生、やめないで。やめたらみんなに先生が変態だって必ずいいふらしますから。」
 玲子は子供っぽい口調で言った。山武はおそれで顔が真っ青になった。
 「ずるいよ。さっき誰にもいわないっていったじゃないか。」
 山武はおおあわてに言った。
 「女心は秋の空っていうじゃない。」
 そういって玲子は両手で頬杖をついて笑った。
 「お願いだからそれだけはやめてくれ。そんなことされたら僕はもう生きてられないよ。」その哀願は真剣そのものだった。玲子はますますうれしくなった。それは生殺与奪の権を手にした人間が感ぜずにはいられない至福の喜びだった。
 「そうね…・じゃ考えとくわ。先生が学校をやめないでくれるんなら絶対だれにもいわないわ。」
 「そ、そんな…・」
 その声は蚊の鳴くほど弱かった。玲子は手を打った。
 「そうだわ。私が3年に進級するまではやめないで。だってあと半年じゃない。そうすれば絶対誰にも言わないわ。」
 山武はぐったりうなだれていた。自分がばかなことを言ってしまったとつくづく後悔した。しかし心の片隅に、あえて言ってよかったという気持ちもかすかではあるが確かにあった。
 山武は大きくため息をついて顔を上げ、玲子をみた。ふたたび雲間からあらわれた西日が玲子の顔を照らした。玲子は無邪気な笑顔で笑っている。その無邪気さに一点のくもりもないのを感じると山武の心の中にあった、あえていってよかったというかすかな気持ちは徐々に大きくなっていった。山武は言った。
 「わかったよ。そうするよ。」
 そういって山武は大きく一呼吸して窓の外をみた。何度もみなれたつまらない田園の風景がはじめてみた景色ほどに新鮮に感じられた。山武は玲子に再び顔を向けていった。
 「なんだかとてもすっきりしたよ。もう一度この学校でやってみようと言う気持ちが起こってきたよ。君のおかげだよ。ははは。変な話だな。教師が生徒に立ち直らされるなんて。」
 山武は苦笑した。
「そんなことありませんわ。老いては子に従え、というじゃありませんか。」
「老いては、はひどいな。ぼくはまだ23だよ。」
 「それより先生、もう辞表をだしてしまったんでしょ。どうするんですか。」
 「それは撤回してもらうようたのんでみるよ。」


 やっと一段落した気持ちになった。窓の外には一番星が見える。
 秋は日がくれるのがはやい。山武は立ち上がってカーテンをしめ、電気をつけた。
 再び玲子と向かい合わせに座った。
 「先生、本当にやめないんでくれるんですね。」
 「ああ。」
 「あしたからまたきてくれるんですね。」
 「ああ、いくよ。」
 「よかった。これでまた先生のわかりやすい授業がきけるわ。」
 と胸に手を当てて半ば独り言のように言う。
 「せっかく先生のうちに来たんだから」
と言って玲子は思い出したようにカバンから教科書をとりだした。
 「わからないところがあるんです。教えてください。」
 と言って玲子は山武の隣にきて教科書のあるページを開いた。
 「ああ、いいよ。」
といって山武は玲子のさしだした英語の教科書に少し顔を近づけた。
 「ここがわからないんです。」
と言って玲子はあるセンテンスを指した。そこはまだ授業では教えていないところだった。だが勉強熱心な玲子はかなり先まで予習しているらしい。
 「えーと、ここのherのとこです。」
 「これは前文のa ship(船)のことだよ。英語の名詞はほとんど中性というか無性だ
けど船は例外で女性名詞なんだ。フランス語ではすべての物事に性別があるんだけどね。」
 「わかりました。じゃ、ここはどうなんてすか。」
 と言って玲子は別のページのセンテンスを指した。
 「ああ、これは強調構文だよ。Itとthatの間のin self-sacrificeがthat以下のクロー
ズの副詞句になっているんだよ。」
 「わかりました。じゃここはどう訳すんですか。」
 と言って玲子は別のページを開いた。そして山武の体にほとんどふれんばかりに近づいた。玲子のストレートの長い黒髪から石鹸のような匂いが伝わってきた。
 山武はここにいたってはじめて一つの重大なことに気がついた。それは自分が女性とこれほど近づいて話しをしたことなど一度もないということである。さらに山武はもっと重大なことに気がついた。それは今のこの状況がとてもあぶないということである。閉鎖された密室に男と女か肌がふれんばかりに近づいているのである。山武は心臓の鼓動がだんだん早くなってゆくのに気がついた。顔はだんだん赤くなっていった。同時に山武は自分の下腹部に血流が増加しはじめているのに気がついた。山武はあわててそれを玲子に気づかれないよう腰を少し引いた。山武は必死になってそこへの血流をいかせないようにした。だがそれは意志の力でコントロールできるものではなかった。心拍数の増加も同じであった。それは山武の必死の意志の制止をうらぎり指数関数的に上昇していった。山武が玲子の質問に答えないので玲子は山武の方にふりむいて、
 「これはどう訳すんですか。」
と再び聞いた。玲子がもろに山武に顔を向けたことが致命傷を与えた。
 「こ、これは…」山武の言葉はひどく震えていた。彼はもうその先を言うことができなかった。これ以上少しでも何かしゃべれば玲子に今の自分の苦境を悟られてしまう。だが答えないわけにはいかない。だが何かしゃべればその震えた口調から今の自分の心境を気づかれてしまう。まさにどうしようもない状況である。頭はますます混乱し、心拍数はますます高まる。
 「どうしたんですか。先生。」
 答えてくれない山武にしびれをきらした玲子が山武のほうに再び顔を向けて聞いた。だが山武は答えられない。うつむいて真っ赤になっている山武をみて玲子は山武の心を察し、うれしくなった。同時に山武をからかってみようといういたずらな気持ちが起こった。
 「先生。何を真っ赤になっているの。」
 わざとおちつきはらって丁寧な口調で言う。
 山武は答えられない。うつむいたまま頬を紅潮させている。そんな山武をみて玲子のいたずらな気持ちはますます大きくなった。玲子はいきなり山武の手をにぎった。ふるえている。
 「な、なにをするんだ。」
 山武は声を震わせていった。
 「先生、いやらしいこと考えていたでしょ。」
 「ば、ばかな。そんなことはないよ。」
 「じゃ何で声が震えているの。」
 山武は答えられない。玲子の山武をからかいたい欲求は頂点にたっした。
 「せえ~んせえ~。」
 玲子はめいっぱい、あまい声で言って山武の肩に頭をのせてきた。そして目を閉じた。
 山武の心臓は、はちきれんばかりにその拍出量を増した。
 「な、なにをするんだ、根木君。」
 山武は声を震わせていった。
 普通良識のある教師だったら、こういう時、「ばかなまねはやめたまえ。」と言って、彼女をひきはなすであろう。だが小心な山武には、それができないのである。
なぜかというと、一般に女性の方から男に声をかけてきた場合、それをことわることは女性に大変恥をかかせることになる。すぐに彼女をつきはなしてしまっては彼女に恥をかかせることになる。それがこわくて山武は玲子の手をふりほどくことができないのである。
それは山武の本心である。だがそれを大義名分に山武は、確かに、感じてはならないものを、いけないと思いつつ感じていた。
 頬にふれる清潔な石鹸のような匂いがする黒髪を…。
 肩から伝わってくるふくらみを…。
 その谷間から伝わってくる心臓の鼓動を…。
 山武の心は、極楽の蓮台の上で身を寄せ合っている佐助と春琴の心境に近かった。
 山武の本能は求めていた。
 できることならいつまでもこうしていられたら・・・。
 だが山武の理性はそれを激しく否定していた。
 (こんな状態をみとめることは教師のモラルに反する。)
 山武の超自我は山武にそう強く訴えていた。
 「や、やめたまえ。根木君。」
 山武は声を震わせていった。
 玲子に恥をかかせることのできない山武にできる唯一のことは、言葉による制止だけであった。だが玲子は山武の言葉など聞く耳をもたぬかのごとく、うっとりと、柔らかい笑顔で目をつむったまま、手を離そうとしない。
 「先生。」
 玲子はあまい声で言った。
 「好きにしてもいいわよ。」
 山武は一瞬、心臓が破裂して死ぬかと思った。全身がカタカタと小刻みに震えてきた。 「な、なにをばかなことをいうんだ。」
 すぐさま言うが玲子は聞く耳を持つそぶりもみせない。
 「私を拷問にかけたいんでしょ。かけてもいいわよ。」
 山武の心臓は破裂するかと思うくらいその拍出量を増した。
 「そんなことできるわけがないじゃないか。それにさっきも言ったように現実に君を拷問にかけたいという気持ちなんかないんだよ。ほんとうだよ。」
 玲子は何も言わない。うっとりと柔らかい笑顔で目をつむっている。
 「とにかくこんなことしててはいけないよ。」
 そう言って山武は玲子の手をほどき、彼女をひきはなした。
玲子が体を寄せてきてからかなりの時間がたっていたので、これならもう玲子に恥をかかせないですんだことになると思ったからだ。だが山武の本心を言えば、ちょっぴり(いや、かなり、いや、相当)残念ではあったが…・。
 引き離された玲子は笑顔で山武をみている。山武はやっと極度の緊張感から開放されて、ほっとした。山武の心拍数は徐々に平常値にもどっていった。玲子は立ち上がって山武と向かい合わせに座った。玲子はしばし、うれしそうな顔をして山武をみていたが突然、
 「先生、恋人いる?」
 と聞いた。
 「…・。」
 「どうなんです?」
 「い、いないよ。」
 山武はうつむいて答えた。
 「イナイ歴何年?」
 山武の心に(そんな質問に答えなきゃならない義務はないよ)と言いたい衝動が起こったが、小心な山武は玲子を前にして彼女に何か聞かれると正直に答えなくてはならない義務感のようなものが起こってしまうのだ。それでうつむいて「23年。」と正直に答えた。
 「じゃ、いままで一度も恋人をもったことがないんですね。」
 玲子はものすごくうれしそうな顔をしている。
 「恋をしたことはあるんですか。」
 玲子はさらに追い討ちをかける。これにはさすがの山武も少しいらだって、
 「そこまで答える義務はないよ。」
と言った。 玲子はうれしそうな顔をして、
 「先生。なにかの本で読みましたが、禁欲的な精神状態があまりに嵩じすぎると倒錯し
た感情が起こると書いてありましたよ。」
 山武自身そのことは知っていた。そして自分の精神状態がまさにそれであることも…・。
 「先生。私のこときらい?」
 「な、何を言うんだ。やぶからぼうに。」
 「どうなんです。きらいなんですか。」
 玲子は即座に追い討ちをかける。
 「き、きらいじゃないよ。」
 「じゃ、好き?」
 (そんな子供じみた質問に、)と、つい思ったが、自分自身に、短気をおこすな、と叱咤して、
 「生徒に個人的な感情をもつことは教師のモラルに反することだよ。だが一生徒として
はもちろん好きさ。」
 玲子はあいかわらず、うれしそうな顔で山武をみつめていたが突然、
 「私が先生の恋人になってあげるわ。どう?私じゃいや?」
 と聞いた。狼狽した山武だったが、すぐに、
 「だめだよ。そんなこと教師のモラルがゆるさないよ。」
 玲子は山武のあまりに融通のきかなさにいささかじれったくなって、
 「じゃ今度いつか一回でいいですから、どこかでデートしません?」
 「だめだよ。それもモラルに反するよ。」
 「もう、モラル、モラルって、かたっくるしいんですね。」
 玲子はいらだたしげに言った。
 山武はうつむいて「ごめん。」と言った。一瞬の間を置いて、玲子にふと面白い口実がおもいついた。
 (これなら山武の律儀さを逆に利用できる)
 と思ってうれしくなった。
 「一日でいいからデートしましょう。だって今まで私を無視しつづけてきて、私を悩ま
してきたんだもの。その謝罪としてなら先生の心のバランスもたもてるんじゃなくて…。」
 山武はしばし考えた後、
 「わかったよ。デートするよ。ただし一回だけだよ。こんなことが学校にしれたらたいへんだからね。君も僕も身の破滅だよ。」
 「うれしい。じゃ、どこにしようかなー。」
 玲子は頬杖をついて天井をみながらしばし考えた。
 「そうね。じゃ今度の日曜日。渋谷で。ブティックで洋服買って…。前からほしいと思っていた服があるの。それから他にもほしいものいろいろあるの。そのあとスカイラウンジでフランス料理食べて…・。もちろん費用は全部先生持ちで…。どう?」
 「わかったよ。それで謝罪になるならそうするよ。ただし一回だけだよ。こんなことが学校にしれたら身の破滅だからね。」
 もう、外は暗くなっていた。
 秋の日はつるべ落としである。
 もう7時になっていた。
 「もう、こんな時間だから帰ったほうがいい。」
 玲子は「はい。」と言って、教科書をかばんにしまった。そして、立ち上がって、玄関にむかった。彼女は靴をはいてから、ふりかえり、
 「先生。あした必ず学校にきてくださいね。」
 「ああ、必ず行くよ。」
 「絶対ですよ。こなかったら先生の秘密いいふらしちゃいますからね。」
 山武は一瞬、ギョッとして、顔から血の気が引いた。
 「いくよ。必ずいくから、それだけはお願いだからいわないで。」
 玲子は一瞬、「いまのはジョークですよ。」と言おうかと思ったが、やっぱり、それはやめにした。多少、非常なようでも言わないでいるほうが山武を確実に学校に来させることができると思ったからだ。それで、つつましい口調で、
 「先生。今日はどうもありがとうございました。私の勝手な頼みをきいてくださって。
それに勉強もおしえていただいて。」と言って、ペコリと頭をさげた。
山武は内心ほっとして、
 「僕の方こそ君にお礼をいわなくっちゃ。またあの学校で教師をつづけようと思うことができたのは君のおかげだよ。」
 玲子は再びペコリと頭をさげてから階段を降りていった。

  ☆   ☆   ☆

 玲子を見送ってからドアを閉めると山武は再び机の前に腰をおろした。
山武はしばしの間、我を忘れて、呆然としていた。山武の頭は、まるでるめまぐるしく進行する映画をみたような状態だった。実際、副交感神経優位型の山武にとって、これほど神経の酷使を要求された経験は生まれて一度もなかった。山武の頭はしばしの間、空白状態だった。
だが時間の経過が徐々に山武の意識を現実にもどしはじめていた。山武は無意識のうちに、玲子に対して心のすべてをあかしてしまったことが、はたして本当によかったのかどうか考えだしていた。再び、「やっぱりゆわないほうがよかったのでは。」という考えがあらわれだした。だが、玲子の悩みを解いてやったのだし、再びあの学校で教師をつづけようという決意がもてたのだし、やっばり言ってよかったのだという考えも心の一方にあった。30分ほど、その葛藤が山武を悩ませつづけた。
 ポツポツと窓ガラスを打つ音が聞こえ出した。小雨がふりだした。
 結局、山武はやっぱり、言ってよかったのだという結論に達した。心のそこからそう思ったのではなく、無理にそう思い込もうとしたのだった。それで気をまぎらわそうと明日の授業の予習をはじめた。山武は書棚から教科書とノートをとり、机に向かった。明日おしえるところは関係代名詞である。わかりにくい授業というのは教師が、わかっている自分を基準にして教えるからわからないのだ。もっと生徒の立場に立ってわかりやすくおしえなければ…・。
 「えーと。関係代名詞とはそもそも先行詞とそれを形容する形容詞節をつなぐ代名詞であって、先行詞はその形容詞節の中で、関係代名詞がwhoであれば主格、whomであれば目的格、whoseであれば所有格としてはたらき…。」
 (だめだ。だめだ。こんな説明の仕方じゃわかってもらえない。もっとわかりやすく説明しなければ…・。)
 それから30分近く、山武は関係代名詞の説明の仕方を考えた。だがどうもうまい説明の仕方が思いつかない。すると再び心の奥にしまいこんた玲子のことが気になりだした。
「やっぱりいわない方がよかったのでは。」という否定論が生まれ出した。そしてそれは加速度的に大きくなり、小心な山武を悩ませ出した。
「よく考えてみれば、ばかなことをいってしまったものだ。何で心のすべてを言ってしまったのだろう。なにも、いわなくてはならない義務などないのだ。」
そう考え出すと山武の心は否定論一辺倒になってしまった。山武は茶を飲みながら、冷静になろうと考え、もう一度何で自分が玲子に心を開いてしまったかを考えてみた。
「彼女に心を開いたのは彼女が真摯な態度で悩みを打ち明けてきたからだ。生徒の深刻な悩みに応じるのは教師の責任だからだと思ったからだ。ましてや自分が生徒を悩ましてるのであればなおさらだ。」
 そう思うと山武の心に再びいってよかったという気持ちが起こってきた。そう思うと山武は急にうれしくなって、歌でもうたいだしたい気分になった。外ではあいかわらず小刻みに小雨が窓ガラスをたたいている。山武は再び関係代名詞の説明の仕方にとりくんだ。だがどうもうまい説明の仕方が思いつかない。髪をかきむしり、呻吟して考えた。一時間ほど経った。するとまた一つのことが気になりだした。それは、彼女が誰にもいわないでくれるだろうか、ということだった。彼女ひとりが知っているならまだいい。だが玲子が誰かにしゃべってしまったら。そして、それが口から口へと学校中の生徒達に知れ渡ってしまったら。そう考えると山武はいてもたってもいられなくなった。彼女はしゃべらないでくれるだろうか。絶対しゃべらないとさっきは約束してくれた。あの子は誠実な子だから、もしかしたらしゃべらないでくれるかもしれない。だが彼女は友達も多く、友達と愉快におしゃべりするのが三度の食事より好きな子だ。そう考えると山武は気もそぞろになり、血の気の引いた顔を両手で覆った。おれはなんてばかなことをしてしまったのだ。彼女は今日のことは一生忘れないだろう。彼女が一生秘密を守ってくれるなんてまず無理だ。きっといつかなにかのひょうしにいってしまうだろう。
おれは一生彼女のきまぐれにおひえて生きなければならない。気の小さい人間の考えというものはひとたび否定的になるとそれは雪の坂道から雪だるまをころがすようにとめどもなく大きくなっていくものである。もしかすると彼女はもうすでに携帯電話で友達に今日のことを自慢げにはなしてしまっているかもしれない。そんな考えまでも起こってきた。あした学校にいくと玲子に約束したけれどやっぱりやめようか。学校も転任しようか。山武は一瞬本気でそう思った。だがすぐにそれはゆるされなことに気づいた。あした学校にこなければみんなにいいふらすといったからだ。(玲子にしてみればこれは冗談でいったつもりだったが小心な山武にはそれがわからないのである)
「ともかくあした学校へいかなくては…。」
山武はそのため、再び、関係代名詞の説明の仕方を考えようと思って教科書を手にとった。だが混乱した頭には、とてもそんなことを落ち着いて考えるゆとりはなかった。
山武は(もうどうとでもなれ)という捨て鉢な気持ちになって、ポテトチップスとポカリスエットをもってきて、テレビのスイッチを入れた。酒が飲める人ならこういう時、やけ酒を飲むのだろうが山武は酒が飲めない。
テレビではボクシングの日本バンタム級タイトルマッチが始まるところだった。放送席にはゲスト解説者として、元ライト級世界チャンピオンがいた。
「挑戦者はどういった戦術でチャンピオンに対抗したらいいのでしょうか。」とのアナウンサーの質問に対し、ゲストの元世界チャンピオンは、
「チャンピオンは持久戦に強いです。一方、挑戦者のA君はスタミナの点でやや劣りますが、インファイトを得意とする速戦型です。ですから第一ラウンドから一気に攻めるべきでしょうね。それが唯一の勝機をつかむ方法ですよ。」
と自信に満ちた解説をした。それをセコンドが聞いていたのか、実際、試合が始まると挑戦者は第一ラウンドから一気に攻めた。すると第二ラウンドでチャンピオンのカウンターパンチが挑戦者にきれいにきまった。それが起点となって勝敗の趨勢は一気にチャンピオンの側へ傾いた。第二ラウンドの終わりには挑戦者はもう足にきていた。そして第三ラウンドで挑戦者はチャンピオンの連打をうけ、ダウンし、あっけなくK・Oで勝負がついた。
「敗因はいったい何だったのでしょうか。」
とのアナウンサーの質問に対し、ゲストの元世界チャンピオンは、
「いやーA君はスタミナの配分を考えなかったのがまずかったですね。それが最大の敗因とみてまず間違いないでしょう。」
としみじみした口調で語った。山武はこの元世界チャンピオンは現役時代、パンチをくいすぎてパンチドランカーになってしまったのだと確信した。山武はチャンネルをかえた。プロレス中継をしていた。ジュニアヘビー級の試合で、メキシコの空中殺法を得意とする覆面レスラーと蹴りのうまい日本のレスラーとの対戦だった。ヘビー級ではみられない、スピーディーな試合だった。山武は覆面レスラーをみてふと思った。
覆面・・・・正体を知られない・・・・うらやましい・・・・あした・・・・ふくめんをしていこうか・・・・そのためには・・・・今からふくめんを縫わねば・・・・先生が・・・・よなべーをして・・・・ふくめーん編んでくれた・・・・などとばかげたことを考えていた。プロレス中継は三十分ほどでおわった。時計をみるともう一時をまわっていた。あした遅刻してはみっともない。山武はもう寝ようと思って、机をかたずけて、蒲団をしいた。そして歯をみがいてから、10回口をゆすいで、寝間着に着替え、床についた。山武は蒲団の中で、えびのようにちぢこまって、どうか玲子が一生しゃべらないでください、とゲッセマネのキリスト以上の敬虔さをもって心の底からいのった。窓の外では、あいかわらず雨が屋根を叩いている。山武は枕元に置いてある数冊の本の中から「図太い神経になるには」という本をとって、パラパラとめくって読んだ。山武は小心な自分の性格をかえたくて、以前にこれを買って読んだのだが、本をよんだからといって性格はかわるものではない、とつくづく思った。そうこうしているうちにやがて睡魔がおとずれて、山武の意識は徐々にうすれていった。山武の精神は山武にとってもっとも安楽で平和な世界へ入っていった。

   ☆   ☆   ☆

 翌日は雨はやんでいたが、あいかわらず降り出しそうなくもり空だった。降水確率は五十パーセントとテレビの天気予報は言った。彼女はもうきのう、みんなに電話をかけまくって、みんなおれの恥を知っているにちがいない。ペシミストの山武はもう、そう確信していた。だが鏡の前でネクタイをしめながら、山武は心の中で決死の覚悟をした。
しっかりしろ。世の中にはもっとつらい恥に耐えて生きている人間もかぞえきれないほどいるじゃないか。なにも死刑になるわけじゃなし…・。
トーストとコーヒーの軽い朝食をすませたのち、七時半に、意を決し、アパートをでた。学校へは四日ぶりである。精神が高ぶっているため、いつもの景色がはじめてみるように新鮮に感じられる。駅までの道で、山武はこの日、この前まではまったく気がつかなかった、路傍の一輪の青紫色の桔梗の存在に気づいた。通勤電車はあいかわらず、すしづめだった。
駅を降りて、学校に近づくにつれ、生徒達の姿がちらほらみえだした。山武の心に再びためらいの気持ちが起こった。
躊躇する気持ちが山武を立ちどまらせた。
その時、
(キキー!!)
自転車の止まる音が背後に聞こえた。山武はうしろからポンと肩をたたかれた。
山武がふり返ると玲子がいた。
「おっはよ。先生。」
その笑顔は昨日のことなどまるで忘れているかのようだった。
「や、やあ。お、おはよう。」
山武はひきつったような無理につくった笑顔でこたえた。だがその顔は今にもなきそう
なほど弱々しかった。玲子は刹那に山武の今の心をみぬいた。同時に、やさしさがおこってきた。
「きのうのこと、まだ誰にもいってないよ。一生誰にもいわないよ。だから学校やめな
いでね。今度の日曜デートしよ。」
そう言って玲子はペダルを力強くこいでいった。
この一言は山武の悩みを瞬時にして完全に取り去った。
きのう一晩悩んだことは、まったくの取り越し苦労だったのだ。
山武の心に今まで一度も経験したことのないほどのよろこびがわきあがってきた。
この学校でもう一度やろう。やっていける。という自信と、そのよろこびが胸の奥深く
からはちきれんばかりにわきあがってきた。
刹那の手持ちぶさたが山武の顔を空へ向けさせた。
かわりやすい秋の空ではいつしか雲間から日がさしはじめていた。

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女生徒、カチカチ山と十六の短編 (小説)(2)

2020-07-08 03:41:11 | 小説
女生徒

 朝。ふー。まだねむっちいぜー。ねぼけまなこで着替え、歯をみがき、カガミをみて、イーだ。と言って、あくびをしながらねぼけまなこで朝食をたべる。金魚にエサをやり、ひひひと笑う。あっかんべーして、ネコに、おう、いってくるぜいっ、と言って学校にでかける。学校で友達に
「ユカ。あんたヤンジャンのグラビアにのったじゃん。」といわれると、
「うん。どうだっち。」
「あんた男に利用されてるよ。」と言われると
「フーン。そんなもんかな。」と何処吹く風。授業がはじまると、
「フアー数学なんてつまんないよ。」
と言って、さっそくねむくなる。
「朝っぱらから寝るな。」
と二時間目に英語の先生におこされる。彼女もがんばって授業をきこうと努力はするが。努力する点はえらい。彼女は小学校の習字の時、努力とかいて、二重まるをもらって、それを今でも大切にもっている。昼食はちゃんと残さず食べる。ただピーマンだけはのこす。
「ユカ。おいしい?」
ときくと、彼女は
「何でそんなこときくんだっち。」という。
「ユカ。あんた好きな授業あるのー?」ときかれると
「ないよ。」
と当然のごとく答える。
「ユカ。あんた、何がすきなのー。」ときかれると「別にー。」と答える。
 「ユカ。あんた子供とおもわれてるよ。」
 「べつにかまわんよ。」
 「ユカ。あんた、ムッとした表情がセールスポイントと思われてるよ。」
 「なら、ムッとするよ。」
 「ユカあんた、邪悪な女、悪の美、デカダンスの魅力、いたずらっ気の魅力があると思われてるよ。」
 「そんなもんかいな。」
 「ユカあんた、ちょっとボーイシュな魅力もあると思われてるよ。」
 「フーン。そうかねー。」
 「ユカあんた、正当派ではなく邪道派の魅力、一番ではなく二番の魅力があると思われてるよ。」
 「そんなもんかなー。」
 「ユカあんたツンとした鼻と母性愛がぜんぜん感じられないあがり目と子供っぽい口もとが男にうけてるよ。」
 「フーン。そうかにー。」
 「ユカあんた、ユカ言葉をつくられて偏見でみられてて、社会があんたに期待する性格をおしつけられてるよ。」
 「別にかまわんよ。」
 「ユカあんた、強烈な個性ではなく、普遍性、つまり現代の女の精神の属性を有しつつ、その精神そのものが時代につくられていない反骨性、つまり、時代につくられたはずの精神が時代に反発している面がある個性、つまり誰にとっても時代は産みの親であると同時に、無意識的に戦っている敵でもあるけれど、あんたの場合、あんたの視点が、時代につくられると同時に時代をひややかにみている感性がうけてるんだと思うよ。」
「何をいってるんだかよくわからないよ。」 
「つまりね。別のコトバでいうなら泥っぽい悪い意味での愛のなさ、よくいえばクール。物事に対する無関心性、子供のような冷酷性、いつの時代でも人間があこがれ、求めるところの精神の自由、があんたにはあるんだよ。」
 「私は普通の人間じゃないの?」
「だからね。換言するとね。他の人間は仏教でいうところの一切皆苦の荒波の中であがいているのに、あんたの精神は仏教でいうところのニルバーナにあるんだよ。」
「…・。よけいわからんよっ。」
 「ユカ、あんたいい性格なのに、ちょっとワルっぽくみえるアンビバレンシー、つまり天使の心をもった小悪魔、あるいはその逆で、小悪魔の心をもった天使の外見、つまり、心身不一如のギャップ、矛盾、が男の心に緊張をつくり出し、それがうけているんだと思うよ。」
 「・・・・。」
 「ユカ、あんた性に対する自覚のなさ、肉体の発達に精神の発達がおいついていないアンバランスの魅力、感性が未成熟にみえる故の不可侵性、気まぐれな子供が核兵器をもってるようなあぶなっかしさのスリルがうけてるんだと思うよ。」
 「何をいってるんだか全然わからんよっ。わけのわからん分析をせんでくれいっ。」
 彼女はあまり運動も好きじゃない。たまに気が向いた時に、バレーボールのサービスを「エーイ。」として、オーバーして「キシシ。」と笑う。
 彼女は掃除当番の時、そうじはちゃんとやる。学校がおわって帰り道で、ブティックに友達と寄る。
 「ユカ。これかわいいと思わない。」
と友達にいわれると、その動物の模型をみて、
「キシシ。かもね。」
と笑う。写真の撮影のある時、カメラマンにパシャパシャとられても、ムスッとして、リアクションがない。
 「笑って。」というと、「キシシ。」と「あっかんべー。」をやる。ここまでいくと本当に小学生である。万一、彼女が、この拙文をよんだらおこりはしないか、と心配になってくる。(ユカさんごめんなさい。)
 彼女は写真をとられることは、さほどいやではない。
「写真はきらいじゃないよ。でも、つかれちったよ。」
という。家に帰ると、ネコに、
「おう。かえってきたぜいっ。」
といい、金魚にエサをやり、ひひひ、と笑い、あっかんべーして、ごはんたべてねる。 彼女は、お父さんだけで、お父さんは国内か海外支社に派遣されてる一人っ子という感じ。






カチカチ山

小説家の太宰治氏が、おとぎ話のカチカチ山をパロディー化しているが、あれは実に面白く、私もパロディー化してみたいと思ったが、やはり原作以上のものは書けない。否、書けるタヌキもある。ウサギはタヌキ以上にタヌキである。
 タヌキはフーサイのあがらぬ小説家で、ウサギは美女である。タヌキがウサギにデートを申し込むとウサギはフンフンと鼻先であしらって聞きながらデート一回につき、いくらとお金を要求する。そこはビジネスである。
 タヌキは自分の財産を出しつくしてウサギとデートした。といっても売れない小説家の原稿料であるからたかが知れている。お金がなくなったタヌキがウサギに会いにいくとウサギは、
「お金がないあなたに用はないわ。」
という。タヌキが一人帰ろうとすると、ウサギは一人ごとのように、山のふもとに、おじいさんとおばあさんがたがやしてる畑があるでしょ。話はかわるけど、やみの野菜を買い取って売ってくれるやみの仲買人を私は知っているんだけど、と言って、そのブローカーの電話番号を言った。
 タヌキはおじいさんおばあさんの畑のヤサイを夜ぬすんで、仲買人に売ってその金をウサギとのデート料にあてるようになった。
 実をいうと、ウサギは前この畑のニンジンをほっているところを畑の所有者の老夫婦に見つけられ捕まえられ、さんざんおしおきされたことをうらみに思っていたのである。じいさんばあさんが、また最近、畑あらしがではじめて、きっとあのウサギだと思っているところへ、ウサギが、ピアスと茶髪とミニスカにコートにカッポンカッポンシューズというおきまりのいでたちであらわれた。
「ややっ。でたな。ぬすっとたけだけしいとはお前のことじゃ。最近また畑をあらすようになったのはお前だろう。こんどはようしゃせんぞ。仏の顔も三度までだ。」
 と一度目で十分なおしおきをしておきながら言う。ウサギはつつましそうに正座して、
「それはあんまりです。」
と目に涙をうかべて、伏せ目がちに訴えた。
「実をいうと今、裏山にタヌキが一匹住みついているのですが、この人が畑のものをとっているんです。私も以前、畑のニンジンをとろうとしたことがありますが、それもタヌキさんの命令でしたことなのです。」
と語った。老夫婦は半信半疑だったが、ぬす人がどうして自分から被害者の前にあらわれるでしょう。コロンボじゃあるまいし。今日あたり、またきっとタヌキが畑をあらしにくると思います。しかけをつくっておいて、現行犯でタヌキをつかまえなさるといい、と言った。
 じいさんは、しばしだまって考えた後、
「確かにお前がぬすんでいるのなら、自分からわざわざでてくることはおかしいな。でもなぜわざわざ危険をおかしてまで言いにきたのだ。」
と問うと、ウサギは目をりんとひからせて、ジャンヌ・ダルクのように、
「正義のためです。」と一コト言った。
その夜、老夫婦がつくったしかけにタヌキがみごとにかかった。老夫婦が、よくも今まで畑を荒らしておくれだね。今度という今度はようしゃしないから、かくごしておき。というとタヌキは万引きをみつけられた少女のようにただただ、ゴメンなさい、ゴメンなさい、もうしません、とあやまった。が、ゆるしてくれるほど人間の心というものは寛大ではない。
 タヌキは柱につなぎとめられた。翌日の夜、たぬき汁をすることとあいなった。炎天がジリジリと身をやく。のどがやけつくようにあつい。
「身はたとえタヌキ汁にはなりぬともとどめおかまし大和魂。」
などと辞世の句もつくった。
 じいさんは仕事にでかけて、屋敷にはばあさん一人である。タヌキはちょうどギロチンを刻一刻とまつルイ十六世の気持ちだった。ばあさんはじいさんの服のほころびをなおしていた。がコクリコクリとねむりだした。タヌキは何度か縄をのがれようともがいてみたがむなしい徒労におわった、その時である。うしろでこそこそと音がしたかと思うと、忘れもしないあのウサギの声がする。
「タヌキさん。あなたがつかまっていることを聞き、助けに来ました。」
 タヌキは目をうるませて、ああ、ありがたい、というか、うれしい、というか地獄に仏というか、女神とはまさにこのことだ。その心がうれしい。ウサギは、あなたがタヌキ汁にされるのなんて私耐えられません。と言って、いましめを解こうとする。
「でもきいて。ひどいのよ。あのおばあさん。何の罪もない私を前、しばって拷問にかけたの。それと、この家にはどこかに小判がかくされているらしいけど、どこにかくされてるのかよくわからないの。おもてむきは、善良な農家をよそおっているけど、本当は、人身売買のブローカーをしてしこたまもうけてるのよ。」
とまことしやかに言う。タヌキは、それはゆるせん、と義憤に燃え、自由の身になると、天誅だ。神罰をくらえ、といってボクッと老婆を蹴った。
 もちろん、ウサギはタヌキの縄を解いたらすぐ、戸口の外へでて節穴から中を窺った。タヌキは老婆を蹴ってから腕をねじあげ、
「やい、小判のありかを言え。」
と言ったが、
「いたた、知らないよ。そんなのないよ。」という。
タヌキは老婆をつきはなし、箪笥の引き出しをあけて、めぼしい金品をとって走り去った。その晩、じいさんが畑から帰ってくると、ばあさんは、じいさんに泣きつき、くやしいよ、じいさん、わたしゃ生きてて、こんなくやしい目にあったことはないよ、といって、今日のいきさつを語る。じいさんもそれをきいて、ばあさんと共にくやしがった。
 その翌日である。ウサギがピョコリとかわいらしくやってきた。例のピアスに茶髪に、ミニスカにカッポンカッポンシューズといういでたちで。タヌキが畑をあらしにきたことが、ウサギの予言どおりあたったので、ばあさんは今はウサギをすっかり信用して、前はひどいことをしてすまなかったね、とわびて、丁重にもてなし、タヌキにひどい目にあわされたいきさつを話した。
「くやしくてくやしくてしようがない。」
というばあさんの訴えをだまってきいていたウサギだったが、
「それは、ゆるせない、ゆるしてもならない悪業ですね。かよわい非力な私ですが、天にかわって、タヌキを成敗しましょう。」
と言って、タヌキ必殺の青写真を話した。こってりと念を入れてタヌキをイビリ殺すのである。しばかりに行くと言って、タヌキにしばを刈らせ、かつがせ、それに火をつける。そして、そのヤケドの場所に薬だといってカラシをぬる。そして最後には海へデートといってつれだし、ドロ船でデキ死させてしまう。とまあ、こんな具合いである。モンテ・クリスト伯より念が入ってる。ばあさんは目から涙を流してよろこび、エンザイのイシャ料とタヌキ殺しの前金としてかなりの額の小判をウサギにわたした。ウサギは桃太郎のような気分で、ばあさんの家をでた。
 それから先のストーリーは原作者の太宰治さんのとうりである。
 場面はラストのタヌキとウサギが浜辺で舟をつくっているところ。
 「ちくしょう。知ってるぞ。オレは。お前はこのドロ舟でオレを殺そうってわけだな。トホホ・・・。オレは・・・何だって自分を沈めるドロ舟をつくっているんだろう。なあ。せめてなぜかおしえてくれよ。この前はカチカチ山で薬といってカラシをぬっただろう。タヌキはなータヌキねいり、とか人をだましたりできるんだから頭がいいんだぞ。君はたしかにかわいいよ。たのむからおしえてくれよ。」
と言うとウサギは
「そうよ。私はギゼンはいわないわ。あなたはこのドロ舟で死ぬのよ。考えてみればかわいそうね。でもそれが運命だと思ってがまんしてね。この前のカチカチ山の時のこともゴメンね。でも運命だったのよ。」
 タヌキ「そりゃひでーや。でも君は正直でいい子だね。でもそうきくとオレも何だかドロ舟をつくるかいがちょっとだけでてきたよ。トホホ・・・。なけてくるぜ。」
ウサギは絶対しずまない木の不沈船をトントンと大切そうにつくりながらバカタヌキの一人言をききながしている。
「なあ、ウサギ君。君は今は美しいが、君も年をとるってこと知ってるかい。」
「ええ。知ってるわ。でもそんなのずっと先のことよ。」
「そうかい。でも歳月人をまたずってういぜ。ところで一つたのみがあるんだが、オレは死ぬまぎわまで、カチカチとノートパソコンをたたいているんだけれども、それは、今のこのできごとを物語にしているのだよ。オレのたのみというのはほかでもない。オレが死んだ後どうか、オレのつたない文でもひろってくれそうな出版社に投稿してくれないかい。君の今の美しさは文の中でかがやきつづけるのだよ。」
というとウサギは「ええ。いいわよ。」という。
「さあ。できた。できた。」
とウサギがよろこぶ瞳の中に少しのレンビンの情のないのをみるとさすがタヌキもホロリとなきたくなったが、ないてもシャレにならないことは知っているので
「なーいちゃならねー。タヌキはよー。」
などと節をつけながらドロ船のしあげをする。
晴天に波はキラキラと光り絶好のタヌキ殺し日和りである。








少年

子供のころの思い出は、誰にとっても懐かしく、あまずっぱい、光と汗の実感でつくられた、ここちよい、肌が汗ばみだす初夏の日の思い出のようなものでしょうが、子供は、まだ未知なことでいっぱいで、あそびにせよ、けんかにせよ、大人のように制限がなく、やりたいことを、おもいっきり、発散できるからで、夢のような自由な世界がなつかしくなるからでしょう。
 私が小学校六年の時、光子という一人の少女が、ひときわ、なつかしく、思い出されます。
 彼女は、高校一年のひときわ、あかるく、かわいらしい子で、でもちょっとかわった性格があり、それは今思うと、性にめざめはじめた思春期のせいか、それとも彼女がもつ特別な性格のせいだったのか、それは、今でもわかりませんが、彼女は今でも私の思い出のひきだしの中に、みずみずしく、なつかしく、生きていて、できることなら、もう一度、あのころにもどりたいくらいです。
 しかし、それは現実にはできないことですが、何とか彼女が生きた、みずみずしい美しさを書いておきたくて、書くことは好きなので、書くことで彼女を再現してみようと思いました。 
 私は小学校を東京から少し離れた公団住宅で過ごし、団地の中の小学校へ通っていたのですが、そこに、はなわ信一という、色白のおとなしい子がいました。彼は別の学校から転校してきた子で、友達をつくろうともせず、いつもポケットに手をつっこんで、壁にもたれて観察するような目でクラスの様子をみている子でした。
 私も、元々、友達づきあいがにが手で、彼に同類の親近感のようなものを感じて、どちらからということもなく、彼と親しく、つきあうようになりました。
 クラスには叶という、ふとってて、何事につけてもノロくて、友達にからかわれていた子がいました。信一は、ちょっとへそまがりの、なまいきで、私には、それが、彼の魅力でもあったのですが、ある時、叶をからかっている連中をうしろからいきなり、けっとばしたことがありました。彼らはギョっと、おどろいて、体も小さく、たいして力もなさそうな、いつもは、おとなしい信一の暴挙をきみわるがってか、すごすごと、その場を去って行きました。
 以前、信一は、オレのオヤジはXX組のヤクザの幹部だぞ、などと言ったこともあります。助けられた叶は、すがるように信一にお礼を言って、ペコペコ頭をさげ、それ以来、信一を、おやぶん、おやぶん、と言って、したうようになりましたが、信一は、フン。お前なんかを助けるためじゃないよ、何となく、気にくわないヤツをけりたくなったから、けっただけさ、などといいました。
 ある時、学校のかえりに、私は信一にさそわれて、叶といっしょに信一の家に行きました。信一の実母は三年前に交通事故で死んでしまい、一周忌がすむと、彼の父は、ある未亡人と再婚していました。義母には、光子という高校一年になる元気な子がいました。
 信一と私と叶が光子のPHSのゲームで遊んでいると、光子が、入ってきて、
「信ちゃん。私のものにさわらないでよ。」
とおこった口調で言います。信一は、キッとなり、
「ふんだ。ねえさんのけちんぼ。」
といって、近くにあった、ぬいぐるみを光子になげつけましたが、光子はそれをスッとかわすと、フンと言って、部屋を出て行きました。信一は、あいつ、なまいきだから毎日、うんといじめてやるんだ、と、本当か、まけおしみか、わからないことをいいます。それからだんだん、私と叶は信一の家にあそびに行くようになりました。
光子はいつも窓ぎわでCDをききながら少女マンガを読んでいました。ある時、信一はきつねごっこをやろうよ、といいだしました。きつねごっことは、人間に化けて、人をからかうキツネをさむらいが、その正体をみやぶって、こらしめる、というものでした。光子がキツネで、私と叶が、だまされ役、信一が、さむらい、といいます。
 よこできいていた光子は、面白いと思ったのか、よし、やろう、やろう、と言って腰をあげました。光子は台所からクッキーと紅茶をもってくると、おかしを足でグチャグチャにして、紅茶に、つばをいれます。それを私と叶は、だまされたふりをして、おいしい、おいしい、といって、のむと、光子も、おもしろくなってきたのか、だんだん図にのってきます。
光子の魔法の笛にあわせて私と叶がおどって、よっぱらって頭をぶつけて、ころんだり、ねたふりをすると、光子がかまわず、ふんでいきます。もう光子は、おもしろくなって、遠慮なく、体重を全部のせて、笑いながら、ギューギューと踏み歩いて、ああ、つかれた一休みしよう、と言って、ドンと重たいおしりをおろしたりします。そこへ、さむらい役の信一がおもむろに登場します。やい。このワルギツネめ。人に化けて、人間をからかう、とは、何てやつ。ふんじばってくれるからかくごしろ。信一は私と叶をうながして、光子をとりおさえようとしますが、光子はオテンバの本性をあらわし、
「ふん。ばれたら、仕方がないね。あばよ。お前らみたいなトウヘンボクにつかまってたまるもんかい。」
といって、にげようとします。が、光子は高校一年、私たちは小学校六年で、四つの年の差は、さすがに、光子を容易につかまえさせません。
それでも、こちらは三人なので、又、光子にもキツネごっこのストーリーに従わなくては、という意識があってか、ようやくのこと、とりおさえて、ねじふせます。信一が用意していたらしい縄で、光子の手をうしろでしばりあげようとすると、
「あら信ちゃん。むちゃしちゃいやだよ。」
といいますが、さすがに三対一には、かなわず、光子を柱にくくりつけ、ハンカチで、さるぐつわをすると、はじめは、もがいていた光子も、グッタリして目をとじ、カンネンしたらしく。私たちは、やあ、やあ、よくもだましてくれたな、ふとどきなキツネめ。といって、体や顔のあちこちをつねったり、くすぐったり、化粧といって顔にツバをぬったり、さっき光子がしたように、体をふんだりします。オテンバで、年も上の光子なので、もっと抵抗しようとするかと、思っていたのですが、不思議なほどに、光子は、おとなしく、だまって横ずわりしています。
しばしたって、もう興がさめて、光子の縄とさるぐつわをとくと、光子はソッと顔を洗いに出ていきましたが、顔を洗って、もどってくると、
「ああ、ひどい目にあわされた。キツネごっこなんて、もう二度とやらないから。」
といいながらも、なぜかニコニコうれしそうな様子です。
私たちは自由になった光子が、おこって、仕返しをするのでは、と思いましたが、何事もまるでなかったかのような様子です。光子は窓際に行くと、CDをヘッドホンでききながらコミックを読み、私たちは、テレビゲームにと、元のように別々にあそびはじめました。そんなことがきっかけで私と叶は信一の家へ、足しげくあそびに行くようになりました。 
 ある時、私たちが、テレビゲームで遊んでいると、光子の方から、
「ねえキツネごっこをやらない。」
と、モジモジといい出したので、私はおどろきました。私は、光子が、この前やられた、しかえし、のため、だと思い、光子がキツネになって、ふざける度合い、が、だんだん強くなっていくのでは、と思いました。
しかし前半の光子のふざけの部分は、前より何か、かるくなったようで、何か形だけしているような感じで光子が、おもしろがっている様子は、ぜんぜん感じられません。今度は私たちが光子に、しかえしする番になりました。が、それでは、こちらも、しかえし、してやろう、という気持ち、も、おこってこず、何か、しらけぎみになっていると、光子は、
「さ、さあ、私は、人をダマしたワルギツネだよ。」
と、あそびのつづきを催促するようなことをいいます。しかし、その声はふるえていました。私たちは、光子をしばりあげ、この前と同じように柱につなぎとめ、めかくししました。しかし、たいして、からかわれていないので、光子に悪フザケをする気があまりおこらず、もてあましていました。すると光子は、
「さ、さあ、悪ギツネはおきゅうをすえられるんだろう、この前と同じように、やっておくれ。」
と声をふるわせながら言いました。
私たちは、しかたなく、鼻をつまんだり、ツバを顔にぬったり、顔をふんだり、スカートをあちこちから、めくって光子を困らせたりしました。すると、光子はだんだん呼吸をあらくして、切ない喘ぎ声をあげだしました。
私と叶は何か、きみわるくなって横でみていましたが、信一はあらゆるいじわるを躊躇なく楽しむことができる性格だったので、さかんにめかくしされた光子をいじめます。信一に手伝うよういわれて、私たちも光子の責めに加わりました。
はじめは、おそるおそるでしたが、しだいになれてくるにしたがって、おもしろくなり、光子の頬をピチャピチャたたいたり、足指で、鼻や耳をつまんでみたりしました。そのうち、キツネごっこは、後半の光子がせめられるだけのものになりました。光子は、さ、さあ、もう、どうとでもしておくれ、といって、ドンと私達の前に座りこんでしまいます。すると、信一はいろいろな方法で光子を困らせ、光子が悲鳴をあげて、本当に泣くまでせめるようになりました。
信一はいじわるするのが好きで、光子はその逆のようで、変な具合に相性が合うのです。でも、はじめのうちは、あそびがおわると、光子も、やりきれなそうな、不安げな顔つきでしたが、だんだん、なれるにつれて、この変なあそびがおわると、光子にすぐにいつもの明るい笑顔がもどって、信一を、
「こいつ。」
といって、コツンとたたいたりするようになりました。不思議なことに光子は、いじめられてばかり、いるのに、私たちがくる日には、手をかけて、たのしそうにチーズケーキなんかをつくって、まっててくれるのです。その後、信一と光子がどうなったか、それは知りません。






シケンカントク

ここはあるシケンのシケン会場。拓殖大学の六階。年に一度のシケンなので、受験生は、おちたら、もう一年同じことをやらなくてはならないし、やったからといって、学力が上がる、というわけでもないようなので、一年をこの日のためについやしてきた、のだから、もっとキンチョーしたフンイキでもいいと思うのだが、さほど、はりつめたフンイキではなく、またそうぞうしくもない。シケンカントクは四人で、ジャベール的な人はいなかったので、こちらもリラックスしてシケンという自分とのコドクな戦いに集中できた。若い、京本的なスポークスマンと、うるわしき、いとなやましげなる人がいた。私は、その時のシケンはおちて、同じ勉強をするはめになった。
 ある初夏の日、気がつくと私はその二人をイメージして、掌編小説をかいていた。
 彼らは試験がおわったら、いっしょに車で帰って行った。試験監督おわりの飲み会・・・ということで、これからカラオケスナックに行くらしい。
 スポークスマンの若い男が、
 「二日間、ごくろうさま。」
 と、ねぎらって、カンパーイ。ゴクゴクゴクッ。ウィー。ヒック。
「飲もおー。今日はーとこーとんもーりーあがろーよー(森高千里)」・・・てな具合でもりあがった。
 名前は、スポークスマンが「牧」で、
 女の人は「佐藤」・・である。
 彼は一曲うたったあと、カウンターでマスターと話している。彼は少しの酒ですぐ赤くなる。つかれて少しうつむきかげん。彼女はさりげなくとなりに座ってマスターに、オン・ザ・ロックを注文する。その声に彼はハッと気づいて目がさえる。彼はグラスを手でまわしながら、
 「グラスの底に顔があったっていいじゃないか・・・」
 と、わけのわからんことをつぶやきながら照れくさそうにしている。彼女のあたたかさが伝わってくる。
 「牧さん、おつかれさまでした。」
 「い、いえ。佐藤さんこそおつかれさまです。」
 彼女はおもしろがって、
 「私、忘れっぽいから、お酒がはいった時、言ったことや聞いたことって翌日になると、すっかり忘れてしまって、おもいだそうとしてもおもい出せないの。牧さんは知性的だから、そんなことはないでしょう。」
 彼「い、いえ。僕もまったく忘れっぽいです。」
 彼女、前をみてる彼を微笑みながら、じっとみすえて、
 「私、牧さん好きです。」
 と、きっぱり言った。他の人は離れた所にいて、カラオケをたのしんでいる。室内にひびくマイクの大きさは、彼女のコトバを消すのに十分だった。マスターは気をきかせて、さりげなく厨房に入っていった。スポークスマン、声をふるわせて、
 「ぼ、僕も佐藤さん。好きです。とってもすきです。」
 そのあと、マスターがもどってきて、二人はだまってのみつづけた。
 翌朝、社へ向かう途中の交差点で二人は出会った。彼は少し恥ずかしそうに、
 「おはようございます。」
 と言った。彼女も同じコトバを返した。彼女は空をみて、
 「私、きのう何かいったかしら。ぜんぜんおぼえてないわ。牧さんはおぼえていますか。」
彼は胸をなでおろし、ほがらかな口調ではっきりと言った。
 「僕もまったくおぼえていません。」
 彼はさらにつけ加えた。
 「さ。今週も一週間ガンばりましょう。」
 彼女も快活に「ええ。」と答えた。
 信号が青にかわった。
 人々はそれぞれの目的地へ向かって歩きだす。
 大都会の一日がはじまる。







砂浜の足跡

武司の期待はあたった。少女はこの前と同じ場所でこの前と同じ表情でじっと海をみつめている。先週武司は勇気をだして声をかけてみた。
 「ねえ君、何を悩んでるの。失恋でもしたの。よかったらちょっと話しない?」
 少女はさめた一瞥を与えたのち、だまってその場を去った。
 「あなたみたいな人じゃロマンチックな気分がだいなしだわ。」
 少女の無言の表情はこう語っていた。武司もその通りだと思った。その時はもう二度とくるまいと思った。だが武司はどうしてもこずにはいられなかった。そのかわりこれを最後にしようと思った。国道の下を横切るトンネルの先からは以前と同じ位置に以前と同じ漁船が三隻凪いだ海で静かにその営みをしていた。
武司はトンネルからおずおずと顔を出して砂浜をみた。

はたして少女は武司の予想通りこの前と同じ場所で、この前と同じ表情でだまって海を見つめていた。少女はすぐに武司に気づいてふり返った。
 「やあ。」
武司はへどもどして頭をさげた。だが少女はそれを無視した。そして、すぐその視線を海へ戻した。武司はがっかりして、江ノ島へむかって歩きはじめた。砂を一歩一歩踏みしめて歩きながら、武司は自分の存在が彼女の目ざわりになったことを後悔していた。
 「自分みたいなダサイやつはよけいなことなどするな。」
武司は自分にそういいきかせた。江ノ島は陽炎の中でゆらいでいた。武司はそれをみつめて歩いた。

    ☆  ☆  ☆

 もうみえなくなったかな。
武司の心にあった最後の未練な気持ちが彼をふり返らせた。すると少女はいつの間にか、裸足になって波とたわむれていた。その顔はたしかに笑っていた。
寄せる波からは逃げ、引く波は追い・・・・・。
すると武司もうれしくなった。武司は国道に沿って並んでいる大きなコンクリートブロックのかげに少女にみえないように腰掛けて、少女が波とたわむれるのを見守った。
あたりにはだれもいない。少女は自分が一人きりだと思っているのだろう。だんだん調子にのって波をばかにしだした。すると海の方でも怒ったのか、静かだった海は突然大きな波をひとつこしらえた。
 予想外のことに少女はあわてて逃げようとした。が、砂の中にうまっていた木のかけらが少女の足を捕らえた。少女はころんだ。さらにわるいことに足がつってしまったらしい。
少女は這ってにげるしかなかった。波の音にふりかえった少女の顔は恐怖のために真っ青だった。だが時すでにおそかった。大きな波は容赦なく少女を襲った。少女の全身はずぶ濡れになった。
 波は引いたが、少女の足はまだつっていた。このままでは、また次の波におそわれる。少女は必死になって這って逃げようとした。
 夏の陽射しが強い午後だった。逆巻く波の音が聞こえだした。彼女を襲う二度目の波の音だった。
 「逃げられない。」
少女は観念した。目の前では濡れた砂の上で小さな蟹が一匹、陸に向かって歩いていた。

