新しさというものに魅力を感じる感受性というのも、人生にとっては大事な能力であろう・・今の世のなかでは、
何かにつけ新鮮さの感覚が薄らいできた気がする・・・昔は考えもしなかったそんなことを考える・・・
今ではお正月だって、普段着の普通になってしまった・・自分が子供のころ、みんなが新しい衣装で済ましていた
正月の清々しさが懐かしい‥・モノがあり余って新しいものに新鮮味がなくなり、新しいことが野暮に思えるように
なったのも、少なくも一つの原因かもしれない・・・・
溢れているのは物ばかりではない知識や経験も同じである‥なんでも分かっている・・漠たる気分である・・
パソコンや雑誌で情報を得ると満足して、万事に事情通の顔をして、平然と冷淡な姿勢をとるのがカッコよさと
するのは、昔から若者の気取りと決まっていたが、感覚的感動を知らない軽薄な人で、若くして老人なのだ。
敗戦直後の、新しい商品が街頭に現れ出したころの、あの興奮がなつかしい、粗悪なものではあったが魅力的であった。
信じられないほどつまらないものが幸福な気持ちの源泉になった・・・電熱器という簡単なコンロがそうだった・・
最大の傑作は革の手袋だった・・まだ温かくて要りもしないものを、新しい商品に出会った楽しみを確認しようとして、
みんなが買っていた・・・今の社会はそういう喜びをしっているだろうか・・・・
青春というのは、とても新しいものであり、老いた人の感慨であろう・・
/span>