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老舗の大手出版社「千石社(せんごくしゃ)」に勤める工藤彰彦(くどう・あきひこ)は、過去の人と目されていた作家・家永嘉人(いえなが・よしひと)の素晴らしい原稿を偶然手にして、どうしても本にしたいと願う。しかし会社では「過去の人の作品」という事で、企画にGOサインが出ない。
幾つものハードルを越え、本を届ける為に奔走する彰彦。其の思いは出版社内の人々に加えて、作家や其の娘をも巻き込んで行き・・・。
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「元書店員」という経歴を持つ作家・大崎梢さん。文壇デビューしたのが2006年という事なので、大御所が犇めき合う文壇では、作家歴からすれば“ぺいぺい的存在だろう。しかし6年間で20作品を刊行し、其の多くが高いレヴェルに達しているというのは、大御所に引けを取らない凄さだと思う。
元書店員という事で「実際に本を購入する客達」や「書店で働く人達」、「(サイン会等で書店に訪れた)作家達」、そして「出版社の社員達」と、「本に関連する様々な人達」に触れて来たで在ろう大崎さん。だからこそ彼女の記述には、良くも悪くもリアリティーを感じる。
三上延氏もそうだが、大崎さんの作品からも「本に対する半端無い愛情」が伝わって来る。だからこそ自分の様な本好きは彼女達の作品に魅了されるのだろうし、次の作品を待ち遠しく感じてしまうのだろう。
冒頭に記した梗概は、2ヶ月前に刊行された大崎さんの作品「クローバー・レイン」。作家にも色々在る。大崎さん達の様に、次から次へと作品を刊行出来る作家も居れば、作家業だけでは食って行けず、「兼業作家」の様な人も居るだろう。否、出版不況が叫ばれる昨今では、何時作品が刊行されるのかも判らない「兼業作家」が多い気もする。そんな現実を此の作品では改めて認識させられるのだが、登場する人達が皆「前向きさ」を持っているのが良い。
入社歴では彰彦の3年後輩に当たり、女性の書店員達からは“千石社の王子様”と呼ばれる営業マン・若王子(わかおうじ)のキャラクターが良い。モデルの様なルックスを持ち、遣り手でも在る彼は、先輩の彰彦に対しても辛辣な言葉を投げ掛ける。其れだけでは単なる“生意気キャラ”で終わってしまうが、彼の辛辣な言葉には「真実」が内含されており、又、時折見せる憎めなさも魅力的。彼に不快さを感じた彰彦が、軈て打ち解けて行く過程は、“彼自身の人間的な成長”を感じさせる。
此の所、小説のレヴューでは高い総合評価を連発している嫌いが在り、より厳しい目で今回のレヴューに当たったのだが、良い作品は良い。総合評価は、星4つ。