チュニジアの「ジャスミン革命」は、23年以上に亘り独裁者として君臨し続けて来たザイン・アル=アービディーン・ベン=アリー大統領を権力の座から引き摺り下ろした。エジプトの「エジプト革命」は、30年近く独裁者で在り続けたホスニー・ムバーラク大統領を辞任に追い込んだ。先日の記事「文明の利器も諸刃の剣」でも記したが、嘗ての「革命」が「強いカリスマ性を持った人物の先導によって成し遂げられた物」だったのに対して、ジャスミン革命もエジプト革命も「名も無き一般人によるインターネットの書き込みで成し遂げられた物」というのには、隔世の感を禁じ得ない。そして今、同様の事態がリビアで成し遂げられ様としている。
一般的には「カダフィ大佐」の名で知られているムアンマル・アル=カッザーフィー氏は、約42年もの間同国の独裁者として君臨している。「アフリカに於ては現在、最も長く政権を維持している人物。」だそうだが、反欧米の強硬派にして、余りに奇怪で極端な言動から「砂漠の狂犬」とか「アラブの暴れん坊」といった異名を冠せられているのは、広く知られている所だろう。
其のカダフィ大佐が追い詰められている。長期独裁政権下で大きな不満を抱える国民が、チュニジア&エジプトでの革命に刺激を受け、インターネット等を利用しての大規模なデモ活動を重ねているのだ。反体制派のデモ活動は日に日に勢いを増しているが、其れに対してカダフィ大佐は強気の姿勢を崩しておらず、遂にはデモ隊への無差別攻撃軍部に指示して多くの死者を出していると言う。「独裁政権の断末魔の再現」という感じしか無い。こういう状態に迄到ったら、カダフィ政権の崩壊も時間の問題だろう。今彼の頭の中に在るのは「何処に逃げ延びるか?」と、「不正蓄財を、どうやったら維持出来るか?」の2点だけではないだろうか。
フェルディナンド・マルコス大統領、ニコラエ・チャウシェスク大統領、サッダーム・フセイン大統領等々、「独裁者」と呼ばれる人物が“堕ちて行く”経緯をリアル・タイムで何度も目にして来た。「強い権力への執着」や「往生際の悪さ」、「国民不在の身勝手さ」等、独裁者の“最期”には幾つかの共通点が在る。一言で言えば「人としての見苦しさ」だ。権力の座に就いた当初は正面だったとしても、権力を長きに亘って掌握する事で、人は悪い方向へと変わって行くもの。当人が変わらなかったとしても、親族を含めた取り巻き連中が“独裁者”の威光を悪用し、国民を苦しめて行くというのは良く在る話。「独裁政権は、百害在って一利無し。」と言っても良い。
上記した様に自分は数多くの独裁者をリアル・タイムで目にして来たが、特に印象的なのはアフリカの嘗ての独裁者2人。大昔「アフリカの3暴君」と呼ばれた独裁者が3人居り、其の1人はザイール(現在のコンゴ民主共和国)のモブツ・セセ・セコ大統領。32年近く独裁政権を敷いていた彼も強烈だけれど、其れ以上に強い印象を残しているのが他の2人。ウガンダ共和国のイディ・アミン大統領(就任期間は約8年。)と中央アフリカ共和国のジャン=ベデル・ボカサ大統領(就任期間は約3年)が其の2人で、就任期間は其れ程長い訳では無いけれど、自身に逆らう人間を大量虐殺したのみならず、殺した人間の肉を食らっていたという「カニバリズム」の持ち主だった事でも有名。(此の真偽には諸説在る様だけれど。)「人食い大統領」という呼称は、当時幼かった自分の頭に深く刻み込まれている。
政権の座を追われた彼等は皆亡命し(ボカサ氏は後に中央アフリカ共和国に戻り、逮捕されたが。)、既に物故者となっている。今回の記事を書く上で色々調べてみた所、「彼等の住居」に関するニュースが2件、昨年12月に報じられていた事を知った。