焼肉チェーン店Aで発生した集団食中毒事件は、現在迄に4人の死者を出す事態となっている。外食を楽しむ為に足を運んだ店で食中毒に罹患した方々、特に亡くなられた4名は本当に気の毒でならない。入院されている方々の一日も早い回復を願うと共に、亡くなられた方達の為にも徹底的な原因究明を当局には図って貰いたい。(漏れ伝わって来る情報では、Aに肉を卸していた卸売業者にも問題が在りそうだ。でも受け入れ検査を疎かにしていたとか、過去に食中毒を何度か起こしていたという報道も在る事から、Aの側にも問題点は少なく無い気がする。)
今回の事件では、Aを経営するB社長の言動にも注目が集まっている。最初の記者会見で逆切れを見せたかと思えば、其れ以降はいきなり土下座して謝罪する等、少々エキセントリックさを感じてしまう言動が人々の関心を向けさせるのだろう。インターネット上ではB社長を批判的に取り上げている人が多いし、自分も「彼の言動だったら、そりゃあ顰蹙を買うだろうな。」とは思う。でも批判の中には“方向違いな物”も結構在り、「其れはおかしいでしょ。」と感じていた。
昨日発売の週刊文春(5月19日号)の広告を目にした際、其の惹句の余りの酷さに唖然とさせられた。「大学は偏差値XX」とB社長の出身大学を嘲笑しているとしか思えない惹句が踊り、記事を読んでも「地元では有名な底辺校で、偏差値XX」と書かれている。仮に偏差値が低い大学出身で在ったとしても、其の事と今回の事件がどう関係が在るのか?(当然乍ら、記事でも其の関係を一切書いていないし。)
名門大学を出ていなければ、成功を収めてはいけないという事なのだろうか。マスメディアには高学歴者が多いと言われているが、「上から目線」の書き方には嫌悪感しか覚えなかった。「差別はいけない。」とか「学歴なんか関係無い。」等と普段は御大層な記事を書いていても、こういう「上から目線」の惹句や記事を平然と載せている様では、全く説得力を持ち得ないだろう。
週刊誌が「悪趣味的な部分」を持っている事には、必ずしも否定的では無い。「週刊誌なんか嘘ばかりで、信じるのはおかしい。」とも思わない。TVや新聞が意図的に取り上げない様な「隠された真実」を、週刊誌が時には悪趣味的な報じ方で明らかにする事も在るし。けれども、今回の報じ方は余りに酷く、問題在りだと思う。「週刊文春」という週刊誌は個人的に嫌いでは無いだけに、余計に残念でならない。
地元で有名な底辺校ではないと思うなあ。まあ優秀な学校でもないと思うんだが(変な話、北陸地方だと金沢大学とそれ以外みたいな格差があるようにも思う)。ホント記事を書く側の嫌な意識を感じるな。もし彼が金沢大学か富山大学だったとしても田舎国立大学ぐらいの書き方をしそうだな。
誰かがこういうマスコミ(まあ記事書いてるのはフリーライターかもしれないけど、番組作ってるのも下請けかもだし)と地方でユッケ280円で出さないと勝ち残れないシビアな食い物ベンチャーでは境遇が違いすぎる、と。
まあ彼の経営手法もえげつないんだけど、そうでもしないと生き残れないような面はあったのかな、と。
大学名を目にして「あれ?」と思ったのですが、矢張り彼の出身校と系列関係に在ったのですね。「偏差値」という物差しが在る以上、偏差値の高低という比較が出てしまうのは仕方無いのだけれど、「偏差値が高いから人間的に全て優れている。」とか、其の逆に「低いから人間的に駄目。」と決め付ける様なスタンスはどうかと思う。ましてや苟も「社会の公器」を標榜しているマスメディアなのですから、「上から目線の報道」は駄目。唯、批判されるのはマスメディアだけでは無く、「学歴至上主義的な雰囲気」を作り上げてしまっている(又は許容している)我々一般人もいけないとは言えましょうね。
此の記事を書いた記者は、もし自分の最愛の子供がB社長と同じ大学に在籍(又は卒業)していても、平然と同じ事を書けたのだろうか?こういう記事を書く事で、其の大学の関係者(OBを含む。)がどれだけ嫌な思いをするか、思いを馳せた事は在るのだろうか?