かまくらdeたんか 鹿取未放

馬場あき子の外国詠、渡辺松男のそれぞれの一首鑑賞。「かりん」鎌倉支部の記録です。毎日、更新しています。

渡辺松男の一首鑑賞 67

2020-08-17 20:51:39 | 短歌の鑑賞
  ブログ版渡辺松男研究 ⑧(13年9月)
    【からーん】『寒気氾濫』(1997年)30頁~
    参加者:崎尾廣子、鈴木良明、曽我亮子、高村典子、渡部慧子、
    司会と記録:鹿取 未放



67 のこぎりもさかなの骨も風のなか捨てられにゆくものはひびけり

      (意見)
 ★のこぎりもさかなの骨も人の暮らしのことだと思いました。暮らしに役立つ物が捨て
  られて風の中で響いているというのは何という抒情だろう。いいなあと思いました。
     (慧子)
 ★鋸は目立屋さんが来て直す。大切に使われているものだ。(崎尾)
★のこぎりとさかなという取り合わせが、ちょっとダダの詩のようで面白いと思いまし
  た。ノコギリのギザギザと魚の骨格がアナロジーというほどではないけど、なんとな
  く共通性がある。そしてノコギリはたぶん古びて錆びて、魚はおいしい身を食べられ
  て骨だけになって捨てられる。どちらも薄いものですよね。それが捨てられにゆく風
  のなかで響いている。名詞のひらがな表記は薄さとはかなさが、結句のひらがなの多
  用も余韻をもってひびきあっている感じがうまく出ている。よく計算された表記だと
  思います。
   この歌の下の句に関しては、葛原妙子の〈疾風はうたごゑを攫ふきれぎれに さん
  た、ま、りぁ、りぁ、りぁ〉(『朱霊』)を思い出しました。どちらの歌もひらかな表
  記が音の響きのリアルさをうまく表現しています。また、この歌から寺山修司の〈売
  りにゆく柱時計がふいに鳴る横抱きにして枯野ゆくとき〉(『田園に死す』)を思い出
  しましたが、それぞれ質の全く違う歌ですね。(鹿取)


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