後期ゴシック彫刻・市民運動・演劇教育

小学校大学教師体験から演劇教育の実践と理論、憲法九条を活かす市民運動の現在、後期ゴシック彫刻の魅力について語る。

〔728〕初めてのことです。なんと、写真展「祈りの彫刻 リーメンシュナイダーと同時代の作家たち」のチラシが公共施設に置けなくなりました。

2024年09月30日 | 市民運動

   数日前のことです。
 10月26日(土)から始まる、福田緑写真展「祈りの彫刻 リーメンシュナイダーと同時代の作家たち」のチラシを清瀬市内の公共施設に置いてもらおうと車で出かけました。今回で3回目の写真展なので我々も手慣れたものです。10箇所ほどの施設をどう回るのか家で「作戦」を練りました。今年は清瀬市の野塩で開催するので、市内の3つの大学にも置いてもらおうかということも話していました。
  最初に向かったのは我が家から近い中里地域市民センターでした。車の運転は私で、チラシを持参しての交渉係は緑でした。
  車に戻ってきた緑が血相を変えています。市長が替わってチラシが置けなくなったというのです。入場無料の写真展のお知らせです。唖然とするだけでした。そして猛然と怒りが沸いてきました。

 澁谷桂司市長になって、図書館6館のうち4館が閉鎖されます。市が所有していた立科の宿泊施設も閉鎖です。そこを利用していた小学5年生の移動教室はなくなりました。学校プールも廃止、市民に開放していた体育館の使用料が来年から1時間850円になります。消費生活センターもアミューに統合するなど、信じられない市民無視の市政が続いています。今までブログに書いてきたとおりです。

 さすがに連れ合いも怒り心頭、ブログに次のように書きました。
 さて、どうしてくれよう。

https://blog.goo.ne.jp/riemenschneider_nachfolgerin

▶驚きました…。

リーメンシュナイダーを歩く 

リーメンシュナイダーを歩く 

ドイツ後期ゴシックの彫刻家リーメンシュナイダーたちの作品を訪ねて歩いた記録をドイツの友人との交流を交えて書いていく。【リーメンシュナイダーを歩く 】

goo blog

 

▶夢にも疑わないことが起こりました。

 台風16号が近づいているという天気予報で、今日、9月26日の内に清瀬市内の公共施設に写真展のチラシを置いてもらいに回ることにしました。写真展までちょうど一ヶ月なのです。
 写真展は今回が3回目ですが、今まで一度もチラシを拒否されたことはなく、20枚、30枚と置いてくることができました。受け取った事務の方が「わぁ、きれい!」と叫んでくださったこともありました。ここ清瀬市は、緑が多く、自然にめぐまれており、こうした温かな人柄に触れることも度々でしたので、引っ越してきて良かったと思っていました。住み始めてもう43年目になります。

 ところが最初の地域市民センターで受け付けにいた女性は私の写真展チラシを手に取ると困った顔で同僚の所に持っていって相談し始めました。「あら、どうしたんだろう?」と思っていますと上司らしき方が来て「個人のこうした催し物のチラシは置けなくなったんですよ」と言います。驚いてしまって、「でも今回は3回目ですが、今まではどこでも置いてくださったんですが」と答えると、「市内の施設で開催するものに関するチラシはおくことができるのですが、2年ほど前からこうした個人の展示などは無料であっても置いてはいけないことになりまして、申し訳ありません。」とのこと。驚くと同時に「ここまできたか」と思いました。

 振り返ってみると、前市長の急逝後の選挙で渋谷桂司市長になってから市議会の雰囲気もガラッと変わりました。今年の3月には市内に6館あった図書館がいきなり2館に減らされるという議案がでてきたのでした。しかも一部の議員には直前まで全く知らされずです。こうした議会の陰険な進め方には驚きを通り越して怒り心頭。その前後の市報を見てもどこにも「図書館を6館から2館に減らします」ということばは見あたらないのです。「家庭が図書館になります」とか、「地域市民センター内の図書館がサロンになります」とか、「日本で初めて無料宅配サービスで本を借りたり返したりできます」とか、いかにも図書館が利用しやすくなるというイメージを振りまきながら、事実をきちんと伝える文章は見つけられません。市民の多くはまだ図書館が6館から2館に減らされるという事実を知らないままのようです。


 そして今日は、私の写真展のような無料の文化行事のチラシさえ置けないと言われてしまったのでした。年々文化度が低くなっていく清瀬市に暗澹とした気持ちになりました。木々も伐採され、緑もずいぶん減ったようです。大好きだった清瀬が遠のいていくのは寂しい限りです。できる範囲で行動していかなければと改めて思った出来事でした。

 トップ写真のペンタスは7月に買った花ですが、今でもこうして可憐な花を咲かせてくれています。心痛む日々、このような花を見ると少し気持ちが和らぎます。爽やかなままの清瀬であり続けて欲しいと心から思います。


〔727〕祝!袴田巖さん 再審無罪。期せずして 鎌田慧さん、『冤罪を追う』(セレクション1)出版おめでとうございます!

