父が亡くなって以降に、母から聞いた話だ。父の高校時代の同級生に、非常に優秀な女性が居た。クラスの纏め役の様な存在で、大学卒業後は超有名企業に就職し、其処で結構な位に上り詰めた程。
活動的で人当りも悪くない彼女だったが、同級生や近所の人達は彼女と接する際、とても気を遣った事柄が在った。其れは、彼女の父に付いて“意識的に”触れないという事。
「XX(電車名)の痴漢」というのが、陰で用いられていた彼女の父の呼称。堅い職業に就いていたという彼女の父は、XXの車内で痴漢を繰り返す人物として、そこそこ有名な人だったと言う。何度か捕まった事も在る様だが、其れでも痴漢をしてしまう。「普段は真面目な人なのに、“病気”なんだろうね・・・。」というのが、近所の人達の話。
「奥さんや御嬢さんが気の毒。」という声も多く、だからこそ「XXの痴漢」と呼ばれ迄に有名な存在だったけれど、周りの人達は其の人の事に触れない様に配慮していた様だが、「多くの人に知られている。」という事実を彼の家族達が知らない訳も無かったろう。嘸かし肩身が狭い思いをしたで在ろう事は、想像するに難くない。
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恋愛、結婚、出産。普通の街に住む、在り触れた5人の女性達が“岐路”に立った時、「普通の幸せや細やかな夢を叶える『鍵』」を求めるが故に、魔が差してしまい・・・。
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第147回(2012年上半期)直木賞を受賞した小説「鍵のない夢を見る」(著者:辻村深月さん)は、「仁志野町の泥棒」、「石蕗南地区の放火」、「美弥谷団地の逃亡者」、「芹葉大学の夢と殺人」、そして「君本家の誘拐」という5つの短編小説で構成。各々、1人の女性を中心に据え、彼女達に魔が差してしまう経緯を描いている。
「仁志野町の泥棒」を読み進める中、冒頭の話を思い出してしまった。主人公が小学生だった頃、仲の良い女友達の母親に“盗み癖”が在る事を周りから知らされる。何度も捕まるも盗み癖は治らず、近所では「泥棒」として有名だったのだ。捕まえた際、彼女に“説教”はするものの、「一種の病気で、気の毒な人。」的な扱いをし、「幼い子供が気の毒。」という事からも、近所の人達は彼女に対して腫れ物に触る様な対応を取り続けるのだが、其れが父の同級生の話と非常に似ていたから。
人間、特に男性が持つ“嫌な部分”を、シヴィアに描き上げている。普段から「こういうのは嫌だなあ。」と認識している部分も在れば、「第三者として見ると、確かに此れは嫌だ。」と気付かされる部分も在ったりで、「自分にも、こういう嫌な部分が在るなあ。」とげんなりしたりも。
“実在の事件”を下敷きにした様な作品も見受けられ、ついつい感情移入して読んでしまった。情景がパッと頭に浮かび易く、「人の心の微妙な揺れ」もびしびしと伝わって来る等、「高い文章力を持った作家」という感じが。個人的には「石蕗南地区の放火」という短編が、“良くも悪くも”強く印象に残った。
総合評価は、星3.5個。