2月16日(日)、清瀬駅北口のロータリー脇のアミューで、「ありがとう図書館!! また必ず会いましょう!」報告会が開催されました。
自公市政は住民投票をひたすら恐れ、結果的に住民投票の成立がなりませんでしたが、定足数の6倍以上の7674票を集め、「しばらくの間」元町こども図書館の存続が決まりました。住民投票成立に反対した松本議員、石川議員に言われるまでもなく、間違いなく私たちの運動の成果です。
こうした思いを共有する多くの人びとが参集しました。負けたと落ち込んでいる人はまったく見かけませんでした。次にどう繋げていくか、活発なグループ討論で盛り上がりました。
さて、次はどうしてくれましょうか。(写真は「経過報告」の一部と清瀬市条例制定請求書)
◆8月15日を建国記念の日に
建国記念の日は紀元節が名前を変えたものではない
前川喜平(現代教育行政研究会代表)
11日の建国記念の日に「X」で見つけたのは長島昭久衆院議員・首相
補佐官の投稿だ。「建国記念の日おめでとうございます。初代神武夫皇
ご即位から126代にわたり、一系の皇統を繋いで2685年。かつては『紀元
節』と呼ばれておりました」云々とあった。
明治政府が日本書紀の記述を根拠に、神武天皇即位の日を西暦紀元前
660年の太陽暦2月11日と決めて(もちろん史実ではない)、この日を紀
元節と定めたのが1873年。1940年には「皇紀2600年」が盛大に祝われた。
長島氏は 15年後には「皇紀27O0年万歳」とでも書くつもりだろうか。
しかし建国記念の日は紀元節が名前を変えたものではない。
1966年の祝日法改正で与野党の駆け引きの結果、「の」を入れて「建
国された日」ではないことを示し、具体的な日は「政令で定める日」と
した。
政令を定めたのは佐藤栄作内閣だ。
学習指導要領では、小学校6年の社会科で日本国憲法を学ぶ際に、な
ぜか国民の祝日について教えることになっているが、建国記念の日につ
いては右のような経緯を教えたらいい。
間違っても神武天皇が即位した日などと教えてはいけない。
政令で定めた日は政令で定め直せる。僕は、ポツダム宣言の受諾によ
り天皇に代わって国民が主権者になった8月15日にしたらいいと思う。
(2月16日「東京新聞」朝刊21面「本音のコラム」より)