2024年09月28日 | 図書案内

 至極当然の判決ではあるのですが、袴田巖さんに再審無罪が言い渡されました。
  マスメディアは次のように伝えています。(たんぽぽ舎のメルマガより転載)

 ◆袴田ひで子さん会見 主文が「神々しく聞こえた。涙止まらず」
  弟・巖さんに「無罪になったよと言いたい」

 1966年6月に当時の清水市にある味噌製造会社の専務宅で一家4人が
殺害された強盗殺人放火事件、いわゆる袴田事件の再審公判をめぐって
は9月26日に静岡地裁が袴田巖さん(88)に対して無罪を言い渡すととも
に、捜査機関による証拠ねつ造を認定しました。
 閉廷後、弁護団とともに会見に出席した袴田さんの姉・ひで子さんは、
開口一番、集まった支援者に対して「本当に皆様、長い裁判でありがと
うございました。無罪を勝ち取りました」と挨拶。

 その上で「裁判長が『主文 被告人は無罪』と言うのが神々しく聞こ
えました。
 私はそれを聞いて、感激するやら、うれしいやらで涙が止まらな
かった。1時間ばかり涙があふれ出てきていました」と無罪判決を聞い
た時の心境を振り返りました。

 一方、26日の判決公判では閉廷直前に國井恒志裁判長が「自由の扉は
ちゃんと開けました。ただ、無罪は確定しないと意味がありません。
もうしばらくお待ちください。ひで子さんが健康でいられることを心か
ら祈っております」と声を震わせましたが、照れ隠しなのか「あまり聞
こえませんでしたので、裁判長の仰ることも。時々しか聞こえな
かったんです。残念ながら」と笑顔を見せたひで子さん。

 袴田さんにどのような声を掛けたいか問われると「(自身が帰宅した
際に)起きていれば、きょう(26日)話をするつもりなんですが、巖の状
況が安定しませんので、やたら話すというわけにはいきません。
ちょっと顔色を見まして、きょうかあすのうちに『無罪になったよ』と
いうことを言いたいと思います」と答えました。

 また、袴田さんが逮捕されてからの58年について「知らないうちに過
ぎましたしね、再審開始になった時にスカッと忘れちゃったんですよ、
昔の苦労をそれくらい再審開始になった時は(うれしい)気持ちがありま
してね」と述べた上で、「今回はまたそれにも増して無罪という判決を
もらいまして、本当に58年なんか吹っ飛んじゃったみたいな気がす
るんですよ」と話しています。    (9月26日「テレビ静岡」より)
https://news.yahoo.co.jp/pickup/6514829 

 ◆袴田巖さん 再審無罪「捜査側証拠 三つ捏造」
  静岡地裁判決 死刑確定から44年
  信じた無罪「神々しかった」 姉・ひで子さん 涙、笑顔

 1966年に静岡県清水市(現静岡市清水区)であった一家4人強盗殺人
事件で死刑が確定した袴田巌さん(88)の再審公判で、静岡地裁(国井恒志
裁判長)は26日、無罪の判決を言い渡した。犯行着衣とされた5点の衣類
と衣類の一部の切れ端、自白調書の三つを「捜査機関の捏造」と認定。
警察や検察の責任を厳しく断じた。 (後略)
             (9月27日「東京新聞」朝刊1面より抜粋)

   まさに時を同じくして、鎌田慧セレクション1「現代の記録」が発刊されました(全12巻)。第1巻は「冤罪を追う」、まさにタイムリーな企画です。もちろん袴田事件についても丁寧に論述されているのですが、あとがきに次のように予言されています。

「二〇二四年九月二六日。袴田巌・確定死刑囚に無罪判決。静岡地裁での袴田巌再審裁判判決は、無罪判決となろう。ひさびさの確定死刑囚への冤罪解決の朗報である。」

 何年もかけて足で書かれた326頁にわたるルポルタージュをじっくりと読みこんでいきたいと思います。そこからみえてくる危うい日本の司法の不条理な現状に思いを馳せたいと思います。地域の図書館にも揃えておきたい12冊です。このシリーズの購入リクエスト運動が彷彿と巻き起こることを祈念します。
 挟み込まれていた「隔月報」に実に興味深いことが書かれていました。佐高信さんの「鎌田ルポの原点」です。『自動車絶望工場』が大宅壮一ノンフィクション賞を逸した時の信じられないような逸話です。実際に手にとって読まれることをお勧めします。
  先日、検察側に「控訴するな」という葉書を数枚送りました。こうした紙の飛礫はかれこれ何回目になったのでしょうか。

◆死刑台からの生還
                                    鎌田 慧(ルポライター)

 9月26日14時。静岡地裁で袴田巌さんに無罪判決が出される。確定死
刑囚の無罪判決は1989年1月、同地裁が同県島田市で起きた「幼女誘拐
殺害事件」の冤罪者・赤堀政夫さんに無罪を言い渡して以来35年ぶりと
なる。
 80年代に免田事件、財田川事件、松山事件と確定死刑囚が連続して釈
放された。「疑わしきは罰せず」「疑わしきは被告人の利益に」。
 日本の裁判所にも、人権尊重の鉄則が貫徹するかに思えた。

 この時代、筆者は財田川事件に関わっていた。まだ救援運動などな
かった死刑囚・谷口繁義さんの無実について雑誌に書き、タイトルを
『死刑台からの生還』とした。
 その雑誌の新聞広告を獄中で目にした谷口さんは「私はまた、外国の
映画の題名かと思っていましたら、よく見るとそうではなくて、私の事
でした」と喜びの手紙を実兄に送った。

 この喜びを思えば、無実の死刑囚でありながら、1975年に処刑された
福岡事件の西武雄さんの俳句「叫びたし 寒満月の 割れるほど」はあま
りにも悲惨だ。
 袴田さんの無罪判決を確信している人たちの不安は、未だ死刑を求刑
している検事側が「控訴」の悪あがきをしないか、である。判決のあと
支援者と弁護団は検察側に「控訴するな」と訴えにいく。
 死刑確定後、現実社会から乖離した袴田さんの精神を解放するのが、
検察の良心のはずだ。
      (9月24日「東京新聞」朝刊21面「本音のコラム」より)


