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学園祭で賑わう霞山大学の片隅。法学部4年・古城行成(こじょう ゆきなり)が運営する「無料法律相談所」(通称「無法律」)に、経済学部3年の戸賀夏倫(とが かりん)が訪れる。彼女が住むアパートでは、過去に女子大生が妊娠中に自殺。最近は、深夜に赤ん坊の泣き声が聞こえ、真っ赤な手形が窓に付く等、奇妙な現象が起きていると言う。戸賀は“悪意の正体”を探って欲しいと古城に依頼するが・・・。
リヴェンジ・ポルノ、放火事件、毒親問題、カンニング騒動等、法曹一家に育った“法律マシーン”の古城と、“自称助手”の戸賀との凸凹コンビが、5つの難事件に挑む。
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第62回(2020年)メフィスト賞を小説「法廷遊戯」で受賞した五十嵐律人氏は、現役の弁護士でも在る。そんな彼の第4作目として上梓されたのが、今回読了した「六法推理」。
主人公の1人・古城行成の父は裁判官、母は弁護士、そして兄は検察官。3人が法曹関係者というエリート一家に身を置いているが、彼自身は特に資格を取る事も無く、未だ具体的な将来像が描けないでいる。(昔、似た様な設定のTVドラマが在ったっけ。)或る理由から彼1人だけになってしまった自主ゼミの「無料法律相談所」にて、相談に訪れる人間も皆無に等しい状況で、無聊な日々を送っていた。そんな彼の下に或る日、奇妙な出来事の相談をしに、1人の後輩が遣って来た。戸賀夏倫という名前の、空気が読めない気の在る彼女の出現により、行成の環境は大きく変わっ行く。そんなストーリーだ。
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「親族相盗例。」と短く答えた。「ソウトウレイ?」。「親族間の犯罪には、特例が定められているものがある。窃盗はその代表例で、親が子供の財産を持ち去っても処罰することはできない。」。学者や実務家からの批判も多い論点だ。厄介な話になってきた。「険悪な関係性でも?」。「例外は定められていない。」。「別居していても?」。「兄弟とかは同居している場合に限られるけど、親子の場合は関係ない。」。「どうして、特別扱いなんですか?」。「法は家庭に入らずっていう法諺で説明されることが多い。つまり、家族内で起きた一定のトラブルは、警察が介入するよりも家族の話し合いで解決すべきって考え方。」。明治時代から受け継がれてきた規定であり、当時は家長が強大な権利を有していたため、財産も父親や祖父が管理するという考え方が根強かった。「無責任な丸投げじゃないですか。」。「僕も、現代の価値観とは合致しない規定だと思っている。でも、削除されない限りは警察も従わなくちゃいけない。罪を犯した家族をかくまう犯人蔵匿罪なんかは、“免除[できる]”って特例だから、処罰するか選択の余地があるんだ。だけど、“免除[する]”って断言している親族相盗例の場合は、どれだけ酷い事案でも、窃盗に留まる限り見逃すしかない。」。
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大学時代に法学を専攻していた事も在り、法律に関する記述には、どうしても関心が向いてしまう。法律に関する知識が非常に深い行成は、「与えられた情報を整理し、法律を駆使して、論理的に可能性を絞り込んで行く能力に優れている。」ものの、法律知識に縛られて都合が悪い事実を見落としたり、必要以上に気負って思考を停止したりしてしまう癖が在り、最後の結論が誤ってしまう事が多い。そんな彼を“助手”としてサポートし、“真実”を導き出すのが夏倫の役割。
5つの短編小説と4つの“幕間”で構成されているが、個人的には「親子不知」という作品が非常に面白かった。上記した「親族相盗例」という概念が扱われているのだが、此の概念が大きなポイントになっている。現役の弁護士ならではの着眼点だろう。
総合評価は星4つ。続編を期待したい。