開幕前には藤田元司氏が御亡くなりになられ、チームは開幕ダッシュに成功したのも束の間、その後は連敗に次ぐ連敗で最下位目前の状況。先日には王貞治監督が腫瘍摘出手術の為に休養に入られたりと、ジャイアンツ・ファンにとっては哀しくも寂しいニュースばかりが目立つ今季だが、昨日は”8時半の男”と呼ばれた宮田征典氏が鬼籍に入られたとの報が飛び込んで来た。
1960年にジャイアンツに投手として入団した彼は、持病の心臓疾患も在ってリリーフ投手に転向した。当時は「先発完投こそが投手の在るべき姿。」といった考えが主流で、リリーフ投手にスポットライトが当たる事等先ず無かったという。しかし彼の登場によって、リリーフ投手の存在意義が広く認識される様になった。毎回登板する時間帯が、午後8時30分前後だった事から”8時半の男”と呼ばれる様になった彼は、ジャイアンツの黄金期を担った選手の一人と言える。
しかし、流石にこの頃の彼の姿を自分は知らない。自分が知っているのは、コーチ及び評論家としての彼の姿だ。ジャイアンツやファイターズ、ライオンズ、ドラゴンズで投手コーチを務められ、野口茂樹投手や上原浩治投手、川上憲伸投手を始めとして多くの投手を育て上げた。そして、ファンが興味を持っているで在ろう事を、実に判り易く&丁寧に説明出来る解説者の一人でも在った。
20年以上前に彼が著した「雪辱 王が泣いたファンが泣いた」という本を読んだが、野球に対する熱い思いと共に彼の温かい視線が感じられ、今でもその内容が心に残っている。つい2ヶ月程前に、ラジオで彼が解説されているのを耳にしていたので、まさかという思いで一杯。66歳という年齢での御逝去は、余りにも短過ぎる。
球界の為に頑張って戴き、本当に有難うございました。安らかに御眠り下さい。
ところで、一昨日の日刊スポーツに気になる記事が載っていた。実は以前から自分も同じ事を思っていたのだが、何から何迄イチャモンを付ける”小言親父”と思われるのも癪なので(笑)、此処で取り上げるのを控えていた。今回同じ様な思いの人が居る事を知り、一安心の上(?)取り上げてみたいと思う。
「村上秀明の見た聞いた思った」というコラムに載っていた「応援ダンスは必要なの」という記事で、全文はこちらで見る事が出来る。主要な部分を抜粋すると、下記の様になっている。
*****************************
高校野球で1つだけ理解出来ない事が在る。スタンドでの控え部員の応援ダンスで在る。全国的な事情は明確には判らないが、北海道の高校には、ベンチに入れないスタンド応援の部員が、統一した踊りを踊って盛り上げ役をしている。
(中略)
勿論、父母やOB等が多数集まったスタンドを盛り上げようという意図は判る。専門の応援団やブラスバンド不在で手拍子、メガホンだけの応援では寂しいと言う人も居るだろう。それを築き上げて来た伝統だと言う人も居るかもしれない。個人的には、そんな伝統なら必要無いのでは、と思う。もっとやる可き事、意味の在る事が在るのではないだろうか。
踊っている控え部員は、ハッキリ言って真剣に試合を見る事が出来ない。控え部員は下級生が多いだろうし、先輩の1つ1つのプレーを目に焼き付け、今後に生かした方が、余程財産になるのではないか。
(中略)
大声を出すだけの応援なら試合は見られる。腰をくねくねして踊っている場合かな、滑稽なポーズを決めている場合かな、と思ってしまう。「毎日2~3時間のダンス特訓をした。」とコメントした控え部員が居た。チームに貢献しようという気持ちに好感は持てるが、スタンドで応援する為に野球部に入ったのだろうか。ほぼ100%に近い部員の答は「NO。」だろう。実際にダンスしている部員も、伝統という枠に囚われ、もしかしたら半強制的に踊らされているのかもしれない。
*****************************
元記事で村上氏が触れている様に、別の意味合い(ダンスによって足腰を鍛えるといったトレーニング効果等。)も無しに、単なる伝統という事だけで応援ダンスを半強制されているので在れば、控え選手達に同情の思いを自分も持ってしまう。
1960年にジャイアンツに投手として入団した彼は、持病の心臓疾患も在ってリリーフ投手に転向した。当時は「先発完投こそが投手の在るべき姿。」といった考えが主流で、リリーフ投手にスポットライトが当たる事等先ず無かったという。しかし彼の登場によって、リリーフ投手の存在意義が広く認識される様になった。毎回登板する時間帯が、午後8時30分前後だった事から”8時半の男”と呼ばれる様になった彼は、ジャイアンツの黄金期を担った選手の一人と言える。
しかし、流石にこの頃の彼の姿を自分は知らない。自分が知っているのは、コーチ及び評論家としての彼の姿だ。ジャイアンツやファイターズ、ライオンズ、ドラゴンズで投手コーチを務められ、野口茂樹投手や上原浩治投手、川上憲伸投手を始めとして多くの投手を育て上げた。そして、ファンが興味を持っているで在ろう事を、実に判り易く&丁寧に説明出来る解説者の一人でも在った。
20年以上前に彼が著した「雪辱 王が泣いたファンが泣いた」という本を読んだが、野球に対する熱い思いと共に彼の温かい視線が感じられ、今でもその内容が心に残っている。つい2ヶ月程前に、ラジオで彼が解説されているのを耳にしていたので、まさかという思いで一杯。66歳という年齢での御逝去は、余りにも短過ぎる。
球界の為に頑張って戴き、本当に有難うございました。安らかに御眠り下さい。