〔726〕「9.16さようなら原発全国集会」(代々木公園)には5000人が参集しました。

2024年09月17日 | 市民運動

 いきなりですが、当日配布された3種類のプラカード?と、その裏に記載されていた当日のプログラムを紹介しましょう。

  2024年9月16日(月、敬老の日)、連日の猛暑とは打って変わって、比較的涼しさも感じる日和でした。でも雨の心配もあり、折りたたみ傘は持参です。
 代々木公園に着いたのは12時半頃、「9.16さようなら原発全国集会」の会場手前で社民党と新社会党の合同集会が開かれていました。

 本会場脇にはいつものように31団体のブースが軒を連ねて、集会に関連した様々なグッズが販売されています。道々受け取ったチラシは約20数種類ありました。配布者の気持ちも考えてなるべく受け取るようにしています。

  本会場には若いシンガーソングライターの片平里菜さんの伸びやかな歌声が響き渡っていました。水たまりを避けて持参の座布団に腰を下ろします。連れ合いは簡易椅子を広げました。

 司会はピースボートの畠山澄子さん、「サンデーモーニング」で歯切れの良いコメントを披露している若手です。この集会の司会は何回目になるでしょうか。

 佐高信さん、落合恵子さんの主催者挨拶が続きますが、いつも杖をついていらっしゃる澤地久枝さんの姿が見えません。ご高齢なので心配です。

 ここからは各地で運動を粘り強く展開している皆さんからの力強い連帯の挨拶と活動報告です。

*多々良哲さん(女川原発の再稼働を許さない!みやぎアクション)

*織田千代さん(これ以上海を汚すな!市民会議)

*阿部ゆりかさん(3.11甲状腺がん子ども支援ネットワーク)

*相楽衛さん(東海第二原発差止訴訟原告団)
*栗原伸夫さん(核の中間処理施設はいらない!下北の会)
*有田純也さん(新潟平和運動センター)

 写真がなくてごめんなさい。

 最後に叛逆老人代表・鎌田慧さんの「5000人の参加者でした!」という力強い連帯の閉会あいさつがありました。

 この後はいつものように原宿コース(2.3㎞)と渋谷コース(1.3㎞)に分かれてデモ行進です。我々は渋谷の繁華街を通る渋谷コースを選びました。清瀬の仲間も2人参加していました。

 地元に戻ってビールとコーヒーで乾杯しましたとさ。


〔725〕「さようなら原発全国集会」「カウントダウン袴田判決」、そして秀作映画目白押しの秋です。

2024年09月15日 | 市民運動

 連日酷暑が続きますが、いずれも大事な大集会が今週開催されます。どこかで皆さんとお目にかかれますように! 
 そして秀作揃いの映画が続々上映されます。どれかに参加したいと思っていますが、早く涼しくなってくれないかな。

 

 ◆いま、プロレタリア文学を
  いま、都心の路上に寝ている人や公園で食料をもらう
  人らがふえている
             沈思実行(208)
                    鎌田 慧

 本誌に連載されていた、大崎哲人さんのプロレタリア文学紹介の記事
が一冊にまとめられた。
 「プロレタリア文学への道」(論創社)である。葉山嘉樹や黒島伝治、
私の好きな作家たちが登場する。
 最近は労働運動の停滞から、労働や職場をテーマにした作品が鳴りを
潜めている。寂しい限りだ。現実社会の大きな部分、それももっと矛盾
の激しい局面からの表現が、失われていることになる。

 大崎さんの著書に登場する。長野兼一郎(「本名・相良万吉」)は、
まったく未知の作家だが、強烈な印象を受けた。
 友人のフランス文学者・市原豊太に宛てた手紙がある。
 「もう歩く気力もなくなりました。このまま静かに餓死したいと存じ
ます。愚かな乞食など放っておけ。ほんとに生前の御友情を感謝します。
君が朗らかな顔、それは私にとって、大きな幸福でありました」
 旧制一高でドイツ語を学んで翻訳したり、プロレタリア文学の雑誌
「文芸戦線」の編集などをしていた。
 アジア太平洋戦争に召集され、「満州」、フィリピン、ジャワ、ラバ
ウルなどを転戦、肺結核とマラリアを患って本土に召還され、陸軍病院
に入院していた。
 戦後、ペンキ塗りの仕事をしていた時に、突風を受けて地上に転落、
踵(かかと)の骨を砕いて失職。乞食となって子育ての境遇となる。

  乞食なれば砂も頂く南風
  北風吹けば南に坐われ父が楯

 都心の路肩に坐って、「身の上書」を書き、置いてあった。
 「或る時或る日その暮らしの足砕けてつひに路傍の人間屑おゆるし
下さい。伏して一片の餌乞はんのみ。一老兵」

 そういえば、戦後、松葉杖に頼(よ)った傷病兵が道端に立っていた
風景を思い出した。相良万吉は自殺をなんどか試みた挙句、60年2月、
61歳で死亡した。

  「人間が人間らしく生きていく条件を保障できない社会で起きる
死は、『社会的殺人』といっていいのではないか」と著者は書いている。

 いま、都心の路上に寝ている人や公園で食料をもらう人たちがふえ
ている。貧困化が進んでいる。
     (9月4日「週刊新社会」第1369号より)