 「手かしてもいい?」
人の声が聞こえた。少女は顔をあげた。さっきの少年だった。少女は黙ってうなずいた。少年は少女に肩をかして少女を立たせ、波のこないところまで彼女を運んだ。そしてそこに少女をすわらせて、足のつりを治した。四、五回、少年は少女のつった足を屈伸した。
 「もういいわ。なおったわ。」
少女がそう言ったので少年は少女の足から手をはなした。そしてチラっと少女を見た。
 「ははは。」
少年はてれ笑いをした。少女は顔をしかめて少年から目を避けた。少年はどうすればいいかわからなかった。
 沈黙が少年を苦しめた。
 「わあー。」
しばしまよった末、少年は海へ向かって駆け出した。そしてそのまま海につっこんだ。少年の体もずぶ濡れになった。そして再び少女のところへ戻ってきて腰掛けた。
 「ほら、これで僕も同じだ。」
 少女はあきれた顔で少年をみた。
 「ははは。」少年は笑った。
 「ふふふ。」少女も笑った。
 「へんな人ね。」
 「へんな人さ。」
二人は立ち上がった。そして、手をつないで、江ノ島へ向かって駆け出した。
 「ははは。」
 「ふふふ。」
 いつしか二人は心が通じていた。
誰もいない砂浜に二人の足跡だけが点々としるされていた。
勢いのある波ははやくもそれを消しかけていた。





ある歌手の一生

昭和四十二年八月二十二日、その少女は生まれた。名前は佐藤加代。よくたべ、よくねむり、よくあそんだ。ごく普通の子だと親は思った。少女が成長するにつれ、親は少女がちょっと他の子とちがっているのに気がついた。それは根気強さともワガママともみれた。思い込んだらすべてを忘れて熱中してしまうのだ。あそびでも何にでも。特に少女は歌をうたうのが好きだった。みんなの前でうたうのが好きだった。
 少女には二つ年上の姉がいた。妹おもいのやさしい姉だった。でも少女の服はいっつも姉のお古。たまには自分にも新しいのを買ってほしい。
 小学校六年の学芸会。浦島太郎、をやることになった。彼女はみんなのすすめで乙姫に選ばれた。うまくできるか心配だった。だけど結果は大成功。家族みんながよろこんでくれた。こんな心のときめきは生まれてはじめてだった。その時、少女の心に夢が生まれた。でもそれはだれにも言えないほどのもの。
 少女は一人、心の中でくりかえした。
 (歌手になりたい。)
 誰にも言えない想いを胸に秘めたまま、少女は中学生になった。いったい、いつからだろう。心やさしい天使が少女の望みをかなえてやろうと思ったのだろうか。奇跡のような変化が少女に起こった。竹取物語のように美しい成長が少女に起こった。多くの男子生徒が彼女にあこがれた。しかし少女には異性への恋心がおこらなかった。恋をしない女の子かと男は思った。しかし少女は心の中で恋をしていた。子供の頃からずっと恋をしていた。少女の恋・・・それは歌手になりたい、という少女の夢だった。でも少女はそれを誰にも言えなかった。自分には歌手なんてとても無理。厳格な両親。とてもゆるしてくれっこない。だが少女の情熱はもう自分でもおさえることができないほど、心の中でふくらんでしまっていた。少女は内緒で、あるオーディションに応募した。
(悩むよりは失望した方がまし。)
 オーディションの当日。
 (加代。がんばれ。おちてもともと。)
 少女は自分にそう言いきかせた。するどい審査員の眼差しの中で少女は精一杯うたった。帰り道、力をだしきったあとの満足感で、すべてのものが少女には美しかった。二週間後、オーディション落選の手紙がきた。ショックだった。だが彼女の情熱は一回の失敗で消えてしまうような弱いものではなかった。別のオーディションをうけた。だがやっぱりだめだった。
 (私にはやっぱり歌手なんて無理なのかもしれない。)
 あきらめ・・・への誘惑が少女の心に起こった。少女の心はいく分、夢から現実へもどりかけた。だがオーディションをうけたことは内気だった少女に少し明るさをもたらした。多くの友達ができた。彼女は友達と愉快にはなした。日々の生活に活気がではじめた。歌手への夢を忘れかけたそんなある日のことだった。少女のもとに一通の手紙がとどいた。あるオーディションの予選会の通知だった。一年前に応募ハガキを出したのだが、通知がこないものだから、おちたものだとあきらていたものだった。忘れかけていた夢への想いが再び心の中でうごきはじめた。
 「もう一度だけやってみよう。」
 少女は再び歌の練習をはじめた。
 オーディションの日がきた。
 会場へむかう電車の中、少女は自分に何度もいいきかせた。
 「だめでもともと。」
 会場は熱気につつまれていた。出場者はみんな緊張していた。だが不思議と少女の心に緊張感はなかった。心はしずかだった。まるでだれもいない森の中の湖のほとりにたたずんでいるような気分だった。少女の番がきた。会場がしんとしずまり返った。少女は無心で歌った。気づいた時にあったものは満場の拍手だった。合格だった。家へ帰る途、少女の足は雲をふむようだった。目的を達成した満足感と目的を達成した後の虚無感が少女の心をしめていた。茫然自失してしばらくは何も手につかない日々がつづいた。だが三日もするころから少女の心は現実へともどりはじめていた。少女の現実。そして現実の目的とは。いうまでもなく、地区予選を合格した者がめざす決勝大会である。テレビ局から決勝大会出場への通知がきた。彼女の決意はゆるぎないものとなった。少女は自分の心と将来のことをすべて家族にはなした。だが両親は猛反対。少女の父の家系は代々教育者で娘を芸能界へやるなどとんでもないこと。しかも今はまじかに高校受験をひかえている時。だが少女の情熱はそんなことでひきさがるようなものではなかった。
 何日も口論がつづいた。だがどちらもガンとしてゆずらない。口論でダメだとわかると彼女はハンガーストライキにでた。学校から帰っても自室に閉じこもり、家族と口をきかない。食事もしない。そんな日が何日もつづいた。少女は夜おそくだれもいなくなってから一人で食事した。それは母が彼女のために用意してくれたものだった。ハンガーストライキに入ってもう四日たった。少女はつかれていた。家族も同じだった。五日目の朝がきた。日曜日だった。母は食卓に娘の書き置きがあるのに気づいた。それにはこう書かれてあった。
 お母さんの考えている将来と私の将来とはちがうんです。
 確かにお母さんの言ってることはわかります。
 だけど一度しかない私の人生です。後悔したくないんです。
 お母さんにしてみれば、あんな仕事とかをすることが「後悔する」って言うのでしょう。でも私にしてみればそれはずうっと前から思ってたことなんです。それだけを今まで考えてきたことなんです。それで、何かそれが私の生きがいっていうのか、とにかくやりたいんです。こんなことかいといて落っこっちたら恥ずかしいですけどとにかく私の願いなんです。真剣です。
 お母さんへ                         加代
 母はよみおえてため息をついた。何度もよみ返した。読むたびに娘の真剣さがひしひしと感じられる。娘のいない朝食がすんだ後、母ははじめて本気で娘の願望にどう答えるか考えだした。
(加代は世間知らずだから歌手なんて夢にうつつを抜かしている。どうしたらあの子に現実をおしえることができるだろう。)
 ボーン。ボーン。時計が正午を告げた。
 バサバサッ。庭にいた鳥の群れがいっせいにとびたった。テレビをつけると、いつものアナウンサーが画面にあらわれた。
 「正午になりました。お昼のニュースです。昨夜、イラン発クウェート行きの最終便で乗客二百五十人を人質にしてたてこもったハイジャック犯一味は今朝、交換条件として、次の三つのことを要求しました。一つ・・・。」
と、その時、母の頭に一つの巧妙な考えがうかんだ。
「これなら加代の気持ちも納得させられるし受験勉強もさせられる。」
母は机に向かいペンをとった。
 「できた。」
母は自分の書いた手紙をみて苦笑した。「これなら万全。」母は手紙をもって娘の部屋の前にたった。
 トントン。
「加代。」
ドンドン。
「加代。あけなさい。」
「・・・・・・。」
 「加代。あなたの気持ちはわかりました。そうまでオーディションうけたいのならうけてごらんなさい。そのかわり・・・・。」
 母が言いおわらないうちにノブのロックがとかれる音がきこえた。ガチャリ。
 ドアが少し開かれると中から娘がためらいがちに顔をだした。おどろきとおそれとよろこびがまざったような表情だった。
 「ホント?」娘はおそるおそる口を開いた。
 「ええ。ほんとうです。」
 (ヤッター)娘の口から、そのコトバがでそうになるまさにその直前で母はそのコトバをさえぎった。
 「そのかわり条件があります。」
 そう言って母は娘に一枚の紙をさし出した。
 「ここにかいてある三つのことが実行できるのなら、オーディションをうけることをゆるします。」
そう言って娘に手紙をわたすと母はそそくさと階下へおりていった。少女はすぐに手紙に目をおとした。手紙には箇条書きで三つのことがかかれてあった。
 一、学内のテストで、学年で5番以内にはいること。
 一、中統(中部統一模擬試験)の結果が学内で5番以内であること。
 一、第一志望の公立高校に合格すること。
 三十分後、少女は階下におりてきた。家族と顔をあわせるのは五日ぶりだった。少女は母の前にきた。その目は、これから真剣勝負にいどもうとする侍の目だった。
 「お母さん。」
 「何ですか。」
 「あの三つのことができたら本当にオーディション受けさせてくれますか?」
 「もちろんです。」
 娘の目がかがやいた。
 「がんばります。」
 少女の心の中で戦いの火蓋が切りおとされた。
 少女はその日から猛勉強を開始した。書店に行って高校受験用の問題集をたくさん買ってきて、それをかたっぱしからこなしていった。好きだった歌謡番組も観るのをやめにして深夜の2時、3時まで机に向かった。授業中も隠れて受験勉強用のテキストをやった。家に帰っても家族と話をする時間もほとんどないくらいに猛勉強した。食事時間もきりつめた。頭につめこめるかぎりをつめこんだ。その単位時間当たりのつめこみ量は司法試験の受験生以上だった。すると、夢にかける願いの気持ち、はおそるべき威力を発揮するものである。あたかも眠っていた脳細胞が目覚めさせられたかのごとく、少女の思考力と記憶力はおそるべき速力でもって回転しだした。読んだものはスラスラと頭の中に入っていった。エンピツは彼女の思考の速度を超えてスラスラとかってに動きだした。何ごとでもそうだが、勉強も、それがわかれば面白いものである。いつしか少女は自分が勉強する真の目的を忘れてしまうほど一心に勉強した。母はそんな娘をみて、てっきり娘が歌手になるという夢をあきらめて勉強にうちこんでいるのだと思ってよろこんだ。だが少女は夢を忘れていなかった。
 季節は秋もおわりに近づいていた。少女の努力は実った。彼女は学校のテストでギリギリ、条件の5番に入った。
 さらに中部統一模擬試験でも学内で5番に入った。
 母親から言われた決戦大会をうけるための条件の二つはこれでみたされた。のこりの条件はあと一つ。第一志望の高校に合格すること。彼女の第一志望は名古屋市立K高校だった。偏差値は県下でもトップクラス。今の彼女の実力ではギリギリのボーダーライン。でも何としても合格しなくては決戦大会はうけられない。
 「がんばらなくては。」
 高校受験まであと三ヵ月になった。学校で、卒業後の進路相談が行なわれた。
 「佐藤。お前はどこの高校を受験する?」
 担任教師が聞いた。
 「はい。K高校です。」
 「K高校か。ウーン。今のお前の実力だとギリギリだぞ。」
 「はい。わかっています。」
 担任教師は少女の目をじっとみた。大人の目からみれば、まだ世間知らずの少女の目。だがこの生徒の目には不可思議な輝きがあった。その目には大人でもかなわないほどの何かがあった。人間が子供から大人になるにつれていつのまにかなくなってしまう何ものか、がその瞳の中で、力強くその存在を主張していた。
 「お前ならきっと入れる。がんばれよ。」
 「はい。」
 少女は教員室をでて、校庭におりた。真赤な夕日が西の山の端にさしかかっていた。
 「K高校。K高校・・・。ウン。きっと入れる。」
 少女は力強く自分に言った。季節は秋から冬にかわろうとしていた。
 孤軍奮闘の少女にも一人だけ味方がいた。
 妹思いの姉である。何かにつけて姉は妹の夢の実現に協力してくれた。
 家族もみんなねしずまって、少女が一人で机に向かっている、ある夜はこんな様子である。
 トントン。
 「はい。」
 「加代。おにぎりつくってあげたわよ。」
 「わーい。ありがとー。」
 加代は勉強の手を休めて、姉のつくってくれたおにぎりを食べた。
 「勉強たいへんね。」
 「でもそれがオーディション受ける条件だから。」
 「えらいわね。」
 「なんで・・・?」
 「へんな子ね。」
 「何で・・・?」
 妹はキョトンとした顔でおにぎりをほおばりながら姉をみていたが、姉が微笑むと妹もそれに反応して微笑んだ。(阿吽の呼吸)姉が頭をなでると妹は一層朗らかな表情になった。と、その瞬間、思わず手がでて、姉は妹のほっぺたをピシャンとたたいた。
 「何するの?」
 「別に。ただ何となくたたきたくなったから。」
 妹は目に涙をうかべて、
 「私がオーディションうけること反対なの?」
 「まさか。逆よ。お父さんもお母さんも反対してるけど私だけはあなたの味方よ。」
 加代、おそるおそる「ホント?」
 「ほんとよ。でなきゃわざわざ夜食つくってもってきたりしないわよ。」
 「じゃ何でぶったの?]
 姉は答えず、笑って妹の鼻の頭をチョコンとさわった。
 「加代。がんばってね。妹が歌手だなんてことになったら私も鼻がたかいわ。また夜食つくってあげるわよ。」
 妹はわからないまま、ほがらかに「ありがとう。」と答えた。
 姉が立ちあがると妹は再び、すいよせられるように勉強を始めた。しずかな秋の夜にサラサラと筆の走る音だけがあとにのこった。
 年が明けて、昭和五十八年三月十九日、彼女はみごと第一志望の名古屋市立K高校に合格した。
 三月三十日、少女は上京し、決勝大会に出場した。かざることなく、ありのままの自分の気持ちを歌うことによって精一杯うったえた。
 帰省すると姉が名古屋駅に出むかえていてくれた。前祝いに、二人は名古屋名物にこみうどんを食べた。
 彼女のもとに「合格」のしらせがきたのは、四月中旬、K高校での新しい学校生活が始まって、数日後のことだった。うわさはすぐに全校にしれわたった。彼女を認めてくれた、いくつかのプロダクションとの慎重なはなしあいの結果、彼女はあるプロダクションに所属することがきまり、二学期に上京することになった。
 彼女がこの時期、いかに幸せだったかは次のような挿話から察せられる。彼女は中学の時、美術部だった。専門の鑑定士を依頼しないと危険なほどの正確なルノワールの模写がいくつも今でも大切に、彼女の通った名古屋市立S中学校の美術部に保管されているのだが、それをみるといかに彼女が几帳面で一途に物事にうちこむ性格だったかがわかる。
 その挿話はこんな具合である。
 高校でも美術部に入ろうと思っていた矢先、たまたま放課後に一人でいるところに、別のクラスの新入生の男子生徒Iがおどおどと近づいてきて、申しわけなさそうな調子で彼女に話しかけた。「あ、あのー。」と少年は口ごもりながら顔を真赤にして言った。
 加代は、わかっていながらわざとあたたかく、
 「なに?」とききかえした。
 「クラブは何に入りなさったのですか?」
 あまりの卑屈さに加代は少しかわいそうに思った。
 「クラブはまだ決まっていません。」
 「あのー。ぼ、ぼく。サッカー部なんです。そ、それで先輩からマネージャーやってくれる人がいないかさがすようにいわれているんです。」
 「それで?」
 加代はまた、あっさりと聞き返した。少年は真赤になった。加代はつづけて言った。
 「それでどうしたの?」
 少年は答えられない。
 「それで、私にマネージャーやらないかってことでしょ?」
 彼は真赤になって、
 「いえ。けっして、そんな・・・つまらなくなったら、いつおやめになってもかまいません。洗濯とか部室の掃除とか試合のスケジュールとか、めんどくさいことは、ぼくたち新入部員がやります。ただ名目だけでいいんです。」
 「それじゃマネージャーじゃないじゃない。」
 「・・・・・・。」
 加代、笑って、
 「いいわよ。私、サッカー部のマネージャーになるわ。」
 と言うと、少年は反射的に「あっ。ごめんなさい。」と言った。
 こんな具合で加代はサッカー部のマネージャーになった。
 夢に胸をときめかせての新緑の季節の高校生活。このK高校の一学期は少女にとって最も幸福な時期だった。新しい友達も多くできた。みなが加代の将来を心から祝福してくれた。
 一学期の終業式の日の夕方、加代の将来を祝って、近くのデニーズで送別会が行なわれた。
 翌日、加代は街へ買い物に出かけた。名古屋の街とも当分おわかれだから故郷をかみしめておこうと思ったからだ。たそがれの商店街。向こうから加代をサッカー部のマネージャーに勧誘したIがみえた。二人の視線があった。彼は加代に気付くと真赤になって左下方に視線をおとしてギクシャク歩いた。にげようがない。Iはそのまま通りすぎようとするつもりらしい。加代はIに近づいてニッコリ笑った。Iの顔からジンマシンがふきだした。
 「I君。きのう、どうして送別会きてくれなかったの?]
 「そ、それは・・・。」
 「何で?」
 「そ、それは、ちょっと用事があったんです。」
 「あー。ざんねんだったな。I君に一番きてほしかったのに。」
 と加代は独り言のように言った。Iは答えられない。
 「私、東京の高校へ転校したら、もうI君と会えなくなっちゃうな。さびしいな。」
と加代は独り言のように言った。
 「さ、佐藤さん。がんばってください。ぼ、ぼく佐藤さんのこと応援してます。ぼ、ぼく一生佐藤さんのこと忘れません。」
 そういうやIは一目散に夕日に向かって走りだした。
 なおIは新入部員ではあったが、子供の頃からのサッカー少年で、対抗試合ではセンターフォワードをしていた。Iにボールがわたった時、加代がことさら熱っぽく、
 「I君。しっかりー。」と力強く応援するとIは必ず凡ミスをしたことは言うまでもない。また加代もそれが面白くて、そうしたのだからいったいチームの足を引っぱるマネージャーなんておかしなものである。

  (二)上京編

 夏のおわり、不安と期待を胸に秘め少女は上京した。
 プロダクションの社長の家に住み、女のマネージャーがついた。
 転校先はH高校。まわりはみんな自分と同じ芸能人。少女ははじめて気がついた。自分がみんなと違うことを。みんな笑っている。ライバルなのに笑っている。心のそこから笑っている。自分もわらわなければ・・・。少女はクラスメート達と笑顔をつくって話した。しかし心の中ではいつもおびえていた。歌手になれるかという不安と、そんな不安を全くもたないクラスメート達におびえていた。そんな不安をまぎらわすため少女は歌とおどりのレッスンにすべての精力をそそいだ。
 翌年の四月、少女はデビューした。大ヒットだった。うれしかった。それは少女にとって人生で一番幸福な瞬間だった。だが歌の生命は短い。
 歌手、それは休むことをゆるされない人間。
 芸能界、それは感性をうりものにする世界。
 芸能人、それはそんな世界に抵抗なく生きていける人間。
 プロダクションは少女のうりだしに奔放し、少女のスケジュールは過密をきわめた。うわべの笑顔とは裏腹に少女の心は不安にみちた疑問がたえることがなかった。
 「私は何のために歌うのだろう。何のために笑うのだろう。」
 少女は自分が芸能界にむかない性格であることに気づきはじめた。しかし生まれついてのまけずぎらいな性格は歩きはじめた道をひきかえすことをゆるさなかった。その年の暮、少女は新人賞を獲得した。うわべは笑いながらも少女の心はうつろだった。その年、少女の友はヒットせず、芸能界を去ることになった。少女は彼女になぐさめの言葉をかけた。その一方で友が少しも落胆していないのが少女にはうらやましかった。
 楽屋で待つ少女はいつも一人ぼっちだった。
 ある時そんな彼女に声をかけてくれた男があった。一言二言だったが、それは少女の孤独を理解したやさしい言葉だった。少女はうれしかった。それは砂漠の中を歩きつづけてやっとオアシスをみつけた旅人のよろこびだった。
 年があけた。ガンバリ屋な少女は過密なスケジュールの中のわずかな時間で猛勉強し、無事三年への進級試験をこなした。
 春休み。少女ははじめて休息することをゆるされた。ハワイで過ごした。はりつめつづけた心がふっととけた時、少女の心に一人の男の顔がうかんだ。それは同時に生まれて一度も経験したことのない不思議なはげしい感情を少女にもたらした。少女はいつまでも沈んでいく太平洋の夕日をみるともなくみていた。
 だがそれはつかの間の休息だった。帰国後少女をまっていたものは超ハードスケジュールのコンサートツアーだった。不安と疑問をもちながらも少女は一生懸命歌った。四月、新曲が発売された。だがプロダクションの懸命のうりこみにもかかわらず、結果は今一つ満足のいくものではなかった。そんな彼女をなぐさめようと親しかった友がきた。少女の心はやわらいだ。歌手としてヒットせず引退した彼女だが、今は海外留学をめざして一生懸命英会話を勉強しているとのこと。少女は彼女がうらやましかった。自由に生きてる彼女がうらやましかった。プロダクションは彼女をイメージチェンジすることにした。少女は長かった髪を切った。プロダクションは少女に女優の仕事ももってきた。プロダクションは少女の中にある哀しみに目をつけた。
 芸能界、そこは心の哀しみまで売り物にしてしまう世界。
 プロダクションの思惑はあたった。テレビドラマへの出演の依頼が多くきた。少女は一生懸命演技した。再び少女は女優としてヒットした。だが少女の心はうつろだった。「何のために。」少女は自由がほしかった。だがもう少女に自由はなかった。世間というものに翻弄されつづけるあやつり人形。うつろな目で少女は夕暮の東京の街をみつめた。
 そんなある日、少女にテラビドラマの主演の依頼がとどいた。出演者のリストの中に「×××」の名前をみつけた時、少女の心はときめいた。それは以前、彼女に声をかけてくれた男である。ドラマの撮影は順調に進んだ。少女はできることなら男と話したく思った。しかし少女の方から話しかける勇気はなかった。
 撮影の合間の待時間、少女はいつも一人ぼっち。そんなある時、少女はポンと肩をたたかれた。おどろいてふりむいた少女の前には、その男がやさしい笑顔で立っていた。少女の胸によろこびが、限りないよろこびがこみあげてきた。そしてそれはまたたく間にはちきれて少女の顔で笑顔となった。少女は男に話しかけた。心のすべてを話しかけた。男はウン、ウンとうなずきながら一心に少女の話しを聞いた。少女にささやかな幸福な日々がおとづれた。ある日の撮影のあと、二人は近くのレストランへ入った。食事中も少女の口からは陽気なおしゃべりが耐えなかった。が、二人の目と目があった時、ふと少女のおしゃべりがとぎれた。少女は、自分が謡っている歌のフレーズを思い出して赤面した。この時、男は彼女が気まずくならないよう、さりげなく聞き手から話し手にまわった。だが幸福な日々は長くはつづかなかった。
 年があけドラマの撮影もおわりに近づいた。
 少女は知っていた。
 ドラマのおわりが男とのつきあいのおわりであることを。
 一月末、ドラマのスタッフと共演者達とそして彼女をのせた夜行列車はラストシーンの撮影のため北陸のある街へ向かって走っていた。男は共演者の一人の女性のとなりに座っていた。二人がたのしそうに話すのを少女はかなしい思いでみていた。
(だれにでもやさしい人なのだ。)
少女は窓の外に目をやった。途中で降りはじめた雨はいつしか雪にかわっていた。ぼんやりとその雪をながめているうちに少女の心に楽しかった子供の頃が思い出されてきた。するとその時少女の心に「ある行為」、それは今まで一度も考えてもみなかった行為へやさしくさそう感情がうまれた。雪はだんだんはげしい降りにかわっていった。それを一心にながめているうちに少女の心におこった感情はいつしか確固とした決意になっていた。
 ロケは無事終わった。少女は男とだまって別れた。
 三月、少女はH高校を卒業した。心の中の不安をつくりえがおで偽って付き合っていた友達だったが、いざ別れる時になって不思議とはじめて親愛の情がわいてきた。卒業式、少女は心から友達といつまでも別れをおしんだ。その時、少女ははじめて「わかれ」というものが自分が人と和解できる唯一つの方法であることに気がついた。社長の家にもどった少女は社長にずっと思い続けていた一人ぐらしをしてみたい、という願望をはなした。年間十数億円を売り上げ、年収三千万近くをプロダクションにもたらした少女のたのみである。社長は快く少女の申し出をうけいれた。
 少女は上京以来三年間くらした社長の家をでた。少女の新しい住まいは南青山のマンションの四階の一室だった。ゆとりのある2DK。新品のベット、白い椅子、新品のインテリア。夜、窓からは南青山周辺のにぎやかなイルミネーションが美しくみえた。少女はベットにすわって独立と自由のよろこびを満喫していた。だが少女が社長の家を出たのには別の理由があった。「行為」の場所を少女はここにえらんだのだ。自由のよろこびは満喫していたが少女の決意は決してゆるいではいなかった。それでも、引っ越し後の数日間、少女はハワイ以来ひさびさにおとづれた自由な生活を楽しんだ。このままいつまでもこのままでいられるなら・・・。ふと少女の心にそんなはかない願望がおこることもあった。引っ越し後十日目、少女にマネージャーから電話がかかってきた。 四月はじめの都内の、ある公会堂でのコンサートのことだった。少女はそれをひきうけた。ドラマの撮影が多かったこのごろにあってひさしぶりのコンサートだった。少女の「決意の行為」の日時ははっきりと決められたと少女は思った。
 このコンサートをさいごのコンサートにしよう。このコンサートだけは精一杯がんばろう。
 少女は決意をかみしめながら美しい東京の夜景をみていた。テレビドラマが好評だったのだろう。コンサートは満員でパンフレットも全部売り切れた。パンフレットのさいごのページに少女はこんなメッセージをかいた。
 どうもありがとう。
 ほんのちょっとの間、おわかれネ
 but、but またどこかで、
 逢えますよね
 その時を信じて・・・さよなら、
 (I 'll be seeing you)
 少女は精一杯歌った。最高にもりあがった。コンサートが無事にすんだ後、少女にはすべてをやりおわった安心感があった。マンションにもどった少女は洗面所からカミソリをもってきてベットに横たえた。少女は自分の左手首をしばらくながめていた。おそろしいという気持ちはおこらなかった。だがいざ手首にカミソリをあてた時、少女の心にもう一度だけ話しをしてみたい相手があらわれた。しばらくまよった末、少女はカミソリをおいてその男に電話をかけた。だが、でたのは女性だった。おそらくちかく結婚するとうわさされている女優の×××だろう。
 「××はいま、お風呂に入っています。何か伝えておきましょうか。」
 「いえ、いいです。」
 少女は受話器をきった。そしてガス栓をひねり、ベットに横たえて睡眠薬をのみ、左の手首を切った。死に対するおそれの気持ちはなかった。カミソリが入った時は一瞬チクッという注射のような痛みが走ったが、それはその時一瞬だけだった。少女は睡眠薬の作用で深い眠りに入っていった。
 だが少女は死ねなかった。少女が目をさましたのは病院の一室だった。左手首には包帯がまかれていた。少女は窓の外をみた。まだ夜があけたばかりの時刻だった。すぐに知らせを聞いてマネージャーと社長がきた。幸いケガはたいしたことはない。医師の許可で二人は少女を車にのせて事務所につれ帰った。二人は狼狽し、そして少女にはげましのことばをかけた。少女は泣いていた。自殺が失敗して生きのびるということはプライドの高い彼女にとって死ぬよりつらい、恥ずかしいことだった。少女は社長室に通された。二人は少女に話しかけることばを知らなかった。しばらく後、隣室から電話がなったので社長は部屋をでた。社長室は少女とマネージャーの二人きりになった。彼女は何をいっていいかわからない。
 「何かのむ。」
 少女はだまって首をふった。
 「ストロベリージュースはどう。」
 少女はだまってうなづいた。
 マネージャーがストロベリージュースをとりにいった。
 部屋には少女だけになった。少女は立ちあがって部屋をでた。一段一段屋上へと少女は階段をのぼっていった。少女の心はうつろだった。自分は生きていてはいけない人間なのだ。屋上の扉をあけると四月のまばゆい陽光が入ってきた。少女の心には少しのおそれもためらいもなかった。それは少女にとってごくかんたんなことだった。少女は空を見上げた。
 一瞬何だか自分が空をとべるような気がした。
 フワッ。一瞬、少女の体は宙に舞った。だがそれは一瞬だけだった。
 昭和六十一年四月八日の正午のことだった。

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女生徒、カチカチ山と十六の短編 (小説)(3)

2020-07-08 03:36:46 | 小説
小児科医

 岡田さんは小児科医である。といってもまだ世間で言う医者の卵である。医学部の学生は卒業すると、すぐに全国共通の医師国家試験をうける。この試験は五者択一のマークシート形式で、大学入試のセンター試験と同じような感覚の試験である。この試験に通ると医師の資格が与えられる。こののち二年間、どこかの病院で指導医のもとで研修する。ほとんどは、母校の付属病院で研修する。岡田さんは小児科を選んだ。理由はきわめて明白で「子供はかわいい。子供が好き。」だからである。他に三人、同期の友人が小児科の医局に入局した。小児科の教授は母校出身の先生である。二年前に教授に就任した。この教授は、
「国家試験はおちる時はおちるんだから覚悟きめてけよ、それとインフルエンザには気ィつけろよ。」
と卒業試験の時、言ってくれた温かみのある先生である。岡田さんは5人の入院患者を担当することになった。指導医の指導のもとで毎日、採血、点滴、注射、カルテへの患者の病状記載、ナースへの指示の仕方、など実地の医療をおぼえるのである。彼女がうけもつことになったのは、若年性関節リウマチ、糖尿病、血友病、それと膠原病のSLEとなった。さっそく岡田さんは患者に自己紹介にいった。はじめは不安もあったが、
 「はじめまして。今度担当になりました岡田といいます。よろしくね。」というと、それまで退屈していた子供は、よろこんで反応してくれる。心が通じることは何より安心感を与えてくれる。自分が認められることにまさるよろこびはない。だが最後の一人は反応が違った。彼女の丁寧なあいさつにその子はプイと顔をそむけてパタンと横になってしまった。話しかけても答えてくれない。やむを得ずあいさつできないまま詰め所へもどった。
(かわいくないなあ。あの子。)
 その子(吉田さとる)はSLE(全身性エリテマトーデス)という膠原病だった。日光にあたると病気が悪化するためあまり外へでれない。入院してステロイド療法で症状をおさえているのである。ステロイドを使わないと腎臓の機能が低下してあぶない。そのためステロイド(プレドニソロン30mg)の投与をつづけなくてはならないのだが、薬の副作用も強くでる。多量に使うと腹痛がでたり、顔の形もかわってしまい、そのため子供はその薬をのみたがらない。
 こんな状態ではじまった研修第一日目だった。午前中は外来で、午後は病棟で入院患者をみる。外来での診察手順は、眼瞼で、貧血、黄疸があるかを調べ、扁桃腺、頚部リンパ節の腫張の有無、それからねかせて、髄膜炎があるかどうか調べるため、項部硬直を調べ、ついで肝臓、脾臓の腫大の有無を調べる。
 小児科では同期で他に三人入った。学生時代からの親友でもあった。大学の近くに安くてうまい店があって、仲間は学生の時からよく行っていた。
 研修がはじまって一週間くらいたった。勤務がおわって、仲間は、そこにひさしぶりに寄った。他の仲間は、小児科はきつい、といったが、みな、生きがい、にもえていた。岡田さんも自分もそうだ、と言った。だが彼女の頭には、あの子の顔が浮かんできた。それをふり払おうと彼女はむりに笑った。彼女は学校時代からリーダー的存在だった。そんなことではじまった研修医生活だった。
 だが岡田さんが何を言っても吉田は無視する。どんなにやさしく接しても無視する。ある日の勤務がおわった時、岡田さんは、やけっぱちな気分になって、一人で飲み屋へ行って、やけ酒をガブガブ飲みながら、おやじにあたった。彼女は自分がどんなに誠実に一生懸命接しようとしても自分を無視する子供のことをはなした。
 「私もうあの子いや。」というと
 「そりゃーそのガキの方がわるいわ。岡田先生みたいにきれいで、わけへだてなく患者に真摯になってる先生を理由もなく無視して、いうことをきかないなんて。今度一回、いうこときかなかったら、ぶってやったらどうです。わたしにはよくわかりませんが岡田先生が低姿勢にしてるもんだから、そのガキ、つけあがってるんじゃないですか。先生の心のこもったおしかりなら、そのガキも少しは、あまえから目がさめるんじゃないですか。」
 岡田さんは自分にいいきかせるように、
 「そうよね。あまえてるんだよね。あの子。ありがとう。よーし。こんどひとつ、びしっといってやるわ。ありがとう。」
 「カンパーイ。」
 といって岡田さん、おやじとビール、カチンとやりゴクゴクッとのんだ。数日後のことである。検査でBUN(尿素窒素)、Cr(クレアチニン)が上がっていた。腎機能が低下していることがわかった。病室のごみ箱からプレドニソロンがみつかった。どうもあの子が薬をちゃんとのんでいないようだ。拒薬の可能性のある患者の場合、ナースが患者が薬をのむのをみとどけるのだが、患者は、口の中に錠剤をのこしといて、コップの水をゴクッとのんで、薬をのんだふりをしてみせて、錠剤をあとで吐き出すのである。
 岡田さんは吉田の病室に行った。吉田はゴロンとねころんでいる。岡田さんは吉田によびかけた。だが起きない。むりにおこして自分の方にふりむかせた。
 「さとる君。この薬すてたのさとる君?」
 ときいたが、吉田はプイと顔をそむけた。
 「この薬ちゃんとのまなきゃ死んじゃうんだよ。だめじゃない。」
 といっても吉田はふくれっつらしている。岡田さんは「ばかー。」といって吉田をぶった。
 だが、吉田はおこって反発することもしない。岡田さんは予想に反してガックリしたが、
 「さとる君。この薬ちゃんとのまなきゃだめだよ。」
 と、しかたなく言って去った。
 それから数日がたった。今度の検査ではBUN、Crとも下がった。もう病室からはプレドニソロンが捨ててあるということはなくなった。岡田さんは吉田が自分が吉田に薬を飲むようお願いして、吉田がそれをきいてくれたのだと思って少しうれしく思い、吉田の病室へ行った。
「さとる君。」
と言って岡田さんはうしろからはなしかけた。が、ふりむいてくれないので、まわって、
「この前はいきなりぶってごめんなさい。私をぶって。それでおあいこにしよう。」
と言って岡田さんは目をつぶって顔をだした。岡田さんは内心これで心が通じると思いながらまっていた。だがいっこうに反応がない。岡田さんが目をあけると吉田はいなかった。徹底的な無視。帰り、いつもの焼き鳥屋。
 「私もうあの子いや。あの子私をきらってる。何で?」
 と、おやじにきく。おやじは
「ウーン。私にもわかりませんね。その子の心が。」
 数日後のことである。岡田さんがほとほと思案がつきはててしまっているところ、病棟で、ある信じがたい光景をみた。吉田が一年上のあるドクターNとまるで兄弟のように手をつないで笑いあっているのである。まさに心をひらいている。そのドクターは頭が半分ハゲて、近眼で、足がわるく、足をひきずって、白衣もヨレヨレで、医局でも無口でコドクな存在だった。これは岡田さんにとってショックだった。あの子はだれにも心をひらかないのではなく、自分には心をひらいてくれないのだ。
 数日後岡田さんは吉田の病室に行って吉田に話しかけた。もう自分のどこがわるいのか、わからなくて吉田にきいて自分のわるいところを知ろうと思った。吉田はいつものようにゴロンとねていた。岡田さんはしょんぼりして
「私のどこがわるいのですか。何で私を無視するんですか。私のわるいところは直すように努力します。おしえてください。」と言った。
 吉田はしばしだまっていたが、はじめて彼女をみて、
 「別にどこもわるくねーよ。」と言った。
 岡田さんははじめて吉田から返事をうけて、わからないままにも、うれしく思った。
 二人の会話はそんなふうで、進展しない。彼女はいったい自分のどこがわるいのか悩むようになった。自分に何かどうしようもない人間としての欠点があるように思えてしかたがなかった。そのことが頭から離れなくて、もう精神的にヘトヘトになってしまった。岡田さんが夕方、待合室で一人で座っていると同期で入局した仲間達がそこを通りかかった。彼女らは岡田をみて、その中の一人が言った。
 「どうしたの。岡田。このごろ元気ないじゃん。」
 岡田「ウン。ちょっとね。」
 「何かあったの。」
 「・・・・・。」
 「元気だしなよ。そんなことじゃつとまんないよ。」
 彼女らは「ははは。」と笑って行った。
 その時、岡田さんは気づいた。今の自分の状態があの子の状態なのでは・・・・。
 「あの子は私の明るさをきらっていたんだ。」
 その時、吉田がたまたま病室からでてきたらしく、一人でいる彼女に気づいて、あわてて体をひっこめた。自分はNドクターの気持ちなんかまったくわからなかったし、わかろうともしなかった。あの子は私の明るさ、を嫌っていたんだ。そう思うと岡田さんは今までの自分が恥ずかしくなり、うつむいてしまった。
 「オイ。」
 とつぜん声をかけられて岡田さんは顔を上げた。吉田がいる。
 「オイ。岡田。何で一人でいるんだよ。」
 岡田さんは心の中で思った。
 (もう私にコドクになれ、といっても無理だ。この子にはあのN先生がふさわしいんだ。担当をかわるよう、たのんでみよう。)
 岡田さんはもうつかれはてていたので、吉田に返事をすることもできなかった。自分が何をいってもこの子は気にくわないんだから・・・。そう思って岡田さんはだまってうつむいていた。その時である。吉田が岡田さんにはじめてはなしかけたのである。しかもその声には、たしかにうれしさがこもっていた。
 「オイ。岡田。元気だせよ。お前らしくないじゃんか。」
 岡田さんはうれしくなって吉田の手を握った。
「あっ。吉田君笑った。私を無視するんじゃないの?」
 吉田は自己矛盾を感じて困りだした。吉田は自分から声をかけてしまったことをくやんだように手をふりほどこうとしている。岡田さんは離さない。この期をのがしてなるものか。はじめは手をふりほどこうとしていた吉田だったが岡田さんが強く握りしめて離さないので、とうとうあきらめた。岡田さん笑ってオデコ、コッツンとあわせた。「ふふふ。」といって岡田さん、もう一度オデコ、コッツンとあわせた。吉田、ついに自分に負けて「クッ」といって笑って、自分から岡田にオデコをあわせた。心が通じる最高の一瞬。吉田、小康状態で数日後、退院した。あとにはあいたベットに新患が入ってくる。岡田さんのいそがしい日々がはじまる。






夏の思い出

 高一の夏休みのこと。午前中に一学期の成績発表と終業式があって、それがおわり、寮で帰省のためオレは荷物をまとめていた。「夏休みは自由の天地」とはよく言ったものだ。別にオレはどこか旅行へ行くとか、の具体的な目的などなかった。ただ集団の拘束から解放されることが、集団嫌いのオレにとっては一番うれしかった。その時だった。机の向こうから同級のHが言った。
「おい。XX。8月10日こいよな。」
オレは反射的に
「しらねえよ。そんなのシカトだよ。」
と言った。するとヤバイことにそこにたまたま室長のGがいた。
「ダメだよ。シカトなんて認めないよ。」
とGは言った。オレは内心舌打ちした。
(Hのバカ。よけいなこと言いやがって。だまってりゃシカトできたのに)オレは荷物をまとめて、そっと空気のように部屋をでた。西武線に乗り、池袋で山手線にのりかえた。だがGの一言が心にひっかかっていた。忘れようと努力するとよけい意識される。夏休みの間は誰にも、何物にも拘束されたくなかった。オレは内心、シカトすることとシカトしないことのメリット、デメリットを考えていた。やはりシカトすると二学期にGと顔をあわせるのが気まずくなる。小心なオレにはやはりそれはつらいことだった。
 ここで8月10日のオレにとってイヤなこと、とはこんなことである。学園の生徒は夏休みに、地域ごとに順番に、その地域の父母会の子供の夏休みの工作教室の指導をしていた。それが今回は神奈川県ということになった。Gがリーダーで、横浜地域の小学生が対象ということでHとオレとあと一年下の二人A、Bがその「指導」とやらの役になってしまった。どうして学園の生徒が・・・・と思うに学園は進学校ではないかわりに生活や技術の教育の学校と外部では見ているらしかったからだろう。何をつくるか知らなかったが、8月10日にそのオリエンテーションをして、8月20日が本番ということらしい。オレがいやだったのは夏休みの間は学園の人間とは顔をあわせたくなかった、のと、又そんな子供の工作教室に指導者ヅラするのがいやだったからだ。結局、行くとも行かないとも決めかねた状態での気分の悪い夏休みがはじまった。
 夏休み、といっても特にどこへ行く、ということも何をするということもなかった。ただ50mの市営プールで、午前中、人がこないうちに行って泳ぐことだけが唯一のたのしみだった。午後は家でグデーとすごした。何のへんてつもない平凡な日々だった。だが私は夏が好きだった。何をしなくても夏生きていることがうれしかった。夏休みには「自由」があった。だが今年は違った。8月に2回、学園の人間と顔をあわせなくてはならない。それがいやで心にひっかかっていた。
 とかくするうちに8月10日になった。オレはやむをえず行くことにした。やっぱり、行かなかったら二学期にGに会いづらい。オレは小心だった。
 二時に磯子駅で会うことになっていた。が、一時半に磯子駅についてしまった。まだ誰も来ていなかった。これは私にとってとても照れくさかった。私はいやいや行くのだから少し遅れて行ったほうがいい。しかたなく駅からポカンと外をみていた。磯子駅からは丘の上に大きな白いホテルがみえる。待つ時間というものはとても長く感じられる。次の電車でくるか、と思って駅につく電車を待っていた。彼らは三回目の電車できた。二時を数分過ぎている。Gは私を見ると、
「ほんと、かわったやつだな。」
と言った。駅をおりて、駅前の広場でしばし待っていた。駅前の大きな樹でセミがいきおいよく鳴いている。少しすると小学校六年くらいの女の子をつれたお母さん、がやってきた。Gは、そのお母さんにあいさつして少し話してから、座っていた我々の方をみてうながした。我々は立ち上がって電車にそった道を横浜の方へ歩きだした。彼女は今回の打ち合せの人なのだろう。女の子も工作教室にでるのだろうが、それにしても打ち合せにまでくるとは積極的な子だと思った。
 Gは、その子の母親と話しながら先頭を歩いている。少女はお母さんのうしろを歩いていたのだが、夏休みの小学生らしく、何かとても活き活きしている。私はうしろからだまってついていったのだが、どうも気になってしまう。工作の場所は磯子市の公民館の四階の一室だった。その時まで何を作るのか知らなかったが、どうやら二段重ねの本箱をつくるらしい。二枚の横板を、子供の好きなかたちに切って二段重ねにし、あと、横板の外側に子供が何か好きな絵を描く、ものをつくる、ということだった。電動ノコギリで横板を切るのだが、それが小学生では危ないから、我々がそれをやる、ということらしい。結局、電ノコで切ることのために我々が必要なのだ。Gは、電ノコの使い方を説明したあとで、電ノコで実際に板を切ってみせた。少女は一人、Gの説明を一心に聞いている。スカートが少し短くてつい気になってしまう。打ち合せにまでやってくるくらいだから、学校ではきっとリーダーシップをとるような子なのだろう。
 実をいうと私は彼女をはじめてみた時、ついドキンとしてしまった。何か言い表わしがたい感情が、私の心を悩ませていた。彼女の美しい瞳と、年上の中で少し緊張している様子と、普通の子なら、恥ずかしくてこないだろうに、あえてやってきた積極さ、が何か私を悩ませていた。それは短いながらも彼女といる時間がたつのに従ってますますつのっていった。私は惹かれてしまいそうになる自分の気持ちと惹かれてはならないと自制する気持ちに悩まされていた。自制しなくては、と思う気持ちはいっそう私を苦しめた。そんなことで、私はGの電ノコの使い方もいいかげんに聞いていた。またわざとまじめにきくことに反発していた。それに私は子供のころから機械いじりは得意だった。みなが電ノコで板を切った。さいごに私もやった。以外と電ノコは重く、力強く固定しなければあぶない。たしかに小学生では無理だと思った。全員おわると、Gは、
「それじゃあ20日の一時に。」
といって解散となった。みなはいっしょに話しながら帰った。私はみなより一足さきに部屋を出た。夏休みで、一番いやだったはず、だが、もう一回、あの子に会える、と思うと工作はいやながらも、20日には来ようと思った。
 それから又、午前中プールへ行き、午後は特に何もしないという日がつづいた。ある日の午後、国語の先生がすすめた夏目漱石の「三四郎」のはじめの部分をパラパラッと読んだ。たいへんダイタンな小説だと思っておどろいた。日本を代表する作家がかくもダイタンなストーリーをつくるものなのかと文学の自由さにおどろいた。私は手塚治虫の「海のトリトン」が好きで、トリトンのように海を自由に泳ぎまわれるようになりたいと本気で思っていた。私は平泳ぎはできたがクロールはできず、何とか美しいクロールを身につけたかった。
 翌日、私は電車で五つ離れたところにある病院に行った。私はある宿痾があり、二週に一度その病院に行っていた。病院からの帰り、私は病院の裏手から東海道の松林を抜け、海岸に出て、海沿いに駅まで輝く海をみながら歩くのが好きだった。ここは波が荒く、遊泳禁止だった。波がだんだんおそろしいうねりをつくる。ちょっとこわいが今度はどんな大きな波をつくるかが、波と戦っているようで、こわくもおもしろい。少し行くと遠あさで、波がおだやかなためにできている小さな海水浴場にでた。数人の男女が水しぶきをあげている。無心にたのしむ彼らの笑顔の一瞬の中に永遠がある。彼らは自分の永遠性に価値をおいていない。そのことが逆に永遠性をつくりだしてしまう。それは誰にも知られることのない、かげろうの美しさだ。私は松林を上がり駅に出た。
 8月20日がきた。一時からで、ちょうどで、遅刻はしていなかったが、もう、みんなきて、ちょうどはじまったところだった。少し気おくれした感じがする。Gは私をみると
「おう。あそこいって。」
といって左側の奥のテーブルをさした。全部で四テーブルで、各テーブルに小学生が4人から5人くらいだった。私は壁を背にした。あの子は左となりのテーブルにいた。まず、はじめに子供がどのようなかたちで横板を切るか、エンピツで線をひいている。そしてその線にそって我々が電ノコで切るのである。となりでは、あの子が一番はやく線をかいた。そのテーブルではHが担当していたので、彼女はHに切ることをたのんだ。Hは電ノコのスイッチを入れて切ろうとした。どうもあぶなっかしい。もっとしっかり板をおさえなくてはいけない。案の定、板に電ノコをあてたとたん、電ノコはガガガッと音をたててはじかれた。板に傷がついた。彼女は狼狽している。HはGによばれて電ノコの使い方をきかされている。(私はその時すでに、一人、自分のうけもちのテーブルの子が切ってほしいとたのまれたので、すでに二枚、板を切っていて、多少切り方のコツをつかんでいた。)V字だったので両方から切った。私は人とかかわりあいたくない性格なのに自分がうけもたされると精いっぱい相手の期待にこたえなくてはならない、と思う性格があるのを発見した。また、やってみてこうも思った。子供がひいた線を少しもはずしてはならない・・・と。
 となりのテーブルでは彼女が狼狽している。彼女の担当はHなのだから、彼女もHにたのむべきだとおもっている。しかし、彼女がHの技術に不安を感じているのは明らかにみえた。私は内心思った。
「私ならできる。」
私は彼女に、
「切ろうか。」
といいたかった。本当にいいたかった。しかし、それを私の方から言うことはできなかった。絶対できなかった。私は心の中で強い葛藤を感じながら、表向きは平静をよそおっていた。私が切りたく思ったのは、何も私でなくても他の誰でもいい。たった一度のことかもしれないが、この子は大人を信じられなくなる、のではないか。けっしてそんな経験をさせてはならない、と思ったからだ。
 その時だった。Gは
「切れる人はどんどん他のテーブルの人のでも切ってください。」
と言った。彼女は私の方にきて、
「切ってもらえませんか。」
と小さな声で言った。私は内心人生において絶頂の感慨をうけた。だが表向きは平静に
「ええ。」
と、さも自然そうによそおった。だが電ノコを板にあてた時、よろこびは瞬時に最高の緊張にかわった。彼女は不安そうに板をみている。彼女はゆるいS状のラインだった。私は板を力づよくおさえた。電ノコでの切り方には多少のコツがあることを私は前の経験から知った。それは、ミシン目が入ってる所をみるより多少先をみながら切っていった方がいいということだ。私は慎重に、1ミリもはずしてはならない、と自分にいいきかせて切っていった。外科手術の緊張さに近かった。切りおわった。彼女のひいたラインどおりにほぼ切れた。私は内心ほっとした。彼女は本当にうれしそうに笑顔で
「ありがとうございました。」
と言った。私もうれしかった。そののち私はまたもとのテーブルにもどった。
 工作教室は何とか無事おわった。二週間後、高一の夏休みがおわった。私にとってもっともいやだと思っていた、工作教室が私の夏休みにおいて(否、私の人生において)最もすばらしい思い出となった。二学期がはじまった。あれから三年たつ。その後の彼女を私は知らない。しかしきっと明るい美しい高校生になっていることだろう。彼女が友達とゆかいに話している姿が目にうかぶ。





春琴抄

 春琴は美しいアゲハ蝶である。その美しさには春琴が通る時、心の内からたとえようもない、美しさ、心の純真さ・・に魔法にかかったかのように魅せられないものはいないほどである。春琴自身それを逆に感じとり、恥ずかしく顔を赤らめるのだった。
 春琴には彼女にふさわしい逞しく美しい雄のアゲハ蝶の彼Nがいた。二人はともに愛し合っていた。しかしどちらかというと、少し心にたよりなさのある春琴を守りたい・・・という彼の思い、が二人の関係だった。
 二人はこのおとぎの国の美と愛の象徴だった。
 あるポカポカはれた春の日、春琴は、彼女の仲間の蝶とともに少し遠出した。春琴一人では、まよいそうになるほどのキョリのある場所だった。春琴は少しポカンとしたところがあって道に迷いやすい。だが仲間はしっかりした方向感覚をもっていて道に迷うことはない。心地よい陽光のもと、流れるさわやかな微風に身をのせて、いくつか野をこえ原をこえた。
 そこはジメジメしたうす暗い所だった。仲間がキャッ キャッとさわいでいる。よくみると、そこにはクモの巣の糸がはってある。木陰にじっとかくれているクモを仲間がみつけたらしく、からかいのコトバをかけている。
 クモは陰湿な方法でエモノをとる。しかしアミにかかりさえしなければ安心であり、手も足もだせなくてくやしがってるクモをからかうのは何とも、スリルと優越感があっておもしろい。
「みなよ。あんなみにくいヤツがエモノがかかりはしないかとものほしそうにまってるよ。」
と一人が言うと、みなが笑った。
みながクモにツバをはきかけるとクモはくやしそうにキッとニラミ返した。「お前ら。おぼえてろよ。」
というと、みなはますますおもしろがって笑った。
「春琴。あなたもからかってやりなよ。」
と仲間にいわれて春琴はクモに近づいてクモをじっとみた。
春琴の心にはまだいたずらっぽさ、オテンバさ、も十分あった。春琴は、それがいやがらせだと知って、クモをじっとみながら自分の美しさをみせつけながら、そうしている自分に酔い、「ふふふ。」と笑った。クモは恥ずかしそうにコソコソとかくれてしまった。
 そのあと、蝶たちは、もと来た野をもどり帰ってきた。こわいもの、みにくいもの、みたさは春琴にもある。こわいもの、おそろしいものをみると自分が自由であることを実感できる。その夜、春琴は自由を実感して心地よく寝た。
 翌日、仲間達は春琴に、昨日、あそこへ行ったのはクモをからかいに行くためもあったけれど、それに加えて、キケンな場所を春琴に教えるため・・もあったのだと言った。春琴は時々、みなから離れて一人行動するところがあるから気をつけるように、と注意した。
 その年の夏の暮れ、ちょうど以前、あの暗いクモの巣のある所にいったような日のことだった。春琴のこわいものみたさ、は一人でいる時つのって、どうにもおさえきれなくなり、何回かクモを見に行っては、じっとだまってクモをみていた。そして優越感まじりのキョリをとった思わせ振りをして無言のうちにみくだし自分に酔う酩酊をおぼえていた。
 その日、いつものようにクモはいないかと春琴が近づいた。少し近づきすぎた。
「あっ。」
と春琴が悲鳴をあげた時には、春琴の片方のハネ先が糸にくっついてしまっていた。生と死をわける、死の方への粘着である。春琴があせればあせるほど片はねが両はねへ、そして全身へと糸がどんどんからまっていく。もがけばもがくほど糸はどんどんからまっていく。春琴はこの時、神にいのった。「ああ神様。助けて。」
あるいはクモが奇跡にも死んでくれないかと。あるいは仲間の誰でもいい、誰かここへきて、こうなってしまっているのでは、と感づいて来てくれはしないかと。だがざんねんなことにそのどれもきかれないのぞみ、だった。
「ふふふ。」
とクモが、してやったりと、とくい顔であらわれた。
「いや。こないで。」
と春琴がいうと、クモは、止まって、笑いながら春琴の無駄な苦闘をみている。さもたのしそうである。クモはこうして巣にかかったエモノが一人であがき、つかれはてるのをまってから、毒エキを入れ、たべてしまうのである。春琴もそれと同じ運命になるしかない。むなしくあがき、つかれはててグッタリと力なく、うなだれてしまった。ころあいをみはからってクモは春琴の真近にまで来て、春琴の顔をじっとながめた。いつもと逆の立場にたたされた春琴は顔を赤らめ、そむけた。これほどブザマなことはなかった。そして死の恐怖のため、目を閉じて観念した。クモは春琴に
「ふふふ。」
と笑いかけ、
「どうした、いつものいきおいは。よくも今までからかってくれたな。」
と言った。春琴はもう死の覚悟ができていた。むしろこんなブザマな死にざまを誰にもみられないようにといのりたいくらいだった。クモが春琴の体に触れた時は、さすがに春琴も
「あっ。」
と言って身震いした。こんな気持ちの悪いものに触れられてる、と思うと、死を覚悟していても背筋がゾッとする。だがクモは殺す前に思う様、彼女をなぶりあそんでから、と思っているらしく、気色の悪い、執拗な愛撫がはじまった。クモは時々、からかいの言葉をかけながら、春琴の体をくまなく這うように愛撫した。するとどうしたことだろう。はじめはただただ死ぬ以上に気味悪く体を硬くふるわせていた春琴に、不思議な別の感情がおこってきた。それは自分ほど美しいものがかくも醜いものになぶられ、もてあそばれ、そして殺される、という実感。それはいつしか徐々に、そしてついにそれは最高のエクスタシーになっていた。春琴は自分の体から力がぬけていくのを感じた。春琴はもてあそばれることに、おそるおそる身をまかせた。今みじめにも復讐され、もてあそばれ、そして数時間後に自分は殺されて死んでしまっている、という実感を春琴は反芻した。するとそれは、そのたびいいようのないエクスタシーを春琴に返した。クモはあたかも春琴の心をさっしているかのように時々笑う。しかし愛撫の手はやめない。心をさっされると思った時、春琴は、それをさとられることを死ぬ以上におそれた。そして、何とかあざむこうと声をふるわせて言った。
「こ、殺すならはやく殺して。」
だがクモは笑って愛撫をつづける。かなりの時間がたった。春琴の頭からは、すべての想念がなくなり、クモは、春琴の体からはなれた。毒エキの針をさされることを春琴は待った。自分が、今から殺されると思うと、最高の快感で身震いした。だが、春琴はずっと目を閉じていたので、わからないのだが、再び、クモが触れてきた動きは今までとは何か様子がちがう。春琴は自分の体が軽くなっているのに気づいた。目をあけるとクモはいつのまにか、糸をとる油で春琴の体を糸からはなしてしまっていた。はばたくと春琴はプツンと糸から離れて自由の身で宙に舞うことができた。よろこびよりも虚無感が春琴の心をしめていた。辺りの野は一面、けだるい晩夏の午後の陽光に照らされて、静かに燃えるような熱気を放っている。だが相対して目の当りにクモをみた時、春琴は言いようのない恥ずかしさをおぼえた。クモは口元に笑みをうかべ、
「君はまたきっとくるよ。」
と言った。春琴は恥ずかしくなってその場を去った。数日が過ぎた。春琴はうつろな思いで数日を過ごした。仲間が、春琴が近ごろ姿がみえないのでどうしたのか、と思って春琴のところにきた。だが春琴はうなだれて、うつろな表情で一人でいる。春琴にも何か考えごとがあるのだろうと仲間は帰って行った。日がたつにつれ、春琴はいてもたってもいられなくなった。いいようのない感情が起こり、それが春琴を悩ませていた。春琴は相愛の相手であるNと結ばれた。みなが祝福した。幸せな日々がしばらくつづいた。しかし日がたつにつれ、春琴は再び持病のように、あのいいようのない不思議な感情におそわれだした。夜、春琴は夫に自分を何からも守り、愛してくれるよう求めた。夫はそれにこたえ、春琴を力強くだきしめた。二人は幸せになった。夫は逞しく、美しく、春琴を愛し守ってくれる。春琴にも、もとのあかるく、無垢で、純真な笑顔がもどった。だが時々、フッと一人で考えてしまうような時、何かのひょうしに気のまよいがでてしまうのだった。それはあの暗い、こわい、そしてつらく恥ずかしい、死を求める感情だった。小さな幸せの国。美しいアゲハ春琴と逞しいアゲハNがエンペラーのような象徴として調和をたもっている平和な国。しかし、春琴には時々、暗い感情がおこる。それに悩まされ、時々春琴はあの暗い場所を求めにいってしまう。その後、春琴は、クモは、Nはどうなったか。それは作者も知らない。






