****************************
「無罪判決:家族3人殺害の男性に 心神喪失状態と判断」(6月27日、毎日新聞)
約9年間自宅に引きこもった末、両親と姉を殺害したとして、殺人罪に問われた茨城県土浦市、無職の男性被告(31歳)に対し、水戸地裁土浦支部の伊藤茂夫裁判長は27日、無罪(求刑・死刑)を言い渡した。犯行時に心神喪失状態だったと判断した。
男性は2004年11月24日、自宅で父(当時57歳)、母(同54歳)、姉(同31歳)を包丁や金槌で殺害したとして起訴された。男性は専門学校を中退後、19歳頃から自宅に引きこもっていたと言う。
検察側は捜査段階の精神鑑定が完全責任能力を認めている上、同年6月頃父と口論になった後、包丁と金槌を購入している事から「動機や計画性が在る。」と主張。弁護側は、公判段階の鑑定が「心神耗弱状態で、心神喪失も否定しない。」という結論で在る事から「統合失調症で妄想に支配されていた。」として無罪を主張していた。
****************************
人を3人も殺めたのに無罪が言い渡されたというのは、かなりの驚きだ。検察側が主張する様に「父と口論した後に包丁と金槌を購入しているというのは、動機や計画性が在った。」としか自分も思えないし、それにも拘わらず無罪というのはどうにも解せない。3つの命を奪い乍ら有罪にも為り得ないというのは、何処かおかしくはないいだろうか?
「妻が夫を殺害し、その身体を切り刻んで捨てた事件」では「殺人を犯した際、被告は心神喪失状態に在った。」という精神鑑定結果が出た為、「無罪判決が出るのではないか。」と噂されていた。結局、一審判決では「刑事責任能力は在る。」という事で懲役15年が言い渡されたが、弁護側はこの判決を不服として控訴。事件後にアリバイ工作をする等していた彼女に、責任能力が無いとは到底思えないのだが、最終的にはどうなる事か。
果たして、精神鑑定は何処迄信頼出来るものなのだろうか?先人達が試行錯誤を重ねた結果、精神鑑定の方法論は構築されて来たのだろうから、それを全面的に否定はしない。と同時に、全面的に受け容れる事が出来ない自分も居る。
心理検査の一つ「ロールシャッハテスト」。左右対称のインクの染みから被験者が想像した事柄を基に、その人物の人格を分析する有名な検査だが、昔からその信頼性に疑問を抱いている。真に異常性を有していても、知力に優れた被験者ならば、「こう答えたら恐らく異常性を指摘されてしまうだろう。だったら、こう答えよう。」と幾らでも“繕う”事が出来る様に思うからだ。勿論、鑑定する側はプロなので、そういった繕いを何とか排除しようと、幾つも見破る為の“網”は仕掛けているだろう。でも極めて知力の高い人間ならば、その網を楽々と潜り抜けられそうな気もする。減刑目的で心神耗弱状態を装う犯人、又、その為の“入れ知恵”をする弁護士も結構居そうだ。
先日発生した「秋葉原通り魔事件」。自らの不遇さを只管他者のせいにして、無関係な人間を殺傷するというのは全く許し難い話だ。この犯人も責任能力の有無が取り沙汰される事になるのだろうが、万が一にも精神鑑定で「責任能力無し。」との結果が出た場合、益々心神耗弱状態を装う犯人が増えるのではないだろうか。
「無罪判決:家族3人殺害の男性に 心神喪失状態と判断」(6月27日、毎日新聞)
約9年間自宅に引きこもった末、両親と姉を殺害したとして、殺人罪に問われた茨城県土浦市、無職の男性被告(31歳)に対し、水戸地裁土浦支部の伊藤茂夫裁判長は27日、無罪(求刑・死刑)を言い渡した。犯行時に心神喪失状態だったと判断した。
男性は2004年11月24日、自宅で父(当時57歳)、母(同54歳)、姉(同31歳)を包丁や金槌で殺害したとして起訴された。男性は専門学校を中退後、19歳頃から自宅に引きこもっていたと言う。
検察側は捜査段階の精神鑑定が完全責任能力を認めている上、同年6月頃父と口論になった後、包丁と金槌を購入している事から「動機や計画性が在る。」と主張。弁護側は、公判段階の鑑定が「心神耗弱状態で、心神喪失も否定しない。」という結論で在る事から「統合失調症で妄想に支配されていた。」として無罪を主張していた。
****************************
人を3人も殺めたのに無罪が言い渡されたというのは、かなりの驚きだ。検察側が主張する様に「父と口論した後に包丁と金槌を購入しているというのは、動機や計画性が在った。」としか自分も思えないし、それにも拘わらず無罪というのはどうにも解せない。3つの命を奪い乍ら有罪にも為り得ないというのは、何処かおかしくはないいだろうか?
「妻が夫を殺害し、その身体を切り刻んで捨てた事件」では「殺人を犯した際、被告は心神喪失状態に在った。」という精神鑑定結果が出た為、「無罪判決が出るのではないか。」と噂されていた。結局、一審判決では「刑事責任能力は在る。」という事で懲役15年が言い渡されたが、弁護側はこの判決を不服として控訴。事件後にアリバイ工作をする等していた彼女に、責任能力が無いとは到底思えないのだが、最終的にはどうなる事か。
果たして、精神鑑定は何処迄信頼出来るものなのだろうか?先人達が試行錯誤を重ねた結果、精神鑑定の方法論は構築されて来たのだろうから、それを全面的に否定はしない。と同時に、全面的に受け容れる事が出来ない自分も居る。
心理検査の一つ「ロールシャッハテスト」。左右対称のインクの染みから被験者が想像した事柄を基に、その人物の人格を分析する有名な検査だが、昔からその信頼性に疑問を抱いている。真に異常性を有していても、知力に優れた被験者ならば、「こう答えたら恐らく異常性を指摘されてしまうだろう。だったら、こう答えよう。」と幾らでも“繕う”事が出来る様に思うからだ。勿論、鑑定する側はプロなので、そういった繕いを何とか排除しようと、幾つも見破る為の“網”は仕掛けているだろう。でも極めて知力の高い人間ならば、その網を楽々と潜り抜けられそうな気もする。減刑目的で心神耗弱状態を装う犯人、又、その為の“入れ知恵”をする弁護士も結構居そうだ。
先日発生した「秋葉原通り魔事件」。自らの不遇さを只管他者のせいにして、無関係な人間を殺傷するというのは全く許し難い話だ。この犯人も責任能力の有無が取り沙汰される事になるのだろうが、万が一にも精神鑑定で「責任能力無し。」との結果が出た場合、益々心神耗弱状態を装う犯人が増えるのではないだろうか。
犯人に精神的な瑕疵が“本当に”在る場合は、法律面でそれなりの考慮がされるのは理解出来なくもないのですが、それでも殺人で無罪というのはどうにも納得出来ない。
又、実際に服役経験の在る人物が「今の刑務所は更生施設では無く、更なる悪事を働く為の“知恵”を取得する場になっている。」と語っていましたが、「罪と罰」に関する組織&法律を抜本的に検証する必要性を感じますね。
被害者の遺族が気の毒だし、税金の無駄使いなのでまったく迷惑な話です。
確固たる信念の元に弁護を行っているならば未だしも、単に自らの存在をアピールするが為の弁護ならば、本当に腹立たしい限りです。又、罪を軽減すべく“入れ知恵”をしているかの様な弁護士も同様。不正義が罷り通る世の中で在ってはならないと思います。
今後とも何卒宜しく御願い致します。