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どんなに複雑な物質で在っても、瞬時に合成ルートを編み出す能力を持つ大学院生・藤村桂一郎。ところが彼は研究室に遣って来た新人秘書・真下美綾に一目惚れし、能力を失ってスランプに陥ってしまう。そんな或る日、カロンと名乗る黒衣の妖女が「君の能力を取り戻して上げる。」と現れ、美綾への告白を迫るが・・・。
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第9回(2010年)の「『このミステリーがすごい!』大賞」で優秀賞を受賞した「ラブ・ケミストリー」。著者の喜多喜久氏は1979年生まれで、東京大学大学院薬学系研究科修士課程を修了後、大手製薬会社の研究員として勤務している。有機化学者として物質の合成ルートを編み出す藤村桂一郎というキャラクターは、学生時代の著者自身の姿が投影されているのではなかろうか。典型的な文型人間の自分には、研究に明け暮れる学生の描写はとても目新しかったが、同時に「チオフェノール」だとか「転位反応」だとかというテクニカル・タームがチョコチョコ出て来ると、「うわっ!」とアレルギー反応が出てしまうのも事実。
女性と付き合った経験が皆無な桂一郎の言動はもどかしさ一杯なのだが、一途に合成ルートを編み出そうとする姿は清々しくも在る。そんな彼が1人の女性に一目惚れした事でスランプに陥ってしまうのだが、「彼の前に突如現れて『君の能力を取り戻して上げる。』と宣言したカロンなる妖女は、果たして誰の依頼を受けたのか?」というのが1つの焦点。
ストーリーの起伏を感じない儘に読み進んだけれど、最終章になって怒涛の展開が待っていた。或る人物の“正体”に付いては薄々想像は付いていたけれど、実際にそうだと判明すると、「そうかあ。」という驚きは少なからず在った。“彼の概念”が一般化する以前では、こういうストーリーが生み出される事は無かったろう。
「あんなにも思いを寄せていた人を、こんなに簡単に諦められるものだろうか?」という思い等、ストーリー的にやや無理を感じさせる部分が在るのは否めない。総合評価は星3つ。