青鬼の褌を洗う女

 子供のころから、クライ、ノロマ、ブサイク、クサイ、心が内へ内へと向いてしまう。クサイのがイヤなら、近寄らなければいいのに、近づいてクサイのをなおせという。人間、努力して直せるものと直せないものがある。人にメイワクをかけては、いけないと思って一人でいると、ネクラ、孤立しているとしかられる。子供の頃からゼンソクで、数歩走ると苦しくなる。友達なんて、子供の頃からできなかった。学校はこわくていけなかった。運動もダメ。トロくて、いつも誰かにおこられて、ただ、ずーとだまって机を前に座っているだけ。元気がないのが悪いことなら、憲法改正して、元気であることを国民の義務として、ネクラはみんな死刑にすればいい。
お父さんは、つめたい、頭のいい医者で、私は勉強ができないから、医学部なんて入れないし、顔が悪いから、もらってくれる人もできないっていう。
ある時、お父さんが、あいつは、うまくかたずかないなって、言ってるのを聞いた。私のことをかげでは、あいつ、という。うまく、かたずけられるために私は生まれてきたのか。
中学校で、一人だけ、私にも友達ができた。私のことを心配してくれる。友情ってすばらしいなって思った。でも、ある時、彼女が、私のことを言ってるのを聞いた。
「あの人といるとつかれちゃうよ。先生から、内気な子だから友達になってあげてねって、言われて、そうすれば内申書がよくなるだろうから」
高校の修学旅行で、夜おそくなったので、ねたふりをしてた。同室の三人はガヤガヤつきることなく話している。その中の一人に、私によく話しかけてくれる人がいた。私は彼女を友達と思っていた。いつもはやさしいのに、私が眠っていると思って、遠慮なく私の品評をしだした。話題は、徹頭徹尾、私の顔のこと。こんな顔で、よく生きてられるものだ。それにしても、ひどい顔だな。何度も何度もいう。はやく別の話題にうつってほしい。
私はわざと、ちいさな寝息をたてて、寝てるふりをつづけなくてはならなかった。私の涙はとっくに枯れはてていて、ただただ気づかれて、気まずくさせたくなかった。
そのかわり、信じるということをやめてしまった。何もいらない。
私はありったけのお金をもって家出した。私は汽車の中で家からもちだした多量の睡眠薬をまとめてのんだ。

   ☆   ☆   ☆

 気づくと私は、ある観念の中にいた。それは、死の間際にみた夢だったのか、それとも、死後の世界なのか、あるいは、私は夢うつつにどこかの駅でおりて、人もこない山奥に、さまよいこんで、それは現実なのか、わからない。でも、それは、すごく心地いい観念の世界だった。
私はもうその世界から現実にもどりたいとは思わない。私は河原で青鬼の褌を洗っている。カッコウの声が谷間にひびく。私はいつしかついウトウトする。
ややあって私は青鬼にゆすられて気がつく。青鬼はニッコリ笑って私をみる。人は鬼などこわくて、気味悪くて愛せないだろうと思うかもしれない。あるいは私が魔法にかかって、外見の美醜に対して無感覚の状態になってしまってるにちがいないと思うかもしれない。しかし私は彼の笑顔がこの世で一番好きだ。彼のやさしさが手を伝わって私の心にサッと伝わる。私はうれしくて満面の笑顔を返す。青鬼は私たちのために働きに出かける。果樹の手入れをしたり、狩をしたりする。私はうれしくて洗タクの続きをはじめる。私はその時つくづく生きてることのよろこびを感じる。夕方、青鬼が帰ってくる。私は夕食の用意をしている。青鬼は、「今日はこんなものがとれたよ」というように、戸をあけるとニッコリして私の視線を獲物の方にうながす。私はそれをみてほほえむ。私は青鬼といっしょにささやかな夕食をする。私は彼がおいしそうに私のつくった下手な食事をたべてくれるのがうれしい。
でも私はそんな自然の中で生きていく逞しさはなかった。私は高い熱を出して寝込んでしまった。彼は私のかたわらで、ずっと看病してくれる。彼はどうしたらいいかわからず、こまってしまって、ただ私の手をにぎって谷川から汲んできた、つめたい水でタオルをしぼり、頭をひやしてくれる。そのおかげで額はすずしい。私はもうすぐ死んでいくだろうと思う。でも私は幸せだ。こんなに私を大事にしてくれる人に見守られているのだから。青鬼は私がいなくなったら、きっとさびしくなってしまうだろう。彼のためにも生きたい。生きてることのよろこびって、自分がいなくなると自分のことを哀しんでくれる人がいることなんだなって思う。でもだんだん意識がうすれていく。私は目をつぶり涙をながす。
「サヨナラ。青鬼さん」





岡本君とサチ子

 岡本君は都内の、とある商事会社に勤めている社の信望もあつい商社マン・・・である。彼は入社後一年で、大学の時親しかった山下サチ子と結婚した。大学時代、岡本君は野球部のエースだった。彼のピッチングは打者の心理をよみ、直球と変化球のたくみな配球による、どちらかというと、打たせないものだった。豪速球ではなかったが、コントロールがバツグンで、見送りしてしまう打者も多かった。対抗試合では相手チームを完封することもおおかった。野球においてはクレバーで、三振した打者の多くはつい舌打ちした。が、それはスポーツの中での反射的なものだった。彼には悪意というものがなく、頭の回転がはやく、おしつけのない親切があった。あっさりしていて、何事に対しても、こだわり、や、とらわれがなかった。野球部にはマネージャーが二人いた。山下サチ子と堀順子である。二人はともに岡本君に思いをよせていた。が、サチ子の思いはことのほか強かった。岡本君と順子が二人で話しているところをみると必ずサチ子が入ってくる。そのたび、やむをえず、順子はその場を去らなくてはならなかった。親しかった二人だが、その点において、順子は内心、サチ子を快く思っていなかった。そんな状態が卒業までつづいたのである。卒業後、岡本君は、都内のある東証一部上場の商事会社に入った。会社にも野球部があり、仕事はできるわ対抗試合では完封するわで、会社が彼を歓迎したのは入社してから後のことである。おもねりのない彼の性格的魅力にひかれて商談がうまくまとまるのである。入社して一年後、岡本君は山下サチ子と結婚した。
 幸福な日々がつづいたことはいうまでもない。そして、月並みですまないのですが、少したってから多少やっかいなことがおこったのです。そのあらましはこうです。
 ある日、彼女に電話がかかってきたのです。その人の言うところによると・・・岡本君はどうもこのごろ誰かと親しくしている。二人が喫茶店で話しているのをみた・・・というのである。電話の相手はその喫茶店の名前と場所を言った。サチ子は、はじめウソだと思っていた。だがある日の夕食の時、さりげなく言ったさぐりのコトバに、彼女は夫の表情に憂色をみた。ちなみにおかずは有色野菜が多かった。数日後、「今日は少しおそくなるから」と言って岡本君がでかけた日のこと。彼女はとうとう疑心に抗しきれなくなり、岡本君の退社時間より数時間前に、電話の相手が言ったその喫茶店のある場所へ行ってみた。するとたしかにその名の店がある。彼女はその店をみることができる向かいの喫茶店に入った。一時間ほどたった。「あっ。」と言って彼女がスプーンを落とし、我が目を疑ったことは想像に難くない。彼女はいたたまれず店を飛び出した。何もわからなくなってしまった。ただ足だけがうごいて、ともかく家についた。そしてそのまま食卓についた。
 「あの相手の人はいったい・・・」
 日はどんどん暮れていく。
 チャイムが鳴った。
 「ただいまー。」
 岡本君が帰ってきた。ほろ酔いかげんである。ドッカと腰かけ、
 「おい。サチ子。メシは。メシ。」
 これがいけなかった。こういう状態でおこらずにいるにはインドで三年は瞑想修業していなくては不可能である。彼女は今日みたことをすべて語った。そして相手の女性は、どういう人なのか問い質した。みるみる酔いが消えて、かわって蒼白になった岡本君は、このように弁明した。
 「彼女は自分と同期で入った人で、近く結婚するんだ。相手の男を愛してはいるが、僕にも好感を感じるというんだ。来春結婚するが、不安があるというんだ。そのため、自分の気持ちをたしかめるため、一ヵ月だけつきあってくれないか・・・とたのまれた。」
 「それで・・・」
 と彼女はあっさり言った。
 岡本君は冷汗をながしながら、
 「自分には最愛の妻がいるので、それはできない・・・ときっぱりことわった。だが彼女はどうしてもという。」
 「それから」
 「君にはすまないが、彼女の不安も、もっともだ、と思った。」
 「だから」
 「一ヵ月だけ・・・という条件でやむをえず承知した。心の中ではたえず君にすまない・・・とわびていたんだ。わかってくれ。」
 「わかったわ。」
 「そうか。わかってくれたか。」
 岡本君の顔が一瞬ほころんだ。
 「でも一つわからないことがあるわ。」
 「何だい。」
 彼女は急に険しい表情になり、声を大に言った。
 「本当にすまない・・・と思っている人が、どうしてほろ酔いかげんで、オイ、メシは・・・なんて言うの。私は一生浮気はしません。今日は食事をつくる気がしないので食事はありません。例の有色野菜が冷蔵庫にありますから、かじるなり、きざむなりしてください。」
 言って彼女は、その場を去るや、そのまま寝てしまった。これはこたえた。しかたなく岡本君は有色野菜をきざんでマヨネーズをかけて食べた。
 翌日、彼女がそのことを再びもちだそうとした時岡本君はつい、
 「ああ。きのう。そんな夢をみたの。」
 と言ってしまった。こんな賭は、まず成功しない。失敗すれば火に油をそそぐだけである。結果はみごとな失敗だった。
 岡本君の苦難の日々がはじまった。
 彼女はプンとおこり、何もしてくれない。岡本君は困って、
 「なあ。サチ子。おれがわるかったよ。もうカンベンしてくれ。」
 と頭をさげた。だが彼女はふくれっつら。
 「どうしたらゆるしてくれる?」
 と岡本君が聞くと、
 「もう二度と浮気しないとちかう?」
 と彼女は問いつめた。
 「ああ。誓うよ。」
 「じゃ、証拠をみせて。」
 「証拠ってどうすればいいの?」
 「あなたの気持ちを行為で示して。それとバツとしてこのノートにすべて、「サチ子。世界一愛してる。」と心をこめた、きれいな字でびっちりかいて。誠意がみとめられたら今回だけはゆるしてあげます。また浮気したら今度はもっときびしくするからね。わかった。」
 岡本君「トホホ・・・。わかったよ。でも仕事もあるし、時間もかかるから、すぐにはできないよ。」
 彼女、少し考えて、
 「じゃ、二週間だけまってあげるわ。」
 岡本君は内心で、
 「やれやれ。こまったことになった。」
 と言ってため息をついた。

 彼女はよろずのことを岡本君にいいつけるようになった。無条件降伏の立場を感じていた岡本君は、それに従うしかなかった。し、実際従った。彼女はだんだん、これからの結婚生活において、有利な条件を自分が手に入れたことに気づきだした。そして又、彼女は、自分の方から許しを求めず、それをすべて彼女の心に委ねている彼のまじめさに、いとおしさ、を感じるようになりはじめた。だが有利な条件を簡単に手離す気にはならなかった。狡知が彼女にめばえた。
 そんなある日曜日の様子。
 夕御飯は彼女がつくってくれたのだが、彼女に命じられて食器洗いをしている岡本君に、ゴロリと横になってテレビをみながら、ふりむきもせず、
 「ねえ。あなた。おわったら肩もんで。こってるんだから。」
 岡本君は肩を揉みながら思うのであった。
 「トホホ。何でオレこんなことしなくちゃならないんだろう。なんでこんな女と結婚しちゃったんだろう。結婚を申し込んだ時は、無垢な少女のように恥じらいながら、もじもじして「一生、何を言われても最善をつくすようがんばります。」と言ったが、あれはいったい何だったのだろう?それなのにオレが彼女のいうことをきいてれば手をかけた料理をつくって頬杖しながらニコニコして「ねえ。あなた。どう。おいしい?」などと言って本当に幸福そうな顔してる。」
 「ひょっとしてオレはだまされてしまったのかもしれない。」
 と、岡本君は思い、いたたまれなくなって外へとびだし、駅前ののんべえ横丁の飲み屋へ行って安酒をあおり、
 「オレは彼女のおもちゃじゃなーい。」
 と大声で一人どなるのであった。そして酒のいきおいをかりて、一大決心し、
 「よーし。もーガマンの限界だ。今日こそは白黒つけるぞ。」
 と、言って家へひき返し、
 「やい。サチ子。お前はオレをだましたんだろう。ほんとうのことを言え。おれは腹をきめている。お前がほんとうのことをいわないならばオレはお前と離婚する。」
 と問い詰めた。すると彼女は途端につつましく正座した。
 「そ、そんな。だます・・・なんて。ひどいわ。そんなふうにわたしを思っていたなんて、いくらなんでもひどいわ。ふつつかで、いたらない所は多くあるでしょうが、私なりに精一杯、努力しているつもりです。」
 と言って涙をポロポロこぼすのであった。
 「ひどいわ。だましたなんて。あんまりだわ。」
 彼女は何度も、くり返しながら泣きじゃくるのであった。そんな彼女をみていると岡本君はだんだん自分がひどいことを言って彼女を傷つけてしまったように思い、後悔し、
 「わかった。オレがわるかった。うたがってすまなかった。だからもう泣くのはやめてくれ。」と彼女の肩に手をかけていうのであった。すると彼女は、おそるおそる「ホント?」と言って目を上げた。
 「ああ。ホントだとも。」
 「もう離婚するなんていわないでくれる?」
 「ああ。いわないよ。」
 すると彼女の涙はピタリととまった。彼女は居間を出た。なにやら机でゴトゴト音がする。しばししてパタパタと早足に彼女はもどってきた。便箋とボールペンと印鑑と朱肉をもっている。彼女は、それらを机の上に置き、
 「じゃ、こう書いてくれない。」
 とモジモジして彼女が書いたらしい文をそっとだした。それにはこう書かれてあった。 「私、岡本○○はもう二度と自分から、妻サチ子と離婚したいなどとはいいません。もし、自分の意志で離婚を願い出るのであれば、自分の財産はすべて、妻サチ子にゆずり、生活の保障として毎月、収入の六割を妻サチ子に支払います。」
 岡本君が「何でこんなことまでしなきゃいけないの?」と聞くと、彼女は真面目な口調で、 「私たちの愛ってこわれやすく、弱いでしょ。だから今もう一度、私たちの愛の永遠性を誓いあいたいの。」
 と目をかがやかせていう。岡本君は、何かへんだなーと思いながらも、ことば通りを書いて、印を押すのであった。
 でもこんな様子は一日だけ。彼女はまたしても、もとのような態度になった。岡本君は、とうとう本当に彼女の本心がわからなくなってしまい、それを知ろうと一計を案じた。
 それはこうである。
 大学の時、彼女と親しかった、堀順子・・・に自分の留守中に家に来てもらう。サチ子は順子には何でもはなすだろう。バックにテープレコーダーを入れておいてもらってサチ子に気づかれないように二人の会話を録音してもらい、動かぬ証拠をとるのだ。 はたして、それは実行された。順子は、近くに来たからついでによってもいい・・・と聞いて、岡本君の家にきた。ひさしぶりに会ったよろこびから、二人の会話は、はずんだ。順子はさりげなく言った。
 「いいわねえ。サチ子、岡本君と結婚できて・・・。彼にあこがれてた子、多かったのに。私もそうだったわ。うらやましいわ。」
 これはサチ子の優越感をくすぐった。
 サチ子は自慢げに言った。
 「そうでしょ。彼は私だけのものよ。一生ね。」
 「でも彼、結婚しててももてるわよ。そうしたらどうする?」
 「ダーメ。そんなことゆるさないわ。ちょっとでも他の人と親しくしたら、きびしくおしおきしてやるの。」
 「でも彼だって人がいいけど、そんなことしておこらない?」
 「ダイジョーブよ。あの人、頭わるいもん。ちょっと涙みせればすぐ信じちゃうわ。」 彼女は自分の狡猾さを思う所無く自慢した。
 二人はその後、話題をかえ、少しはなしたのち、学生時代と同様、バーイ、といってわかれた。
 その日、彼女はうかれた気持ちで、ダンナさまが帰ってくるのをまっていた。夕方から小雨がふりだした。
 チャイムがなった。
 「おかえりなさい。今日は、あなたの大好きなビーフシチューよ。」
 と、いつも以上の笑顔で言った。
 だが様子が変である。
 岡本君は今まで一度もみせたことのない険しい表情で彼女をジロリとニラミつけたのち、だまって上がっていった。このはじめてみる岡本君の態度に彼女は少し、不安を感じだした。
 「ねえ。あなた。どうしたの。」
 といっても岡本君は何もいわない。
 「おふろを先にしますか。食事を先にしましか。」
 と聞いてもこたえてくれない。
 岡本君は上着をぬぎすてて、食卓についた。そして彼女をひとニラミした。彼女は、おそるおそるテーブルについた。シチューの鍋はさめるのを警告するかのごとくカタカタ音をならしている。雨の音がはげしくなった。
 岡本君はだまってカバンからテープレコーダーを出した。それは、今日のサチ子と順子の会話だった。話が大事なところへきた。それもすべて録音さていた。岡本君は彼女をニラミつけている。彼女の顔からみるみる血の気がひいた。そしてワナワナ、ガクガクふるえだした。岡本君はテープをきった。そしてどなりつけた。
 「おい。サチ子。何とかいってみろ。このおおうそつき女!!このサギ師。オレはお前と離婚する。お前なんかに慰謝料をやる必要なんかない。それとも、このテープをおれとお前の両親にきかせてやろうか。どっちが正しいか、きいてみようじじゃないか。」
 彼女はただワナワナ、ガクガクふるえているだけである。
 「えっ。オイ。何とかいってみろ。」
 岡本君はシチューの鍋をおもいっきり床へたたきつけた。
 「何が永遠の愛だ。人をバカにしやがって。」
 彼女は無力感にうちひしがれてしまっている。だまっている彼女に、
 「エッ。オイ。何とかいってみろっていってるんんだ。」
 とどなりつかた。
 彼女は目からポロポロなみだをこぼしだした。
 「フン。その手はもうくわん。このペテンおんな。」
 彼女は、ますます泣きながら、
 「ゴメンなさい。かるはずみなことをいってしまって。でもあなたを愛している気持ちは本当です。」と訴えた。
 「フン。もうオレはお前の口車には二度とのせられないぞ。」
 彼女は答えられない。
 「でてけ。今すぐでてけ。お前の顔などもうみたくない。」
 と言って岡本君は一万円札を卓上にたたきつけた。でも彼女は、うつむいたまま動けない。業を煮やした岡本君は一万円札を彼女のポケットにつめこみ、腕をつかんで彼女を無理矢理立たせた。そして彼女を玄関まで荒っぽく連れていった。岡本君は玄関をあけると、降りしきる雨の中へ、彼女をつきとばした。そして靴と傘を放りだした。いかりを込めて戸を閉めてカギをかけた。岡本君はテーブルについた。箪笥の上にのってる結婚式の二人の笑顔の写真が目についた。無性に腹がたって、写真をとりだして、二人をひきさいた。それでも気がおさまらず、ズタズタにひきさいた。
 岡本君は台所から酒をもってきてのんだ。のみにのんだ。彼女のものが目につくたびに虫酸が走った。そしてそのいくつかのものを床にたたきつけた。外では雨がはげしく屋根をうっている。気づくと、もう十一時を過ぎていた。岡本君はワイシャツのまま床のついた。このうっとおしい雰囲気から、ともかくはなれたかった。彼女の実家は電車で五つはなれた所である。
 「もうとっくについているだろう。あいつは今、どんな弁解を考えてるだろう。いや、もう弁解なんかかんがえられないだろう。」全部いいきったマンゾク感、翌日が休みである安心感に酒の力が加わって、岡本君はいつしか眠りへと入っていった。外では、あいかわらず、雨がはげしく屋根をうっている。

        ☆     ☆     ☆

 岡本君が目をさましたのは翌日の昼過ぎだった。のんだわりには頭はすっきりしていた。カーテンをあけると雨はもう、すっかりやんでいた。雨上りの虹がかかっている。その美しさは岡本君の心にゆとりを与えた。岡本君は何本かタバコを吸った。
 「考えてみてば、オレもちょっといいすぎたかもしれない。あいつにとってはオレがすべてだったんだからな。あいつは嫉妬深いんだ。雨の中につきとばしたのはちょっとやりすぎだったかな。だがこれで、あいつの方でも、オレがきらいになっただろう。あとくされなくわかれられる。」 岡本君は顔を洗い、パンと牛乳の軽い食事をした。そして新聞をとりにいこうと思って玄関をあけた。すると、そこに一人の女性がうつぬいたまま正座している。全身ズブぬれである。サチ子だった。稲妻のような衝撃が岡本君の全身をおそった。しばしの間、茫然と立ちつくしたまま、彼女をみていたが、彼女は微動だにしない。しばしして、やっとわれに帰った岡本君は彼女のもとにしゃがみこんだ。彼女は、まぶたはさがっていたが、目はとじていなかった。岡本君は彼女のひたいをさわった。かなりの熱がある。
 「お前。昨日からずっとこうしていたんか?」
 岡本君が聞くと彼女は力なくうなずいた。岡本君の目から涙が急にあふれだし、とまらなくなった。岡本君は心の中で思った。
 「ああ。この女だ。おれにとって世界一の女はこの女だ。オレが一生、命をかけてまもってやらなくてはならないhのはこの女だ。」
 岡本君は彼女を力づよくだきしめた。彼女は意識がうすれ、感情もほとんどマヒしていた。ただ一言、
 「ゴ・メ・ン・ナ・サ・イ。」
 と感情のない電気じかけの人形のように言って、たおれふしそうになった。岡本君は彼女をささえ、力づよくだきしめた。
 「オレがわるかった。お前をうたがったオレがわるかった。もう二度とお前をうたがったりしないよ。お前をうたがったオレをゆるしてくれ。」
 すべてを洗いながしたかのごとく降った雨の後の日の光は、ときおりおちる庭の樹の雫を宝石のようにかがやかせていた。

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シェーン・ドラゴン怒りの鉄拳 (小説)

2020-07-07 22:14:31 | 小説
シェーン・ドラゴン怒りの鉄拳

 ある海水浴場である。セクシーなビキニ姿の女や、日焼けしたビーチボーイ達が、サンサンと照りつける太陽のもと、青春を謳歌している。

一人の男が、入るとでもなく、入らないとでもなく、ウロウロと海水浴場の入り口に立っている。男は時々、チラッ、チラッ、と羨ましげな目つきで海水浴客達の方を見ていた。
何人ものセクシーなビキニ姿の女性達が通る度に、男は顔を真っ赤にした。男が入りたがっている事は明らかだった。ついに男は勇気を奮い起こしたと見え、ヒョロヒョロと歩き出した。足がガクガク震えている。ビキニ姿の女達が胸を揺らしながら、キャッ、キャッ、と歓声を上げながら男の側を通り過ぎていった。

男は砂浜の上に腰を降ろして、そっと周りを見回した。
「ヘーイ。彼女―。ちょっと、遊ばない」
「うん。いいよー」
小麦茶色に日焼けした二人のビーチボーイが、さっそく、二人の女を捕獲した。
男は、しばし、ビーチを見ていたが、このようにして、次々とカップルが浜辺で出来上がっていく。
「けっこう、簡単なものなんだな」
男は、その言葉を、自分に言い聞かせるように腹の中に飲み込んだ。
「そうだ。女は男を求めて、ここへ来ているんだ」
男は、自分に言い聞かせるように言った。だんだん、男は腹から自信が沸いてきて、肘を上げて、グイと力瘤をつくった。
男は、スックと立ち上がると、少し砂浜を歩いた後、ピンクのビキニ姿で一人で、うつ伏せになっている茶髪の女に、声をかけた。さすがに、その行為は勇気が必要で、彼はゴクリと緊張の唾を飲んだ。
「あ、あの。お、お姉さん。・・・お、お茶しませんか」
女はムクッと顔を向けて、男を一瞥すると、すぐに顔を戻して拒否の手を振った。
「顔パス」
男はガーンと、頭を鉄の棒で叩かれたようなショックを受けた。だが、彼は、すぐに気を取り直した。
「ふっ。ま、まあ、はじめてだからな。こういう事も、あるものだ」
オレは、消極的すぎるんだ。もっと、自己アピールしなくては、いけないんだ。
そう思って男は気を取り直して、歩き出した。考えてみれば、彼は大変、有利な条件を持っていた。彼は医者で、個人スポーツは、ほとんど万能だった。こんな有利な条件を彼は謙譲の美徳のために使った事がなかったのである。

ある水玉模様のビキニの女がうつ伏せになって、体を焼いていた。男は、そっと女の傍に腰掛けた。
「あ、あの。お、お姉さん」
男が声をかけると女はムクッと顔を上げた。男は勇気を出して、声をかけた。
「あ、あの。よかったら、お茶しませんか」
女はしばし、訝しそうな、目で男を見ていたが、拒否の手を振って、パタリと顔を戻した。
男は、執拗に食いついた。
「あ、あの。ぼ、僕。医者なんです」
だが、女は全く相手にしない。男はさらに、熱を込めて言った。
「あ、あの。ぼ、僕。色々、スポーツも出来るんです」
女は、振り返って、罵るように言った。
「あなた。最低の男ね。見えすいたウソついて、ナンパしようなんて。男として最低よ。私に、まとわりつかないで。あっち行って」
「ほ、本当なんです」
男は必死に何度も訴えたが、女は全く相手にしようとしない。
男は、ガックリして立ち上がった。
「よし。今度は、医師免許証の原本を持ってこよう」
そう思いながら、ビーチを歩いていった。すると、黄色いビキニの女性が座って膝組みしていた。美しい長い黒髪。じっと海を見つめている。つつましそうである。男はドキンとした。
(今度こそ。この女性なら、きっと、受け入れてくれる)
男は、そう思って、女性に近づいた。そして、声をかけた。
「あ、あの。お姉さん」
女性は、男に顔を向けた。拒否している感じは、見られない。男は、やった、と思った。
「あ、あの。よろしかったら、お茶しませんか」
男は、微笑して、話しかけた。と、その時。男は、後ろからポンと肩を叩かれた。
男が振り返ると、そこには、肩にサソリの刺青をした、いかつい体格のオールバックの男が、ガムをクチャクチャ噛みながら男をにらみつけている。
「おい。手前。オレの女に手を出すとは、いい度胸してるじゃねえか」
そう言うや、刺青の男は、男を突き飛ばした。男は、ビーチに倒れた。
「うせろ。二度と来るんじゃねえ」
男は、ペッと男に唾を吐きかけた。
「譲二。かっこいい」
膝組みしていた女は、ピョンと立ち上がって、欣喜雀躍とした様子で男の腕にしがみついた。刺青男は、女に誉められて気をよくしたのだろう。倒れている男を、めった蹴りし、顔を思いきり踏みつけた。そして、グリグリと顔を踏みにじった後、男の体に馬乗りになり、何度も、力の限り男の顔を殴りつけた。20発くらい殴った後、おもむろに余裕の表情で立ち上がり、女と共にビーチシートに戻った。
「すてき。譲二。たのもしいわ」
女は、うっとりした表情で、男の頬っぺたにチュッとキスした。

殴られた男は、ヨロヨロと立ち上がり、鼻血をダラダラ流しながら、フラフラとおぼつかない足取りで、近くの海の家に向かった。

男は、海の家に飛びこんだ。そこは西部劇の酒場のような、つくりになっていた。「海の家ライカー」と書いてある。ちょうど、映画、「シェーン」の酒場のような感じだった。
男が入るや、そこにいた客達が一斉に男を見た。みな、垢抜けたエレガントな感じである。
みな、ブランデーやウイスキーを飲んでいた。
男は、場違いな感じを持ったが、一度、入った以上、黙って出て行くのも決まりが悪い。
ので、カウンターに、恐る恐るついた。
「あ、あの。ソーダ水ください」
男が、そう言うと、客は一斉に笑い出した。
バーテンダーは、ニヤリと笑って、軽蔑の口調を込めて言った。
「おい。何がいい。イチゴ味か。レモンか。メロンか」
「メ、メロン味を下さい」
男がそう言うとバーテンダーは、嫌そうに、レモン味のソーダ水を男に向かって放り投げた。
客はニヤニヤ笑っている。
「そら。これを持って、とっとと店を出ろ。二度と来るな。ここは、お前の来るような所じゃねえんだよ」
男が、ソーダ水を持って店を出ると、バーテンダーは、塩のビンを持って、店の前に塩をふりまいた。
「て、てめえら・・・」
男は、腹から怒りがこみあげてきて、ブルブルと体を震わせながら、拳をギュッと握りしめた。
男は、もう帰ろう、と思って、俯いて、ビーチの出入り口に向かった。
男が、ビーチを出ようとすると、小麦色に焼けた体格のいいピアスに茶髪の男が、男の肩に手をかけて、引き止めた。男は顎をしゃくって、ビーチの入り口に男の目を向けさせた。
男が顔を上げると、ビーチの出入り口に大きな立て札があった。それには、こう書いてあった。
「NO DOGS AND SOMBER ADMIT」
(犬とネクラは、おことわり)
男は、すぐに振り返って、ピアスの男を見た。ピアスの男はニヤニヤ笑っている。
その時、犬を連れた、きれいなビキニ姿の女が入ってきた。ピアス男は、ニコッと笑った。
「へーい。順子。ひさしー」
「やあ。ジョ二ー。来てたのー。ひさしー」
仲むつまじい挨拶がかわされた。
女は、犬を連れてビーチに入って行った。
「あれは何だ」
男は、ピアス男を、睨みつけて女の連れている犬を指差して聞いた。
「お前は例外だ」
ピアス男は、男の胸を見下すように、人差し指でつついた。そして、こう言った。
「おい。お前。どうしても、このビーチに入りたいのか。だったら犬のように四つん這いになれ。そうしたら、オレが連れて入れてやるぜ」

男の心に、煮えたぎるような、怒りがこみ上げてきた。
「あちゃー」
男は、ニヤニヤ笑っている、ふやけた男を力いっぱい殴りつけた。
ピアスの男は、吹っ飛ばされて、失神した。
男は、煮えたぎるような、怒りで、拳を握りしめ、全身をブルブル震わせて、その立て札をしばし、にらみつけていたが、ちょうどブルース・リーの「怒りの鉄拳」のように、「あちゃー」と、叫んで、ジャンプし、その立て札を飛び蹴りで、叩き割った。

数日後、米軍基地が何者かによって、おそわれ、武器が盗まれた、という事件が起こった。

その数日後の事である。
一人の男が、海水浴場に現れた。
夏だというのに、黒い革のジャンパーを着ている。ゴルフバックを持っている。
目立つため、ビーチの客は、一斉に男に視線を向けた。その男は、数日前に来たネクラ男である。「海の家ライカー」のバーテンが、すぐに男を見つけて、男の所にやって来た。
「おい。お前、耳が悪いのか」
男は黙っている。
「二度と来るな、と言っただろうが」
バーテンダーは居丈高に言った。
「ああ。もう、今日が最後で二度と来ないぜ」
男は、そう言うや、ゴルフバックを、おもむろに開いた。
中身は、なんと、機関銃だった。重量9キロの重機関銃である。
男は革のジャンパーを脱いだ。体に給弾ベルトが、巻きつけられている。
男は給弾ベルトを、体から外して、機関銃に装着した。
バーテンダーは、一瞬、たじろいで後ずさりした。
男は、足を開いて、機関銃をガッシリと構えると、銃口の先をピタリとビーチの客に向けた。
「死ねやー。ウジ虫どもー」
ズガガガガガー。
ビーチの客達は、一瞬、たじろいだ。が、発射速度550発/分のマシンガンである。ビキニの美しい女達や、ナンパ男達が、マシンガンのマグナム弾によって、被弾し、バタバタと倒れていった。真夏の海水浴場は地獄絵図と化した。
きゃー。
海水浴客達は、逃げまどったが、男は、容赦せず、撃ちつづける。
「やめろー。やめないと撃つぞー」
ビーチに設置されたバラックの海水浴場の特設警察所から、警察官が出てきた。ニューナンブ38口径を、男に向けて構えた。
しかし、ニューナンブ38口径と、マシンガンでは、話にならない。
男は、警官にマシンガンを向けた。
ズガガガガガー。
一瞬にして、警官の体は蜂の巣になり、倒れた。
男はすぐに、再びビーチの客にマシンガンを向けた。
男はマシンガンの引き金をひいた。
ズガガガガガー。
きゃー。
ビーチの客は、逃げまどったが、男は容赦せず、マシンガンを連射しつづけた。
ついに全弾、撃ち尽くして弾がきれた。
男は、パイナップル(手榴弾)を取り出すと、思いきり投げた。
ボガーン。
ビーチの海水浴客が、一瞬にして、吹っ飛ばされた。
男は、ふー、と、ため息をついて、あたりを見回した。
もう生存者は一人もいなかった。真夏のビーチは、しんと静まりかえってる。無数の美しいビキニ姿の女や、ナンパ男たちが、倒れ、口を開き、白目をむいている。

男はマシンガンを捨てると、踵を返し、ビーチの出口に向かって歩き出した。
一人の華奢な体格の子供が、男の所にやって来た。その少年も内気な性格で、以前、ビーチに入る勇気が持てず、さびしそうにしていた、のを男がなぐさめて、やったのである。
その少年は、日本人だが名前をジョーイと言って、ちょうど、映画、「シェーン」の少年のような顔立ちだった。少年は男を、シェーンという、あだ名で呼んでいた。
「シェーン、すごいね。やっぱり勝つと思っていたよ」
男は笑顔で、ジョーイの頭を撫でた。
「ジョーイ、ネクラと言われても負けちゃダメだぞ」
「うん。ぼく、負けない」
「ジョーイ。今日でおわかれだ」
「どうして。シェーン」
男は黙って熱い砂の上を歩きつづけた。
少年もトコトコついて来る。
「シェーン、どこへ行くの」
「警察所に行くのさ」
「どうして」
「人を殺した人間は、もうこの社会には、いられないんだ」
「じゃあ、どうして殺したの」
そうだな、と言って、男は、困惑した顔つきをした。
「人は自分の殻から抜けられない。抜けようと努力してみたがダメだった」
「いてほしいの。シェーン」
少年は涙ぐんだ。
男は手を振った。
「ジョーイ。パパとママを大切にするんだぞ」
「うん」
「ジョーイ。男は強くなれ。そして、真っ直ぐに生きるんだ。Strong & Straight」
「うん」
男と少年の距離が、だんだん離れていった。

「パパが仕事を手伝ってほしいって、言ってたよ」
少年が大声で言った。
男は、以前、少年の家に行った事があるのである。少年の家は、貧乏で、今時、こんな家があるのか、信じられないが、材木座の丸太で組んで作った家だった。少年の家庭は牛を飼い、野菜をつくって細々と暮らしている農家だった。家の前に大きな切り株があって、それがジャマになっていて、困っていたので、男は斧で、その切り株を切ってやったのである。
男の姿は、さらに離れていった。
「ママがいてほしいって、言ってたよ」
男が、切り株を切ったので、お礼に少年の母親は、手作りのアップルパイを男につくって、手をかけた料理もつくって、あたたかくもてなしたのである。母親はジーン・アーサーに似ていた。

男の姿が遠くなっていった時、少年は、突然、大声で叫んだ。
「シェーン。カムバック」
その声は海水浴場の大自然の荒野にこだました。

ビーチの出口では、男が真っ青な顔をして、ブルブル震え、立ち竦んでいた。その男は、前回、立て札を顎でしゃくって、ニヤニヤ笑って立ち入り禁止の警告を促したピアスのナンパ男である。
男は、ピアスのナンパ男をギロリとにらみつけた。
「おい。ナンパ野郎」
男は、大声で怒鳴りつけた。
「は、はい」
ナンパ男は直立して、その声は震えていた。
「俺は、逃げも隠れもせんぞ。自首するぞ。ただしネクラ人間だけには手出しをするな」
「は、はい」
ナンパ男は弱々しい声で答えた。
男は肩をいからせてビーチの出口に向かった。

ビーチを出ると、そこには遠くに警察官がズラリと並び、緊張の面持ちで、男に銃を向けて構えていた。
男の心に怒りが込み上げてきた。
男は我慢の限界に達したような面持ちになり、ピストルを構えている警官達に向かって全速力で駆け出した。
「あちゃー」
男は思い切りジャンプした。
「撃てー」
警官署長が叫んだ。
ズガガガガー。
警察官達は、男めがけ、一斉に発砲した。

その事件が、広まり、香港で、その話をモデルにした「ドラゴン怒りの鉄拳」という映画が、つくられた。それは、「サウンド・オブ・ミュージック」を越す、今までの香港映画の記録をことごとく破った大ヒット作となった、ということである。

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お鶴と亀吉 (小説)

2020-07-07 21:32:44 | 小説
お鶴と亀吉

それは植木職人の亀吉が、いつものように博打をして、いつものようにスッカラピンになって、長屋に帰って、寝酒をかねた、やけ酒をガブ飲みし、大いびきをかいて、ぐっすり寝て、大あくびをしながら、おきた翌朝のことだった。
台所でトントンと音がして、カタカタと鍋のなる音がする。亀吉がそっと台所をのぞくと、全く見ず知らずの女が襷をかけて、みそ汁の豆腐をきざんでいる。亀吉はおどろいて戸板からそっと、その女をみた。女はまるで幽霊かと思うほどおっとりしずかな様子で、華奢な手つき、体つき、である。女は亀吉に気づいて、ふり返り、あどけない顔つきで笑って、見ず知らずの亀吉に言った。
「待ってて下さい。今もう朝ごはんができますから」
まるで、あたかも、亀吉を知っているかのような口ぶりである。亀吉はおどろいて、再び寝床に入って蒲団をかぶって、いったいあの女はだれだろうと考えた。いつか飲み屋で出会った女だろうか。いやいやあんな女は知らない。それに、あの女はまるで俺の女房みたいな口の聞き方をする。亀吉は思案をめぐらしたが、どうにも合点がゆかない。亀吉がそんな思案をしているところへ、台所から、
「あなた。ごはんができましたよ。いただきましょう」
と女が声をかけた。亀吉が蒲団をおそるおそるあげると、卓の上に朝御飯の用意ができている。みそ汁から、あたたかい湯気がでている。女は座って静かにほほえんでいる。わけもわからないが、グータラな亀吉には、おもわず久しぶりのうまそうな朝ごはんに、おずおずと、食事をすることにした。
「うまい」
亀吉はパクパク食った。女も静かにたべている。亀吉が女をみると、女はだまってしとやかにほほえむ。喰いながら亀吉が、
「おい。お前はいったい何者だ」
と聞くと、女は、
「何いってるんですか。自分の女房をわすれるなんて」
と笑う。
「で、名前は?」
「鶴ですよ」
と女は答えた。食事がおわって、洗いがおわると、
「では、私は料理屋の仲居の仕事に行ってきます。あなたも博打ばかりしていないで、少しは働いて下さいな」
と言って出かけていった。亀吉はしばし思案にくれたが、もともと、何事もテキトーにすます性格の男。
「まっいいか。夢かもしれないな。これは」
と思って再び蒲団に入って大いびきをかいて、寝てしまった。
だが、その日の昼、同じ長屋の庄助が亀吉のところにとびこんできた。この男は生きた瓦版のような男で、何事もいちはやくかぎつけて、長屋にふれまわるような男である。時々、亀吉と博打で会うことがあって亀吉とは馴染みの男である。
「おい。亀公。けさ、お前の家から、えらい別嬪な女が出てくるのを見たって豆腐屋の弥助が言ってたぞ。いったい誰なんだ。何でも、消え入りそうな幽霊みたいな女だってそうじゃないか」
亀吉は起きて、
「知らん」
といってパタンとねてしまった。庄助は腕を組んでもっともらしく独り言のように、
「これは、お前がグータラなもんだから地獄の閻魔大王がおこって、幽霊をとりつかせてバチをあてたんだ。お前、気をつけないと牡丹灯籠の新三郎みたいになっちまうぞ。ともかく気をつけな」
といって帰って行った。鶴という女は、料理屋の仲居の仕事がおわると夕方帰ってくる。まるで幽霊のようだと、うわさは長屋にまたたく間にひろまった。鶴は夕ごはんをつくる。亀吉も、うまいもんだから食う。
そんな生活が何日かたつうちに亀吉も、女に申しわけないような気がおこってきて、酒もやめて、植木屋の仕事をするようになった。鶴も立ち直ってくれた自分の亭主がうれしい様子である。何やら、二人は、夫婦のような生活をはじめた。鶴という女は、足もとが暗く、足音がしないような歩き方をする。歩いているうちにフッと消えてしまうような感じである。長屋の者達は、生きた瓦版の庄助の、
「あれはきっと幽霊にちちがいない」
というふれこみから、皆、女をおそるおそるの目つきで見た。たまに視線があうと、鶴は微笑を返す。たしかに生気がない。生きている人間のような活気がない。それで長屋の衆は気味悪がって、女をさけるようになった。亀吉は、賭博でかった金で食ってきたような男だったが、怠け者でもキモがすわっている。又、自分に一心につくしているお鶴に、ほだされて、お鶴に情をもつようになっていった。亀吉の、弱々しいお鶴に対する思いは日に日に募っていった。
ある日の晩、ただでさえ生気のないお鶴が、いつも以上に憔悴している。理由を聞くと、村の子供達がいつも自分を幽霊だ、幽霊だ、といって、石をなげつける。それくらいならいいが、街中を歩いている時、城の大目付に目をつけられて、かこってやる。言う事を聞かなければ、お前は幽霊なのだから町奉行にひきわたす、と言われた、という。
「お前さん。わたし、どうしたらいいんだろう」
といってお鶴は涙をポロポロこぼすのであった。亀吉は肩をおとしてシクシク泣くお鶴を抱いて、
「心配するな。もう、仕事はやめろ。俺が働く」
といってなぐさめた。お鶴は嬉しそうに涙をふいて、か弱い表情にかすかな笑みをうかべ、うなずいた。
翌日、亀吉が仕事から帰るとガランとしずまり返っている。お鶴がいない。
「お鶴。お鶴」
といって、亀吉はあたりを探したが、みつからない。長屋のとなりの家の者に聞くと何でも今日、一人でいるお鶴を岡っ引きが町奉行に連れ去っていったという。それ以上は知らないといって戸を閉じた。亀吉は庄助のところへ行って、その様子をきいた。庄助が言うには、身元のしれぬあやしい女、くの一の疑いがあるというのが理由らしい。亀吉はとっさに、これはきっと大目付がお鶴が妾になることを断ったため自分の矜持を傷つけられて、おこったからだと直覚した。庄助は亀吉とお鶴のむつまじい仲をみているうちに、自分が以前、彼女を幽霊だなどといいふらしてすまなかったとわび、今では二人のためなら、どんな協力もおしまない、と言った。亀吉は何とかお鶴を救いださねば、と考えた。庄助は牢番をしている非人とは、わけあって知った仲だから、頼んで、連れ出そうか、と言った。だがそれでは非人にとがめが必ずかかる。夜もおそくなったので亀吉は庄助の家から帰った。燭台に火をともした亀吉は腰を抜かして、へたりおののいた。何とお鶴がしずかに端座してだまってうつむいていたからである。まさしくそのまわりには幽気がただよっている。
「お、お前。いったい、どうやって牢の中から出てきたんだ」
と問うと、お鶴はうつむいたまま、
「私にもわかりませんが、あなたのもとに帰りたいと心のうちに強く思っていましたら、気づくとここにきておりました」
と言う。亀吉はこの時、この女が幽霊にちがいないと確信した。しかし、亀吉にとっては、そんなことはもう、どうでもよかった。
翌日、必ず町奉行から役人が来るにちがいないし、こうなっては幽霊のことは、お寺の和尚に聞くしかないと思い、その夜のうちに二人は村はずれの寺に行った。和尚は、なぜお鶴が成仏できないのか、それは自分ではわからぬ。と言って、お鶴の方に顔を向けた。和尚はお鶴が、なぜ成仏できないか、もしかすると自分でも知っているのではないかと鶴に聞いた。和尚のあたたかい目に、お鶴はとうとう耐えられなくなり、わっと泣きして、身の上を語りだした。それによるとお鶴の身の上とはこのようなことである。彼女は子供の頃から体が弱く、村のお医者の言うところによると、体の関節が、そして、腎の臓器が、年とともにおかされていく、不治の病で、二十までに死ぬ病だという。日光にあたるとよくないので、ほとんど家の中ですごしてきたという。そして十七で死んだという。しかし、自分は人並みの幸せ、を、経験したかった。このままでは死んでも死にきれない。それが成仏できなかった理由だと思う、と語った。幽霊がとりつく、と、とりつかれた人の命はだんだん減っていって、最後には死んでしまう。といって、お鶴は申し訳なさそうに亀吉をみた。
「亀吉さん。ごめんなさい」
といってお鶴は涙を流した。
「それで良い人にとりついては申し訳ないので亀吉さんを選びました。はじめは少し、亀吉さんとすごして、おどろかせて、怠けぐせを直してから成仏しようと思っていました。それが亀吉さんのためにもなると不遜にも思いました。でも、亀吉さんは思った以上にいい人で、私を守り、大事にして下さいました。又、私も亀吉さんが、だんだん、そして今ではかけがえのない人になっていって、亀吉さんとの生活が楽しく、なかなか成仏できなくなっていってしまいました」
お鶴は亀吉に力ない視線を向けた。
「亀吉さん。ゆるして下さい。私とすごした日々の分、あなたの寿命が失われてしまっていたのです。私はあなたに好意を寄せるような振りをして、あなたの命を少しづつ、うばっていたのです」
亀吉は一笑した。
「そうだったのか。よく言ってくれた。ありがとう。なあに。気にすることなど全くない。オレのような怠け者が生きていたところで何にもならん。それより、お前が、きてくれたおかげで、どんなに生活にはりがでたか。生きがいがもてたか。今となっては、お前はオレにとってかけがえのない大切な女房だ。そうだったのか。お前が、だんだん、なぜ元気がなくなっていったのか、そのわけがわかった。お前は悪い心の持ち主じゃない。もし本当に悪い心だったら、オレをだましつづけただろう。今、すべて正直に語ってくれたことで、もう帳消しだ。オレは命がなくなるまでお前と生きる」
というと、お鶴は目に涙をうかべ、亀吉に泣きついた。二人はその晩、寺にとまった。
翌日の朝、二人が、この村を出て、旅にでようということになり、寺を出た時だった。いきなり、しげみにひそんでいいた侍があらわれ、お鶴に、
「おのれ。人身にとりつく悪霊め。成敗してくれる」
というや、お鶴に斬りかろうとした。この男、名を清十郎という浪人で、金とひきかえに何でもやる評判の悪い浪人である。大目付の命令で、お鶴を殺すことをひきうけたのだろう。お鶴は目をつぶってすくんでしまった。
「お鶴」
亀吉はとっさにお鶴の名をさけんで、お鶴をかばおうとした。清十郎は、悪霊をかばいだてするやつもゆるさん、といって、亀吉をメッタ斬りにした。亀吉の背から血がふきだした。亀吉がたおれると、お鶴は、
「あんた」
といって泣いて断末魔の亀吉に抱きついた。清十郎は、一息ついたあと、
「おのれ。人身にとりつく悪霊め。成敗してくれる」
と叫んで、お鶴に斬りかかった。だが、もともと幽霊のお鶴に実体はない。刀は空を切るだけである。二度、三度きりかかってもダメだとわかると、清十郎はとうとうあきらめて、急ぎ足に去っていった。断末魔の亀吉が、
「お鶴」
と一声いって息をひきとった時、お鶴は水蒸気のようにパッと消えてなくなった。亀吉のいなくなった世にはもう未練がなくなり、成仏できたのであろう。和尚は二人の葬式をして、「亀吉、鶴の墓」として寺の墓地に墓をたてた。清十郎はそののち、やくざと賭博でもめごとをして、ケンカとなり、殺されたということである。



平成22年11月8日擱筆

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羅生門 (の二次創作小説)

2020-07-07 19:38:21 | 小説
羅生門

ある日の暮方の事である。
一人の下人が、羅生門の下で雨やみを待っていた。下人は、永年、使われていた主人から、解雇されて、行くあてが無く途方に暮れていたのである。
広い門の下には、この男のほかに誰もいない。何故かと云うと、この二三年、京都では、地震とか辻風とか火事とか饑饉とか云う災いがつづいて起こり、洛中はさびれ、羅生門もボロボロにさびれてしまっていた。するとその荒れ果てたのをよい事にして、羅生門には、狐狸が棲すみ、盗人が棲み、とうとうしまいには、引取り手のない死人を、この門へ持って来て、棄てて行くと云う習慣さえ出来てしまった。そこで、日の目が見えなくなると、誰でも気味を悪がって、この羅生門には近づかなくなってしまったのである。

下人は、特別に善人でもなければ悪人でもない普通の性格の人間である。だが今までに悪い事をしたことはない。しかし、主人から、解雇された今、生きていくには、盗人になるしかない。そうしなければ飢死してしまうのである。それで、生きていくためには盗人になってもいいものだろうかと、悩んでいたのである。そう悩むくらいだから、下人は、知性的で良心を持った、いい人間といっていいだろう。

