1372年前の今日、即ち「645年7月10日」は、乙巳の変が起こった日とか。自分もそうだが、一定年齢以上の人だと「乙巳の変」と言われてもピンと来ないだろうけれど、「中大兄皇子等が蘇我氏を滅ぼした、“昔は”『大化の改新』と習った事件。」の事で在る。
閑話休題。
昨夜行われた「タイガースvs.ジャイアンツ」戦で、ジャイアンツの坂本勇人選手が、NPB通算1,500安打を達成した。NPB史上123人目となり、1964年に27歳9ヶ月で達成した榎本喜八氏に次ぐ、歴代2位(28歳6ヶ月)の若さでの快挙。右打者としては、史上最年少の記録とか。おめでとう!!
2017年7月9日時点での「1,500安打年少記録」を見ると、ベスト10は以下の通り。([ ]内の数字は、通算安打数。)
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=1,500安打年少記録=(2017年7月9日時点)
1位: 榎本喜八氏 - 27歳9ヶ月[2,314安打]
2位: 坂本勇人選手 - 28歳6ヶ月[1,500安打]
3位: 小玉明利氏 - 29歳1ヶ月[1,963安打]
4位: 張本勲氏 - 29歳2ヶ月[3,085安打]
5位: 豊田泰光氏 - 29歳5ヶ月[1,699安打]
土井正博氏 - 29歳5ヶ月[2,452安打]
7位: 毒島章一氏 - 30歳3ヶ月[1,977安打]
8位: 王貞治氏 - 30歳4ヶ月[2,786安打]
9位: 葛城隆雄氏 - 30歳5ヶ月[1,745安打]
10位:藤田平氏 - 30歳6ヶ月[2,064安打]
大村直之氏 - 30歳6ヶ月[1,865安打]
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又、坂本選手は1,354試合目で1,500安打を達成したが、ジャイアンツでは川上哲治氏(1,241試合)、長嶋茂雄氏(1,273試合)に次ぐ、歴代3位のスピード到達。
因みに、2017年7月9日時点での「1,500安打スピード記録」を見ると、ベスト10は以下の通り。([ ]内の数字は、通算安打数。)
*********************************=1,500安打スピード記録=(2017年7月9日時点)
1位: 松井稼頭央選手 - 1,233試合[2,068安打]
2位: アレックス・ラミレス氏 - 1,236試合[2,017安打]
3位: レロン・リー氏 - 1,237試合[1,579安打]
4位: 川上哲治氏 - 1,241試合[2,351安打]
5位: 長嶋茂雄氏 - 1,273試合[2,471安打]
6位: 小笠原道大氏 - 1,288試合[2,120安打]
7位: 野村謙二郎氏 - 1,289試合[2,020安打]
8位: 藤村富美男氏 - 1,299試合[1,694安打]
9位: 高橋慶彦氏 - 1,304試合[1,826安打]
10位:谷佳知氏 - 1,309試合[1,928安打]
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「1,500安打スピード記録」の1位で在る松井稼頭央選手は、PL学園高校卒業後にプロ入りしている。詰まり、高卒選手として1位を獲得した訳だが、「1,500安打年少記録」としてはベスト10に入っていない。
彼が1,500安打を達成したのは2004年で、恐らくは28歳台。そうなると「1,500安打年少記録」の2位、又は3位となる筈だが、此の年から彼はメジャーに移籍している。「1,500安打年少記録」も「1,500安打スピード記録」も、共にNPBでの記録“だけ”をカウントしているので、「1,500安打年少記録」のベスト10内に彼の名前が無いのだ。(NPB記録として彼が1,500安打を達成したのは、2011年7月26日。35歳9ヶ月での達成という事になる。)
矢張り高卒選手として「1,500安打スピード記録」の4位に履いている川上哲治氏が、「1,500安打年少記録」のベスト10に入っていないのは、2年強を出兵させられていた事が大きいのだろう。
高卒選手として天才的な打撃を見せていた立浪和義氏(通算安打数:2,480安打)だが、「1,500安打年少記録」では歴代12位の30歳7ヶ月も、「1,500安打スピード記録」ではベスト30にも入っていなかったのは意外だった。其れを考えると、坂本勇人選手の記録は凄い。
2006年度の高校生ドラフト会議で、ジャイアンツに1位指名された坂本選手。1位と言っても、ジャイアンツは堂上直倫選手を1位指名し、抽選で取り逃した上での“外れ1位”だった。「坂本選手を獲得出来ていなかったら・・・。」と想像すると、ジャイアンツ・ファンとしてはゾッとする物が在る。
12年前、彼が高2の時の夏の甲子園予選の決勝戦を見に行きました。お目当ては青森山田の左腕柳田投手(元ロッテ-ドラ1)。しかし、印象に残ったのは8-0と光星学院がボロ負けしている試合で打ったバックスクリーンへの坂本選手の意地の本塁打でした。
プロ野球ファンの醍醐味の1つに、「昔から見知った選手達の成長が見られる。」というのが在ります。高校時代の坂本選手を生で見られたというのは、凄く羨ましいです。
自分の場合、「ジュニアオールスターゲーム(現在の「フレッシュオールスターゲーム」)で、或る選手の活躍を目の前で見られたのが、今でも自慢です。当時は略無名だった選手の大活躍。でも、一緒に観戦した友人と「良い選手だけど、名前が地味だから、華のある選手にはなれないだろうね。」と語り合った物ですが、何と見る目が無かった事か。其の選手は、当時「鈴木一朗」の登録名だった現イチロー選手。