「犯罪が発生し、加害者が捕まると、卒業アルバムやら卒業文集から、加害者の写真や文章が、マスメディアで取り上げられる。」という事に、ずっと疑問を感じている。加害者(と確定した者)が“常識的な範囲内で”批判されるのは仕方無いが、でも、飽く迄も“閉ざされた空間”で配られた卒業アルバムや卒業文集から、加害者の写真や文章をマスメディアが勝手に取り上げ、大勢の目に触れさせるというのは、どうかと思うからだ。
近年、「加害者が運営しているSNS(TwitterやFacebook等。)やブログから、加害者の写真や文章を取り上げる。」事が、マスメディアの更なるトレンドとなった様だ。先日、「朝霞中学生行方不明事件」の容疑者として身柄が確保された男に関してもマスメディアは、彼が運営するSNSより、彼の写真を色々取り上げていた。
自身の写真や文章をネット上に載せるという事は、「大勢の目に触れる事を理解した上での行為。」で在る。詰まり、SNSやブログに載せた自身の写真や文章は“開かれた空間”に属する物で在り、(其れ等を勝手に取り上げるのは、著作権や肖像権等の問題は在るけれど。)マスメディアが其れ等を勝手に取り上げるのは、卒業アルバムや卒業文集から取り上げるのに比べると、「まあ仕方無いかな。」という気が。
個人的に理解出来ないのは、「運営するSNSやブログに、自身の写真を此れでもかと載せている人々。」の事。個人の自由なので、そういうのが「駄目。」と言う気は無いが、「加害者になった場合のみならず、被害者になった場合でも、マスメディアによって自分の写真が晒されるだろうし、其れ以前に個人情報を晒す事での危険性は、結構在るだろうに。」と考えるからだ。
日常生活でも、自分の写真を撮られるのが大嫌い。だから、ブログに自分の写真を載せ様なんて思った事は全く無い。又、外で撮った写真をブログに載せる場合は、写った人々の顔等が判らない様、“加工”に心を砕いている。そんな自分だからこそ余計に、運営するSNSやブログに自身の写真を載せる人々が気になってしまう。
ただ、私自身は逆に、匿名で私見をブログに書くことへの「後ろめたさ」を感じる事も有ります。
何かを主張するなら、堂々と実名で・・・と言っても、ネットの危険性を考えると、なかなか実行できませんが。
真意が伝わらなかったり、悪意で揚げ足取りされたときが怖いですから。
マスメディアが卒業アルバムなどから写真を晒すというのは、私も以前から気になっています。
が、マスメディアにそれが可能なのは、対象者の身近に情報提供者がいるからで、マスメディア(だけ)が一方的に非難されるのはどうなのでしょう。
「匿名で私見をブログに書く事への後ろめたさ」、此れは凄く判ります。と言うのも、自分も嘗て、そういう思いを持っていましたので。
唯、ネットの危険性を考えると、実名での私見表明というのは仕方無いと思うし、だったら「自分なりに多方面から情報を集め、其れ等を自分の頭で検証した上で、きちんとした私見を表明する事を徹底しよう。」という事で、匿名にするエクスキューズと決めました。
扇情的な報道が問題になる時、「でも、そういう報道を求めている人が居るのも事実。」という意見も在りますよね。卒業アルバムや卒業文集からの個人情報晒しも、仰る様に其れ等を提供する人間が居るからこそ成立している訳で、マスメディアだけが責められる話では無い。結局、政治の酷さを詰るよりも、そういった政治を許してしまっている国民の駄目さも詰られなければいけないというのと一緒だと思います。