下人は、大きなくしゃみをして大儀そうに立上った。夕冷えのする京都は、もう火桶が欲しいほどの寒さである。
下人は、そこでともかくも、今日は羅生門の上の楼で夜を明かそうと思った。幸い門の上の楼へ上る、幅の広い梯子がある。上なら、人がいたにしても、どうせ死人ばかりである。下人はそこで、腰にさげた太刀が鞘走らないように気をつけながら、その梯子段を登っていった。そうして頸を出来るだけ、前へ出して、恐る恐る、楼の内を覗いて見た。
見ると、楼の内には、噂に聞いた通り、幾つかの死骸が、無造作に棄ててある。下人は、それらの死骸の腐爛した臭気に思わず、鼻を掩おおった
さらに驚いたことに、その死骸の中に一人の老婆が蹲まっていた。檜皮色の着物を着た、背の低い、痩せた、白髪頭の、猿のような老婆である。
老婆は、松の木片を、床板の間に挿して、死骸の頭の長い髪の毛を一本ずつ抜いていた。
下人には、何故老婆が死人の髪の毛を抜くのかわからなかった。
そこで、下人は、両足に力を入れて、いきなり、梯子から上へ飛び上った。そうして太刀に手をかけながら、大股に老婆の前へ歩みよった。老婆が驚いたのは云うまでもない。
老婆は、一目下人を見ると、まるで弩にでも弾はじかれたように、飛び上った。
「おのれ、どこへ行く」
下人は、老婆が死骸につまずきながら、慌てふためいて逃げようとする行手を塞いで、こう罵しった。
「何をしていた。云え。云わぬと、殺すぞ」
下人は、老婆をつき放すと、いきなり、太刀を老婆の眼の前へつきつけた。老婆は、恐怖に震えながら、か細い声で、こう言った。
「この髪を抜いてな、カツラにしようと思うたのじゃ」
老婆は、片手に、まだ死骸の頭から奪った長い抜け毛を持ったなり、蟇のつぶやくような声で、口ごもりながら、こんな事を云った。
下人は、老婆の答が存外、平凡なのに失望した。
「成程な、死人の髪の毛を抜くと云う事は、何ぼう悪い事かも知れぬ。じゃが、ここにいる死人どもは、皆、そのくらいな事を、されてもいい人間ばかりだぞよ。現在、わしが今、髪を抜いた女などはな、蛇を四寸ばかりずつに切って干したのを、干魚だと云うて、太刀帯の陣へ売りに往んだわ。疫病にかかって死ななんだら、今でも売りに往んでいた事であろう。それもよ、この女の売る干魚は、味がよいと云うて、太刀帯どもが、欠かさず菜料に買っていたそうな。わしは、この女のした事が悪いとは思うていぬ。せねば、饑死をするのじゃて、仕方がなくした事であろう。されば、今また、わしのしていた事も悪い事とは思わぬぞよ。これとてもやはりせねば、饑死をするじゃて、仕方がなくする事じゃわいの。じゃて、その仕方がない事を、よく知っていたこの女は、大方わしのする事も大目に見てくれるであろう」
老婆は、大体こんな意味の事を云った。
下人は、太刀を鞘におさめて、その太刀の柄を左の手でおさえながら、冷然として、この話を聞いていた。しかし、これを聞いている中に、もはや下人は、盗人になるか、どうか、迷う気持ちは全くなくなっていた。
「そうか」
老婆の話が完おわると、下人は嘲けるような声で念を押した。そうして、一足前へ出ると、老婆の襟上をつかみながら、噛みつくようにこう云った。
「では、己おれが引剥ぎをしようと恨むまいな。己もそうしなければ、饑死をする身なのだ」
そう言って下人は、すばやく、老婆の着物を剥ぎとろうとした。

   二 (ここから創作)

その時である。
「待った」
と老婆は下人を制した。
「うぬの理屈はわかっとる。わしは生きるために、死体から髪の毛を抜いて、それで、糊口を凌いでいる。つまり、自分が生きるために悪いことをしている。だから、うぬも、その理屈で、生きるためには、悪いことをしても、いい、と言うんじゃな」
老婆はそう言った。
「そうじゃ。その通りじゃ」
下人は、老婆に詰め寄るように怒鳴りつけた。
「しかし、ちょっと考えてみんしゃれ。確かに、わしは自分が生きるために、悪いことをしている。しかし、わしのしている悪い事とは、死人から髪の毛を抜くことじゃ。わしは、自分を正当化するつもりはないが、すでに死んでいる人間から髪を抜くことが、はたして、そんなに悪いことじゃろうか?一方、わしの着物は一張羅じゃ。これなしには着る物が無い。餓死するかもしれん。うぬは、若く体力もある。うぬは、ちゃんと着物を着ている。わしから着物を奪わんでも、生きていけるはずじゃ。それより、うぬは、わしの自己正当化が気に食わんから、わしから着物を奪おうと、思っとるのじゃろ」
こう老婆は居丈高に言った。
「そうじゃ。その通りじゃ」
下人は自信に満ちた口調で、こう罵った。
しかし老婆は淡々と話し続けた。
「わしは自己正当化するつもりはない。しかし、罪には、軽重というものがあるんじゃなかいかの?強盗殺人でも、立ちションベンでも、確かに罪には、かわりない。しかし、その二つの罪を同等に、扱っていいものかな?」
下人は、うぐっと咽喉を詰まらせた。
「強盗殺人は重い罪じゃ。しかし立ちションベンは軽犯罪じゃ。同じ罪という言葉で、ひっくくって、二つを同等に扱ってしまっては、世の中の法体系が、ひいては、世の秩序が、全くおかしくなってしまうんじゃなかろうかな?」
下人は口惜しそうな表情をしながらも言い返せなかった。
老婆は嵩にかかったように、さらに続けて言った。
「うぬは・・・。生きるためには悪い事をしてもいい。うぬは、悪い事をしなくては生きていけない。それゆえ、うぬは、わしの着物を剥いでもいい。という三段論法で、見事に論理的に詰めたように思うとるのじゃろう。しかし詰めが甘いわ」
老婆は自信に満ちた口調で言った。
「どう、詰めが甘いんじゃ」
下人は老婆に詰め寄った。
「よう考えてみんしゃれ。人から物を奪うというても、死人から盗るのと、生き人から盗るのとでは大違いじゃ。死人から成長ホルモンを取り出すため脳下垂体を盗ることは、医療の世界では常識じゃ。親族の了解など得ておらんわ。臓器移植にしても、脳死と確実にわかった時じゃ。死人から、臓器を盗って、その臓器を難病の患者に移植して、その患者の命が助かったなら、これほどの功徳は、ないではないか。ぬしは、そうは思わんか?わしも、死んだら自分の髪の毛をカツラとして誰かに、抜いて貰いたいと思うとる。髪の毛どころか、わしは臓移植提供者のドナーに登録しておるがな。死んだ後なら、何を盗られようと、何も困ることはないからの。わしは構わんと思うとる。ぬしは、わしの言うことをどう思う」
老婆に論破されて、下人は、すごすごと羅生門の梯子を降りていった。もう雨は小降りになっていて雨宿りする必要は、ないほどになっていた。下人は無言で羅生門から離れていった。下人のゆくえは誰も知らない。



平成25年5月14日(火)擱筆

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少年と或る女 (小説)(上)

2020-07-07 18:34:54 | 小説
少年と或る女

夏休みが終わり、ちょうど二学期が始まったばかりの九月上旬のことである。純は中学一年生である。ある日の放課後。純は、学校を終えて、家に帰るところだった。学校と純の家の間は、全く人家がなく、人もほとんど通らない、寂しい野道だった。竹薮が鬱蒼と茂っている。その道が学校へ行くのに一番、近かったからである。純は、トボトボと狭い曲がりくねった野道を歩いていた。家と学校の間には、寂れた廃屋があった。廃屋の近くを通り過ぎようとすると、中から、人の声が聞こえてきた。何事かと思って、純は、そっと気づかれないよう、身を潜めて中を覗いた。純は息を呑んだ。
裸の女を二人の男が、取り押さえ、女の手を後ろ手に縛り上げていた。
「や、やめてー」
女は叫んだ。だが男二人は、聞く耳を持たない。
「おい。喋れないよう口にガムテープを貼れ」
男の一人が言った。
「おう」
と言って、もう一人の男が、女の口にガムテープを貼った。女はモゴモゴと口を動かそうとしたが、声は出せなかった。男は後ろ手に縛られた裸の女を廃屋の柱の所まで連れて行くと、後ろ手に縛り上げた縄の縄尻を廃屋の柱にカッチリと縛りつけた。
「よし。これで、大丈夫だ」
男の一人が言った。
「早く、金を引きおろそうぜ」
「おう」
二人の男たちは、なにか焦っているような感じだった。
「ふふ。すぐに戻ってくるからな。戻ってきたら、たっぷり可愛がってやるよ。もし、キャッシュカードの暗証番号が、デタラメだったら、痛い目にあわすからな」
男の一人が不敵な口調で女に言った。
「さあ。早く行こうぜ」
男の一人が言った。
「おう」
もう一人の男が相槌を打った。男二人は、丸裸で、ガムテープを口に貼られ、柱に縛りつけられている女をあとに、急いで廃屋を出た。一人の男が、廃屋の後ろにとめてあったオートバイを出してきた。男はフルフェイスのヘルメットを被った。男はオートバイに跨ると、エンジンをかけた。もう一人の男はフルフェイスのヘルメットを被ると、後部座席に乗った。前の男は、エンジンを駆けた。エンジンは勢いよく始動した。オートバイは、猛スピートで走り出した。純は、緊張してドキドキしながら二人に気づかれないよう、廃屋の陰に隠れて、オートバイの行方を見守った。オートバイは、どんどん遠くに去っていく。
オートバイが角を曲がって、完全に見えなくなるのを確認してから、純は急いで小屋に入った。女は純を見ると、一瞬たじろいだ。
「大丈夫ですか?」
純は、急いで、女に駆け寄り、口に貼られたガムテープをはがした。女はプハーと息を吐いた。女はものすごく綺麗で、整った美しい顔に、アクセントのように右頬の真ん中に小さな黒子があった。
「あ、ありがとう。ボク。助かったわ」
女は、ほっと安堵したように言った。
「まってて下さい。すぐ縄を解きます」
そう言って純は、女の後ろ手を縄を解いた。カッチリと縛られていて、なかなか解きづらかったが、何とか解けた。
「ありがとう。助かったわ」
手が自由になった女は、純に礼を言った。
「ボク。携帯電話、もってる?」
女が焦った様子で聞いた。
「はい。持ってます」
「貸してくれない」
「はい」
純はカバンから、携帯電話を取り出した。そして女に渡した。女は、急いで、104に電話した。
「もしもし。みずほ銀行サービスセンターの電話場号を教えて下さい」
女は、すぐに純に振り向いた。
「ボク。ノートと鉛筆もっていない?」
「はい。持ってます」
純は答えて、すぐに、カバンから、ノートと鉛筆を取り出した。
「ありがとう」
女は礼を言って、104に電話した。
「もしもし。みずほ銀行サービスセンターの電話番号を教えて下さい」
「はい。0120―×××―××××です」
すぐにオペレーターが答えた。
女は携帯を耳に当てたまま、ノートに、みずほ銀行サービスセンターの電話番号を書いた。女は、電話番号を書き終えると、急いで携帯を切った。そして、ノートを見ながら、みずほ銀行サービスセンターに電話した。
「もしもし。私は、佐々木京子と申します。キャッシュカードを盗まれてしまいまして、暗証番号を知られてしまいました。すぐに、利用停止にしてもらえないでしょうか」
純は少し女に顔を寄せた。
「はい。わかりました。名前と支店名と口座番号を教えて下さい」
電話の相手が言った。
「名前は佐々木京子です。銀行は××支店で、口座番号は、××××です」
二、三分後、
「はい。了解しました。キャッシュカードは利用停止にしました」
電話の相手がそう言った。
「よかったわー。これなら、まずまだ降ろされてないわ」
女はほっと一安心したように言った。
「一体、どういうことなんですか?」
純が女に聞いた。
「あとで話すわ。それより君。名前は?」
「岡田純です」
「私は佐々木京子。助けてくれてありがとう」
京子はつづけて言った。
「ねえ。純君。ここから最寄りのコンビニに車で何分くらいで行ける?」
「そうですね。7分くらいの所にコンビニがあります」
「そう」
京子は何かを考えているようだった。
「純君。ちょっと協力してくれない。勇気がいるけど」
「ええ。何でもやります」
「ありがとう」
そう言うと京子という女は、純に、色々と計画を話した。
「彼らは、すぐに戻ってくるわ。近くのコンビニでキャッシュカードで金をおろしたら、今度はたっぷり私を弄ぶって言っていたから。それでね、彼らに見つからないよう、小屋の外に隠れてオートバイのナンバーをメモして、メールで知人に、送っちゃって欲しいの。キーをつけたままだったら、抜き取っちゃって欲しいの。そして、彼らのスキをついて飛び出して、彼らの顔も撮っちゃって、メールに添付して、すぐに知人に送って欲しいの。私、出来るだけ時間をかせぐから」
純は、
「わかりました」
と言って、うなずいた。
「じゃあ、時間がないわ。お願い」
そう言って京子は柱の前に座った。そして両手を背中に回して手首を重ね合わせた。
「さあ。手首を縄で巻いて」
言われて純は柱につながっている縄で京子の手首をグルグル巻いた。それを京子はグッと握った。あたかも後ろ手に縛られたように見える。
「さあ。純君。ガムテープを私の口に貼って」
言われて純は、ガムテープを京子の口に貼った。そして、急いで小屋の外に出て、木の陰に身を潜めた。その時、ちょうど、さっきのオートバイがやって来た。ちょうどギリギリだった。オートバイの男二人は、小屋の後ろに、オートバイをとめると、急いで、小屋に入った。二人は、後ろ手に縛られている京子を見ると、ほっとしたような表情で、裸で縛られている京子の前に仁王立ちになった。そして京子に近づくと、ベリッと京子の口のガムテープをはがした。
「おい。キャッシュカードの暗証番号どころか、キャッシュカードそのものが、使えないぞ。一体、どういうことなんだ」
男が京子に問い詰めた。だが京子は固く口を閉めて黙っている。
「まさか、使えないキャッシュカードを財布に入れているはずはないし・・・。一体、どういうことなんだ」
もう一人の男が問い詰めた。だが京子は答えない。
「答えないと痛い目にあわすぞ」
男の一人が威嚇的な口調で言った。
「おい。どういうことなのか話せ。可愛がってやりたいと思ってるんだぞ。痛い目にはあいたくないだろう」
男の一人が言った。だが京子は黙っている。
「それじゃあ仕方がないな」
そう言って、男たちは、京子の鼻をつまんだり、頬っぺたをつねったり、耳を引っ張ったりし出した。
「い、痛いー。やめてー」
京子は叫んだ。
「ふふふ。時間の問題で喋ることになるんだ。早く喋っちまいな」
そう言って、男の一人が、京子の足首に片足で乗り、柱をつかんでバランスをとり、全体重を乗せて、ユッサ、ユッサと体を揺すり出した。
華奢な女の足首に男一人の全体重がかかった。
「ああー。い、痛いー」
京子は、悲鳴を上げた。
「ほら。早く喋りな」
もう一人の男は、座って、京子の恥毛をプチッと引き抜き出した。
男達は、京子の苦痛を楽しむように、笑いながらジワジワと京子を責めた。

その時。純がパッと男達の前に躍り出た。そして、カシャ、カシャッっと何枚も携帯で写真を撮った。そして、急いで、カチカチと携帯を操作した。
「あっ」
男たちは思わず声を出した。男たちは、あっけにとられている。
「な、何をしているんだ。やめろ」
そう言って、男の一人が純から携帯を取り上げた。その時、後ろ手に縛られているはずの京子が、サッと立ち上がった。そして、急いで床に散らかっているパンティーをとって履き、ブラジャーもつけた。そして、そして純の後ろに回って、スカートを履き、ブラウスを着た。女は純の肩に手を置いた。
「ふふ。あなたたち、もう観念した方がいいわよ」
京子は勝ち誇ったように言った。
「一体、何をしたんだ」
男が純の襟首をつかんで、問い詰めた。
「純君。二人の写真、送った?」
京子が純に聞いた。
「うん」
純が答えた。
「おい。どういうことなんだ。何をしたんだ」
「あのね。あなたたちが、私を縛って、去ろうとした、ちょうど、その時に、この子が小屋に通りかかって私の叫び声を聞いたの。それで、この子の携帯で、すぐに、キャシュカードが使えないように銀行に連絡したの。あなたたちは、お金を引き出した後に、戻ってきて、私を弄ぶ予定だったでしょ。それで、この子に、協力してもらったの」
「クソッ。そういうことだったのか」
男の一人が口惜しそうに言った。
「ねえ。純君。キーはどうだった?」
「キーはついたままでした」
今度は純が話し出した。
「オートバイのキーは、ハンドルロックして、抜きとり、遠くに放り投げました。そして、ナンバーをメモして、「犯人」と書いて、携帯に登録してある全ての人の所に送信しました。そして、あなたたちの顔を写真に撮って、それも、今メールで送りました」
京子は、ふふふ、と笑った。
「さあ。どうしますか?陸運局に電話すれば、あなた方の住所と氏名は、わかりますよ。顔写真もメールで送信しちゃいましたから、もう遅いですよ。私たちを殺してしまいますか?でも、オートバイのナンバーと、あなた方の顔写真が、この子の知人達に送られちゃいましたから、私たちを殺しても、すぐ警察につかまってしまいますよ」
京子は強気に言った。
「ま、参ったよ。悪かった。どうか、警察には連絡しないでくれ」
男たちは土下座して謝った。
「じゃあ、私の財布、返して下さい」
男は京子に財布を返した。
「ふふ。残念だったわね。私から、お金をとり、私を弄ぶ両方の予定が出来なくなっちゃって」
京子は余裕の口調で言った。
「純君。キーは、どこら辺に投げた?」
京子が聞いた。
「さあ。わかりません。思い切り投げましたから」
純は言った。
「あなた達。これからどうします?」
京子が聞いた。
「キーを探してみます。見つからなかったらJAFに連絡して来てもらいます」
男は、情けなさそうな口調で言った。
「おにいさん」
純が男に向かって言った。
「なに?」
「本当はキーは放り投げていません。隠れていた木の根元に隠してあります。ちょっと、待ってて下さい」
そう言って純は小屋を出た。そしてキーを持って、すぐに戻ってきた。
「はい。おにいさん」
そう言って純は男にキーをわたした。
「ありがとう」
男はペコペコと頭を下げた。
「これに懲りて、もう悪いことはしないことね」
京子が言った。男二人は、情けなさそうに、オートバイに乗って、エンジンを駆け、走り去った。あとには純と京子が残された。

   ☆   ☆   ☆

京子は純を見た。
「ボク。ありがとう。君が通りかかってくれなかったら、私、もう少しで一文無しにされて、彼らに犯されまくられちゃうところだったわ。銀行には、私の全財産500万円が、入っていたの。もしかしたら、団鬼六のSM小説の悲劇のヒロインのように、彼らに檻の中で死ぬまで監禁される、地獄の人生になっちゃたかもしれないわ。純君は、私の命の恩人だわ」
そう言って京子は、純の手をギュッと握った。
「い、いえ」
純は赤くなって小さな声で答えた。だが純は引け目を感じていたのである。本来なら京子が裸にされて、縛られているのを見た時に、すぐに飛び出して、やめろ、と言うべきだと思ってたのに、それをする勇気がなく、男二人が、去ってから小屋に入って行った不甲斐ない自分を。確かに、すぐに飛び出せば、彼らに捕まってしまうだけで、彼らに気づかれないよう、様子を見て携帯で、警察に通報するのが、冷静な対応ではあるが。理屈ではなく、男二人に裸にされて、縛られている女を、黙って見ていた自分に、感情的に不甲斐なさを感じていたのである。だが、それとは裏腹に、男二人に裸にされて、縛られている京子に、純は興奮していたのも事実であった。純は、そんな刺激の強い光景を見るのは生まれて初めてだった。純は先天的に、縛られた女に、激しく興奮してしまう性癖だったのである。
「純君。家は近い?」
「ええ」
「じゃあ、行っていいかしら。純君のお父さんやお母さんにも、お礼を言いたいし・・・」
「あ、ありがとうございます。家は近いです」
「じゃあ、行こう」
そう言って、京子は純は小屋を出て、手をつなぎながら純の家に向かった。京子の手の温もりが何ともいえず心地よかった。15分くらいして純の家についた。純は鍵をとり出して玄関を開けた。
「どうぞ」
純は恥ずかしそうに京子に言った。
「お邪魔します」
京子は元気よく答えて純の家に入った。家には誰もいない。
「お茶を入れますから、座って待っていて下さい」
そう言って純は台所に行った。京子は居間のソファーに座った。純は、ポットとティーパックと、カップとソーサーとお菓子を盆に入れて、すぐにもどってきた。
「はい。どうぞ」
そう言って純はソファーに座って、紅茶と菓子を京子にすすめた。
「ありがとう」
京子は礼を言って紅茶をとって啜った。京子は家の中を見回した。
「お父さんは、仕事だよね?」
「ええ」
「お母さんは。買い物かな?」
「い、いえ」
純は、あらたまって、へどもどと言った。
「僕には母はいません。僕が二歳の時、死んでしまったんです」
「そうだったの。嫌なこと聞いちゃってごめんね」
「い、いえ。僕の方こそ、家に誰もいないと知っていながら、言わずに京子さんを連れてきてしまって、ごめんなさい」
「いいわよ。そんなこと」
「あ、あの。京子さん」
「なあに?」
「あの。僕、京子さんにお詫びしなくちゃならないんです」
「なにを?純君は私の命の恩人だというのに」
「い、いえ。僕、京子さんが裸にされて縛られるのを見て興奮してしまったんです。こともあろうに京子さんの命がかかっている時に・・・」
「ふふ。いいわよ。気にしてないわ。男の子はみんなエッチだもの」
純は恥ずかしそうに顔を赤らめた。
「純君。助けてもらったお礼に何かしたいわ」
「い、いいです。家に誰もいないと知りながら、京子さんを家に連れてきてしまったんですから。それだけでもう十分です」
純はもうしわけなさそうに言った。
「でも私の気がすまないわ。純君は命の恩人だもの。お願い。お礼をさせて」
京子の強気の言葉に負けて、純は京子のお礼を、素直に受けようと思った。純は気が小さいのである。純は、しばし考え込んだ。少しして、パッと素晴らしい考えが浮かんだ。純はそれを思いついたことに嬉しくなった。
「京子さん」
「なあに。何か、お礼、思いついた?」
「ええ」
純は頬を赤くして言った。
「それは、なあに?お金だったら、100万円までなら出すわ」
「い、いえ。お金じゃありません」
「じゃあ、なあに?」
「あ、あの。一種に大磯ロングビーチに行って貰えないでしょうか。それがお願いです」
純は顔を赤くして言った。京子はニコッと笑った。
「いいわ。いつがいい?」
「いつでもいいです」
「じゃあ、明日は日曜だから、明日でいいかしら?」
「ええ」
大磯ロングビーチは9月の二週目の日曜日までやっている。ちょうどギリギリである。
「純君。私のこと、人に言わないでね。恥ずかしいことだから人に知られたくないの」
「ええ。誰にも言いませんとも」
京子は時計を見た。
「純君。ごめんね。銀行でキャッシュカードを使えるように手続きしなくちゃならないわ。私、銀行に行かなくっちゃ」
京子が言った。
「わかりました。時間をとらせてしまってすみません」
「じゃあ、明日の朝、9時に大磯駅で会いましょう。それでいい?」
「ええ」
京子は立ち上がろうとした。
「あ、あの。京子さん」
純はあわてて言った。
「なあに?」
「あ、あの。サインして貰えないでしょうか?」
そう言って純はカバンから手帳を取り出して開いた。京子は、ふふふ、と声を出して笑った。
「明日、たっぷり会えるじゃない」
「で、でも・・・。お願いです」
純は強く要求した。純は女と付き合ったことがないから、女の心理がわからないのである。学校でも女生徒と話したことなど一度もない。内気で無口なので女の友達など一人もいない。京子は、助かったお礼のために、今は純に親切にしてくれている。純は京子を熱烈に好いているが、しかし京子が本心で純をどのように思っているのかは、全くわからない。純は顔にも、そんなに自信がない。もしかすると、今日、帰ってから、気が変わってしまって、子供の付き合いなど面倒くさいと思って、明日は来なくなって、もう会えなくなるかもしれないと、咄嗟に、おそれを感じたのである。京子は、ふふふ、と笑いながら、差し出された純の手帳にサラサラッとサインした。字はちょっと崩れていて、いかにもサインらしかった。
「あ、ありがとうございます」
純は深々と頭を下げた。憧れの女優のサインを貰ったような最高に心地いい気分だった。「じゃあ、明日の9時に大磯駅でね。純君」
そう言って京子は純の家を出た。

   ☆   ☆   ☆

京子が帰った後、純はしばらく、最高の快感の余韻に浸っていた。しかし、しばしして、机に向かって勉強を始めた。純は勉強熱心で、将来は東大文科Ⅰ類に入ることを目標としていた。だが明日、京子のビキニ姿を見られると思うと興奮してなかなか集中できなかった。夕方になって、父親から、メールが来た。
「今日も遅くなる。夕食はコンビニ弁当で我慢してくれ。父」
と書いてあった。いつものことなので純は慣れている。純は自転車で最寄りのコンビニに行き、弁当を買った。そして家に持って帰って一人で食べた。そして風呂に入って、パジャマに着替えた。明日、うんと楽しむため、早めにベッドに乗って布団をかぶった。
ちょうどその時、父親が帰ってきた。純は階下に降りた。
「お帰りなさい」
純が言った。
「ただいま」
父親が言った。
純は挨拶だけすると、またすぐに部屋に戻って、ベッドに寝て、布団をかぶった。

純は、運動が苦手で嫌いだった。体力(特に持久力)が無いので、サッカーとか、バスケットとか集団のスポーツは、全然、ダメだった。4キロのランニングもいつもビリだった。しかし、純は水泳だけは好きだった。ずっと以前に、手塚治虫の「海のトリトン」を読んで、海のロマンスに憧れてしまったのである。もちろん、それだけではない。夏という太陽が照りつける季節、そして夏の海に、そして夏の無限の青空に、純は激しい官能を感じていたのである。それは誰でも、感じることであろうが、純の場合は特別、それが強かった。純は、体が弱く、アレルギー体質で、冷え性で、血行が悪く、冬は純にとって、地獄の辛い季節だった。以前、一度、父親にスキーに連れて行ってもらったこともあるが、雪山は純を魅さなかった。スキーで多少、滑れるようになっても、面白いとは思わなかった。スキーは高い位置から、低い位置へと、一方向にしか進められない。そして、滑り終わったら、おしまいである。それが純には面白くなかった。さらにスキーは位置エネルギーを利用しているのも、嫌な理由だった。人は誰しも、鳥になって、大空を飛びたいという願望をもったことがあるだろう。しかし純は飛行機に乗りたいとも、飛行機を操縦したいとも思わなかった。飛行機にはエンジンがついているからである。エンジンなしで自力で空を飛びたいのである。その点、ハングクライダーは、上昇気流という自然のエネルギーを利用してはいるが、エンジンなしで空を飛べるという点で純は、一度、ハンググライダーを操縦してみたいとも思っていた。鳥になって空を飛びたい、と思うのと同様、魚になって、大海原をどこどこまでも泳げるようになりたいと思っていた。これは鳥になるのとは違って、努力すれば、ある程度は実現可能なことである。実際、島から岸へ、60kmもの距離を15時間かけて、泳ぎきる遠泳の出来る人もいるのである。魚になりたいという願望のため、水の中でも自由に泳げるようになりたい、とも純は思っていた。魚は海面の上を泳いだりはしない。水の中を泳ぐのが魚である。水の中を泳ぐといえば、スキューバダイビングやスキンダイビングなどがある。しかし、純は、スキューバダイビングには全然、魅力を感じなかった。酸素ボンベという道具を使わないで、水の中を泳ぎたいのである。なら、スキンダイビングはどうかといえば、これは多少は魅力を感じたが、やはり、それほど、やってみたいとは思わなかった。スキンダイビングもシュノーケルとフィンという道具を使っているからである。純が身につけたいと思っていたのは、人工的な道具を使わない、素潜りであった。しかし、これも、あまり純を魅さなかった。素潜りでは、どう頑張っても、呼吸を止めていられる時間は、一分間が限界だった。たった一分間しか、水中で泳げないのでは、面白くないからである。
純は、水中の背泳ぎのバサロ泳法には魅力を感じていた。そのように、色々と願望があったが、現実には純の泳力は、理想とする目標とは、ほど遠く、50mをクロールで泳ぐのが精一杯だった。平泳ぎなら、50m以上、泳げたが、純にとっては、水泳といえばクロールだけだった。平泳ぎなんて、カエルみたいで格好良くないと純は思っていた。背泳ぎも魅力を感じなかった。仰向けで泳ぐ魚などいないからである。バタフライは、バタバタと激しい泳ぎ方で、これも魅力を感じなかった。というより、一度、バタフライで泳いでみようとしたことがあったが、全く泳げなかった。やはり魚になれる感覚を味わえるのは、クロールだけだと思っていた。水の上を泳ぐという点では、魚ではないという矛盾はあったが、感覚としては違和感がなかった。しかし、純が夏の海に魅せられるのには、水泳が上手くなりたいという願望の外にも大きなものがあった。それは海水浴場に来るビキニ姿の女たちである。母親を知らずに育った純は、女に餓えていた。一度でいいから、ビキニ姿の女性と海水浴場に行きたいと、純は熱烈に思っていたのである。海は、生物、生命の母親であり、女の子宮も生命の源である。現実の嫌いな純にとっては、夏の海と、ビキニ姿の女は、甘えたい、そこに戻りたい、という欲求をかきたてるという点で、共通しているものだった。それらは、二つ一緒になって、激しく純を魅了した。純は夏は、熱心に近くのプールへ行って水泳の練習をした。海には自転車で30分で行けた。しかし純は海水浴場には、どうしても入れなかった。海水浴場に来る客は、男も女も、みんな友達と一緒で、一人だけで海の家に入ったら、暗い性格の少年と思われるのが、怖かったのである。それでも純のビキニ姿の女に憧れる想いは強かった。それで、一度、大磯ロングビーチに行ってみた。大磯ロングビーチのポスターは、毎年、綺麗なビキニ姿の女の人だった。湘南で最大級のリゾートプールである。市営プールと違って、ビキニ姿の女の人も、来ていそうな雰囲気である。そして海の家に入るよりは、まだ入りやすい。そう思って純は、一度、勇気を出して大磯ロングビーチに行ってみたのである。行って吃驚した。予想以上に、女は海水浴場、同様、ほとんど全員、セクシーなビキニ姿である。純は、激しくそそり立った、おちんちんをなだめるのに苦労した。しかし、来場客は、恋人とか、親子とか、友達とか、複数人で来ていて、一人で来ている客は一人もいなかった。純は、監視員や、客たちに、一人ぼっちで来ている友達のいない、暗い内気な少年と思われるのが、死ぬほど怖かった。それで、一度、行っただけで、それ以後は、行くことが出来なかった。それが明日は京子という、絶世の美女と行けるのである。そう思うと、純は、興奮してなかなか寝つけなかった。

   ☆   ☆   ☆

日曜日になった。
空は雲一つない晴天である。吸い込まれそうな無限の青空の中で、早朝の太陽が今日も人間をいじめつけるように、激しく照りつけていた。純は、海水パンツや、タオルなどをスポーツバッグに入れて、家を出た。そして東海道線に乗った。大磯駅に着いたのは、8時半だった。大磯ロングビーチは朝9時からである。大磯駅から、ロングビーチへの直通バスが一時間に三本、出ていた。電車は15分に一本の割合でやってくる。電車が来るたびに純は緊張した。今度ので、京子は来るか。三回待ったが、京子はやってこなかった。純はだんだん不安を感じはじめた。もしかすると京子は来てくれないかもしれない、のではと不安になりだした。

京子は、助けてもらったお礼として、今日、大磯ロングビーチに来てくれると約束してくれた。純は京子を熱烈に好いているが、しかし京子が本心で純をどのように思っているのかは、全くわからない。もしかすると、昨日、帰ってから、気が変わってしまって、子供の付き合いなど面倒くさいと思って、今日は来てくれないかもしれないと、咄嗟に、昨日、感じたおそれを再び感じ出したのである。

四回目の下りの電車が来た。
「どうか京子が来てくれますように」
と純は祈った。電車のドアが開いた。
「純君―」
そう言いながら、薄いブラウスにフレアースカートの京子が手を振って、満面の笑顔で、小走りに走ってきた。純は、ほっとした。と同時に最高に嬉しくなった。純も、
「京子さーん」
と手を振った。
「純君。待った?」
京子が聞いた。
「いいえ。前の電車で着いたばかりです」
純は答えた。
「そう。それはよかったわ」
京子は嬉しそうに言った。二人は大磯駅の改札を出て、ロングビーチ行きのバスに乗った。純と京子は並んで座った。純が窓側で京子が通路側である。
「嬉しいです。京子さん。京子さんが来てくれて」
純は恥ずかしそうに小声で言った。
「私が来ないんじゃないかと思ったの?」
京子はニコッと笑った。
「い、いえ。そんなことはありません」
純は焦って首を振った。
「ふふ。今日はうんと楽しみましょう」
京子が言った。すぐにバスが発車した。

10時少し過ぎにロングビーチに着いた。もうビーチの中は人でいっぱいだった。キャッ、キャッと騒ぐ客たちの歓声が聞こえてくる。京子と純は、チケット売り場で、入場券を買った。
「大人一人と子供一人」
と言って京子がチケットを買った。
「はい。純君」
そう言って、京子は純に、子供用の一日券を渡した。二人は建物の中に入っていった。建物の中には、セクシーなビキニ売り場がある。京子はどんなビキニなのだろうかと思うと純はドキンとした。それだけで、おちんちんが固く大きくなり出した。京子は、ビキニ売り場には目もくれなかった。家から水着を持ってきているのだろう。

男性更衣室と女性更衣室の前で、二人は別れた。純は慣れているので、すぐにトランクス一枚になって、バッグに洋服を詰め、更衣室を出てきた。京子はまだいなかった。純は京子がどんな水着を着てくるのか、胸をワクワクさせながら京子を待った。五分くらいして、京子が女子更衣室から出てきた。
「ああっ」
出てきた京子を見て、純は思わず声を洩らした。セクシーなビキニで、京子の美しいプロポーションにピタッとフィットしていたからである。純のおちんちんは一瞬で固く大きくなった。
「ふふ。どうしたの?」
京子がドギマギしている純に聞いた。
「あ、あまりにも美しいので、びっくりしちゃったんです」
純は思わず本心を言った。人間は、あまりにも強い衝撃を受けると、茫然自失して、ウソを考えるゆとりがなくなってしまうものである。
「ふふふ」
と京子は笑った。
「じゃあ、純君。荷物、一緒に入れましょう」
そう言って京子は、300円のロッカーを開けた。純と京子は、それぞれのカバンをロッカーに一緒に入れた。二人は手をつないで本館の建物を出た。

京子と純は手をつないで、ビーチサイドを歩いて行った。
「おおっ」
芝生に寝転がっていた三人の男たちが、一斉に、京子を見た。
「すげー美人」
「超ハクイ」
「あれで子持ちとは信じられないな」
「いや。彼女の子供とは限らないぜ。甥とか、親戚の子かもしれないじゃないか」
「そうだよな。子供を産んだら、あんなプロポーションでいられるわけないよな」
「ナンパ防止のために、知人の子供を連れてくることって、結構あるんだよな」
男たちは口々に言い合った。京子は噂されるのを嫌がる意思表示のように早足で歩いた。

純は京子と手をつないで、シンクロプールの前のリクライニングチェアに座った。
「京子さん。来てくれてありがとうございます。最高に幸せです」
純はあらたまって言った。
「なに言ってるの。純君は私の命の恩人じゃない。来なかったらバチが当たるわ」
京子はあたりを見回した。
「いいリゾートプールね。外国の高級リゾート地に来たみたいな気分だわ」
「京子さん。日焼けするの嫌じゃないですか?」
「ううん。全然、大丈夫よ」
そう言いながら京子は日焼け止めのスプレーを体に振りかけた。
「はい。純君も」
そう言って京子は純の体にもスプレーを振りかけた。
「純君」
「何でしょうか?」
「どうしてプールにしたの?」
「そ、それは。プールや海が好きなんで・・・。それと京子さんのビキニ姿が見たくて・・・。僕、京子さんのような綺麗な人と一度でいいから、大磯ロングビーチに来たかったんです。その夢がかなって、今、最高に幸せです」
京子はニコッと笑った。
「純君は泳げるの?」
「ええ。ほんの少しなら」
「どのくらい?」
「クロールなら50mが精一杯です。平泳ぎなら、200mくらいです。これじゃあ、泳げるとは言えませんね」
「それだけ泳げれば、十分、泳げると言えるわよ」
「でも持久力が全然なくて、運動神経が鈍くて、練習しても、なかなか上手くなれないんです」
「純君の泳ぎが見たいわ。見せて」
「は、はい」
純は、水泳帽を被り、ゴーグルをした。そして25mのシンクロプールに入って、クロールで泳いだ。一往復した。純は、息継ぎは問題なく出来たが、まだ、クロールの水のキャッチが十分、出来てはいなかった。京子に速く泳ぐ姿を見せたかったが、ムキになって速く泳ぐと、バシャバシャと、みっともない泳ぎになってしまう。それで、速く泳いで見せたい気持ちを押さえてスピードを少しおとして、スムースに見えるよう、でも、ある程度、速く、25mのシンクロプールを一往復した。その後、平泳ぎをした。平泳ぎは、上手く泳げるので、思い切り速く泳いだ。そしてプールから上がった。純はゴーグルをとった。
「うまいわ。純君」
京子は笑って、パチパチと手をたたいた。
「京子さんは、泳げますか?」
「ええ。ほんのちょっと。でも下手よ。子供の頃、夏に家族と海に行って遊んだのと、小学校と中学校で、体育の授業の時に水泳があったから。平泳ぎは少し出来るわ。でも純君の方が私より上手いわ。私、クロールは全然、出来ないわ」
そう言って京子はニコッと笑った。
「僕、子供の頃、海にほとんど行かなかったので、小学校の時は全く泳げませんでした」
「純君。一緒に泳がない?」
「ええ」
純と京子は、シンクロプールに入って、平泳ぎで、ゆっくり泳ぎ出した。純は京子のスピードにあわせて、横に並んで泳いだ。純も京子も水から顔を出して泳いだ。泳ぎながら、時々、お互いの顔を見て笑いあった。
25m泳いで、ターンすると、純は、面白いことを思いついて、嬉しくなった。純はスピードをおとして、京子の真後ろを泳いだ。水中に顔を入れると、ビキニに覆われた京子の尻や太腿が、もろに見える。尻や太腿は水の力によって揺らいだ。平泳ぎで、足で蹴る時、両足が大きく開いて、ビキニに覆われた女の股間が丸見えになった。それはとても悩ましく、純は激しく興奮した。純の股間の一物は、すぐさま勃起した。京子は、見られているとも知らず、大きく股を開いて泳いだ。

一往復して、元の場所に着くと、京子はプールから上がった。純もプールから出た。そして、二人はプールの縁に並んで座った。
「ああ。疲れた。泳ぐの久しぶりだわ。中学校の体育の授業の時、以来だわ」
京子が言った。
「でも、ちゃんと泳げるじゃないですか」
純は、チラッと京子の体を見た。ビキニが水に濡れて収縮し、股間と胸にピッタリと貼りついて悩ましい。体から滴り落ちる水滴も。それは、ただの水滴ではなく、京子の体についていた水なのである。

太陽は、かなり高く昇っていた。客もそうとう多くなっていた。流れるプールには、多くの男女や子供が、歓声を上げながら、水に流されながら泳いだり、ゴムボートに乗って、楽しんでいた。

「純君。今度は、流れるプールに入らない」
京子は、ニコッと笑って聞いた。
「はい」
純は笑って答えた。
純と京子は、手をつないで、流れるプールに向かった。純は、子供のようにウキウキしていた。流れるプールは陸上競技のトラックのような楕円形のプールである。流れるプールは、けっこう、速度がある。流れるプールでは、流れの方向に従って、泳がなくてはならない。
純は京子と一緒に流れるプールに入った。
流れるプールは、自力で泳がなくても、水に体をまかせていれば、水の流れによって、流されるので、泳いでいるような感覚になる。泳げば、流れる速度に泳ぐ速度が加わって、速く泳げているような感覚になる。そんなところが、流れるプールの面白さである。
純は、京子と手をつないで、しばらく流れにまかせて、水の中を歩いた。
「気持ちいいわね。純君」
京子が、ニコッと微笑んで言った。
「ええ」
純は微笑んで答えた。
しばし水に押されながら歩いた後、京子が立ち止まった。
「純君。ちょっと、ここで止まってて」
「え?」
純には、その意味がわからなかった。京子は、つないでいた手を放し、水を掻き分けながら歩き出した。水の速度と、水を掻き分けながら歩く速度で、京子は、どんどん進んでいき、二人の距離は、どんどん離れていった。純は、意味も分からず、京子に言われたように、立ち止まっていた。かなりの距離、離れてから、京子は、後ろを振り返って、純に手を振った。
「純くーん。私を捕まえてごらんなさい」
そう言うと、京子はまた、水を掻き分けながら、歩き出した。純は、京子の意図がわかって、可笑しくなって笑った。水中での鬼ごっこ、である。純は、ゴーグルをつけて、京子に向かって、泳ぎ出した。だが、人が多いため、ぶつかってしまい泳げない。仕方なく、純も、京子と同じように、水を掻き分けながら歩き出した。地上と違い、水の抵抗があるため、なかなか、速く進めない。京子は、捕まえられないよう、キャッ、キャッと、叫びながら、逃げた。だが、そこは、やはり大人と子供の差。本気で京子が逃げると、京子との距離は、全く縮まらない。それどころか、どんどん離れていってしまう。これでは、純は、いつまで経っても純をつかまえられない。それを慮って、京子は、純が何とか、自分をつかまられる程度の速度に手加減したのだろう。だんだん京子との距離が縮まっていった。もう三メートル位になった。幸い、近くに人があまりいなかったので、純は、平泳ぎで全力で泳ぎ出した。水の中から、必死で、逃げる、ビキニ姿の京子の体が、はっきりと見える。純は、可笑しくなって、ふふふ、と笑った。
「京子さん。つーかまえた」
そう言って、純は、タックルするように、京子の体を、ギュッと抱きしめた。京子の体に触れるのは、これが初めてである。それは、あまりにも柔らかい甘美な感触だった。捕まえられて、京子は、
「あーあ。つかまっちゃった」
と、口惜しそうに言った。
二人は顔を見合わせて、ふふふ、と笑った。
「じゃあ、今度は、京子さんが鬼です。僕をつかまえて下さい」
純が言った。
「わかったわ」
京子は立ち止まった。純は、水を掻き分けて進み、京子から少し離れた。
「さあ。京子さん。もういいですよ」
京子は、ニコッと笑って、水を掻き分けて、純を追いかけ始めた。純もつかまえらないよう、必死で水を掻き分けて逃げた。純には、京子に捕まえられたくないという気持ちと、その反対に、京子に捕まえられたいという逆の気持ちもあって、それが面白かった。何より京子が自分を追いかけてくれるのが嬉しかった。純は全力で水を掻き分けて逃げた。だが京子も全力で水を掻き分けて、純を捕まえようと追いかけてくる。そこは大人と子供の差。本気で京子が追いかけると、純との距離は、どんどん縮まっていった。純は必死で逃げた。二人の距離はだんだん縮まっていった。ついに、京子は純をつかまえた。
「純君。つーかまえた」
そう言って、京子は、後ろから純の体にヒシッと抱きついた。京子の柔らかい胸のふくらみの感触が、純の背中にピッタリとくっついた。それは、最高に気持ちのいい感触だった。
「京子さん。ちょっと、疲れましたね。少し、休みませんか」
「ええ」
二人は流れるプールから出た。
二人は、ビーチパラソルの下のリクライニングチェアに座った。京子の体からは、水が滴り落ちている。それはとても美しい姿だった。純には、京子が、陸に上がった人魚のように見えた。

「純君。今度は、あれをやらない?」
そう言って京子が、ウォータースライダーを指差した。
「はい」
純は二つ返事で答えた。
純と京子は、手をつないでウォータースライダーの所に行った。
ウォータースライダーはスリルがあって面白いので、いつも行列が出来ている。一人乗りと、二人乗りのゴムボートがあったが、大磯ロングビーチには、みな友達と来ているので、ほとんど全員が二人乗りだった。それで純は、二人乗りで、楽しんでいるカップルや親子などをうらやましく見るだけだった。一人で乗っても、さびしいだけである。なので純はウォータースライダーに乗ったことが一度もなかった。だが今回は京子がいる。純は得意そうに列の後ろに京子と手をつないで並んだ。純たちの番がきた。二人乗りのゴムボートの後ろに京子が乗り、純は、その前に乗った。京子は純をギュッと抱きしめた。京子の大きくて柔らかい胸のふくらみが純の背中に当たった。それは、すごく心地よい感触だった。ゴムボートが、水の流れと共に、遊園地のジェットコースターのように勢いよく、曲がりくねった水路の中を滑り出した。京子は、キャッ、と言って、純をガッシリ抱きしめた。純は、この時、生きているという実感を生まれてはじめて味わった。
「これが生きているということなんだ」
と純は思った。もし、京子と出会わなければ、孤独な純は統合失調症になったかもしれない。ウォータースライダーは無事に滑り降りた。
「スリルがあって、怖かったけど凄く楽しいわね」
京子が言った。
「ええ」
純が笑って答えた。

純と京子は、再び、ビーチパラソルの下のリクライニングチェアに座った。

「京子さん。お腹空いてませんか?」
純が聞いた。
「ええ」
「じゃあ、何か食べましょう。京子さんは、何を食べたいですか?」
「私は、何でもいいわ。純君と同じ物を食べたいわ」
「わかりました」
そう言うと純は、パタパタと小走りに食べ物売り場に走って行った。純は、何にしようかと、迷って、しばし色々と食べ物売り場を回ってみた。そして、結局、焼きソバとオレンジジュースを買った。

純が、焼きソバを持って、もどる途中、一人でいる京子に、見知らぬ男が京子に近づいて声をかけていた。気の小さい純は、少し離れた所で立ち止まって様子をうかがった。
「あ、あのー。お姉さん。もしよろしかったら僕と・・・」
「ごめんなさい。彼氏がいるの」
「えっ」
男は首を傾げた。
「純くーん」
京子は離れて焼きソバを持って立っている純に声をかけた。純は京子の所にやって来た。「すみませんでした。お子さんがいらっしゃるとは知りませんでした・・・。あまりに若く見えるもので・・・。ちなみにご主人は?」
男はそっと周りを見回した。
「今日はこの子と二人で来たんです」
男は首を傾げた。男はしつこくねばった。
「もしかして、ご主人と離婚した未亡人とか・・・」
男は小さな声で聞いた。夫がいなければ、付き合おうという魂胆だろう。
「いえ」
「では、ご主人とは仲が悪くて離婚協議中とか・・・」
「いえ」
「では、今日はご主人は仕事とか・・・」
「いえ」
「ごめんなさい。この子が私の彼氏なんです」
「は、はあ」
男は、首を傾げながら、ついにあきらめて去っていった。
純は、テーブルに焼きソバと、オレンジジュースを置いた。
「ありがどう。純君」
そう言って京子はニコッと笑った。

その時、傍にいた別の男が京子に声をかけてきた。
「あ、あのう」
京子は携帯を持った男に呼びかけられた。
「何でしょうか?」
「写真とってもいいでしょうか?」
「ええ。いいわ」
「ありがとうございます」
「ただし条件があるんですけど・・・」
「何でしょうか?」
「この子と一緒に写してくれませんか」
「それは・・・ちょっと残念・・・だけど・・・仕方ない。わかりました。まあ、人妻というのも面白いですし・・・」
「ボク。綺麗なお母さんで、いいねー」
男は純を見て言った。純は恥ずかしくなって顔を赤くした。
男は、携帯でカシャっとカメラを撮った。
「いやー。でも、子供を産んでも体が崩れませんね。抜群のプロポーションですね」
そう言って男は去っていった。
純は焼きソバをテーブルに置いてリクライニングチェアに座った。
「焼きソバにしたけれど、よかったでしょうか?」
純が聞いた。
「ええ」
京子はニコッと笑って答えた。二人は、焼きソバを食べ出した。
「おいしいわ」
京子が微笑んで言った。
純もニコッと笑って、焼きソバを食べた。

純に今まで思ってもいなかった疑問が、突如として純に起こった。京子は若く見えるので、今まで、てっきり独身の女だと思っていた。それは、今まで、全く考える余地さえない事だった。しかし、考えてみれば、京子が独身である保証はない。もしかすると、結婚していて、夫がいる可能性だって、なくはない。さらには、もしかすると、子供だって、いるかもしれない。純は勇気を出して京子に聞いてみた。

「あ、あの。京子さんは、結婚してるんですか?」
純が聞いた。
「ごめんね。純君。ちょっと言えないの」
「京子さんは何歳なんですか?」
「何歳に見える?」
「20代に見えます」
「よくそう言われるわ」
と言って京子はニコッと笑った。
「ということは、もっと上なんですね」
「ふふふ・・・」
京子は、いわくありげに笑った。
「子供はいるんですか?」
「ごめんね。純君。それも、ちょっと言えないの」
京子は答えなかった。だが、答えないということが、すでに何かある、という答えになっていた。何事でも、言いにくい事というのは良くないことがあるからである。
子供は幼い時に死んだのかも・・・。
子供は別れた夫にひきとられているとか・・・。
ともかく純は、少しがっかりした。若く見える京子は、てっきり独身の女だと思っていたからである。それなら、歳が離れていても京子と恋人として付き合える可能性があると思っていたからである。しかし、もしかすると京子には、夫も子供もいるのかもしれない。そして、明るい楽しい家庭生活をしているのかもしれない。京子は、助けてもらったお礼として、嬉しそうに振舞っている演技をしているのかもしれない。そう思うと純は、さびしくなった。だが実際のところはわからない。夫は、死んで未亡人なのかもしれないし、夫とは離婚して、子供は夫と暮らしているのかもしれないし、また好きな彼氏がいるのかもしれない。そういうケースでも、結婚や子供のことは、語りたくないだろう。だが、もしかすると京子は、まだ独身なのかもしれない。ともかく京子が話してくれない以上、純には、何が何だかわからなかった。
「ああ。おいしかったわ」
京子が焼きソバを食べおわって言った。
「純君。また、遊ぼう」
京子が言った。
「はい」
純は答えた。二人は立ち上がった。

「今度は波のプールに行かない?」
京子が言った。
「はい」
そうして踵を返した時、目の前で、若いカップルが、ピースサインをしてニッコリ笑っていた。その二人に、OISOと書かれた青いTシャツを着た男が、デジカメを向けている。「大磯でカシャ」である。土曜と日曜は、大磯ロングビーチは入場客がたくさん来て混む。よく言えば賑やか、である。それで、土曜日と日曜日には、入場客の写真を撮って、大磯ロングビーチのホームページに、その日のうちにアップしていた。これは、土曜日と日曜日だけ行われていた。平日はない。写真を撮って欲しければ、「撮って下さい」と一言いうだけで、撮ってもらえるのである。
「純君。一緒に、写真、撮ってもらおうか」
京子が嬉しそうに言った。
「でも、ネットにアップされますよ。大丈夫ですか?」
純は聞き返した。
「ええ。大丈夫よ」
京子は笑顔で、あっさり言った。純はこれには驚いた。もし、京子が結婚していたり、子供がいたりしたら、他人の子と一緒に楽しそうにしている写真を撮られるのは、夫や子供に見つかったら、どういうことなのかと聞かれて、出来にくいはずである。仮に夫に見つからなくても、友達や知人に見つかれば、夫に報告されて知られてしまう危険がある。だか、それは京子は大丈夫らしい。なら、京子は、結婚しておらず、子供もいない可能性もある。それとも京子は、未亡人とか、あるいは離婚した、とかの複雑な事情があるのかもしれない。
「写真、撮って下さい」
京子は、カメラを持っている青いTシャツの男に言った。
「はい。わかりました」
と言って、男は、カメラを覗きながら、少し後ずさりした。京子は純と手をつないだ。そして、お互い、反対の手で、ピースサインをした。
「では、撮りますよー」
男が言った。京子は笑顔をつくった。純も笑顔をカメラに向けた。
カシャ。
写真が撮られた。
男は、近づいてきて、撮った写真を二人に見せた。仲のいい親子という感じの写真が撮れていた。
「お二人の関係は?」
男が聞いた。京子は純の顔を見た。
「恋人にする。それとも親子にする?」
京子は、嬉しそうに純に聞いた。
「ええっ・・・」
純は驚いて口が聞けなかった。
「じゃあ、ジャンケンしよう。私が勝ったら、親子で、純君が勝ったら、恋人ということにしよう」
京子が言った。純はまた驚いたが、京子は、
「ジャンケン・・・」
と声をかけて、拳を振り上げた。
純はつられて反射的に、京子に合わせて拳を振り上げた。
「ポン」
二人の手が振り下ろされた。
純はパーを出し、京子はチョキを出した。
「私の勝ちね。じゃあ、間柄は親子ね」
京子は、写真を撮った男に、
「間柄は、親子です」
と、あっけらかんと答えた。
「では、今日中にアップします。どうもありがとうございました」
そう言って写真を撮った男は去っていった。
「京子さん。間柄は親子なんて言って本当にいいんですか?写真の下に書かれますよ」
純は眉間を寄せて京子に聞いた。
「ええ。大丈夫よ」
京子はあっけらかんと答えた。京子に夫や子供がいるのなら、写真は公開されない方がいいし、ましてや間柄は親子などと出鱈目なことはしない方がいい。純は京子が何を思っているのか、ますます分らなくなった。

