かまくらdeたんか 鹿取未放

馬場あき子の外国詠、渡辺松男のそれぞれの一首鑑賞。「かりん」鎌倉支部の記録です。毎日、更新しています。

渡辺松男『泡宇宙の蛙』の一首鑑賞 132

2022-08-30 14:38:51 | 短歌の鑑賞
  2022年度版 2の17(2019年1月実施)
     Ⅱ【膨らみて浮け】『泡宇宙の蛙』(1999年)P85~
     参加者:泉真帆、M・I、K・O、岡東和子、A・K、T・S、
       曽我亮子、渡部慧子、鹿取未放
     レポーター:泉真帆   司会と記録:鹿取未放


132 吊革に手の甲のある夕刻よサラリーマンはインドを思う

        ート)
 吊革をにぎる、ではなく「吊革に手の甲のある」と詠っている。そのため一首には自分の意志で通勤しているという意識感覚がなく、作者の身体は通勤移動をしているが心はインドを思っているというのだろう。上句に「手の甲のある」と物質的に表現しているところが絶妙だとおもう。(真帆)   


      (当日意見)
★インドは仏教生誕の地ですし、原初的な何かがありそうで憧れる人は多いですよね。私の
 友人でインドによく出かけている人は、帰国して何週間かは空間に霊のようなものが見え
 るってよく言っていました。疲れ果てて電車のつり革にすがっている夕方、ふっとインド
 を思うって分かります。(鹿取)
★手の甲をクローズアップしてうまいですね。たぶんそこには夕日が当たっていて、そうい
 う映像が見えます。インドって手の文化ですよね。左右で不浄の手とか決まっていますよ
 ね。つり革の手からいろんなことを想起させるので感心した一首です。(K・O)
★そういうことにさっき鹿取さんが言ったことが加わっていると思います。システム化され
 たサラリーマンの世界から原初的な世界を憧れる。手の「甲」といったところでクローズ
 アップされる映像が素晴らしいです。(A・K)
★もっとも、この歌が詠まれた時代から比べて、今インドはIT産業では世界のトップで
 すよね。まあ、それは上部だけで、大部分は近代化されないどろどろの世界が残っている
 のだと思いますが。そういう最先端と泥臭いものが同居しているのがインドで、それも魅
 力なのでしょうけど。(鹿取)

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