〔725〕『破片堂人の歩み』(瀧沢敬三編著・発行、信濃毎日新聞社)はまさに「歴史は常に民衆と共にある」を体現しています。

2024年09月12日 | 図書案内

 瀧沢敬三さんの労作『西方見聞録1-4』は本ブログで紹介したことがあります。1964年、最初の東京オリンピックの年に、早稲田大学ドイツ研究会の仲間3人と共に、西ドイツ1周旅行を4か月半かけて敢行した記録です。実に贅沢な造りの自費出版本でした。
 そもそも瀧沢さんと連れ合い福田緑との出会いは、日本自費出版文化賞の授賞式のことでした。『西方見聞録1-4』と緑の写真集『祈りの彫刻』が共に受賞し、偶然にも隣り合わせたということで交流が始まったのです。
 その後、瀧沢さんは緑の写真展にも来ていただきました。


 
 先日こんな葉書をいただきました。それは、瀧沢さんのご祖父の業績を掘り起こし纏め上げた本の案内でした。興味をそそられて早速本を購入しました。

 ご祖父の瀧沢益作氏はアマチュア考古資料研究家としても著名だったようです。「ある時は野荒らし扱いされ、また狂人扱いされ」ながら、蜜柑箱20箱に及ぶ膨大な考古学資料を採集しました。その貴重な「瀧沢コレクション」を名だたる専門家が調査研究したというのです。
  益作氏のもうひとつの顔は、、俳人としてのそれでした。著者は実に丁寧にその足跡を辿っています。

 さらに、この本の凄いところは、数十年にわたってご祖父の生涯を緻密に辿っていることです。様々な角度から光を当てて書籍を発行しています。今回はそれらを集約して1冊に編み上げていきました。

『復刻 諏訪考古学 第5号-滝沢コレクション集成』1975年
『明治大正諏訪俳句史抄-滝沢八界坊を中心として』1977年
『破片堂人研究』1985年
『ひとすじの道-追悼 瀧沢誠一郎』2000年
『草の根  ファミリーヒストリー』2023年

 あとがきの次のことばが心にすとんと落ちました。清瀬の写真展での再会が楽しみです。

 「記憶」は、「記録」しなければ、「歴史」としては残らない。歴史は、決してその時の権力者や一部の人たちによってのみつくられてきたのではない。生活に根差した草の根の、名もない多くの人たち(民衆)によって支えられてきていることを、この書を纏めてみて、改めて実感したのであった。(188頁)

*以上のブログを緑が瀧沢さんに送ったところ、瀧沢さんから丁寧なお礼のメールが届きました。このブログをとても喜んでくれたようです。そして、この本が紹介された新聞(信濃毎日新聞の「諏訪版」)をメールで送ってくれました。


〔724〕どうやら「団地のふたり」(NHKテレビドラマ)の舞台は東久留米市の滝山団地のようですね。

2024年09月10日 | テレビ・ラジオ・新聞

 新しく始まった「団地のふたり」(NHKテレビドラマ)を録画してとりあえず見てみました。特別関心があったわけではありません。面白かったら引き続き見てもいいかな、ぐらいのスタンスでした。
 第1回を見始めて気を引かれたのは、はて、ここの団地は見覚えあるなということでした。小泉今日子役の短大講師の中年女性が、花小金井のバス停でバスが来ないので、歩いて団地に帰宅するのです。そこは滝山団地に違いありません。以前より整備された印象の団地内ですが、やはり面影は残っています。つい最近も行った団地内の料理店「おまかせ田中」の目と鼻の先でしょう。
 1980年代から15年間勤めていたのが東久留米市立滝山小学校と東久留米市立第九小学校でした。いずれも学区域が滝山団地でした。懐かしさに釣られて2回目も見てしまいました。小林聡美が素晴らしいですね。

■「団地のふたり」(NHKホームページより)
50代、独身、実家暮らし。
団地で生まれた幼なじみのふたり。
心がざわつくことがあっても、ふたりなら大丈夫。
小泉今日子×小林聡美の名コンビで送る、温かくユーモラスな友情の物語。

【あらすじ】
団地で生まれた幼なじみのノエチと奈津子。
結婚したり羽振り良く仕事したり、若い頃は色々あったけれど、わけあって昭和な団地に戻ってきた。
小さな恥も誇りも、本気だった初恋のゆくえもお互いよく知っているから、今さらなにかを取り繕う必要もない。
一緒にご飯を食べてバカなことを言い合いながら、日々へこんだ心をぷーぷー膨らませている。

古くなった団地では、50代でも十分若手。
子どもの頃から知っているおじちゃん・おばちゃんの家の網戸を張り替えてあげたり、昭和な品をネットで売ってあげたり。
時代遅れの「ガラクタ」でも、どこかにいる誰かにとっては、きっと「宝物」。
運よく高値で売れたら、その日のご飯はちょっとだけ贅沢にする。
一方、新たに越してくる住人たちもそれぞれにワケありで。
助け合いながら、変わらないようで変わっていくコミュニティがそこにある。

まったり、さらり、時々ほろり。
幸せってなんだろう。
今日もなんとか生きていく。

【放送予定】2024年9月1日(日)スタート
NHK BSプレミアム 4K/NHK BS 毎週日曜 夜10時~10時49分
【原 作】 藤野千夜
【脚 本】 吉田紀子
【音 楽】 澤田かおり
【出 演】
小泉今日子 小林聡美 /
丘みつ子 由紀さおり 名取裕子 杉本哲太 塚本高史 ベンガル / 橋爪功
<第3回ゲスト>仲村トオル 島かおり
<第4回ゲスト>ムロツヨシ
<第5回から登場>田辺桃子 前田旺志郎
<第7回ゲスト>眞島秀和 市毛良枝
【制作統括】 八木康夫(テレパック) 勝田夏子(NHK)
【演 出】松本佳奈/金澤友也(テレパック)


