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女子高生・黒沢麻紀(くろさわ まき)の父が経営する会社が破綻した。「嘗て商社で、『企業の信用調査』を担当していた。」という過去を持つ社会科教師の辛島武史(からしま たけし)は、其の真相を確かめるべく、麻紀と共に動き出した。
軈て、2人が辿り着いたのは、「円」以上に力を持った闇の金によって、人や企業、銀行迄もが支配された街だった。
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直木賞受賞作家の池井戸潤氏が、小説家としてデビューしたのは1998年の事。其の2年後の2000年、2作目として刊行されたのが「M1(エム・ワン)」で在る。(2003年に文庫化された際、「架空通貨」と改題。)「M1」というタイトルを目にすると、「M-1グランプリ」を思い浮かべてしまう人も結構居そうだが、M1とは「狭義の『マネー・サプライ』を意味する記号で、『現金』と『預金』の総量を指す。」のだとか。「M1(エム・ワン)」は、大学卒業後に銀行勤務をしていた池井戸氏だけに、自家薬籠中の物と言える「経済小説」だ。
不得手分野の1つが「経済」で在る自分にとっては、「少人数私募債」やら「銀行取引約定書」やらといった目新しいテクニカル・タームが次々に登場するのだが、其れ等の意味をサラリと、且つ判り易く説明されているのが嬉しい。
歴史に詳しい方ならば御存知だろうが、明治初期、薩摩を中心に「西郷札」という物が流通していた。西郷札とは「西南戦争中、西郷隆盛率いる『西郷軍(薩軍)』によって、軍費調達の為に発行された軍票。」だ。政府が直接発行し、通貨としての通用力が与えられた紙幣、即ち「政府紙幣」では無く、「西郷隆盛」という人物の信用力在ってこその「疑似紙幣」。だから、西郷軍が力を有していた時点では“紙幣として”通用していた西郷札も、西郷軍が敗れた後は単なる“紙屑”と化してしまい、西郷札を多く抱えていた商家の中には、没落する物も少なくなかったと言われている。
「田神亜鉛株式会社」が地域経済を牛耳る田神町では、田神亜鉛が発行する社債が「振興券」という名前で、恰も「日本銀行券」の如く流通“させられて”いる。地域経済を牛耳っている事で町民達は、無理矢理に“西郷札”ならぬ“田神札”を押し付けられているのだ。
教え子の父が経営する会社が破綻の危機に瀕し、商社時代の知識を駆使して何とか助けようとする辛島だったが、調べれば調べる程不可思議な事柄に直面してしまう。経済の複雑さを思い知らされると共に、「Aという対策を採るとBという事態が起こり、そしてCやDといった方向に進んで行くのか。」という様な「経済のリンク」が見えて来るのは興味深かった。
「非現実的な設定」という感じは否めないけれど、ストーリーとしては滅茶苦茶面白い。非現実的な設定という感じが否めないのに、結末は意外と現実的だったというのは、個人的にやや残念だったけれど。
総合評価は星4つ。