かまくらdeたんか 鹿取未放

馬場あき子の外国詠、渡辺松男のそれぞれの一首鑑賞。「かりん」鎌倉支部の記録です。毎日、更新しています。

渡辺松男の一首鑑賞 124

2020-11-26 17:46:45 | 短歌の鑑賞
 渡辺松男研究14(14年4月)まとめ 『寒気氾濫』(1997年)50頁~
  参加者:崎尾廣子、鈴木良明、曽我亮子、N・F、藤本満須子、渡部慧子、鹿取未放
  レポーター:鈴木良明 司会と記録:鹿取 未放
             

124  吾が踏みし危うさに谷へ落ちてゆく石が一瞬はばたける音

        (レポート)
 谷沿いの山径を歩いているときの描写だが、単に弾みで蹴落としてしまった石の落ちてゆく様子を表現したというわけではないだろう。上句の「吾が踏みし危うさ」というところに、まかり間違えれば、石もろともにこのわが身が谷に落ちたかもしれないという、危うい踏み出しのなかで石がころげ落ちていったことがわかる。だから石は単なる石ではなく、われの身代わり、あるいはわが身そのものとして落ちて行ったとの思いから、一瞬、「はばたける音」が聞えたのである。それは作者の心身が投影された音だろう。(鈴木)


            (発言)      
★「われの身代わり、あるいはわが身そのものとして」とレポーターは書いているけど、身代わりと
 かではなく、作者は石にも命があると思っていてそれで羽ばたける音を聞いたのではないか。(藤本)
★いろんな意見があっていいと思いますが、私、石には命があると思います。それで落ちていく時
 一瞬空中で静止した感じ、羽ばたいたという感じが分かる気がします。マグリットにも空中に浮   く大岩の絵がありますが、ここではとてもリアルに石がホバリングしている絵が浮かびます。ち
 ょっと漫画チックですが石に羽が生えていてそれをぱたぱたさせている絵です。漫画チックだけ   どふざけてる訳ではない、でも深刻ではなくて軽くて救いがある感じ。だから〈われ〉は〈わ 
 れ〉、石は石であんまり身代わりとかは思わない。(鹿取)


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