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或る日、暴漢に襲われた"僕"を救ってくれた風変りな人々。彼等は「文章に関する依頼で在れば、何でも引き受けます。」という変わった看板を掲げる会社、其の名も「売文社」の人達だった。更に社長の堺利彦さんを始め、此の会社の人間は皆が皆、世間が極悪人と呼ぶ社会主義者だと言う。
そんな怪しい集団を信じて良いのか?悩む"僕"に対して、堺さんは或る方法で暴漢を退治して遣ると持ち掛けるが・・・。
暗号解読ミッション、人攫いグループの調査等々。社に持ち込まれる数々の事件を、「売文社一味」はペンの力で解決する!
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柳広司氏の「パンとペンの事件簿」は、「1910年から1919年迄、日本に実在していた"団体"「売文社」を舞台に、此れ又、実際に所属していた人々を登場させた小説だ。
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・売文社:1910年12月31日~1919年3月7日迄、「赤旗事件」の刑期を終えて出獄した堺利彦氏が、大逆事件(幸徳事件)後の「社会主義冬の時代」に生活費を稼ぎ、同時に、全国の社会主義者間の連絡を維持&確保する為に設立した、代筆&文章代理を業とする団体。社長は堺が務めた。
・堺利彦氏:日本の社会主義者、思想家、歴史家、共産主義者、著述家、小説家。
・大杉栄氏:日本の無政府主義者、思想家、小説家、ジャーナリスト、翻訳家、社会運動家。エスペランティスト、自由恋愛主義者でも在った。関東大震災から僅か2週間後の1923年9月16日、自宅近くから妻・伊藤野枝さん、甥で6歳の橘宗一君と共に憲兵隊特高課に"無実の罪"で連行され、憲兵隊司令部で憲兵大尉(分隊長)の甘粕正彦等によって3人全員が"惨殺"。遺体は、井戸に遺棄された(甘粕事件)。
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一部の国を除いて、社会主義(者)が蛇蝎の如く嫌われ、そして排除されていた時代。日本でも少なからずの社会主義者が"無実の罪"で捕まり、時には殺された。そういう話は知っていたし、大杉栄氏や甘粕事件等に付いても知っている積りではいたけれど、此の作品によって「知らない事が多かったんだなあ。」と思い知らされた。
先ずは「売文社」という組織が在った事を、今回初めて知った。上記した様に、「全国の社会主義者間の連絡を維持&確保する為に設立した、代筆&文章代理を業とする団体。」で、「規定料金を支払ってさえくれれば、慶弔文や手紙の代筆、外国語の翻訳、談話演説の速記、写字及びタイプライター、出版印刷代理、各種原稿や意見書等の立案添削、懸賞小説や学生の卒業論文代筆代作等々、文章に関する依頼で在れば何でも引き受ける。」というスタンスだったらしい。
タイトルに在る「パンとペン」とは、売文社内の壁に掲げられた"パンとペンが交叉するポンチ絵"から来ており、「ペンを以てパンを求める。」という売文社の方針を示した物とか。
様々な奇人&変人が登場する此の作品。堺利彦氏や大杉栄氏、荒畑寒村氏("I love you."を、「月が綺麗だね。」と訳した事で知られる。)等、本の一部の人間を除いて、多くは創作上のキャラクターと思っていたのだが、何と殆ど(全て?)が実在の人物。添田少年(添田知道氏)や其の父・添田唖蝉坊氏なんぞは、「此れは創作上の人物だな。」と思い込んでいたので、実在の人物と知って驚いたが、何よりも驚いたのは奇人中の奇人とも言える弁護士・山崎今朝弥氏が実在の人物だったという事実。社会主義者の事件を多く扱った弁護士だそうだが、兎に角、実在していたとは信じられない程、或る意味、漫画的なキャラクターなのだ。社会主義(者)が徹底的に弾圧され、人々は物言えぬ状態に追い込まれた、実に閉塞感溢れた時代に、こんなにも奇人&変人が溢れている団体が存在していた事に、少しホッとした思いが。
ユーモア溢れる文章で書かれているが、当時は非常に息苦しく、社会主義者と見做されただけで、少なからずの人間が排除、時には殺された時代だった訳で、其のギャップにぞっとしてまう。こんな時代に、絶対戻しては成らない。
続編を匂わせている様な終わり方。個人的に堺氏達の"其の後"が気に成る(どういう人生を送るのかは、今回の記事を書く上で色々調べたので理解はしているけれど、物語として是非読んでみたい。)ので、続編を期待している。
総合評価は、星4つとする。