
岩田山野猿公園は、ニホンザルを間近に見られて面白い所であるうえ、京都では数少ない展望所であるのでなかなか楽しい場所です。嵐山の観光スポットの一つに数えられていますが、日本人よりも外国人観光客に人気があります。
日本人観光客の大半は、秋山澪みたいに「京都に来てまで何でサル?」と考えてあまり岩田山へ行かないのでしょう。

30分ほど山頂に滞在し、下山しました。登山道ですれ違う登り客の八割ぐらいが外国人でした。おそらく観光ガイドやネットなどで岩田山が盛んにアピールされているのでしょう。
登山口事務所の所に戻ると、既視感のある看板がありました。

劇中では、上下にサルのイラストがついています。実際の看板にもイラストが貼りつけてあった痕跡があるので、昔は劇中と同じようにサルのイラストが貼ってあったのでしょう。

登山口事務所には売店もあります。劇中でも登場しています。

このシーンです。建物の外観などがほぼ一致しています。

櫟谷宗像神社に、登山完了の一礼を済ませました。

由緒案内では神社の歴史を奈良時代大宝年間からであると述べていますが、確証はありません。正史での初見は、櫟谷社に関しては平安時代前期の嘉祥元年(848)の神階奉叙の記事です。さらに延長五年(927)成立の「延喜式」神名帳では、山城国葛野郡に「櫟谷神社」と記載されて櫟谷社が式内社に列しています。
なお、祭神は櫟谷神社が奥津島姫命、宗像神社が市杵島姫命で、いずれも水神です。保津川から桂川に至る水流の変化エリアに面して鎮座していますので、当地が一種の水祭祀の聖域であった様子がうかがえます。

渡月小橋から桂川を見ました。観光用の川船が停泊しています。昔、保津川渓谷川下りの船に一度乗ったことがありますが、終点が渡月橋のもっと西側の北岸であったと記憶していますので、こちらの川船は保津川渓谷川下りの船とは別の、桂川の遊覧船でしょう。

一ノ井堰を見ました。これより西が保津川、東が桂川と呼ばれます。

一ノ井堰からみる渡月橋の姿も、劇中に出ています。

このシーンです。

秋には、一帯が燃えるような紅葉に彩られて素晴らしい風景になります。久しぶりに秋にも行ってみようかな、と考えています。

下りてきたばかりの岩田山を見上げました。この山も紅葉に覆われて美しい景色の一幅を呈します。
十数年前に、大学時代の友人たちと四人で紅葉見物に行き、中之島砂州で弁当を食べながら歴史談義を楽しんだことを思い出しました。その際に、嵐山に実家があったS氏が、「嵐山の紅葉は毎年変わる、色も配置も時期も微妙に移ろいゆくんで、毎年見てても新鮮なんや」と話していました。そのS氏は残念ながら鬼籍に入られましたが、嵐山の紅葉は今年も新たな装いを見せて鮮やかな感動に導いてくれるはずです。 (続く)