  学区域の近隣に児童文学者の古田足日さんが在住されていて、受け持ちの子どもたちが訪ねたら家に入れてくれたと話していました。その時子どもたちは絵はがきをいただいたそうです。
 そういえば、現在、古田足日展が行われていましたね。企画展「没後10年 古田足日のぼうけん」(神奈川近代文学館)でした。

 偶然は重なるものです。
 本日、2024年9月10日、朝日新聞の夕刊に「生きるを支えるアートコレクション」という大きな記事が掲載されていました。「3500点超収集 医師・髙橋龍太郎さん」とあります。 
 こんな件があります。
「東日本大震災を境に、日本のアートシーンが大きく変わってきたと髙橋さんはみる。『若い作家たちが、ストリートを中心に自由な発表の場をどんどん作り上げている』。その動きに高橋コレクションも同伴し、鈴木ヒラクや村山悟郎といった『表現の根源を掘り返す作業をしている作家に光を当てるようになっている』という。」
 村山悟郎君は九小での教え子です。都心のギャラリーや東京都現代美術館で彼の作品を鑑賞したことがあります。紐を幾重にも編んだ大きな独特の作品群でした。武蔵美や芸大を経て、海外留学も果たしたと聞いています。今後の更なる活躍に期待したいと思います。


〔723〕「機」(藤原書店)は小さいけど読みでのある冊子です。

2024年09月06日 | 図書案内

 皆さんは藤原書店が月刊で発行する「機」という宣伝誌をご存じでしょうか。32ページの小冊子ですが、内容はずっしりと重いものがあります。知的な好奇心を刺激するには十分の読み物です。
 ちなみに2024年8月号は上掲の通りです。
 巻頭の永田浩三さんの四國五郎『戦争詩』(四國光編)推薦文が読ませます。四國五郎と言えば児童読み物『おこりじぞう』の挿絵を描いた人として私は知るだけでしたが、このような戦争詩を書いていたことは知りませんでした。
  永田さんは広島出身で、『ヒロシマを伝える-詩画人・四國五郎と原爆の表現者たち』の著者でもあります。現在武蔵大学教授で、福田緑の写真展「祈りの彫刻」でも様々助言をいただきました。四國五郎のご子息、四國光さんとともにギャラリー古籐でお会いしたことがあります。

 さて8月号の「機」ですが、山口昌子さんの特別寄稿「フランスの『極右』は『極右』!」と連載「パリの街角から、パリ五輪狂騒曲」が実におもしろかったです。パリ在住者にしか書けないエッセイでした。
 本日2024年9月6日の朝日新聞「多和田葉子のベルリン通信」「スポーツの酔い 国の幻想」も秀逸でした。一人深く頷きながら読みました。


 ◆虚構の六ケ所村再処理工場
                                    鎌田 慧(ルポライター)

 8月下旬、日本原燃は使用済み核燃料の再処理工場完成について「約
2年半延期して2026年度中の完成を目指す」と発表した。延期は27回目
だから、誰も驚かない。2年前も完成します、と言いながら「できま
せんでした」という記者会見。これまで27回もやってきたのだから、ま
るで狼少年の類いだ。
 しかしイソップの寓話(ぐうわ)の最後には実際に狼が現れる。
 それも悲劇だが、もはや完成を信じる人はほとんどいない。再処理工
場の着工は1993年。31年たっても未完成。それでいて黒字経営。
 全国の電力会社が資金を負担しているからであり、その原資は各家庭
の電気料金でまかなわれている。
 稼働しなくても、先延ばし平気な親方日の丸会社。

 増田尚宏社長は「見通しが甘かった。今後は延びないで済む」(朝日
新聞)、「審査に対する私の認識が甘かった。(今後は)地に足が着い
た目標を示せるようにしたい」(東京新聞)。
 どこか人ごと、地に足が着いていない漂流経営。

 筆者は90年代から「再処理工場の黄昏」(『六ケ所村の記録』)と書
いてきたが、電事連が構想を発表した当時(84年)の建設費は7千億円
だった。いま事業費は15兆1千億円と算定される。
 各原発は危険とはいえ自分の敷地内に使用済み燃料を貯蔵する準備を
始めた。「もんじゅ」1兆円に続く、巨額の無駄遣いだ。
         (9月3日「東京新聞」朝刊19面「本音のコラム」より)


〔722〕「写真展では私たちの本をお安く販売します。」(福田緑のブログの転載)

2024年09月06日 | 図書案内

 連れ合いの福田緑のブログを転載します。本物はこちらからどうぞ!

https://blog.goo.ne.jp/riemenschneider_nachfolgerin/e/0ec53d7944e73f0a4a16f96cdcdea51a

355. 写真展では私たちの本をお安く販売します。
▶「写真展のお知らせ」に書いておきたかった本の話です。

❤ これは今まで発行したリーメンシュナイダー写真集です。左上から1巻目、2巻目と並んでいます。
 2008年以来、教会や美術館を回るときに持ち歩いた1,2巻目は特に表紙がすり切れています。

▶上の写真は今まで自費出版してきた5冊のリーメンシュナイダー写真集です。

 9月4日に発送した「写真展のお知らせ」で書くつもりでいたのは、この写真集の2~5巻(初巻は完売)と、下に写真を載せた教育関係の本7冊について、「写真展においでいただいた方にはお安く販売します」というお知らせでした。どの本を選ばれても構わないので、何冊かまとめてお買い上げいただくと冊数に応じて以下のようにお安くなります。ご自宅でゆっくり眺めていただきたくて、このように設定いたしました。

