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GREAT LOVE KINGDOM

山を楽しむために生きる。

災害ボランティア IN 石巻 Ⅲ

2012年03月12日 14時16分09秒 | 我が家の話

こんにちは。

東日本大震災から1年が経った昨日、3月11日。

JTB主催のボランティア・バス・パックにて宮城県石巻へ再び行って来ました。

 

今回は専門学校時代の親友、イカント君と一緒に参加。

大宮から一緒だったのでさ。

色々とつもる話しも出来て嬉しかったな。

今回のバス会社はあまりきちんとしたスケジュールの説明をしてくれなかったのでイマイチ段取りが掴めず。

(ボクがちゃんと聞いていなかっただけか?)

22時に大宮を出発して4時半には石巻着。

7時半にインターを出て牡鹿半島へ向かいました。

 

今回も前回、前々回同様、9時前に石巻市牡鹿公民館(ボランティアセンター)へ着。

今回は一周忌だったので多くのバスが来ているのかと思いきや…現地では他の会社の観光バスは殆ど見なかったのでもしかするとJTBのバス2台だけだったかも知れません。

右前方に見える4階建てのアパート。

漁民アパートと呼ばれているようなのですが…数時間後に正にこの地域が津波に襲われる映像を見て確認したことですが、この地域にもたくさんの住宅や店がありましたが見るも無残に津波に流され…漁民アパートは残ったものの3階まで浸水したようでした。

ここに来たのは3度目になるが、あまりに生々しい映像を見て凄くショックだった。

初めて災害ボランティアに参加した際(9月)、作業前に見た映像と同じだったかも知れないけれど、改めて見て津波が町を根こそぎ削り取った現実はあまりに残酷だと思った。

 

昨年11月18日に牡鹿ボランティアセンターの向かいにオープンした“おしかのれん街”。

 

 

前回(11月後半)に来た時は寄ることが出来なかったが、今回は復旧作業はなく、お金を落とすことがボランティアとなるため、ここでの買い物がある意味メインであったかも知れない。

 

おしかのれん街の通路に飾ってあった雛人形。

とても立派なものでした。

 

美容室があったり…

 

手作りTシャツの店があったり…

 

乾物や鯨の缶詰、復興Tシャツや手ぬぐいなどを売っている雑貨屋があったり…

 

捕鯨の町だけあって鯨の肉や刺身も売っていたがボクは鯨がちょっと苦手でさ・汗。

他には寿司屋や喫茶店もあったなぁ。

喫茶店のカレーが余りに美味しそうだったから食べておけば良かったとちょっと後悔。

ビーフカレーが500円、鯨カレーが850円だったと思います。

次に行った時は是非、食べてみたいものです。勿論、ビーフね・笑。

 

この“おしかのれん街”はJENと言う非営利法人がドイツのHELPと言う団体と協賛して建てられたとか。

HELPから8千万円、他から2千万円の出資を合わせ1億円のお金が集まったと聞きました。

 

詳しくはご自分で調べてみて下さい・笑。

 

ボクら被災しなかった人間に出来るボランティア活動(支援)は3つあるとのこと。

一つめは現地で瓦礫などを撤去すること。(労力を提供すること。)

二つめは現地でお金を使い、現地に現金を置いてくること。

三つめは現地で経験したこと、感じたことをみんなに伝えること。

今回は復旧作業がなかったので二つめと三つめが出来る活動だった訳だけれど…正直、余りお金は使って来れなかった。

別にケチって使わなかった訳ではなく、現地に商品が潤っていないこともあって。

あ。そうそう。

鯨の歯やヒゲで作った民芸品の店もありました。

ちょっと高くて手が出なかったけれど、鯨の歯とヒゲを触って来ました。

縁起が良いそうです。

 

ボランティアセンターの中にはたくさんの寄せ書きがありました。

行く度に増えているような気がします。

 

そして買い物を終えるとバスで“ホテルニューさか井”へ。(11時着)

 

地震の影響生々しく、色々なところに亀裂が見られました。

ホテルの宴会場のようなところで昨年、3月11日に牡鹿が津波に襲われた時の映像を見ました。

そして、震災後の3月から現地に入っているボランティアセンターの遠藤さん(センター長)はじめ、1年近く牡鹿半島の復旧・復興のために働いている方々の話は本当に興味深かった。

被災地で被災者の方々と一緒に生活し復旧作業にあたっていても埋められない距離。

彼らの話を聞いて、被災した方々の苦しみは、被災していない人間には到底理解出来ない深くて重いものなんだと思いました。

ボクは家族を養わなくては行けないので現地に飛んで行くなんてことは出来ない。

けれど、出来ることはいくらでもあるはずだ。

今回は正直、ボランティアに行ったと言う感覚も充実感もない。

かと言って観光に来たと言った感覚もない。

けれど…上手く言えないけれど、まだまだやらなくてはいけないことは山ほどあると感じたし、また何かの手伝いに来られればと強く思った。

 

お弁当を食べて麦飯石(ばくはんせき)の風呂に入って。

イカント君と風呂に入るのは22年前の養老渓谷キャンプ以来。

インターネットなどでは麦班石と書かれていますが、風呂場には麦飯石と書かれていたのできっと麦飯石が正しい表記なのでしょう。

そしてバスで少し離れた御番所公園(ごばんしょこうえん)へ。14時35分頃着。

 

何故か分かりませんが秋田県警の方がいました。

 

雪が降るほど寒いことを予想して来たんだけれど、天気は素晴らしく良く余り寒さは感じなかった。

見渡す限り青い空と海。

埼玉県人は普段絶対に観られない風景だけに心癒されました。

 

イカント君とボク。

3月11日14時46分。

石巻でも甚大な被害を受けた牡鹿半島に黙祷を捧げました。

復興までの長い道のり。微力ではありますがボクも一緒に頑張りたいと思います。

 

御番所公園の展望棟。

地震の爪痕がはっきりと残っていました。

 

御番所公園の駐車場。

ここもかつては観光客で賑わっていたのでしょうか。

率直に…石巻、特に牡鹿に入ると人々が生活している気配を殆ど感じることが出来なくて…。

この場所が復興し、人々の生活の息吹が戻ることが何だか想像出来なくて…。

1年前に起きたことが信じられないほどに美しく穏やかな海。

なんとも表現し難い気分でした。

 

この場所がまたいつの日か観光客で賑わう日が来ることを祈り、願うしかありません。

15時頃にバスに乗り、帰路に着きました。

途中、石巻市街が渋滞していたこともあり時間はかなり押してしまいました。

添乗員曰く『このままだと東京方面の方の終電に間に合わないので…』とのことでバスは最低限のトイレ休憩のみで大宮・東京へ。

 

途中、福島は大粒の雪が降っていました。

22時半過ぎにバスは大宮に着。イカント君とはここでお別れしました。

今回は作業がなくてちょっと残念だったけれどさ。

また一緒に行って復興のお手伝いをしよう!

 

今回買った御土産はこれ!

もう行く前からこれしかないと思っていったので超満足です。

 

他にも買いたかったといえば買いたかったんだけど…帰りは余りゆっくりお土産を買う時間もなかったしね。

でも折角だったのでもうちょっとお金を使ってくれば良かったね。

 

おまけで貰ったステッカー。

どこに貼ろう?思い切って自転車にでも貼ってみるか!

 

随分と長くなってしまいましたが最後まで読んでくれてありがとう。

三つめのボランティア活動は果たせたかな。

なにかを感じていただければ幸いです。

 

ケセラセラ☆

コメント (2)
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