「下情を見んとせんよりはむしろ身をもって下情に置くべし。下界に身を置かずしていかにして下情に通ずるを得ん。魚をとるものは魚の心をしる。下民と共にするは下民と情を同じうするにあり。情を同じうするには同じうするにあり。近寄るは近寄るのみ。近きは近きのみ。未だ同じか同じからざれば同じからず。己れ未だ同じからず。同じからず同情すと云うといえども、仮りの同情に過ぎずして、未だ真の同情にあらず。真に到らざるものは真なし。真なければ百年同居同炊するも同情到らざるなり。むべなり。谷中人民の我れに同情せざるにあらずして、まず我れの同情せざるなり。この誤りをついに発見せり。」(1912年2月26日 田中正造)
足尾鉱毒問題で谷中被害民とために国会議員として活動した田中正造が自らが被害民を同情していなかったので谷中被害民の真の姿を知ることができなかったと反省しています。この姿勢こそが政治家の本来の姿ではないでしょうか。政治家ならずとも活動の中での本来の姿であると思います。私自身も薬害被害者の真の姿をまだまだ知ることができないことに反省です。