・1冊お買い求めの方…… 5,000円
・2冊お買い求めの方…… 9,000円
・3冊お買い求めの方……  12,000円
・4冊お買い求めの方……  15,000円

▶下の写真は主に退職してからまとめた教育実践の本です。

❤ こちらは教育実践記録です。

『劇遊びを遊ぶ』は小池タミ子さんと平井まどかさんの共編、『ことばで遊ぼう 表現しよう』は日本演劇教育連盟の編集(福田三津夫の責任編集)、他4冊は三津夫の著書です。右下の本だけ福田緑著です。
 どの本をお選びの場合でも、合計の冊数でのお会計とします。

・1冊お買い求めの方…… 1,500円
・2冊お買い求めの方…… 2,800円
・3冊お買い求めの方…… 3,900円
・4冊お買い求めの方…… 4,800円
・5冊お買い求めの方…… 5,500円
・6冊お買い求めの方…… 6,000円
・7冊お買い求めの方…… 6,300円

▶その他の販売品について

・「リーメンシュナイダー資料集」改訂版…… 200円
・クレークリンゲン、ヘルゴット教会用チャリティー絵はがき…… 1枚100円、6枚セット500円

なども販売する予定です。絵はがきの純益は2025年の旅で、もう一度クレークリンゲンに行って手渡ししてきます。
皆さまのご協力をよろしくお願いいたします。


〔721〕美術史家・エミール・マールの3部作の『中世末期の図像学』(上下、国書刊行会)がついに手に入り、表紙にびっくり。

2024年08月29日 | 図書案内

 フランスの著名な美術史家・エミール・マール(1862-1954)の3部作と言えば『ロマネスクの図像学』(上下)、『ゴシックの図像学』(上下)、『中世末期の図像学』(上下)になりますが、先日最後に手に入れたのが『中世末期の図像学』でした。
  まずもって興味深かったのが表紙の写真でした。私が予想したとおりですが、フィリップ大胆公の墓(ディジョン)の写真でした。昨年パリから東へ特急TGVで2時間ぐらい行ったところがディジョンでした。マスタードの名産地です。
 この作品を訪ねようと思ったのは、当時ボーデ博物館館長のジュリアン・シャプュイさんからフィリップ大胆公の墓碑の写真集をいただいたからです。このカタログに魅了された連れ合いがパリに行くなら是非ここにも立ち寄りたいと言ったからでした。
 そして裏表紙を見てまたまたびっくりしました。一目で作品を判別できました。トゥールーズから普通列車で45分のところにあるモアサックのサン・ピエール教会の彫刻「埋葬」でした。奇しくも私のパソコンの立ち上げ画面に現在使用している彫刻だったからです。
 リーメンシュナイダー研究に先鞭を付けた、『リーメンシュナイダーの世界』の著者の植田重雄さんが残してくださった写真集にサン・ピエール教会の素晴らしいカタログがありました。モアサックを目差すきっかけになったものでした。
 欲張って世界遺産カルカッソンヌに立ち寄ったため、モワサックのサン・ピエール教会には閉館ぎりぎりに到着することになりました。そして写真を撮りまくりました。教会内に安置されていたのが「埋葬」などで、ぎりぎりに撮影できました。私の写真もご覧ください。

 現在、フランスのロマネスク期やゴシック期の彫刻家が気になっています。クラウス・スリューテルがその人で、「モーセの井戸」(ディジョン)が有名です。しかし、ディジョンまで行きながら、うっかり見損なってしまいました。来夏の宿題です。


〔720〕写真集『パリ その光と影』(鎌田遵、論創社)を、パリオリンピックの宴の後に開いてみるのも良いかもしれませんね。

2024年08月26日 | 図書案内

 大学4年間と、教職を辞してから現在までバドミントンを楽しんでいる私は、スポーツ大好き人間です。大リーグなどのライブ中継が好きで、小学校退職後はイチロー、現在は大谷翔平に興奮しています。パリオリンピックにも熱を入れました。

 そんな今、写真集『パリ その光と影』(鎌田遵、論創社)を手にしています。
 静寂さの漂う、モノトーンの写真集です。
 いきなりセーヌ川からの様々な眺望が映し出されていきます。撮影時は2024年晩冬。オリンピックのインフラ整備に慌ただしい風景が垣間見られますが、人間がようやく遠目に登場するのはほぼ2枚のみです。
 カメラのアングルはセーヌ川からパリの街中に向けられます。壁面の落書きなども人種の坩堝と化したパリの日常の風景です。
 私のお気に入りは小川に架かる鉄橋の写真です。パリの庶民が日常的に使うであろうちょっとオシャレな橋のスナップです。初老の夫婦が手をつないで歩いているのが目に見えるようです。
 街中の煩雑な工事現場を経て、アングルは再びセーヌ川に戻ります。突然の白鳥の群れに癒やされて、なるほどこれはパリの光と影でした。

 あとがきが秀逸ですが、それは是非ご自分で確かめてください。ここではその障りだけを紹介しましょう。

■『パリ その光と影』 大型本 – 2024/7/26発行
鎌田遵 (写真)、論創社

伝統と多様性——。
それを活かしながら発展していく、パリの街並みの喧騒と静寂を活写する。(オビ)

「ときおり、曇天がひびわれ、一瞬の静寂とともに、どんよりした空の奥の方から、淡い光線が大地にむけて射し込んでくる。その光と影は、第二次世界大戦の戦禍をくぐり抜け、再建を果たした街が獲得した多様性と柔軟性のようにも見えた。」(「あとがき」より)


