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・“ぴったり来る隙間”を追い求める蝶野広美(ちょうの ひろみ)は、1人の男に目を奪われた。彼の男に抱き絞められたなら、どんなに気持ち良いだろう。広美の執着は加速し、男の人生を蝕んで行く。(「素敵な圧迫」)
・交番巡査のモルオは、落書き事件の対応に迫られていた。誰が何の目的で、商店街の彼方此方に、「V」の文字を残したのか?落書きを切っ掛けに、コロナで閉塞した町の人々が熱に浮かされ始める。(「Vに捧げる行進」)
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呉勝浩氏の小説「素敵な圧迫」は、6つの短編小説で構成されている。呉氏と言えば、「道徳の時間」(総合評価:星1.5個)で第61回江戸川乱歩賞を受賞し、文壇デビューを果たしている。そして、過去に3度も直木賞候補に選ばれており、自分は其の内、「おれたちの歌をうたえ」(総合評価:星2.5個)と「爆弾」(総合評価:星3つ)を読んだ。イメージとしては“ミステリーの書き手”で在り、上記の総合評価でも判る様に、彼の作品に対する自分の評価は高く無い。
で、今回読んだ「素敵な圧迫」だが、ミステリーと思って読んだらがっかりする事だろう。全体として“捉え処の無い作品群”といった感じで、特に「素敵な圧迫」と「ミリオンダラー・レイン」、そして「Vに捧げる行進」の3作品は酷い。申し訳無いが、「こんな作品を、良く披露したなあ。」というレヴェル。
「ダニエル・≪ハングマン≫・ジャービスの処刑について」はボクシングを扱った作品で、「作中の語り手が誰なのか?」が1つのポイントになるのだが、最後に明らかになった正体は意外性が在った。
そして、「パノラマ・マシン」はSF調の作品。時代は恐らく“明治の世”、梲が上がらない中年男性“F”が、帰宅中に道で“真っ黒で真四角な平べったい箱”を拾い、其の現場を三つか四つ若いが、要領の良さで人気者となっている、狡猾な男“D”に見られてしまう。実は其の真っ黒な箱は“パラレル・ワールドに行ける装置”なのだ。「パラレル・ワールドでどんな悪行をしても、“元の世界”に戻って来れば、何の影響も及ばされていない。」事を知ったDの唆しにより、Fもパラレル・ワールドで悪行を繰り返す。彼等が行った悪行とは、“元の世界で好きな女性”を乱暴したり、“元の世界で気に食わない上司”を殺したりといった事。
で、作品の中で「此の機械を使ってパラレル・ワールドに行き、自らの欲望の儘に悪行を尽くす事は、或る意味“エンターテインメント”で在り、パラレル・ワールドで欲望を心置き無く“発散”させれば、元の世界で“他者と争う価値”が無くなり、平和な世の中になるのではないか。」といった趣旨の記述が在る。「確かにそうかもなあ。」と思う一方で、「人間の欲望は際限が無い。」事を考えると、「パラレル・ワールド内の悪行“だけ”では満足出来なくなり、元の世界でも行いたくなるんじゃないかなあ?」と読んでいて思った。なので、此の作品の結末には納得。
総合評価は、星2つとする。