寓居人の独言

身の回りのことや日々の出来事の感想そして楽しかった思い出話

おばあちゃんのビーズのバッグ 

2017年12月20日 11時15分19秒 | おとなの童話

  秋の柔らかい日の光が、縁側でかぎ針編みをしているおばあさんの背中に注

がれています。そこへ、息子の嫁の明子がお茶をもってきました。

「お茶を入れましたよ。お義母さんの作るビーズのバッグはいつ見てもきれい

ね」

「おや、気にいってくれたのかい。近所の皆さんも気にいってくれてね、私に

も作ってくださいって頼まれるのですよ」

「だってこんな素敵なのどこを探したってないわよ」

 おばあさんは、もう八十才を過ぎているのにしっかりした手さばきでかぎ針

を動かしてせっせと小銭入れを編んでいた。

「でもね、私もこの頃、目が悪くなってきたようで手が進まなくなってきたの

よ」

「あらそうなの。いつもと同じようにみえるけど」

「針先は見えるのですけどね、見ているところの周りがぼやけて見にくくなっ

てきたのよ」

「ちょっと目を見せて」

 義母は、眼鏡をはずして明子の方へ顔を向けた。だけど明子には何の変わり

もないように見えた。

「私には何も変わったところがないように見えるけど」

「そうかい。もうずいぶん使ってきたから疲れが出てきたのかしらね」

「良夫さんが戻ってきたら相談してみましょうね」

「そうしておくれ。あの子はいつ帰ってくるのかしらね」

「もうすぐだと思いますよ。それまであまり目が疲れないようにしてくださ

いね」

「はい、わかりました。お世話をかけますね」

「どういたしまして」

 といい合って二人はクスッと笑顔になった。

 お祖母さんは、これまでもたくさんのバッグや財布を作っては近所の人たち

にあげてきた。それでかぎ針のおばあちゃんと近所の人たちに親しまれていた。

  なかには自分で作りたいから教えてほしいという人もいたけど、おばあさん

はそんながらじゃないよと言って断っていた。

 息子の良夫は、勤め先の仕事で外国へ出張に行っていたが、もうじき帰って

くる予定だった。

 おばあさんは時々手を休めては遠いところを眺める様子を見せた。おばあさ

んは、目が見えるあいだに息子が戻ってきてくれるだろうかと心配しているの

だった。

  ある日、お祖母さんの手からかぎ針を落ちてしまった。そして縁側でぼーっ

としているようになった。それに気がついた明子が義母の目を見ると両方の目

がなんだか雲がかかっているように白くなっていた。

  お祖母さんの目は日増しに白くなってきて全体が白くなってしまった。その

ために身の回りのことができなくなってしまった。

  明子はそれを国際電話で良夫に伝えた。

「もう少し回りたいところがあるのだが、先方に連絡して予定を変えることが

できたら、五日後には戻れるようにするからそのあいだ気をつけてくれないか」

 明子は近くの眼科医院に義母を連れて行き受診した。目の白いのは白内障と

いって手術をすれば見えるようになると言ってくれた。しかしその眼科医院で

は設備がないので手術できないと言われた。

  数日後に、良夫が帰ってきた。良夫はすぐ母親のところへ行って目を見た。

目が真っ白なのを確認すると、良夫はすぐに一緒に仕事をしている大学の眼科

の教授に電話をかけて相談をした。教授は明日すぐおばあさんを連れてきてく

ださい。受付には私の方から連絡しておくからといって電話を切った。

  翌日、良夫は母を車に乗せて大学病院の眼科へ連れて行った。教授はすぐ診

察してくれた。そして、

「おばあさんにはこのまま入院してもらいましょう。明日検査をして明後日手

術をします。ご高齢ですから片方だけになるかもしれません。手術をすればよ

く見えるようになりますよ。あなたはかえって着がえとか必要なものを明日お

持ちください」

「ありがとうございます。よろしく願いします」

 おばあさんは、十日間ほど入院することになった。おばあさんの白内障手術

は何事もなくすみ、分厚いレンズの眼鏡を作ってくれた。

 おばあさんの包帯がとれ、眼鏡をかけると、

「ああ、よく見えるわ。先生、本当にありがとうございます。またかぎ針を使

えますね」

「お元気でしたので両眼とも手術をしました。よく見えるようになってよかっ

たですね。もし不都合があったらすぐ連絡してくださいね」

「ありがとうございました」

 良夫は母を車に乗せて家へ向かった。おばあさんは、移っていく街の風景を

見ながら、東京はずいぶんかわってしまったねえ、とつぶやいた。

 お祖母さんは、またかぎ針でビーズのバッグを作り始めました。今度は明子

のを作り出したのです。バッグはピンクの糸に虹色に輝くビーズが通してあり

ました。縁側にはその日もあたたかい光がおばあさんに注がれていました。

 


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