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しかも、そのころぼくの能力は絶好調だったから、誰がぼくのことを好きなのかが手に取るようにわかった。あの子、いつもぼくのことチラチラ見てるよな。廊下でよくすれ違うよな。そう気づき、告白しにくそうにしてるんだから、こっちから言えばいいのかと声をかけ、すんなりと交際に発展した。
彼女ができて最初はうれしかったけど、付き合い始めると、今「つまらない。」と思っているとか、「梨木(なしき)君、思ってたのとちがう。」と感じているとか、相手の気持ちがわかってしまって、あたふたした。なんとかしようとすればするほど、どんどん飽きられるのを感じて切なくなることもあった。逆に、「ほかの女の子としゃべるなんて許せない。」、「もっと自分のものにしたいのに。」なんていう彼女の気持ちがわかって、怖くなることもあった。
相手の気持ちを読む力をもって恋人というのはハードだ。好きな相手だから楽しませたいのに、自分が空回りしていることがわかってしまうのはつらいし、恋人が自分を束縛しようとしていることや疑ってかかっているのを知るのもしんどい。そんなこんなで、付き合ってしばらくすると、ぎくしゃくしてうまくいかなくなるのがいつものことだった。
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「次の特殊能力の内、一番持ってみたいのは何れ?」みたいない質問が、良く在る。提示されている特殊能力は「透視」、「未来予知」、「読心」、「空中浮揚」、「念動力」、「瞬間移動」、「超怪力」等。自分の場合、選ぶとしたら「瞬間移動」だ。「念動力」も面白そう。
一方、「当たり籤が事前に判る等、金儲けに使えそう。」という点で「未来予知」にも魅力を感じるものの、「他人だけでは無く、自分の“悪い未来”をも予知出来てしまうというのは、懊悩させられそうで嫌だなあ。」と思う。
そして、最も持ちたくない特殊能力は「読心」だ。「人の思っている事が読めてしまう能力。」の事だが、「相手が思っている“良い部分”なら別だが、“悪い部分”迄四六時中読めてしまう。」というのは、苦痛で仕方無いだろう。「自分に対して非常に好意的な言動をしている相手が、心の中では自分の事を忌み嫌っている。」事が判ったら、今後の接し方が判らなくなってしまう。正に地獄だ。
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私は、僕は、どうして生まれて来たんだろう?
大学生の梨木匠(なしき たくみ)は、平凡な事がずっと悩みだったが、中学3年の時に、エスパーの様に「人の心を読める。」という特殊な能力に気付いた。ところが、バイト先で出会った常盤冬香(ときわ ふゆか)さんは、匠に心を開いてくれない。常盤さんは、辛い秘密を抱えていたのだった。
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小説「そして、バトンは渡された」(総合評価:星3つ)で、第16回(2019年)本屋大賞を受賞した瀬尾まいこさん。そんな彼女の「掬えば手には」を読了。冒頭に記したのは、抜粋した一文。
「父と母、そして姉の3人は芸術的な能力を有しているのに、自分だけは『何を遣っても、平均点レヴェル。』。」という梨木匠が主人公。「自分達や娘の様に、此の子も自由奔放に育てれば、必ずや秀でた能力を発揮してくれる筈。」という“声無き期待”に応えられず、自分の居場所を見出だせなかった彼。両親の強い期待を感じさせる自身の名前「匠」すら、非常に重荷で、嫌いだった。そんな彼が中学3年の時、或る事を切っ掛けに、「人の思っている事を読めてしまう能力。」が自分に備わっている事を知る。「特殊能力を持ち、其の事で人から喜ばれたり、感謝されたりする事で、匠は『自分は、全く価値が無い人間では無いのだ。』と自信を持つ。」のだが、そんな生き方に居心地の悪さを感じる様にもなって・・・というストーリー。
梨木匠という人物を一言で表現するなら「御人好し」だろう。困っていると感じてしまう人が存在すれば、頼って来ている訳でも無いのに、手を差し伸べてしまう。「困っている人が存在すれば、手で掬ってしまう。」のだ。そんな彼に対して「そんなにして迄、人に好かれたいの?」等、否定的な見方をする人も居る。「人から嫌われたくない。」という思いが匠に無いとは言わないけれど、一番は「自分自身に存在価値が全く無いと思っていたのに、人を助ける事が出来る特殊能力が備わっていた。」という喜びだろう。
新入社員時代、指導役の先輩から何彼に付け虐められた。自分にも非が在ったとは思うけれど、理不尽としか思えない虐めが多かった。そんな虐めに遭った後、良く面倒を見てくれた別の先輩が良く言っていたのは、「『寄って来る猫は可愛い。』って言葉知ってるか?仮に猫が大嫌いでも、寄って来る度に追い払っても、又寄って来るという状況だと、情が湧いて来て、気付いてみれば嫌いだった筈の猫が好きになっているという事“も”在るんだよ。嫌かも知れないけれど、彼奴(指導役の先輩)の方に、自分からどんどん接してみるのも1つの手だぞ。」と。結果的には自分の場合、其の手は全く成功しなかったけれど、「寄って来る猫は可愛い。」という言葉は、今も強く心に刻まれている。匠とバイト先の店長との関係から、其の言葉が頭に浮かんだし。
「意外にあっさりとした終わり方だなあ。」という物足り無さは在ったけれど、ホンワカとした思いになれる作品だ。
総合評価は、星3.5個とする。