ば○こう○ちの納得いかないコーナー

「世の中の不条理な出来事」に吼えるブログ。(映画及び小説の評価は、「星5つ」を最高と定義。)

「ソロモンの偽証」

2013年03月02日 | 書籍関連

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1990年クリスマスの朝、雪が降り積もる城東第三中学校の校庭に、14歳の少年が急降下した。死亡した少年の名は柏木卓也(かしわぎ・たくや)。同中学の2年A組に在籍する生徒だが、彼は或る事件を切っ掛けに登校拒否を続けていた。

 

彼の死は、「校舎に眠っていた悪意」を揺り醒ます。目撃者を名乗る匿名告発状が届き、其処には「同校で“札付きの悪”として知られる生徒・大出俊次(おおいで・しゅんじ)と其の取り巻きが、柏木を屋上から突き落とした。」と記されていたのだ。

 

此の告発状に端を発し、新たな犠牲者が出る。気付けば城東第三中学校は、“死を賭けたゲーム”の盤上に在った。死体は、何を仕掛けたのか?真意を知っているのは誰なのか?

 

柏木が亡くなってから8ヶ月、2年A組のメンバーは3年生になっていた。明日から夏休みという終業式の日、警視庁捜査一課刑事の父を持ち、誰もから優等生目されている藤野涼子(ふじの・りょうこ)が、「柏木卓也の死の真実を、皆で明らかにしよう。」と提案。夏休みの課外授業として、「生徒の生徒による生徒のの学校裁判」が行われる事に。

 

裁判の準備に当てられる時間は僅か肝心の裁判自体も8月15日から始まり、20日に終えなければならないという状況。前代未聞の学校裁判で下された評決の結果は・・・。

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宮部みゆきさんの小説「ソロモンの偽証」は「第Ⅰ部 事件」、「第Ⅱ部 決意」、そして「第Ⅲ部 法廷」という3冊から構成されている。彼女の作品には大長編物が多い様に思うが、此の「ソロモンの偽証」も全部で2,100を超える大長編物。

 

宮部さんの作品と言えば、毎年のブック・ランキングで上位に入るのがだけれど、「ソロモンの偽証」も「2012週刊文春ミステリーベスト10【国内編】」と「このミステリーがすごい!2013年版【国内編】」で其れ其れ2位に選ばれている。

 

理由」、「模倣犯」、「英雄の書」、「小暮写眞館」、そして「刑事の子」と、此れ読了した宮部作品は5つ。何れも“一般の評価”は高い作品だが、個人的にはピンと来なかった。「肌合いの悪い作家」というのが在るとすれば、自分の場合、宮部さんは其の1人になる。肌合いの悪さの要因は幾つか在るけれど、最たる物は「表現面」。居心地が悪くなってしまう“ノリツッコミ的な表現”もそうだが、“冗長に感じてしまう文章”が兎に角苦手。「数で済んでしまいそうな表現を、態々数十行、時には1頁近くも“膨らまして”いる。」様なイメージが在り、読み進めるのが疲れてしまうのだ。

 

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現行の評価システムには反対なんです。美術史音楽史なら、常識的な範囲で教えて、テストして評価の対象にしてもいいでしょう。でも実作となると話は別です。芸術的センスは、たとえ教育者といえども軽々計っていいものではありません。(中略成長期の子供の場合、美術音楽に対するセンスをけなされたり、教室というの場でマイナスの評価をされたりすることは、大きな損失になります。そこで恥ずかしい思いをして、クサって興味を失くしてしまえば、もしかしたらその後の彼や彼女の人生を明るく彩ってくれるかもしれないものを、早い段階で切り捨ててしまうことにつながりかねないからです。(中略)ですから義務教育の現場では、生徒たちに創作という行動に触れる機会を与え、自分のなかに眠っているセンスや個性を発見するきっかけを作れれば、それでいいと思います。芸術とは、多くの人びとにとっては人生を豊かに楽しくするものであって、厳しい評価や教育を必要とするのは、そこから先へ進もうとするごく限られた人びと―それを生涯の仕事にしようと決心した人びとだけです。

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弁護側の証人として法廷に立った、美術教師・丹野(たんの)の言葉。本筋とは直接的に関係が在る部分では無いのだが、此の言葉が最も印象に残った。と言うのは、美術の時間に教師から「下手だなあ。」と自身の作品を貶された経験が在り、其れトラウマとなって、美術という教科が大嫌いになったから。絵や工作が下手という自覚元々在ったし、の美術教師も悪気が在って口にしたのでは無く、冗談の積りだったのだろうけれど、公の場で自分のセンスを否定されるというのは、子供で在っても心に傷を残すものだ。

 

「美術史」や「音楽史」の様に、答えがびしっと決まる物ならば良いのだが、絵や工作、演奏という物は人によって「美しいと感じるポイント」が違ったりする。其れをテストとして評価するというのは、本当に難しい事だ。安倍内閣は「道徳教育」に力を入れて行く様だが、「テスト等で評価する教科」という事になるのならば、危うさを感じる。赤穂浪士白虎隊の話に個々人が感動し、涙するのは構わないのだが(実際問題、自分も彼等の話には感動&涙したし。)、道徳の教科書に彼等の話を載せ、「彼等の生き方こそが、美しい在り方で在る。」なんぞと“過ぎた滅私奉公”を強い、テストでは「彼等の行動を肯定的に評価する答」“のみ”を正解にするなんて事になれば、此れは「国による個人の心中への介入」で在り、断じて許される事では無い。

 

学校内で生徒が死に、そして其の真実を明らかにするべく、生徒による「学校裁判」が行われる。実際の社会では荒唐無稽な設定と言って良いだろう。だから読み始めて暫くは、今一つストーリーの中に入り込めなかったのだが、陪審制」に対する知識が殆ど無いで在ろう生徒達が、真面目に裁判に取り組んで行く姿に、どんどん引き込まれて行く自分。

 

弁護人と検事時折見せる“心理的な駆け引き”。「事実」というのでは無く、「想像」や「印象」を意図的に証人達が口にする様に誘導したり、自身が口にしたりする。陪審員予断を与える様な遣り方NGなのだけれど、心理的な駆け引きとしては面白い。

 

「多くの悪意」が、此の作品には登場する。特に「最後の最後に明らかとなる、或る人物の底知れぬ悪意。」には不快さしか感じ得ない。「真実」は想定内の事で、驚きは無かったが、ストーリー展開としては読ませる内容だった。

 

裁判という本筋が終わった後、柏木の死から20年経った「2010年、春」という“”で、「ソロモンの偽証」は締め括られている。僅か5頁という短い内容なのだけれど、此の賞が在る事により、作品自体がギュッと締まった様に感じる。多くの悪意によって滅入った心が、此の章によって少し癒されたから。

 

裁判に関わった或る人物の“今”が描かれているのだが、「意外と言えば意外、でも能く能く考えてみれば、そうなるべき職業。」に就いている。個人的には裁判に関わった他の人々、特に美術教師・丹野と藤野涼子の“今”も知りたかった。

 

表現面での肌合いの悪さは、此の小説でも健在。でも、此れ迄読了した宮部作品よりは、格段に面白かった。総合評価は、星3.5個とする。


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