その時。
「おおっ」
と大きな歓声が上がった。すぐ近くのダイビングプールで、一番高い所から男が飛び込んだのである。ダイビングプールでは、多くの人が集まって、飛び込む人を見ていた。
「純君。ちょっと見ていかない」
京子が聞いた。
「ええ」
純が答えた。二人は手をつないで、飛び込みを見た。純は京子の手をギュッと握った。二人は、しばし、飛び込む人を見た。
純は最高に嬉しかった。純は母親を知らずに育ってきたため、女と手をつないだことが一度もない。今まで、余所の子が母親と手をつないでいる姿を見ると、うらやましくて仕方がなかった。それが今、京子という絶世の美女と手をつないでいるのである。まさに夢、叶ったりだった。純は、飛び込みを見ながら、しばしその心地よさに浸っていた。飛び込みは、女性でも結構、飛び込む人がいた。
「京子さんも飛び込んでみませんか?」
純が、笑いながら悪戯っぽく言った。
「えっ。ちょっと怖いわ。私、飛び込みしたこと一度もないもの」
「大丈夫ですよ」
純は笑って言った。
「じゃあ、純君が飛び込んだら、私も飛び込むわ」
「わかりました」
そう言うと、純は、飛び込み台に昇っていった。そして飛び込みを待つ人のあとに純は並んだ。純は、以前、飛び込みをしたことがあったので、怖くはなかった。四人、飛び込んだ後、純の番がきた。純は思い切り、踏み切って空中に飛んだ。トボーン。無難に飛び込んだ。飛び込みも、足から垂直に飛び込まないと、腹や顔を打ってしまい、勇気がいる。純は、水中から浮き出て、プールサイドに辿りつくと、すぐに京子の所にもどってきた。
「さあ。飛び込みましたよ。今度は京子さんの番ですよ」
純は得意げに言った。
「わ、わかったわ」
京子は、そう言うと、飛び込み台に昇っていった。そして飛び込みを待つ人のあとに並んだ。三人、飛び込んだ後、京子の番になった。京子は、飛び込み台の縁に直立した。京子のビキニ姿はこの上なく美しかった。

「おおっ」
飛び込みを見ていた男達は、一斉に歓声を上げた。
「すげーハクイ女」
「すげー美人」
「超美人だな。女優なみの顔に、モデルなみのプロポーションだな」
男達は口々に言った。
「ちょっと待てよ。あの女。どこかで見た覚えがあるような気がするな」
男の一人が言った。
「えっ。ということは本当にモデルか?」
「何の雑誌で見たんだよ?」
男の仲間が聞いた。
「うーん。えーと。何の雑誌だったかなー。ちょっと、思い出せないなー」
男は思い出せない苦しさに唸りながら言った。
「他人の空似じゃないの?」
仲間が言った。
「いや。確かに、あの人だと思う。だって右の頬っぺたに黒子があるから」
「じゃあ、本当にモデルか。あれだけ綺麗なら無理ないよな」

聞いていた純も驚いた。確かに京子ほど綺麗なら、モデルであっても何の不思議もない。京子はモデルなのだろうかと、また京子に対して疑問が起こった。京子は、しばし、緊張した面持ちでプールを見ていたが、無難に飛び込んだ。水の中から浮き上がって顔を出すと、京子は、笑顔で純に手を振った。そしてプールサイドに泳いできて、純の所に戻ってきた。
「どうでしたか?」
純が聞いた。
「怖かったわ。プールの中にちゃんと入ってくれるかなって心配になっちゃったわ」
京子が言った。
「上から見るとプールが小さく見えちゃいますからね」
純が言った。

その後、二人は、またウォータースライダーで遊んだ。ウォータースライダーは面白いため、三十人以上も、待つ人の列が出来てしまう。純と京子は、何回も繰り返してウォータースライダーに乗った。そうこうしているうちに日が暮れだした。
時計を見ると、もう五時近くになっていた。ちらほらと人々は帰り支度をしていた。
「純君。残念だけど、もう時間だわ。もう、帰りましょう」
「はい」
二人は手をつないで、本館の建物に向かった。
「京子さん。今日は最高に楽しかったです。どうも有難うございました」
「私もすごく楽しかったわ。有難う」
そう言って京子はニコッと笑った。
純と京子は更衣室とロッカーのある本館に入った。コインロッカーに入れていた、二人分の荷物を出して、二人は、それぞれ男性更衣室と女性更衣室に入っていった。
純はシャワーを浴び、ドライヤーで髪を乾かして、服を着て、更衣室を出た。そして、京子が出てくるのを待った。五分くらいして、京子は、着てきた薄いブラウスとフレアースカートを着て出てきた。二人は手をつないで大磯ロングビーチの建物を出た。

そして送迎バスに乗って大磯駅に着いた。
「純君。お腹へったね。何か食べていこう。純君は何を食べたい?」
京子が聞いた。
「何でもいいです」
純が答えた。駅前には、一軒、焼き肉屋があった。
「純君。焼き肉、好き?」
「ええ」
「じゃあ、あの店で食べよう」
二人は、焼き肉屋に入った。二人は向かい合わせにテーブルに着いた。ウェイターがやって来て、メニューを差し出した。
「さあ。純君。好きなものを選んで」
京子はメニューを純の方に向けた。純は、これとこれとこれ、と言ってロースとカルビと卵スープとキムチとコーラを指差した。
「じゃあ、ロースとカルビと卵スープとキムチとコーラ二人分」
と京子がウェイターに注文した。ウェイターは、焜炉のスイッチを入れて厨房に戻っていった。そしてすぐにロースとカルビと卵スープとキムチとコーラを二人分持ってきた。京子は熱くなった焜炉に肉を乗せていった。肉はすぐに焼かれていった。
「さあ。純君。食べて」
言われて純は、焼かれた肉を食べ出した。京子はスープやキムチを食べるだけで、あまり焼き肉を食べようとしない。
「京子さんも食べて下さい」
と純が言っても、京子はあまり、肉を食べない。純に多く食べさせたいという思いからだろう。仕方がないので、純は焼かれた肉をどんどん食べていった。結局、純が、ほとんど二人分の焼き肉を食べた。純は、謎の京子、がどんな素性の女なのか、全くわからず、知りたくなった。結婚しているのか。子供はいるのか。いないのか。自分のことをどう思っているのか。本当にモデルなのか。等々。それで京子に聞いてみた。
「僕、京子さんが好きです」
「ありがとう。私も純君が好きよ」
「あの。さっき、ダイビングプールに京子さんが立った時、男の人たちが話していたのを聞いたんですけど、京子さんはモデルなんですか?」
「・・・ふふふ。さあ。どうかしら」
「じゃあ、京子さんの写真集とか、あるんですか?」
「あったらどうする?」
「京子さんの写真集、ぜひ欲しいです」
「わかったわ。ちょっと恥ずかしいけど、昔、私の写真集が出版されたことがあるの」
「えー。すごいですね。まだありますか?」
「あるわ」
「ぜひ欲しいです」
「・・・わかったわ。家に帰ったら小包で送るわ」
「ありがとうございます」
「でも、あんまり見ないでね。少し見たら捨てちゃってくれないかしら」
この発言の意味は全くわからず、純は、その理解に苦しんだ。
「どうしてですか。捨てるもんですか。なぜ捨てなければならないんですか?」
「だって恥ずかしいもの・・・」
純ははっと気がついた。もしかするとヌード写真なのかも。
「わ、わかりました。少し見たら捨てます」
と純はウソをついた。

焼き肉屋を出ると、二人は大磯駅で上りの切符を買った。すぐに上りの東海道線が来て、二人は乗った。純は、京子の写真集が手に入れられることが嬉しくて、それで頭がいっぱいで、電車の中では、ほとんど京子と話さなかった。藤沢駅に着いた。
「私、小田急線に乗り換えなくちゃ」
京子が言った。
「あっ。そうですか」
「純君。今日は本当に楽しかったわ。ありがとう」
「僕もです。写真集、送って下さいね」
「ええ」
そう言って京子は電車を降りた。ドアが閉まって電車が発車すると、京子は、笑顔で、純が見えなくなるまで手を振り続けた。

   ☆   ☆   ☆

一人になった純に、色々なことが頭を駆けめぐった。まず単純に、携帯をロッカーの中に入れずにプールに持っていっていれば良かったことを後悔した。そうすれば京子のビキニ姿がたくさん撮れたのである。純は今まで、いつも一人でプールに入っていたため、勝手に他人のビキニ姿の女の写真は撮れないので、携帯はロッカーに入れるのが、当たり前という感覚になっていたのである。しかし、写真集を送ってくると、京子は言ったし、大磯でカシャ、で撮ってもらった写真をパソコンで見ることも出来る。大磯でカシャ、は一枚だけである。純は京子が、間違いなく写真集を送ってくれることに、祈りたいほどの気持ちだった。京子の、住所とか、携帯の電話番号とか、メールアドレスとか、も聞きたいとは思っていた。しかし、京子が純をどう思っているのかは、わからない。純は、人に恩着せがましくするのや、しつこくするのは嫌いなので、二人の男に襲われている京子を救ってあげたからといって、京子に、携帯の電話番号を聞くことも出来にくかった。もしかすると、京子の方から教えてくれるかも、とも期待してはいた。しかし残念ながら、京子は言わなかった。聞けば教えてくれたかもしれない。しかし、今日、京子と楽しい一日を過ごせたのは、二人の男に襲われている京子を救ってあげたことに対しての京子の、お礼である。今日一日だけ、お礼として、付き合ってくれたのであって、もしかすると京子には愛する夫も子供もいるのかもしれない。そんなことを思うと、京子の携帯の電話番号やメールアドレスを聞きだすことも出来にくかった。それは今でも後悔していない。一日だけでいいから、京子のような綺麗な女性と大磯ロングビーチに行きたい、という長年の夢が叶ったのだから。純は、そういう控えめな性格だった。しかし、もしかすると、京子が送ってくれると言った写真集の小包に京子の住所が書いてあるかもしれない。と純は思った。というより、普通、郵便では、差出人の住所は書くのが普通である。そうすれは京子の住所がわかる。純はそれに期待することにした。

   ☆   ☆   ☆

純は電車の中でそんなことを考えていた。
家に着いたのは7時30分だった。
「日焼けしたな。プールか海に行ってきたのか。もう9月になっているのに、まだやっているプールがあるのか?」
と、酒を飲みながらテレビを見ていた父親が聞いた。
「大磯ロングビーチに行ってきました」
と純は答えた。
「今日は、オレはもう夕食は食べてきた。すまないが夕食は、コンビニ弁当でも買ってくれ」
と父親は言った。
「僕も夕食は外で食べてきました」
純は言った。
「ああ。そうか。それはちょうどよかった」
そう言って父親は観ていたテレビを消して、自室に行った。純は、風呂に入って石鹸で体を洗った。そしてパジャマに着替え、自分の部屋に入った。純は、すぐにパソコンを開いた。そして、大磯ロングビーチのホームページを見た。大磯でカシャ、で京子と純が手をつないで笑顔でピースサインを出している写真が綺麗に写っていた。間柄は、親子となっている。あらためて写真で見る、京子のビキニ姿は美しかった。ジャンケンで、間柄を親子とするなど、子供のようで、京子は一体、何を考えているのか、さっぱり純にはわからなかった。しばらく純は、京子のビキニ姿を眺めていた。昼間、大いに遊んだ疲れから、純はすぐに眠りについた。

   ☆   ☆   ☆

翌日になった。月曜日である。純は気を引き締めて学校に行った。教室に入ると同級生の一人がやって来た。
「おい。純。昨日、大磯でカシャ、で、お前が、綺麗な女の人と手をつないでいる写真を見たぜ。親子と書いてあったけど、お前に母親はいないのに、どういうことなんだ?」
と聞かれて純は返答に窮した。純は、
「親戚の人だよ」
と答えておいた。真面目な純だが、京子が小包を送ってくれるかどうかが気になって仕方がなく、授業も上の空だった。その日は、小包は来なかった。まあ、それは純も予想していたことだった。京子が家に帰った日曜の夜に送っても、翌日にはつかない。次の火曜日も来なかった。その次の水曜日も。京子は本当に写真集を送ってくれるだろうか。純はだんだん心配になってきた。木曜日の学校から帰った後、郵便ポストの中に、小包を見つけた時、の純の喜びといったら、たとえようがない。純は小躍りして喜んだ。ただ非常に残念なことに、差出人の住所は書いてなかった。純は、小包を部屋に持っていくと、胸をワクワクさせながら小包を開いた。

小包を開いて純は吃驚した。それは京子のSM写真集だった。200ページほどある写真の全部が、京子の写真だった。純は興奮しながらページをめくっていった。始めは、普通の服を着た写真であって、次には服を着たまま、後ろ手に縛られて畳の上に正座させられている写真で、それから、上着は着たままで、パンティーを膝の上まで中途半端に脱がされている写真だった。京子は、女の恥ずかしい所を隠そうと、腿をピタッと閉じ合わせていた。羞恥心に頬を赤く染めている。それからは、丸裸にされて、胡坐縛り、柱縛り、爪先立ち、駿河問い、吊り、とありとあらゆる恥辱のポーズの写真がつづいていた。女の恥ずかしい所は、股縄をされていたり、京子が腿をピタッと閉じていたり、女の羞恥心を煽るため、悪戯っぽく、女のアソコに、わざと小さな布が置かれていたりしていた。純は激しく興奮した。おちんちんは激しく勃起した。
発行年は、平成×年と書かれてあるから、今から8年前に撮影された写真ということになる。だが見た目は、昨日の京子とほとんど変わらない。
小包には、京子のSM写真集と一緒に、一枚の手紙が添えられていた。
それにはこう書かれてあった。
「純君。この前の日曜日は楽しかったわ。約束した私の写真集を送ります。恥ずかしい写真集なので、送ろうか送らないか迷いました。でも純君との約束は守らなくては、と思いました。あまり見ないでね。また、あまり写真集ばかり見て、勉強がおそろかにならないようにしてね。佐々木京子」

あまり見ないでね、と書いてあるが、純は食い入るように京子のSM写真集を見た。京子は丸裸にされて、後ろ手に縛られて、様々な、つらそうな格好にされている。京子は眉を寄せて苦しげな表情をしている。全身には珠の汗が吹き出ていた。純は性格が優しかったので、何とか助けてあげたいと思った。しかし、京子は写真の中なので、どうすることも出来ない。また、純は助けたいという気持ちだけではなかった。純は、京子が苦しむ姿に激しく興奮していたのである。いじめたい、という気持ちと、助けたい、というアンビバレントな二つの感情があった。純はハアハアと息を荒くしながら、激しく勃起した、おちんちんをさすりながら、裸で様々な格好に縛られている京子を食い入るように見た。

その時、携帯のメールの着信音がピピッとなった。父親からだった。
「今日は遅くなる。すまんが夕食はコンビニ弁当で済ましてくれ。父」
と書いてあった。父親はいつも帰りが遅い。

純は、自転車で近くのコンビニに行き弁当を買った。そして家でコンビニ弁当を食べた。食べ終わると、純は急いで自分の部屋にもどって、ベッドに寝転がって、再び京子の写真を見入った。
その日、純は枕元に、その写真集を置いて寝た。純にとって、その写真集は宝物だった。その日、純は激しい興奮でなかなか眠れなかった。
父親は夜中、純が蒲団に入ってから帰ってきた。いつものように酒を飲んで酔っていた。家に帰ってからも、ビールを数本飲んでから寝た。

   ☆   ☆   ☆

翌朝になった。サラリーマンは、夜は遅くなってもかまわないが、遅刻は許されない。父親はスーツを着て、降りてきた。昨夜、酒を呑んだためか、二日酔いの頭を振った。
「おはよう」
純が挨拶した。
「おはよう」
父親が返事した。二人は食卓についた。朝食は毎日、同じで、コーヒーにトーストに、サラダにゆで卵だった。
「いただきます」
純は、元気に言って、トーストを食べ出した。純が嬉しそうなので父親は首を傾げて純を見た。
「純。なんだ。何かいいことがあったのか」
「ううん。別に」
純は笑顔で答えた。純の内気な性格は十分知っている父親なので、それ以上、聞き出そうとはしなかった。
「そうか。最近、お前が何かソワソワしているから、気にかかっていたんだ。何か嬉しいことがあったんだな」
父親が聞いた。
「ま、まあね」
純は、あやふやに答えた。
「そうか。それは、よかったな」
食事がすむと、純は京子の写真集を引き出しの奥に仕舞った。そして、父親に、
「行ってきまーす」
と言って、純は元気に家を出た。
だが純は授業中も京子の写真集のことが気になって仕方がなかった。


学校が終わった。純は急いで家に帰った。何だか、家に置いてある写真の京子が、家で純の帰りを待っている新婚の妻であるかのような心地いい快感が起こった。部屋に入ると、引き出しを開けて、SM写真集を取り出して、京子をじっくり見た。
「ただいま。京子さん。会いたかったよ」
純は写真の京子に話しかけた。
「お帰りなさい。私もよ」
写真の京子が返事したような気がした。京子の写真の一枚は、裸で、爪先立ちで吊られていて、つらそうな格好である。純はその写真をしげしげと眺めた。
「長い間、爪先立ちで、つらかったでしょう」
「いいの。優しい純君が私を守ってくれるから、つらくはないわ」
京子がそう言ってるように純には聞こえた。
「僕が、京子さんを守ってあげるよ」
「ありがとう」
「でも、本当のこと言うと、僕は京子さんがいじめられて苦しんでいる姿にすごく興奮しちゃうんです」
「いいの。私もいじめられることが嬉しいの。純君のような優しい子に、うんといじめられたいわ」
そんな会話が、純と写真の京子とで交された。純はもう、写真の世界に完全に入り込んでいた。純は、SM写真集を机の上に置いて、勉強を始めた。勉強熱心な純の勉強は夜中までつづく。純は、一時間くらい勉強して、頭が疲れてくると、写真集を開いて、京子を眺めて、一休みした。そしてまた勉強をはじめた。


日が経つにつれ、純の苦悩はつのっていった。純は、また、どうしようもない苦悩に悩まされ出した。授業中も、一人でいる時も、京子のことで頭がいっぱいになってしまった。
「どうしたんだ。純。この頃、ソワソワして授業に集中してないぞ」
と担任教師に注意された。
「何かあったのか」
と聞かれたが、
「何でもありません」
と純は言った。

純の京子に対する思慕の情は、どんどん募っていった。
「会いたい。もう一度、京子に会いたい」
純は、日を増すごとに、自分の気持ちが抑えられなくなってしまった。とうとう、純はある行動を決意した。それは、京子のSM写真集を出版した出版社に行って、憧れの京子に、何とか会えないか、会えなくても、京子に関する事を何でもいいから知りたい、という行動である。
ある日。純は、出版社の住所をたよりに電車に乗って出版社に行った。数日前、京子のSM写真集のおくづけ、に書いてある出版社の電話番号に電話して事情を話したのである。
「行ってもいいですか」
と聞いたら、しばししてから、
「×日に来れますか」
と聞いてきた。
「はい」
と純は答えた。

×日は、風邪をひいたので休むと学校に連絡して、出版社に向かった。そこは、神田川の見える都心の一角のビルの一室だった。ドぎついSM写真集を作っているような出版社なので、チャイムを鳴らすのが、かなり怖かった。ヤクザと関係のある出版社なのではないかとも思った。任侠とか仁義とか書かれた書が額縁に納まって飾られ、オールバックや角刈りの頬に傷のあるガラの悪い男達が出てくるのではないか、と一瞬、不安になった。つまり暴力団事務所がイメージされたのである。
だが純は勇気を出してチャイムを鳴らした。戸が開いた。若い社員が出た。
「いらっしゃい」
ワイシャツを着ていて、ヤクザそうではなく、オフィスも普通の会社のようで純は、ほっと安心した。
「お邪魔します」

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少年と或る女 (小説)(下)

2020-07-07 18:32:44 | 小説
純はペコリと礼儀正しくお辞儀した。純は来客用のソファーに座らされた。オフィスには5人、社員がいた。社員の一人がソファーの前のテーブルに茶を持ってきて座った。
「この前、電話で連絡した者です。岡田純といいます」
純は自己紹介した。
「ああ。わかってるよ」
社員は答えた。純は京子のSM写真集をカバンから出した。かなり恥ずかしかった。
「あ、あの。電話でお話した通り、この女の人について知りたくて、何でもいいですから、何か、知っていたら教えてくれませんか」
純はさっさく用件を言った。
「ああ。わかってるよ」
社員は答えた。
「君。その女に会いたいほど、その女が好きなんだろう」
「え、ええ」
純は真っ赤になって答えた。
「今日、学校はどうしたの」
「風邪をひいたので休むと連絡しました」
「確かに、かなりの熱だね。じゃあ、ぜひ、こっちから君に頼みたいことがあるんだ。おそらく君なら引き受けてくれると思ってね。用意もしてあるんだ」
「何なのですか。その頼みって」
「すぐにわかるさ。もうちょっと待ってて」
社員は意味ありげな様子で笑った。純には何のことだか、さっぱり分からなかった。
「君。学校で、彼女とか、憧れてる女の子とか、いないの」
「いません」
社員は腕時計を見た。
「もう、そろそろだな」
社員は独り言のように言った。その時、ピンポーンとチャイムが鳴った。
「やっ。来たな」
社員は、立ち上がって、ドアの所に行き、開けた。
「お久しぶりです」
そう挨拶して一人の女が恭しくオフィスに入ってきた。純は吃驚した。何と、女は純の憧れの京子だったからである。
「やあ。よくいらっしゃいました。さあさあ、こちらにどうぞ」
男に誘導されて、京子は純の座っているソファーの所に来て、テーブルの反対側の、ソファーに純と向かい合わせに座った。社員は、女の隣に座った。純は何が何だか、わけが、わからなくて緊張して、頭が混乱していたが、京子の顔を見ずにはいられなかった。
「純君。久しぶり」
京子はニコッと笑って、純に挨拶した。
「お久しぶりです。京子さん」
憧れの京子を前にして純は心臓がドキドキしてきた。
京子の大きな胸はブラウスを盛り上げ、大きな尻はタイトスカートをムッチリと張らせていた。その下からは、しなやかな足がつづいている。京子は足を揃えて慎ましく座っている。
「はは。驚いたかい。君の事を彼女に電話で伝えたんだよ。彼女に会いたいと電話までしてくる熱烈なファンがいるって、伝えたんだよ」
社員は、くだけた口調で説明した。純は納得した。しかし純は首を傾げた。なぜ出版社がそこまで親切にしてくれるのか、そして、なぜ京子が、わざわざ来てくれたのか、という疑問である。それを察するように編集者の社員は話し出した。
「もちろん、ここは会社だからね。会社は利益を上げることしか考えてないから、親切心だけで君の願いを叶えてやったわけじゃないんだ。会社はいつも、売れる事しか考えてないからね」
男の説明に純は納得した。では、一体、何の目的かという疑問が次に来た。男はつづけて話した。
「彼女の緊縛写真集は人気があってね。もう一度、設定を変えて撮影することになったんだ。それが今日なんだ」
男は言った。
純は驚いた。
ということは今日、また京子の裸の緊縛姿が撮影されることになる。美しい、爽やかなカジュアルな服を着ている憧れの京子が、これから惨めに脱がされていって、恥ずかしい裸にされると思うと純の股間が熱くなり出した。
「それでね。今回は、美人家庭教師の課外授業というタイトルで、生徒が女教師役の彼女をいじめる、という設定でいこうということに決まったんだ。そんな役を引き受けてくれる少年はなかなか、見つからないからね。そこで君に目をつけたんだ。君なら、やってくれるかもしれないって思ってね。どうだね。やってくれないかね。いくらか謝礼はするよ。君の顔はわからないように、撮る角度に気をつけて、後ろか、斜め後ろから撮るよ。少しでもわかりそうなものには目にモザイクを入れるから」
男は身を乗り出して純に聞いた。純は極度の緊張で、どう答えていいのかわからなかった。まさか、こんなことになるとは予想もしていなかった。
「ははは。電話で頼んだら、迷っちゃうんじゃないかと思ってね」
と社員は笑って言った。なるほど、と純は思った。こうやって、お膳立てしておいて、彼女に会ってしまえば、もう後には引けにくくなる。京子は男の隣でニコッと笑っている。
「私も、大人の人ばかりの中でいるより、純君がいてくれる方が安心だわ」
京子も純を促した。自分が彼女の緊縛写真の中に入るのは、人に知れたらと思うと、確かに少し怖くはあったが、それ以上に、京子と一緒に写真の中に納まって、それが写真集として形のある物になって、ずっといつまでも残ると思うと、その幸福感の方がずっと、怖さをはるかに上回った。
「わかりました。とても嬉しいです。よろしくお願い致します」
そう言って純は深々と頭を下げた。
「ありがとう」
編集者が喜んで言った。
「私も嬉しいわ。よろしくね」
京子もニコッと笑った。純も何だかほっとした。

   ☆   ☆   ☆

「よし。じゃあ、すぐに撮影場所に行こう」
男は携帯をポケットから取り出した。
「もしもし。これから撮影場所に行くからね。撮影お願いしたいんだけど。すぐ来てくれないかね。すまないが縄師のNさんを乗せてきてやってくれないかね」
電話の相手の返事を、ウンウンと肯きながら、聞いてから、
「有難う。よろしく頼むよ」
と言って携帯電話を切った。次に男はまた電話した。別の人のようである。
「もしもし。今日の撮影が決まってね。今、カメラマンに連絡したところなんだ。すぐにカメラマンが車で来るから」
そう言って男は電話を切った。そして携帯をポケットに入れた。
「今、カメラマンと縄師に連絡したんだ。カメラマンが車で、縄師のNさんを乗せて、一緒に撮影場所に行くから。30分位で、撮影場所につくだろう。待たせちゃ悪いから、さあ。すぐ行こう」
男が立ち上がったので、京子も立ち上がった。純も立った。
「じゃあ、撮影に行ってきます」
男はオフィスの中の他の社員に向かって言った。
「おお。頑張ってきて」
社員の一人が言った。京子と純は、男の後についてオフィスを出た。男は駐車場に止まっている車の後部座席を開けた。
「さあ。乗って」
男は、京子と純を見て言った。京子が後部座席の奥の方に座った。
「さあ。君も乗って」
男に言われて、純も後部座席に乗った。純は憧れの京子と、久しぶりに隣り合わせになって、緊張で心臓がドキドキした。男は後部ドアを閉めると、運転席に乗り込み、エンジンをかけて、車を出した。こんなことになろうとは全く予想していなかったので、純は極度に緊張した。性欲よりも、これからどうなるのかという緊張感でいっぱいだった。
「今日は何処で撮影するんですか」
京子が運転している男に聞いた。
「前回と同じレンタル撮影スタジオです」
男は運転しながら答えた。純は横目でチラッと隣の京子を見た。ブラウスの胸の所が乳房に押し上げられて膨らんでいる。タイトスカートが大きな尻によってパンパンに張っている。それにつづく太腿からヒールへと流れるような美しい脚線美である。純は、それを見て激しく興奮した。やがて車はあるビルの前で止まった。ビルの前には二人の男が立っていた。二人は、それぞれ大きなカバンを持っていた。
「はい。着きました。降りて下さい」
男に言われて純と京子は降りた。男は車を駐車場に泊めると、二人の男の所に行った。
「やあ。どうも。お待たせしてしまい申し訳ありません」
編集者は、二人の男に挨拶した。
「いや。待ってないよ。我々もちょうど今、着いたところだから」
男の一人が言った。
「こちらの人がカメラマンのKさん」
「こちらの人が縄師のNさん」
と編集者は、純と京子に二人の男を紹介した。編集者は携帯をポケットから取り出した。
「もしもし。今日、予約していたM社です。今、スタジオに着きました」
相手と少し話して編集者は携帯を切った。そして皆に言った。
「スタジオの管理人が5分ですぐ来ますから」
編集者は、皆に向かって言った。すぐに車が来た。男が降りて、やってきた。スタジオの管理人だろう。
「お待たせしました」
そう言って管理人の男は編集者に鍵を渡した。
「はい。スタジオの鍵です。今日はどの位の時間、ご使用になられますか?」
管理人の男が聞いた。
「そうだね。予約では、5時間という予定だったけれど、延長するかもしれないな」
編集者が言った。
「そうですか。では、撮影が終わりましたら、また電話して下さい。すぐ来ますので。では、ごゆっくり」
そう言って管理人の男は車で去って行った。
「じゃあ、入りましょう」
編集者は皆に言って、スタジオの戸を開けた。カメラマン、縄師、京子、純の四人は編集者についてスタジオに入っていった。
「今日はこの部屋で撮影します」
そう言って編集者は、ある部屋を開けた。そこには机と椅子のある床の部屋と、畳の和室の二部屋があった。
「じゃあ、今回は、美人家庭教師と教え子で、美人家庭教師が、教え子に、いじめられるという設定でいきますから」
編集者が言った。
「まず、少年が机に座って教科書とノートを開いています。その横で、家庭教師が厳しい表情で、足組みして、アンテナペンで教科書を指し示す写真を撮って下さい」
編集者はカメラマンに言った。
「さあ。純君。机について」
言われて純は学生服のまま机についた。
「ノートや鉛筆などの小道具は机の中に入っているから、それを出して」
純は机の引き出しを開けた。中には、ノートや鉛筆などの小道具が入っていた。純はノートと鉛筆を出して、勉強しているポーズをとった。
「じゃあ、京子さんは純君の横に座って」
編集者が言った。京子は純の横に、純の方を向いて座った。
カメラマンのKは、純の斜め後ろに三脚を立てて、カメラをセットした。純の顔は見えず、純の方を向いている京子の顔がカメラに写っているアングルである。
「じゃあカメラマンのKさん。これで撮影おねがいします」
編集者のHが言った。
「京子さん。ちょっと居丈高に、アンテナペンで教科書を指して」
カメラマンに言われて京子は、アンテナペンで教科書を指した。
「そうそう。叱ってるような表情で、口を開いて」
言われて京子は口を開いた。
「うーん。ダメだなー。口を開いてるだけで。もうちょっと本当に叱ってるような気分になって」
カメラマンが注意した。
「すみません」
京子は謝って、スーハースーハーと深呼吸して、再び、アンテナペンで指して、口を開いて、教え子を叱るポーズをとった。
「よし。そのまま」
カシャ。カシャ。
カメラマンがシャッターを切った。カメラマンは三脚の位置を変えて、カメラをセットした。
カシャ。カシャ。カシャ。
「うん。いいのが撮れた」
カメラマンは、ともかくやたらと何度も撮る。それは当然のことで、カメラマンは何枚も撮って、一番、写りがいいのを選ぶからである。
「じゃあ、今度は教え子が教師を縛り始める所を撮って」
編集者が言った。
「こういう風に撮って」
そう言って編集者は、皆に、ある写真を見せた。それは、正座した女が、後ろ手に縛られて、男が女の後ろで縄尻をとっている写真だった。女は服を着ているが、怖がった顔で、男は女の背中を踏んで、縄尻を引っ張っていた。いかにも、これから何をされるかわからない恐怖感に脅えているといった雰囲気がよく出ていた。
「さあ。京子さん。正座して。さっきのつづきと見えるよう机の近くに座って」
編集者が言った。京子は机の近くに正座して座った。
「じゃあ、縄師のNさん。彼女を後ろ手に縛って下さい」
言われて縄師のNは、ホクホクした顔つきで彼女を後ろ手に縛り、胸を挟むように胸の隆起の上下を二巻きずつ縛った。
「さあ。純君。彼女の縄尻をとって、彼女の背中を踏んで」
編集者が言った。純は言われたように京子の背後に回った。そして縄尻をとった。何だか、念願の京子を捕まえたような気になってきた。
「京子さん。ごめんなさい」
そう言って純は縄尻をとったまま、片足を京子の背中にそっと乗せた。
「あん」
純の足が京子の背中に触れると、京子は、思わず小さな声を出した。
「あっ。京子さん。ごめんなさい」
純は足をそっと離した。
「いいのよ。思わず声を出しちゃったけど。遠慮なく踏んで。縄も引っ張っていいわよ」
言われて純は京子の肩を足で踏んだ。純は京子の体の柔らかさにドキドキした。カメラマンが三脚の位置を色々と変えて、カメラのファインダーを覗いた。正座した京子はカメラの方を向いている。その後ろで、純が京子を縛った縄の縄尻をとって、京子の背中を踏んでいる。いかにも、教え子が、美人の家庭教師をつかまえた図である。
「京子さん。口を開けて、つらそうな顔をして」
カメラマンが言った。京子は、言われたように、口を開けて、眉を寄せて、つらそうな表情をつくった。
「うーん。イマイチだな。純君。もっと思い切り背中を強く踏んで、縄を強く引っ張ってみて」
純はカメラマンの指導に忠実に、京子の背中を強く踏んで、縄尻をグイグイ引っ張った。
「ああー」
京子がつらそうな喘ぎ声を出した。
「そうそう。その表情。いいよ」
カメラマンが言った。
パシャ。パシャ。パシャ。
カメラマンがシャッターを切った。
「よし。オーケー。お疲れさん」
カメラマンが言った。純は、ほっとして、京子の背中を踏んでいた足を降ろし、縄尻を離した。編集者がカメラマンの所へ来て、撮った写真を見た。
「純君。ちょっと来て」
編集者に呼ばれて純はカメラの所に行った。縛られた京子の苦しげな顔がリアルに撮れていた。最初の三枚は、純の顔が、写真の上枠の上に、はみ出ていたが、後の三枚は、純の顔も写真の中に入っていた。
「君の顔も写った写真も撮るけど、いい?写真集には使わないで記念にあげるよ。万一、君が了解してくれるなら目にモザイクを入れたのを出したいんだけどね」
「ええ。かまいません」
純は答えた。
「口のマスクとか、サングラスとかをかけると、もっと隠せるんだがね。写真の意図からしておかしくなっちゃうからね。まさか家庭教師の教え子がサングラスをかけていては可笑しいからね。写真を撮るアングルで顔が隠せるようにするから」
編集者は言った。純はそれほど自分の顔が出るのが嫌ではなかった。写真集を見るのは、大人のマニアだし、女の素性を知りたいとは思っても、男の素性を知りたがる人はいないだろう。それより憧れの京子と一緒の写真集が出来る事の方が嬉しかった。

「じゃあ、次は、座っている女の家庭教師を生徒が後ろから胸を触ったり、スカートの中に手を入れて悪戯している姿だ」
編集者が言った。
「純君。彼女の後ろに座って」
言われて純は、京子の背後に座った。背中では手首がカッチリと縛られている。
「京子さん。あなたは横座りになって」
言われて京子は後ろ手に縛られたまま横座りになった。
「さあ。純君。片手で彼女の胸を触って、片手を彼女のスカートの中に入れて」
言われて純は恐る恐る背後から手を伸ばして左手で京子の胸を触り、右手を京子のスカートの中に入れた。純にとって女の胸を触るのは生まれて初めてだった。柔らかい胸の隆起の感触がこの上なく甘美だった。純は右手を京子のスカートの中に入れた。そして京子の太腿の上にそっと手を乗せた。しなやかな京子の太腿の柔らかい温もりが伝わってきた。確かに、これは女を縛った男が、女に最初にする行為だった。
「ごめんなさい。京子さん」
純は京子の胸と太腿を触っていることを謝った。
「いいの。気にしないで。遠慮しないで触って」
京子が言った。
「じゃあ、これで撮るから」
カメラマンが言って、三脚を京子の前に立てた。純の顔は京子の後ろに隠れて見えない。触っている男の顔が見えない方がエロチックである。
「さあ。京子さん。悶えた顔をして」
カメラマンが言った。京子は口を半開きにして、眉を寄せ、悶えた表情をした。
「そう。いいよ」
パシャ。パシャ。
カメラマンがシャッターを切った。
「じゃあ、今度はパンティー一枚になって、今と同じ構図の写真を撮るよ」
編集者が言った。縄師のNが来て、京子の縄を解いた。

縄師は京子のブラウスを脱がせ、スカートを脱がせた。そして、ブラジャーを外した。京子の豊満な乳房が顕になった。腰にとどくほどの長いストレートの髪が美しい。縄師は縄を持って京子の背中に回った。そして京子の両手を背中に回して、手首を重ね合わせた。縄師は京子の重ね合わせた手首を縛ると、その縄を前に回して、京子の乳房を挟むように乳房の上下を、それぞれ二巻きずつ、カッチリと縛った。縄に締め上げられて、乳房が上下の縄の間から、搾り出されているかのように、クッキリと弾け出た。華奢な二の腕は、縄が食い込んで窪んだ。京子はパンティー一枚だけである。

いよいよ京子が裸になりだしので、純は激しく興奮した。
「さあ。純君。さっきと同じように、後ろから、彼女の胸を触って」
編集者が言った。純は京子の背中にピタリと体をくっくけた。そして、両手を前に回して、京子の豊満な乳房を触った。
「ああっ」
触った瞬間、京子が思わず、声を出した。
「ご、ごめんなさい。京子さん」
純はあわてて謝って、手を引こうとした。
「いいの。思わず、声を出しちゃったけど。気にしないで。好きにして」
京子が言った。純はほっとした。京子の柔らかくて温かい乳房の感触が最高に心地いい。
「京子さん。じゃあ、また、悶えた顔をして」
と編集者が言った。京子は言われたように口を半開きにして、苦しげに眉を寄せた。
「そうそう。その表情」
カメラマンがそう言ってシャッターを切ろうした。
「ちょっと待って」
編集者がカメラマンを制した。
「純君。ちょっと京子さんの乳房や乳首を揉んでみて。乳首が立ってないから。揉めば乳首が立ってくるから。悶えた表情も演技じゃなくって本当に興奮してた方が、もっと迫真にせまったいい表情が出るから。ちょっと、京子を後ろから弄んで本当に興奮させてみて」
編集者が言った。
「いいのよ。純君。遠慮しないで好きなことをして」
京子が言った。編集者は等身大の鏡を持ってきて、京子に向くようにして、少し離れた位置に置いた。今まで見えなかった京子の正面が純に見えた。
「こうすれば自分の恥ずかしい姿が見えるから、より興奮するだろう。純君。さあ、やって」
編集者が言った。
「ご、ごめんなさい。京子さん」
純は、京子に謝って、ゆっくり乳房を揉み出した。そして乳房を指先でスッとなぞったり、乳首をつまんだり、弄くったりした。純にとって、女の体を触るのは生まれて初めてだったので、純はビンビンに勃起して、夢中で京子の乳房を愛撫した。純は、こういう悪戯を想像で、していたので、初めてでも上手かった。純はさらに首筋をくすぐったり、尻を触ったり、脇腹をくすぐったりした。
「ああー。か、感じちゃうー」
京子は、ハアハアと喘ぎ声を出し始めた。乳首が大きく尖り出した。純は京子の後ろにいるので京子の乳首は見えないが、乳首の感触でわかった。純は大きくなり出した乳首をさらに、つまんだり、コリコリさせたりした。乳首は、それにともなって、さらに大きくなっていった。

京子は、少し後ろ手に縛られた手首を動かそうと揺らした。だが手首は縄でカッチリ縛られているために、はずれない。それは京子もわかっているはずである。京子は拘束されて弄ばれていることに、被虐の快感を感じているかのようだった。
「ああー。か、感じるー」
京子は、激しく悶え声を出した。
「よし。いいよ。その調子。演技よりずっといい。本当の表情が出ているよ」
カメラマンが言って、ファインダーを覗いた。
パシャ。パシャ。
カメラマンはシャッターを切った。
「じゃあ、次は。京子が足をM字に大きく開いて、純君がパンティーを触っている図を撮るから」
編集者が言った。京子は、ハアハアと息を荒くしながら、膝を立てて足を開いていった。京子の前の鏡に京子の白いパンティーが現われた。京子はもう我を忘れて本気で興奮しているかのようだった。
「純君。まずパンティーを肉ごとつまんで」
編集者が言った。
「京子さん。ごめんなさい」
純はそう言って、京子のこんもりしたパンティーを肉ごとつまんだ。
「ああっ」
京子が反射的に声を出した。
カシャ。カシャ。
カメラマンがシャッターを切った。
「よし。じゃあ、次はパンティーの中に手を入れて」
編集者が言った。
「京子さん。ごめんなさい」
純が言った。
「いいのよ。純君。遠慮しないで」
京子が言った。純は、片手で京子の乳房を触って、片手をそっと京子のパンティーの中に入れた。いやらしい図である。京子は、
「ああー」
と鏡を見て、パンティー一枚で後ろ手に縛られて、股を開いている自分の姿を見て、苦しい喘ぎ声を出した。純は、パンティーの中の柔らかい温かい肉の感触に激しく興奮していた。
「京子さん。もっと足を開いて、足首をピンと伸ばして。女は興奮すると足首を伸ばすでしょ」
カメラマンがファインダーを覗きながら言った。カメラマンに言われて、京子は足首を爪先までピンと一直線に伸ばした。
「そうそう」
パシャ。パシャ。
カメラマンがシャッターを切った。
「ようし。じゃあ、このポースでの撮影はこれでおわりだ」
編集者が言った。
純は、ほっとしたように京子のパンティーから手を出した。

「じゃあ、今度は畳の部屋に行こう」
編集者が言った。編集者と緊縛師とカメラマンと京子と純は、隣の畳の部屋に行った。パンティー一枚で後ろ手に縛られて移動する京子は、他の四人が服を着ているのに、一人だけパンティー枚で、惨めそうだった。畳の部屋には、真ん中に大黒柱があり、天井には梁があった。
「では、縄師のNさん。京子さんの後ろ手の縄を解いて、元にもどして下さい」
編集者が言った。縄師は、言われたように、京子の胸の縄を解いて、後ろ手の手首の縄も解いた。これで京子はパンティー一枚の自由な身になった。京子の手首にはクッキリと縄の跡がついていた。自由の身になっても、京子は恥ずかしそうに、手のやり場に困っていた。自然と片手を顕になった乳房へ、そしてもう片方の手はパンティーの上を覆っていた。
「では、今度は、手首を頭の上で縛って、天井の梁に吊るして下さい」
編集者が言った。京子は両方の手を前に差し出した。縄師は、京子の手首を縛った。そして、椅子を持ってきて、椅子の上に乗り、縄尻を天井の梁に通して、引っ張った。引っ張るのにつれて京子の手首が、どんどん高く上がっていき、頭の上まで引き上げられた。さらに縄師は縄を引いた。京子の腕がピンと伸び、縄がピンと張った。そこで縄師は縄を梁に結びつけた。

京子は、まさに縄で吊るされた形になった。大きな二つの乳房が隠しようもなく顕になっている。京子は頬を赤くした。縄師は、椅子をどけようと、椅子を持って離れようとした。
「待った。椅子はそのまま京子の横に置いといて」
編集者が言った。縄師は椅子を残したまま離れた。純は疑問に思った。椅子は、京子を吊るすための道具であり、吊るしてしまえば、何も無い方が、女が救われようがなく見える。だが、その疑問はすぐにわかった。
「純君。椅子の上に立って」
編集者が言った。純は言われて、椅子の上に立った。
「純君。では、カメラに後ろを向いて、梁に結びつけられている縄を両手でつかんで」
言われて純は両手で、梁に結びつけられている縄を両手でつかんだ。あたかも純が椅子に乗って京子を吊るしているかのような図になった。
「そうそう」
編集者は納得したように言った。
「では、カメラマンさん。これで撮影おねがいします」
編集者は言った。カメラマンは、純が、京子を縄で吊るしている図が上手く収まる位置に三脚を立て、カメラのファインダーを覗いた。
カシャ。カシャ。
カメラマンはシャッターを切った。純がパンティー一枚の京子を吊るしている写真が撮られた。
「じゃあ、今度は吊るされた京子を純君が後ろから、悪戯している写真を撮るから。純君は京子の後ろに回って」
編集者が言った。純は編集者に言われたように京子の背後に回った。
「さあ。後ろから、京子の胸を揉んで」
編集者が言った。言われて純は京子の背後から、京子の乳房に手を当てた。
「ああっ」
京子は思わず声を出した。
「ごめんなさい。京子さん」
純は咄嗟に謝った。
「いいの。純君。私、純君にいじめられる事が嬉しいの。遠慮なく、好きなことをして。うんといじめて。私が喘ぎ声を出しても続けてやって」
京子が言った。
「あ、ありがとうございます。京子さん」
純は言った。そして、京子の乳房を両手で揉んだ。
「ああー」
京子は眉を寄せて、苦しそうな顔で口を半開きにした。
パシャ。パシャ。
カメラマンがシャッターを切った。吊るされて、後ろから男の手が女の体を這い回るという図は、極めてエロティックで読者を興奮させるものである。純も、だんだん興奮してきた。
「さあ。今度はこれを使って、京子をくすぐって」
そう言って編集者は、純に二本の筆を渡した。
純は、二本の筆をとって、京子のガラ空きの脇の下を筆の先で、くすぐった。
「ああー」
京子は、体を捩って悶えた。元々、こういうスケベな悪戯に関しては、純は想像力豊かである。
「いいよ。その責め」
編集者が言った。
パシャ。パシャ。
カメラマンがシャッターを切った。
「じゃあ、今度は、片手で京子の乳房を揉み、片手を京子のパンティーの中に入れて」
編集者が言った。
純は筆を畳の上に置き、片手で京子の乳房を揉み、片手を京子のパンティーの中に忍び込ませた。
「ああー」
京子は、体を捩って悶えた。極めてエロティックな図である。
「いいよ。そのポーズ」
編集者が言った。
パシャ。パシャ。
カメラマンがシャッターを切った。いかにもエロティックな図である。
「純君。じゃあ、今度はパンティーを下げていって」
編集者が言った。純は京子の後ろで屈んで、京子のパンティーのゴムの縁をつかんでパンティーを下げて行った。パンティーが膝の上まで降りた時。
「ストップ。そこで止めて」
と編集者が言った。
純は、降ろしかかったパンティーを膝の上で止めた。この方が、いかにも脱がされかかっているように見える。SMのエロティックな写真を見る人が興奮するのは、女の惨めな姿に対してであるが、さらには、そういう写真を撮ろうとする見えざる製作者のスケベな精神に対しても、読者は興奮するのである。
「いいよ。それで」
編集者が言った。
パシャ。パシャ。
カメラマンがシャッターを切った。
パンティーを脱がされかかった京子の写真が撮られた。
「純君。立って。そして、片手を京子の乳房に当て、片手を京子のアソコに当てて」
編集者が言った。
純は立ち上がった。そして、片手を京子の乳房に当て、片手を京子のアソコに当てた。覆うように、ほんの少し触れるだけだった。裸の女を後ろから、弄んでいるようにも見え、また、裸の女の恥ずかしい所を、読者に見せないよう隠しているようにも見えて、両方に解釈できる図である。
パシャ。パシャ。
カメラマンがシャッターを切った。
「よし。純君。じゃあ、今度は前に来て」
編集者が言った。純は言われて京子の前に回った。編集者は椅子を京子の前に置いた。
「さあ。これに座って」
編集者が言った。純は椅子に座った。編集者が純に、細い、しなる竹の棒を渡した。
「さあ。これで京子の体を突いて」
編集者が言った。
「いいのよ。純君。やって」
京子が純の躊躇いを察するように先回りして言った。純は竹の棒の先で、京子の乳房や乳首を捏ねくりまわした。
「ああー」
京子は思わず、悶え声を出した。
パシャ。パシャ。
カメラマンがシャッターを切った。純はカメラに対して背中を向けているので、顔は見えない。頭の後ろが見えるだけで安全である。それは、いかにも、まだセックスを知らない子供が、大人の女にする最もエッチな行為に見えた。実際、純はまだセックスを知らない。こういう悪戯が一番、純には興奮するのである。純が竹の棒の先で京子の乳首を転がしている内に、だんだん京子の乳首が勃起してきた。
「よしよし」
編集者はニヤリと笑って、京子の前に行き、京子の勃起した乳首の根元を糸で括った。そして、その先を純に手渡した。
「さあ。これを引っ張って」
編集者が言った。
「い、いいのよ。純君。遠慮なく引っ張って」
京子が言った。
「ごめんなさい。京子さん」
そう言って純は、糸を引っ張った。糸が京子の乳首から純の手へと、ピンと一直線に張った。京子の乳首が引っ張られて、それにつれて、京子の乳房がせり上がっていった。
「じゅ、純君。遠慮しないで。思い切り引っ張って」
京子が言った。純は、京子に言われて、糸を強く引っ張った。糸がピンと一直線に張った。京子の乳首が強く引っ張られて、重力で下垂した乳房の下が持ち上がり、京子の乳房は乳首を頂点とした円錐形のようになっていった。
「ああー」
京子が思わず声を出した。
「痛くないですか。京子さん」
純が聞いた。
「大丈夫。何でもないわ」
京子が言った。
「よし。カメラマンさん。これで撮影おねがいします」
編集者が言った。
パシャ。パシャ。
カメラマンはシャッターを切った。純が余裕で座って、京子の乳首に糸をとりつけて、引っ張っている図の写真が撮られた。いかにも子供が、大人の女を、意地悪く、いじめている図である。
そのあと、京子の縄を解いて、今度は、京子のパンティーを脱がして丸裸にして、後ろ手に縛り、床に寝転がして、京子の片足を梁に吊り上げた。そして純が京子の顔を踏んでいる写真や竹の棒で、京子を突いている写真など様々な格好の緊縛写真を撮った。

「よし。もう、これぐらいでいいだろう」
編集者が言った。
やっと撮影が終わった。編集者は携帯を取り出して、スタジオの管理者に電話した。
「やあ。撮影は終わったよ」
編集者が言った。
「では、すぐ行きます」
管理者が答えた。直ぐに、スタジオの管理者が車で来た。
「どうでしたか。出来は?」
管理人が聞いた。
「ああ。最高にいいのが撮れたよ」
編集者は言った。
「じゃあ、今日の仕事はこれで、おわりにしよう。どうも有難うございました」
編集者は、カメラマンと縄師に礼を言って、金をわたした。
「では、私は出版社にもどるけど、純君と京子さんはどうするかね」
編集者は、京子と純に聞いた。
「私は電車で帰ります」
京子が言った。
「純君はどうする?」
編集者が聞いた。
「ぼ、僕も電車で帰ります」
純が答えた。
「そう。じゃあ、少ないけど、今日の謝礼」
と言って、編集者は、京子と純に封筒を渡した。純は封筒を覗いた。五万円あった。
「うわあ。こんなに。たくさん。どうも、ありがとうございます」
純は礼儀正しく頭を下げて礼を言った。編集者は嬉しそうに笑って、車に乗った。
「京子さん。ぜひ、また撮らせて下さいね」
そう言って編集者は、エンジンをかけて車を出して去っていった。

   ☆   ☆   ☆

あとには、京子と純が残された。純は、京子と二人きりになって照れくさそうにモジモジしていた。
「あ、あの。今日はどうも有難うございました」
純は照れくさそうに京子に頭を下げた。
「ねえ。純君。ちょっと、お茶でも飲んでいかない」
京子が笑顔で言った。
「は、はい」
純は、ドキンとして心臓が高鳴った。実は純は、その言葉をかけられるのを心待ちにしていたのである。二人は、夕暮れの街を歩いた。
「純君。何か食べたい物ある?」
「い、いえ」
本当は、お腹が少し減っていたのだが、遠慮した。純は照れ屋なのである。
「ここでいい?」
京子が、ある喫茶店の前で止まった。
「え、ええ」
純は顔を赤くして答えた。二人は喫茶店に入った。京子と純は窓際のテーブルに向かい合わせに座った。ウェイターが来た。
「何にいたしますか?」
ウェイターが聞いた。
「純君。何がいい?」
京子は笑顔で聞いた。
「こ、紅茶をお願いします」
純は声を震わせながら言った。
「じゃあ、紅茶二つと、チーズケーキ二つ」
京子はウェイターに言った。
「はい。かしこまりました」
そう言ってウェイターは厨房に向かった。すくに、ウェイターは、紅茶とチーズケーキを持って来た。
「純君。今日はありがとう」
京子はチーズケーキを切りながら言った。
「い、いえ。僕の方こそ、本当に有難うございました」
純も京子に合わせるようにチーズケーキを切りながら言った。
「でも、純君に、裸の恥ずかしい姿を見られちゃって、悪戯されちゃって、恥ずかしいわ」
京子は、スプーンで紅茶をかきまぜながら言った。
「ご、ごめんなさい」
純は、京子にした数々の悪戯を思い出して赤面した。
「ふふ。いいのよ。私、純君にいじめられるのが、すごく嬉しいんだから。今日は最高に興奮しちゃったわ。いじめる人も、大人の男の人ばかりだと、やっぱり、少し怖いわ。裸にされて縛られちゃったら、何をされるかわからないもの。完全に我を忘れて、身を任せることは、どうしても出来ないわ。その点、純君のような、かわいい子にいじめられるのなら、安心して、我を忘れて、身を任せることが出来るもの」
この京子の発言に純は喜んだ。
「京子さん」
純が真顔で京子を見た。
「なあに?」
「どうして、写真集の小包に、京子さんの住所、書いてくれなかったんですか?」
純は強い語調で聞いた。
「ごめんなさい。それは。純君の気持ちを知りたかったの。もしかすると純君は、私のことを知るために、出版社に電話してくるかもしれないかなって思って。まさにそうなって、私、すごく嬉しいわ。そこまで私のことを想っていてくれたなんて」
「そうだったんですか」
純はほっとして紅茶を一口、啜った。
「京子さん。僕、大磯ロングビーチで京子さんと別れてから、毎日、京子さんのことばかり想っていました。僕、京子さんが好きです」
「それは嬉しいわ。ありがとう。私も純君が好きよ」
そう言って京子は紅茶を一口、啜った。
「ねえ。純君。また、いじめてくれない。今度は二人きりで」
京子は身を乗り出して言った。
「は、はい」
純は有頂天になった。
「ありがとう。ふふ。今度は純君にどんな、悪戯をされるか、楽しみだわ」
京子は無邪気に笑った。純は、京子と二人きりで、誰にも見られずに、心ゆくまで京子に悪戯できると思うと、有頂天になった。
「あ、ありがとうございます。まるで夢のようです」
純はペコペコ頭を下げた。純は、まるで、欲しくてしょうがない玩具を手に入れた子供のような気分だった。
「じゃあ、純君の連絡先を教えて」
そう言って京子は携帯電話を取り出した。そして純に渡した。携帯は、電話帳登録画面だった。
「純君。純君の携帯のアドレス入力してくれる?」
京子が言った。
「は、はい」
純は喜び勇んで、自分の携帯番号とメールアドレスを京子の携帯電話に入力した。そして京子に返した。
「あ、あの。僕にも京子さんの連絡先を教えてもらえないでしょうか?」
純は遠慮がちに、おそるおそる聞いた。
「えっ。そ、それは・・・」
京子は眉を寄せて困惑した表情になった。
「ダメでしょうか?」
純がもの欲しそうな口調で聞いた。
京子は、しばし迷って考え込んでいるようだったが、しばしして、やっと決断したらしく、パッと顔を上げて純を見た。
「わかったわ。いいわよ。じゃあ、純君の携帯、貸して」
京子が言った。
「はい」
純は喜んでカバンから携帯を取り出し、京子に渡した。京子は純の携帯を受け取ると、ピピピッと操作して、純に返した。純はすぐに携帯を見た。京子の携帯番号とメールアドレスが入力されていた。
「あ、ありがとうございます。京子さん」
純は、ペコリと頭を下げて礼を言った。

