幼き頃に目にした或る光景が、今も忘れられない。母に連れられて近所のスーパー(今とは異なり、個人商店の様な規模の物。)に行ったのだが、入り口から長蛇の列。恐らくは40人近く並んでいたと思われるが、殺気立った雰囲気が感じられた。開店と同時、並んでいた客達はどっと店内に入り、棚に置かれていたトイレット・ペーパーを“争奪”。1970年代に発生したオイル・ショックにより、「トイレット・ペーパーが無くなる。」という話(結局はデマ。)がワッと広がり、日本全国でトイレット・ペーパーを買い求める客が殺到したのだ。「自分が生きている間に、あんな光景を“日本で”目にする事は在り得ないだろうな。」と思っていたのだが・・・。
「1918年から1920年に掛けて大流行し、世界人口の凡そ27%が感染、そして死亡者数は1億人を超えたとも言われている『スペイン風邪』。」や「1923年に発生し、 死者及び行方不明者が約10万5千人と推定される『関東大震災』。」に関連する本を読んだり、「1986年に発生し、33人の死者のみならず、数多の健康被害を生み出し続けている『チェルノブイリ原子力発電所事故』。」や「2004年に発生し、死者約22万人を出した『スマトラ島沖地震』。」をリアル・タイムで“目撃”して来たが、「自分が生きている間に、あんな光景を“日本で”目にする事は在り得ないだろうな。」と思っていたのだが・・・。
「阪神・淡路大震災」及び「東日本大震災」という未曽有の大震災が日本で発生し、トイレット・ペーパー等の物資を求める人で連日、長蛇の列が出来た。「東日本大震災」では信じられない程の大津波が多くの人を呑み込み、又、「福島第一原子力発電所事故」が発生し、今も完全コントロール出来ないでいる。3年前に発生した「新型コロナウイルス感染症」は世界的に大流行し続け、3億2千万人を超える感染者数と550万人を超える死者を生み出し、今も終息する気配を見せていない。
「自分が生きている間に、あんな光景を“日本で”目にする事は在り得ないだろうな。」と“無根拠”に思っていた出来事を、全て目にする事となった。「『絶対に在り得ない。』なんて事は在り得ない。」と痛感させられる。
現実に日本で起こっている出来事とはとても思えなかった「阪神・淡路大震災」が発生してから、今日で27年。“地震の恐ろしさ”を改めて心に刻み、“地震に対する備え”を忘れない様にしたい。
1995年1月17日午前5時46分。神戸の東灘の自宅で寝ていた私は、突然、下から突き上げられました。激しい上下動。信じられないものを見ました。阪神高速が横倒しになって路面をこちらに向けていました。落ちついてから小学校に避難しました。初めに入った部屋には多くの人が寝てました。静かです。見るとみんな顔に布がかぶせられてます。死体置き場だったのです。
神戸の東灘は一番死者が多い所です。瓦礫の街を歩くとあちこちに花を手向けてあります。
このあたりは死者が多いところですが、このあたりで怪談話しは聞いたことがありません。かようなあやしのモノが入り込むスキがない、大きな現実に遭遇したわけです。
雫石鉄也様を始めとして、実際に彼の大震災を真っ只中で体験された方々の手記等を数多く拝読して来ました。我が身に置き換えて「如何に恐ろしく、不安だった事か・・・。」と痛感するも、実際に体験された方々の思いには、到底及ばない事でしょう。何事もそうですが、実際に体験しないと、本当の所は判らない。でも、出来る限り、そういう人々の思いに寄り添う努力は出来る筈。そういう努力を怠らない事が、彼の未曽有の大震災で亡くならなければならなかった方々が報われない。
そういう思いを毎年、「1月17日」に肝に銘じております。