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「セイレーン」は、実験衛星打ち上げロケットに搭載する為に新開発されたエンジン。其のトラブルにより打ち上げが失敗した事で、開発担当者の 佃航平は宇宙工学研究の道を諦め、東京都大田区に在る実家の佃製作所を引き継ぐ事になるが、突然の取引停止、更に特許侵害の疑いで訴えられる等、大企業に翻弄され、会社は倒産の危機に瀕していた。
一方、政府から大型ロケットの製造開発を委託されていた帝国重工では、百億円を投じて新型水素エンジンを開発。しかし世界最先端の技術だと自負していたヴァルヴ・システムは、既に佃製作所により特許が出願されていた。宇宙開発グループ部長の財前道生は佃製作所の経営が窮地に陥っている事を知り、特許を20億円で譲って欲しいと高飛車に申し出る。資金繰りが苦しい佃製作所だったが、「企業としての根幹に関わる。」と此の申し出を断り、逆にエンジン其の物を供給させてくれないかと申し出る。
帝国重工では下町の中小企業の強気な姿勢に困惑し、「生意気だ!」と憤りを隠せないでいたが、結局、佃製作所の企業調査を行い其の結果で供給を受けるかどうか判断するという事になった。一方、佃製作所内部も特に若手社員を中心に、特許を譲渡して其の分を還元して欲しいという声が上がっていた。
そうした中、企業調査がスタート。厳しい目を向け、見下した態度を露骨に出す帝国重工社員に対し、佃製作所の若手社員は日本の物作りを担って来た町工場の意地を見せる。
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冒頭の梗概は、第145回(2011年上半期)の直木賞を受賞した小説「下町ロケット」(著者:池井戸潤氏)の物で在る。第145回の候補作の中では「ジェノサイド」(著者:高野和明氏)だけを読んでいたが、其の出来の秀逸さから「『ジェノサイド』が直木賞を受賞するのは確実だろう。もし受賞出来なかったら、直木賞の存在意義を疑う。」と迄思っていた。だから「ジェノサイド」が受賞を逸し、「下町ロケット」だけが直木賞を受賞した事を知った際には、「選考委員は何を考えているのだろうか?」とガッカリ。
だから正直に言えば、「下町ロケット」を読む前には「此の作品が『ジェノサイド』以上の出来なのか、じっくり確かめさせて貰おうじゃないか。」という粗捜し的な思いが自分に在ったのは否めなかったのだが・・・。
幼少時、図書館で読んだ「アポロ計画」の物語に魅了され、宇宙飛行士になるのが夢だった佃航平。宇宙飛行士になるという夢は叶わなかったものの、ロケット工学を専攻し、宇宙科学開発機構でロケットのエンジン開発をする道に進んだのが、自らが開発したエンジンのトラブルによりロケットの打ち上げが失敗した事も在って、父親が経営していた中小企業を引き継ぐ事に。「社長として、多くの社員の生活を守らなければいけない。」という思いの一方、自らの夢を捨て切れずに居る航平の懊悩は、非常に理解出来る。
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どんな会社も設立当初から大会社であるはずはない。ソニーしかり、ホンダしかり。土壇場で資金繰りにあえいだことさえある中小企業が、誰もが認める一流企業にのしあがったのには理由がある。会社は小さくでも一流の技術があり、それを支える人間たちの情熱がある。
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「大企業に属しているという事だけで、中小企業を端から馬鹿にしている人間。」、「素晴らしい技術を持ち乍ら、中小企業に勤務しているという事で、大企業に対して引け目を感じている人間。」、「損得勘定だけで、コロコロと態度を変える人間。」、「自身の本当の思いを上手く伝えられない、生き方下手な人間。」等々、様々なタイプの人間が登場。中には最初に見せていた“顔”が、次第に変わって行く登場人物が何人か居る。大企業に勤める財前道生も其の1人なのだが、「財前」という名前といい、其の境遇や変貌の仕方といい、「作者は『白い巨塔』の主人公・財前五郎を強く意識し、財前道生なるキャラクターを作り上げたのではないか?」と思ったりもした。
「こういう嫌な奴って居るよなあ。」、「霞を食って生きられるでも無く、『現実』を強く訴える者の思いも判るなあ。」、「でも、何としても『夢』を叶えて欲しい。」等々、色んな感情を移入して読んだ作品。大好きな小説「どてらい男」(著者:花登筺氏)を読んだ際に感じたのと同じ高揚感を覚えた。長きに亘る景気低迷に加え、今年は「東日本大震災」等の大きな自然災害が相次いだ事で、どうしても前向きな気持ちが失われ勝ち。そんな状況だからこそ、「此の小説を読んで、元気を取り戻せる人が多くなれば良いな。」と思う。
「ジェノサイド」も素晴らしい作品だったが、「下町ロケット」も負けず劣らず素晴らしい作品だった。総合評価は星4.5個。
此の作品を読んで戴けたというだけでも嬉しいのに、其処迄絶賛して下さるとは・・・レヴューした甲斐が在りました。感謝感激です。
企業で在る以上、利潤追求に走るのは当然の事。企業に身を置いている者は、霞を食って生きれる訳でも在りませんので。でも「利潤追求だけで良いのか?」となれば、其れは「否。」だと思うのです。大なり小なり「夢」を持った企業が、少しでも増えて欲しい。今は大企業と呼ばれる所でも、立ち上げた当初は「他人様に喜んで欲しい。」という気持ちが在ったと思うし、其れを忘れないで欲しいもの。
「心が洗われる思い」という表現が在るけれど、此の作品を読み終えた直後は、そういった思いで満たされました。