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昭和20年―終戦間際の北海道・室蘭。逼迫した戦況を一変させるという陸軍の軍事機密“カンナカムイ”を巡り、軍需工場の関係者が次々と毒殺される。
アイヌ出身の特高刑事・日崎八尋(ひざき やひろ)は、“拷問王”の異名を持つ先輩刑事の三影美智雄(みかげ みちお)等と共に、捜査に加わる事になるが、事件の背後で暗躍する者達に翻弄されて行く。
陰謀渦巻く北の大地で、八尋は特高刑事としての「己の使命」を全う出来るのか?民族とは何か?国家とは何か?人間とは何か?
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「2018週刊文春ミステリーベスト10【国内編】」及び「このミステリーがすごい!2019年版【国内編】」で共に9位に選ばれた小説「凍てつく太陽」(著者:葉真中顕氏)は、敗色濃厚となった昭和20年の日本、其れも北海道の室蘭を舞台にしている。軍需工場の関係者が次々と毒殺されて行くという事件を追う特高刑事・日崎が、此の作品の主人公。
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フクライ、というのは「臭い小便」を意味するアイヌ語で、八尋が生まれた時に付けられた“魔除けの名”である。名づけたのは、他ならぬこの貫太郎(かんたろう)だった。伝統的なアイヌ社会には、悪さをする神(カムイ)から守る魔除けとして、子供に敢えて不吉だったり、汚かったりする、悪い意味の名前をつける風習があった。
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敬愛する漫画家・手塚治虫氏は、自分が知る限り、アイヌを題材にした漫画を、生涯で2作品生み出している。1つは「勇者ダン」、そしてもう1つは「シュマリ」だ。後者の「シュマリ」は名作で、10年前の記事「手塚治虫作品ベスト10」では5位に選んでいる程。差別&迫害され続けたアイヌを描いた、壮大な“大河ドラマ”だ。
「シュマリ」の中に、“ポン・ション”と名付けられた子供が登場する。ポン・ションが“小さい糞”の意味だと知って「何で、こんな変な名前を付けたのか?」と思ったものの、上記した理由を知り、「へー。」と思った物だった。
「皇民化教育」というのは、大日本帝国の統治地域に於て、日本人以外の民族に対し、日本及び皇室への忠誠や同化を指導した政策を意味する。戦時中、日本人は自らを“天皇が統べる国家の国民”という意味で“皇国臣民”と称したが、其の中には大日本帝国の統治下に在った朝鮮の人々、そして北海道に居住する先住民・アイヌ等も含まれていた。とは言え、彼等以外の日本人が大和人(シャモ)で在る一方、朝鮮やアイヌの人々は歴然と差別されており、「凍てつく太陽」の中でも、そういう描写が何度も出て来る。差別というのはどんな時代にも存在する物だけれど、不快な思いしか無い。
密告組織と化した隣組の他に、特高警察や憲兵は、当時の日本を“物言えぬ社会”に変えた組織。世界的に同調圧力が強まっている現在、こういう悍ましい組織が復活しない事を、心より願う。
“当時の時代の空気”が感じられるし、何よりミステリーとしても面白い。“真犯人当て”や“動機当て”、“トリックの見破り”等と並び、“意外な正体”というのはミステリーを読む上での醍醐味の1つだが、「凍てつく太陽」に登場する“或る人物”の正体は、本当に意外だった。「或る人物の正体はXXか△△、又は☆☆だろう。」と意外性の在る人物を何人か考えていたけれど、全く頭に浮かんでいない人物で、最近読んだミステリーでは、一番驚かされた程。
残酷な面を持つのも人間ならば、優しい面を持っているのも、又、人間で在る。人間の持つ負の部分がずっと描かれて続けて来ただけに、最後の数頁には救いを感じた。
「2018週刊文春ミステリーベスト10【国内編】」及び「このミステリーがすごい!2019年版【国内編】」で共に9位に選ばれた此の作品、「もっと上位に選ばれても、不思議じゃ無い内容。」という感じがする。
総合評価は星4つ。