新型コロナウイルス感染症で、世界中が大混乱しています。
誰もが初対面のウイルスなので、何処まで感染が広がるのか(いつ自分や家族も感染するのか)、何処まで重症化するのかは、現状では誰にもわからないわけですから、不安になるのは当然のことです。
でも、だからと言って「熱が出た、咳が出た、大変だ!急いで医療機関を受診しろ!!早くコロナの検査をやってくれ!!!」っていう風潮には、チョット待てよと思います。
コロナウイルス検査を受ける必要のある人(ハイリスク・重症化兆候)が全員検査を受けられる体制を作ることは大切ですが、それは検査を希望する人が全員検査を受けられることという意味ではないはずです。
検査結果=正確な診断でもありませんし(疑陽性・偽陰性)、診断=治療可能なわけでもありません(重症化を阻止できる治療法が見つかったわけではない、軽症は経過観察で重症でも対症療法)、ましてや無症状の保因者(ウイルス感染しているが症状がない)が多数いるであろう中で、あたかも検査万能のようなストーリーを作り上げたら、検査希望者が次の感染者を作り出す(感染者が医療機関内でウイルスを撒く、感染していないのに心配で受診した者がそれに感染してしまう)だけじゃないのかな?
こうした風潮は、今回のコロナ騒ぎで初めて出たものではなくて、インフルエンザやノロで、治癒させられる治療法がないことをきちんと説明もせずに「症状が出たら急いで医療機関を受診しましょう。抗インフルエンザ薬を飲みましょう。」キャンペーンを展開した医療従事者やマスコミが作り上げてしまったものと同一のものです。
そしてまた、多少の症状なら(ブラックところならかなりの症状でも)登園・登校・出勤が当たり前という、間違った常識がそれに拍車をかけていると思います。
病気になっても集団活動(学校や仕事)するのが当たり前、何かあったらすぐ医療機関受診、何でもかんでも検査、限られた効果しかない・有効かどうかわからないでも投薬、こんなことをやっている限り、協奏曲は終わらないんじゃないのかなぁ。
コロナに限らず、もちろんインフルエンザやノロにおいても、風邪をひいた(感染症に罹った)と思ったら先ずは自宅で休養、なかなか治らないとか症状が重くなったと思ったら医療機関に連絡して指示を仰ぐ、医療機関はそれに適切に対応する、ってことだとおもうのですが、なかなかそういう考え方は受け入れられていませんね。
それでもそういう考えを地道に啓蒙し続けるのは、自分にできる、自分がやるべき仕事だと思って、日々の診療に当たっていきたいと思っています。
誰もが初対面のウイルスなので、何処まで感染が広がるのか(いつ自分や家族も感染するのか)、何処まで重症化するのかは、現状では誰にもわからないわけですから、不安になるのは当然のことです。
でも、だからと言って「熱が出た、咳が出た、大変だ!急いで医療機関を受診しろ!!早くコロナの検査をやってくれ!!!」っていう風潮には、チョット待てよと思います。
コロナウイルス検査を受ける必要のある人(ハイリスク・重症化兆候)が全員検査を受けられる体制を作ることは大切ですが、それは検査を希望する人が全員検査を受けられることという意味ではないはずです。
検査結果=正確な診断でもありませんし(疑陽性・偽陰性)、診断=治療可能なわけでもありません(重症化を阻止できる治療法が見つかったわけではない、軽症は経過観察で重症でも対症療法)、ましてや無症状の保因者(ウイルス感染しているが症状がない)が多数いるであろう中で、あたかも検査万能のようなストーリーを作り上げたら、検査希望者が次の感染者を作り出す(感染者が医療機関内でウイルスを撒く、感染していないのに心配で受診した者がそれに感染してしまう)だけじゃないのかな?
こうした風潮は、今回のコロナ騒ぎで初めて出たものではなくて、インフルエンザやノロで、治癒させられる治療法がないことをきちんと説明もせずに「症状が出たら急いで医療機関を受診しましょう。抗インフルエンザ薬を飲みましょう。」キャンペーンを展開した医療従事者やマスコミが作り上げてしまったものと同一のものです。
そしてまた、多少の症状なら(ブラックところならかなりの症状でも)登園・登校・出勤が当たり前という、間違った常識がそれに拍車をかけていると思います。
病気になっても集団活動(学校や仕事)するのが当たり前、何かあったらすぐ医療機関受診、何でもかんでも検査、限られた効果しかない・有効かどうかわからないでも投薬、こんなことをやっている限り、協奏曲は終わらないんじゃないのかなぁ。
コロナに限らず、もちろんインフルエンザやノロにおいても、風邪をひいた(感染症に罹った)と思ったら先ずは自宅で休養、なかなか治らないとか症状が重くなったと思ったら医療機関に連絡して指示を仰ぐ、医療機関はそれに適切に対応する、ってことだとおもうのですが、なかなかそういう考え方は受け入れられていませんね。
それでもそういう考えを地道に啓蒙し続けるのは、自分にできる、自分がやるべき仕事だと思って、日々の診療に当たっていきたいと思っています。