先日、山の手のメンバーの入院先にお見舞い行った時に、その入院している仲間から病院の敷地内に植えてある木のところに案内されました。その木は友人がエイズで亡くなったときに種をまいて植えたものだそうです。もう人間の背丈ほどになっていました。3年前に横浜のエイズフォーラムで山の手の会ではイギリスに赴任していた新聞記者からイギリスでは薬害エイズを風化させないためにエイズで亡くなると同じ敷地に植木をしてだんだんと増えて大きくなっていくことを聞きました。年月が経つと人は忘れがちになりますが、命の記念樹は年を経ることに大きくなって命の重さを気付かせてくれるということでしょうか。
goo blog お知らせ
プロフィール
最新コメント
- サムライグローバル/小さくても受け皿を用意して続けるー吉田松陰記念北千住がん哲学外来カフェ
- アシェラッド/ボロボロの人生の中で歴史を楽しむ
- 舶匝/どうも人間がシステムに誘導されているようだ
- 舶匝/空っぽの器ーメディカルカフェの意味を考える
- 舶匝/空っぽの器ーメディカルカフェの意味を考える
- 前世占い師エティース/HPVワクチン被害者の生の声を聞いて
- もののはじめのiina/三舟(勝海舟・山岡鉄舟・高橋泥舟)の明治の生き方
- 舶匝(@online_checker)/昭和の動乱の根底にあるものー重光葵の視点
- 舶匝(@online_checker)/新しい生活様式は歴史と哲学から
- 舶匝(@online_checker)/歴史から見る危機の脱出ー松平定信・上杉鷹山