〔719〕白梅学園大学非常勤講師として13年間お世話になりました。実に楽しい日々でした。

2024年08月22日 | 講師実績

 小学校の教師生活を33年で切り上げ、1年後に埼玉大学非常勤講師(特別活動論、生活科指導法)になりました。同大学のある方の推薦です。埼玉大学で数年勤務した時、同僚の方から白梅学園大学非常勤講師(教育実習指導)の推薦を受けました。
  埼玉大学で9年間、白梅学園大学では13年間の勤務が先日無事終了しました。2つの大学に同時期通っていたことが3年ぐらいありますが、トータルで19年間の大学教師生活が完結したことになります。
  小学校と大学で52年間教職にありました。小学校を定年退職した方より十数年長く教職に就いていたことになります。まあ良くやってきたと自分では思っています。

 白梅学園大学ではこんなプリントを担当の学生に渡していました。


                    教師の仕事-「考える現場人」(村田栄一)
                                                          福田三津夫

●教師の3つの仕事-授業づくり・学級づくり・劇づくり(福田)
*通底するもの=<ことばと心の受け渡し>の成立(受けて渡す所作・身体作法)
*専門的力量を持った労働者

●子ども観
*困った子(親や教師の視点から)・困っている子(子どもの視点から)
*問題児は問題提出児(視点をずらす、村田栄一)
*多角的視点で子どもを見る

■授業づくり-教科の論理と子どもの生理(リズム)
I 、教育方法(如何に伝えるか)
〔A〕教師のからだ(ことば・心・身体=全存在)―子どもと交流できるからだ
*<ことばと心の受け渡し>が成立しているか?
・聴くということ(引き受ける、受け止める)→子どもの声・眼差し・感想・息づかい・書かれたもの…
・語る・届けるということ(どんな思いを誰に)
・居心地の良いクラス(学級づくり)
〔B〕子どものからだ        
・聴くからだ一日本の子どもが苦手なところ
・伝えるからだ               `
・まずは授業への参加意欲を引き出す

Ⅱ、教育内容
〔C〕ドラマとしての授業一教師の教えから子どもの学びヘ
*導入・展開・終末(序破急・起承転結…)
*導入(子どもの興味・開心を大切に、子どもの学習意欲を引きだす)
      ・「ふしぎなたね」(和田仁)
            ・「屋上の凧」(鈴木孝雄)
*展開(教科の論理、学習課題の系統性・連続性・継続性)
            ・ハプニング歓迎(村田栄一)
*課題提示・発問・板書・評価(おろそかにはできない要素)
*終末・発展(展示・掲示・発表)
*発表(プレゼン)

Ⅲ、多角的視点
*問題解決学習(考える授業になっているか)
*仮説実験授業(問題一予想―討論―解決)の方法(理科だけではなく他教科にも有効)
*「学びの地平を拓く」(フレネ教育者国際会議、リーデフ'98、自由の森学園、教え込みから学びへ)

■学級づくり-教室の人間関係づくり(省略)
■劇づくり-演劇を教える・演劇で教える(省略)

●参考文献①
*『いちねんせい-ドラマの教室』、『ぎゃんぐえいじ-ドラマの教室』、『実践的演劇教育論-ことばと心の受け渡し』、『地域演劇教育論-ラボ教育センターのテーマ活動』以上、福田三津夫著、晩成書房。
*『ことばで遊ぼう 表現しよう!-ことば遊び・朗読・群読』日本演劇教育連盟編集、晩成書房(福田:責任編集)
              以上、白梅学園大学図書館に寄贈

●参考文献②
*『授業つくり上達法』『発問上達法』『討論つくり上達法』大西忠治、民衆社
●参考文献③
*『授業成立入門-教室にドラマを!』『授業をつくる教授学キーワード』『授業の原則-「呼応のドラマ」をつくる』吉本均、明治図書


〔718〕『密航のち洗濯 ときどき作家』(文・宋恵媛、望月優大、写真・田川基成、柏書房)は「労作」の一言に尽きます。

2024年08月21日 | 図書案内

 今年の1月に発行された本で、かなり前にある方からいただいていたのですが、なかなか本ブログには紹介できませんでした。320ページの労作ですが、けっこう字が小さくて、私の目には優しくありませんでした。
 そうこうしているうちに、朝日新聞の書評欄でこの本が取り上げられました。字のサイズをうまく揃えられなかったのですが、これで本書の紹介に換えさせてもらいます。安田浩一さんの書評は素晴らしく流石といったところです。

 私が興味深かったのは、夫を亡くして住んだ1箇所に清瀬市の野塩団地がありました。ひょっとしたらどこかでお会いしていたかも知れません。意外なところに自分との接点があることに驚いています。


〔717〕現在、カフェギャラリー縁(えん)では「中村忠二展」が開催されています。

2024年08月20日 | 美術鑑賞

 第3回福田緑写真展「祈りの彫刻 リーメンシュナイダーと同時代の作家たち」(10月26日~11月6日)については以前のブログでお知らせしたとおりです。
 会場はカフェギャラリー縁(西武池袋線秋津駅徒歩1分、武蔵野線新秋津駅徒歩5分)です。1階が喫茶店、2階が展示スペースになっています。
  現在「中村忠二展」が開催されているので連れ合いと行ってみました。店内では新井狼子の作品も同時に展示されていました。

  まずは2階の展示から見学しました。太い屋根の梁がむき出しで、良い雰囲気を醸し出しています。予想以上に写真を掲示できそうです。テーブルも豊富で、資料や本などもいっぱい並べそうです。

