幼少期、特撮番組が大好きで、仮面ライダー・シリーズ【動画】やウルトラ・シリーズ【動画】といった“本流”から、「突撃!ヒューマン!!」【歌】の様な“異端”迄、数多く見ていた。しかし小学校の高学年になる前辺りで、ピタッと見るのを止めてしまった。「特撮番組からの卒業」だった訳だが、7年前、中年と呼ばれる年代で或る特撮番組が開始となるのを知り、見始めたら、すっかり嵌まる事に。
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「『D☆DATE』五十嵐隼士 11月で芸能界を引退 社会人に」(11月4日、スポニチ)
男性5人組ユニット「D☆DATE」の五十嵐隼士(27歳)が4日、芸能界から引退する事を発表した。*1Zeppダイバーシティ東京(東京都江東区)での公演で、ファンに直接報告した物で、17日のTDCホールでのライヴが芸能活動の最後の仕事になる。
又、「D☆DATE」の公式サイトでも所属するワタナベエンターテインメントが、11月末日を以てのD‐BOYSを卒業と契約終了を報告した。
五十嵐本人も「此れ迄9年間の芸能活動の中で、沢山の役を演じて来ました。そして、役者として日々、色々な事に興味を持とうと自分自身意識して来ました。其の中で、エンターテインメント以外の仕事にも興味が湧く様になり、一から勉強して、取り組んでみたいという気持ちが日々強くなって行きました。自分自身で何度も何度も考え、事務所とも話し合った上で、僕の考えを尊重して戴き、此の度、芸能活動を引退する事を決めました。」と報告。「必ず、自分の悔いの残らない人生を歩みます。」と綴り、自身のブログでも「今後は、社会人として頑張って行きます。」と決意を述べている。
五十嵐は2004年に俳優集団D―BOYSに加入。2006年にTBS「ウルトラマンメビウス」【動画】で主演、テレヴィ・ドラマ「ROOKIES」【動画】等にも出演している。
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好きで見ていた「昭和ウルトラマン・シリーズ」。其の人間体(変身前の姿。)を演じていた人達が次々に登場するという事を知り、見始めたら、すっかり嵌ってしまったのが「ウルトラマンメビウス」だった。2006年3月31日に「ハヤタ、ダン、郷、そして北斗」という記事を書いて以降、当ブログでは「ウルトラマンメビウス」関連の記事を何度も書いた程。
【左から団時朗氏、黒部進氏、五十嵐隼士氏、森次晃嗣氏、高峰圭二氏。】
「ウルトラマンメビウス」以降、新作の特撮番組で見たのは「ウルトラギャラクシー大怪獣バトル・シリーズ」【動画】と「ULTRASEVEN X」【動画】位。だからネット上で報道を目にしても「誰?」と思う許りでは在ったが、先日「芸能活動休止」を発表した浜尾京介氏等、「此処最近やけに、特撮番組出身の俳優の引退宣言や芸能活動休止宣言が多いなあ。」とは感じていた。しかし、此方に「最近続く、特撮OBの引退ニュースの中で一番ショック!」と記されるいる様に、五十嵐氏の引退宣言は、自分も驚く許り。
嘗て石原裕次郎氏が、「俳優業は、男子一生の仕事に非ず。」と口にしたそうだ。そう言い乍ら俳優業を全うしたのだから、照れ隠しで言っていただけなのかもしれないが、特撮番組出身の俳優が次々に引退宣言や芸能活動休止宣言をする背景には、「一躍有名にはなったものの、特撮ヒーローが“増産”されて行く中で、自分の“色”を出し切れずに“埋没”してしまう現状。」というのが在るのだろうし、「昔程に俳優業というのが特殊な職業では無くなり、『俳優業は、男子一生の仕事に非ず。』という意識が、全般に強くなっているのかなあ。」と思ったりもする。不景気風は芸能界にも吹き荒れ、「俳優活動だけでは食えない。」という役者も少なく無いと聞くし。
最近の特撮ヒーローの中では、「勝ち組」の部類に入っていたと思っていた五十嵐氏だけに、今回の引退宣言は非常に驚いたし、「勿体無いなあ。」と思う。「ウルトラマンメビウス」で“嘗てのヒーロー達”の登場に、自分を含めた“嘗ての子供達”が心をときめかした様に、「ウルトラマンメビウス」を見て「ヒビノ・ミライ」にときめいた子供達が、ウン十年後に“成長したヒビノ・ミライ”を見たいと思う事だろう。
熟慮した上での決断だろうから、五十嵐氏の決断を尊重したいし、新たな道で成功して欲しいと思う。けれど、もしも「俳優の道に戻る。」という思いになったならば、戻ってくれば良い。取り敢えずは、9年間御疲れ様。
*1 1966年に放送された「ウルトラQ」【動画】が、「ウルトラ・シリーズ」の幕開け。其れから47年、多くの俳優が主役を務めて来た。中には“開店休業”といった感じの方も居られるが、正式に「芸能界引退」を表明したのは、五十嵐氏が初めてだと思う。
(経営に失敗して現在は残ってないから知らないだけかも)
同じ昭和のヒーロー力道山はスポーツジム(リキパレス?)を建てたりやゴルフ場経営に手を出そうとしたりしてましたね
力道山の場合は体を消耗する職業だから体が壊れたり壊れる前に実業家になりたかったんでしょうね(単に金儲けが好きなだけかも)
ちなみに裕次郎と言ったら太陽にほえろですがマカロニ(ショーケン)は番組を降りたいから自分から殉職させてくれとプロデューサーに言ったらしいです
何故なら裕次郎は一番金をもらってるのに一番遅く現場に来て一番早く帰る事に腹が立ちバカらしくなって降板したそうです
ショーケン降板の裏話、笑ってしまいました。確かに他の俳優達からすると、「何なの!?」と思ってしまうのは理解出来ますね。
館ひろし氏が以前、石原裕次郎との逸話を語っていたのが印象に残っています。彼が新人だった時代、撮影所に行ったら現場に「石原裕次郎」、「渡哲也」と名前が記された白のディレクター・チェアが置かれていたので、「じゃあ自分も。」と黒のディレクター・チェアを傍に置いたそうです。其処に石原裕次郎氏が現れ、「此の椅子誰の?」と聞かれたので、「僕のです。」と答えた舘氏。「う~ん、舘君のか・・・10年早いね。」と答えた石原氏に対し、「もうそんな時代じゃ無いですよ。」と返し
た館氏。其れを聞いて、「そうか、時代が違うのか・・・。」と言い残し、石原氏は去って行ったとか。「渡さんからは可愛がられたけど、社長(石原氏)は僕の事が嫌いだったと思う。」と館氏は話していましたが、椅子の件も大きく影響していたのかも。
石原氏、恐らくは「物作り」というのに憧れていたのかもしれませんね。映画を制作していますし、石原プロもそういった一環で立ち上げた様にも思いますし。