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元刑事の藤巻智彦(ふじまき ともひこ)は、交通事故に遭い、自分に軽度認知障碍の症状が出ていた事を知り、愕然とする。離婚した妻は既に亡くなっており、大学生の娘・祐美(ゆみ)にも迷惑は掛けられない。
途方に暮れていると、祐美が藤巻を訪ね、相談を持ち掛けて来る。「介護実習で通っている施設に、身元不明の老人が居る。彼の身元捜しをしてくれないか?」と言うのだ。其の老人は、施設の門の前で放置されていた事から、“門前さん”と呼ばれていた。彼は認知症の疑いが在り、意思の疎通が出来なくなっていた。
此れは、自分に課せられた最後の使命なのではないか。そう考えた藤巻は、娘の依頼を引き受け、老人の正体を突き止める為、たった1人で調査に乗り出す。
刻一刻と現れる軽度認知障碍の症状と闘い乍ら調査を続ける藤巻は、門前さんの過去に隠された恐るべき真実に近付いて行く。
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第66回(2020年)江戸川乱歩賞を受賞した小説「わたしが消える」(著者:佐野広実氏)は、「介護施設前に遺棄された老人の身元捜しをする事になる元刑事の姿を描いた作品。」だ。2人は高齢男性という事の他に、認知障害を罹患しているという共通点が。
「門前さんは一体、何者なのか?」、「藤巻は何故、刑事を辞める事になったのか?」、「身元捜しを阻もうとする者達の目的は?」等、幾つかの謎が存在する。老人の身元捜しという“間口”の狭い一件が、調査が進む中で、どんどんと間口が広がって行く。そういう点は面白い。
だが、不満点も在る。一番大きな不満は、「正体を追い求められる側と追い求める側が、共に認知障害を罹患しているという“特殊な設定”をしているのに、其の特殊さが充分に活かされていない気がする。」事だ。こういう特殊な設定を考えたのは悪く無いだけに、非常に勿体無い気がする。
又、「“種明かし”に、驚きを感じられなかった。」というのは、ミステリーとして致命的。「元刑事が主人公の、ミステリーでは無い一般小説。」というのならば、「在り。」だろうが・・・。
総合評価は、星3つとする。