「アモン人のつかさたちは、彼らの主君ハヌンに言った。『ダビデがあなたのもとに悔やみの使者をよこしたからといって、彼が父君を敬(うやま)っているとでもお考えですか。この町を調べ、探り、くつがえすために、ダビデはあなたのところに家来をよこしたのではありませんか。』」(Ⅱサムエル10:3新改訳)
当時の国々は弱肉強食(じゃくにくきょうしょく)、権謀術数(けんぼうじゅっすう)の関係にあり、すきあらば相手を倒そうとねらっていた。そのような中、ダビデが誠意(せいい)を示すため、「悔やみの使者」を送ったとしても、信用されなかったのはやむ得まい。▼偶像礼拝のアモン人たちは、イスラエルの神とダビデの抱く信仰が理解できず、戦争準備のために使者をよこした、と考えたのだ。主は、「蛇のようにさとく、鳩のようにすなおでありなさい」(マタイ10:16同)と言われた。キリスト者は、このような暗黒社会にあり、神の正義と愛を証ししていく使命を持っているが、自分の力や賢さにより頼んではならない。内におられる神の聖霊に従い、その御声を聞きながら一歩一歩進むべきである。ダビデがことごとく神に祈り、御心を求めたように。