「純君のお父さんって、どんな人?」
京子が聞いた。
「しがない会社員です」
「純君は、父子家庭だから、母親の愛に餓えているのね」
「は、はい。そうです」
「学校で好きな女の子はいないの?」
「いません」
「どうして?」
「みんな明るくて、僕みたいに暗い性格じゃ、とても彼女なんて作れません」
純はそう言って、チーズケーキを切って一口、食べた。
「京子さんは、結婚してるんですか。それとも一人暮らしですか?」
今度は純が京子に聞いた。
「ふふふ。どっちだと思う?」
京子が逆に聞き返した。
「一人暮らしだと思います」
純は自信をもって答えた。
「どうしてそう思うの?」
京子は純の目を見つめながら聞いた。
「だって、結婚してたら、夫とのセックスで満足できるんじゃないでしょうか。僕が好きだとか、わざわざ僕に会いに来てくれるなんて、性欲が満たされていないんじゃないでしょうか?」
「ふふふ。そうよ。その通りよ。一人暮らしよ」
京子は紅茶を啜りながら言った。

二人はチーズケーキを食べた。
「じゃあ、今度いつか、どこかで会いましょう」
京子が言った。
「はい。ありがとうございます」
純はペコリと頭を下げて礼を言った。二人は喫茶店を出た。少し行くと、地下鉄の駅が見えてきた。
「じゃあ、私、ここで地下鉄に乗るわ。この道をもうちょっと行けば、JRの××駅が見えてくるわ」
京子が言った。
「今日は本当にありがとうございました」
純は深々と頭を下げた。
「さようなら。気をつけてね」
京子は笑顔で手を振って地下鉄の入り口に入って行った。
純はウキウキしてJRの駅に向かった。
その晩、純はなかなか眠れなかった。

   ☆   ☆   ☆

翌日になった。
純は授業中も上の空だった。その日の晩、純は京子にメールを送った。
「京子さん。愛してます。純」
と、極めて簡単なメールだった。純は控えめな性格なので、すぐにメールを送ることを躊躇っていたのである。純はホクホクした。京子が、どんなメールを返してくれるかと思うと。だが、一日経っても、二日経っても、メールの返事は来ない。純はだんだん焦り出した。もしかするとメールアドレスを京子が書き間違えたのかもしれない。そう思って純は、京子に電話してみた。
「はい。マクドナルド××店です」
純は驚いた。
「あ、あの。そちらに佐々木京子さんという女の人はいませんか?」
「は?アルバイトの人ですか?」
「は、はい。右の頬っぺたに黒子のある人です」
「いや。いません」
「そうですか。わかりました」
まさか。電話番号も間違えるはずなどない。と、純は疑念が起こってきた。それで、もう一度、メールを送ってみた。
「そちら様は佐々木京子さまでしょうか。もしかするとアドレスが間違っているかもしれませんので、間違っていた場合はご返答いただけると幸いです」
すると、すぐに返事のメールが返ってきた。
「間違いです」
とだけ書かれていた。純は頭が混乱した。電話番号もメールアドレスも間違えるとは、考えられない。これは、間違えたのではなく、京子が故意にデタラメを入力したのだ。純はそう思った。ガッカリした。京子は、笑顔とは裏腹に純とは、もう会いたくないのだと、思っていたのだ。それから純の失意の日が続いた。京子の写真を見るのも嫌になった。大人はずるい。純にとって京子は女神のような存在だった。純の京子に対する想いは宗教の信者の想いにも近かった。その気持ちが一挙に逆転したのである。それは、愛情の法則であって、いくら相手が美しくても相手が自分に好意を持っていないのであれば、自分も相手に好意を持つことは出来なくなる。
純は京子のことは忘れて勉強に打ち込むことにした。しかし、さびしい。そんな、むなしい日々が続いた。
ある時、純が机に向かって勉強していると、携帯電話がピピピッと鳴った。発信者非通知なので、誰だか分からない。
「はい。もしもし。岡田純です」
「あっ。純君。元気?京子です」
それは忘れもしない京子の声だった。純は吃驚した。嬉しさもあったが、口惜しさもあった。
「京子さん。電話番号もメールアドレスも違うじゃないですか。どうして、わざとデタラメ入力したんですか?」
「テヘヘ。ごめんね。怒った?」
「いえ。でも、さびしいです。どうしてデタラメ入力したんですか?」
「ごめんね。純君に電話番号やメールアドレス教えちゃうと、それにふけって、勉強が疎かになるんじゃないかと思ったの」
「そうですか」
純はさびしそうに答えた。
「それと、純君が毎日、電話かけてきたら、私も困っちゃうから、どうなるか、咄嗟にわからなくて、デタラメ入力しちゃったの。ごめんね」
「そうですか。わかりました。でも、電話してくれて、ありがとうございます。ものすごく嬉しいです」
「純君。今週の日曜、あいてる?」
「ええ」
「じゃあ、今週の日曜、会ってくれる?」
「ええ。どこで会うんですか?」
「あの。日曜日、純君のお父さん、家にいる?」
「いえ。土曜から父が大阪に出張しますので、日曜はいません」
「じゃあ、今週の日曜日、純君の家に行くわ。楽しみにしてるわ」
そう言って京子は電話を切った。

なにはともあれ純は嬉しくなった。
鉛筆を握る手に力が入った。京子は一人暮らしである。ということは、おそらく独身だろう。純は将来、東大法学部を主席で卒業して、大蔵省に入り、大蔵官僚になって、京子にプロポーズしようと思った。歳の差はあっても、そんなことはどうでもいい。学校での勉強も、今まで以上に熱が入った。教師の喋ることは、一言残らずノートした。純の夢想は、京子との結婚に変わった。ハネムーンはハワイに行こうと思った。なぜ純がハネムーンをハワイにしたかというと、純は数年前、父親と一緒に一週間のハワイ旅行をしたことがあって、それでハワイを気に入ってしまったからである。純は京子との結婚生活を想像してワクワクした。ワイキキビーチでうつ伏せに寝ているセクシーなビキニ姿の京子が、
「ねえ。あなた。オイル塗って下さらない」
と頼み、純はウキウキして、オイルを塗る。サーフィンをしたりする。十分、新婚旅行を楽しむ。そして帰国する。純は寛容なのでセレブな京子に多少は浮気をすることも許す。しかし料理だけは、ちゃんと作るように命じる。京子が風呂に入っている間に、京子の服をとってしまって京子を困らす。京子が寝ている間に裸にしてしまう。いきなり襲いかかって、後ろ手に縛り上げる。そんなことを純は想像した。そんな事を想像すると純は、大蔵官僚にならなくてはと、ますます勉強に熱が入った。

   ☆   ☆   ☆

日曜日になった。
純は、京子が来るのを今か今かと待っていた。純の父親は昨日から仕事で出張していて、いない。昼頃になった。ピンポーン。チャイムが鳴った。純はワクワクしてドアを開けた。薄いブラウスにフレアースカートの京子が立っていた。
「こんにちは。純君」
京子は微笑んでペコリと頭を下げた。久しぶりに会えた京子に、純は小躍りして喜んだ。
「やあ。どうも、わざわざ来て下さって本当に有難うございます。最高に嬉しいです。さあ。どうぞ。中へ入って下さい」
「じゃあ、お邪魔します」
そう言って京子は家に上がった。純は京子を居間に案内した。京子は純にすすめられてソファーに座った。
「お父さんは?」
京子はキョロキョロ家の中を見た。
「父は仕事で昨日から大阪に行っています」
純は答えた。純は、台所に行って、紅茶を持ってきた。京子は紅茶を一口、啜った。
「京子さん。来て下さってありがとうございます。本当に嬉しいです」
純は京子の隣に座って、京子の手をヒシッと握った。
「いえ。いいの。それより、この前は、携帯とメールをデタラメ入力しちゃって、ごめんね」
「いえ。いいです。気にしてません」
「ありがとう。純君。もっと怒ってるかと思ってたの」
「いえ。今日、京子さんが来てくれただけで、僕はもう最高に幸せです」
「ありがとう。純君。じゃあ、お詫びも兼ねて、この前の約束通り、純君にいじめられるわ。さあ。私を好きにして」
京子が言った。純はゴクリと唾を呑み込んだ。しばし京子をじっと見つめていたが、純は、京子が来てくれたことの嬉しさ、や、さみしさからジーンと涙が溢れ出てきた。純は、堪らなくなって、わっと、京子に抱きついた。
「ああっ。京子さん。好きです」
純は叫んで、京子の胸に顔を埋めた。京子は、ふふふ、と笑って、純の頭をやさしく撫でた。しばし純は、そのままでいた。純は至福の思いだった。やっと京子と二人きりになれたのである。純は、ずっと京子に抱きついていたいと思った。
「純君。この前のお詫びをしたいわ。私をいじめて」
京子が言った。だが純はどうしていいか、わからない。京子をいじめることなど優しい純には出来なかった。
「どうすればいいんですか?」
純が聞いた。
「私を裸にして。そして縛って」
京子がねだるように言った。だが、気の弱い純は、自分の意志で京子の服を脱がすことなど出来ない。撮影の時は縄師が京子を裸にしたり縛ったりと、お膳立てしてくれたから京子を弄ぶことが出来たのである。それを覚ったかのように京子は、ふふふ、と笑った。
「じゃあ、私が脱ぐわ」
そう言って京子は服を脱ぎ出した。京子はブラウスを脱ぎ、スカートを脱いだ。そして、ブラジャーを外し、パンティーも脱いで丸裸になった。そうして京子は、カーペットの上にペタンと座り込んだ。
「は、恥ずかしいわ」
そう言って京子は両手を背中に回して、背中で手首を重ね合わせた。
「ふふふ。さあ。純君。縛って」
京子は、ねだるように言った。これで純も京子を縛る決心が出来た。
「じゃあ、縛らせてもらいます」
そう言って、純は背中で重なり合っている京子の手首を麻縄で縛った。これでもう、京子は手が使えなくった。
「ふふふ。純君に縛られちゃった。恥ずかしいわ。怖いわ。あんまりいじめないでね」
京子は笑って言った。相手がおとなしい純なので、京子は安心しているのだろう。無防備な様子である。だがピッチリと太腿を閉じ合わせている。
「京子さん。恥ずかしいですか?」
「え、ええ」
「じゃあ、パンティーを履かせてあげます。立って下さい。恥ずかしいでしょうから後ろを向いて下さい」
言われて京子は後ろ向きに立ち上がった。大きな尻が純の目の前でムッチリと閉じ合わさっている。純は京子の脱いだパンティーを拾うと、京子の足を通して、スルスルっと上げて、ピッチリと京子にパンティーを履かせた。京子は再びペタンと座り込んだ。
「あ、ありがとう。純君。純君って優しいのね」
そう言って京子はニコッと微笑んだ。純の目の前には京子の豊満な乳房が丸出しになっている。思わず純はそれを見てゴクリと唾を呑み込んだ。
「ああっ。好きです。京子さん」
純はそう言うや、京子に抱きついて、顔を胸の谷間に埋めた。
「ああっ。温かい。柔らかい。好きです。京子さん」
純は興奮しながら叫んだ。京子は純に抱きつかれた拍子に、そのまま床に仰向けに倒れた。純はしばし、京子の胸に顔を当てて、京子を抱きしめていたが、少しすると、顔を起こして、京子の乳首をチューチュー吸いだした。それは、大人のペッティングというより、母親の母乳を求める赤ん坊のようだった。実際、純は生まれて此の方、母親を知らない。
「ふふ。純君の甘えん坊」
京子がからかうように言った。
「そうです。僕は、甘えん坊なんです」
純は開き直って言った。しばし、京子の乳首を吸った後、身を起こして、パンティー一枚で、後ろ手に縛られ、仰向けに寝ている京子の体をしげしげと眺めた。京子の体は美しかった。
スラリと伸びたしなやかな脚。細い華奢なつくりの腕と肩。細くくびれたウェスト。それとは対照的に太腿から尻には余剰と思われるほどたっぷりついている弾力のある柔らかい尻の肉。パンティーは、はち切れんばかりに、その大きな尻の肉を収めて女の腰部を美しく整えている。それらが全体として美しい女の肉体の稜線を形づくっていた。純は、しばし、ゴクリと唾を飲み込んで、美しい人形のような京子の体を眺めていたが、その柔らかい肉の感触を調べるように、そっと京子の体のあちこちを触りだした。純は、京子の腹や太腿、など京子の頭の先から足の先までを隈なく触っていった。そして、京子の体をペロペロ舐めた。
「ふふふ。京子さんのお臍」
「ふふふ。京子さんの足の指」
などと言いながら。
それは、まるで欲しがっていた玩具を手に入れて有頂天になっている子供のようだった。
京子は、
「ふふふ。くすぐったいわ」
と言って身を揺すった。
「ああっ。京子さんは僕の物だー」
純は耐え切れなくなったかのように、叫んで、京子をあらためて抱きしめた。純はしばし、京子を抱きしめていたが、思い立ったように、パッと京子から離れた。そして、急いで、京子のハンドバックを開けた。中にはハンカチとコンパクトと財布しか入っていなかった。純は急いで財布を開けた。中には三万円の札と小銭だけしか入っていなかった。携帯電話は無い。京子の身元を確認できる物が何も無い。
「京子さん。どうして携帯も持ってこなかったんですか?」
純が聞いた。
「テヘヘ。縛られて、純君に身元を知られたくなかったから、何も持って来なかったの」
京子は笑いながら言った。
「京子さん。僕はどうしても、あなたと、また会いたいです。身元を教えて下さい」
純は尋問するように言った。
「それは許して」
京子が落ち着いた口調で言った。
「いや。教えて下さい。僕はどうしても、京子さんとの縁を切りたくない」
純は真剣な口調で言った。
「お願い。それだけは許して」
京子が言った。
「そうですか」
純は諦めたような、しかし強気な口調で言った。純は京子のパンティーをスルリと抜き取った。京子は丸裸になった。純は縄を手にして、京子の足首をムズとつかんで京子の両足首を纏めて強く縛った。
「な、何をするの?」
京子が聞いた。
「京子さんが逃げられないようにして、そして、京子さんを拷問するためです。京子さん。僕は、京子さんが住所と電話番号を言うまで拷問します」
「や、やめて。純君。許して」
京子は脅えた口調で言った。
「ダメです。これだけは。やめて欲しかったら、住所と電話番号を喋って下さい。そうすれば直ぐ止めます。さあ。どうですか」
純は問い詰めた。
「ゆ、許して。お願い」
京子は悲しそうな顔で純に訴えた。
「そうですか。それでは拷問します」
そう言って純は、京子の脇腹をコチョコチョとくすぐり出した。
「あはははは。や、やめてー。純君」
京子は、身をくねらせながら訴えた。だが純は京子の訴えなど無視して、くすぐり続けた。京子は、苦しそうに笑いながら、身をくねらせながらも、
「やめてー」
と言うだけで口を割ろうとしない。しばしして、純はふーと溜め息をついて、くすぐりをやめた。
「この程度の責めじゃダメなようですね。じゃあ」
と言って純は、京子の乳首をコリコリと指先でくすぐり出した。
「な、何をするの?」
京子が聞いた。だが純は答えない。純は黙って乳首を乳首や乳房をくすぐり続けた。
「ああっ」
京子は、眉を寄せて苦しげな喘ぎ声を出した。同時に、京子の乳首が大きく勃起してきた。「よし」
純は、くすぐりを止めた。そして糸を持ってきて、京子の勃起した乳首の根元に巻きつけた。
「な、何をするの?」
京子は、不安げな表情で純を見た。純は答えず、乳首の根元を巻いた糸の両側を引っ張っていった。だんだん乳首の根元が引き絞られて、縊れていった。
「ああっ」
京子は、脅えた表情で声を出した。だが純は容赦なく、どんどん引っ張っていった。乳首の根元は、益々、縊れていった。
「い、痛いー」
京子は、大きな声を出した。だが純は止めない。さらに強く引っ張っていった。
「や、やめてー。純君。お願い」
京子は辛そうな顔で訴えた。
「住所と電話番号を言って下さい。言ったら直ぐ止めます」
純は何としても京子の身元を吐かせたい一心で真剣そのものだった。
「さあ。早く言って下さい。言わないと乳首がちぎれちゃいますよ」
そう言って純は、さらに強く糸を引っ張った。だが京子は、
「許して。お願い。許して」
と哀願するばかり。とうとう京子は、
「痛いー」
と叫んでクスンクスン泣き出した。純はとうとう、諦めて糸を緩めた。純は、京子の体に傷をつけることは出来なかった。

しかし京子の身元を吐かせることも諦められない。純は京子をうつ伏せにした。
「な、何をするの?」
京子が脅えた口調で聞いた。純は、京子の背中で後ろ手に縛られている右手の人差し指と中指をつかんで、グイと開き出した。指裂きである。
「さあ。京子さん。身元を言って下さい」
そう言って純は、さらにグイグイと京子の指を開いていった。だが、今度も、京子は、
「ああー。痛いー」
「許してー。お願い」
と泣き叫ぶばかり。かなりの時間、責めたが京子は喋ろうとしない。純は仕方なく諦めて、指裂きを止めた。

純は、やれやれといった表情で立ち上がって、居間を出た。そして、椅子と縄とハサミを持って戻ってきた。純は椅子を京子の隣に置いた。そして純は、持ってきた縄の片端に小さな輪を作った。そして、もう一方の縄の先端を、作った輪の中に通して、首吊りの縄のようにした。そして純は、その縄を京子の首に巻いた。
「こ、今度は何をするの?」
京子は脅えた表情で純を見た。
「今度こそ、京子さんの身元を吐かせるんです」
そう言って、純は縄尻を持って、椅子の上に乗り、天井の梁にひっかけた。そして椅子から降りて、縄の先を京子の足首を縛っている縄に通した。
「さあ。京子さん。うんと頭と足を高く上げて体を反らして下さい」
純が命令的な口調で言った。
「な、何をするの?」
京子は脅えた顔つきで、純に聞くだけで、頭と足を上げようとしない。
「それでは、仕方ありませんね」
そう言って、純は京子の肩と足首を持ち上げて、上半身を思い切り反らせた。
「な、何をするの?」
京子は脅えた口調で聞いた。純は黙って、高く上がっている京子の足首の縄に、梁から回してきた縄をカッチリと結びつけた。縄がピンと張った。京子は、うつ伏せで、顔と足を高々と上げている、苦しい弓反りの姿勢になった。純はパンパンと手を払って、ドッカと京子の前のソファーに座った。
「ああー」
京子は悲鳴を上げた。京子は後ろ手に縛られて、腹だけ床につけた、激しい弓なりの姿勢である。しかし、その姿勢をやめて、高々と上がった頭や足を少しでも降ろしたら、首が絞まってしまう。そのため、京子はどんなに苦しくても、弓なりに反った姿勢を保たなくてはならない。
「ああー。純君。お願い。やめて。こんなこと」
京子は叫んだ。だが純は、ふふふ、とふてぶてしく笑った。
「ふふふ。やめて欲しかったら、京子さんの住所と電話番号を言って下さい。そうしたら、すぐに縄を解きます」
純はふてぶてしく言った。これは賢い責め方だった。乳首責め、や、指裂き責めと違って、純の意志で責めるわけではない。純はただ見ているだけでいいのである。京子の意志がどこまで耐えられるかにかかっている。しかし、こんな苦しい姿勢をいついつまでも続けられることが出来るはずがない。時間の問題で京子は、根を上げるだろう。純はそれを、眺めて待っているだけでいいのである。純は立ち上がってキッチンに行き、オレンジジュースとスナックを持ってきて、ドッカと京子の前のソファーに座った。そして、さも余裕綽々のように、足を組んで、ジュースを飲みながら、目の前の京子を見た。京子は激しく体を反っている。全身がプルプル震えている。
「じゅ、純君。お願い。許して」
京子は、体をヒクヒクさせながら悲しそうな目で純を見て訴えた。
「京子さん。これは遊びじゃなく本気です。僕はあなたの身元がどうしても知りたい。今日は父が帰ってきませんから、喋るまで一日でも、二日でも、責め続けます。いずれ時間の問題で、喋ることになるんだから、はやく降参しちゃいなさいよ」
純は、ジュースを飲みながら、ふてぶてしい口調で言った。純は、さも余裕を示すかのように、煎餅を口に入れて、ゆっくりポリポリ噛んで音をさせた。京子は、激しく体を反らせて、全身をプルプル震わせている。
「純君。私を好きなだけ鞭打って。純君の奴隷になります。どんなみじめな姿にも、どんな責めも受けます。だから、この責めだけは、許して」
京子は声を震わせて言った。だが純は、黙って京子を見ながら、ジュースをゆっくり飲んだ。
かなりの時間が経った。京子の体からは脂汗が沸々とにじみ出てきた。純は、京子が相当なハードマゾだと思った。京子は激しく体をガクガク震わせて、
「許して。許して」
と叫び続けるだけである。
「仕方がないなあ」
純は、やれやれといった様子で立ち上がった。純は蝋燭を二本もってきた。そして、その一本を京子の足を吊っている縄に結び付けた。そして、京子の首にかかっている縄の方にも同じように、蝋燭を一本、結びつけた。
「な、何をするの?」
京子は、不安に脅えた目を純に向けた。
「こうするんですよ」
そう言って純は、ライターをポケットから取り出して、蝋燭の芯に点けた。蝋燭に火がぽっと灯った。純はすぐにまた、ソファーに戻ってドッカと座った。熱せられた蝋燭が溶け出して、ポタポタと蝋涙が滴り落ち出した。足の方の蝋燭は、京子の尻に滴り、首の方の蝋燭は、京子の背中に滴り落ち出した。
「ああー。熱いー。純君。お願い。やめてー」
京子は、悲鳴を上げて叫んだ。だが、どんなに身をくねらせても、蝋燭の灯った縄もそれにともなって共に動くので、蝋涙は、容赦なく京子の尻と背中に滴り落ち続けた。ただでさえ、辛い、弓反りの責めに、さらに蝋燭責めが加わった。京子は、
「熱いー。やめてー」
と、激しく身をくねらせながら叫び続けた。だが、純は悠揚とした表情で、苦しみにのたうつ京子を眺めている。
「お願い。純君。やめてー」
京子は、身をくねらせながら叫び続けた。
「やめて欲しかったら、京子さんの身元を言って下さい。そうすれば、すぐにやめますよ」
純は冷徹に言った。しばしの時間が経った。京子の尻と背中は、蝋涙でいっぱいになった。だが京子は、身をくねらせて、許しを乞う悲鳴を上げつづけるだけで、降参しようとしない。純は、いいかげんイライラし出してきた。純は、立ち上がり、ハサミと手鏡を持って、身をくねらせている京子の所に行った。そして、ふっと息を吹きかけて、蝋燭の火を消した。これで、蝋燭責めはなくなった。しかし、苦しい弓なりの責めはつづいている。純は京子の顔の前に座った。
「も、もう、許して。純君」
京子は、弱々しい瞳を純に向けた。
「ずいぶん、頑張りますね。京子さん。でも僕は、あなたの身元を絶対、知りたいから、必ず喋らせますよ」
そう言って純は、手鏡を京子の顔の前にさしだした。
「こ、今度は何をするの?」
京子は、脅えた口調で聞いた。
「本当は、こんな事、したくないんですけどね。京子さんが喋らない以上、仕方がありません」
そう言って純は、京子の長い黒髪の一部をつかんで、それをハサミで挟んだ。
「さあ。喋って下さい。喋らないと、髪を切っちゃいますよ」
「ゆ、許して。純君。それだけは。お願い」
京子は、弱々しい瞳を純に向けた。
「髪は女の人の命ですからね。でも、京子さんが喋ってくれない以上、仕方がありません」
そう言って、純はハサミをジョキンと閉じた。京子の髪の一部がバッサリと切れて床に落ちた。
「ああー」
京子は弱々しい瞳を純に向けた。純はまた、京子の長い黒髪の一部をハサミで挟んだ。
「さあ。これで脅しじゃないってことがわかったでしょう。喋らないと、髪を全部、切っちゃいますよ」
純は冷めた視線で京子を見て、冷徹な口調で言った。
「許して。お願い。純君」
京子は、涙をポロポロこぼしながら訴えた。京子は女の命である髪を切られても、喋ろうとしない。
ここに至って純は、はっと気がついた。
『京子には、どうしても身元を言えない何かの事情があるんだ』
純はそう確信した。
純は、急いで京子の足首を縛っている縄を解いた。縄の緊張がとれて、京子は、長い間、反っていた足をどっと床に落とした。そして高く上げていた顔も床に落とした。純は、京子の首にかかっている縄をはずした。
「ありがとう。純君」
京子は、そう言うと、グッタリと床にうつ伏せになった。純は京子の後ろ手の縄も解いた。これで京子は完全に自由になった。だが京子は、長い時間の疲れから、床にうつ伏せになって、グッタリしている。
「ごめんなさい。京子さん。京子さんには、どうしても身元を言えない何かの事情があるんですね」
純は、グッタリと、うつ伏せになっている京子の尻と背中にいっぱいにこびりついている蝋涙を丁寧に剥がしていった。そして、風呂場に行って、湯を入れた洗面器とタオルを持ってきた。京子は、長い時間、激しく体を反った苦しい姿勢をしていた極度の疲労のため、全身が珠の汗でいっぱいだった。純は、タオルを湯に湿して、京子の汗まみれになった体を丁寧にふいた。京子は長い時間の拷問で、グッタリして微動だにしない。純は、京子にパンティーを履かせ、ブラジャーをつけた。純は敷布団と掛け布団を持ってきた。そして、敷布団を京子の横に敷いた。そして京子を敷布団の上にのせて、掛け布団をかけた。
「京子さん。ごめんなさい。京子さんには、どうしても身元を言えない何かの訳があるんですね。それを気づくことが出来ずに、さんざん苦しめてしまって」
純は看病人のように京子の横に座って言った。
「いいの。気にしないで」
京子は微笑して言った。
「どうして、どうしても言えない事情がある、と言ってくれなかったんですか」
純が聞いた。
「ごめんね。純君。純君に、デタラメの携帯番号と、メールアドレスを言ってしまって、純君を困らせてしまった、お詫びをしたかったの」
京子が答えた。純は、床にある、切られた京子の髪の束を見た。
「京子さん。ごめんなさい。京子さんの大切な髪を切ってしまって」
純は頭を下げて謝った。
「いいの。少しだし、全然、目立たないわ」
「もし僕が気づくのが遅かったら、もっと切っていたかもしれません」
純は悄然とした表情で言った。
「もう、京子さんの身元を聞きだすことはしません。ゆっくり休んで下さい」
そう言って、純は、せめてものお詫びのように、京子の体を優しく揉みほぐした。
「もう、こんなことしたら、京子さんと会えないかもしれません。これは京子さんの記念として、大切にとっておきます」
そう言って純は、床にある京子の髪を集めて拾った。
「ううん。全然、気にしてないわ。純君とは、また会いたいわ」
京子はニコッと笑って言った。
「ありがとうございます」
そう言って純は京子の手をギュッと握った。京子も純の手をギュッと握り返した。

その日、京子と純は、近くのレストランで食事をした。食事中、京子はとても嬉しそうだった。
「純君。学校は楽しい?」
「ええ」
「お父さんには、私のこと、言わないでね」
「はい」
「食事とかは、どうしてるの?」
「ほとんどコンビニ弁当です」
「掃除は?」
「たまにしてます」
「純君は将来、何になりたいの?」
「東大に入って、大蔵省の官僚になりたいです」
「ふふ。すごいのね」
「そして京子さんと結婚したいです」
京子は、ふふふ、と笑った。
「それは無理よ。歳が離れすぎているもん」
「愛し合うことに年齢は関係ないと思います」
純は真面目な口調で言った。
なごやかな話をして、純は京子と別れた。
家に帰って、純はゴロンとベッドに寝た。京子が、何故、身元を明かしてくれないかが気になって仕方がなかった。

   ☆   ☆   ☆

月曜になった。
三時間目の体育の授業の時。ランニングしていると。
「おい。あそこの木の陰に女がいるけど、じっと純の方を見ているぞ」
同級生がそう言って指差した。言われて純が視線を向けると、何と京子らしき女がいた。サングラスをかけて、帽子を被っていたが、体つきといい、ちょっとした仕草で京子とわかった。女は、純と視線が合うと、気まずそうに去っていった。純は吃驚した。
その日の夜、京子から電話がかかってきた。
「純君。こんばんは」
「京子さん。今日、体育の時間に僕を見ていたの、京子さんですよね」
「ええ。気づかれないようにしようとしたけど、ばれちゃったわね」
京子は笑いながら言った。
どうやら、京子はかなり純に好意を持っているようである、と純は不思議に思った。

   ☆   ☆   ☆

そんなある日のことである。純の父親が電車の脱線事故で死んでしまったのである。青天の霹靂だった。一瞬のことだった。
純はこれで父親も母親もいない天涯孤独の身となった。純は父親の兄である伯父の家に移り住むことになった。純の一番近い親戚は、この伯父夫婦しかいなかったのである。ほとんど話したこともないし、伯父夫婦には、不良の高校生の一人息子がいた。叔父の家は寒い北海道である。純は気が進まなかった。だが、仕方がない。
そんな時、京子から、電話がかかってきた。
「純君。お父さんが亡くなっちゃったのね」
「ええ」
「明日、純君の家に行ってもいい?」
「ええ」
翌日は、祝日で学校は休みだった。
純はどうして、京子が、父親が死んだことを知っているのか疑問に思った。その日の夜は、将来に対する不安で心配で、なかなか寝つけなかった。

   ☆   ☆   ☆

翌日になった。
昼過ぎに京子がやって来た。
純は、京子を家に通し、紅茶を出した。
「純君。もう、本当のこと、言うわ」
そう言って京子は話し始めた。
「・・・私ね。純君の本当の母親なの」
純は吃驚した。
「ええー。どういうことですか?僕の母親は、僕が二歳の時に死んでしまったんです。僕は、父からそう聞かされました」
「それは、ウソだわ。純君を傷つけないための」
「どういうことですか?」
「私、純君を産んだけれども。その翌年に、バブルがはじけて。お父さんの会社が倒産しちゃったの。そして多額の借金を抱えて。豪華な家も売り払って。自己破産して生活保護になったの。職安で仕事を探してまた、働き出したけど、ゼロからの出発でしょ。給料も少ないし、生活が苦しくなっちゃって。それで共働きしなくてはならなくなったの。私、パートをするようになって。純君も育てなくてはならない、と思うと。家庭が嫌になっちゃったの。私っていい加減な女なのね。私、割りのいいアルバイトとして、SM写真集のモデルに応募したの。アダルトビデオの女優にもなったわ。その生活の方が面白くなっちゃってSMの世界にどんどん入っていっちゃって。純君と、お父さんに黙って、家出してしまったの。それ以来、お父さんには会わす顔がなくて、ずっと連絡しなかったの」
「そうだったんですか。じゃあ、僕は本当のお母さんにエッチなことをしてきたんですね。これって完全な近親相姦ですね。恥ずかしいです」
「でも近親相姦と知っても、そんなに恥ずかしくないでしょう」
「ええ」
「それは、私が純君とずっと、離れていたからよ」
「どういうことですか?」
「血のつがった親ではあるけれど、育ての親ではないからよ。近親相姦という感覚は、物心つく幼児の頃から、ずっと一緒に暮らしてきた育ての親に対して起こる感情なのよ」
「そうですね。でも、どうして京子さんは、僕の母親であることを言ってくれなかったんですか?」
「それは、私には、純君の母親の資格がないと思ったの。純君を見捨ててしまって、すまないと思っていたから、その罰として純君にいじめられたかったの」
「そうですか」
「私が、二人の男に小屋で襲われていたでしょ。あれは実は、お芝居だったの。純君と関わる機会が持ちたくて。あの男二人は、出版社の社員なの」
「そうだったんですか」
「ねえ。純君。これからは、一緒に暮らさない?」
「それは、願ってもない嬉しいことです。でも、どうして、父に会おうとしなかったんですか?父は、、きっと京子さんを許してくれたと思います」
「純君のお父さんは、もっと、真面目で誠実な女の人と再婚するかもしれないし。その方が、純君にも、お父さんにも、いいと思っていたの。純君のお父さんは謹厳な人だから。私、家を出た後、一度だけ、純君のお父さんに電話したことがあるんだけど、『君とは会いたくない。君には母親の資格がない。純にも決して近づかないでくれ』と言われたの」
「そうだったんですか」
「ねえ。純君。私が、今、住んでいるアパートを引き払って、ここで暮らしてもいい?」
「願ってもないことです」
京子は、住んでいたアパートを引き払って、純の家に越してきた。
こうして純は母親と繰らすようになった。


平成23年11月22日(火)擱筆

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卍(まんじ)(小説)(1)

2020-07-07 08:16:14 | 小説
卍(まんじ)

ある学校である。
ある日の放課後。女生徒三人が、帰りがけにマクドナルドに寄って、ペチャクチャお喋りしている。
「ねえ。純君って、気が弱くて、おとなしいでしょ。私、純君を見てると、いじめてみたくなっちゃうの。昨日も、純君をいじめることを想像して、オナニーしちゃった」
そう言って京子は、ふふふ、と笑った。
「私も。純君を見てると、いじめたくなっちゃうわ。純君って、きっとマゾなのよ。おとなしい子って、マゾが多いから」
悦子が言った。
「圭子は、純君のこと、どう思ってる」
「私もいじめてみたいわ。弱い子って、母性本能をくすぐられちゃうわ」
「じゃあ、三人で、いじめさせて、って聞いてみようかしら」
圭子が言った。
「バカ。そんなこと、出来るわけないでしょ。それに純君が本当にマゾかどうかは、わからないじゃない」
悦子が言った。
「じゃあ、純君がマゾかどうか、調べてみるわ」
言いだしっぺの京子がチーズバーガーを食べながら言った。
「ええー。一体、どうやって」
悦子が身を乗り出して聞いた。
「ふふふ。いい方法があるのよ」
京子は、思わせ振りな含み笑いをして言った。
「えっ。京子。どういう方法なの。教えて」
圭子も身を乗り出して聞いた。
「ふふふ。それは秘密。近いうちに、純君がマゾかどうか、わかるわ」
京子は自信に満ちた口調で言った。
「じゃあ、純君がマゾだとわかったら、三人して、純君をいじめちゃいましょう」
京子が言った。
その後、少しお喋りして三人は別れた。

   ☆   ☆   ☆

純は体の弱い中学生である。純は学科の勉強は、出来て好きだった。だが、唯一、体育だけは嫌いだった。体育の授業ではマラソンをした。6キロを走るのである。体力が無く、ふだん運動などしない純は、このランニングが大嫌いだった。だが体育教師は厳しく、完走しないと許さない。純は、ヘトヘトになって、走り通した。純が、このハードなランニングが嫌いなのは、走った後、3日くらいは、太腿と脹脛の筋肉痛に悩まされるからである。筋肉痛があると、勉強してても、鈍痛がつらく、すっきりした気持ちで勉強できないからである。
その日も体育では、マラソンをやらされた。純は当然ビリで、ヘトヘトに疲れた。ランニングの後、京子が純の所にやって来た。
「ねえ。純君。マラソンで疲れてるんでしょう。駅前の横丁に、あたらしくマッサージ店が出来たわよ。行ってみたら。マッサージをしたら筋肉痛もとれるんじゃない」
京子が純に話しかけた。
「そう。今日、放課後に書店に行くから、寄ってみるよ」
そう純は答えた。
「そう。じゃ、お店はここよ」
そう言って京子は、サラサラッと地図を書いて純に渡した。

   ☆   ☆   ☆

その日の放課後、純は、参考書を買うために、駅前の書店に行った。だんだん筋肉痛が起こり出してきた。立っていても、不快な鈍痛がジワジワと純の足を悩ませた。純は参考書を買うと、書店を出た。これから三日間、不快な思いで過ごさなくてはならなくなると思うと、うんざりした。純は、ポケットから京子に貰った地図を出した。それを見て横丁に入った。ふと見ると、マッサージ店の看板が出ている。最近、出来たようである。一時間、6000円と書いてある。マッサージしてもらえば、この嫌な筋肉痛が早くとれるだろう。幸い、純の家は金持ちで、小遣いは十分あった。6000円で、この嫌な筋肉痛がとれるなら、安いものだな。そう思って純は、マッサージ店に入った。店はビルの三階だった。ブザーを押すと、ピンポーンとチャイムの音が室内に起こったのが聞えた。パタパタと足音がして、カチャリとドアが開かれた。中から顔を出したのは、二十歳くらいの若いきれいな女性だった。
「いらっしゃいませー」
女性は純を見ると、にこやかな顔で挨拶した。男のマッサージ師だとばかり思っていた純は、こんな若いきれいな女の人が出でくるとは、予想もしていなかったので吃驚した。
「おいで下さって有難うございます。さあ。さあ。どうぞ。お入り下さい」
女性に勧められるまま、純は靴を脱いで、部屋に入った。部屋の中にはソファーがあった。
「さあ。どうぞ、お座り下さい」
女性に言われて純はソファーに座った。何だか、普通のマッサージ店と感じが違う。ここは、何をする所なのだろうと純は疑問に思った。
「あ、あの。ここはマッサージしてくれる所ですよね?」
純は顔を赤らめながら聞いた。
「ええ。そうですよ」
女性はニッコリ笑って答えた。
「あ、あの。マッサージする人は誰ですか?」
純は、この女性は、受け付けの役で、マッサージ師は、別の男の人ではないかと思って聞いた。
「私です」
女性はニッコリ笑って答えた。純はドキンとした。このような、きれいな女の人にマッサージしてもらえると思うと、想像しただけで心臓がドキドキしてきた。
「お客様。お茶は冷たいのがいいですか。それとも温かいのがいいですか」
女性が聞いた。
「冷たいのをお願いします」
マッサージの前に、お茶まで出してくれるとは。随分とサービスのいいマッサージ店だと純は驚いた。すぐに女性が、冷たい麦茶を持ってやってきた。
「どうぞ」
女性に麦茶を差し出されて、純はゴクリと麦茶を飲んだ。冷たい麦茶が咽喉を潤した。
「コースはどの、コースにしますか?」
女性は、メニューを開いた。
「リラクゼーションコース、60分、6000円」
と書いてある。
「あ、あの。リラクゼーションコースって、どんなマッサージ何ですか?」
「指圧と、リンパマッサージのコースです」
「リンパマッサージって、どういう何をするんですか?」
「リンパ節を指圧して、リンパ腺の流れを良くするマッサージです」
女性に説明されても純は、ピンとこない。だが、そんな事は、どうでもよかった。何らかのマッサージなのだろう。ともかく純の頭は、目の前にいる、きれいな女性にマッサージしてもらえる喜びと興奮でいっぱいだった。
「では、そのコースでお願いします」
そう言って純は、財布から6000円取り出して、女性に渡した。女性は笑顔で、それを受け取った。
「はじめての方なので、4000円割り引きします」
そう言って女性は、純に4000円、返した。純は吃驚した。いくら割り引きといっても、4000円は多すぎる。
「それではお部屋へどうぞ」
女性に言われて純は立ち上がった。女性は純の手をとった。部屋の前につくと女性は、戸を開けた。6畳のタタミの部屋の真ん中に布団が一枚、敷いてある。他には何も無い。純は、おどおどと部屋に入った。これから、女生と二人きりでマッサージして貰えると思うと、興奮して股間が熱くなり出した。
「では、服を脱いで籠に入れて下さい」
言われて純は学生服を脱いだ。そして籠に入れた。純はパンツ一枚だけになった。
「あの。お客さん。全部、脱いで下さい」
女性が言った。
「えっ」
純は驚いて聞き返した。
「あの。パンツも脱いで下さい」
女性が言った。純は吃驚した。丸裸になってマッサージを受けるのかと思うと、恥ずかしいやら、興奮やらで、心臓がドキドキしてきた。しかし、ともかく、言われた通り、パンツも脱いで籠に入れた。丸裸を目の前の女の人に見られている興奮のため、純の股間の棒は、激しくそそり立った。純は恥ずかしくなり、それを隠すように両手で勃起したマラを隠した。
「では、うつ伏せに寝て下さい」
純は、恥ずかしさから逃げるように、布団の上にうつ伏せになった。うつ伏せになれば、尻を丸出しにした丸裸は見られても、勃起したマラは隠すことが出来る。勃起してそそり立ったマラを腹につけるようにして純は、うつ伏せになった。丸出しの尻を見られているのが恥ずかしかった。だが、純はマゾで、裸を見られることに激しく興奮するのである。フワリと柔らかい物の感触が背中に乗った。バスタオルを女性が純の背中にかけたのである。バスタオルを一枚、丸裸の体の上にかけられて、丸裸が隠されて、純はほっとした。丸裸のまま、マッサージされるのは、純には刺激が強すぎる。だが、丸裸の上にタオル一枚だけかけられて、マッサージされるということに、純は激しく興奮した。タオルの下は、パンツも履いていない丸裸なのである。
「お客様。どこか、凝っている所はありますか?」
女性が聞いた。
「あ、脹脛が凝っています」
「わかりました。では、マッサージをはじめます」
こうして女性はマッサージを始めた。女性は、純の脹脛と太腿を念入りに揉みほぐした。ほどよい指圧に、筋肉痛がすーとひいていくようで、この上なく心地よかった。女性は、純の両足を念入りに揉みほぐしてから、純の背中に馬乗りになった。
「うっ」
と純は声を洩らした。
「あっ。ごめんなさい。重かったですか?」
女性があわてて聞いた。
「い、いえ。全然、重くありません」
純は首を振った。
「そうですか」
女性は安心したように純の背中に乗っかった。純が声を洩らしたのは、重さのためではない。女性の柔らかい尻が純の背中にピタリと、くっついた心地よい刺激に対する興奮のためだった。彼女は、純の背中に乗ったまま、背骨や肩、腕を揉んでいった。彼女の柔らかい尻の重みが純には心地よかった。背中に馬乗りされているのも、女性に虐められているようで、純は激しく興奮した。彼女は念入りに純の上半身を揉みほぐした。しばし、純の上半身を揉みほぐした後、彼女は純の背中から降りた。今度は何をするのかと、純はドキドキしながら待った。
「あっ」
純は、思わず声を出した。女性が、純の裸を覆っていたバスタオルの下を捲り上げたからである。純の尻が丸出しになった。純は、恥ずかしさと被虐の興奮で激しく心臓がドキドキした。
「な、何をするんですか?」
純が聞いた。
「回春マッサージよ」
女性は、そう言うと、純の足を大きく開いて、その間に座った。純の尻の割れ目が開かれた。
「ひいー」
純は思わす、叫び声を上げた。女性が純の尻の割れ目を、すっとなぞってきたからである。
「な、何をするんですか?」
純は驚いて聞いた。
「これが回春マッサージよ。気持ちよくなるから、じっとしていてね」
そう言って女性は、純の尻の割れ目を繊細な指でなぞったり、柔らかい尻の肉の上に指先を這わせた。純は、恥ずかしさと気持ちよさの入り混じった快感で、激しく興奮した。
「気持ちいいですか?」
女性が聞いた。
「は、はい」
純は答えた。
「そう。それは良かったわ」
そう言うと、女性は、純の背中のバスタオルを取り去った。そして背中に何か粉をふりかけた。
「な、何をするんですか?」
純が聞いた。
「パウダーマッサージよ」
そう言って女性は、純の背中に繊細な指を這わせた。繊細な指先が純の背中に這い回った。
「ああー」
純は、やりきれない、くすぐったさの快感に布団をギュッと握りしめて耐えた。しばし、彼女は純の背中を撫でていたが、また股の間に座った。
「お客さん。すみませんが、膝を立てて下さい」
女性が後ろから声を掛けた。こんな事をして一体、何をするのだろうと思った。そんな姿勢をすれば、尻の割れ目も、おちんちんも丸見えになってしまう。しかし、マッサージ師の指示には逆らえない。純は、女性に言われたように、膝を立てた。尻が持ち上がって、パックリと尻の割れ目が開いた。純には見えないが、女性に、目の前で、純の尻の穴まで見られていると思うと、純は激しく興奮した。純の、おちんちんは激しく勃起して、そそり立った。これは女に屈辱感を味あわせるために女にとらせるSMのポーズだった。ただSMでは、後ろ手に縛られるが、それはない。純は、こんなポーズをとらせて、一体、何をされるのかと、激しく興奮した。待っていると冷たい液体が、尻の割れ目にすっと垂らされた。
「ああー」
純は思わず、興奮のため声を出した。
「な、何ですか。それは?」
純が聞いた。
「ローションよ」
そう言って彼女は、冷たい液体を、さらに、たっぷりと純の尻の割れ目に垂らした。女性は、尻の割れ目に指を当てて、冷たいネバネバした液体を、尻やソケイ部にまで塗り広げた。
「ああー」
純は、激しい興奮で、声を上げた。女性は、ローションがたっぷり塗られた純の尻の割れ目に、念入りに指を這わせた。
「ああー」
激しい、昇天するような甘美な刺激のため、女性に聞かれる事も覚悟の上で、激しい声を上げた。彼女の指は、純の敏感な所を軽やかに這い回った。
「お客さん。気持ちいいですか?」
女性が聞いた。
「は、はい」
純は、布団を噛みしめて言った。彼女の指は、尻の割れ目から、ソケイ部に入っていき、玉袋を揉み出した。
「ああー」
純は、激しい興奮のため、大きな声を出した。まさか、マッサージに来て、こんな事をされるとは夢にも思っていなかった。純のマラは、激しい興奮のため、激しくそそり立っていた。
「ふふ。ボク。カチンカチンよ。精液がいっぱい溜っちゃってるのね」
そう言って女性は、純の硬くそそり立ったマラをゆっくりと扱き出した。彼女は、余っているもう一方の手で、純の尻の割れ目をなぞり出した。激しい甘美な刺激が純を襲った。純はもう我慢の限界だった。純は、おちんちんから、オシッコとは違う何かが出てくる気配を感じた。
「あ、ああー。で、出るー」
純は、歯を食いしばって叫んだ。純のおちんちんから、白い粘ついた液体が、ピュッ、ピュッと激しく飛び出した。
「わあ。すごい。いっぱい出たわね。膝立ちは疲れたでしょ。横になって」
言われて純は、どさっと横向きになった。彼女は、ティッシュペーパーを数枚、取り出して、純の足を開き、マラの先についている精液を拭きとった。
「どう。気持ちよかった?」
女性が聞いた。
「は、はい」
純は正直に答えた。女性はニコリと微笑んだ。女性は、横に置いてあった蒸しタオルで、純の股間に塗ったローションを丁寧に拭きとった。

ちょうど、その時、一時間を知らせる時計のチャイムが鳴った。
「あっ。ちょうど時間になったわ。じゃあ、シャワー浴びてきて」
女性は言った。
「はい」
純は答えた。
「さあ。これを腰に巻いて」
そう言って、女性は、純にバスタオルを渡した。純はバスタオルを腰に巻いた。
「じゃあ、シャワーを浴びてきて」
女性に手を引かれて、純は風呂場の前に連れて行かれた。
「ローションがついていると気持ちが悪いでしょ。時間は気にしなくていいから、ボディーソープで十分、ローションを落して」
「はい」
純は風呂場に入った。そして石鹸で洗って、ベタついたローションを落とした。
「どう。気持ちよかった」
「は、はい」
純は顔を赤くして答えた。女性は、冷たい麦茶を持ってきた。
純はそれを飲んだ。
「じゃあ、服を着て」
女性が言った。
言われて純は服を着た。
「よかったら、また来てね」
そう女性に言われて純は店を出た。

その晩、純は興奮のあまり、なかなか寝つけなかった。

   ☆   ☆   ☆

翌日。
昼休みに京子がやってきた。
「純君。どうだった。マッサージ」
京子が聞いた。
「い、行かなかった」
「どうして」
「お金がなかったから」
「店の前は通ったの」
「う、うん」
純は照れくさそうに答えた。
「そう。じゃ、一度、行って見なさいよ。疲れがとれるわよ」
「い、いや。いいよ。なんだか、高そうだし」
純は照れくさそうに言った。

   ☆   ☆   ☆

その日の晩、純は、また、あのマッサージを受けたくて仕方がなくなって、勉強が手につかなくなかった。日が経つにつれ、欲求はつのっていった。
四日後の日曜日に、とうとう純は、欲求に耐えられず、マッサージ店に行った。あのマゾ的な快感がたまらなかったのである。

店に近づくにつれ、純の心臓はドキドキしてきた。店についた。純はチャイムを押した。
ピンポーンとチャイムの音が室内に起こったのが聞えた。パタパタと足音がして、カチャリとドアが開かれた。この前のきれいな女性が顔を出した。女性は純の顔を見ると、ニコリと微笑んだ。
「やあ。ひさしぶり。また来てくれたのね。さあ。どうぞ」
純は、店に入って、ソファーに座った。
「今日は、どのコースにする?」
女性が聞いた。
「こ、この前と同じのをやって下さい」
純は顔を赤らめて言った。
「わかったわ」
女性は、ニコッと笑って純を部屋に案内した。
「さあ。純君。脱いで」
「は、はい」
純は服とパンツを脱いで全裸になった。
「さあ。シャワーを浴びてきて」
「は、はい」
純はバスタオルを腰に巻いて、風呂場へ行き、体を洗った。そして、バスタオルを巻いて、部屋に戻ってきた。
「さあ。純君。布団の上にうつ伏せに寝て」
女性が言った。純は、うつ伏せに寝た。女性は、裸の純の背中にバスタオルを乗せた。
「ではマッサージを始めます」
こうしてマッサージが始まった。女性は、純の脹脛と太腿を念入りに揉みほぐした。ほどよい指圧に、筋肉痛がすーとひいていくようで、この上なく心地よかった。女性は、純の体を念入りに揉みほぐした。
「じゃあ、回春マッサージを始めるわよ」
そう言って女性はバスタオルをとった。
「あ、あの。お姉さん」
純は声を震わせて言った。
「なあに」
女性はニコリと笑って聞いた。
「あ、あの。お願いがあるんです」
純は声を震わせて言った。
「なあに」
女性はニコリと笑って聞いた。
「あ、あの。僕、マゾなんです。回春マッサージは、僕を後ろ手に縛って、やって、いただけないでしょうか」
彼女はニコリと笑った。
「いいわよ」
女性は微笑して言った。
「あ、ありがとうございます」
そう言って純はカバンの中から、麻縄を取り出した。
「あ、あの。これで僕の手首を背中で縛って下さい」
そう言って純は、縄を女性に渡し、両手を背中に回して手首を重ね合わせた。女は、純の手首を縄で縛った。
「ああー。いいー」
純は、裸で後ろ手に縛られるという、生まれて初めて味わう被虐の快感に思わず声を上げた。
「じゃあ、マッサージを始めるわよ。うつ伏せに寝て」
言われて純は布団の上にパタリと倒れ伏した。女性が純の丸出しの尻を撫で出した。
「あっ。ちょっと待って下さい」
そう言って純は、膝を立てて足を大きく開いた。尻が高々と持ち上がって、パックリと尻の割れ目が開いた。
「これで、お、お願いします」
純は声を震わせて言った。女は、ふふふ、と笑い純の尻の前に座った。女は純の尻の割れ目にローションをたっぷり垂らした。そして、尻の割れ目や、ソケイ部に指を這わせ出した。
「ひいー」
純は思わず悲鳴を上げた。これはSMの屈辱的なポーズそのものである。純は、いつも、SM写真集を見て、マゾの快感に浸っている女性になることを夢見ていた。その夢がまさに叶ったのである。
「ああー。いいー。一度、こうされたかったんです」
純は、指をギュッと握りしめ、被虐の告白をした。
「ふふ。おちんちんがカチカチよ。純君って、すごいマゾなのね」
そう言って女は純の尻の割れ目や、穴を指先で、そーとなぞった。純はもう、何もかも忘れてマゾ女になりきっていた。
「それじゃあ、今度は仰向けになって」
しばし、純の尻をなぞっていた女は、そう言った。
「はい」
純は、言われたように、ゴロンと体を反転させて仰向けになった。
「じゃあ、今度は仰向けでマッサージするわ」
そう言って女は純の、おちんちんにローションを垂らそうとした。
その時。
「あ、あの。お姉さん」
と純は制した。
「なあに」
女性はにこやかな顔つきで聞いた。
「お願いがあるんです」
純は、カチンカチンに勃起したマラを丸出しにしたまま言った。
「今度はなあに」
「僕のカバンの中に縄が二本あります。それで僕の両足首を、それぞれ、縛って、天井の梁に吊るして下さい」
純はあられもない要求をした。
「ふふふ。わかったわ」
女性は、純のカバンから麻縄を二本、取り出した。そして、それぞれの縄を、純の言ったように、足首にしっかり結びつけた。
「ちょっと待ってて」
女性はニヤリと笑って、部屋を出た。そしてすぐに椅子を持って戻ってきた。そして、椅子の上に乗って、縄を天井の梁に引っ掛けて、グイと引き上げて梁に結びつけた。
純の両足は大きく開かれた。足がピンと一直線に伸びて、尻が持ち上がった。ビンビンに勃起したマラも、尻も、全てが丸見えである。
「ふふ。カチカチのおちんちんが丸見えよ」
女性が、笑いながら揶揄した。
「ああー」
純は被虐の雄叫びを上げた。もう、こうされては、何をされても、のがれることは出来ない。純は、激しい被虐の快感に興奮していた。
「一度、こうされたかったんです」
純は、あられもない告白をした。これから、女性に何をされるかと思うと、純のマゾの血は騒いだ。女性は、ローションをとって純のアソコに垂らそうとした。

