戦国時代から安土桃山時代という激動の時代を生きた茶人・千利休。類い無い審美眼を有する人物としても知られている。「美」に関する概念は千差万別で、人によってはゴチャゴチャと付け足す、即ち「プラスする事で美しさが増す。」と考える者も居るだろう。利休の場合は「これ以上削り落とす物が無い。」という所迄、即ち「極限迄マイナスする事で、美しさも極まる。」という思考だった様だ。全てを削ぎ落とす事で緊張感を作り上げ、それによって美の感性も高まるという発想とも言えるだろう。
茶人という文化人の顔以外に、利休には権力者達の政治的アドヴァイザーとしての顔も有していた。織田信長や豊臣秀吉からその才能を買われ、権力の中枢に近付いてしまった彼。最後は秀吉の勘気に触れ、切腹するに到る。切腹を命じられた理由は諸説在るが・・・。
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飛び抜けた美的センスを持ち、刀の抜き身の如き鋭さを感じさせる若者が恋に落ちた。堺の魚屋の息子・千与四郎。後に茶の湯を大成した男・千利休で在る。女の物と思われる緑釉の香合を肌身離さず持つ利休は、己の美学だけで時の権力者・秀吉に対峙し、気に入られ、天下一の茶頭に昇り詰めて行く。利休は一茶人に留まらず、秀吉の参謀としてその力を如何なく発揮。秀吉の天下取りを強力に後押しした。しかし、その鋭さ故に、やがて対立。秀吉に嫌われ、切腹を命ぜられる。
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第140回(2008年下半期)の直木賞を受賞した「利休にたずねよ」(著者:山本兼一氏)を読了。秀吉が利休を死に迄追い遣った理由が「類い無い審美眼を持つ利休への嫉妬」という視点は、非常に面白いと思った。物語は利休が切腹に臨む直前から始まり、徐々に時代が遡って行く。つまり「秀吉と利休の関係が抜き差しならない状態。」から「秀吉が利休に嫉妬の念を深めて行く過程。」、「秀吉や信長と利休が知り合う。」といった様に時代が遡り、19歳の利休(当時の名は与四郎)で時の逆流はストップする。その時点で起こった或る出来事が、その後の利休に多大な影響を与えたというのが山本氏の“推理”。
極限迄無駄を取り除いた物にその美しさを感じ取り、「侘び」や「寂び」という概念を持った利休。権力の中枢に近付くも、何となく俗世間からの遠さを感じてしまう彼だが、『美に対する貪欲さ』という面では非常に俗っぽい人間だった。」という切り口は、納得出来る部分が在った。
総合評価は星3.5個。
茶人という文化人の顔以外に、利休には権力者達の政治的アドヴァイザーとしての顔も有していた。織田信長や豊臣秀吉からその才能を買われ、権力の中枢に近付いてしまった彼。最後は秀吉の勘気に触れ、切腹するに到る。切腹を命じられた理由は諸説在るが・・・。
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飛び抜けた美的センスを持ち、刀の抜き身の如き鋭さを感じさせる若者が恋に落ちた。堺の魚屋の息子・千与四郎。後に茶の湯を大成した男・千利休で在る。女の物と思われる緑釉の香合を肌身離さず持つ利休は、己の美学だけで時の権力者・秀吉に対峙し、気に入られ、天下一の茶頭に昇り詰めて行く。利休は一茶人に留まらず、秀吉の参謀としてその力を如何なく発揮。秀吉の天下取りを強力に後押しした。しかし、その鋭さ故に、やがて対立。秀吉に嫌われ、切腹を命ぜられる。
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第140回(2008年下半期)の直木賞を受賞した「利休にたずねよ」(著者:山本兼一氏)を読了。秀吉が利休を死に迄追い遣った理由が「類い無い審美眼を持つ利休への嫉妬」という視点は、非常に面白いと思った。物語は利休が切腹に臨む直前から始まり、徐々に時代が遡って行く。つまり「秀吉と利休の関係が抜き差しならない状態。」から「秀吉が利休に嫉妬の念を深めて行く過程。」、「秀吉や信長と利休が知り合う。」といった様に時代が遡り、19歳の利休(当時の名は与四郎)で時の逆流はストップする。その時点で起こった或る出来事が、その後の利休に多大な影響を与えたというのが山本氏の“推理”。
極限迄無駄を取り除いた物にその美しさを感じ取り、「侘び」や「寂び」という概念を持った利休。権力の中枢に近付くも、何となく俗世間からの遠さを感じてしまう彼だが、『美に対する貪欲さ』という面では非常に俗っぽい人間だった。」という切り口は、納得出来る部分が在った。
総合評価は星3.5個。
「付加する事で生まれる美」と「削ぎ落とす事で生まれる美」。どちらが良い悪いは無いのですが、この年になると後者に魅力を感じます。蕎麦や寿司というのも極めてシンプルな料理で在り、後者と相通じる部分が在りそうですね。
千利休、生まれ乍らに「詫び」や「寂び」を体得していた訳でも無いでしょうし、意外と若い頃は付加する事に美を感じていたのかも。
日本人の美意識の原点は無駄をそぎ落とす事だとすると、それを具現化したのが千利休の侘茶なのでしょうか。シンプルな蕎麦や鮨を日本人が愛してやまないのもこのあたりと根っこが同じなのかなと思っています。
宗男ちゃんにそんな話が在るんですか。以前の記事(http://blog.goo.ne.jp/giants-55/e/a204bc09332922ffcf00bc101eb97c6d)でも触れましたが、嘗ての宗男ちゃんは好きでなかった。嫉妬心が本当に無いのかどうかは本人のみぞ知るですが、少なくともその分権力欲に相当な物が在ったと感じましたし、それが好きでは無い要因の一つでした。しかし権力の中枢から“結果的に”遠ざけられた事で、憑き物が取れた様な穏やかな雰囲気になった感じが今はします。御本人も「あの頃は権力の中枢に近かった事で、知らず知らずの内に傲慢になっていたと思うし、国民の目線というのが失せていた様にも感じる。」と回顧されていましたね。一度地獄を見た人間は強い。嘗ての驕りを反省材料にしている彼には、世の中のおかしな事柄を斬り捲って欲しい。
宗男ちゃん。
政治家は嫉妬の塊のような人々だと
言う説がある中
この人には、全く嫉妬心がないそうな
だから他の人が嫉妬する状況が理解できない
そんな欠点があるんだとか。
嫉妬、本当に難しい感情です
以前書いた話なのですが、社会人となって暫くした頃に上司から言われた事が強く印象に残っております。
「なあ、XX(giants-55)。良く女の嫉妬心は凄いって言うけど、あれは正しくないぞ。俺から言わせれば、男の嫉妬心の方が遥かい根深いと思う。特に出世争いで相手が同期なんかになると、嫉妬心から実に陰湿な事をネチネチとして来る奴が結構居るしな。」その時は「そんな物なのかなあ?」と思った程度でしたが、社会人として色々経験して行く中で、その上司の言葉が良く理解出来る様になりました。(勿論、異常に嫉妬深い女性も居るし、男性の中にも恬淡としている者も居ますので、あくまでも全般的な印象という事では在りますが。)
千利休、多才だったのですね。^±^ノ
やはり、ただものではなかったのですな…。
とてもいい意味で。