 絵画を鑑賞した後は1階の喫茶室でゆったり寛ぎました。喫茶室には様々な絵や陶器、外国の小物などが所狭しと並べてあります。鑑賞用でもあり、販売用でもあります。

   写真展には是非足をお運びください。お待ちしています。(写真は福田緑)


〔716〕NHKラジオ深夜便出演がきっかけで久利将輝さんの『ドイツの国家資格 眼鏡マイスターへの道』いただきました。

2024年08月20日 | 図書案内

■『ドイツの国家資格 眼鏡マイスターへの道』久利将輝、神戸新聞総合出版センター
2016年6月17日発行、900円+税、156ページ、新書版
巻頭言:俵万智、カバー写真 前 鴨居玲「街の楽師」、後 鴨居玲使用のパレット

 連れ合いの福田緑が唐突に1冊の本を差し出しました。『ドイツの国家資格 眼鏡マイスターへの道』という新書です。
 彼女は2022年4月19日、NHKラジオ深夜便「明日へのことば」に「祈りの彫刻を撮り続けて20年」というタイトルで出演しました。33年勤めた教師生活のことから、退職後にリーメンシュナイダーや同時代の彫刻を撮り続けて写真集を出した話などがそのメインでした。この放送は想像以上に多くの人が聞いてくれていたようで、様々な反響がありました。
 その詳しい顛末は彼女のブログに譲りますが、その反響の1つは、見知らぬ人から本が送られてきたことです。それが、久利将輝さんの『ドイツの国家資格 眼鏡マイスターへの道』でした。
 その内容は俵万智さんの巻頭言に凝縮されています。さらにその巻頭言の骨子がオビに記されています。眼鏡マイスターの資格を取るために著者はドイツで10年間の厳しい修行に励みます。まずはフライブルクでの下宿から始まって、ミュンヒェンでの修行へと続きます。ドイツと日本の文化の違いなど、20回近く渡独している私には共感することが多かったです。文章描写力もなかなかなもので、眼鏡に詳しくない私でもその熱い思いは伝わってきました。
 私が一番興味を持ったのは、なぜ俵万智の巻頭言で、鴨居玲の表紙なのかということでした。
  久利将輝さんのお父さんと鴨居玲が生前親密な関係にあり、鴨居作品を多数所蔵しているということで、かつてNHK日曜美術館の司会をしていた俵万智がその作品を訪ねたことにより交流が始まったようです。

  とても素敵な本ですが、できれば奥付にでも著者紹介がほしかったです。 

 先日いただいた残暑見舞いにも素敵な鴨居作品がありました。


 いただいた本をもう1冊紹介しましょう。様々な吉本隆明論を読むのが楽しみです。

 


〔715〕「夢みる公立校長先生~子どもファーストな公立学校の作り方~」は教育とは何かを考えるきっかけになる映画ですが…。

2024年08月16日 | 映画鑑賞

 2024年8月4日(日)、清瀬市児童センターころぽっくるホールでNPO法人清瀬子ども劇場の主催の映画「夢みる公立校長先生~子どもファーストな公立学校の作り方~」を観ました。事前にチィケットを購入して地域の仲間4人で出かけました。焼け付くような猛暑の中でしたが、会場にはかなり多くの人が訪れていました。

 まずはいただいたチラシから紹介しましょう。

 更なる作品情報です。

■映画.com 作品情報より
「いただきます」シリーズのオオタヴィン監督が「教育」をテーマに制作した映画「夢みる小学校」のスピンオフ作品で、“子どもファースト”な学校改革を行った6つの公立学校の校長先生にスポットをあてたドキュメンタリー。

60年前から通知表や時間割のない「総合学習」を続けてきた長野県伊那市立伊那小学校、2020年度の通知表を廃止した神奈川県茅ヶ崎市立香川小学校、校則をゼロにした東京都世田谷区立桜丘中学校、宿題を廃止した東京都武蔵野市立境南小学校などを取材するほか、元文部科学省事務次官の前川喜平、教育評論家の尾木直樹ら専門家にも話を聞く。

小泉今日子がナレーションを務めた。

2023年製作/82分/日本
配給:きろくびと、まほろばスタジオ
劇場公開日:2023年8月4日
監督
    オオタヴィン 
プロデューサー
    オオタヴィン
撮影
    オオタヴィン


 昨今の教育状況にはあまり期待が持てないと感じている人にとっては、元気になる映画だと思います。一見の価値のある映画には間違いありません。
 登場する7名の校長は通知表や宿題やチャイムや校則を廃止したり、校長室を開放したり、総合学習の改革に力を入れています。映画で強調されていることは、こうした取り組みが公立学校で実現可能だと言うことです。校長にやる気さえあればできないことではないということです。
 この映画会は清瀬市・清瀬市教育委員会の後援を受けています。映画に登場する新宿区立西新宿小学校長井満敏校長がアフタートークに登壇しました。かつて清瀬市の教育委員会に所属していたということでした。指導主事だったのでしょうか、失念しましたが。

 東京都の公立教師を33年体験してきた私としては何点か違和感を感じたのも事実です。
 通知表の廃止には言及しても、原簿としての指導要録には一切触れていません。教育における評価の問題をどう考えているかは、残念ながらこの映画からはみえてきません。評価は避けて通れない課題ですが、例えば評価の一面としての学級通信などの実践もかなり積み上げられてきています。教師による70年代の評価権闘争なども想起されるべきでしょう。
  平教師だった私は管理職試験を受ける気はさらさらありませんでした。主幹・副校長・校長などになることと自身の教育的信念との折り合いをどう付けていたのか知りたいところでした。