ところで、一昨日の日刊スポーツに気になる記事が載っていた。実は以前から自分も同じ事を思っていたのだが、何から何迄イチャモンを付ける”小言親父”と思われるのも癪なので(笑)、此処で取り上げるのを控えていた。今回同じ様な思いの人が居る事を知り、一安心の上(?)取り上げてみたいと思う。
「村上秀明の見た聞いた思った」というコラムに載っていた「応援ダンスは必要なの」という記事で、全文はこちらで見る事が出来る。主要な部分を抜粋すると、下記の様になっている。
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高校野球で1つだけ理解出来ない事が在る。スタンドでの控え部員の応援ダンスで在る。全国的な事情は明確には判らないが、北海道の高校には、ベンチに入れないスタンド応援の部員が、統一した踊りを踊って盛り上げ役をしている。
(中略)
勿論、父母やOB等が多数集まったスタンドを盛り上げようという意図は判る。専門の応援団やブラスバンド不在で手拍子、メガホンだけの応援では寂しいと言う人も居るだろう。それを築き上げて来た伝統だと言う人も居るかもしれない。個人的には、そんな伝統なら必要無いのでは、と思う。もっとやる可き事、意味の在る事が在るのではないだろうか。
踊っている控え部員は、ハッキリ言って真剣に試合を見る事が出来ない。控え部員は下級生が多いだろうし、先輩の1つ1つのプレーを目に焼き付け、今後に生かした方が、余程財産になるのではないか。
(中略)
大声を出すだけの応援なら試合は見られる。腰をくねくねして踊っている場合かな、滑稽なポーズを決めている場合かな、と思ってしまう。「毎日2~3時間のダンス特訓をした。」とコメントした控え部員が居た。チームに貢献しようという気持ちに好感は持てるが、スタンドで応援する為に野球部に入ったのだろうか。ほぼ100%に近い部員の答は「NO。」だろう。実際にダンスしている部員も、伝統という枠に囚われ、もしかしたら半強制的に踊らされているのかもしれない。
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元記事で村上氏が触れている様に、別の意味合い(ダンスによって足腰を鍛えるといったトレーニング効果等。)も無しに、単なる伝統という事だけで応援ダンスを半強制されているので在れば、控え選手達に同情の思いを自分も持ってしまう。

まだ若いのに、本当に残念です。ご冥福をお祈りします。
ベンチ入りできなかった野球部員なんですが、私は正直なところ、これまであんまり深くは考えていませんでした(苦笑)
なのでエントリを拝読して、なるほどこういう考え方もあるのかと思った次第です。確かに最近の応援は派手になるばかりですからね。
その一方で、彼ら自身はどう思っているのか、というのも気になりました。
もちろんスタンドで応援するのは彼らの本意ではないでしょう。そこである種の強制的な力が働いているのであれば、同情を感じないではありません。
ただ、それでも彼らが少しでも貢献したいという一身からやっているのなら、一言「応援頑張れよ」としか言えませんね。
自分も現役時代の宮田さんは知りませんが
非常に理にかなった分かりやすい解説に好感を持ってました。
心よりご冥福をお祈りします。
さて応援ダンスですが・・・
半強制的に、或いは強制的にやらされているのなら
本当に気の毒な話ですね。
時々、球場で野球を見ていて何となく疑問に思うのですが
野球を(或いは観戦を)楽しんでいるのか
応援そのものを楽しんでいるのか・・・
もし後者ならただ単に盛り上がって騒げるきっかけがあればいいってことなのでしょうか・・・?
これで野球人口が減るならば仕方がないな、とも思いました。
プロ野球を外野席で見た事ありますでしょうか?
僕は、熱狂して応援する彼等がよく理解できませんでしたが、初めて外野席で見た時、同じように熱狂してました。
あった事もないプロ野球の選手ですらこうです。
普段一緒に練習している部員なら、尚更です。
まして、自分が今プレーしている3年生と同じ3年生で、ベンチ入りできず、プレーしたくてもできないとくれば、更に尚更です。
ほとんどの高校野球児は、高校で野球を辞めてしまいます。
プロや大学、社会人で続けられる人は、ほんの僅かです。
ほとんどの人は、続けられず、どうしてもやりたい人は、軟式野球、それも草野球に転向して続けるのです。
その最後の大会にでたくても出れない部員だって、熱くなりたい、選手と同じ気持ちになりたいと思うものです。
人生は長いけれど、馬鹿な事をおもいっきり出来るのは、ほんの一瞬です。
記事の応援ダンスがどんなものかは知りませんが、必要か不必要かで決めて欲しくないと思うのが、僕の意見です。
僕の意見は、あくまでどんなダンスかは知らずに書きました。。
そのダンスをみれば、こんなの必要ね~よと思うかもしれませんけどね(笑)。
昨年職場がたまたま家の近所で
始業より早めに自転車で出勤しているとき
高校野球・夏の県大会での応援のために
控え選手が選手名コールの練習をしておりました
(ふだんカープを見に行って
外野席で騒ぎまくっている私からしたら
全然声出てないわけですが、
彼らは先輩や場合によっては同級生に応援の気持ちを届けるために
練習しているわけですわ)
生徒会が中心になって応援する学校あり,
野球部員以外にはあんまり応援こない学校あり
ブラスバンドもやってくる学校あり
結構楽しんでやっている面もあるし
実は応援も兵庫県の夏の大会では表彰対象なので
けっこう真剣だったりするんですよ。
大規模な強制してやらされている応援は辛かろうけど
私が見ている限りの人々は楽しんでました。