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桶狭間での父・義元の急死を受け、 彦五郎氏真は駿河今川氏の当主となった。だが、落日は直ぐ其処に。家臣だった松平元康(徳川家康) は離反、甲斐武田からも圧迫され、正室で在る相模北条氏の娘・早川殿と共に、転々と落ち行く日々。そんな中にも、救いは在った。氏真は近江の寺で出会った童子達の師となり、或る希望を抱く。然し無情にも、天下を其の掌中に収めつつ在った織田信長は、氏真と心通わせた子等を叛乱の縁者として殺してしまう。蹴鞠の名手で在り、歌をこよなく愛した男が見せた最後の心意地とは・・・。
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小説「塞王の楯」(総合評価:星4.5個)で第166回(2021年下半期)直木賞を受賞した今村翔吾氏は、関西大学文学部を卒業後、ダンス・インストラクターや作曲家、埋蔵文化財調査員を経て、30歳から作家活動を始めたという異例の経歴を有する。そんな彼が書いた短編小説8編を収めたのが、今回読んだ「蹴れ、彦五郎」。初期の作品が多く、表題となっている「蹴れ、彦五郎」は、今村氏が最初に書いた作品とか。
今川氏真、織田秀信、安本亀八、太田道灌、間部詮勝、新発田重家、武田義信、そして北条氏規が、其れ其れの作品の主人公。歴史好きならば知っているが、一般的な知名度という点で言えば、太田道灌以外は低いのではなかろうか。特に安本亀八なんて、恐らく知っている人は極めて少数だろう。誰もが知っているという訳では無い歴史上の人物に“光”を当てている所に、今村氏の非凡さを感じる。
何の作品も良いが、特に印象に残ったのは、武田義信を描いた「晴れのち月」という作品。武田義信は武田信玄の嫡男で、武田氏を継ぐ筈だったが、信玄から謀反の疑いを掛けられ、廃嫡されてしまった人物。戦闘能力のみならず、指導者としての能力も高かった様で、「勝頼では無く、彼が信玄の跡を継いでいたら、武田氏は滅亡しなかったかも知れないなあ。」と思ってしまう。“悲運の武将”の1人と言って良いだろう。
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生人形:江戸時代の後期から明治時代に掛けて製作された細工物で在り、実際に生きている人間の様に見える程の精巧な細工が施された人形。
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「三人目の人形師」という作品で、生人形という存在を始めて知った。色々調べてみると、確かに“生きている人間”と見紛う程、実に精巧に出来た人形だ。何も知らないで夜中にパッと見たら、ドキッとしてしまうだろう。そんな生人形を手掛けていた1人が安本亀八。他2名の人形師を交えた話で、子供の頃に読んだ怪談(「雨月物語」の中の1作品と記憶していたが、どうも違う様だ。記憶が非常に曖昧になっているので、微妙に違っているかも知れないが、「鐘作りの名人を父に持つ娘が、思う様な音色を出す鐘が作れずに悩んでいる父を見兼ねて、或る決心をする。そして、何とか作り上げた鐘が思い通りの音色を出せて喜ぶ父親だったが、『銅等を溶融する過程で、娘が其の中に身を投じていた事(「若い女性の血を混ぜ合わせると、良い音色の鐘が出来上がる。」という話を娘は聞いたので。)により、良い音色が出せる様になった。』事を知り、嘆き悲しむ。」といった話だったと思う。)を思い起こさせる内容。
今村氏が記した後書きも印象的。作家になって間も無い頃、北方謙三氏と会って話した内容等、「此の位強い意志が無ければ、一流の作家にはなれないのだろうな。」と思わされる逸話許りなので。とても自分には無理だ。
総合評価は、星4.5個とする。