
其の小説を読んだ事は無い。しかし其の小説の出出しは、強烈に脳に焼き付いている。手塚治虫氏の「ザムザ復活」を読んだ35年前、作品内に其の出出しが用いられており、「走れメロス」の出出しを読んだ時の様な衝撃を受けたもの。フランツ・カフカ氏が著した小説「変身」は「或る朝目覚めると巨大な虫になっていた男と、其の家族の顛末を描くいた物語。」で、其の出出しは次の通り。 ************************************** 「変身」 或る朝、不安な夢から目を覚ますと、グレーゴル・ザムザは、自分がベッドの中で馬鹿でかい虫に変わっているのに気が付いた。 ************************************** 朝目覚めたら、自分自身が大きな虫に変わっていた。余りにも奇想天外な設定に、見のガタリの世界へとグッと引き込まれた読者も多い事だろう。 では、ふっと目覚めた時、自身及び自身の知る者達が皆異形となっていて、訳の判らない戦いを強いられる事になったら・・・。 ************************************** 情報科学部の学生で日本将棋連盟奨励会に属するプロ棋士の卵で在る塚田裕史は、闇の中で覚醒した。17人の仲間と共に。 場所も状況も判らない内に始まった戦い。人間が異形と化した駒、“敵駒として生き返る戦士”等の奇妙な戦術条件、昇格による強力化。闇の中、廃墟の島で続く、7番勝負と思われる戦いは将棋にも似ていた。 現実世界との連関が見えぬ儘、「王将(キング)」として「赤軍」を率いる塚田は、五分で迎えた第5局を知略の応酬の末に失い、全駒が昇格する狂瀾のステージと化した第6局は、長期戦の末、引き分けとなり・・・。 ************************************** 「王将(キング)」、「一つ眼(キュクロプス)」、「火蜥蜴(サラマンドラ)」、「鬼土偶(ゴーレム)」、「皮翼猿(レムール)」、「死の手(リーサル・タッチ)」、「歩兵(ポーン)」、「DF(ディフェンダー)」、「始祖鳥(アーキー)」、「毒蜥蜴(バシリスク)」、「青銅人(ターロス)」等々、嘗ては人間だった者達が姿形のみならず、呼び名すらも変えられてしまった世界。将棋の知識は皆無に等しく、幼少時にしていたチェスのルールもうろ覚えになってしまった自分だが、貴志祐介氏の小説「ダークゾーン」で塚田達が変えられた姿形には、「ルールは将棋で、形状はチェス。」といった感じが何となくする。此の奇想天外な設定に、自分はグッと引き込まれてしまった。 「何処かで読んだ記憶が在る様な・・・。」、そんな既視感めいた感覚が在ったのだが、小説を読み進めて行く中で、其の答えが記されていた。「嗚呼、永井豪氏の作品『真夜中の戦士』にテーストが似ているのだ。」という事に気付かされた自分。(未読なのだが、フレデリック・ブラウン氏が著したSF小説「闘技場」とも類似しているらしい。ふっと思ったのだが、先日観た映画「GANTZ PERFECT ANSWER」も似たテースト。) 「ダークゾーン」と呼ばれる世界に、否応無く放り込まれた塚田達。異形にて殺戮を繰り返すという「非現実的な世界」と、其の「ダークゾーン」なる世界が「長崎市の沖合に在る、遺棄された海底炭坑の島『端島』、通称『軍艦島』。」という「現実世界」と非常に似通っているというギャップが中々面白い。 将棋やチェスのルールを知らなくても案ずる事は無い。其れ其れの「駒」の特性が明記されているし、何よりも「駒達が人間だった頃のキャラクター設定」が上手く為されているので、混乱する事無く読み進めると思うから。 「赤軍と青軍、今度は何方が、何の様な戦略で勝利するのか?」や「彼等は何故、殺し合いをしなければならないのか?」、「抑『ダークゾーン』とは何なのか?」等々、興味を惹かれる事柄が天こ盛り。映像化される可能性が高そうだが、恐らくは興業的に失敗すると思う。と言うのも、映像化されると陳腐な感じになってしまいそうな予感がするから。「文字を追い、自分の頭の中で、其々が映像化した方が良い作品。」だろう。
で、総合評価になるが、結末に到る迄は「星4.5個を与えても良いかな。」と思える面白さだった。しかし結末が「こんな落ちなの?」という感じが在り、個人的には残念だった。「あんなに盛り上げておき乍ら、最後の最後で端折ってしまったなあ。」という思いが否めない。貴志氏の文才を以てすれば、もっと違う結末を生み出せたのではなかろうか?従って、総合評価は星4つとする。