釈尊の成仏法
輪廻転生瞑想法
第一章釈尊の成仏法
行為が、つぎの生涯にどんな結果としてあらわれたか、すべての人間にわたって
知ることができる。これがほんとうの叡智なのである。
仏陀の瞑想から輪廻転生瞑想法へ
さきほどの中阿含経「黄蘆園経」では、釈尊の瞑想の深まりが、生き生きと語
られている。
瞑想のすべてがここに表現されているといってよい。
二十一世紀という時空のへだたりを飛び越えて、読者よ、じつに、瞑想とはか
くのごときものなのだ。
ここには瞑想のすべてがある。
この釈尊の体験を、もう少し掘り下げてみょう。
釈尊の瞑想体験には五つの段階がある
ここには、瞑想の深まりとその結果が、じつにあざやかに語られている。
、
1、つれに一つの目的にむかって精進をつづりることができ、
2、想念が確立してみだれず、
3、からだは安楽で動揺しない。
4、心はいつも定に入って静かである。
トト第二の段階
第一禅定から第二、第三、第四禅定までしだいに深まっていって、
1、心に想い浮かぶなにものもなくなり、
2、喜びや楽しみだけとなり、
3、ついにはただ清浄な想いだけにみたされ、
4、一点のけがれもなく、清く明るく、絶対不動となった。
-第三の段階
つづいて心の眼がひらかれ、
1、自分の前世における光景が展開しはじめる。
2、それは一生だけでなく、二生、三生、十生、二十生、とかぎりなくさか
のぼり、無限の生涯の、生き変わり死に変わりした光景が展開する。
それは生命の根源への遡及であり、第一の智慧の獲得であった。
卜~第四の段階
心の眼はさらに広く深くひろがり、ひとの持つ能力の限界を越えて、過去、現
在、そして未来へと流れていくあらゆるひとびとのすがたが透視される。
それは、存在を規制する宿業の実体の把握であった。
これが第二の智慧の獲得である。
1-第五の段階
つづいてわたしは、
1、宿業から解脱する四つの真理を如実に知り、
2、あらゆる存在からの解脱と超越を完成した。
それは第一この智慧の獲得であり、「解説の瞑想」であった。
。
だが、そういうと、あなたはいうかもしれない。釈尊のような大天才と、凡人
であるわれわれと、どうしていっしょになるものか、釈尊がそういうすばらしい
体験をしたからといって、それがそのままわれわれに通ずるとはかぎらないの
だ。むしろ、鵜のまねをするガラスで、けっきょく、骨折り損のくたびれもうけ
ということになるのではないか、と。
そうではないのである。
釈尊とおなじ瞑想をすることにより、われわれもまた彼とおなじ結果に到達す
ることが可能なのである。最初の道を切り開くものは天才でなければならぬ。し
かし、すでに天才の開いた道は、だれでも歩むことができるのである。万有引力
の発見は、ニュートンの天才を待たなければならなかったが、いまでは小学校の
児童すら、万有引力は知っている。
もちろん、それは容易な道ではない。しかし、釈尊は親切な道しるべをいくつ
も残しておいてくれた。それを真剣にたどることにより、彼の歩んだ道を誤りな
く歩むことは不可能ではない。彼が到達した最高の場所まで行くのは無理だとし
ても、そこまでのいくつかの段階を自分のものにすることは、かならずできるの
である。
輪廻転生瞑想法
第一章釈尊の成仏法
行為が、つぎの生涯にどんな結果としてあらわれたか、すべての人間にわたって
知ることができる。これがほんとうの叡智なのである。
仏陀の瞑想から輪廻転生瞑想法へ
さきほどの中阿含経「黄蘆園経」では、釈尊の瞑想の深まりが、生き生きと語
られている。
瞑想のすべてがここに表現されているといってよい。
二十一世紀という時空のへだたりを飛び越えて、読者よ、じつに、瞑想とはか
くのごときものなのだ。
ここには瞑想のすべてがある。
この釈尊の体験を、もう少し掘り下げてみょう。
釈尊の瞑想体験には五つの段階がある
ここには、瞑想の深まりとその結果が、じつにあざやかに語られている。
、
1、つれに一つの目的にむかって精進をつづりることができ、
2、想念が確立してみだれず、
3、からだは安楽で動揺しない。
4、心はいつも定に入って静かである。
トト第二の段階
第一禅定から第二、第三、第四禅定までしだいに深まっていって、
1、心に想い浮かぶなにものもなくなり、
2、喜びや楽しみだけとなり、
3、ついにはただ清浄な想いだけにみたされ、
4、一点のけがれもなく、清く明るく、絶対不動となった。
-第三の段階
つづいて心の眼がひらかれ、
1、自分の前世における光景が展開しはじめる。
2、それは一生だけでなく、二生、三生、十生、二十生、とかぎりなくさか
のぼり、無限の生涯の、生き変わり死に変わりした光景が展開する。
それは生命の根源への遡及であり、第一の智慧の獲得であった。
卜~第四の段階
心の眼はさらに広く深くひろがり、ひとの持つ能力の限界を越えて、過去、現
在、そして未来へと流れていくあらゆるひとびとのすがたが透視される。
それは、存在を規制する宿業の実体の把握であった。
これが第二の智慧の獲得である。
1-第五の段階
つづいてわたしは、
1、宿業から解脱する四つの真理を如実に知り、
2、あらゆる存在からの解脱と超越を完成した。
それは第一この智慧の獲得であり、「解説の瞑想」であった。
。
だが、そういうと、あなたはいうかもしれない。釈尊のような大天才と、凡人
であるわれわれと、どうしていっしょになるものか、釈尊がそういうすばらしい
体験をしたからといって、それがそのままわれわれに通ずるとはかぎらないの
だ。むしろ、鵜のまねをするガラスで、けっきょく、骨折り損のくたびれもうけ
ということになるのではないか、と。
そうではないのである。
釈尊とおなじ瞑想をすることにより、われわれもまた彼とおなじ結果に到達す
ることが可能なのである。最初の道を切り開くものは天才でなければならぬ。し
かし、すでに天才の開いた道は、だれでも歩むことができるのである。万有引力
の発見は、ニュートンの天才を待たなければならなかったが、いまでは小学校の
児童すら、万有引力は知っている。
もちろん、それは容易な道ではない。しかし、釈尊は親切な道しるべをいくつ
も残しておいてくれた。それを真剣にたどることにより、彼の歩んだ道を誤りな
く歩むことは不可能ではない。彼が到達した最高の場所まで行くのは無理だとし
ても、そこまでのいくつかの段階を自分のものにすることは、かならずできるの
である。