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どうやら自分達夫婦には、子供が出来そうにない。
「正雄の秋」
「アンナの十二月」
16歳になったのを機に、初めて実の父親に会いに行く。
「手紙に乗せて」
産休中なのに、隣の謎めいた夫婦が気になって仕方が無い。
「妻と選挙」
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奥田英朗氏の「我が家のヒミツ」は、上記した6つの短編小説から構成されている。此の作品は「家日和」、「我が家の問題」に続く“家族小説シリーズ”の第3弾。
「虫歯とピアニスト」、「妊婦と隣人」、そして「妻と選挙」は、ハッキリ言ってぴんと来ない内容。「アンナの十二月」はまあまあ。で、「正雄の秋」と「手紙に乗せて」はぐっと来る物が在った。
「正雄の秋」は、上村正雄(うえむら まさお)と河島義男(かわしま よしお)という同期入社の2人を巡る話。気が合わない彼等は、入社以降昇進レースを続けていたが、53歳にして“決着”が付く。次期営業局長の内示が河島に在り、負けた上村は“ライン”から外れる事になったのだ。上村が買っていた部下も、恐らくはラインから外されるのではないか・・・という状況、組織で働いている人間ならば身につまされる物が在るのではなかろうか。自分もそういう状況を実際に目にして来たので、他人事には思えない内容だった。
最もぐっと来たのは「手紙に乗せて」。社会人2年生の若林亨(わかばやし とおる)は、53歳の母が急死した事で、実家に戻る事になる。大学生の妹・遥(はるか)が、「御父さんと2人きりは嫌。」と言い出したからだ。久し振りに実家に戻った彼は、56歳となった父の姿に大きなショックを受ける。子供の頃から、「スーパーマンの様に万能で、何事にも動じず、全ての敵を遣っ付ける様な、弱い部分が在るなんて考えた事も無かった父。」が、母の死に大きなダメージを受け、屡々涙を流す等、“弱った人間”に変わっていたからだ。
若くして近しい人間を亡くした亨と遥は、其の事で或る事い気付かされる。其れは、「身近に“死”を感じる機会が少ない若い人達は、概して死に関して鈍感で、他者が近しい人間を亡くしても、少しの間は同情するものの、直ぐに忘れてしまう。一方。近しい人間を亡くした経験が在る中高年は、概して同情の色が濃い。」という事。自分も学生時代に父を病気で亡くしたので、凄く判ったりする。
そんな亨も、「学生時代に親を亡くした同級生が居たけれど、其の死に対して自分も鈍感だった。」事を思い出す。自分が其の立場にならないと、相手の気持ち等を心から理解出来ない物。
自身も妻を突然失い、鬱状態に迄陥った経験の或る亨の上司。「定年後、妻とああいう事やこういう事をしよう。」という人生設計が全部吹っ飛び、「深い喪失感」と「妻の病気に気付かなかった事への罪悪感」に苛まされる彼を、死に鈍感な周りが追い込んで行ってしまったのだ。亨の父と同い年で在り、同じ経験を持つ上司は、面識は無いものの亨の父に深い同情を寄せ、彼に手紙を書く。そして、其の手紙に返事を書く亨の父。2人がどういう遣り取りをしたかは全く記されていないけれど、共に手紙に涙する2人の姿を思うと、堪らない物が在った。
「手紙に乗せて」だけで言えば、評価は星4つ与えられるが、総合評価ならば星3.5個という感じ。