国内を色々旅して来たが、旅先で有名人に関する建造物を少なからず目にして来た。歌碑だったり、銅像だったり、記念館だったりと、其の形は様々。ファンの方には申し訳無いのだが、中には「こんなの作っても、景観を損なうだけじゃないか。」と思う様な代物も。
仮令一世を風靡した有名人で在っても、時の経過と共に人々の記憶から消えて行く事も。歌碑や銅像なら未だしも、入館料で運営維持しなければならない記念館の場合は、入館者が減れば閉館という道を歩む事になる。
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「ミヤコ蝶々記念館が閉館 遺品等展示、『入館者減』」(6月5日、毎日新聞)
上方喜劇を代表した女優、故・ミヤコ蝶々さん(2000年死去)の衣装や遺品等を展示する「ミヤコ蝶々記念館」(大阪府箕面市)が5日、今月10日で閉館すると発表した。
記念館は2008年5月、親族の日向利一さん(73歳)が蝶々さんの自宅を改装してオープンした。閉館理由に付いては「入館者減による運営難。」と説明。先月下旬から事実上、休館状態だった。
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ミヤコ蝶々さんと言えば、自分が子供の頃にはTVドラマや映画に数多く出演する売れっ子だった。漫才師として活躍していた事は知っているが、世代的には“気っ風の良い御婆ちゃん役を良く演じていた女優”という印象が強い。2000年に80歳で亡くなられたが、主に活動されていたのは1990年代半ば位迄というイメージが在る。
となると、彼女をリアル・タイムで知っているのは、30代半ば以上という感じか。一世を風靡した人で在るのは確かだけれど、態々記念館に迄足を運ぶのは高齢者がメインという事になろうし、そんな彼等の中に、何度も足を運ぶ“リピーター”が大勢存在するとも思えない。入館者減という現実も理解出来る。
以前にも同じ趣旨の記事を書いた記憶が在るけれど、「有名な芸能人だったから。」という理由だけでは、其の記念館を運営し続けるのは非常に難しい。13年前と古いデータでは在るのだが、此方で紹介されている“芸能人の記念館”に限ってだけでも「石原裕次郎記念館」、「Art Style of GLAY」、「ジョン・レノン・ミュージアム」、「hide MUSEUM」、「美空ひばり館」は既に閉館している。(此の他にも、「森光子一座記念館」なんていうのも在ったが、3年前に閉館。)
なんでここに? と思ったもので、入館者があるようにも見えず、案の定早々に閉館しましたね。
ずいぶん前になりますが、会社の慰安旅行のバスツアーで馬籠妻籠方面に行ったとき、若い男性添乗員が「次はフジムラ記念館に」、と言った時には車内で一斉に驚きの声と失笑が起こりました(笑)。
映画産業が今よりも華やかだった時代、ひばりさんは多くの時代劇映画に出演されていた様ですから、そういう意味で「『東映太秦映画村』の在る京都に、彼女の記念館を作った。」というのは判らないのでも無いけれど、動員という面でのリサーチ不足は否めなかったのでしょうね。「リピーターを、何れだけ獲得出来るか。」というのは記念館に限らず大事な要素だけれど、そういう点でも難しかったのだと思います。
「フジムラ記念館」、一読した際には「オヒョイさん(藤村俊二氏)の記念館でも在るのかな?」と思ったのですが、「馬籠妻籠方面」という記述で、「嗚呼、藤村藤村の事か。」と笑ってしまいました。昔、「旧中山道」を「一日中山道(いちにちじゅうやまみち)」と誤読した女性アナウンサーが居ましたけれど、其れに匹敵する話ですね。