アルコール度数が高く安価なこと、ニガヨモギの成分が幻覚作用を引き起こすと噂されたこともあり『アブサン中毒者』を多数生み出した問題のお酒。
『アブサン』は懐かしいけどまた飲みたいかというと…ちょっとで良い。たくさんは無理って感じかな。
(『なかよし』はボクのではなく妹の)
1983年。産まれたばかりの仔犬として我が家に来たテン。
この頃はまだブログを始めてなかったからさ。
この日のことは結構鮮明に覚えていて前々から日記にしたかったのよ。
とにかく子供達にビチビチした魚を体感させたくて。
志木から東武東上線に乗り…
ボクの実家のある新河岸まで行きました。
この頃の新河岸駅が懐かしい。
写真てのは人だけでなく周りの建物や景色も撮っておくと良いね。
そして新河岸駅から川越街道方面に10分ほど歩いたところに『新河岸フィッシングセンター』(釣り堀)はありました。
『新河岸フィッシングセンター』(確かそんな名前だった。)はボクが子供の頃からあったんだけど。
※『新河岸フィッシングセンター』はもう何年も前に廃業してしまいました。
でも一度も行ったことがなくてさ。
なのでどうしても子供達を連れて行きたかったんだったっけな。
練り餌を付けて糸を垂らすと…
すぐにまるまる太った鯉が釣れるのよ。
息子も娘も怖がらずに楽しそうにしていた記憶がある。
楽しかった思い出は段々と色褪せてしまう。
でもブログを見ると思い出せるからさ。
だからブログを続けて来て良かったと思う。
子供達は見たら思い出すのかな?
よくこうやってジュースやお菓子を持ってお出かけしたっけな。
今の子供達(息子18才・娘17歳)はもう立派な大人になってしまったからね。
もうそれだけ自分自身も歳を取ったということだ。
そして帰りは志木からバスに乗って帰路に着きました。
バス停から家まで歩いてさ。
昔はとにかく写真をたくさん撮ったな。
想い出は大切だね。
ケセラセラ☆
こんにちは。
この写真はMR.BIGが1996年4月22日に川口リリアでコンサートをやった時のもの。
専門学校からの友達のアンちゃんと一緒に出待ちしてメンバー4人を写真に収めたものです。
まずはエリック・マーティン(Vo.)
ビリー・シーン(B.)
当時はスマホは勿論、デジカメもなかったからさ。
写るんですやフィルムカメラを持ち歩いていたっけな。
ポール・ギルバート(G.)
1996年ということは『Hey Man』をリリースした時のツアーだね。
このツアーは川口リリアの他、日本武道館公演も観に行ったっけ。
パット・トーピー(Dr.)
パットは今年の2月7日、パーキンソン病の合併症により64歳で亡くなりました。
パットといえば正確無比なドラミング、そしてドラムソロの際にビートルズ・ナンバーを歌うなどのパフォーマンスが有名でした。
パットには1994年に東京ベイNKホールで、2000年にESPミュージカルアカデミーで握手をしてもらいました。
この時にエリックにプレゼントとファンレターを渡してさ。(がんばって英語で書いたっけ。)
ツアーが終わって少ししたらお返事が来ていた時の感激は今でも鮮明に覚えています。
今まで数え切れないくらいのコンサートに行ったけれど、演奏の完璧さではMR.BIGほど優れたバンドはいなかったと思います。
また色々な意味でこの時期のMR.BIGがピークだったと思います。
PAT TORPEY…今までたくさんの感動をありがとう。
R.I.P.
ケセラセラ☆
こんにちは。
12月に入ったのでさ。
次の目標に取り掛かるための具体的な準備をしなくちゃなと色々考えた昨日今日。
この写真は20代前半の頃。
バンド練習の後にノグチ、トヨと一緒によく池袋でミーティングしながらご飯を食べたものだが、その時に何度も遭遇したのが『バックスライダー』と言う外国から来たミュージシャン。
何度も遭遇していたので『バックスライダーまたいるよw。』ってな感じで妙な親近感があった。
フォークなのかカントリーなのか…あまり音楽が印象に残っていないのだが…
確かノグチは『BACKSLIDER』のCDを買ったはずだ。
そのアルバムはノグチの『私的名盤』にひとつになっているのだろうか。
そして彼はどんな人生を送り、今どこで何をしているのだろうか。
ケセラセラ☆