その時である。ピンポーン。チャイムがなった。
「あっ。ごめんなさい。お客さんだ。ちょっと待ってて」
そう言って彼女は出て行った。これからという時に、邪魔が入って純は少し、がっかりした。何か、コソコソと話し声が聞こえる。話し声が消えると、すぐに彼女は、もどってきた。純はほっとした。
「ねえ。純君」
女性は純の傍らに座った。
「何ですか」
「悪いけど、お客さんが来ちゃったの。予約うけてたの。忘れてたの。どうしても、はずせないの。よく来てくれる、お客さんだから。それで、あと30分残ってるけど、別の人にかわってもいい?」
純は、がっかりした。しかしすぐ気をとりなおして聞いた。
「どんな人ですか?」
「優しい、かわいい子よ。だって、私の妹だもの」
妹と聞いて純は、嬉しくなった。彼女の妹なら、その人もきっと優しい人だろうと思った。「わかりました。その人にお願いします」
純は素直に言った。
「ありがとう。ごめんね」
「いえ。いいです」
そう言って女は部屋を出て行った。
純は、どんな人が来るのかワクワクしていた。見知らぬ人に、こんな姿を見られて弄ばれるのも、スリルがあっていいなと純はドキドキしてきた。

襖が、すーと開いた。
「ああっ」
純は心臓が止まるかと思うほど、びっくりした。何と、入ってきたのは京子だったからである。純は錯乱状態になった。どうして京子が。
「み、見ないでー」
純は考える暇もなく大声で叫んだ。丸裸で後ろ手に縛られて、両足を大きく開くように吊るされているという惨め極まりない姿を同級生の女に見られるという屈辱の極地。だが、そんな純の思いをよそに京子は純の、割り開かれた尻の前に静かに座った。目の前には、ビンビンに勃起した純のマラが天井に向かって、そそり立っている。その下には金玉がみじめに、ぶら下がり、足が高く吊り上げられているため、尻の割れ目も尻の穴も、京子には丸見えである。京子は黙って、しばし、それを楽しむように見た。
「ふふ。純君。それじゃあ、お姉さんの代わりに私がマッサージするわ」
この発言で、女性の妹とは京子だったのだと、純は錯乱した頭の中で理解した。しかし、どうしてこういう事が起こっているのかということは全く分からなかった。あるのはただ死んでしまいたいほどの屈辱の感情だけだった。
「や、やめてー。見ないでー」
純は叫びながら足をバタバタさせた。だが、両足を大きく開いてしっかり吊るされている以上、どうすることも出来ない。
「そういうわけにはいかないわ。お金を頂いているし、あと、30分、時間が残っていますから」
そう言って京子はローションを手にした。純は足をバタバタさせた。
「京子ちゃん。お願い。部屋から出てってー」
純は身を捩って叫んだ。
「ふふふ。そういうわけにはいかないわよ。お金いただいているお客さんだもの」
京子は純の狂乱など何処吹く風と落ち着いた口調で言った。
「ふふ。純君。おちんちんも、お尻の穴も丸見えよ」
京子は、ことさら純の今の惨状を純に認識させるために発言した。激しい羞恥が純を襲って純の全身がブルッと震えた。京子は純のおちんちんにローションをたっぷり垂らした。
「それじゃあ、マッサージを始めるわ」
そう言って京子は、ローションを純のおちんちんや、金玉や尻の割れ目に、塗り広げていった。
「ああー」
純は、頭を左右に振りながら激しく体を捩らせて叫んだ。
「ふふ。おちんちんがカチカチよ。こんな事されて興奮するなんて、純君って、ものすごいマゾなのね」
京子は純の玉袋を念入りに揉み出した。
「ち、違うんだ」
純は脂汗を流しながら首を振った。
「どうして。こういう格好でマッサージして欲しいって頼んだのは純君じゃない。お尻の穴も丸見えよ」
そう言って京子は純の尻の割れ目をすーとなぞった。
「ひいー」
と純は悲鳴を上げて尻の穴を窄めようとした。
「も、もう死にたい。お願い。もうやめて」
純は泣きそうな顔で哀願した。
「どうして。わざわざ縄まで持ってきて、こういう格好にされたいと頼んだのは純君よ」
京子は意地悪く言った。純は歯をカチカチ噛み鳴らした。
「お願い。お金を倍、払うからやめて」
純は全身をプルプル震わせながら言った。
「お金を倍、払うなら、倍の時間、延長して欲しいってことね。わかったわ。時間を延長して丁寧にマッサージします」
何を言っても京子は意地悪く言い返す。もうどうしようもないとわかると純は、とうとうあきらめて抵抗をやめた。
「も、もう。好きにして」
純は自棄になって言った。純は目をつぶって全身の力を抜いて京子に、されるがままに任せた。京子は、念入りに純の勃起したマラを撫でたり、金玉を揉んだり、尻の穴をなぞったりした。だんだん、純に被虐の感情が起こり出した。京子は純の勃起したマラをゆっくり扱き出した。
「ああー。で、出ちゃうー」
純は叫んだ。
「ふふ。遠慮はいらないわ。出しちゃいなさい」
京子は笑いながら、扱くのを速めた。純の勃起したマラがクチャクチャ音を立て出した。
「ああー。出るー」
純は激しく叫んだ。ピュッ、ピュッと、白濁液が勢いよくほとばしり出た。
「うわー。すごーい」
京子はことさら驚いたように言った。京子は、ティッシュで飛び散った純の精液を拭き取った。純はガックリしている。
「ちょっと待ってて」
そう言って京子は、部屋を出た。そして、蒸しタオルを数枚、持ってきて、純の前に座り、ローションと精液をきれいに拭き取った。純は、足を吊るされているために、グッタリと京子のなすがままにされている。
「ふふふ。純君。気持ちよかったでしょ」
京子は純の体を拭きながら言った。丁寧に拭き終わると京子は、椅子に乗って、純を吊っている縄を解いた。純は後ろ手に縛られているため手を使えない。京子は純にパンツを履かせてから、後ろ手の縄を解いた。縄が解かれると純は、焦って、一目散に服を着た。
「京子ちゃん。お願い。このこと、誰にもいわないでね」
純は真っ赤な顔で京子に言った。
「わかったわ」
京子は笑って言った。そして純は逃げるように、店を出た。

その晩、純は、明日から京子に会わす顔がない恥ずかしさに苦しんだ。口が軽い京子が、はたして黙っているかどうか気になって、なかなか眠れなかった。

   ☆   ☆   ☆

翌日になった。
学校に行った純は京子と目が合うと、京子はニコッと笑った。純は真っ赤になって、さっと目を避けた。
昼休みになった。純の所に京子がやってきた。
「純君。ごめんね。昨日の事、話しちゃった」
京子は、あっけらかんとした口調で言った。
「ええー。誰にー」
純は真っ青になって聞き返した。
「悦子と佳子に」
純は言葉に詰まった。純はそっと後ろを見た。悦子と佳子は純と視線が合うと、ニヤッと笑った。
その日の午後の授業は、純は、頭が混乱して、授業など耳に入らなかった。
やっと午後の授業が終わった。放課後、京子が純の所に来た。
「ねえ。純君。悦子と佳子が純君に話があるっていうの。体育館に来てくれない」
そう言って、京子はパタパタと教室を出ていった。

   ☆   ☆   ☆

放課後。純は、おそるおそる、体育館に行った。京子と悦子と佳子がいた。悦子と圭子は、いきなり、純に襲いかかってカバンをとりあげ、腕を捻り上げた。
「あっ。な、何をするの」
「ふふ。いい事」
そう言って悦子と圭子は純の上着を脱がしてしまった。
「や、やめてー」
純は叫んだが、力のない純はわけもなく上着を脱がされてしまった。二人は純を後ろ手に縛り上げ、その縄尻をマットの持ち手に結びつけてしまった。純は後ろ手の縄尻をマットにつなぎとめられてしまって、これでもう、逃げられなくなってしまった。
「な、何をするの」
純はマットの上に立て膝で座って聞いた。
「純君。話は京子から聞いたわ。純君って、マゾで縛られて回春マッサージされるのが好きなんでしょ。それじゃあ、私達がやってあげるわ」
そう言って悦子と佳子の二人は純のズボンのベルトをはずし、ズボンを脱がせてしまった。そして、パンツも一気に脱がせてしまった。純は丸裸で、ピッチリ腿を寄せ合わせ、おちんちんを見られないようにした。
「ふふ。もう、どうせ逃げられないんだから、覚悟しちゃいなさいよ」
悦子は略奪者が勝ち誇ったように、脱がした純のパンツをヒラつかせた。
「素直にしないと、服を持ってっちゃって、そのままにして、私達、帰っちゃうわよ。そうしたら、純君。どうするの」
佳子が笑いながら言った。
「もう、諦めなさいよ。どのみち逃げられないんだから」
そう言って悦子と佳子は、後ろ手に縛られた純の丸裸の体を前後から触り出した。それは、まるで男が女をいたぶる図だった。二人は自由の利かない純の体を、弄ぶように触った。純は必死に足を寄り合わせて、この屈辱に耐えようとした。悦子が、すっと純の尻の割れ目をなぞった。
「ひいー。やめてー」
純は悲鳴を上げた。
「ふふふ」
悦子は意地悪そうに笑った。
「さあ。純君。足を閉じてないで開きなさい。開かないとマッサージ出来ないわ」
佳子が言った。だが、純はピッチリ足を閉じ合わせている。
「仕方がないわね」
二人は顔を見合わせてニヤッと笑った。そして、それぞれ、純の足首をつかんで、縄で縛った。
「な、何をするの?」
純は恐怖に身を竦ませて聞いた。だが二人は黙っている。二人は顔を見合わせてニヤッと笑った。
「えーい」
悦子と佳子は純の足を思い切り引っ張った。後ろ手に縛られている上、力の弱い純には、女二人の力にはかなわなかった。
「ああー」
純の足はどんどん開いていった。おちんちんが丸見えになった。二人は、それぞれ、純の足首の縄を、マットの持ち手に結びつけてしまった。
「ああー」
純は眉を寄せ、苦しげな表情で叫んだ。だが、もうどうすることも出来ない。
「さあ。寝なさい」
そう言って、悦子は純をマットの上に倒した。純は、同級生の女三人の前で、丸裸を後ろ手に縛られて、両足を大きく開かされて、その足首をマットの持ち手につなぎ止められているという、みじめ極まりない姿である。
「お願い。やめて。見ないで」
純は真っ赤になった顔をそらして叫んだ。だが、女達には、聞く様子など全くなかった。
「うわー。すごーい。私、男の子のおちんちんを見るの、生まれて初めてだわ」
悦子が感激したように言った。
「この機会に男の子の体をしっかり勉強しておきましょう」
佳子がふざけた口調で言った。
「お願い。見ないで」
そう言って純は、足を閉じようとしたが、両方の足首をマットの持ち手に縛りつけられてしまっているので、どうしようもない。
「じゃあ、回春マッサージをしてあげましょう」
悦子が言った。
「でも、回春マッサージって、どういうふうにやるの?」
佳子が聞いた。
「パウダーをふりかけて、そーと爪先を這わせるのよ。くすぐったくて、もどかしい感覚に、男の子はたまらなく興奮するのよ」
昨日、純をマッサージした京子が言った。そして、京子は、パウダーを取り出して、裸の純の全身にふりかけていった。
「さあ。始めましょう」
京子が言った。悦子と佳子は純の両脇に座った。京子は純の開かれた足の間に座った。三人は、ふふふ、と笑いながら、爪先を、そーと純の体に這わせた。悦子は純の体の左側を。佳子は純の体の右側を。そして京子は太腿を。
「ひいー」
純は、脳天を突くような、やりきれない辛い感触に悲鳴を上げた。純は、脂汗を流しながら、全身を激しくくねらせた。だが、後ろ手に縛られたうえ両足をマットにつなぎとめられているので、どうすることも出来ない。
「お願い。やめて」
純は叫んだ。
「ふふ。この、もどかしい、やりきれない感触が最高の快感になるのよ。さあ、もっと、うんと、やりましょう」
京子が、そんな説明をした。
「ええ」
悦子と佳子は、笑って、指先をしなやかに純の体に這わせた。時々、純の乳首をコリコリと捩った。
「うわー。乳首が立ってきたわ」
悦子が言った。純の乳首は勃起して立っていた。
「そうよ。男の子も、乳首を刺激されて興奮すると、勃起して立ってくるのよ」
京子が解説した。京子は、太腿から鼠径部に向けて、そーと指を這わせた。
「ひいー」
純は興奮のあまり、悲鳴を上げた。純は固く目をつぶって闇の世界に入った。しかし、目をつぶると、女三人が、裸の純を、まじまじと見て、弄んでいる光景が想像されてきて、かえって、興奮してきた。しばしの時間がたった。悦子と佳子と京子の三人に弄ばれる、という、この上ない屈辱が、あきらめとともに、だんだん快感になってきた。
「も、もう、どうにでもして」
純は叫んだ。純に被虐の快感が起こり始めた。いったん、受け入れると、被虐の心地よさは、どんどん激しくなっていった。純のマラは激しく勃起し出した。
「うわー。すごーい。おちんちんが、そそりたってきた」
悦子が言った。その言葉は純をよけい興奮させた。純のマラは、いっそう激しくそそり立っていった。
「すごーい。男の子のおちんちんって、勃起すると、大きくなるっていうのは知ってたけど、こんなに大きくなるなんて」
佳子が言った。
「ふふ。純君は、とうとう、私達にいじめられる事を受け入れて、マゾの快感に興奮しだしたのよ」
京子が説明した。
「純君。顔を踏んでもいい」
悦子が聞いた。
「もう、どうとでもして」
純は投げ出すように叫んだ。
「じゃあ、三人で純君を踏んじゃいましょう」
そう言って三人は立ち上がった。悦子は純の顔を踏んだ。そしてグリグリと揺すった。佳子は純の胸に足を載せて、グリグリ揺すった。京子は、純の、マラを踏んだ。
「純君。どう。今の気持ちは」
悦子が純の顔をグリグリ揺すりながら聞いた。
「き、気持ちいいです」
純は押し潰されて歪んだ顔の下から言った。
「ふふ。ついに言ったわね」
悦子は純の口に足をつっこんだ。
「純君は、本当は、こうされたかったんでしょう」
佳子が聞いた。
「はい。そうです」
純は答えた。
「私達の奴隷になる?」
京子が聞いた。
「はい。なります」
純が答えた。
「抜いて欲しい?」
京子が聞いた。
「はい。お願いします」
「じゃあ、抜いてあげるわ」
そう言って、京子は、座って、純のマラを扱き出した。悦子は顔を踏み、佳子は胸を踏んでいる。純のマラは、激しく怒張していった。京子は、扱く度合いを速めた。
「ああー。出るー」
純が叫んだ。ピュッ、ピュッと、大量の白濁駅が放出された。
「すごーい。男の子の射精って、初めて見たわ」
悦子が言った。
「何か、変わった匂いがするわ」
佳子が飛び散った精液に鼻先を近づけて言った。
「こんなに、勢いよく出るなんて知らなかったわ」
悦子と佳子は、初めて見る、男の射精の感想をことさら純に言い聞かすように言った。
「さあ。もう、純君は私達の奴隷よ」
そう言って、京子は、ティッシュで、飛び散った精液をふいた。京子は純の両足の縄を解いた。そして後ろ手の縄も解いた。自由になった純は、パンツを履き、服を着た。

   ☆   ☆   ☆

こんなふうな具合で純は、三人の奴隷になった。
翌日の放課後も純は、三人と体育館に行った。
「さあ。純君。昨日と同じように、回春マッサージをするから裸になって」
京子が言った。純はもう、抵抗しようという気持ちはなくなっていた。むしろ、彼女らに弄ばれることを心待ちしていた。純は言われるまま、素直に学生服を脱ぎ、パンツも脱いで丸裸になった。しかし、やはり、羞恥心はまだあって、手で、おちんちんを覆うようにした。女達は、昨日と同じようにマットを敷いた。
「さあ。純君。マットの上に寝て」
言われて純は、素直にマットの上に仰向けに寝た。
「じゃあ、マッサージを始めるわ」
そう言って三人は、裸の純を取り巻いて、昨日と同じように、パウダーをふりかけて、マッサージを始めた。三人は、すーと、爪先で、触れるか触れないかのぎりぎりの接触で、純の体に指を這わせていった。
「ひいー」
純は被虐の喜悦の悲鳴を上げた。
「どう。純君」
「気持ちいいです」
純はためらいなく言った。三人は純の体を思うさま指先を這わせた。純のマラは、ビンビンに勃起している。もう純には抵抗する様子はなかった。純は、もう三人を受け入れて被虐の快感に完全に浸っていた。三人は、立ち上がって、ふふふ、と笑いながら、昨日のように、純を踏み出した。
「ああー」
純は被虐の悲鳴を上げた。
「さあ。お舐め」
悦子が純の口に足を差し出した。純は悦子の足をペロペロ舐めた。
「どう。純君。奴隷になった気分は」
「し、幸せです」
純はあられもなく言った。もう、純は丸裸を見られることや、裸の体を弄ばれることに抵抗を感じていなかった。被虐の快感に浸りきっていた。三人は、しばし丸裸の純を踏んで弄んでいた。しばし時間がたった。三人は純を踏むのをやめた。どうしてか、と純は疑問に思った。
「ねえ。純君。純君だけにエッチな事をしてしまってごめんなさい」
悦子が謝った。純はこの謝罪の意味が分からなかった。
「いえ。いいです。僕はマゾで女の人にいじめられることに興奮するんですから」
純は言った。
「そう言っても、やっぱり悪いわ。不公平だと思うの。純君だけ裸にして虐めるなんて。純君にも私達を触らしてあげるわ」
純は吃驚した。どうして、そんな殊勝なことを言うのか、どうしても、その意味が分からなかった。
「さあ。純君。起きて」
悦子が言った。言われて純はムクッと起き上がった。目の前では清楚な制服を着た悦子が緊張した面持ちで少しプルプルと体を震わせながら立っている。
「さあ。純君。私を好きなように触って」
悦子の声は少し緊張していた。純は、しばし迷っていたが、
「いいです。僕がいじめられる方が合っています」
と小さな声で言った。
「いいの。純君。遠慮しないで」
悦子は強気の口調で言った。京子と佳子の二人は、マットに座ってニコニコ見ている。純は、わからないまま決心した。純はそっと手を伸ばして、悦子の太腿を触った。柔らかくて温かい女の子の体の感触が伝わってきた。触れた瞬間、悦子の体は一瞬、ピクッと震えた。悦子の太腿を触っているうちに、純はだんだん興奮してきた。悦子も、嫌がる様子も見えない。純は、だんだん図に乗り出して、悦子のスカートの中に手を入れて、パンティーをそっと触ってみた。
「ああっ」
悦子は反射的に声を出してスカートを押さえた。
「ごめんなさい」
純は咄嗟に謝った。そして、あわてて手を引いた。
「ごめんなさい。つい、声を出しちゃって。いいのよ。純君。遠慮しないで。何でも好きなようにして」
悦子は、なだめるように言った。純は、気をとりなおして、恐る恐る、悦子のスカートの中に手を入れて、悦子のパンティーを触った。純は、女の柔らかい盛り上がりの部分をそっと撫でた。初めて、女のアソコを触る心地よさに、純は、だんだん調子に乗ってきて、パンティーの上から、柔らかい、盛り上がりの部分をつまんでみたり、大きな尻を撫でたりした。悦子は、だんだん、ハアハアと息を荒くし出した。純は、パンティーの縁のゴムをピチンと鳴らしてみたり、パンティーの上から、女の割れ目をなぞったりした。
「ああー。いいー」
悦子は、眉を寄せて、苦しげに叫んだ。純も興奮してきた。
「純君。女にもエッチなことをされたい気持ちがあるの。特に生理が近づいてくると、そういう気持ちになるの。でも、男の子は、年中、エッチなことをしたがっているから、怖くてなかなか言い出せないの。一度、許してしまったら、その後、しつこくつきまとわれるのが怖いから。でも、純君は、おとなしいから、安全だわ。それで、純君にエッチなことをしてもらおうと思ったの。だから好きにして」
悦子は、ハアハアと喘ぎながら言った。
「はい」
純が返事した。
「今度は、私を後ろから抱きしめて」
言われて純は立ち上がって、悦子の背後に回って悦子を後ろから、抱きしめた。
「純君。む、胸を揉んで」
悦子はハアハアと息を荒くしながら言った。純は、言われたように、セーラー服の上から悦子の胸を揉んだ。また小ぶりだか、柔らかくて気持ちいい。純はだんだん興奮してきた。
「悦子さん。パンティーの中に手を入れてもいいですか」
純が聞いた。
「い、いいわよ」
悦子が答えた。純は、悦子の胸を揉みながら、スカートの中に手を入れて、片手で、悦子のパンティーの上から、アソコの肉や柔らかい大きな尻をいやらしく揉んだ。
「ああー」
悦子は、足をピッチリ閉じて足をプルプル震わせている。純は、悦子の胸を揉みながら、パンティーの中に手を入れた。そして、直に、悦子の尻を触った。純は悦子の尻や尻の割れ目を念入りに触ったり、撫でたりした後、指を前に回し、女の割れ目に指を割り入れた。そこは粘々、濡れていた。
「悦子さん。濡れてます」
そう言って純は、女の穴に中指を入れた。
「ああー」
悦子は、眉を寄せて苦しげな喘ぎ声を出した。純は、ゆっくり指を動かしながら、片手で悦子の胸を揉んだ。
「ああー。いいー」
悦子は、喜悦の叫びを上げた。
「純君。私の服を脱がして」
悦子がハアハアと喘ぎながら言った。純は、言われたように、背後から悦子の服を脱がしていった。バンザイさせて、セーラー服を抜き取った。そして、ブラジャーの背中のホックを外して、ブラジャーを取り去った。悦子は、思わず、両手で顕になった胸を押さえた。純は、次にスカートのホックを外した。パサリとスカートが落ちて、悦子はパンティー一枚になった。純は、悦子のパンティーの縁のゴムをつかんで、ゆっくり下げていき、両足から抜き取った。これで悦子は、覆うもの何一つない丸裸になった。
「ああっ。は、恥ずかしい」
後ろを向いていると、丸出しの尻が見えてしまう。そのため悦子は、純に向き直り、胸と秘部を手で覆って、マットの上に立て膝に屈み込んだ。
「み、見て。純君」
悦子は言った。言われずとも、純は丸裸の悦子を目を皿のようにして見つめた。
「ああっ。裸を男の子に見られるのも、すごく気持ちがいいわ。女って、みんなマゾの性格があるの」
しばし、悦子は、見られることに陶酔しているかのように、呆けた顔で、じっとしていた。しばしして、悦子は、マットの上に仰向けに寝た。
「さあ。純君。私を抱いて」
悦子が言った。純は、ゴクリと唾を呑んで、裸の悦子の体の上に乗った。裸と裸の体がピッタリと、くっつきあった。
「ああっ。いいわっ。これがセックスなのね」
悦子は言った。
「さあ。純君。何でも好きな事をして。私をうんと弄んで」
悦子が言った。純は悦子を抱きしめ、首筋にキスした。そして、胸を揉んだ。
「ああっ。いいわっ」
悦子が喜悦の雄叫びを上げた。悦子の乳首が、大きくなってきた。純は、それを口に含み、コロコロと舌で転がした。そして、片手で女のまんこを撫でたり、揉んだりしてから、中指を女の穴に入れた。そこは、ネバネバしていた。純は、指を動かしながら、悦子の乳首を吸った。
「ああっ。気持ちいいっ」
悦子は、苦しげに眉を寄せ、叫んだ。
純は指の運動を速めた。
「ああっ。いくー」
悦子は、大きな声で叫んだ。そして、ガックリ虚脱した。
「今のが女のオルガズムなのよ」
座って見ていた京子が純に説明した。
「どうだった。純君」
「気持ちよかったです」
「わ、私も純君に触られたいわ」
悦子の痴態を見ていた圭子が片手をアソコに当てて、片手で胸を揉みながらハアハアと息を荒くして言った。
「圭子。ごめんね。今日は悦子だけにして。あなたは、次の機会にして」
京子がなだめた。
「わ、わかったわ」
圭子はハアハア喘ぎながら答えた。

「純君は、いじめられるのと、セックスと、どっちの方が気持ちいい」
京子が聞いた。
「どっちも気持ちいいです」
「純君はマゾだから、いじめられる方が気持ちいいでしょ」
「そうかもしれません」
「じゃあ、今度は、もっと刺激的なことを、してあげるわ」
そう言って京子は、ふふふ、と笑った。
「どんなことなんですか」
「ふふふ。それは秘密」
京子は意味ありげに笑った。
純は、京子のいう刺激的なこととは何かと、ドキドキした。
悦子と純は服を着た。四人は夕暮れの体育館を出た。

   ☆   ☆   ☆

翌日の放課後。
クラス委員長の京子が立ち上がった。
「女子は残って下さい。特別授業をします。男子は帰って下さい」
クラス委員長の京子が言った。言われて、男子は、わらわらと、教室を出ていった。純も出ていこうとすると、
「純君は残って」
と言って京子が引き止めた。純は、どうして自分だけ残るのか、疑問に思った。クラスの女子の中に一人だけ取り残されて、純は不安になった。
「さあ。純君。こっちへ来て」
京子に言われて純は、不安に震えながら、教壇の方へ言った。純はおどおどしている。
「今日は特別授業をするわ」
京子が教壇に立って言った。
「何の授業?」
女生徒の一人が聞いた。
「保健体育の実習よ。男の子の体の仕組みについて、皆で勉強します」
京子はそう言って、純の方を見た。
「実験台は純君です。さあ。純君。教壇の上に載って」
「ええー」
純は吃驚して叫んだ。
「さあ。純君で男の子の体の仕組みを勉強するんだから、裸になって教壇の上に載って」
京子は情け容赦なく言った。
「京子さん。お願いです。そんな事だけは許して下さい」
「駄目。純君は私達のいう事には何でも従うと約束したじゃない」
京子は強気の口調で言った。どんなに純が頼んでも許してくれる京子の性格ではない。純は、あきらめて、ワナワナと震える手で服を脱ぎ出した。上着を脱ぎ、ズボンを脱いだ。純はパンツ一枚になった。
「これだけは許して下さい」
純は、パンツを押さえながら哀願した。
「仕方ないわね。じゃあ、パンツを履いたままでいいから、教壇の上に載って」
言われて純は、教壇の上に載った。
「さあ。仰向けになって」
京子が言った。言われて純は教壇の上に仰向けになった。
「さあ。みんな来て」
京子が言った。クラスの女生徒は、わらわらと教壇に集まってきた。好奇心で満ち満ちた目で、教壇の上の純を見ている。
「さあ。純君。パンツも脱いで」
京子が言った。
「こ、これだけは許して下さい」
純は泣きそうな顔で言った。純はワナワナと体を震わせている。
「仕方ないわね」
そう言って京子は、スルスルッと純のパンツを抜き取ってしまった。
「ああっ」
純は、思わず声を出した。純は、咄嗟に膝をピッチリと閉じ合わせた。
「純君。足を開いて。それじゃあ、男の子の性器が見えないじゃない」
京子が言った。だが、純は足を開けなかった。どうして、クラスの女子みんなに見られるという屈辱に耐えられよう。
「仕方ないわね」
京子は、悦子と佳子にパチリと目配せした。二人はニヤリと笑って教壇にやってきた。
そして純の足をつかみ、グイと大きく開いた。
「ああー」
純は思わず叫んだ。
「動けないよう、足と手を縛っちゃいましょう」
京子が言った。悦子と佳子は、純の足首を縄で縛って、教壇の下に回して教卓に縛りつけた。両手首も縄で縛って、同様に教卓の下に回して、固定した。純は、足を大きく開いて、教卓に縛りつけられてしまった。
「ああー」
純が苦しげに叫んだ。
クラスの女生徒達は裸の純を食い入るように見つめている。クラスの女生徒、全員に、丸裸を見られると思うと、純は死にたい思いになった。しかしそれと同時に妖しい被虐心が起こってきて、純のマラは、勃起してきた。
「うわー。すごーい」
「なぜ、こんなにそそり立っているの」
女生徒たちは、純のそそり立ったマラを凝視して言った。
「興奮しているからです。男の子はエッチなことを考えると、おちんちんが、このように勃起してくるのです」
京子が先生のように説明した。
「純君は、今、どんなエッチなことを考えているの」
「純君はマゾなので、今、みんなに見られていることに興奮しているのです」
京子が説明した。
「おちんちんの下にぶら下がっているものが金玉ね」
「そうです。これが金玉です。女の卵巣に相当するものです。この中で精子がつくられるのです」
そう言って京子は純のぶら下がった玉袋を指差した。
「どうして体の外に出ているの。大切な物なのに」
「精子は熱に弱いのです。胎児の時は、はじめは体内にありますが、だんだん外に降りてきたのです」
「ふーん。なるほど」
京子は、みなにディスポーザブルの手袋を配った。
「さあ。それをはめて下さい」
言われて、皆は手袋をはめた。
「では、実際に触って、感触を確かめて下さい」
京子が言った。皆はわらわらと寄ってきて、純の金玉や、マラを触っていった。
「うわー。プニョプニョしている」
女生徒は純の金玉を揉みながら言った。
「おちんちんって、こんなに大きく固くなるのね」
女生徒は、純のそそり立ったマラを触りながら驚いたように言った。
「純君のおちんちんは、今は皮で覆われていますが、これは仮性包茎といって、大人になると、剥けてきます」
そう言って京子は、純のマラの皮を剥いた。亀頭を剥き出になった。
「うわー。なんか天狗の鼻みたい」
一人の女生徒が言った。
「悦子。ビーカーを用意して」
京子が悦子に言った。
「オッケー」
悦子はビーカーを持ってきて純のマラの前に用意した。
「では、射精を実演します」
そう言って、京子は純のマラを扱き出した。
「ああっ。京子さん。や、やめてー」
黙っていた純が、恥ずかしさに耐え切れずに叫んだ。だが京子は、やめない。だんだんクチャクチャ音がし出した。
「何なの。その音?」
「これはカウパー腺液といって、射精前に出る少量の液体です」
「どういう働きがあるの」
「これはアルカリ性の液体ですが、精子は酸性に弱いため、射精までの間に、精子の移動経路上の器官を洗浄する目的があります。また性交時に陰茎と膣の粘膜同士の摩擦を低減する目的もあります」
京子は淡々と説明した。
「ああー。出るー」
純は叫んだ。悦子が純のマラの先にビーカーを当てた。ピュッ、ピュッと勢いよく精液がビーカーの中に射出された。
「うわー。すごーい。男の子の射精って、初めて見たわ」
「射精は、一回きりなの」
「いえ。何回でも、射精します」
「どうして」
「純君の年頃の男の子は、性欲が盛んなので、すぐに精子がたまってくるのです。出してみましょうか」
「うん。やって」
女生徒が言った。
「や、やめてー」
純は叫んだ。
だが京子は、また手袋をはめて純のマラを扱き出した。悦子が純の尻の割れ目をすーとなぞった。
「ひー」
純は悲鳴を上げた。
佳子は純の乳首を揉んだ。しばしすると純のマラは、また激しくそそり立ってきた。
「ああー。出るー」
純は再び叫んだ。ピュッ。ピュッ。と精液が出た。
「すごーい。ほんとだ。純君って、真面目そうにしてるけどエッチなんだ」
皆は、感心したように言い合った。一人が、精液の入っているビーカーをとって、鼻を近づけた。
「うわー。なんか、すごい匂い」
一人が言うと、どれどれと、他の女生徒たちも、精液の匂いを嗅いだ。
「ほんとだ。すごい匂い」
女生徒たちは、口々に言い合った。
皆が、嗅ぎ終わると、京子はビーカーの精液をスポイトで吸いとって、スライドガラスの上に垂らし、カバーガラスを載せて、プレパラートをつくった。そして顕微鏡の上に固定した。
「さあ。のぞいてごらんなさい」
言われて皆は、顕微鏡をのぞいた。
「すごーい。たくさんのオタマジャクシみたいなのが、すごい速さで動いてる」
「これが精子です。このたくさんの精子のうち、一つが卵子にくっつくと受精するのです」
「この精子が私の卵子とくっついたら、純君の頭のいい遺伝子によって、頭のいい子が産まれて来るのね」
と一人の女生徒が言った。
「それはわからないわ。あなたの頭の悪い遺伝子の方が遺伝するかもしれないじゃない」
「それもそうね」
と言って、皆はどっと笑った。
「ねえ。京子。精液の中には、どの位の数の精子があるの」
一人の女生徒が聞いた。
「一億から四億ほどあります。この精子の一つが卵子に着くのが受精です」
「じゃあ、この精子は、私の卵子を求めて、こんなに活発に動いているのね」
一人が言った。
「違うわよ。純君の精子は私の卵子を求めているのよ」
別の女生徒が言った。
「ねえ。純君。純君は誰の卵子とくっつきたい?」
女生たちは純の顔を覗き込んで聞いた。
「も、もう。許して。いっそ、殺して」
純はあまりの屈辱に耐え切れなくなって叫んだ。
しかし女たちは、興味津々とした顔つきで顕微鏡を覗いていった。

しばしして京子は純の顔を覗き込んだ。
「純君。ごめんね。今度は純君を楽しませてあげるわ」
京子はそう言って、皆に向き直った。
「皆さん。じゃあ、今度は、男の子に触ってもらう体験をしてみましょう」
京子が言った。
「ええー。恥ずかしいわ」
女生たち全員が言った。
「その点は大丈夫よ」
そう言って、京子は、純に白い手拭いで目隠しをした。そして京子は純の手の縄を解いた。手が自由になっても、足は教壇に縛りつけられている。純は、グッタリしていて、起き上がろうとする気力も無かった。
「さあ。これで、誰が触られてるか、わからないわ。これなら、触られても安心でしょう」
そう言って京子は、皆を安心させた。
「そ、そうね」
一人が少し不安げに言った。
「じゃあ、二人ずつ、純君の両側に立って」
京子が言った。二人の女生徒が純の両脇に立った。
「さあ。純君。両側にクラスの女の子がいるから、スカートの中のパンティーを触ってあげなさい」
京子に言われて、純は自由になった両手を伸ばした。すぐに柔らかい太腿に触れた。純はスカートの中に手を入れて、太腿を触ったり、パンティーを触ったりした。純は、優しいので撫で方は上手い。パンティーの盛り上がりの部分を、やさしく撫でたり、肉をつまんだりした。そして下の女の割れ目の部分をすーとなぞったりした。両側の二人の女はだんだん興奮し出した。
「ああっ。いいっ」
二人は苦しげに喘ぐようになってきた。
「パンティーを脱いで、直接、触られてごらんなさいよ。もっと気持ちよくなるから」
京子が言った。二人は、少し赤面しながらもスカートの中に手を入れて、パンティーを下げて抜きとった。そして、また純の傍らに立った。
「はい。純君。また、触ってあげて」
純は目隠しされているので何も見えない。京子に言われて純はまた手を伸ばした。スカートの中に手を入れると、女のアソコの柔らかい肉が触れた。
「ああー」
女は思わず声を出した。無理もない。生まれて初めて男に、アソコを触られてたのだから。純は、しばし、やさしく割れ目を撫でていたが、中指を立てて、女の穴に差し入れた。
「ああー」
女は指を入れられて、苦しげに叫んだ。純は少し、穴の中でゆっくり指を動かしてみた。
「ああっ」
女は、喘ぎ声を出して、眉を寄せて、苦しそうに足をプルプル震わせている。だんだん、クチャクチャという音がし出した。愛液が出始めたのである。
「ふふ。どう。男の子にアソコに指を入れられる感じは」
京子は純の両側の二人の女に聞いた。
「き、気持ちいいわ」
女は、プルプル体を震わせながら、苦しそうに体をくねらせながら言った。
「じゃあ、そろそろ交代よ。純君。指を出して」
京子に言われて、純は女の穴に入れていた指を抜きとった。指は愛液でベッタリと濡れていた。京子はティシュペーパーで、濡れた純の指をふいた。
「さあ。次はあなた達よ」
京子は、次の女生徒二人を指差した。二人は、前の二人と同じように、純の横に立った。純は、同じように二人のアソコを愛撫した。こうして女生徒たちは、全員、純に触られた。
女たちはボーと酩酊した表情である。
「じゃあ、今日の特別授業は、これで終わりにします」
京子はそう言って、教卓に縛りつけられている純の足の縄を解いた。目隠しも解いた。純は、クラスの女達の嘲笑するような視線に耐えられなくて、急いで教卓から降りて、パンツを履き、制服を着た。
「純君。今日はありがとう」
女達は、純を笑顔で見ながら、カバンを持って教室を出て行った。
純は一人になると、わっと泣き出した。

   ☆   ☆   ☆

その翌日。朝の登校時。
「おはよう。純君」
と女生徒たちは嬉しそうに声をかけた。純の全身は声をかけらる度にビクンと震えた。
純はクラスの女たち全員に怯えていた。クラスの女たち全員に裸を見られてしまったのである。しかも射精するところまで見られ、精子まで観察されてしまったのだ。純も、クラスの女達のアソコを触ったが、目隠しされているため、触ったまんこが誰のかは、わからない。女達はそれに安心している。これは、女達に圧倒的に有利で、純にとって、圧倒的に不利である。

純が席に着くと、ある女生徒が、純の所にやってきた。
「ふふふ。純君の、おちんちん、見ちゃった」
と言って悪戯っぽく笑った。
「・・・」
純は、黙っている。
「でも私のアソコも触られちゃったから、おあいこね」
「・・・」
「でも、純君のような、真面目で優しい人に、触られたんだから、私、かえって嬉しいくらいだわ」
「・・・」
そう言ってから黙っている純をよそに、彼女は、去っていった。
「ねえ。純君。物理で解らないところがあるんだけど教えて」
別の一人の女が元気よく純の所に来た。
「ここがわからないの。教えて」
と言って女は教科書を開いた。
「知らない」
純は教科書も見ずに、跳ね除けるように言った。
「ずるいわ。私のアソコを触っておいて」
彼女は口を尖らせて、駄々をこねるような口調で言った。
純は仕方なく教科書を見て教えた。

その日の昼休み。
クラスのリーダー格の森田が京子の所に来た。
「京子。ちょっと話があるんだ。理科室に来てくれ」
森田が言った。
「な、何の用なの」
京子は聞き返した。
「まあ、それは理科室で話すよ」
そう言って森田はニヤリと笑って去って行った。

   ☆   ☆   ☆

放課後になった。京子は、一人、理科室に行った。
戸を開けると、森田がタバコを吸いながら机の上に胡坐をかいて座っていた。
「な、何の用なの。森田君」
京子が聞いた。
「ふふ。京子。見てたぜ。昨日、お前らが純を裸にして楽しんでるのを」
森田はふてぶてしい口調で言った。
京子は背筋がぞっとした。
「た、楽しんでなんかいないわ」
京子は焦って言った。
「じゃあ、何なんだ」
「ほ、保健体育の実習です」
京子は苦し紛れの口調で言った。
「おい。皆、入ってこい」
森田が大声で言った。するとクラスの男子達がゾロゾロと入ってきた。純はいなかった。
「ふふふ。昨日の放課後、女達と純だけが、遅くまで残っているから、何やってんのかと思って、隠れて見てたんだ」
男の一人が言った。
「ふふ。首謀者は京子だな。ちゃんと見てたぜ」
京子は真っ青になった。
「ち、違うわ。純君がマゾで、何でもやってって頼んだから仕方なくやっていたの」
京子は脂汗を流しながら苦しげに言った。
「まあ、ともかく。女達だけ、保健体育の実習をするってのは不公平だな。オレ達も、女の体の実習をしなくちゃ不公平だな」
「・・・・」
京子は言い返せず唇をキュッと噛みしめている。
京子は真っ青になって竦んでしまった。教室は男子生徒と京子だけである。
「さあ。それじゃあ、これから保健体育の実習だ。女の体の仕組みについて、京子で勉強するぞ」
京子は黒板の前で、立ち竦んで動けなくなってしまっている。女のか弱い体力では、逃げることは出来ない。それに、純をさんざん弄んでしまった弱みがあるから、先生に助けを求めることも出来ない。
「さあ。京子。服を脱いで裸になりな」
森田が言った。

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卍(まんじ)(小説)(2)

2020-07-07 08:14:21 | 小説
だが男子生徒の刺すような熱い視線が京子の体に集まっているので、京子は立ち竦んだまま何も出来ない。
「さあ。早く脱ぎな。脱がないと、お前が純にした事を先生に全部、報告するぞ」
森田が恫喝的な口調で言った。だが京子は、どうしても脱げない。どうして花も恥らう乙女が、クラスの男子達の前で、裸になることが出来よう。
「ゆ、許して。森田君」
京子は救いを求めるように森田を見た。
「しょうがないな。じゃあ、全部は脱がなくてもいい。パンティーだけになりな」
森田は口を尖らせて言った。パンティーは許してもらえるということが京子をかろうじて安心させたのだろう。京子は、男子生徒の見守る中、ワナワナと服を脱ぎ出した。セーラー服を脱ぎ、スカートを脱ぎ、ブラウスを脱いだ。京子の体を覆う物はパンティーとブラジャーだけになった。京子はブラジャーをはずす事をためらって、許しを求める視線を森田に向けた。
「それもとるんだ」
森田は容赦なく命令した。京子は背中に手を回してブラジャーのホックを外して、ブラジャーもそっと床に置いた。京子は覆いのなくなった胸を隠そうと、両手でヒシッと胸を覆った。森田はつかつかと、戸惑っている京子の背後に回ると、無防備になっているパンティーのゴムの縁をつかんだ。そして一気にずり下げて、片足ずつ持ち上げて、パンティーを抜きとってしまった。
「ああっ」
京子は、思わず叫んだが、もう遅かった。
「おおっ。すげー」
クラスの男達は丸裸になった京子を見て感嘆した。森田は京子の服を全部、持ち去って机の上にドッカと座った。
「も、森田君。約束が違うわ。パンティーは脱がなくてもいいと言ったじゃない。パンティーを返して」
京子は必死に訴えた。
「別に約束が違ったりはしないぜ。パンティーを自分で脱ぐのは恥ずかしくて、出来ないだろうから、代わりにオレが、脱がしてやろう、という意味だったんだ。お前の早トチリだぜ」
確かに言葉の点では矛盾がない。京子は言い返せなかった。京子は、アソコを手で押さえて立ち竦んでモジモジした。それ以外、京子に何が出来よう。服をとられている以上、教室から出ることも出来ない。
「すげー。京子の丸裸が見られるなんて夢のようだな」
「こうやってモジモジしてるのを見るのが一番、楽しいな」
「アソコを見られるのが恥ずかしいなら後ろを向けよ。そうしたらアソコを手で隠さなくてもいいじゃないか」
「でも、そうしたら尻の割れ目を見られちゃうじゃないか」
「それなら尻の割れ目を手で隠せばいいじゃないか」
「それも恥ずかしい姿になるじゃないか。違うよ。後ろを向いたら、何をされるか分からないから、怖くて後ろは向けないんだよ。オレ達の動向に対して警戒してなきゃならないから、前を向くしかないんだよ」
男達は口々に勝手なことを言い合った。
「おい。みんな。今日は女の体の構造と生理を調べる貴重な実習だぞ。みんな。京子の前に集まれ」
森田が真面目っぽく言った。
「ああ。そうだったな。もっと間近で見ようぜ」
そう言って、男達は席を立って、ゾロゾロと黒板の前の京子の所に集まっていった。それは、ちょうど生殖において、一つの卵子に無数の精子が集まる様子と似ていた。
「い、いやっ。来ないで」
卵子は生物学的法則と違って、集まってくる精子から身を引こうとした。男達は京子の体に触れんばかりに間近に近づいた。
「うわー。すげー。こんなに間近に女の裸を見るのは生まれて初めてだよ」
男達はみな、鼻息を荒くして京子の体をじっくりと見た。皆は、手を伸ばして京子の太腿や尻を触り出した。
「うわー。柔らかくて、気持ちいい」
京子の太腿に手を伸ばして触った男が言った。
「オレ。母親が、オレが子供の時、死んじゃったから母性愛に餓えているんだ。一度、女の太腿にしがみつきたいと思っていたんだ」
そう言って彼は、京子の太腿にしがみついて太腿に頬ずりした。
「どれどれ。尻の穴を見てみよう」
そう言って一人が、京子の後ろに回って、尻の割れ目を開き出した。
「ああー。や、やめてー」
京子は、尻の肉に力を入れて、割れ目をキュッと閉じ合わせた。
「おい。遊びはそれくらいにして、女のアソコの構造をしっかり調べるぞ」
森田が言った。
「おい。京子。教壇の上に乗って仰向けになるんだ」
森田が言った。だが京子はピッチリと足を寄せ合って動こうとしない。
「仕方がないなあ」
森田は、男子の四人に目配せした。目配せされた四人は、ニヤリと笑って、京子の手足をつかんだ。
「嫌っ。やめてっ」
京子は抵抗してジタバタしたが、四人の男の力には敵わない。京子は持ち上げられて教壇の上に仰向けに乗せられてしまった。森田が縄を渡した。四人は、それぞれ、京子の手首、足首を縛って、教壇にくくりつけた。京子は教壇の上で大きく足を割り開かされ、大の字にさせられてしまった。これでもう胸もアソコも隠しようがなくなった。
「み、見ないで。お願い」
京子は、憐れみを乞うような口調で言った。だが、そんな哀願が、性欲まっ盛りの男達に通用するはずがない。男達は初めて見る女の秘部を、目を皿のようにして見つめた。京子は恥ずかしくて赤くなった顔をそらした。
「すげー。女のここの実物を見るの、生まれて初めてだよ」
言われて京子の体はピクッと震えた。男達はしばし、京子の丸出しになった女の割れ目を生唾をゴクリと飲み込みながら見つめつづけた。頭にしっかりと記憶させるように。
「この中はもっと複雑になっているんだ。よし。じゃあ、割れ目の中を調べよう」
そう言って森田は、京子の閉じ合わさった割れ目を指で大きく開いた。つるつるしたきれいなピンク色の粘膜が現れた。
「うわー。オマンコの中ってこんなになっていたのか。まるで内臓みたいだ」
「そうだよ。ここはもう、内臓なんだ。唇の中と同じさ」
「これ何だか知ってるか?」
森田は、割れ目の上の方を開いて小さな突起を指差した。
「し、知らない。一体、何なの」
「クリトリスさ。男のおちんちんに相当する物さ。ほら。こうやれば皮が剥けるだろ」
そう言って森田はクリトリスの皮を剥いた。
「本当だ。一体、それ何をするものなんだ?」
「これは女の性感帯だ。ここを刺激すると女は興奮するんだ」
そう言って、森田は京子の顔を覗き込んだ。
「お前もオナニーする時、ここを揉むだろう?」
「し、しません。そんなこと」
京子は真っ赤になって首を振った。
「ふふ。本当かな」
森田はそう言って、クリトリスをゆっくり揉み始めた。
「ああっ」
クリトリスがみるみる大きくなっていった。
「や、やめて。森田君」
森田は揉むのをやめた。京子は、ハアハア苦しげに息をしている。
「ほらな。こういう風に興奮するだろ」
森田は、あたかも実験のように説明した。
「本当だ。クリトリスって名前は聞いたことあるけど、こういうものだったとは知らなかった。すごい勉強になるな」
真面目なのかふざけているのかわからない口調で一人が言った。
「セックスでおちんちんを入れる女の穴ってどこにあるの。見当たらないけど」
一人が言った。
「あっ。あった。小さな点が見えるよ」
そう言って彼はピンク色の膣前庭の中の小さな点を指差した。
「違うよ。それはオシッコが出る穴だよ」
森田が言った。
「どうして?オシッコが出る穴が、おちんちんを入れる穴だろ」
「違うよ。お前、全然、わかってないな。男はオシッコと精液が出る穴はおちんちんの先で同じだけど、女は、オシッコが出る穴と、おちんちんを入れる穴が別なんだ」
「ふーん。知らなかった。そんなこと」
男は感心したように言った。
「じゃあ、セックスの時の穴ってどこにあるの?」
「ここだよ」
そう言って森田は、膣前庭の下の方を大きく開いた。そこには窄まった穴が確かにあった。
「あっ。本当だ。窄まった穴がある。随分、下なんだな」
「ここが、おちんちんが入る穴なんだ。この穴の中に膣壁があって、その奥に子宮があるんだ。ここが本来の性感帯で、この穴の中を刺激されると、女はすごく興奮するんだ」
そう言って森田は京子に視線を移した。
「京子。お前も、オナニーする時は、ここに指を入れてこするだろ」
「し、しません。そんなこと」
「そうかな」
森田はしたり顔で、中指を京子の女の穴に差し入れた。窄まっていた穴に森田の指がスルッと入った。まるで蛇が卵を飲み込むようにスルリと。
「すげー。指が入っちゃったよ」
男達は感心したように言った。森田はしたり顔で、入れた中指をコニョコニョと動かし出した。
「ああー」
京子は、苦しげに眉を寄せて、体をくねらせて、尻をプルプル震わせながら、苦しげな喘ぎ声を出した。京子はハアハア喘ぎ出した。
「ほら。京子は今、気持ちいいんだよ」
森田はしたり顔で言った。京子のアソコがクチャクチャ音を立て出した。同時に、白い粘っこい液体が穴から溢れ出てきた。
「うわー。すごい。ネバネバした液体が出てきた。何なの。これ」
「ふふふ。これが愛液さ。女は興奮すると、この愛液が出てくるのさ」
「何で、そんな液体が出てくるの」
「男のおちんちんを受け入れやすくするためさ。乾いているより、濡れている方が、液体が潤滑油になって、おちんちんが入りやすくなるだろ。京子は今、男を求めているんだ」
「森田君。やめて。お願い。指を抜いて」
京子は体をプルプル震わせながら言った。
「じゃあ、お前のオナニーについて正直に言いな。月に何回くらい、どんな時にオナニーするんだ。正直に言ったら指を抜いてやる」
そう言いながら森田は、指を動かしつづけた。
「い、言います。生理前になると、エッチな気持ちになってきて、オナニーしてしまいました。生理前に、三回くらいオナニーしています」
京子は焦って早口に言った。
「よし。一応、言ったから、指を抜いてやろう」
そう言って森田は指を抜いた。指には、べったりと京子の愛液がついていた。森田はそれをティッシュで拭き、京子のまんこについている愛液もティッシュで拭きとった。
「すごいな。女って皆、こんなにエッチなの」
「人によって違うよ。京子の場合、淫乱度が相当、強いな」
「女の性感帯って、クリトリスと膣だけなの」
「違うよ。女は全身が性感帯だよ。だけど人によって一番、興奮する所は違うんだ。よし。じゃあ、今度は、京子の胸の感度を調べてみよう」
そう言って森田は京子の胸に視線を向けた。
「京子は胸も大きいから、胸の感度もいいだろう」
そう言って森田は京子の丸出しになっている乳房をゆっくり揉み出した。時々、乳首をそっとつまんだ。だんだん京子の乳首が大きくなり出した。
「ああっ」
京子は、また苦しげに眉を寄せて、小さく喘いだ。
「すげー。京子の乳首が大きくなってきたよ」
一人が言った。
「乳首も女が興奮すると勃起するんだよ」
そう言って森田は、しばし京子の乳首を揉んだ。男達は羨ましそうに京子を弄んでいる森田と、弄ばれている京子を見た。
「他にも、京子の感じる所を探してみよう。女は全身が性感帯だからな」
そう言って森田は、京子の首筋や耳朶をそっと撫でたり、脇腹をすーと撫でたり、足の裏をコチョコチョくすぐったりした。森田の全ての行為に京子は、
「ああー」
と、苦しげに喘いで、体を激しくくねらせた。
「すごいな。京子は全身が性感帯だ」
森田は京子の脇腹をすーと撫でながら言った。
「オレにもやらせて」
傍で見ていた一人が、もう耐え切れないといった様子で、京子の胸に手を伸ばした。彼は京子の胸を揉んだり、乳首をつまんだり、口に含んだりした。すると、他の者達も、
「オレも。オレも」
と言いながら、京子の体を触り出した。無数の手が京子の体に伸びていった。
「ふふ。心ゆくまで京子の体の感触を味わいな」
森田は余裕の口調で言って身を引いた。皆は、貪るように京子の柔らかい体を揉んだり舐めたりした。
「ああー。やめてー」
京子は悲鳴を上げつづけた。
これ以上の屈辱があろうか。丸裸にされ、大の字に教壇の上に縛りつけられて、身動きのとれない体を、クラスの男子に寄ってたかって、弄ばれているのである。
二人が両側から、京子の乳房を片方ずつ揉んだ。
「ふふ。乳房にマッサージや愛撫をすると、乳腺を刺激することでバストの血行が良くなり、胸が大きくなるんだ。うんと揉んでやれ」
森田は笑いながらそんなことを言った。
「よし。それなら京子の胸を大きくしてやろう」
言われた二人は、そう言って京子の乳房を荒々しく揉んだ。

アソコに真っ先に飛びついたのは、京子にラブレターを出したことのある、熱烈に京子を好いている助平である。京子は、ラブレターの返事をせず、それ以来、助平を無私した。助平はクラスの女生徒のスカートを、相手かまわず、めくったり、女子のパンティーを盗んだりとスケベな上、顔も性格も悪く、京子は助平につきまとわれたくなかったのである。

