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「『親切な国』1位は日本 シンガポール国民調査」(7月7日、J-CASTニュース)
シンガポールの非営利組織(NPO)「シンガポール親切運動」が2011年7月6日迄に纏めた意識調査によると、「最も親切だと思う国」で日本を挙げた人の割合が約7割に上り、世界各国・地域でトップとなった。
調査は2011年1~2月にシンガポール国民・永住権取得者1,000人を対象に実施され、最も他人に親切な国だと思う3ヶ国を挙げて貰った。其の結果、日本は69%でトップとなり、2位はタイ(36%)、3位は自国・シンガポール(32%)、4位オーストラリア(25%)、5位米国(19%)と続いた。
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自分の母国が好意的な評価を受けるというのは正直嬉しい物だが、「最も親切だと思う国」で日本が1位、其れも断トツというのは誇りにすら思う。「特定の組織に属する本の一握りの不心得者の存在を取り上げ、其れが然も組織に属する全ての人間が同様で在るといった感じで、嬉々として社会的弱者をバッシングし続ける人達。」がインターネットの世界のみならず、一般社会でも少なからず見受けられて不快な気持ちにさせられるが、そんな下種な人間は当然乍ら多数派では無く、其の他大勢は多かれ少なかれ他者への優しさを有しているのだ。「同胞だから。」という身贔屓を排除しても、「日本人は概して優しい国民性を有している。」と自分は思う。
「他者への優しさ」は、非常に大事なファクターで在る。しかし「度の過ぎた他者への優しさ」というのは、時に「社会」を駄目にする事が在ったりも。以前にも何度か書いたけれど、日本人は「死者に鞭打つ」事を非常に嫌い、「使者に鞭打たない」事が美徳としている様な所が在る。「亡くなったのだから、過去の罪悪に関しては水に流して上げよう。」という優しさからなのだろうけれど、「汚職事件が発覚した際、疑惑の渦中に在る人物が自殺すると、『死者に鞭打つのは非礼。」として其処で全てを終わらしてしまう。」ケースが殆どで、徹底糾明しないからこそ、同じ様な汚職事件が繰り返されるのではないか?
「熱し易くて冷め易い。」、「一つの方向に、一気に流れが向いてしまう。」、「物事の検証をきちんと行わない。」等も、日本人の良くない点と言えるだろう。「物事の検証をきちんと行わない。」というのを取り上げてみると、例えば「小泉内閣時にしばしば行われていた『タウンミーティング』の諸問題の中でも、異常に高い経費の問題が、結局は曖昧の儘に闇に葬られてしまった。」というのが在る。血税を投入しているのだから、「本当に適正だったのか?」を徹底的に検証しなければいけなかった。検証させない儘で許してしまったのは我々国民の責任でも在り、曖昧の儘闇に葬らせてしまった事で、其れ以降も与野党を問わずに、「血税の無駄な投入」が止まらないのだと思う。
原発に関して石破茂政調会長等が「自民党の過去の原発に関する対応に関して、きちんと検証&反省すべきで在る。」と主張した事には拍手を送るが、でも其れ以降「自民党が原発問題に関して、“具体的に”検証&反省した。」というニュースを見聞しない。(共に政権与党の座に在った公明党も、同様に検証&反省すべきと思う。)自分が見落としているならば申し訳無いが、恐らくは何もしない儘にスルーするのではないだろうか。民主党の駄目さ加減には呆れ果てる許りだが、「言いっ放し」という自民党等も、今後「政権政党」に戻させるには強い抵抗を感じる。我々国民は政治家や官僚の言動をきちんと検証しなければいけないし、又、彼等に問題点を検証させなければならない。そうしないと、社会は駄目になって行くだけだ。