注目しているミステリーのブック・ランキングは3つ在るが、既に発表された「2013本格ミステリ・ベスト10【国内編】」(発行元:原書房)と「2012週刊文春ミステリーベスト10【国内編】」(発行元:文藝春秋)に続き、残りの1つ「このミステリーがすごい!【国内編】」(発行元:宝島社)が発表となった。
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≪このミステリーがすごい!2013年版【国内編】≫
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「2013本格ミステリ・ベスト10【国内編】」ではベスト10入りしなかったものの、「2012週刊文春ミステリーベスト10【国内編】」及び今回の「このミステリーがすごい!2013年版【国内編】」では共に1位となった「64(ロクヨン)」。現在、読んでいる最中だが、先が気になる展開では在る。
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「<英国>看護師自殺、王室も深い哀しみ」(12月8日、毎日新聞)
第1子を妊娠した英王室のキャサリン妃(30歳)が入院していたロンドンの病院は7日、看護師が急死したと発表した。英メディアは自殺の疑いが在ると報じており、ラジオ局が掛けた偽電話と気付かずに妃の健康状態を漏らしてしまった事を苦にした可能性が高い。
偽電話はオーストラリアのラジオ局のDJ2人が4日早朝、エリザベス女王とチャールズ皇太子の振りをして掛けた。急死した看護師が電話をキャサリン妃が入院する病棟に取り次ぎ、別の看護師が「体調は、安定しています。」等と答えてしまっていた。キャサリン妃は6日に退院した。
英王室は「(キャサリン妃は)深く哀しんでいる。」との声明を発表。病院も「看護師は、悪意の偽電話の犠牲者だ。」とラジオ局を批判した。一方のラジオ局側は「深い哀しみを受けた。」とコメント。電話を掛けたDJに付いては、看護師の死亡の事情が明らかになる迄、出演を見合わせる事を明らかにした。
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以前にも書いた事だけれど、自分は「皇室」、正確に言えば「皇室を過剰に祭り上げる(神格化する)報道姿勢」が好きじゃない。「○○様は、XXに関する数十万のデータを全て記憶されている。」といった“超人伝説”を垂れ流し、其れに付いてコメンテーター達が笑顔を浮かべ乍ら「流石、○○様ですね。」等と追従の言葉を吐いているのを見聞すると、申し訳無いけれど薄気味悪さしか感じ得ない。
「イギリス王室には親しみを感じるけれど、皇室には“距離”を感じてしまう。」という人の多くは、こういった「皇室を過剰に祭り上げる(神格化する)報道姿勢」が強く影響しているのではなかろうか?少なくとも自分の場合はそうだから。
イギリス王室に親しみを感じる要因としては、メディアが彼等に対する“良い面”も“悪い面”も報道している所に在ると感じている。良い面許りでは無く、悪い面をもきちんと報道する姿勢は評価しているが、しかし時には“度の過ぎた報道”も散見され、そういった類いの報道には「幾ら有名人とはいえ、此処迄報道するのは酷過ぎる。」と憤ってしまう。
最近で言えば「キャサリン妃のトップレス姿が盗撮された件。」で在り、古くは「パパラッチの執拗な取材からの逃走中に事故死した(ウィリアム王子の母で在る)ダイアナ妃の件。」等がそうだが、今回の看護師の自殺も「酷過ぎる報道が生んだ悲劇」と言えるだろう。ラジオ局としては軽い乗りでした事なのかもしれないが、遣り過ぎだ。
「体制維持」の為に少なからずの血税が投じられている以上、例えば「公務を軽んじ、私的な面の充足許りを図っている。」としか思えない様なケース等では、私生活が“或る程度”報じられるのは仕方無いと思っている。しかし、今回のケースは全く当該しない。度を越した報道は結局、「報道規制」等の形でメディアに跳ね返って来るだろう。メディアは自分自身で、自分の首を絞める事になるのではないか?
血統で貴卑を選別し、特別扱いする事は優性思想に基づくもので、そもそも民主主義に馴染まないようにも思うのですが、なんとも思わない人が多いのが不思議。
極論かもしれないけれど、かつてのナチス・ドイツは、そうした大衆心理を利用してホロコーストをやらかしたんですよね。
王族や貴族に憧れる一方で、差別をする・・・文明は進歩しても人間の本質は何千年経っても変わらないものですね。
文明人と自惚れていても、インドのカースト制を笑えないです。
「脱世襲」をマニフェストで掲げ乍ら、今回の衆院選では続々と世襲候補を出馬させている自民党。其の事に対する批判に、自民党の高村正彦副総裁が「脱世襲は『血による差別』だ。」と批判したとか。
「血による差別」、確かに其れは当たっているでしょう。だがしかし、其れを言うならば「皇室に男子で生まれない限り、(成りたいか成りたくないかは無関係に)天皇になれない。」というのは、「血による差別」ではないのだろうか?「血による差別」を「世襲のエクスキューズ」にするので在れば、「誰でも天皇になれる仕組み」が無いのは、其れも「血による差別」だと思うのです。高村氏の発言、良い所取りの考えという気がしてならない。
天皇制をどう思うかは、個々人の全く自由。好きだろうが、嫌いだろうが、何とも思わない場合だって在りましょう。個人的には好きじゃないけれど、だからと言って他者からああだこうだ批判される筋合いの話でも無い。日本人として負うべき義務をきちんと果たしているならば、「其れでも日本人か!」みたいな妙ちくりんな批判をされるのも大きな御世話と言える。
近年、「長い物には巻かれろ的な風潮」が強くなっている様な気がしています。強い者には阿り捲る一方、逆に弱い者に対しては執拗にバッシングする。取り敢えずは尤もらしい理由を掲げつつも、其の実は「他者へのバッシング」をする事だけが目的だったりする。嫌な風潮です。
血統による尊卑の選別は有史以来続いてきたことですが、身も蓋もないことを言えば、皇室・王室というのは「成り上がって頂点に立ってから現在に至るまでの歴史が最も長い一族」なんですよね。敬いはしても神聖視するものではないと思います。
学生時代に親族宅に下宿していた時に、親族曰く「同じ市内の某地域の人々は、近世以降においては差別されてきたが、彼らは古代の渡来系有力氏族の子孫であり(某地域の近くに古代の朝廷があったことを示す石碑がある)、本来ならば高貴な人々」 その地域の人々はマイノリティの中で上位に位置するらしく、より下位とされるところへ子供を嫁にやっても、下位のところからは娶らないというルールを持っていたそうで、人間の業というものはつくづく深いなと感じました。
今回自殺したと報道されている看護師は、凄く生真面目な方だったのではないかなあと思っています。結果としては「個人情報」を漏らしてしまった訳ですが、状況を鑑みると、彼女が責められるというのが筋違いに感じる。「対応が拙かった・・・。」と思い悩んでしまったのだろうけれど、命を絶つ事だけは踏み止まって欲しかった。
皇室や王室に関しては、色んな考えが在って良いと思うんです。「好き。」という人も居れば、「嫌い。」という人も居る。又は、「どうでも良い。」と思う人も居るでしょう。画一的じゃないからこそ、此の世の中は楽しいので在って、「皇室が好きじゃない連中は日本人じゃない!日本から出て行け!」みたいな連中の主張には、もう呆れ返って苦笑するしか無い。