助平は、目の色を変えて、京子の女の割れ目を開き、女の穴に指を入れ、ハアハアと息を荒くしながら、さかんに指を動かした。
「おい。どうしたんだよ。助平。そんなに興奮して」
京子の胸を揉んでいる男が聞いた。
「オレ。オナニーする時は、いつも京子のことを思い浮かべていたんだ。京子を丸裸にして縛りつけ、ラブレターの返事を無視したことを泣きながら謝る京子を嬲ることを想像してオナニーしてたんだ。その夢が実現したんで、もう嬉しいやら、幸せやらで、頭が混乱しているんだ」
そう言って、助平はクリトリスを剥いたり、尻の肉を揉んだりしながら、割れ目に鼻を間近に近づけてクンクンと嗅いだ。
「ああー。いい匂いだ」
助平は上ずった声で叫びながら、さかんに穴に入れた指を動かした。
「す、助平君。ラブレターの返事をしなかったことは心より謝ります。ごめんなさい」
京子はハアハアと息を荒くしながら言った。
「どうして返事をしなかったんだ」
助平が聞いた。
「そ、それは。助平君ほど、品行方正で、カッコいい男の人は、私には分不相応だと思ったからなんです」
京子は苦しげな口調で言った。
「ふん。見え透いたウソを言うな。お前はオレなんかに、つきまとわれるのがイヤで無視したんだろうが」
「ち、違います。決してそんなことはありません」
京子は激しく首を振った。美しい艶のある長い黒髪が左右に揺れた。
「ふん。見え透いたウソ言わなくていいぜ。うんと気持ちよくしてやるぜ。その代わり、たっぷり楽しませてもらうぜ」
そう言って、助平は指をさかんに動かした。ある所を刺激すると、京子は、
「ああー、い、いっちゃう」
と、一際、大きな叫び声を上げた。京子はブルブルと全身を激しく震わせた。愛液がドクドクと出始めた。
「ふふふ。ここがお前のGスポットなんだな」
助平はしたり顔で言った。
「おい。Gスポットって一体、何なんだよ」
助平の隣の男が聞いた。
「Gスポットっていうのは、膣壁にある、女が最も感じる所なんだ」
助平は得意げに言った。
「おい。もう、そろそろ交代しろよ。オレにも京子のまんこを触らせろよ」
助平が、いつまても京子のまんこを弄んでいるので、他の男が不満そうに言った。
「おれもだよ」
「おれもだよ」
男達は口々に言い合った。
「よし。じゃあ、アソコは出席番号順に触っていきな」
森田が言った。
「よし。じゃあ、おれだ」
男子で出席番号が一番の男が、前に出た。彼は京子の割れ目を念入りに弄り出した。他の男達は、京子の乳房を揉んだり、太腿を触ったり、脇腹や脇の下を触ったり、口を開いて中を覗き込んだり、美しい長い黒髪をいじったり、と京子の体を皆で寄ってたかって、弄くった。
「ああー。お願い。やめてー」
京子は男達に寄ってたかって弄ばれて、激しい興奮から髪を振り乱し、体を激しくくねらせた。
「すげえ。京子のまんこが、オレの指を締めつけてくるよ」
京子のまんこを弄んでいる男が言った。
「ふふ。女は感じると膣が収縮するんだ。体が男を欲しがっているのさ」
森田が得意げに言った。
「どうだ。京子。気持ちいいだろう」
「も、森田君。や、やめて。お願い。こんなこと」
京子はハアハアと喘ぎながら言った。
「おい。森田。京子はやめてって、いってるぜ。どうしてなんだ」
「それは京子が人間だからさ。動物には恥の概念がないだろ。しかし人間には恥の概念があるからさ。京子の体は今、男を求めているんだけど、その気持ちを受け入れないように理性で食い止めているんだ。今、京子の頭の中では、動物としての本能と、人間としての理性が戦っているんだ」
森田は得意げに説明した。
「もっと、うんと京子を弄んで、京子の理性をなくしてしまえ」
森田が言った。
「よし。わかった」
男達は、一層、愛撫を激しくした。
「ああー」
京子は男達に寄ってたかって弄ばれて、髪を振り乱し、体を激しくくねらせた。
「オレ。もう、出したくって我慢できないよ」
助平がビンビンに勃起したズボンの股間をさすりながら言った。
「オレもだよ」
「オレもだよ」
皆が勃起した股間をズボンの上から、さすり出した。
「じゃあ、出しちゃえよ。京子に出してもらえ」
「どうやって」
「マラを出して京子に扱いてもらうのさ」
「でも、京子にマラを見られるの、恥ずかしいな」
「お前。何いってんだよ。京子は丸裸なんだぞ。オレ達も性器を出せば、京子の恥ずかしさが軽減するじゃないか。人間、思いやりの心が大切だぞ」
「そ、それもそうだな」
そう言って男達はズボンを脱ぎだした。そしてパンツも脱いだ。皆のマラは天狗の鼻のように激しくそそり立っている。
「おい。京子。片手の縄をはずしてやるから、皆のマラを扱いてやりな」
森田はそう言って京子の右手の手首を縛っている縄を解いた。京子は教壇の上に両足を固定されている。片手が自由になったことで、起き上がることは出来るが、京子は身も心も疲れ果てた様子でグッタリしている。それに、起き上がったとしても、すぐに男達に取り押さえられてしまうのは明らかである。
「じゃあ、誰からにするかな・・・」
森田が独り言のように呟いて、男達を見回した。
「オレにしてくれ」
助平が名乗りを上げた。
「よし。いいだろう。お前が一番、ザーメンが溜まっているみたいだからな」
助平は京子の右側に立った。天狗の鼻のように、助平のマラは、激しくそそり立っていた。
「さあ。京子。助平のマラを扱いてやりな」
森田が言った。京子は森田に言われて、チラッと横を向いた。目と鼻の先に、助平の天狗の鼻のように怒張したマラがせり上がっている。京子は、顔を赤らめてサッと顔を反対側に向けた。
「京子。オレもう出そうで、我慢の限界なんだ。扱いてくれ」
助平が言ったが、京子は、手を伸ばすことが出来ない。
「おい。京子。助平のマラを握って扱いてやれ」
森田が言ったが、京子は手を伸ばせず困っている。助平がしびれを切らしたように、京子の手をグイとつかむと、自分の怒張したマラを握らせた。
「ああっ」
京子は思わず声を出した。
「さあ。京子。オレのマラを扱いてくれ」
助平が鼻息を荒くしながら言った。一旦、触ってしまった以上、離すことも決まりが悪くて出来ない。

京子は、ゆっくりと助平のマラを扱き出した。
「ああー。いいー。憧れの京子に、マラを扱いてもらえるなんて、夢のようだ」
助平は声を震わせて叫んだ。しばし京子は助平のマラを扱いた。京子の頬は、ほんのり紅潮してきた。京子の手の動きは、命じられたから嫌々やっているだけではないように見えた。
「ふふふ。女は興奮すると男を求めるようになるのさ。フロイトも言っているが、女は男の男根を求める願望があるんだよ」
森田はそんなことを言った。
「あ、ああー。で、出るー」
助平は出そうになる精液を必死で耐えているといった様子である。助平は、体をガクガク震わせながら、片手で京子のまんこを触って、中指を京子の穴に入れた。そして、指を動かし出した。そして、もう一方の手で京子の胸を揉んだ。京子のアソコから愛液が出始めて、クチャクチャと音を立て出した。
「あ、ああー。い、いっちゃうー」
京子が眉を寄せて体をブルブル震わせて叫んだ。助平は京子のGスポットを知っている。Gスポットを巧みに刺激されたのだろう。京子のまんこからは愛液がドクドク溢れ出した。
「ああー。いくー」
京子が叫んだ。京子は助平のマラをより一層、激しく扱き出した。クチャクチャと射精の前に出るカウパー腺液の音がしだした。
「ああー。出るー」
助平が叫んだ。
「ああー。いくー」
京子が叫んだ。
助平の亀頭からピュッ、ピュッと勢いよく精液がほとばしり出た。精液は京子の顔に命中した。
二人は同時にいった。
助平も京子も、ハアハアと荒い呼吸をしていた。しばしして落ち着きを取り戻すと助平は、ティッシュペーパーで、京子の頬っぺたについている精液をふきとった。
「どうだった」
森田が聞いた。
「京子と一体になったようで、最高に幸せだ」
そう言って助平は京子に向き直った。

「好きだー。京子」
助平はそう言って、京子を抱きしめて、京子の唇を吸った。だが京子は抵抗しようとしなかった。しばし助平は京子の唇を吸いつづけた。プハー。しばしして、助平は口を離して大きく深呼吸した。
「やった。オレ。京子とディープキスしちゃったよ。京子の歯や口の中を舐めまくっちゃったよ。京子の口の中はヌルヌルで、唾液をいっぱい吸っちゃったよ」
助平は、小躍りしながら言った。京子は顔を左にそむけた。頬がほんのり紅潮していた。
「ふふ。京子も素直になってきたんだ」
森田が勝ち誇ったように言った。
その時。ピュッと白濁液が飛んだ。
「ああー」
一人の生徒が、大声をあげた。彼は情けなさい顔つきで森田を見た。
「オレ。ちんちん揉んでたら、出ちゃったよ」
彼は情けなさそうな顔で言った。
「ばかだなあ」
森田はやれやれといった感じで言った。
「おい。森田。オレも、もう出ちゃいそうだよ。早くしてくれよ」
「オレもだよ」
「オレもだよ」
皆が口々に言った。
「よし。わかった」
森田は、京子の左手の縛めも解いた。
「せっかく京子がいるのに、自分で出しちゃったんじゃ勿体ないじゃないか。京子の左手も自由にしたから、一度に二人、京子の両側に立って、出してもらえ」
森田の提案によって、二人が同時に京子の両側に立った。
「おい。京子。みんな、もう出る直前なんだ。両手を使って二人同時に抜いてやりな」
京子は、顔を赤らめながら、黙ったまま、両側に立っている二人のマラに手を伸ばした。そして両側の二人のビンビンに勃起したマラに手が触れると、ゆっくりと扱き出した。

男達は皆、出る直前なので、京子が少し扱くと、すぐに、
「ああー。で、出るー」
と苦しげに叫んだ。すぐに白濁液が勢いよく飛び出た。
そうやって、男達全員が、たまっていた精液を放出した。
「あー。楽しかった」
「これからも実験させてもらうぜ」
男達は口々に言いあった。京子はグッタリして横になっている。男達はティシュでマラをふくと、パンツを履き、ズボンも履いた。
森田はグッタリしている京子の足の縄を解いた。京子は自由になったがグッタリと机の上に横たわっている。男達はそんな京子を人形のように、パンティーを履かせ、ブラジャーをつけ、セーラー服を着せた。

「そういえば悦子と圭子も主犯格だな。あいつらも弄ぼうぜ」
森田はズボンを履きおえると独り言のように言った。
「実際の所、誰にどの位の割合なのかは、わからないな」
一人が言った。ピクッと京子の体が動いた。京子は、何か言いたそうだか、言えないといった迷った表情で眉根を寄せて困惑した表情で森田を見た。
「おい。京子。全て私の責任です、って言えば、悦子と圭子には手を出さないぜ」
一人が言った。京子は黙って唇を噛みしめている。
「普通、友達思いの女だったら、悦子と圭子は許してやって。私が何でもされます、とか言うんだよな」
と一人が言った。
「でも京子としては、自分一人が犠牲になるより、悦子と圭子も、同じ目にあった方が、生贄が三人に分配されるから、都合がいいんじゃないか」
別の男が言った。
「そうだよな。でも、それは友達を裏切ることになるからな。そこは京子も迷うところだろうな」
「おい。京子。明日の放課後、悦子と圭子の二人を理科室に呼び出すからな。二人を助けたいなら、二人に告げてもいいぜ。それは、お前の判断に任すよ」
男達は、そんなことを言いながら、もどかしそうな京子を余所に、笑いながら理科室を出て行った。

   ☆   ☆   ☆

翌日。
京子は朝からオドオドしていた。昼休みも黙って一人で机についていた。京子は、一人ブツブツと般若心経を一心に唱えていた。その時、悦子と圭子がやってきた。
「どうしたの。京子。元気ないわね。何かあったの」
「い、いえ。な、何もないわ」
「ねえ。京子。また、純君でアレをやりましょう。私、生理が近づいてきて、毎日ムズムズしているの」
悦子が言った。
「私も」
圭子が相槌を打った。
「ダメ。絶対、ダメ」
京子が教室中に聞こえるほどの大きな声で言ったので、皆は驚いて京子を見た。
「び、びっくりしたあ。でも、どうして?」
京子は、男達を見た。男達はニヤリと笑った。京子は横目で男達を見ながら言った。
「あれは実験でしょ。実験というのは一度すればいいでしょう。理科の実験で同じ実験を二回したりする?そんなこと決してないでしょう」
京子はニヤついている男達の方を向きながら言った。理科の実験という言葉を強調した。
「でも、楽しい実験なら何度やってもいいんじゃない」
「ダメ。実験される動物の身になってごらんなさい。何度も同じ実験をされたら、される動物が可哀相でしょ」
京子があまりにも激しく訴えるので、二人はたじろいだ。
「一体、どうしたの。京子」
悦子が聞いた。
「そうよ。あなた、今日、何かおかしいわよ。何か、悩み事があるの?悩み事があるなら言って。相談にのるから」
「な、ないわ。悩み事なんて」
「え、悦子。圭子。私、風水をしてるんだけど、今日、理科室の方角に悪いことが起こりそうな予感がするの」
二人は顔を見合わせた。
「いきなり、どうしたの。京子」
二人は怪訝な顔で京子を見た。
「京子。保健室に行ったら」
圭子が言った。
「そ、そうね。わかったわ。私、ちょっと保健室に行くわ」
そう言って京子は教室を出て行った。京子は、保健の先生に、今日は早退して医者にかかるように言われて、おぼつかないフラフラした足取りで、そのまま学校を早退した。
森田はニヤリと笑った。

昼休み。森田が悦子と圭子の所に来た。
「おい。悦子。圭子。ちょっと話があるんだ。放課後、理科室に来てくれ」
「何の用?」
「それは放課後に理科室で話すよ」
そう言って森田は去って行った。

   ☆   ☆   ☆

放課後になった。
悦子と圭子の二人は、理科室に向かった。
「何の用かしら」
「わからないわ」
二人は首を傾げながら理科室に入った。理科室には森田が座っていた。
「森田君。一体、何の用?」
悦子が聞いた。森田はニヤリと笑った。
「お前達、一昨日、純を裸にして、女子全員で弄んだだろう。ちゃんと見ていたぜ」
二人はギョッとした。
「あ、あれは・・・」
と言って二人は言いためらった。あれは京子が主犯とは、言えなかった。そう言うには自分達が積極的に関わり過ぎた。それで、少し躊躇してこう言った。
「あれは、男の子の体を知る実験だったの。純君も同意してくれたし・・・」
「同意したんなら神聖な学校で、あんな事してもいいのか?」
二人は言い返すことが出来ない。唇を噛んで黙っている。
「おい。みんな。入って来い」
森田が大きな声で言った。戸が開いて、男子生徒達がゾロゾロ入ってきた。純はいなかった。
「じゃあ、同意したんなら、あんな事やってもいいのかどうか、先生に聞いてみようじゃないか」
森田が二人に言った。二人は言い返せなくて唇を噛みしめている。
「それでな。オレ達も女の体を知る勉強として、昨日、主犯の一人の京子に実験台になってもらったんだ。だけど、主犯は京子一人じゃなくて、お前達もだろ」
森田が薄ら笑いしながら言った。
「えっ。きょ、京子が」
二人は目を見合わせた。
「もし、先生に言ったら、内申書に何て書かれるかな」
一人が嘯いた口調で言った。
「京子一人だけが実験台になるってのは、可哀相じゃないか」
一人が嘯いた。
「じゃあ、選択肢をやるよ。先生に知らせて、お前達の行為の判断をしてもらうか、それとも、お前達も実験台になるかだ」
「せ、先生には、い、言わないで」
悦子が言った。
「じゃあ、実験台になるというんだな」
森田が念を押した。
「・・・・」
二人は黙っている。
森田が続けて言った。
「じゃあ、第二の選択肢だ。お前達のどっちか一人だけが実験台になり、もう一人は無罪放免とするか、二人一緒に実験台になるかだ。どっちにする?」
二人は青ざめた顔を見合わせた。二人にとって友情の裏切りは出来ないことだった。また、恥ずかしいことでも、二人なら耐えられる。二人は目を見合わせて友情の手を握り合った。
「じゃあ、二人一緒ってことだな」
森田は満足げに言った。
「け、圭子。二人で一緒に地獄に落ちましょう」
悦子が言った。
「ふ、二人一緒なら、怖くないわ」
と声を震わせながら圭子が言った。
「じゃあ、まず服を全部、脱いで素っ裸になりな」
森田が言った。だが、そう言われても二人はなかなか脱げない。それはもっともで、花も恥らう乙女がどうして、いつも授業を共にしている男子達の前で裸になることが出来ようか。
「ええい。じれってえな」
森田は男達に目配せした。男達がわらわらと二人の前に集まってきた。
「な、何をするの」
二人はジリジリと後ずさりした。
「それっ」
一人の掛け声で男達は二人に襲いかかった。男達は二人の手を背中に捻り上げた。
「な、何をするの」
捕まえられて二人は声を震わせて言った。
「お前達は自分では脱げないから、オレ達が脱がしてやるんだよ」
そう言って一人が悦子のスカートのホックを外そうとした。その時。
「待て」
森田が制した。
「裸になるのが恥ずかしいんだから、まず服を着たままで調べようぜ」
森田はニヤリと笑った。
「なるほど。痴漢プレイってわけか」
助平がニヤリと笑った。男達は服を着た二人の上から、二人の体を触り出した。制服の上から胸を触ったり、スカートの上から尻を撫でたりした。
「い、嫌っ。や、やめてっ」
二人は抵抗した。だが男達に、両腕を捩じ上げられているので、か弱い女の力では、どうすることも出来ない。男達はだんだんハアハアと息を荒くしながら、セーラー服の中に手を入れて、ブラジャーの上から胸を揉んだり、スカートの中に手を入れてパンティーの上から尻やアソコを触ったりし出した。
「い、いいな。こうやって、触るのも」
一人がハアハアと息を荒くしながら言った。
「い、嫌っ。お願い。やめてー」
二人の女は身を捩って訴えた。
「よし。それじゃあ、そろそろ脱がしな」
森田が言った。
「ゆっくりと、時間をかけてな」
森田はニヤリと笑ってつけ加えた。男達は森田に言われてニヤリと笑った。男達は、セーラー服をたくし上げて、女にバンザイさせ、首からスポリと抜きとった。そしてスカートのホックを外した。パサリとスカートが床に落ちた。一人の男が女のセーラー服とスカートを勝ち誇ったように持ち去った。女はブラジャーとパンティーだけである。二人の腕を捩じ上げて、とりおさえている男達は、悦子と圭子の体を男達の方に向けさせた。男達は、涎を垂らしながら、二人の下着姿を見つめた。
「み、見ないで」
女は男達の視線に耐えられなくて、ピッチリと太腿を寄り合わせた。助平が、ふふふ、と笑いながら、ブラジャーの乳首の所をコリコリと刺激した。
「ああー。や、やめてー」
女は叫んだ。だが助平はやめない。眉を寄せて苦しげな表情である。
「ふふふ。こうやると、ブラジャーと乳首が擦れあって、女はたまらなくなるんだ」
助平は女の胸をしばし、刺激した後、パンティーに移った。他の男達も、女のブラジャーの上から、胸を触りだした。そしてパンティーも触った。女はピッチリ足を閉じて、腰を引いている。
「ほら。もっと足を開きな」
男が言っても、女は、
「嫌っ」
と言って頑なに足を閉じ合わせている。
「仕方がないなあ」
そう言って、二人の男が女の足を一本ずつ持って、グイと足を開いた。か弱い女の力では男二人の力には敵わない。女は閉じていた足を開かされた。
「ああー」
女は叫び声を上げた。男達は、アソコの盛り上がった部分を撫でたり、揉んだり、股の真下の凹んだ所を丹念に触った。股の真下の凹みを触られると、女は、
「ああー」
と悲鳴を上げた。そして男たちは鼻先を近づけてクンクンと匂いを嗅いだりした。男達は、パンティーの尻のゴムの縁を引っ張って離し、弦楽器のようにピチンと音をさせてみたり、
「Tバック」
と言って、パンティーのゴムの縁を引っ張って、尻を剥き出にしたりした。他の男達は、太腿にしがみついたり、腹を触ったりした。
「や、やめて」
女は泣きそうな顔で訴えた。
「おい。もう、そろそろ悪戯はやめて脱がしてやりな」
森田がそう言ったので男達は、女から手を離した。
「ブラジャーとパンティーと、どっちから先に脱がして欲しい?」
一人が聞いた。
「ものの順序としてブラジャーから脱がすのが、妥当だろう」
一人がそんな意見を言った。
「でも、そうしなければならないという決まりはないぜ」
男達は口々に勝手なことを言い合った。
「じゃあ、本人に決めてもらおう」
そう言って一人が悦子の顔を見た。
「おい。悦子。ブラジャーとパンティーと、どっちから脱がして欲しい?」
男は悦子の顔を覗き込んで聞いた。悦子は黙って紅潮した顔を、そむけている。
「返答なしか。じゃあ、好きにさせてもらうぜ」
そう言って男は、悦子のブラジャーの下の縁をムズとつかむと、ペロリとめくり上げた。ブラジャーの中に収まっていた乳房がもろに露出した。
「ああー」
悦子は思わず叫んだ。ブラジャーは乳房の上にめくり上げられてとどまっている。実にみじめな格好である。男は、ふふふ、と笑いながら、パンティーのゴム縁に手をかけた。悦子はヒシッと腿をピッタリくっつけた。男はゆっくりとパンティーを下げていった。やがてアソコの毛が現れ始めた。さらに下げていくと、アソコの盛り上がった所が露出した。
「や、やめてー」
悦子は耐えられないといった表情で叫んだ。だが男は、さらにパンティーを下げていき、太腿の真ん中で降ろすのをやめた。
「小休止」
と言って男はパンティーから手を離した。パンティーは中途半端に脱がされて、あたかも太腿という木の幹に引っかかっているように見える。パンティーの縁のゴムの収縮によって、ヒシッと太腿にくっついて動かない。大きな尻は割れ目までが全て丸見えである。

助平は、圭子も同様にした。ブラジャーを捲り上げ、パンティーを中途半端に降ろした。
「ははは。なかなか、いい格好だな」
男達は笑って揶揄した。
「このまま後ろ手に縛って、自由にして、二人がどうするか見るのもいいな」
一人がそんな提案をした。
「おい。悦子。圭子。このまま後ろ手に縛られて見られるのと、中途半端じゃなく、パンティーとブラジャーを脱がされるのと、どっちがいい?丸裸になっても手が自由になれば、手で隠すことは出来るぜ」
二人の女の腕を捻り上げている男の一人が言った。悦子と圭子は困惑した顔を見合わせた。
「言わないと、縄で後ろ手に縛るぞ」
別の男が言った。
「ぬ、脱がして下さい」
悦子は、顔を真っ赤にして言った。これは当然の選択だろう。こんなブラジャーとパンティーを脱がされかかった姿で後ろ手に縛られて、自由を奪われて、こんな格好を見せ物にされるのは惨め極まりない。
「ふふふ。言ったな。じゃあ、脱がしてやるよ」
悦子と圭子の前にいた男達は、してやったりと、二人のパンティーを降ろして足から抜きとった。腕を背中に捻り上げていた男達は二人の腕を離した。そしてブラジャーのホックを外して、ブラジャーを外した。男達は、ブラジャーとパンティーを持ち去った。男達は、机の上や椅子に座って、丸裸の二人を食い入るように見つめた。丸裸の二人は近寄りながら自由になった手で、アソコと胸を手で隠した。
「じゃあ、これから何をするか、だが、京子は教壇の上に縛られて、男全員にアソコに指を入れられて愛撫されたんだぞ。お前達もそうされたいか?」
森田が言った。男達全員が中指を立てた。
「や、やめて。そんなこと。お願い」
二人は必死で訴えた。
「じゃあ、選択肢をやるよ。お前達二人も京子と同じようにオレ達全員に弄ばれるか、それとも、二人でレズショーをするかだ。レズショーをするなら、オレ達は見ているだけにするよ」
悦子と圭子の二人は顔を見合わせた。
「け、圭子。男に触られるより、女同士なら恥ずかしくはないわよね」
悦子が言った。
「そ、そうよね」
圭子が声を震わせながら相槌を打った。
「よし。決まりだ。二人でレズショーをしな」
森田が言った。
「な、何をすればいいの?」
悦子が聞いた。
「まず二人で向かい合わせにピッタリと体をくっつけ合って抱きあいな」
森田が言った。二人はギョッとした。
「そうすれば、恥ずかしい所が見えないですむぜ」
男の一人が言った。
「け、圭子。こ、これは悪い夢だと思って我慢しましょう」
悦子が言った。
「そ、そうね」
圭子が声を震わせて相槌を打った。二人はピッタリと体をくっつけて抱きしめあった。お互い相手の背中に手を回して。
「よし。じゃあ、二人でキスしあいな。ディープキスだぞ。いいと言うまでするんだぞ」
森田が言った。
「け、圭子。こ、これは悪い夢だと思って我慢しましょう」
悦子が言った。
「そ、そうね」
圭子が声を震わせて相槌を打った。二人の女はそっと口唇を触れ合わせた。
「おい。ディープキスだぞ。舌を絡め合って、唾液を吸いあうんだ」
森田が命令的な口調で言った。二人は、捨て鉢になったように、唇を強く合わせた。二人が、唾液を吸い合っていることは、喉仏がヒクヒク動いているのでわかった。
10分くらいした。
「よし。もう、いいだろう」
森田が言った。二人は唇を離した。二人の顔は、羞恥と酩酊で、ほんのり紅潮していた。二人は、お互いの目が合わないよう視線をそらした。
「ご、ごめんね。圭子」
悦子が言った。
「い、いいの」
圭子が言った。
「ふふ。二人とも少し、心境が変わったようだな。よし。今度は乳首の擦りっこだ。お互いの乳首を擦りあったり、乳房を押しつけあったりするんだ。これも、いいと言うまでやるんだぞ」
森田が言った。
「圭子。我慢してね。これは悪い夢だと思って」
悦子が言った。
「ええ」
圭子が返事した。二人は、お互いの肩に手をかけた。
そして、お互いそっと胸を近づけた。二人の乳首が触れ合った。二人は相手の肩をつかみながら、乳首を擦り合わせた。二人の乳首は、まるで、じゃれあう動物のように、弾き合ったり、押し合ったりした。だんだん二人の乳首が大きく尖り出した。二人の呼吸はハアハアと荒くなってきた。
「け、圭子。わ、私、何だか変な気持ちになってきちゃった。な、何だか凄く気持ちが良くなっちゃったの」
悦子が虚ろな目つきでハアハアと息を荒くしながら言った。
「わ、私も。悦子」
圭子が相槌を打った。二人は、しばらく、もどかしげに乳首を擦り合わせていたが、次には森田に言われるともなく、乳房を擦り合わせた。二人は乳房を押しつけたり、擦り合ったりさせた。二人の乳房はだんだん大きくなっていった。まるで生き物のように、お互いの二つの乳房が、意志を持っている生き物のように相手の乳房を揉み合っているようだった。時々、乳首が触れ合うと、二人は、
「ああっ」
と苦しげに喘いだ。
「け、圭子。中途半端な気持ちでいると、かえって辛いわ。いっそのこと、開き直って、行き着くとこまで行きましょう」
悦子が提案した。
「ええ。そうしましょう」
圭子が相槌を打った。二人は、いっそう激しく乳房を押しつけ合った。二人の顔は鼻先が触れ合わんばかりに近づいている。
「よし。またキスをしな」
森田が言った。
二人の目と目が合った。暗黙の了解を二人は感じとっているように見えた。二人は、そっと顔を近づけていった。二人の乳房はピッタリと密着して、平べったく押し潰されている。二人の唇が触れ合うと、二人は、男達に見られているのも忘れて、無我夢中でお互いの口を貪り合った。お互い、両手を相手の背中に回して、ガッチリと抱きしめ合っている。しばしして、二人は唇を離して、ハアハアと大きく深呼吸した。二人は恥じらいがちにお互いの顔を見つめ合った。
「圭子。好き」
悦子が言った。
「悦子。私も好き」
圭子が言った。二人は再び、尖って大きくなった乳首や乳房を擦り合わせ出した。二人は、これでもか、これでもかとさかんに乳房を押しつけ合った。そして、唇をピッタリと合わせてお互いの口を貪り合った。
「ああー。圭子。好きー」
悦子が大声で叫んだ。
「私も好きよ。悦子」
圭子も大声で叫んだ。二人はもう一心同体だった。男達は二人の本物のレズショーを、口をポカンと開けて眺めていた。
「ふふふ。おい。悦子。圭子。胸だけじゃなく、アソコもお互い愛撫しあいな。女同士なら、どこが感じやすいか、男よりよく知っているだろう」
森田が言った。
言われて、悦子はそっと、圭子を抱いていた右手を下に降ろして行った。そしてアソコに手を当てて、しばしアソコの肉を揉んだり撫でたりした。ややたって悦子は中指を圭子のアソコの割れ目に入れて、ゆっくり動かし出した。
「ああー」
圭子はプルプル体を振るわせ出した。圭子も右手を降ろして、悦子のアソコを触り出した。この苦しい快感に対処する一番の方法は、相手を、自分がされている以上に責めることである。圭子も中指を悦子のアソコの割れ目に入れて、ゆっくり動かし出した。
「ああー」
悦子は苦しげに眉を寄せて、大きな喘ぎ声を出した。
悦子は中指を立てて圭子の女の穴に入れ、ゆっくりと指を動かし出した。
「ああー」
圭子はプルプル体を振るわせた。悦子に負けてなるものかと、圭子も中指を立てて悦子の穴に入れ、ゆっくりと指を動かし出した。
「ああー」
悦子もプルプル体を振るわせた。確かに男より女同士の方が、感じる急所を知っている。男は女の反応だけを頼りに、手探りで、わけもわからず女の性感帯を探すしか方法がない。しかし女は感じる場所や、刺激を高めるやり方を自分の体によって実感として知っているから、男よりはるかに愛撫の仕方が上手いのである。二人のアソコがクチャクチャ音を立て出した。アソコからネバネバした液体が出始めた。
「あ、ああー。か、感じるー」
悦子が叫んだ。
「あ、ああー。感じちゃうー」
圭子も体を震わせながら叫んだ。二人は指の蠕動をいっそう速めていった。
「ああー。いくー」
ついに悦子が叫んだ。
「ああー。いくー」
圭子も叫んだ。二人は、
「ああー」
と、ことさら大きな声を出して全身をガクガクさせた。まるで痙攣したかのようだった。二人は同時にいった。
「ふふ。二人ともいったな」
森田がニヤリと笑った。
二人はガックリと床に座り込んで、ハアハアと荒い呼吸をした。
男達は、勃起したマラをズボンの上からさすりながら、二人の愛撫を無心に眺めていた。
だんだんと二人の呼吸が落ち着いてきた。
「よし。今度は毛の剃りっこだ。二人でお互いのアソコの毛を剃りあいな」
森田は言って、一人の男に目配せした。目配せされた男は、ホクホクした顔つきで、洗面器を持ってきた。洗面器の中には、ハサミ、剃刀、ボディーソープ、タオルが入っていた。
「よし。この机の上に乗って仰向けに寝て、アソコの毛をきれいに剃りあうんだ」
森田が言った。その机は、六人がけの大きな実験机だった。
「さあ。はじめな」
森田が言った。悦子と圭子の二人は困惑した顔を見合わせた。机の上に仰向けに寝て、毛を剃るとなれば、足を大きく開かねばならず、アソコを男子達にもろに見られてしまう。
「わ、私が先に剃られるわ」
悦子が言った。
「い、いえ。私が先になるわ」
圭子が言った。お互いを庇い合おうとする健気な気持ちである。
「じゃあ、ジャンケンで決めましょう」
「ええ」
二人はジャンケンした。
「じゃんけんぽん」
悦子がチョキを出し、圭子がグーを出した。
「ま、負けたわ。私から先に剃られるわ」
そう言って悦子は机の上に乗り、仰向けに寝た。
「ほら。早く剃りな」
森田が急かした。圭子は躊躇いがちに机の上の悦子を見た。
「いいの。圭子。遠慮しないで剃って」
丸裸で机の上に仰向けに寝ている悦子が促した。
「わ、わかったわ」
圭子はハサミをとると、悦子の恥毛をつまんで、ジョキジョキと切り出した。おおかた切りおわった。芝を刈り取られた後のように、盛り上がった恥丘と、女の割れ目の全貌がはっきりと丸見えになった。しかし、まだ坊主刈りのように、短く刈られた毛が低く残っている。一人の男が、洗面器を持って水道に行き、洗面器を水で満たした。そして、また机にもどってきて、洗面器を机の上に置いた。
「ほら。剃刀できれいに剃りあげな」
男が言った。
「悦子。ごめんね。膝を立てて、足を大きく開いて」
圭子に言われて悦子は、膝を立てて、足を大きく開いた。毛の無くなったアソコの割れ目が丸見えになった。
「おおっ。すげー」
男子達は思わず、身を乗り出して一斉に目を見張った。
「は、恥ずかしいわ」
悦子は顔を真っ赤にして言った。足先がプルプル震えている。圭子は、洗面器の水をすくって、悦子のアソコを湿らせた。そしてボディーソープを塗った。
「ご、ごめんね。悦子」
そう言って、圭子は、剃刀で短くなった毛を、剃り出した。剃ると、その部分はつるつるになった。
「一本の剃り残しもないようにするんだぞ」
森田が声をかけた。圭子は、言われたように、丁寧に剃ってから、タオルで拭いた。まだ剃り残っている毛があるので、圭子は水とボディーソープを、そこにつけては、残っている毛を剃った。完全にきれいに剃り上げると、圭子は丁寧にタオルで拭いた。男子達は、身を乗り出して一斉に悦子のそこを見つめた。そこは毛が全て剃らてれツルツルになっていた。悦子の割れ目からは白っぽい液体が出ていた。
「おおっ。すげー。愛液が出てるよ。こんな風にみんなに見られて感じてるんだな」
「そうだよ。女には、みんな露出願望があるんだ。夏になると、女はみんな、ピチピチのビキニを着るだろう。女は男に自分の体を見られたいんだよ」
森田が言った。
「え、悦子。おわったわ」
圭子が声をかけると、悦子は、急いで足を閉じた。
「ああっ」
悦子はきれいに剃られた自分のアソコを見て思わず赤面した。
「じゃあ、今度は私を剃って」
圭子が言った。悦子は机から降りると、今度は圭子が机の上に乗って、仰向けになった。悦子が先に剃られて、みなに見られているので、後の圭子は、それほど動じなかった。悦子も圭子のアソコの毛をきれいに剃り上げた。
悦子は、剃り上げた所をタオルで拭いた。そして、
「おわったわ」
と圭子に知らせた。圭子は、開いていた足を閉じて、机から降りた。二人は、毛のなくなったアソコを恥ずかしそうに手で隠した。
「ふふ。何で毛を剃ったか、わかるか」
森田が聞いた。二人は紅潮した顔を見合わせた。二人は、わからず眉をしかめて黙っている。
「ふふ。レズショーをやりやすくするためさ。悦子。圭子。お前達は、この机の上に乗って69をするんだ」
森田がしたり顔で言った。
「ええー」
二人は顔を見合わせて真っ赤になった。だが、男達に囲まれていて逃げられるものではない。それにもう二人は他人ではない。レズショーをやると約束したのである。
「け、圭子。あ、諦めてやりましょう」
悦子が言った。
「そ、そうね。悦子」
圭子が相槌を打った。
「じゃ、じゃあ、私が下になるわ」
圭子はそう言って、机の上に乗って仰向けに寝た。
「さ、さあ。悦子。来て」
圭子が言った。
「じゃ、じゃあ、乗るわね」
そう言って悦子は机の上に乗った。そして圭子と反対向きに、悦子の上に跨って四つん這いになった。圭子の顔の真上には、悦子の、きれいに剃られたアソコがある。悦子の顔の下には、圭子のきれいに剃られたアソコがある。男達は二人の乗っている机の回りを取り囲んだ。四つん這いの悦子は、尻の穴までポッカリ男達に晒している。
「ふふふ。悦子。尻の穴が丸見えだぜ」
森田が揶揄すると、悦子は顔を真っ赤にして、
「ああー」
と叫んだ。必死で尻の穴を窄めようとしたので尻の穴がヒクヒク動いた。
「さあ。69でレズショーを始めな」
森田が命令した。
「け、圭子。約束した以上、仕方がないわ。やり合いましょう」
悦子が言った。
「そ、そうね」
圭子が相槌を打った。
「け、圭子。もう、こうなったら、中途半端じゃなく、何もかも忘れて、徹底的にやりあいましょう。中途半端な気持ちでいると、かえって辛いわ。いっそのこと、開き直って、行き着くとこまで行きましょう」
悦子が言った。
「そ、そうね。私達、もう他人じゃないんだから」
圭子が言った。悦子の目の前には圭子のつるつるになった丘がある。圭子は膝を立てて足を開いた。
「圭子。すごく形のいい太腿ね。私、いつも、うらやましく思ってたの」
そう言って悦子は、圭子の太腿のあちこちに接吻した。
「ああっ」
圭子は太腿に接吻されて小さな喘ぎ声を出した。圭子の真上には、悦子の股間の全てが見える。
「悦子。あなたのお尻も大きくてすごく形がいいわ」
そう言って、圭子は両手で悦子の大きな尻を撫でた。
「圭子。毛がなくなって、つるつるになって、すっきりしたわね」
そう言って、悦子は圭子のつるつるになった女の恥肉を撫でたり、つまんだりと色々と弄くった。
「毛がないと、すごく感触がいいわ」
そう言って悦子は、毛のなくなった圭子のアソコをさかんにキスした。そして舌でペロペロ舐め出した。
「ああー」
悦子にアソコをキスされて、恥ずかしいやら気持ちいいやらで、圭子は喘ぎ声を出した。圭子も手を伸ばして悦子の毛のなくなったアソコを触った。圭子の方が下なので、寝たままで両手を自由に使える。圭子は車体の下から上を見上げながら車の底を修理する自動車修理工のような体勢で、悦子の股間を色々と、弄くった。アソコの肉をつまんだり、大きな柔らかい悦子の尻に指先を軽やかに這わせたり、ただでさえ開いている尻の割れ目をことさらグイと開いたり、尻の割れ目をすーと指でなぞったりした。尻の割れ目をなぞられた時、悦子は、
「あっ」
と叫んで、反射的に尻の穴をキュッと窄めようとした。
「どうしたの。悦子」
圭子が聞いた。
「そ、そうやられると、感じちゃうの」
悦子が言った。
「悦子の一番の性感帯は、肛門なのね」
圭子が言った。
「違うわよ。そんな所、触れられたの生まれて初めてだもの。誰だって感じちゃうわ」
圭子は、ふふふ、と笑った。まるで相手の弱点を知って得意になっているようだった。圭子は、悦子の大きな尻を軽やかな手つきで、指を這わせた。そして、時々、すーと尻の割れ目を指でなぞった。
「ああー」
悦子は尻の割れ目をなぞられる度に悲鳴を上げた。圭子は、ふふふ、と悪戯っぽく笑った。
「け、圭子。わ、私も遠慮しないわよ」
悦子はそう言って、圭子の女の割れ目に舌を入れて舐め出した。
「ああっ。悦子。やめて。そんなこと」
圭子は、激しく首を振って言った。だが、悦子は圭子の言うことなど聞かず、唇で小陰唇を挟んだり、クリトリスをペロペロ舐めたりした。圭子は、
「ああー」
と羞恥の声を上げた。悦子は四つん這いで膝を立てていて、圭子は寝ているため、口が悦子のアソコにとどかない。だが手は自由に動かせる。圭子も悦子の小陰唇を開いて、中指を入れた。
「ああっ」
と悦子が声を出した。圭子はゆっくり指を動かし出した。そして、首を起こして、圭子も悦子のアソコを舐めた。
「ああっ」
悦子が苦しげな声を出した。圭子は、再び首を降ろして、右手の中指を悦子の割れ目の穴に入れた。舐めた後だったので、濡れていて、指はヌルリと容易に入った。圭子は、穴に入れた指をゆっくり動かしながら、左手で、悦子の尻の割れ目をすーとなぞった。
「ああー」
敏感な所を二箇所、同時に圭子に責められて、悦子は、眉を寄せて苦しげな喘ぎ声を出した。悦子も負けてなるものかと、中指を圭子の穴に入れ、ゆっくりと動かし出した。
「ああー」
圭子も眉を寄せ、苦しげな喘ぎ声を出した。女同士なので、どこをどう刺激すれば感じるかは知っている。だんだんクチャクチャという音がし出して、ネバネバした白っぽい液体が出始めた。二人は愛撫をいっそう強めていった。
「ああー。い、いくー」
悦子が叫んだ。
「ああー。い、いくー」
圭子が叫んだ。二人は、
「ああー」
とことさら大きな声を出して全身をガクガクさせた。まるで痙攣したかのようだった。
二人は同時にいった。悦子はガックリと倒れ伏して、ハアハアと荒い呼吸をした。
「ふふ。早くも二回もいったな」
森田がしたり顔で言った。男達はみな、呆気に取られた顔していた。
「女は男と違って、射精がないから、何度でもいくことが出来るんだ」
森田が得意顔で説明した。
悦子は圭子の体の上に倒れ伏し、虚脱したようにグッタリとなった。二人はしばし、ハアハアと荒い呼吸をしていた。

だんだん二人は呼吸が元に戻って落ち着いてきた。二人は机の上で、グッタリしている。
「よし。もう、いいだろう」
森田は男達に目配せした。男達はタオルを水に湿らせてグッタリと脱力している悦子と圭子の汗だくになった体を拭き、濡れたアソコも拭いた。そして、人形のように、二人にパンティーを履かせ、ブラジャーをつけた。二人は人形のように男達のなすがままに身を任せていた。服を着せられると二人は、ゆっくり起き上がって机の上に横座りになった。
「ふふ。よかったな。レズの関係になれて」
森田が皮肉っぽく言った。
「レズは、一度やると、病みつきになるというからな。ほどほどにしときな」
森田は、そんなことを言った。
「おい。お前達、レズをする時は、オレ達に知らせな。オレ達が見ていてやるよ。お前達も、人に見られていた方が興奮するだろう」
森田が言った。二人は黙って紅潮した顔をそむけた。
「ところで純を実験台にすると、最初に言い出したのは誰だ」
二人は顔を見合わせた。
「そ、それは京子よ。京子のお姉さんが、マッサージ店で回春マッサージをしているから、そこに純君を行くように誘ったの。それで純君が行って、二度目に京子が、お姉さんの代わりに裸の純君をマッサージして、それを弱みにして、純君を奴隷にしちゃったの」
「じゃあ、主犯は、京子だな」
「そうよ。私達は京子に誘われて仕方なく手伝ったのよ」
「この前、京子を実験台にした時、今日、お前達を理科室で弄ぶ、と京子に知らせてやったんだぜ。京子から聞かなかったのか」
「き、聞かないわ」
「京子が自分一人が犠牲になると言ったら、お前達二人は見逃してやると京子に言ったけど、京子は言わなかったぜ。京子はお前達を地獄の道連れにしたんだ」
二人は不快そうな顔を見合わせた。
「そうだったの。今日、何だか、京子の様子がおかしいと思ったわ。でも、京子もずるいわ。私達を地獄の道連れにしようなんて。言い出したのは京子なのに」
悦子がふくれっ面で言った。
「そうよ。友達を思いやる気持ちがあれば、言ってくれてもよさそうなものだわ」
圭子が言った。二人の不満は京子に向かった。
「じゃあ、明日の放課後、京子をここに連れてきな。お前達も二人きりより、京子もレズの関係にさせたいだろう」
森田が言った。二人は顔を見合わせた。
「そ、そうね。京子が主犯だもの」
悦子が言った。
「友情を裏切った罪が京子はあるわ」
圭子が言った。
森田は、ふふふ、と笑った。
「じゃあ、今度は京子を連れてきな」
森田は言った。
「よし。じゃあ、今日はこれで終わりだ」
森田が男達に声をかけた。男達はゾロゾロと理科室を出て行った。

   ☆   ☆   ☆

翌日の学校である。京子は、おどおどした様子で教室に入ってきた。キョロキョロ教室を見回した。悦子と圭子と目が合うと、あわてて目を避けて急いで自分の席に着いた。すぐに悦子と圭子がやって来た。
「おはよう。京子」
悦子と圭子が京子に元気良く挨拶した。
「お、おはよう。悦子。圭子」
京子は、おどおどした口調で挨拶した。
「あ、あの・・・」
京子がもどかしそうに二人に話しかけた。
「なあに。京子」
悦子が元気に聞き返した。
「あ、あの。昨日、何かあった?」
京子が聞いた。
「なんのこと?」
悦子が首を傾げて聞いた。
「理科室には行った?」
京子が聞いた。
「昨日、京子が、理科室は鬼門だって言ってくれたじゃない」
悦子が元気良く答えた。
「そ、そう。それは良かったわ」
京子は、ほっとしたような表情で言った。京子は、キョロキョロと男子生徒達を見た。皆、三々五々、お喋りしていて、誰も京子を見ていない。京子は、ほっとした。
ジリジリジリー。
始業のベルが鳴った。皆、急いで自分の席に着いた。

   ☆   ☆   ☆

その日の放課後になった。
悦子と圭子が京子の所にやって来た。
「ねえ。京子。ちょっと用があるんだけど、付き合ってくれない」
悦子が言った。
「いいわよ。何の用」
京子は答えた。
「ちょっと、ここでは言えないわ。理科室に来てくれない」
悦子が言った。
「わかったわ」
悦子と圭子と京子の三人は理科室に行った。入るや否や、京子は机の上にピョンと乗った。
「なあに。用って。今度、どんなことをして純君を弄ぶかの相談?」
京子はウキウキしながら聞いた。
「京子。あなた、昨日、純君を、もう弄んじゃいけないって、言ったじゃない。どういう気の変わりよう」
京子はキョトンとした顔つきで二人を見た。
「それは、人間の心っていうものは、変わるものじゃない」
京子は笑いながら言った。
「京子。でも、あなた、ちょっと朝令暮改がはやすぎるわ」
悦子が言った。
「そうよ。京子。あなた。ちょっと軽率すぎるわ」
圭子が言った。
その時、戸がガラリと開いて男子生徒達がわらわらと入ってきた。京子は吃驚した。
「な、何。一体どういうことなの?」
京子があわてて聞いた。
「ふふ。悦子。説明してやれ」
森田がニヤリと笑って言った。
「京子。昨日の放課後、私達、男の子達に、ここに呼び出されちゃったの。そして、裸にされて、男の子たちの前で恥ずかしいことをやらされちゃったの」
「ええー」
京子は真っ青になった。
「だって、あなた達、昨日は何もなかった、って言ったじゃない」
京子は焦って言った。
「そんなこと、言ってないわ」
「だって理科室には行ってないって言ったじゃない?」
「そんなことも言ってないわ」
二人は京子をつめたくあしらった。
「京子。あなた、昨日、私達が男の子に弄ばれるの、知ってたのね」
悦子が言い寄った。
「そ、それは・・・」
「知ってたなら、言ってくれてもいいじゃない。私達、友達でしょ」
圭子が不貞腐れた顔で言った。
「あなた。自分一人が犠牲になるなら、私達は見逃す、って男の子たちにせまられたそうじゃない」
「そ、それは・・・」
「私達は、共犯だって男の子たちに脅かされたのよ。でも、言い出したのは、あなたで、私達はあなたに誘われて、仕方なくやったのよ。あなたは私達を地獄の道連れにしたんだわ。少なくとも私が、あなたの立場だったら、私は自分一人で責任をとるわ。私達、浜辺の公園で沈む夕日に向かって永遠の友情を誓い合ったじゃない。あれはウソだったの」
「だ、だから、昨日、理科室には行っちゃだめ、って硬く言ったじゃない」
京子は必死で訴えた。
「そんなこと、言ってないわ。あなたは、風水がどうのこうのって、言っただけじゃない。それじゃあ、意味がわかるわけがないわ」
悦子が責めるように言った。
「結局、あなたは、私達も地獄の道連れにしたかったんだわ」
圭子が口を尖らせて言った。
「それに、純君の実験だって、昨日は、絶対ダメって、言ったのに、今日はもう、当然のごとく楽しみにしてるじゃない。あなた、ちょっと、どころか、そうとう、ずるいわ」
「ご、ごめんなさい」
京子は声を震わせてペコペコ頭を下げた。
「私達、昨日、何されたか、わかる?」
「わ、わからないわ」
「私と圭子はレズショーをやらされたのよ」
「ええー」
京子は吃驚して目を見張った。
「私と圭子は、もう他人の仲じゃなくなっちゃったのよ」
そう言って悦子は圭子と手をつないだ。京子の膝はガクガクしている。
「それでね。京子も、私達とレズの仲になってもらうことに決めたの」
悦子が言った。
「え、遠慮するわ。わ、私、そういう趣味ないの」
京子は、たじろいで後ずさりした。

「私達だって、初めは躊躇ったわ。でも、ある一線を越えると、何でもなくなるわ」
悦子が言った。
「私達、喜びも悲しみも分かち合う運命共同体になるって、誓い合ったじゃない」
悦子が言った。京子はたじろいで後ずさりした。だが男達と女二人に取り囲まれているので、とても逃げれるものではない。
「じゃあ、京子。着ている物を脱いで裸になりなさい」
悦子が言った。そう言われても京子は躊躇ってモジモジしている。
「ほら。京子。はやく脱ぎな」
森田が急かした。
「自分で脱げないなら、私達が脱がしてあげるわよ」
圭子が言った。
「い、いいわ。自分で脱ぐわ」
京子は焦って言った。京子はブルブル手を震わせながらセーラー服を脱いだ。そして、スカートのチャックも外してスカートも脱いだ。京子はブラジャーとパンティーだけになった。しかし、それ以上は手が動かなかった。男達が目を皿のようにして下着姿の京子を熱い視線で見つめているからである。京子は恥ずかしそうにブラジャーとパンティーに手を当てた。
「京子。それも脱いで」
悦子が言った。
「・・・・」
そう言われても京子は決断できず、躊躇っている。
「一人だけ裸になるのが恥ずかしいのね」
悦子が言った。
「わかったわ。それじゃあ、私達も裸になるわ。そうすれは恥ずかしくないでしょ」
圭子が言った。
悦子と圭子の二人は教壇の前に来た。悦子は後ろを振り返って男達を見た。
「助平君。さあ、私を脱がして」
悦子が助平に言った。
「ああ」
助平はホクホクした顔つきで悦子の所にやって来た。そして悦子のセーラー服を首から抜きとった。悦子は佇立したままで、助平に脱がされるままになっている。助平は、悦子のスカートを降ろした。悦子はブラジャーとパンティーだけになった。助平はニヤリと笑って、悦子のブラジャーの上から乳首の辺りをコリコリさせた。
「あ、あん」
悦子は、小さな喘ぎ声を出した。助平は、ふふふ、と笑って、悦子のブラジャーのホックをホクホクして顔つきで外して抜きとった。悦子の豊満な乳房が顕になった。
「は、恥ずかしいわ」
そう言って悦子は、露出した乳房を両手で覆った。助平は後ろから屈むと悦子のパンティーをゆっくり降ろしていった。アソコの毛は剃られて、割れ目がクッキリ見えた。助平は次に圭子の服も脱がせて全裸にした。悦子のアソコの毛も、剃られていて無い。京子はそれを見て驚いている。
「私達、昨日、お互いの毛を剃りあったの」
悦子が言った。全裸の悦子と圭子の二人は京子の前に来た。
「さあ。私達も裸になったんだから恥ずかしくないでしょ」
そう言って、二人は京子の服を脱がそうとした。
「や、やめて」
京子は往生際わるく抵抗した。
「仕方がないな」
森田は男達に向かって目配せした。数人の男が京子に近づいてきて、京子を取り押さえた。そして京子のブラジャーとパンティーも脱がした。男達は、丸裸になった京子の両腕を背中に捻り上げた。
「ああっ」
京子は悲鳴を上げた。京子は逃げることが出来なくなってしまった丸裸の体をもどかしそうに、くねらせた。それにつれて京子の豊満な乳房が揺れた。
「京子。もう、あきらめなさいよ」
そう言って、悦子は、京子の肩をガッシリつかんだ。圭子は、屈み込み、京子が動かないように、京子の太腿をヒシッと抱きしめた。悦子は、京子に接吻しようと顔を近づけた。一瞬、悦子と京子の唇が触れ合った。しかし京子は直ぐに唇を離した。
「や、やめてー」
京子は叫んだ。
「なかなか素直になれないのね」
悦子は、ふくれっ面で京子をしげしげと見た。京子のアソコのふさふさした毛が目にとまった。
「これが、ちょっと、わずらわしいわね」
そう言って、悦子は京子のアソコの毛をつまんだ。
「これ。剃っちゃいましょう。そうすれば、京子も、きっと素直になれるわ」
悦子はそう言って森田を見た。
「よし。わかった」
森田は元気よく言った。悦子と圭子は、丸裸の京子を、理科室の真ん中の大きな机に、腕をつかんで連れて行った。
「さあ。この机の上に乗って」
悦子が京子の肩を突いた。
「の、乗せて、どうするの?」
京子は、全裸の体をプルプル震わせながら言った。その時、二人の男が机の所にやって来た。一人は水で満たされた洗面器を持ってきて、机の上に置いた。もう一人は、ハサミ、剃刀、ボディーソープ、タオルを持ってきて、机の上に置いた。京子はそれを見て、真っ青になった。
「わかったでしょう。この上であなたの毛を剃るの。さあ、乗って」
悦子は落ち着いた口調で言った。
「嫌っ。嫌っ。そんなこと」
京子は机の元に屈み込んでしまった。京子を机の上に乗せるには女の手にはあまった。
「仕方ないわね。手伝って」
悦子は森田の方を見た。屈強な男が四人、やって来た。
「さあ。乗るんだ」
そう言って、四人の男は、屈んでいる京子の手足をつかんで、持ち上げて机の上に乗せてしまった。だが京子は、太腿をピッチリ閉じて縮こまっている。
「さあ。京子。もう諦めて、仰向けに寝て足を大きく開いて」
悦子が諭した。だが京子は、頑なに従おうとしない。
「仕方ないわね」
悦子は四人の男を見た。四人の男はニヤリと笑って、机の両側から、京子の両手と両足をそれぞれ、つかむと、力任せにグイと開いた。閉じていた京子の脚が大きく開かれた。
「ああー」
京子は大声で叫んだ。京子のアソコが丸見えになった。
男達がわらわらと寄ってきた。
「おおっ。すげー」
久しぶりに見る京子のアソコに男達は歓声を上げた。
「京子。じゃあ、剃るわよ。動くと怪我をしちゃうから、じっとしていてね」
悦子はハサミをとると、悦子の恥毛をつまんで、ジョキジョキ切り出した。京子は四人の男に手足を押さえられて身動き出来ない。京子もようやく観念したらしく、抵抗しなくなった。

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