臨済禅は看話禅、曹洞禅は黙照禅、とよく言われる。私は曹洞宗についてはほとんど何も知らなかったので、公案をどの程度修行に取り入れているかの違いで、本質的な違いはないのだと思っていた。しかし、それはどうも違うらしい。同じ仏教と言っても臨済宗と浄土真宗では悟りへの道程がかなり違うように、臨済宗と曹洞宗にもそれと同じほどの隔たりがあるらしい。
恐山院代の南直哉さんは、哲学にも造詣が深い曹洞宗の禅僧である。どこかで聞いたような話を繰り返している凡庸な僧や仏教評論家とは違い、常に自分の体験から会得したものを自分の言葉で語る。だから彼の言葉は大胆かつ創造的である。これからの仏教を背負って立つリーダーにふさわしい人物だと思う。
その南さんが「鈴木大拙に『正法眼蔵』はわからない」というようなことを言っている。(参照=>「恐山あれこれ日記」)
禅の世界的権威である鈴木大拙のことをこんな風に言えるのは、おそらく南さんしかいないのではないかと思う。一見、暴言のようにも思えるが、大拙の方でも西田幾多郎との会話の中で、「道元は悟っていない」と言っているのでおあいこだろう。
この両者の食い違いは、やはり見性に対する評価の違いであろう。臨済宗ではまずなにより見性が重視されるが、南さんの言葉によればそれは一種の異常心理に過ぎない。見性を身心脱落や非思量と区別すべきだというのである。
見性はこの世界の玄妙さを知らしめる貴重な体験であると思う。俗にいう「手の舞い足の踏むところを知らず」というような喜びはさらなる精進への強い動機となる。さらに修行に打ち込んで、僧はやがて立派な善智識になるのだろう。しかし、見性をそのまま悟りと言ってしまうのは、やはり問題がある。
見性にはある種の万能感が伴う。絶対的境地に立ったと錯覚しうるのである。それは一切皆空を根本原理とする仏教の精神に沿うものではない。(この辺の事情については以前「禅はカルトか?」という記事で述べた。ご参照ください。) それに見性は修行へのさらなる動機とはなっても、それ自体が人そのものを変えてしまうわけではない。見性はいわば既成観念の破壊である。それはそれですごいことではあるが、言葉にすればただそれだけのことでしかない。大乗仏教においてはそれさえも相対化されねばならないものである。悟後の修行の重要性が強調されるのもそういう事情があるからである。
さらに南師は、大拙の即非の論理が「『金剛般若経』中の該当する一句の解釈として適当かどうかも別だし」と指摘しているが、私もそのことには一理あると思う。
金剛般若経では「山は山にあらず是を山と名づける」となっているが、大拙はこれを「山は山にあらずゆえに山なり」と一歩踏み込んで解釈している。やはりこれは大拙居士の見性経験から来ている、彼独自の解釈であると見るべきだろう。大拙居士が正しいとか間違っているというより、お経はその人の境地に合わせて解釈されることの一例である。
哲学においては、「Aは非Aと同一」と言った時点でアウトである。すべての意味が剥落してしまい、そこからは何も導き出すことはできない。勿論、大拙は哲学ではなく宗教体験として「無分別の分別」ということを語るのであろうが、あくまでそれは大拙の言葉・体験である。他の人間も口裏を合わせて、「即非の論理」・「無分別の分別」を公共の言葉で語り、定着させることには抵抗を感じる。「即非の論理」はあくまで論理ではないということを確認しておきたい。
見性は既成の世界観を打破するという意味においてやはり重要であり、臨済宗はやはりこれからも見性中心の宗教で行くべきだと思う。現にそれが高いハードルとなっているために、僧の資質レベルが他宗に比べて高く維持されている。(ように私には思える。) しかし、あらゆる固定観念を否定する仏教という観点からみれば、南師の指摘は十分考慮するに値する。絶対の境地からくる独断は極力避けねばならない。修行とは反省的均衡の中に中庸を見出すことではないだろうか。
(恵林寺山門)
御哲坊さんにとって 日本の歴史 とは何か?
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後方投射である。
カンタン・メイヤースを読んだのであれば私が言おうとする事分かるはずである
日本の歴史はすべて天皇との関係で網羅されているとでも言いたいのですか?
それともうひとつわからないのは、私のコメントに対する反論は他人(かどうかわかりませんが)任せにして、ご自分はその場では何の反論もせず、どうしてこちらへコメントをよこすのでしょうか。とても不自然な対応に思えます。